(2016/9/21)住宅金融支援機構MBSの格付けと信用リスク

新生ストラテジーノート 第 236 号
2016 年 9 月 21 日
調査部長 江川 由紀雄
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住宅金融支援機構 MBS の格付けと信用リスクについての考察
ストラクチャードファイナンス格付けとそれとは異質の格付け手法との関係の整理
スタンダード&プアーズ・レーティング・ジャパン(SPJ)が 2011 年 10 月に格下げしていた住宅
金融支援機構月次 MBS の 23 回債、25 回債ないし 27 回債の4回号の格付けを 2016 年 9 月
8 日付で最上位の AAA(sf) に復帰させた。これにより、SPJ による住宅金融支援機構 MBS の格
付けは全ての回号につき最上位の AAA(sf) に揃った。
これらの機構 MBS に対して格下げが生じた時期は、財政問題や米国の連邦政府の法定債務
上限との関係で、米国債や日本国債を含むソブリンの信用力についての議論が起きていたことも
あり、格付けに関する関心も高かったように記憶している。
今回の SPJ による格上げは、対象となる回号の裏付資産につき、高率のデフォルト等(4 か月延
滞等を理由とする信託解約)が発生したところ、時間が経過し、それが収拾してきたことが確認で
きることが直接の原因となっている。
本稿では、機構 MBS に対する格付けと信用リスクの考え方について整理を試みる。
住宅金融支援機構 MBS と一般的な証券化商品の取引構成上の違いについて
機構 MBS は、その取引構成において、民間オリジネーターによる住宅ローン債権の証券化商
品などの一般的な証券化商品とは顕著に異なる。証券化取引においては、一般的には、「真正売
買」(または、論者によっては、「真正譲渡」)が重要な要素となる。何れも米国で発達した概念であ
る “true sale” の和訳だが、米国と日本とでは債権譲渡の規律が異なり、倒産法制も異なってい
るので、我々は、日本法のコンテクストで考える必要がある。証券化商品の裏付資産は典型的に
は貸付債権であるが、その回収金を合意した一定のルールに従って投資家に対する元利払い等
に充当する。ここで、オリジネーターが倒産しても、それが妨げられることのないように作りこむ。
オリジネーターから受託者や裏付資産を保有する SPC 等に対する財産の移転(債権譲渡、信託
設定)は、たとえば、オリジネーターが会社更生手続きに入った場合に、「更生担保権」とされてし
まう可能性が高い譲渡担保等の担保を目的とした取引ではないと位置付けられるように取引を組
み立てる。
ところが、旧住宅金融公庫が 2001 年 3 月に発行を開始した MBS は、そうではない。住宅金融
公庫または住宅金融支援機構を「オリジネーター」と呼ぶとすると、オリジネーターは自ら保有する
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特定の貸付債権について、信託銀行を受託者、MBS の保有者の集合を受益者とする「他益信託」
として信託設定する。そのうえで、オリジネーターは債券(MBS)を発行する。特定の回号の MBS
は特定の信託財産にそれぞれ紐付けられている。
債券の要綱では、「受益権行使事由」が定められており、「受益権行使事由」が発生しない限り、
MBS の元利払いにかかる債務者は発行体たるオリジネーターということになる。この仕組みは、
2007 年に独立行政法人住宅金融支援機構が設立され、住宅金融支援機構を「オリジネーター」
(裏付資産にかかる委託者であり、MBS の発行体である)とする形に変わった後も、継続的に採
用されている。
一般的な証券化取引において、オリジネーターによる資産の譲渡や信託設定が担保取引では
ないことに拘り、「真正売買」または「真正譲渡」と呼べるように組み立てるのは、いくつかの狙い
があるが、オリジネーターに会社更生手続きが開始されたとしても、裏付資産に対する権利が更
生担保権として扱われることがないようにするというのも重要なものである。しかし、オリジネータ
ーが株式会社でもなく(よって、現行の会社更生法の適用は考えられず)、かつ、会社更生手続き
に類似する手続き(現行法下で考えられるのは、「金融機関等の更生手続の特例等に関する法
律」に基づく手続きであるが、これは、相互会社と共同組織金融機関等に対象が限定されている)
に服する可能性がないとすれば、それほど拘る必要もない要素である。
受益権行使事由によるリコース先変更の特約
機構 MBS(旧住宅金融公庫による発行分を含む)に設定されている4つの「受益権行使事由」
については、商品内容説明書の「受益権行使事由の発生による償還」の項に記載されている文章
をご覧いただきたいが、要約すると以下の通りとなる。
(a) 債務継承人が定められずに、発行体を解散する法律が施行され、発行体が解散した場合
(b) 債務継承人が株式会社になるか、または会社更生法もしくは類似する倒産手続の適用が可
能な法人になる法令が施行され、発行体が解散した場合
(c) 債券の債務者が株式会社になるか、または会社更生法もしくは類似する倒産手続きの適用
が可能になる法人になる法令が施行され、債券の債務者がそのような法人になった場合
(d) 発行体が発行する債券について支払不履行が発生し、7日以内に治癒されない場合
