平戸市の観光ガイド 「平戸観光ウェルカムガイド」

レポート
平戸市の観光ガイド
「平戸観光ウェルカムガイド」
はじめに
観光客への接し方ひとつで、その地に対するイメージを決定づけてしまう観光ガイド。観光に
よる地域振興を標榜している地域におけるその役割は非常に重要である。
ここ長崎県平戸市も地域活性化や人口減対策として交流人口拡大に取組んでいるが、去る7月
25日の文化庁文化審議会・特別委員会における「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の世界遺
産国内候補への選出は、その構成資産がある同市における観光ガイドの役割をより一層大きくす
ることになる。
そこで、平戸市で活動している観光ガイド組織『平戸観光ウェルカムガイド』に焦点を当てレ
ポートする。
1.平戸市への観光客
2010年以降における平戸市の観光をみると、2011年の平戸オランダ商館開館、翌12年に市内ロ
ケが行われた高倉健主演の映画「あなたへ」の封切り、続く13年には国内外の大手自動車メーカー
6社がCMロケ地とした生月サンセットウェイが話題となるなどの追い風もあり、170万人を割
り込んでいた観光客数は2013年以降、3年連続して170万人台後半をキープしている(図表1)
。
図表1 平戸市の観光客数
(千人)
1,800
1,771
1,769
2013
2014
1,781
1,750
1,700
1,701
1,681
1,652
1,650
1,600
1,550
2010
2011
2012
2015
(年)
資料:平戸市観光統計を基に当研究所にて作成
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ながさき経済 2016.9
レ ポ ー ト
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平戸市の観光ガイド「平戸観光ウェルカムガイド」
2.観光ガイド組織「平戸観光ウェルカムガイド」
(1)発足経緯
平戸観光ウェルカムガイドは、2000年に長崎県により展開された「日蘭交流400周年記念事業
ながさき阿蘭陀年」関連イベントに備えて、1999年に平戸城の学芸員浦部知之氏を中心にメンバー
6人で発足した観光ガイドの任意団体である。もっとも、関連イベントが終了すると、その活動
は停滞していたが、2002年に地元出身で大手旅行会社に勤務経験のある籠手田恵夫氏が、先に参
加していた夫人に続いて同組織に加わり、既存会員とともに組織が独立した動きができるよう
NPO法人化に着手した。その結果、特定非営利活動促進法の施行からまだ5年しか経過してい
ない2004年5月、当時としてはまだ珍しかった観光ガイドのNPO法人に認定されたのである。
法人格をもつことで、さまざまな事業の委託契約の締結も可能となり、また、所属ガイドの自覚
を促すことにもつながった。
因みに、この籠手田恵夫氏は2006年には長崎県が観光振興に広く協力してもらうことを目的に
認定した“長崎県観光マイスター”(5人)に就任しており、現在も活躍している。
(2)NPO法人平戸観光ウェルカムガイド
NPO法人平戸観光ウェルカムガイド(籠手田恵夫理事長)は、正会員31名、賛助会員2名の
計33名で構成されている。このうち、ガイド業務に携わっているのは25名ほどで、なかには任意
団体発足当時からのメンバーが3名(2016年7月現在)残る。所属しているガイドは男女ほぼ半々
で、平均年齢は66歳。年齢層別では30代2名、40代1名、50代4名、60代12名、70代12名であり、
うち、実際に案内を行うのは、本業からリタイアした60代以上がほとんどである。また、その居
住地をみると、地元が大半を占めているなかで、佐世保市の居住者が1名在籍している。
ガイド事務所は、港の交流広場にある平戸市所有の観光案内所内に構えており、受付時間は8:30
∼16:30、盆・正月も休みなしの年中無休とし、メンバー8名が当番制で待機している。また、
観光案内所の外観
観光案内所内にあるウェルカムガイドの受付
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事務所の隣には市の観光協会が委託運営する観光案内所もあり、平戸市は、港の一帯に駐車場と
船付き場、観光案内所と観光ガイドの受付場が揃うなど、観光に関するワンストップ対応が可能
