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金融テーマ解説
Financial Market Update
2016/08/29
チーフ・アナリスト
大槻 奈那
米早期利上げを裏付けるこれだけの根拠
26日の米ジャクソンホール年次シンポジウムでのジャネット・イエレンFRB議長とフィッシャー副
議長の発言を受け、市場では米国の早期利上げ観測が高まったと受け止められた。
この半月、FRB高官や地区連銀総裁からの早めの利上げを示唆する発言が続いていたが、これを支
持する内容だった。
我々は 9 月利上げも充分にあると考える。根拠は、
1) 経済状況が総じて回復していること((1)経済指標参照)
2)不動産価格など一部に過熱感が見られること((2)やや過熱気味の市場参照)
3) 海外等外部のリスク要因が後退していること((3)海外懸念材料参照)
4)今後の景気後退時に緩和余力を作っておきたいこと、などである。
特に近時の FOMC で言及されていた 3)海外リスク要因については、BREXIT のショックの鎮静化に
加え、先週ポルトガル最大の銀行の公的支援が決定したことなどもあり、一旦落ち着いている。
以下代表的なチャートをピックアップし確認する。
当面は米早期利上げ予想が高まり、円安・ドル高が続くだろう。東証データによれば、企業の EPS
は、1 円の円安につき 0.6~1.2 円上昇する傾向にある(後述図表 10~11)。一方、邦銀にとって
は、ベーシス・スワップ・レートの悪化に伴うドル調達コスト上昇がリスクである。ベーシス・
スワップ・レートが 0.2%悪化するごとに、銀行全体で 500 億円の海外減益要因となりうる。この
ようなシナリオの実現可能性を見極めるため、現地時間 8/29 の米個人消費(PCE)関連データ、今
週末 9/2 の米雇用統計等はこれまで以上に注目されるだろう。
1)経済指標の改善に関する主なデータ
毎回の変動はあるものの、雇用関連の数値については改善基調が強まっている。8/26 の講演でイ
エレン FRB 議長は、
「FOMC は、実質 GDP 成長、雇用市場の更なる改善、1,2 年内のインフレ率 2%
の達成を予想している」としたうえで、一人称を用いて
「私は、最近数か月で、金利引き上げの可能性が高まったと考えている (Indeed, (…) I believe
the case for an increase in the federal funds rate has strengthened in recent months.)」
と経済指標の改善の認識を強調した。
実際、公式の失業率は 4.9%、正規雇用を望むパートタイム労働者等を失業に含めた広義の失業率
も 9.6%と、いずれもリーマンショック(08/9 月)前に戻っている(図表 1)。労働参加率の低下は底
打ちし、時間当たり賃金も上昇傾向にある(図表 2)。
-1Copyright (C) 2016 Monex, Inc. All rights reserved.
Financial Market Update
図表 1:米失業率
図表 2:米労働参加率、時間当たり賃金
(%)
(%)
18
(ドル)
68
16
28
26
67
14
24
66
12
9.7%
10
8
6
4.9%
4
広義の失業率(U6)
2
失業率(U3)
0
1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010 2012 2014 2016
(出所)ブルームバーグデータよりマネックス証券作成
22
65
20
64
18
16
63
14
労働参加率
62
12
時間当り賃金(右軸)
61
10
1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010 2012 2014 2016
(出所)ブルームバーグデータよりマネックス証券作成
問題は、日本同様物価上昇ペースが鈍い点である。7 月のコア消費者物価指数(食料・エネルギー
除く)は、前年同月比では+2.2%と安定的に推移しているものの、前月比では+0.1%と振るわな
かった(図表 3)。しかし、個人消費支出は順調な拡大傾向にあり、今後の物価の緩やかな上昇を後
押しするとみられる(図表 4)。
図表 3:米コアCPI
図表 4:米個人消費
(%)
120
コアCP前年比
3.0
コアCPI 前月比(季節調整済)
米個人消費(2009年=100)
個人消費 PCE (季節調整済前月比)
110
2.5
3.5
3
2.5
2
100
2.0
90
1.5
80
1.0
1.5
1
0.5
0
-0.5
