五輪後のブラジル経済

新興国経済
2016 年 9 月 14 日
全9頁
五輪後のブラジル経済
正常化への道筋
経済調査部長
児玉 卓
[要約]

近年のブラジル経済の著しい悪化は、ブーム下における資源依存の高まりと左派政権に
よる失政が生んだ複合不況であった。資源価格上昇下で覆い隠されていた「成長と分配
のトレードオフ」が顕在化したにもかかわらず、政府がばら撒きを続けたことで、財政
悪化が深刻化した。更に市場の評価の厳しさは、為替レートの下落をもたらし、これが
インフレ率を加速させ、ばら撒きの効果が霧散した。ルセフ氏の大統領失職は必然と言
えるが、同様の構図はアルゼンチンやベネズエラなど、他の南米諸国における左派の台
頭と退潮にも当てはまる。

ルセフ氏の失職が視野に入るにつれ、株価や為替レートなど、市場が先導役となり、ブ
ラジルの景況感の改善が徐々に進んできている。テメル新政権がまず着手すべきは財政
の立て直しであり、さしあたりは景気への新手の逆風とならざるを得ない。しかし、同
国経済が正常化するには、ここを出発点とし、市場の信認を獲得し、金融緩和の余地を
作り出していくといった地道なポイントを積み重ねていくしかない。ナローパスではあ
りながらも、回復に向けたロジカルな道筋が見えているところに、ルセフ政権下ではあ
り得なかった現在のブラジルの着実な前進がある。

一部に、リオデジャネイロ五輪の後遺症的経済不調を懸念する声があるが、ブラジルに
は先立つブームがなかった。更に、ブームと反動を経験したかつての韓国やギリシャの
ような小国でもない。マクロ経済に限って言えば、五輪のインパクトは小さい。
ブームと反動に揺れるブラジル経済
8 月 21 日、リオデジャネイロ・オリンピックが終わり、9 月 18 日には同パラリンピックが閉
会式を迎える。南半球初の五輪開催が決まったのは 2009 年 10 月であったが、この 7 年弱の間
にブラジル経済は大きく変わった。2009 年は前年秋のリーマン・ショックの余波でブラジル経
済が 1992 年以来のマイナス成長を記録した時期に当たる。しかし、マイナス成長の幅は▲0.1%
に過ぎず、むしろリーマン・ショックと後の世界金融危機は、外部環境の混乱に対するブラジ
ル経済の耐久力の強化を印象付けた。実際、2010 年は前年の反動もあって 7.5%の高成長を実
現し、BRICs の一角としての成長ストーリーは健在であるかに見えた。リオデジャネイロ五輪招
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2/9
致の成功も、世界経済の比重が着実に新興国にシフトしつつある、その象徴的な一幕と捉えら
れたのである。
しかし、その後、同国の転落が始まる。2010 年の 7.5%成長をピークとして、2011 年 3.9%、
2012 年 1.9%と成長率は減速、2013 年には 3.0%まで回復するが、翌 2014 年は 0.1%と失速し、
2015 年は▲3.8%の大幅なマイナス成長に陥る。更に、2016 年に 2 年連続のマイナス成長が確
実視される中、オリンピック閉幕から間もない 8 月 31 日、議会上院でルセフ大統領の弾劾審議
が行われ、同氏の大統領罷免が決定した。同国初の女性大統領は、同国初の弾劾による罷免と
いう形で政権を去ることになったわけだ。失政が経済の低迷に拍車をかけ、経済の悪化が政治
的混乱を招くという、悪い意味での政治と経済の相互作用の発現であった。
一時は底なしにも見えたブラジル経済だが、2016 年に入り、漸く底打ちを示唆する材料が散
見され始めた。株価が底打ちし、為替レートも回復に転じた。成長率はマイナスが継続してい
るが、そのペースが緩み始めた。家計の景況感も最悪期を脱しつつあるように見える。
それでは、こうした改善の兆しを、ブラジルは着実な回復に結び付けていくことができるの
だろうか。それを考えるに先立ち、そもそも、ブラジル経済は何故、こんなにも悲惨な状況に
立ち至ったのかを振り返ってみる必要がある。
図表 1
ブラジルの実質成長率と項目別寄与度(前期比%)
5.0
4.0
民間消費
固定資本形成
純輸出
その他
実質GDP
3.0
2.0
1.0
0.0
‐1.0
‐2.0
‐3.0
‐4.0
‐5.0
05
06
07
08
09
10
11
12
13
14
15
16
(出所)Haver Analytics より大和総研作成
左派政権による失政