となっている。
一方、当組織は会員からの会費(年間2,000円)と顧客から受け取るガイド料の一部(ガイド
1件当たり500円)を基本収入に、市のサポート(事務所の無償提供と観光案内サポート料年間
365,000円)と、国の委託事業の受託料などを基に自立した運営がなされている。
(3)ガイドの実施状況
ガイド料は、ガイド1人あたり2時間1,500円、1時間延長につき500円である。つまり、案内
する観光客の人数ではなく、案内に関わるガイドの人数が多くなると収入増となる料金体系とし
ている。また、案内状況をみると、最近は歴史に興味を持つ個人客からの依頼が増えてきている
とのことであり、利用客は2013年にピークの18千人を記録、その後は旅行形態が団体から個人へ
と移行したこともあり、1件当たりの人数が減り、現在は12千人前後で推移している(図表2)。
図表2 ウェルカムガイドの案内件数、人数
2012
前年度比
2013
(年度、件、人)
前年度比
2014
前年度比
2015
前年度比
案内件数
918
81.2%
1,270
138.3%
1,187
93.5%
1,043
87.9%
案内人数
14,057
91.9%
18,187
129.4%
12,517
68.8%
11,902
95.1%
※「平戸観光ウェルカムガイド」の資料を基に当研究所にて作成。
なお、時折ガイド個人を指名する
案内依頼もあるが、これに関して籠
手田理事長は「名指しのガイド依頼
は、その人にファンが付いたという
ことで、平戸観光にとって大変好ま
しいことではあるが、当組織では限
られた人数のなかで日程をやり繰り
しているために、特定の人にガイド
が集中してしまうとその後のやり繰
りが難しい。また、ガイド間に不公
平感が生じることにもつながること
から、個人を特定したガイド依頼は、
基本的に避けるようにしている」と
のことである。
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ながさき経済 2016.9
ウェルカムガイドのみなさん
(写真提供:NPO法人 平戸観光ウェルカムガイド)
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(4)活動内容
①案内について
平戸観光ウェルカムガイドでは、事前予約だけでなく、当日の飛び込み依頼にも柔軟に対応し
ており、顧客からの依頼をこれまで一度も断ったことがないことを自慢としている。
②案内範囲
案内については、平戸観光ウェルカムガイドのPRリーフレットに平戸市街地における基本コー
スを掲載するとともに、ホームページには数種類のコースを掲載しているが、それはあくまでも
モデルコースとしての位置付けであり、教会だけを回りたい、あるいは生月に行きたいなど、観
光客が望むところはどこでも対応する。また、案内当日の天候が急変した際のコース変更にも柔
軟に対応している。
平戸観光ウェルカムガイドの案内は、観光バスや観光客の車に同乗して案内することができる
範囲としており、旧生月・田平両町も含んでいる。しかしながら、同じ平戸市内であっても、
的山大島をはじめ、度島や高島など、離島のガイドは請け負っていない。
③案内する人数
平戸観光ウェルカムガイドでは、所属ガイド1人あたりの案内人数を20人までとしている。こ
れ以上の人数になると、案内する際の声が全員に届きにくくなることや、歩いて回る場合には行列
が長くなりすぎることから、一般の歩行者や通行車両とのトラブルを未然に防ぐ意味合いがある。
④案内の特徴
平戸市には視覚的に驚くようなものは少なく、積み重なった物語=歴史がその最大の魅力とな
るため、そのことを観光客に理解してもらうことがポイントとなる。籠手田理事長は「利用者か
ら『平戸の歴史の奥深さがよくわかった。平戸観光は1人で回るよりもガイド付きがベスト。他
の人にも平戸の観光にはウェルカムガイドの利用を勧めたい』とよく言われる」と語る。平戸観
光ウェルカムガイドに所属しているガイドは、例えば松浦史料博物館やオランダ商館への案内に
際しても、展示物1つ1つについて説明できる知識・技量を備えている。
⑤平戸検定の運営
平戸観光ウェルカムガイドでは、地域活性化や観光振興のためその地域の歴史や文化などの知
識を問うご当地検定「平戸検定」の運営を市から請け負っているが、その実施については、平戸
観光ウェルカムガイド側から平戸市に提案したものである。通常のご当地検定は、地域のファン
