プロローグ 《プロローグ》 新たな価値を生み出す 火力発電技術 当面、「火力が主役」は続く 次世代の火力発電技術の実用化に国が本腰を入れ始めた。火力、原子力、再 生可能エネルギーを組み合わせた新しいベストミックスが図られている。 原子力の再稼働のペースは相当遅い。再稼働に関わる技術基準のハードル、 並びに審査が厳しくなる中で、審査通過に時間がかかっているというのが実態 である。2020 年の東京オリンピックというイベントが飛び込み、火力以外の 代替電源の導入が見通せない中で、原子力の稼働遅れは電力の安定供給の側面 で不安な要素である。火力発電サイドからすれば、もうしばらく電力の安定供 給に貢献しなければいけない状況である。 見逃せないのが電力消費に関する動向である。自家発・自己消費を含む供給 電力量(=需要)は、2010 年度 10,451 億 kWh あったのが、2011 年度 9,916 億 kWh、その後、緩やかに回復傾向があり、2012 年当時は数年後の供給力不足 を懸念した。実際には回復傾向は一時的であり、2015 年度では 2010 年度に比 べ 9.2%減の 9,485 億 kWh となった。供給力確保という点からは安心材料であ るが、景気の冷え込みなどとの関連を考えると気がかりではある。 電源供給力の中での安定供給の役割という点からは、火力の重要性は明らか である。バイオマス・廃棄物を含む火力の発電供給割合は、2010 年度 60%、 2013 年度 89%、2014 年度 88%、2015 年度は 86%で、ここ数年安定している。 ちなみに、水力・風力・太陽光・地熱を併せた電力供給量は、2011 年度から 2015 年度にかけ 10%から 13%へと増加傾向にあるが、やはり現在の電力供給 の主役は火力と言える。 このような中、2014 年 6 月に国から「エネルギー基本計画」が示された。 この中では、2030 年に向けた電力供給として、①再生可能エネルギーの積極 1 的導入、②依存度低減を前提とした原子力の確保、③高効率技術の有効利用な どにより環境負荷を低減した石炭の活用、④コスト低減を進める中での LNG の活用、などが示された。特に地球環境問題を強く意識し、CCSR(二酸化炭 素回収貯留への準備)技術の早期実現が明確に示された点が特徴である。 その後、2015 年 7 月に経産省より「長期エネルギー需給見通し」が示され、 エネルギーの政策要諦として、 「安全性(Safety)を前提とした上で、エネル ギーの安定供給(Energy Security)を第一とし、経済効率性の向上(Economic Efficiency)による低コストでのエネルギー供給を実現し、同時に、環境への 適合(Environment)を図ること」が明示された。 詳細は第Ⅰ章に譲るが、2030 年度における発電電力量の内、LNG 火力 22% ∼27%、石炭火力 22%∼26%、石油火力 2%∼3%が提示され、電源全体とし て 46%∼56%を火力発電で担うとしている。この計画の中で火力発電の受け 持つ量は非常に大きく、原子力発電 22%と再生可能エネルギー発電 24%との 合計量を超える数値となっている。長期的視野で二酸化炭素の削減を進める中 ではあるが、まだまだ火力発電に頼らざるを得ないのが当面の未来である。 環境問題に挑戦する火力発電 火力発電には、環境負荷低減という大きな課題がある。 「長期エネルギー需 給見通し」の中では、2013 年度の CO2 排出量に比べ 2030 年には 26%削減す る目標となっている。実は、この数字は決して実現不可能なものではない。原 子力、再生可能エネルギー、火力の電源比率が計画通り進めば、2030 年の達 成は可能となる。しかし、現在の識者の多くは原子力が 22%戻ってくるかど うか難しいとの判断を示している。 「原子力の比率は 15%程度ではないか?」 という意見が多い。再生可能エネルギー発電量は計画ですでに上限一杯である ため、不足分は CO2 を排出する火力が補うことになる。すなわち、CO2 削減 目標達成には、ある程度の新技術の導入が火力発電に求められることになる。 また、環境という課題は実に息が長い。2015 年 11 月から 12 月までフラン 2 プロローグ スのパリにおいて気候変動条約第 21 回締約国会議(COP21)が開催され、京 都議定書に代わる温室効果ガス削減に関する、2100 年を視野に置いた新たな 枠組み「パリ協定」が合意された。日本は、2030 年度に 2013 年度比 26.0% (2005 年度比 25.4%)を約束草案とし、これを前提に、火力発電に関する政策 として 2016 年 4 月「エネルギー革新戦略」が、また、2016 年 6 月「次世代火 力発電に係わる技術ロードマップ」が相次いで示された。 「エネルギー革新戦略」では、 「省エネや再エネ分野において、エネルギー関 連投資を拡大し、効率の改善を促し、アベノミクスの GDP600 兆円実現への貢 献と CO2 排出抑制を両立。2030 年度には、省エネや再エネなどのエネルギー 関連投資 28 兆円、うち水素関連 1 兆円の効果が期待」としている。大胆な取 組みであることが示されている。 「次世代火力発電に係わる技術ロードマップ」では、2030 年の先の「2050 年 を見据えて」という長期的視点が示され、高効率石炭火力、超高温ガスタービ ン、水素発電、CCUS などがリストアップされた。 環境問題に挑戦する新しい火力発電技術が国レベルで推進されようとしてい る。 「価値の均質化」が日本の火力発電技術の価値を高める 約 20 年前、日本の技術を海外に移転することを念頭に、海外の発電所と意 見交換したことがある。結果は、 「そんな高いスペックの技術はいりませんよ。 安くてそこそこ動けば十分。 」という意見がほとんどであった。もしこのよう な考えがまだ海外にあるのなら、輸出産業としての新技術は不要である。 