大きな構図で捉えれば、近年のブラジル経済の苦境は、左派・労働者党(PT)政権による失
政の結果である。PT が政権与党となったのは、ルセフ氏の前任のルーラ・ダ・シルバ氏が大統
領に就任した 2003 年 1 月のことである。この頃、中南米諸国では左派政権の誕生が相次いだ。
中南米の左派政権と言えば、代表格はベネズエラのチャベス政権であるが、その発足は 1999 年
であった。2003 年にはアルゼンチンでキルチネル政権、2006 年にはボリビアでモラレス政権が
3/9
誕生している。いずれも左派的色彩の強い政権である。
そして今、その逆流が起きている。アルゼンチンではキルチネル氏、その後継であるフェル
ナンデス氏による計 12 年の左派政権を経て、2015 年 12 月に中道右派のマクリ政権が発足した。
ベネズエラでは、2013 年に死去したチャベス氏の跡を継いだマドゥロ氏による左派政権が続い
ているものの、2015 年 12 月の国会議員選挙において、反チャベス派である MUD(民主統一円卓
会議)が圧勝した。国民の政権への支持は明確に低下している。ブラジルのルセフ政権の終焉
も、こうした流れの一環としてとらえられるべき現象である。
では、このような左派政権の台頭と退潮を引き起こしたのは何か。中南米の多くの国々に共
通する点として挙げられるのは、第一に、貧富の格差が大きいこと、第二には、これとも関係
するが、資源への依存度の高い経済構造であることである。資源産業は総じて労働集約度が低
く、雇用吸収力に欠けている。資源産業の存在そのものが、直接的に一国の雇用創出を妨げる
わけではないが、往々、資源の存在は為替レートを割高にするなどの経路を通じ、製造業など、
厳しく競争力が問われる産業の振興の邪魔をする。こうした事情が、資源依存国が資源依存状
態から抜け出すことを難しくし、貧富の格差拡大の一因をなすのである。
「図表 2」は、所得分配の不平等さを測る「ジニ係数」を示しているが(数値が大きいほど不
平等)、製造業立国を中心としたアジア諸国に比して、中南米諸国の数値は総じて高い。特に、
左派政権の発足が相次いだ 2000 年前後における中南米諸国とアジア諸国の差は明白である。こ
うした大幅な貧富の格差は、低所得者層への支援の必要性を高める。言い換えれば、政治家・
政党が低所得者に対する支援の必要性を訴えることが、票に結び付きやすくなる。これが、マ
ーケットフレンドリーで経済効率性と成長を重視する右派に対し、成長よりも分配を重視する
左派が台頭する背景となったのである。
図表2
ジニ係数
65.0
60.0
55.0
50.0
45.0
40.0
35.0
30.0
25.0
90
92
94
96
98
00
02
04
06
08
10
ブラジル
アルゼンチン
チリ
ペルー
中国
インド
ベトナム
タイ
(出所)世界銀行より大和総研作成
12
4/9
こうして生まれた左派政権の政策運営を大きく後押ししたのが、2000 年頃に始まった資源価
格の長期上昇であった。資源価格の上昇は、輸出金額の増大などを起点として、低所得者向け
を含む分配の原資、よりはっきり言えば、
「ばら撒き」の原資を増加させる。例えばブラジルで
は、
「ボルサファミリア」という貧困世帯向けの現金支給プログラムが実施されている。こうし
た措置が、所得格差の拡大に歯止めをかけるとともに、左派政権の政権基盤の強化に貢献した
のである。
図表3
資源価格
($/Barrel)
(1967年=100)
500.0
160.0
450.0
140.0
WTI原油価格(左)
120.0
CRB指数(右)
400.0
350.0
80.0
300.0
60.0
250.0
40.0
200.0
20.0
150.0
0.0
100.0
9001
9101
9201
9301
9401
9501
9601
9701
9801
9901
0001
0101
0201
0301
0401
0501
0601
0701
0801
0901
1001
1101
1201
1301
1401
1501
1601
100.0
(出所)Haver Analytics より大和総研作成
追い風は資源価格の上昇だけではない。そもそも、資源価格の上昇には、中国を軸とする新
興国経済の拡大ペースの加速という、実体的な背景があった。価格の上昇は、数量(需要)の
増加の結果である。そして、需要の増加は、例えばブラジルの鉄鉱石鉱山の稼働率を上げる。
更に、需要の増加と価格の上昇が、新規の開発投資を促す。ブラジルの太平洋岸で大規模な海
