岩手県紫波町「資源循環型まちづくり」について 伊藤久雄(認定NPO法人まちぽっと理事) 今年(2016 年)7 月 28 日、坪郷實教授主宰の市民社会研究会のメンバーとして紫波町を 視察する機会があった。紫波町は後述するように「資源循環型まちづくり」を」すすめ、 地元木材の利用や木質バイオマス、再生可能エネルギーの利用などに力を入れている。 その特徴を以下報告する。 1.紫波町の『循環型まちづくり』~すべては子どもたちの未来のために~ の主な施策 紫波町は盛岡市と花巻市の中間に位置し、町内に東北本線の駅が 3 駅もあり、かつ紫波 中央駅は 2001 年度完成の新駅であるなど、盛岡市や花巻市のベットタウンとして人口が維 持されている町である。 過去 5 年間の年度末人口と世帯数の推移は以下のとおり。10 年前(平成 18 年 3 月末)と 比較しても、人口は微減であり、世帯数は年々増加傾向にある。 紫波町の人口・世帯数の推移 (25.3 月末から、外国人の住民登録者を加えた数を記載) 年月 人口(人) 世帯数 平成 28 年 3 月末 33,538 11,734 平成 27 年 3 月末 33,696 11,604 平成 26 年 3 月末 33,830 11,471 平成 25 年 3 月末 33,983 11,368 平成 24 年 3 月末 33,965 11,175 平成 18 年 3 月末 34,469 10,491 なお町の予算規模は、2016 年度当初予算 135 億 6733 万円であり、2014 年度の財政力指 数は 0.41 であった。町は今年(2016 年)3 月に「紫波町の『循環型まちづくり』~すべて は子どもたちの未来のために~」を改訂している。 紫波町の『循環型まちづくり』~すべては子どもたちの未来のために~ http://ugas.agr.iwate-u.ac.jp/jp/pdf/shiwatown.pdf 1 主な施策は次の4つに集約される。以下、順次その特徴をみていく。 ○ えこ3(さん)センター ○ 木造建築と木質バイオマスの利用 ○ 地産地消から紫波ブランドへ ○ 住民主体の循環型まちづくり 2.えこ3(さん)センター 「えこ3」とは、次の3つの頭文字を取って命名された。 Economy(エコノミー 経済的で) Ecology(エコロジー 生態・環境を重視した)、 Earth Conscious(アース・コンシャス 地球を意識する) その施設は次の5つである。 ① 堆肥製造棟(1次発酵棟)・・・原材料受入ホッパー、前処理施設、発酵槽、ロータリー 攪拌設備 ② 堆肥製造棟(2次発酵棟)・・・発酵槽、製品置場、ローダー切り返し方式 ③ オゾン脱臭施設・・堆肥製造棟から発生する臭気を脱臭 ④ 間伐材等炭化施設・・・炭化装置、木酢液回収装置 ⑤ ペレット製造施設…原材料投入ホッパー、燃料チップ投入ホッパー、ロータリードラ イヤー、乾燥原料、投入ホッパー、ペレタイザー、冷却塔・ペレット受台 2.木造建築と木質バイオマスの利用 (1) 木造建築 ① 紫波中央駅待合施設(駅舎) 木造建築は、町の豊富な森林資源を積極的に活用することで、林業の活性化や森林の機 能維持と活性化をはかること、すなわち森林資源循環と経済的循環の両立を目指す取り組 みである。その代表的な建築が、先にも触れた紫波中央駅待合施設である。 この駅は 2001 年度(平成 13 年度)に完成した新駅であるが、JRとの協定でホームは JRで建設し、待合施設(駅舎)は町が建設したものである。建設に際しては、町民に寄 付を呼びかけて 2 億 7000 万円が集まり、町の財政負担はなかったと説明された。その待合 施設(駅舎)の維持管理・運営も町が行っている。したがってJRの駅員はおらず、町が 委託した団体(一般社団法人紫波町観光協会)のスタッフが事務室に勤務する。改札はな く、切符は自動販売機が片隅に置いてある。 2 なお待合室の材料は間伐材を多用したほか、町産無垢材(アカマツ、カラマツなど)を 使い、集成材は一切使用していないという。 ② 環境・循環PRセンター 待合室の横には環境・循環PRセンターがあり、NPO法人紫波みらい研究所が同居す る(今回の視察はみらい研究所の事務局長に案内していただいた)。この環境・循環PRセ ンターは、2004 年に火災にあった木造公共施設の焼失した木材を再利用したものが主な材 料となっており、不足する木材は町が補てんし建築された。 ③ 紫波町役場庁舎 さらに紫波町役場庁舎も徹底して地域産材が活用されている。木造 3 階建て国内最大級 の大規模な木造建築である。木造部分の構造躯体には 100%町産のカラマツ材が利用されて いる。まさに「木資源循環のまちづくり」を体現した庁舎となっている。 ④ オガールプラザとオガールベース オガールプラザは 2012 年 6 月オープンの官民複合施設。2 階建て 5 棟構造のうち、木造 3 棟がある(スギとカラマツの地元材使用)。中央棟は完成後町が買取り、情報交流館(図 書館と交流館)が入る。