ながさき経済 2016.9
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とリピーターを増やすことを目的に行われるが、平戸検定の場合は、その合格者をウェルカムガ
イドとして勧誘するとともに、市民と市外在住の平戸ファンを増やすという一石二鳥の効果を
狙って実施されている。また、平戸観光ウェルカムガイドでは、平戸市民が地元に興味を持つよ
うになり、観光客を案内できるようになれば、との願いから、平戸検定公式テキストブックも作
成している。
今年(2016年)が7回目の実施となったこの試験は、2010年から毎年2月に行われており、当
初は初級のみであったものを2011年に中級、2012年から上級を加え、より深い知識が得られるよ
うにしている。受験者数は現在150人前後で、市内居住者が中心であるが、3年前から東京会場
での試験も実施しているほか、最近は市外からの受験者が増えているのが特徴である。また、同
じく3年前から、平戸高校の生徒全員が初級を受験するようになったほか、市長の協力もあり、
平戸市職員の受験が増加している。試験実施後、合格者のうち、これまで10人以上が新たにウェ
ルカムガイドの一員となっている。
(5)ガイドのスキルアップ
平戸観光ウェルカムガイドでは、所属ガイドのレベルを上げるための活動に注力しており、毎
月の定例会では籠手田理事長自身もしくは外部の専門家を招いてのテーマ別ミニ研修を毎回実施
するとともに、現地研修の名目で先進地を訪れ、そのガイド組織や案内手法を学ばせたりしてい
る。さらに、大河ドラマ「龍馬伝」の放映や高倉健主演の映画「あなたへ」の封切りなど、市内
に新たなブームが生まれたり、イベントが予定されている場合には、臨時勉強会を開催している。
その一方、観光ガイドが金太郎飴のように同じような性格の人ばかりでは面白味に欠けること
から、平戸観光ウェルカムガイドでは所属ガイドの個性を大切にしている。所属ガイドには、案
内時の制服着用など基本さえ守ってもらえれば、あとは自身の個性を生かした、他のガイドの真
似ではない個性的な案内を奨励している。
3.課 題
(1)人的課題
平戸観光ウェルカムガイドにおける人材面の課題は「事務職員がいない」「ガイドのなり手が
いない」「ガイドの後継者がいない」の3点に集約される。数年前にいわゆる幽霊会員(会費を
払わない・ガイド活動を行わないなどの“名ばかり会員”のこと)の淘汰を行ったが、その後な
かなか会員数が増えていないのが現実である。特に、「事務職員がいない」ことの影響は大きく、
報告書の作成や会計などは籠手田理事長自らが、その他の事務処理は理事長夫人が行っている状
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ながさき経済 2016.9
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平戸市の観光ガイド「平戸観光ウェルカムガイド」
況にある。この問題の解決策としては、他のガイド団体のように行政の観光課や観光協会など他
組織の下部組織となって活動していくことも考えられるが、そうなるとこれまで築き上げてきた
団体の独立性が保てなくなってしまう。
また、「ガイドのなり手がいない」「ガイドの後継者がいない」ことも深刻である。前述した平
戸検定で10人以上が組織に加入したものの、それからなかなか増えておらず、特に市民の反応が
いまひとつとなっている。結局、観光ガイドとなるのは市外在住経験のあるU・Iターン者が多
く、結果的に、平戸観光ウェルカムガイドのメンバーの約8割はU・Iターン者となっている。
(2)広告・宣伝
平戸観光ウェルカムガイドで
は、活発な広告宣伝活動は行っ
ていない。これは、事務所の当
番までガイドが持ち回りしてい
るほど人手不足のなか、もし大
幅に案内依頼が増えた場合、対
応できないケースが容易に予想
されるからである。そこで、現
在では、PRリーフレットを市
の観光案内所に置いてもらうと
ともに、平戸観光のパンフレッ
ウェルカムガイドのリーフレット
トの送付依頼のあった観光客に本リーフレットを同封してもらうことにとどめている。
また、平戸市内には、2005年に平戸市と合併した旧生月町地区に別のガイド団体「生月ボラン
ティアガイド協会」がある。この団体は、生月島内の案内しか行っていないために、平戸市内全