底油田が発見されたのも、ブームのさなかの 2007 年のことであった。海岸線から 300 キロも離
れた深海に位置する油田は、当たり前だが採掘コストがかさむ。その開発投資が実行に移され
たのも、市場価格の高さがあったればこそである。
こうして外需と内需が揃って拡大し、ブラジルを筆頭に、多くの資源国で広く、景気拡張が
実現したのである。一たびこうなると、政権が右寄りであるか、左寄りであるかの違いは、あ
まり重要ではなくなる。一般的には、右派は成長を志向し、左派は分配を重視する。本来、そ
こにはトレードオフの関係があるのだが、景気の拡大が税収などを増加させることを通じ、ト
レードオフの痛みを覆い隠してくれるからだ。成長とばら撒きが両立するわけだ。だが、やは
り、そのような時期は長続きしない。
5/9
不況への大転落
先に触れたように、ブラジルの 2015 年の実質 GDP 成長率は前年比▲3.8%であった。2016 年
にもそれに近いマイナス成長が予想されている。戦後最悪とされるこのような大不況はいかに
起こったのか。
一つには、先立つ資源ブームが、ブラジル経済の資源依存度を一段と高めてしまったことで
ある。資源依存度の高まりは、中国依存度の高まりでもあった。ブラジルの総輸出に占める中
国向けのシェアは 2000 年の 1.8%から 2015 年の 18.6%に急増している。それだけ、資源価格
の反落、中国経済の成長鈍化による痛手が増幅することとなった。
図表4
ブラジルの国・地域別輸出シェア(%)
30.0
25.0
20.0
15.0
中国
10.0
米国
ユーロ圏
5.0
0.0
90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15
(出所)IMF より大和総研作成
また、ブーム下での資源価格の上昇が正当化してきた資源関連投資が、価格下落によって急
減した。先に触れた深海油田開発などはコスト面から続行不可能となったわけだ。
もう一つは政策である。資源価格の下落、資源への需要の減退、資源開発関連投資の収縮な
どがブラジルを不況に追い込み、政府はばら撒き政策の原資を失った。しかし、公務員給与や
年金等社会保障関連支出をはじめとして、総じて歳出は税収等の歳入に比較して硬直的であり、
不況下ではただでさえ財政収支が悪化しやすい。加えて、ルセフ政権は左派政権である。同氏
にとっては低所得層の支持が最大の政治資本である。このような事情が、逆風下でのばら撒き
を継続させ、財政収支の著しい悪化を招いたのである。「図表 5」の左図は、中央政府の歳出と
歳入を示しているが、歳入の伸びが景気悪化とともに止まる一方で、歳出は硬直的であり、2014
年頃から両者のギャップが急速に拡大している様子が鮮明である。
財政収支の悪化は、通貨レアルの下落を通じてインフレ率を上昇させる。家計の実質所得が
毀損され、民間消費が減退する。それが企業の投資活動を萎縮させる。こうして引き起こされ
た内需の悪化は再度の歳入の減少をもたらし、財政収支の赤字が一段と拡大する。それでもば
6/9
ら撒きが止まらず、レアルの下落が継続し、同国国債の格付けが引き下げられ、金利が上がり、
再び財政収支が悪化する。そして、インフレ率が高じてしまえば、政府のばら撒き策も家計の
所得を支えることができなくなり、ついには人々の政権への支持も霧散してしまうという構図
である。アルゼンチンもベネズエラも、やはりインフレ率が大幅に上昇しており(特にベネズ
エラ)、これが左派政権の存在意義を根底から揺るがしている。程度の差はあれ、起こっている
ことの本質は同じである。
図表5
ブラジルの財政
6
800.0
4
700.0
600.0
歳入
500.0
歳出
2
0
‐2
400.0
‐4
300.0
‐6
プライマリー収支
Jul‐15
Aug‐16
Jun‐14
Apr‐12
May‐13
Mar‐11
Jan‐09
Feb‐10
Dec‐07
Oct‐05
Nov‐06
Sep‐04
Jul‐02
Aug‐03
Jun‐01
Apr‐99
May‐00
Mar‐98
Jan‐96
財政収支
Feb‐97
Jan‐16
Mar‐15
Jul‐13
May‐14
Sep‐12
Jan‐11
Nov‐11
Mar‐10
Jul‐08
May‐09
Sep‐07
Jan‐06
Nov‐06
Mar‐05
‐12
Jul‐03
0.0
May‐04
‐10
Sep‐02
