宇宙開発の夢を追い続け 気づいたら夢の真っただ中に

 見えない資産
宇宙開発の夢を追い続け
気づいたら夢の真っただ中に
昨今の宇宙業界では,多機能・高性能な大型衛星を大きなロケットで打ち上げて観測する方式から,複数
の中・小型衛星を打ち上げ,連携させてより広範な観測を行う方向へと変わりつつある.
株式会社 IHI エアロスペースが機体システムを担当するイプシロンロケットは,まさにこの潮流に乗っ
た“ 使い勝手のよいロケット ”だ.2016 年度中にも 2 号機の打ち上げを控えるイプシロンロケットに
“ 飛び方を教え ”ている,異彩を放つエンジニアを紹介する.
イプシロンが自ら考えて飛べるように教える
定経路から外れたときに最適なルートに戻るための復
旧方法だ.このような情報をロケットに組み込むこと
「 早い,安い,うまい 」ならぬ「 早い,安い,正
によって,初めて自律飛行が可能になる.「 打ち上げ
確 」がセールスポイントのイプシロンロケットは本
前に飛び方を教えてしまうので,ロケットが飛んでい
誌でも何度か紹介している.射場に運んでから打ち上
る間私たちは何もすることがありません.」と後藤は
げまでに掛かる日数の短さ,全体的な打ち上げコスト
笑う.
の安さ,そして衛星を確実に軌道に投入する正確さ
で,今後の宇宙事業をリードするロケットとして世界
宇宙の謎を解くには,宇宙開発を進めなければ!
的に注目されている.
「 正確さ 」の実現を担当しているのが,今回紹介す
宇宙の魅力にとりつかれたのは,小学生のころ,科
る後藤( 旧姓・泉 )日当美だ.後藤は自らの仕事を
学雑誌で宇宙に関する記事を読んだことから.それ以
「 イプシロンの頭脳をつくること 」と表現する.
来「 宇宙に関わる仕事をしよう 」と大学では宇宙物
前身の M-V ロケットは地上からの通信で誘導され
理学を専攻し,未解明のブラックホール理論の研究に
たが,イプシロンは開発当初からロケット自身が常に
励んでいた.当初は研究者を目指していたが,あると
自分の位置を把握し,軌道修正などは機上のコン
き転機が訪れた.
ピュータが計算して判断する方式をとった.地上から
「 宇宙現象の仮説が実証されるかどうかは,観測
の支援なしに自律的に航行させるためだ.
ロケットの「 頭脳をつくる 」ためには次の 3 点を
教える必要がある.① 飛行経路設計( どのように飛
ぶか ),② 飛行安全( どうすれば安全か ),③ 誘導
( 飛行時に軌道からずれたときどうやって元に戻る
か ).飛行経路設計とは,搭載予定の衛星からの要
求,例えば衛星投入位置や角度に合わせて飛行ルート
を設計すること.「 いつ,どこで衛星を宇宙空間に放
出するか 」も経路設計の一部である.経路の案を作
ると,強度設計の部門から「 このルートではいきな
り強風を受けてロケットが破損する恐れがある 」,別
の部門から「 このルートだと機体表面が高温になる 」
などのフィードバックもある.また,飛行安全とはど
こを飛べば安全かということ,誘導とは飛行途中で予
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株式会社 IHI エアロスペース
ロケット技術部
システム技術室
後藤( 旧姓・泉 )
日当美
IHI 技報 Vol.56 No.3 ( 2016 )
In ta n g ible A sset
時点でのロケットの性能や衛星の特徴などからだいた
いの目星は付くのですが,本当のところは分からな
い.ですから,システム設計をされた技術者に聞きに
行くこともあります.」
あらかじめその飛行経路の『 なぜ 』に対して,想
像力をフル稼働して立てた仮説をメモにまとめ,それ
を基に技術者から本音を引き出す.「 合っていれば,
『 そうですよ 』と認めてくれます.が,私の仮説が間
違っている方がより詳しい説明を受けられることが多
いんですよ( 笑 ).」
イプシロンロケットモニュメント前にて
後藤によれば,ロケットの製造現場には,航空宇宙
工学や電子工学,燃料の化学を学んできた人が多く,
データに懸かっているのです.ということは,宇宙の
理論物理を専攻した後藤は変わり種だという.しか
謎に迫る実験や観測がもっと気軽にできなければ
し,学生時代に理論仮説を立て,そのうえで計算を繰
…….そのためには,ロケットや衛星の技術が必要.
り返したことがここで役立っている.さらには「 い
『 仮説を仮説のままにしておいてはダメだ.私がエン
ろいろ気になる 」,「 どうしても知りたい 」という好
ジニアになって宇宙開発を進めよう! 』と思ったの
奇心と熱意から生まれる行動力,そしてコミュニケー
です.」
ション能力…….後藤が最も本領を発揮する点は,こ
宇宙の謎を解く夢から離れたわけではない.むしろ
同じ夢をもち続けていられることへの自負がある.
「 子どものころからずっと同じ夢を追い続けて,気が
ついたら,夢の真っただ中にいられて幸せです.」
の辺りかもしれない.
目下,イプシロン 2 号機の打ち上げ成功に向けて
注力している後藤だが,10 年後の宇宙開発について
こんな夢を語ってくれた.「 3D プリンターで気軽に
後藤の仕事の目的は「 衛星の要求に応えること 」
製造でき,毎週打ち上げるようになっているかもしれ
だ.一般に人工衛星のミッションは「 地球の観測 」,
ませんね.」イプシロンならそれもあながち夢ではな
「 宇宙の観測 」,「 地球の引力範囲を離れた宇宙の探
さそうだ.
「 そうなったらイプシロンは後輩に任せて,
索 」の三つに大別されるが,衛星のミッションはそ
私は新しいロケットを一から開発したいと思いま
れぞれ異なる.イプシロンは,1 段目には H-Ⅱ A ロ
す.」
ケット用補助ブースターを活用,2 段目と 3 段目は
M-V ロケットの上段モータを改良して用いるなど,
もっともっと宇宙の不思議を解明したい.その思い
が今も後藤をさらなる宇宙開発へと駆り立てている.
ある程度標準化されたロケットだが,指定されたピン
ポイントに正確に投入するための飛行経路設計,つま
り「 飛ばし方 」は毎回フル・オーダーメイドになる.
どうしたら搭載する衛星にとって最適の飛ばし方にな
るかを見つけ出すことが,仕事の面白さでもあり苦労
する点でもあるという.
想像力と行動力,コミュニケーション能力を
発揮して
「 飛行経路を作るのに過去の報告書をよく参考にす
るのですが,報告書に経路は書いてあっても,なぜ
『 ちょっと右よりに飛ばした 』のか,なぜ『 蛇行させ
た 』のかなどの理由は大抵書いてありません.その
イプシロンロケット初号機打ち上げメンバー
IHI 技報 Vol.56 No.3 ( 2016 )
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