論文紹介

論文紹介
震災アーカイブス メタデータ補完システムの開発
映像情報メディア学会誌,Vol.70,No.6,pp.J133-J141 (2016)
住吉英樹,河合吉彦,望月貴裕,サイモン クリピングデル,佐野雅規
2011年の東日本大震災の際には,報道用の素材映像(震災映像)が大量に撮影された。これらの震災映像を整理,蓄積し,今後の防災や減災に
役立てることは,放送局としての使命でもある。しかし,短期間にあまりに大量の映像が撮影されたため,データベース化も進んでおらず,再利用も
ままならない状況であった。今回,映像内に映った被写体が何であるかをコンピューターに判断させる被写体認識技術を中心としたメタデータの自
動付与技術を利用して,放送現場でも容易に利用できるメタデータ補完システムを開発した。本システムは,放送現場でも運用可能なメタデータ付
与作業の支援機能と映像検索機能を実現しており,NHK福島放送局で行った試用実験では,開始から約3カ月でVTRテープ11,000本以上(約3,000
時間)に相当する震災映像のデータベース化が実現でき,機能と有用性に対して高い評価が得られた。本システムをベースとする映像検索システムは,
今後,多方面への応用が期待できる。
Second Harmonic Distortion Suppression of a Thermoacoustic Transducer
Using a Square Root Circuit
Acoustical Science & Technology,Vol.37,No.3,pp.99-105 (2016)
杉本岳大,中嶋宜樹
NHKでは,8Kスーパーハイビジョン(以下,8K)用のフレキシブルなシート型ディスプレーの開発を進めている。8K用の音響システムとしては,画面
上に複数のチャンネルを有する22.2マルチチャンネル音響を採用しているため,ディスプレー表面から直接音波を放射できるスピーカーの必要性は高
い。そこで,フレキシブルなシート型ディスプレーと組み合わせることが可能なスピーカーとして,熱音響効果(熱エネルギーが音エネルギーに変換さ
れる原理)を利用した発音体の研究を進めてきた。本論文では,アルミニウムの発熱電極,ポリイミドの熱絶縁層,グラファイトの放熱層から構成
されるフィルム状の曲げられる熱音響発音体を試作し,発音機構を解析的にモデル化した。さらに,このモデルに基づき,熱音響効果による発音
において原理上不可避な第2次高調波ひずみを,平方根回路を用いて抑圧する手法を考案した。実験による検証の結果,本提案手法によって第2
次高調波ひずみを測定限界以下にまで抑圧できることが分かった。
Double-Gated, Spindt-Type Field Emitter with Improved Electron Beam
Extraction
IEEE Transactions on Electron Devices,Vol.63,No.5,pp.2182-2189 (2016)
本田悠葵,難波正和,宮川和典,久保田節,長尾昌善※1,根尾陽一郎※2,三村秀典※2,江上典文※3
※1 産業技術総合研究所,※2 静岡大学,※3 近畿大学
小型で超高感度なハイビジョンカメラの実現を目指し,電 圧を印加するだけで電子を放 射する冷陰 極アレーと超高感度なHARP(High-gain
Avalanche Rushing amorphous Photoconductor)光電変換膜とを近接させて対向配置した冷陰極HARP撮像板の研究を進めている。この撮像板
を用いて良好な解像度を得るためには,HARP膜に蓄積される電荷を読み出す電子ビームの空間的広がりを抑制する電子ビーム集束系が必要である。
今回,電界の働きで電子ビームを集束させる電界集束型冷陰極アレーを適用して,同撮像板の設計に用いる電子軌道解析の解析精度を向上させる
新たな解析手法を提案した。本提案手法では,電界集束型冷陰極の放射電子特性の実測値を基に電子初速度を推定し,電子軌道解析モデルへと
反映させる。本手法により解析精度を大幅に改善できることを実証した。併せて,電界集束型冷陰極から取り出せる電子ビーム量を向上させる電極
構造を,本提案手法を用いて設計し,電子ビーム量が1.8~1.9倍に向上することを確認した。
High-Current Operation of Vertical-type Organic Transistor with Preferentially
Oriented Molecular Film
AIP Advances,Vol.6,No.4,045010,pp. 045010.1-045010.6 (2016)
深川弘彦,渡邊康之※1,工藤一浩※2,西田純一※3,山下敬郎※3,藤掛英夫※4,時任静士※5,山本敏裕
※1 東京理科大学,※2 千葉大学,※3 東京工業大学,※4 東北大学,※5 山形大学
フレキシブルディスプレー駆動用のトランジスターとして,有機トランジスターの研究を進めている。一般的な有機トランジスター用の材料は基板平行
方向に電荷を流しやすいため,従来は,この方向に電流を流す「横型の有機トランジスター」が広く研究されてきた。しかし,この横型のトランジスター
では,大面積のディスプレー駆動用のマトリクス素子へ応用するための十分な移動度や電流値が得られていない。これは,基板平行方向には有機
薄膜の結晶軸が2つ存在するため,膜中の電荷を流しやすい向きとトランジスター内でキャリアが流れる向きとをそろえるのが困難なためである。こ
れに対し,今回,一般的な有機トランジスター用の材料とは一線を画す,基板垂直方向に電流を流しやすい有機薄膜の形成に成功し,低電圧で大
電流変調が可能な
「縦型の有機トランジスター」を開発した。縦型のトランジスターはこれまでも報告されていたが,この構造に適した有機薄膜がなく,
高い性能が得られていなかった。今回開発した有機薄膜の結晶軸は1つであり,膜中の電荷を流しやすい向きとトランジスター内でキャリアが流れ
る向きとをそろえるのは容易である。この有機薄膜を用いることで,従来に比べ約1,000倍高い電流値が得られ,5V以下の低い駆動電圧で変調電
流密度が1A/cm2を超える有機トランジスターの開発に成功した。
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NHK技研 R&D ■ No.159 2016.9