域を案内するウェルカムガイドとの棲み分けができている。したがって、「生月ボランティアガ
イド協会」との広告宣伝活動や、ガイド繁忙時における協力なども考えられる。
(3)世界遺産(候補)構成資産対策
今年7月、2018年の世界遺産登録を目指す国内候補に『長崎の教会群とキリスト教関連遺産』
が選出されたが、その構成資産のうち「平戸の聖地と集落(春日集落と安満岳)
」「平戸の聖地と
集落(中江ノ島)
」の2つがここ平戸市内にある。この2カ所は、富岡製糸場や軍艦島などと異
なり象徴的な構造物などは何もなく、景観そのものが世界遺産の対象となっていることから、他
の構成資産と比較しても最もガイド力が試される場所である。平戸観光ウェルカムガイドでは、
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世界遺産をあまり意識せずに、市内の
他の観光地と同様、全員でこれに当た
ることにしている。世界遺産専門ガイ
ドの育成を行わないのは、平戸の遺産
を訪れる人は「それなりにキリシタン
の歴史に興味がある人などに限られ、
富岡製糸場など見てわかるような世界
遺産を訪れる人の層とは全く異なる」
との考えからである。平戸で世界遺産
のガイドをしようとすると、「春日集
落∼」では集落のなかで、「中江ノ島」
では島の見える場所からその歴史を語
るしかない。その一方、平戸観光ウェ
春日集落と安満岳
(写真提供:平戸市役所)
上空から望む中江ノ島(後方は生月島)
(写真提供:平戸市役所)
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ながさき経済 2016.9
平戸の世界遺産(候補)位置図(資料提供:平戸市役所)
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ルカムガイドに所属するガイドは、「中江ノ島」で観光客が船で島の周囲を回る場合も想定した
研修を終えているなど、万全の準備を整えている。ただし、上陸は物理的にも難しく、軍艦島の
ように多くの観光客がこの島を訪れるとは考えにくい。
平戸観光ウェルカムガイドでは、
「春日集落∼」と「中江ノ島」はともに従来から通常のガイ
ド活動のなかで触れてきており、現状では世界遺産専門のガイドを育成しなくても既存メンバー
で十分対応可能としている。しかしながら、観光客が増加した場合には、専門ガイドの育成など
集落の住民と協力した案内体制の構築に取り組みたいとしている。籠手田理事長は「『中江ノ島』
の場合、島だけ見ても面白くないし、意味がない。そこで、例えば生月観光の拠点施設“島の館”
を平戸の世界遺産案内拠点として、観光客にかくれキリシタンの歴史を説明することも考えられ
る。『春日集落∼』への案内も同所を起点としていいのかもしれない。他地区の構成資産と異な
りモノがない平戸の資産は、説明がポイントとなる」と語る。
(4)外国人観光客対策
ウェルカムガイドのなかで、外国語へ対応できるのは英語の2名のみであり、中国語をはじめ、
他の言語に対応できる人はいない。平戸市には長崎市や佐世保市と異なり在住している留学生も
少なく、その活用が難しい。外国人観光客への対策は今後の大きな課題となっている。
おわりに
平戸観光ウェルカムガイドは、会員自らの手で発展してきたガイド団体である。今日では、ハ
ウステンボスから周遊してくる観光客からもガイド依頼が入るなど、平戸観光におけるその地位
を既に確立した。
2年後に世界遺産認定(予定)を控えた構成資産のある平戸市において、平戸観光ウェルカム
ガイドの存在はますます重要となろう。そのようななか、専門の事務員がいないために、理事長
をはじめ本来ならば観光案内に専念すべきガイドの面々が、案内の仕事に入れずに事務職を兼務
している現状はあまり好ましくない。この解決には、平戸観光ウェルカムガイドの独自性維持を
前提に、交流人口の拡大を目指す行政からの支援・協力を得ることが最も近道であると思われる。
また、これから間違いなく増加するであろう国内外の観光客に対して、今以上に所属ガイドを増
やしておかなければならない。これからの平戸観光ウェルカムガイドのさらなる充実と、所属ガ
イドとなる新たな人材の発掘・育成に期待したい。
(杉本 士郎)
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