その両側には、子育て支援センターや歯科、眼科が入る民間棟と 産直、飲食店、学習塾、事務所が入る民間棟がある。 オガールベースは 2014 年 7 月にオープンした民間複合施設で、日本初のバレーボール専 用体育館やビジネスホテル 56 室(私たちも宿泊した)やコンビニ、飲食店、薬局、文具店 などが入居している。 建物は岩手県産のスギとカラマツが使われており、2013 年度の木造建築先導事業に採択 されている。またここは、エネルギーステーションの地域熱供給を利用し、冷暖房熱源と している。 ⑤ その他 このほか2つの小学校や保育園 1 か所も木造建築である。 (2) 木質バイオマスの利用 ① 紫波中央駅前エネルギーステーション 紫波中央駅前エネルギーステーションは、紫波中央駅前に広がるオガール地区内の公共 施設、民間スペース、住宅等への地域冷熱供給を行っている。 供給管の敷設は、更地の状態の時に工事が行われたので、非常に楽に付設できたという ことであった。 3 ③ 木質燃料用チップ製造(紫波町農林公社) 木質燃料用チップ製造は、一般社団法人紫波町農林公社が行っている。 移動式チッパーの機種はオーストリア製スタークル。移動式ということで、当初は林道 まで移動して使うことを考えたということであるが、非常に大型で、実際には構内でのみ 使っている。 (3) 住民(団体)主体の循環型まちづくり ① 紫波企業の森づくり 町では「企業の森」対象地として、町内の民有林、町有林 30 カ所を選定している。間伐 材はこび隊が結成され、ボランティアが活躍している。 ② 共生植林植樹 自然との共生を図るため、コナラやヤマグリなど、実のなる木の植樹・育樹を 2002 年か らすすめており、町内中学生を中心に活動している。 ③ 地元産材を活用した家づくりの促進 紫波町では、町産木材を活用した公共施設の建築を進めるとともに、一般住宅、作業小 屋、事務所等での町産木材の活用を普及促進するために、建築経費の一部補助と住宅の固 定資産税減免を実施している。 ○ 建築経費の一部補助:木材1㎥当たり 9,000 円~13,500 円(上限㎥) ○ 固定資産税の減免:1/2を5年間減免(用途が居住用に限る) ○実績:H16~26 年 ④ 33 棟 その他 市民参加型おひさま事業(屋根貸し)や、資源リサイクルによるごみ減量などに取り組 んでいる。 3.オガールプロジェクト (1) 都市整備の経緯とコンセプト 紫波中央駅の駅前に広がるのは新しい街並み。そこで展開されているまちづくりがオガ ールプロジェクトである。紫波町は駅前の町有地 10.7ha(もともとは新庁舎建設予定地と して取得していた)を中心とした都市整備を図るために、紫波町公民連携基本計画(2009 年 3 月議会議決)を策定し、この計画にもとづき始まったのが紫波中央駅前都市整備事業 4 「オガールプロジェクト」である。 「オガール」とは、フランス語で「駅」を意味する「Gare」 (ガール)と紫波の方言で「成長」を意味する「おがる」を合わせて名付けられた。 導入された「公民連携手法」とは、「VFM(Value for Money)の最大化」「民間事業者の 採算性・安定性の確保」 「町と民間事業者との適切なリスク分担」が留意されたと説明され ている。その手法は、まずテナントを固めてから、建物の規模や建設費用を算出し、建設 費用のコストカットのため、特別目的会社がオガールプラザを約 11 億円で建設。その後、 公共施設部分を紫波町に売却した。売却した費用以外は、東北銀行の融資や町と政府系金 融機関の出資で賄い、補助金には頼らないプロジェクトである。 詳しくは、紫波町経営支援部企画課公民連携室長である鎌田千市さんの講演資料(2016 年 1 月 21 日仙台市で開催された官民連携(PPP/PFI)事業の推進セミナー資料)をみてい ただきたい。 公民連携による公有地活用 ~オガールプロジェクトの取り組み~ http://www.mlit.go.jp/common/001119423.pdf (2) 地区内の主な施設 なおこのオガール地区に整備されている主な施設は以下のとおり。 ・ 町役場(庁舎)…記述 ・ オガールベース…記述 ・ オガールプラザ…記述 ・ オガールひろば…オガール地区のシンボル的な場所。「担い手づくりワークショップ」 で出された市民の意見がデザインコンセプトに生かされている。夏はバーベキュー、 冬は雪遊びと、四季を通じて人々が集う場所となっている。 ・ エネルギーステーション…記述 ・ (仮称)紫波中央駅前保育所…2017 年 4 月開所予定の民説民営保育所 ・ 民間事業等…今年秋にオープン予定。オガール地区の他の施設と連携し、相乗効果が 生まれるような施設を募集。 ・ 岩手県フットボールセンター…日本サッカー協会公認のグラウンド。各種公式試合や 幅広い世代のトレーニングセンターとしての機能を持つ。事業主体である岩手県サッ カー協会は、オープンと同時に盛岡市から紫波町に移転して運営している。 ・ オガールタウン 日詰二十一区…地元工務店が地元も木材で建てる紫波型エコハウス で、57 戸を予定。現在分譲中であるが、町内の他の物件と比較すると高めのため、ま だ埋まっていない。 5 (3) 紫波町の既存の商店街との関係 紫波中央駅前の都市整備はまさにニュータウンであり、今はやりのコンパクトシティ、 集約型都市構造そのものにみえる。したがってやはり、既存の商店街、具体的には紫波中 央駅からもう1つ花巻駅寄りの日詰駅との関係が課題であるということである。 日詰駅前の日詰商店街は、オガール地区ができるまでは紫波町の中心街で駅前には郵便 局があり、旧役場もここにあった。現在の商店街は閉店したところもあり、町としてはこ の商店街に配慮して、たとえばオガール地区には病院・診療所等は誘致していない。しか し今後、オガール地区周辺に人口移動がすすむとすれば、課題が顕在化する恐れがあるの ではないか。盛岡市や花巻市のベットタウンとしての性格から、人口減少は緩やかにすす むと考えられるが、紫波中央駅・オガール地区のへ過度な集積は避けたいところだと思わ れる。 4.東京から見た課題 (1) 資源循環型まちづくり 東京といっても、臨海部、低地部の大都市から、高尾山のある八王子市や奥多摩、桧原 などの山間部までふくむ、多様な都市である。したがって紫波町の資源循環型まちづくり が参考になるのは多摩地域の山間部をふくむ地域である。 ただし、たとえば奥多摩の山林は急峻な地域にあり、ただちに紫波町のような地元産木 材の利用や木質バイオマス利用などはすすむとは考えられない。急峻な地形に適応する資 機材の開発などを求める必要があるのではなかろうか。今年、紫波町のほかに山梨県道志 村を視察した(同じ市民社会研究会として、3 月に訪問)。道志村訪問の目的の1つはマッ シュプーリー(間伐材搬送システム)の視察だった。 日本の山林は奥多摩に限らず、特に民間保有林は路網が整備されていないために間伐が すすまず、間伐したとしても放置されたままになっているのが実態である。木を切ったと しても作業道まで運び出す搬出作業に大きな手間がかかり、コストが高くなる主因になっ ている。視察したマッシュプーリー(間伐材搬送システム)は、安全で効率的な間伐材の 搬送に寄与することが期待される。 このシステムは有限会社ラボコスタ(代表取締役 では株式会社リトル・トリー(代表取締役 香取完和)が開発したもので、同村 大野航輔)が協力して試験的に運用している。 私たちはその大野さんから説明をうかがった。写真のように、木の間をぬって機材が設置 されて、特に道をつくらなくても作業道まで間伐材を引き上げることができる。東京の山 林ではどのようなシステムが有効か、現在日本にあるシステムでは難しいとすれば、東京 都が資金を提供してでも新たなシステムを開発することも必要だと考える。 6 (2) 新駅とコンパクトシティ 紫波中央駅は盛岡駅から 5 駅 18 分、花巻駅からは 4 駅 17 分の至近距離にあって、格好 のベットタウンとなっている。新宿駅を中心において考えてみると、総武中央線三鷹駅で 18 分程度(特快で 13 分)、埼京線赤羽駅で 14、15 分程度(川口まで行くと 25 分程度)、京 王線つつじヶ丘で特急(明大前)経由 15 分、各駅で 24 分、小田急線成城学園前で快速(代々 木上原まで)経由 16 分、各駅で 23 分程度になる。紫波中央駅と盛岡駅、花巻駅がいかに 近いかが分かる。都内の山手線の外側のエリアを考えると、このようにターミナル駅の至 近距離にニュータウンが建設されるとは考えられない。 ただし、山手線 30 番目の新駅が品川―田町駅間に計画され、山手線の新駅としては 1971 年の西日暮里駅以来になることや、東京メトロ・日比谷線の虎ノ門新駅が着工、2020 年供 用が目指されていること(日比谷線としては 56 年ぶりの新駅)など、都心では再開発計画 と連動した新駅が建設される状況にある。 多摩地域では多摩モノレールの延伸構想があり、この延伸如何では新駅が当然建設され るが、大規模な開発をともなうことは考えにくい。たとえば、府中市内の南武線分倍河原 駅と谷保駅の間に西府新駅が開設された(2009 年 3 月開業、南武線としては 1941 年以来の 新駅)が、駅前の開発はすすんでいない(区画整理事業) 。 都内の市区の現状は、先に述べた都心を除けば、むしろ既存の主要駅周辺の再開発と高 層マンションの建設である。これはまさにコンパクトシティ、集約型都市構造を目指すも とと捉えることができるが、このような駅周辺への商業施設、マンションの集中は駅から 遠く離れた地域の荒廃をもたらすだけある。人口減少、超高齢社会を向かえるにあたって、 人口の奪い合いのような戦略ではなく、地域の特徴を生かし、緩やかに人口を減らしてい くようなまちづくりに転換すべきだと考える。 7
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