しかし今、グローバル社会は同じ価値で動き始めている。例えば環境問題。 自国が他国に責任を押しつけ合うのではなく、各国が各国の事情の中で「ある べき社会」を目指すようになった。 「価値の均質化」が定着してきている。文 化や産業構造、経済状況などが異なるにもかかわらず、あるレベルの価値観を 維持しようとする動き、国を超えた「価値の均質化」である。 3 このように考えると、高性能で信頼性が高い日本の技術にどのような価値が 見えてくるだろうか。 ・ 「地球温暖化対策」への貢献 COP21 で採択されたパリ協定で重要な点は、 「全ての国が削減目標を定めレ ビューしていく」ことである。簡単に聞こえるが、よく考えると、いくつかの アクションが必要なことに気がつく。削減を実現する機器の導入、節電などの 生活スタイルの改善、削減に貢献するエネルギー利用の政策立案などである。 さらに考えていくと、削減を実現する機器は新技術、節電を実現するのは行動 と新技術、エネルギーの利用を効果的に進めるのも新技術、すなわち要は技術 ということになる。技術開発、特に発電技術のようないくつかの機器を組み合 わせて成立する技術では開発に多くの時間が必要となる。日本は、この発電分 野ではすでに世界トップレベルにある。現状でも戦えるが、次世代火力を後ろ 盾にさらなる発展が見込まれる。 ・ 「環境保全対策」への貢献 あまり社会に認知されていないが、2013 年 10 月、世界 92 カ国の署名を得 て「水銀に関する水俣条約」が合意された。産業全てを網羅する形で水銀を管 理・抑制する法的拘束力のある条約である。火力発電に関しては、燃料中に含 まれる水銀の排水・大気への放出抑制が求められることになる。 また、大気汚染・水質汚染などを強力に抑制しようとする世界的な動きがあ る。 代表例は米国の CAA(Clean Air Act) 、CWA(Clean Water Act) 、MACT (Maximum Achievable Control Technology) 、MATS(Mercury and Air Toxics Standards)などである。順に、 「大気排出規制」、「水質規制」、「汚染物質最大 削減達成可能管理技術」 、 「水銀・他大気有害物質基準」と呼ばれている。火力 発電の運転制約が想定されるほどの厳しい規制が打ち出されている。欧州も全 く同様の規制の動きがある。ここで重要なのは、インドやアフリカなどの開発 途上国でも環境保全に関する新技術への要求は強いことである。 日本の技術がこれら規制を全てクリヤできているわけではないが、あと少し 4 プロローグ の技術開発で規制に順応した発電システムが提供できるであろう。その際は大 きな輸出技術になると考えている。 ・ 「止まらない電気のもたらす安心安全社会実現」への貢献 欧米で売れて日本であまり売れない物。それは無停電電源装置である。日本 の電気はそのくらい止まらずに供給されている。例えば、半導体工場や情報管 理などの産業では自らのインフラとして無停電化を進めているが、多くの産業 では停電リスク回避はそれほど重要ではないため、停電回避の投資は不要なは ずである。止まらない電気のもたらす経済効果は非常に大きく、また、社会シ ステムの考え方そのものに影響を与えているといえる。 止まらない電気を実現するのは、高い信頼性の発電設備、送配電設備、多重 化されたネットワークである。火力発電にとどまらない範囲ではあるが、全て が高い信頼性で連携することのもたらす社会的利便性を強く世界に発信すべき であろう。我々は数年前、電気が止まることの不便さを身にしみて感じた。説 得力はあるはずである。 ・ 「高信頼機器導入が生み出す時間活用による豊かな社会文化」への貢献 海外の発電所支援を行った方々の共通の意見は「人材不足」である。特に、 通常運転範囲を逸脱しそうな時の対応、事故・故障時の対応などは日本とは明 らかに異なる行動パターンだったという意見が多い。 そのようなことを念頭に置きながら国内での発電所風景を思い起こしてみる。 国内の発電所の運転室の風景は当然、機器の常時監視がメインである。その中 でよく目にするのが運転室・控え室での「勉強」である。目の前にある設備の 仕様や運転操作に関する情報共有・習得、関連する法規・規制の情報確認など、 時間の許す限り実によく勉強している。これは、扱っている機器の信頼性が高 く、多重の防護システムで守られていることに起因している。機器の信頼性が 高ければ当然、トラブルは少なく、精神的裕度に加え時間的裕度が生まれる。 保守という視点で見ても、トラブルの伴わない定期検査であれば、最小限の点 検と整備で短時間に発電所は戦列に復帰できる。 5 高信頼性機器のもたらす副次的な効果は、社会文化の育成に良い影響を与え ると考えている。火力発電機器の高い信頼性のもたらす社会的効果にも着目す べきであり、アピールすべきであろう。 以上示したように、日本の信頼性の高い発電機器のマーケットは急速に拡大 する可能性を秘めている。機器単体だけでなく、その波及効果もぜひアピール してもらい、社会に貢献していただききたい。 まだエピローグは書けない 今、日本はエネルギーイノベーションの真っただ中である。今までは、例え ば発電側の火力、原子力、再生可能エネルギーなど個々の技術が、自らのテリ トリーの中で技術を議論し、その立場を維持・推進する動きであった。また、 系統と発電所、需要家などは、連携するわけではなく、それぞれが最適解を探 していた感がある。 しかし最近の様相は、発電・系統・需要家が渾然一体となり、影響し合いな がら着地点を探しているようである。安心で豊かな社会という着地点、その具 体化には、安定で信頼性の高い次世代火力発電技術が必ず必要となる。 エピローグは、まだ先にある。 6
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