[住宅金融支援機構が発行する MBS の商品内容説明書における記述を元に筆者が要約]
受益権行使事由が発生すると、債券としての MBS は消滅し、MBS の投資家は、信託の受益者
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として、信託財産からの配当を受ける立場に変わる。この時点で、機構の一般財産に対するリコ
ースはなくなり、信託財産のみが投資家の権利にかかる責任財産となるため、ここで初めて一般
的な証券化商品と同様の形態に切り替わると言ってよい。
これら4つの受益権行使事由をご覧いただければ明らかであるが、4つのうち2つ(最初に挙げ
られている事由と最後に挙げられている事由)は、同じ発行体による SB 型の財投機関債(一般担
保付債券)であれば、デフォルトになるような事由である。これらの事由に関しては、SB 型の債券
にデフォルトが生じても、MBS には必ずしもデフォルトは生じない(信託財産のみが責任財産とな
るが、信託された住宅ローン債権等から配当を受けられる)ということになる。
受益権行使事由のうち、2番目と3番目が特異であり、これらの事由が発生しても SB 型の財投
機関債が必ずしもデフォルトする訳ではない。じっさい、債券を発行していた特殊法人等が後に株
式会社化された事例は過去に多数あり、それらを想起して欲しい。発行体が株式会社になると、
仮に、発行体に支払い能力が残っていても、投資家は信託の受益者として配当を受けるだけの立
場に置かれるため、裏付資産(信託財産)となっている住宅ローンに予想を大幅に上回る大量の
貸倒れが発生してしまえば、満額の償還が受けられない可能性もある。
機構 MBS をカバードボンドに例える議論がある。多くのカバードボンド(全てではないが)では、
投資家が「カバープール」として特定された財産と発行体の一般財産の両方に対して権利を行使
できる「デュアル・リコース」(dual recourse)になるように制度または取引が設計されている。一
方で、機構 MBS は、受益権行使事由の発生によって、リコース先が信託財産のみに切り替わる
ので、デュアル・リコースとは言えない。明らかにシングル・リコース(single recourse)である。こ
うしたこともあり、筆者は、機構 MBS をカバードボンドの一種とは考えないようにしている。(なお、
これは、ひとつの見解に過ぎないので、これとは異なる解釈があってもよい。)
機構 MBS の格付けは、概ね証券化商品としての格付けだが
SPJ に限らず、機構 MBS に対する格付けは、現状、格付会社が、ある時点で受益権行使事由
が発生した場合を想定し、裏付資産の質(その属性から予想される貸倒れ等に伴う損失)と量
(MBS の発行残高との比較における「超過担保」の量)などを勘案のうえ、最上位格付けであるト
リプル A を付与するにふさわしい水準の信用補完率を提示する(仮評価)という流れで付与されて
いるものと思われる。ここで用いられる格付け手法としては証券化商品に対する格付けと変わら
ない。つまり、住宅ローンの証券化商品として格付けがなされているのである。
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証券化商品として格付けを付与するにあたって、格付会社は受益権行使事由の発生を想定し
たうえで分析せざるを得ないのだが、実際には今日に至るまで受益権行使事由は発生していない
ことは認識しておきたい。この点は、機構 MBS の実態的な信用力を考えるうえで、実は重要な要
素であるように筆者は考えている。
ここから先は、現在の SPJ の格付けではなく、他の格付会社による格付けを含め、また、現在に
限らず、過去と近い将来を含むタイムスパンにおける格付け一般について述べる。住宅金融支援
機構には複数の格付会社から発行体格付け等を取得しており、同機構が発行する SB 型(つまり、
元本一括償還型)の財投機関債(つまり、政府保証の付かない一般担保付債券)にそれと同じ水
準の格付けが付与されている。この格付け水準は、概ね、日本政府のそれと同じ(つまり、日本国
債の格付け同水準)になっている。時期と格付会社によっては、同一発行体の SB の格付けが
MBS の格付けよりも数ノッチも低い場合がある。
このことは、住宅金融支援機構のように、政府が出資し、かつ、政府の政策実行機関としての
役割を担っているような法人の発行体格付けやそれが発行する SB の格付けは、主に政府との距
離を評価する政府系機関の格付け手法によって格付けが決定され、その基準になっているのは、
政府債務の格付けであり、それは、ソブリンの格付け手法を用いて決定されていることで説明でき
る。ソブリン格付けは、証券化商品の格付けを決めるストラクチャードファイナンス格付の制約要
因にはなるが、両者は基本的な発想や手法が顕著に異なっている。ソブリン格付けとストラクチャ
ードファイナンス格付けとがその水準の点において整合性を保てるとは考え難い。
そうしたことを踏まえて、格付会社が機構 MBS に付与している格付けと、機構 MBS の実態的な
信用力(機構 SB や日本国債のそれとの比較を含む)を考えてみても良い。
(調査部長 江川 由紀雄)
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