70
0.5
-1
-1.5
0.0
2008
2010
2012
2014
(出所)ブルームバーグデータよりマネックス証券作成
60
-2
1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010 2012 2014 2016
(出所)ブルームバーグデータよりマネックス証券作成
2) やや過熱気味の市場
長期にわたる低金利で、不動産貸出と不動産価格の上昇率が GDP の伸び率を大きく上回っている
(図表 5)。一般に、GDP の伸びを不動産価格の上昇が大きく上回る状況が続くと(例えば図表 5
に見られるとおり米国の 1990 年代末~05 年頃や日本の 80~90 年代など)、その後市場の下落リス
クが高まる。
同様に貸出の伸びも GDP に対して高い状態が続いている(図表 6)。経済を支える要素ではあるが、
特に不動産向け貸出の急増は注視すべき領域に入ってきた可能性がある。これらは、緩和を過度
に長く続けた場合の懸念材料となるだろう。
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図表 5:米不動産価格vs名目GDP
図表 6: 米貸出増加率vsGDP成長率
(%)
17
15%
12
+9.0%
10%
7
+ 7.8%
5%
2
-31990
名目GDP,
1994
1998
2002
2006
2010
2014
2.4%
0%
1991
-8
1997
2003
2009
2015
-5%
米住宅価格前年比上昇率
-13
米名目GDP成長率
-10%
-18
(出所)BIS、ブルームバーグデータよりマネックス証券作成
名目GDP
総貸出
うち、不動産向け貸出
(出所)Bloombergよりマネックス証券作成
3) 海外懸念材料の後退
近時の FOMC では、BREXIT(16 年 7 月)
、中国経済(主に 15 年下期の FOMC)等の海外要因や原油
価格の変動などの不安要因が取り上げられてきたが、これに対する米 FRB のリスク認識はやや後
退していると思われる(図表 7)。なお、8/26 のジャクソンホール演説は、トピックが金融政策の
Toolkit(手法)ということでもあり、こうしたリスク要因に対する言及はみられなかった。
図表7:ジャネット・イエレンFRB議長による主なリスク要因に関するコメント
2015/5月
2015/9月
2015/12月
2016/2月 2016/3月 2016/6月
2016/8月
(ジャクソン
ホール)
("やや緩和さ
れた eased
somewhat")
中国等新興国リスク
原油リスク
欧州リスク
(出所)FRBスピーチ原稿を元にマネックス証券作成
また、先週、ポルトガル最大の銀行 Caixa Geral de Depósitos, SA が、ポルトガル政府の支援を
受け再建を進めることが決定した。欧州最大のリスクであるイタリアの銀行については、政府に
よる直接支援ができないことなどにより、依然再建策が定まっていない。しかし今回、一足先に
ポルトガルで銀行支援が EU に認められたことは、欧州の金融システム全体にとって朗報である。
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図表8:欧州主要国の不良/問題債権の全与信(社債等含む)に対する比率
14
イタリア
12
ポルトガル
10
→8/23政府による
銀行支援決定
%
8
スペイン
6
4
フランス
EU平均
2
英国
ドイツ
0
2010
2011
2012
2013
2014
(出所)ECBデータよりマネックス証券作成
なお、中国については、不良債権比率がじわじわと上昇しているものの、平均保全率は、邦銀の
80%前後という水準に対し、176%と高くなっている(図表 9)。不良債権額を大きく上回る引当金
等を計上しているため、不良債権が増加しても追加の損失は出にくくなっている。
9.0
%
図表9:中国不良債権比率と引当率
%
8.0
350
300
7.0
250
6.0
5.0
176%
4.0
200
150
3.0
100
1.8%
2.0
50
1.0
0.0
0
Mar-06
Mar-07
Mar-08
Mar-09
Mar-10
Mar-11
中国:不良債権比率
Mar-12
Mar-13
Mar-14
Mar-15
同引当率(右軸)
(出所) ブルームバーグデータよりマネックス証券作成
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Mar-16
Financial Market Update
米国の早期利上げの日本への影響は?