100.0
Jan‐01
‐8
Nov‐01
200.0
(注)歳出と歳入は中央政府、12 か月移動平均、2000 年=100、右図の収支は一般政府、GDP 比%
(出所)Haver Analytics より大和総研作成
経済正常化へのナローパス
ブラジルの未曾有の不況は、資源価格の下落によって生じた逆風を、政府が煽って自らハリ
ケーン級にしてしまったようなものである。ばら撒きの原資がなくなる中でばら撒きを続けて
いたわけだから、ルセフ氏の失職も必然であった。では新たに政権を担うテメル大統領は、こ
の国を立て直すことができるのだろうか。
先に触れたように、ブラジル経済が最悪期を越えつつあることを示す材料が見え始めている。
その先導役となった株価や為替レートなどは、資源価格の底打ちの反映であるとともに、ルセ
フ氏の失職を織り込むことで回復に転じたという経緯がある。これに続いたのが、消費者信頼
感指数の回復である。同指数は 2016 年 4 月を底として、4 か月連続で上昇しているが、下院で
ルセフ氏の弾劾が承認され、審議が上院に移されたのがちょうど 4 月であった。
更に、6 月 1 日に発表された 1-3 月期の GDP 統計が、景況感を後押しすることになった。この
時発表された同期の成長率は前期比▲0.3%(後に同▲0.4%に修正)であり、依然マイナスで
はあるものの、事前のコンセンサスを上回り、また 2015 年 10-12 月期の同▲1.3%から顕著に
マイナス幅を縮小させた。このことが、ブラジル経済にかかわる極端な悲観論の後退に寄与し
たのである。もう一つ重要なことは、同期の成長率を支えたのが外需だったことだ。外需は当
然ながら、ルセフ氏失職期待とは無関係である。中国をはじめとした外部環境が冴えないまま
7/9
であることを踏まえれば、2015 年末まで続いたレアル安の効果が発現し始めた可能性がある。
つまり、外需の改善は、回復に向けたルートが細いながらも複線化したことを意味する。
図表6
家計関連指標
20.0
130.0
15.0
120.0
10.0
110.0
5.0
100.0
0.0
90.0
‐5.0
80.0
小売売上数量(前年比% 左)
消費者信頼感指数(ポイント 右)
‐10.0
70.0
‐15.0
Jul‐16
Dec‐15
Oct‐14
May‐15
Mar‐14
Jan‐13
Aug‐13
Jun‐12
Apr‐11
Nov‐11
Sep‐10
Jul‐09
Feb‐10
Dec‐08
Oct‐07
May‐08
Mar‐07
Jan‐06
Aug‐06
60.0
(出所)Haver Analytics より大和総研作成
以上のような、小さな改善の積み重ねにより、景況感の底打ち、改善が続いている。
「図表 7」
はブラジル中央銀行が 2016 年、2017 年の実質成長率に対する現地の市場参加者のコンセンサス
を集計し、発表しているものである。両年いずれについても、2016 年 4 月~5 月を底に穏やか
ながら上方修正の局面に移行している。それまで、ブラジルの成長率見通しは下方修正の繰り
返しであった。成長見通しの下方修正とは、ある時点で想定し切れなかった悪材料が後に噴出
することであり、そうした展開がブラジルでは数年にわたって続いてきたわけである。そのよ
うな状況では、家計も企業の支出を増やすはずがなく、こうした悪循環が少なくともいったん
終わったことの意味は小さくない。
図表7
ブラジルの実質成長率に対するコンセンサス
3.0
2.0
1.0
0.0
‐1.0
‐2.0
‐3.0
2016年
2017年
‐4.0
01/02/2015
01/23/2015
02/13/2015
03/10/2015
03/31/2015
04/23/2015
05/15/2015
06/08/2015
06/29/2015
07/20/2015
08/10/2015
08/31/2015
09/22/2015
10/14/2015
11/05/2015
11/26/2015
12/17/2015
01/11/2016
02/01/2016
02/24/2016
03/16/2016
04/07/2016
04/29/2016
05/20/2016
06/13/2016
07/04/2016
07/25/2016
08/15/2016
09/05/2016
‐5.0
(出所)Haver Analytics より大和総研作成
8/9
