日銀は量から金利ターゲットに、日本版ペギングも

リサーチ TODAY
2016 年 9 月 16 日
日銀は量から金利ターゲットに、日本版ペギングも
常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創
みずほ総合研究所は、日銀の総括的検証に関する緊急リポートを発表している1。そのなかでの重要な
点は、国債買入れの持続性、つまり「量」の次元への限界が表面化する一方、マイナス金利にも副作用が
意識されていることから、金融政策に新たな枠組みへの転換が必要とされるという問題提起であった。下記
の図表は、リポートで「量から金利へのターゲット」の転換を示したものだ。「金利ターゲット」は「日本版ペギ
ング」として、金利の安定をコミットすることで、量の制約からの転換を狙うものである。同時に、金利の安定
化を補強する観点からフォワードガイダンスも含めている。目安として設定した2020年でも耐えうる金融政
策の枠組みを構築するには、国債買入れ額を現状の年間80兆円増加するペースから今後は20~30兆円
程度まで減少させる必要があると試算した。また、銀行の担保の制約を軽くする観点から日銀当座預金を
担保として活用することも提案した。ただし、日銀が国債購入の増額幅を減少させることは、市場からみれ
ば明らかに「日本版のテイパリング」に見え、金利上昇やそれに伴う急激な円高を招きかねない。従って
「量」の減額を行いつつ、緩和姿勢の継続を様々な代替的な対応によって示すことが日銀にとっては重要
な課題となる。同時に、こうした状況を実現するべく、日銀には市場との対話が一段と求められる。
■図表:量から金利ターゲットへの転換
◯ 国債保有増加額を段階的に引き下げ、幅をもったレンジ化
‧ 経済・物価情勢をにらみ段階的に国債保有増加額を引き下げることで市場への影響を軽減
‧ 買入れの額の上下限を示しつつ緩やかに減額
◯ 長期金利の目途又は安定させることを表明し、金利急騰を抑制し安定を志向(日本版ペギング)
‧ 国債買入れにおける入札金利上限を提示することで、イールドカーブの上限を示す
‧ 金利上昇時に買入れ増額のメッセージを出す
◯ 国債保有増加額から保有残高に変更、フォワードガイダンスを提示
‧ 物価目標達成後も、一定期間は国債残高を維持するなど、フォワードガイダンスの強化により市場変動リ
スクに対応
◯ 付利引き下げを同時に実施する選択肢も
‧ 市場の変動を軽減するため国債買入れ減額と付利引き下げを同時に実施
‧ 日銀の金融機関向け貸付金利を引き下げる選択肢も
(資料)みずほ総合研究所作成
今回の緊急リポートでは、先述の量から金利へのターゲットを「日本版ペギング」とした。そもそも米国に
おけるペギングとは、次ページの図表に示されるように、米国の1940年代から1951年のFRBと財務省のアコ
ードまでの時期に、中央政府(財務省)とFRBが暗黙裡に長期金利の天井が2.5%であるとのコンセンサス
を築いたことで、長期金利が安定した局面を指すものである2。具体的には1942年に財務省とFRBとの間で、
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財務省が2.5%を金利の上限として国債を調達し、FRBがそれに協力する買いオペを行うことになった。す
なわち、当時、長期金利が2.5%を超えることは許容できないとの暗黙の合意が財務省とFRBとの間にある
という市場での認識が長期金利を安定化させたのである。これにはFRBの金利安定への強いコミットメント
が市場に示されたことが重要であった。
■図表:米国のペギングからアコードにおける長短金利推移
財務省とFRBの
協調が長期金利
を安定化させた
(%)
5.0
長期金利が上昇
しても財務省は
発行金利を引き
上げない。FRB
は発行価格を支
持するための買
いオペを実施
長期金利(25年
物)が2.5%を超え
ることは許容で
きないという暗
黙の合意形成
4.5
4.0
3.5
3.0
2.5%利付戦勝国債
(1945年12月発行)を
2.75%利付非市場性国
債(1951年3-4月発
行)を額面で交換
長期金利(10年超)
2.5
3ヵ月物TB金利
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
41
42
43
44
45
46
47
48
49
50
51
52
53
54
55
56
57
58
59
60
61
62
63
64
65
(歴年)
(資料)FRB 等よりみずほ総合研究所作成
もちろん、今日の状況は、先に示した米国の1940年代ほど単純ではない。今日の日本では既に10年程
度の長期金利までマイナスになるなか、どのようなイールドカーブの形状を想定するかの特定は容易でな
い。日銀のなかでも既に均衡イールドカーブの議論もあるが、その評価は固まっていない。特定の金利水
準を明示すると、その水準の維持に向けて投機が進んだり、無限の購入資金が必要になる。ただし、日本
においては国債購入の量に限界が生じるなか、量の制約を回避しつつ、金利の安定を実現するために幾
つかの対応を合わせつつも行う方向に向かわざるをえない。そこでその際の選択肢を今回の緊急リポート
で示すことにした。日銀の国債購入増加額の「量」が日銀のバランスシートのサイズやマネタリーベース拡
大を通して物価上昇に資するとの認識も、依然根強い。それだけに、ターゲットを金利にシフトさせるには、
一定の時間をかけた市場との対話も必要となる。今回の政策決定会合で示される総括的な検証によっても、
一気にこうした方向にまで議論が進むことは考えにくい。来年に向けて、国債購入増加額の制約、量の制
約を議論しつつ、それに代わる安定化策を展望するプロセスに向かわざるを得ないだろう。
今月の総括的検証の結果、何らかの追加的緩和措置は取られるだろう。ただし、大きな流れでみれば、
今回の総括は転換に向かう分岐点になると展望している。マイナス金利の深掘りの観測が高いが、貸出金
利の更なる低下に伴う金融機関の収益力の低下が懸念される。それだけに、マイナス金利を強めるのであ
れば、量の調整にも同時に踏み出す道筋をつける必要があるだろう。また、「質」の観点からは、社債の買
い入れ年限の長期化での拡大、政府側から金融政策に対する協調姿勢をもう一段強める対応が盛り込ま
れるかどうかに注目している。
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「日銀総括的検証は事実上、金融政策の枠組み転換に」(みずほ総合研究所 『緊急リポート』 2016 年 9 月 8 日)
ペギングについては、『国債暴落』(高田創 中央公論新社 2014 年)を参照いただきたい。
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