円安が企業 EPS を押し上げ
為替と企業業績の関係は引き続き高い。2006 年以降の 10 年間の東証一株当たり利益(EPS)
とドル円レートの関係をみると、相関(R2)は 0.77 と相応に高い(リーマンショック時の赤
字 4 四半期を除く)
。近年感応度が落ちているとはいえ、1 円の円安につき、EPS は概ね 0.6~
1.2 円程度上昇する傾向にある。PER15 倍を使って計算すると東証株価指数全体を 7.5~18 ポ
イント≒0.6~1.4%押し上げる傾向にある(図表 10~11)。
図表10:東証平均一株当たり利益vsドル円レート推移
120
図表11:東証平均一株当たり利益vsドル円レート(散布図)
140
100
120
(EPS, 円)
100
90
80
100
60
40
80
20
60
70
60
50
40
0
40
-20
TOPIX平均EPS
-40
ドル円レート
-60
2005
80
2007
2009
2011
2013
30
20
20
(1ドル=円)
R² = 0.7687
0
0
2015
(出所)Bloombergデータよりマネックス証券作成。EPSがマイナスとなった09/3~09/12月期の4四半期を除く
y = 1.2134x - 56.461
10
70
80
90
100
110
120
130
(出所)Bloombergデータよりマネックス証券作成。EPSがマイナスとなった09/3~09/12月期の4四半期を除く
銀行の海外預貸業務には逆風:ベーシス・スワップ(ドル調達コスト)の上昇
26 日のイエレン+フィッシャー発言に加え、日銀・黒田総裁が「躊躇なく追加緩和措置を講じ
る」と発言したことから、日米金利差の拡大加速が予想される。このため、海外運用の一部を
円投(手持ちの円資産をドルに転換すること)によって賄っている邦銀にとっては、ベーシス・
スワップ・レートの悪化、即ち、円をドルに転換するコストの上昇が懸念される。
ベーシス・スワップ・レートは、日米金利格差の拡大などからこの 2 年間悪化傾向にある(図
表 12)。7 月に日銀のマイナス金利の深掘りがなかったことから一旦落ち着いていたが、米国
の利上げが早期化すれば再び悪化する可能性が高い。
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図表12:ドル円のベーシス・スワップ・レート
2011
0
2012
2013
2014
2015
2016
-10
-20
-30
-40
-50
-60
-70
-72.5
-80
-90
(bp)
(出所)ブルームバーグデータよりマネックス証券作成
それでなくても、邦銀の海外の資金利回りや貸出利回りは、過去から低下傾向にある。リスク
を抑えていることに加え、世界的な金利低下、競争激化によるクレジット・スプレッドの低下
などが背景にある。
これに追い打ちをかけるのが、ドル調達コストの上昇である。仮に、ベーシス・スワップ・レ
ートが 20bp(=0.2%)悪化した場合、3 メガ合計で 500 億円前後の損失となる(外貨調達全体
のうち、外貨預金等を除く 15%が円から外貨へのスワップであるため、海外資金運用残高 162
兆円x15%x0.2%で計算)
。邦銀もドル建て収益の膨張という形で円安の恩恵は受けるものの、
米利上げは調達コストの上昇を伴うことから手放しでは喜べない。
図表13:日本の大手行の海外貸出利回り(連結)
6
(bp) 10
(%)
5
邦銀のドル
調達コスト増
4
0
-10
-20
3
-30
2
MUFG
-40
SMFG
1
みずほ
(参考)ベーシススワップコスト(右軸)
0
-50
-60
(出所)ブルームバーグ、各銀行資料よりマネックス証券作成
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これらのシナリオの実現可能性を確認するためには、米国現地時間 8/29 の個人消費(PCE)関連デ
ータ、今週末 9/2 の米雇用統計などが注目されよう。
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