とはいえ、やはり景気の持続的回復は、現在のブラジルにとって非常なナローパスである。
まず、テメル政権は財政の立て直しを優先しなければならない。ばら撒きを排し、歳入の増強
策を講じる必要がある。当然ながら、景気には改めてマイナス要因が増えることになる。もっ
とも、ここを出発点とするしか、ブラジルを正常化する道はほとんどない。仮にテメル政権に
よる財政緊縮策がそれなりに実効性を持つと市場に認識されれば、レアルの安定性が増すとと
もに、長期金利に低下余地が生まれる。こうした順序を踏み、小さな改善を積み上げていく他
はないということだ。
ルセフ政権の問題の一つは、長きにわたるばら撒き政策の実績故に、同政権の緊縮政策への
転換が市場の信認を得ることが至難だったことにある。つまり、ルセフ政権が存続する中では、
経済立て直しの出発点に立つこと自体が、そもそも困難だったわけであり、政権交代の経済的
意味の一つはここにある。さしあたり、困難が多いことに変わりはなくとも、政権交代によっ
て方向転換が可能になる。長期金利の低下は、雪だるま的な財政悪化に歯止めをかける。レア
ルの安定化は、インフレ率の上昇を抑制する共に、金融緩和へのハードルを低めよう。ナロー
パスではありながらも、回復に向けたロジカルな道筋が見えているところに、現在のブラジル
の着実な前進がある。
五輪と経済
最後に、リオデジャネイロ五輪と経済の関係に簡単に触れておきたい。五輪やそれに類する
イベントが、ブームと反動を招く、従って、今後のブラジル経済は一段の悪材料を抱えるとい
う見方が散見されるからである。
もちろん、五輪は開催国に、ソフト、ハードにわたって多くのインパクトを及ぼし得る。し
かし、マクロ経済との関係は比較的単純である。第一に、五輪の開催とそれへの準備が経済全
体のブームを引き起こせば、反動が起きやすい。第二に、経済に規模が小さいほど、また発展
段階が遅れているほど、反動が起きやすい。いずれの面からも、ブラジルが五輪の経済的後遺
症に悩まされることがあったとしても、その程度は軽微とみるべきである。
「図表 8」は、1988 年のソウル大会以降に開催された五輪について、開催都市を擁する国の実
質成長率を示したものである。横軸 0 を開催年とし、その前後の成長率の起伏があらわされて
いる。ただし、リーマンショックのような世界全体の成長率の急変動がもたらす攪乱を排除す
るために、数値は各国の成長率そのものではなく、「各国の成長率-世界成長率」としている。
ソウルからロンドンまでの7大会の単純平均では、開催年の前年に成長率がピークを迎え、
開催翌年にかけて成長率が鈍化しており、穏やかながら五輪によるブームと反動のようなもの
が生じているかに見える。しかし、この傾向に合致した動きを示しているのは、ソウル、バル
セロナ、アテネの 3 回であり、このうち、ソウルとアテネを首都とする韓国、ギリシャは、い
ずれも五輪が開催された国としては最小規模に属する。関連施設の建設や、観光や輸送インフ
9/9
ラ等の派生需要の規模は、大会ごとに異なろうが、国の規模に比例して拡大することはまずな
く、その相対的インパクトが小国であればあるほど大きくなるのは自然である1。英国や米国は、
五輪開催年の翌年に、
(相対的)成長率をより改善させている。五輪が成長を促進したというこ
とではなく、マクロ的には五輪が中立に近かったということであろう。
ブラジルにはブームがなかった。あったのは大不況である。そして、ギリシャやかつての韓
国のような小国でもない。再び言えば、ブラジルは経済正常化に向けて、非常なナローパスを
歩んでいかなければならないのだが、五輪の後遺症がその邪魔をすることはないだろう。
図表8
五輪と成長率(%)
12
10
8
6
4
2
0
‐2
‐4
‐6
‐8
‐5
‐4
‐3
ソウル(88年)
アトランタ(96年)
アテネ(04年)
ロンドン(12年)
平均
‐2
‐1
0
+1
+2
+3
バルセロナ(92年)
シドニー(00年)
北京(08年)
リオデジャネイロ(16年)
(注)横軸は 0 が開催年、数値は各都市を擁する国の成長率から世界全体の成長率を引いたもの、平均は 7 回分
(リオを除く)の単純平均
(出所)IMF より大和総研作成
1
それぞれの五輪が行われた年の前年の開催国 GDP の世界全体に占めるシェアは、韓国 0.9%、スペイン 2.3%、
米国 24.9%、オーストラリア 1.3%、ギリシャ 0.5%、中国 6.1%、英国 3.6%、そしてブラジルは 2.4%。