多くの不確実性を抱える世界経済

 多くの不確実性を抱える世界経済
世界経済は2017年にかけて持ち直しを見込むが、Brexitの行方、欧州政治問題、米
国大統領選挙、中国の構造調整など、不確実性を高める問題が山積しており、下振れ
リスクには警戒が必要である。日本経済は、民需・外需の低調な推移が続く中、公需依
存の成長となるだろう。2017 年度のコア CPI 前年比は+ 1%前後にとどまる見込
みである。
2016 年 4 〜 6 月期の世界経済は総じて力強さを欠
く展開となった。米国は設備投資や在庫投資の減少
を受けて 3 四半期連続で 1%近傍の低成長となり、
ユーロ圏は原油価格上昇に伴う購買力悪化などによ
る内需減速を背景に前期比で成長率が低下した。日
本は 0%近傍の小幅な成長にとどまった。1 〜 3 月期
がうるう年効果によって押し上げられた反動もある
が、それを割り引いてみても、日本経済が昨年半ばか
らの踊り場局面を脱していないことを確認するもの
といえるだろう。中国は成長率こそ前期から横ばい
と一段の減速は回避されたが、設備投資は統計開始
以来初の 1 桁台の伸びにとどまった。その他アジア
では、韓国やインドネシアなど一部の国では成長が
加速したものの、一時的影響が大きく、全体としては
低調な推移が続いたといえよう。
企業景況感は、先進国が昨年後半から大幅に低下
した水準で横ばう一方、新興国は足元で改善傾向と
なっている。英国の欧州連合(EU)離脱(Brexit)決定
後は、英国が大幅に悪化したものの、その他の主要
国・地域への影響は今のところ限定的である。
2016 年の世界経済成長率(みずほ総合研究所の予
測対象国・地域平均)は、前年比+3.2%と2年連続の
低下を予想している(2014年:同+3.5%、2015年:同
+ 3.3%、図表 1)。特に年前半の米国を中心とした先
進国の減速が響く結果であるが、年後半以降は緩や
かに持ち直し、2017年の成長率については同+3.6%
に上昇すると予想している。メインシナリオは 2017
年にかけての緩やかな持ち直しではあるが、世界経
済の先行き不透明感は根強く、下振れリスクには警
戒が必要であろう。
●図表1 世界経済見通し総括表
2014年
(実績)
予測対象地域計
3.5
日米ユーロ圏
1.5
米国
2.4
ユーロ圏
0.9
日本
▲0.0
アジア
6.4
中国
7.3
NIEs
3.4
ASEAN5
4.6
インド
7.0
オーストラリア
2.7
ブラジル
0.1
ロシア
0.7
93
原油価格(WTI、
ドル/バレル)
暦年
2015年
(実績)
3.3
2.0
2.6
1.7
0.5
6.1
6.9
1.9
4.8
7.2
2.5
▲3.8
▲3.7
49
(単位:前年比、
%)
2016年
(予測)
3.2
1.3
1.4
1.5
0.5
6.0
6.6
1.8
4.7
7.7
2.7
▲3.4
▲1.2
42
2017年
(予測)
3.6
1.6
2.2
1.1
0.7
6.0
6.5
2.2
4.6
7.6
2.5
0.8
1.0
45
(注)予測対象地域計はIMFによる2014年GDPシェア(PPP)により計算。
(資料)国際通貨基金(IMF)、各国統計より、みずほ総合研究所作成
3
米国経済は、2016 年前半は低成長にとどまった
が、7 〜 9 月期以降は緩やかな拡大基調に戻ると予想
される。個人消費は、所得の増加に沿った緩やかな拡
大が続く見通しであり、4 〜 6 月期に大幅に減少した
在庫投資も底堅い個人消費を背景に小売業の在庫積
み増しペースが拡大することを主因としてプラスに
転じるとみている。設備投資は先行きの不確実性の
高さから企業の慎重姿勢が続くものの、シェール関
連を除けば設備過剰感は強くないことから、2017 年
に向けて徐々に増加に転じていくと予想している。
ユーロ圏経済は、緩やかな景気回復が続くとみて
いるが、2017 年にかけて成長率は低下すると予想し
た。Brexit 決定に絡む不透明感の増大により、2016
年後半から投資中心に景気回復ペースが減速する可
能性が高い。2017 年後半にかけては、英国・EU の交
渉が開始されるのに伴って不透明感が和らぎ、成長
率は徐々に上昇するとの予測だが、Brexit の交渉難
航や欧州政治問題の深刻化など不安材料は多く、見
通し期間を通じ、ユーロ圏経済の下振れリスクは強
いといえよう。
中国経済は、緩やかな減速が続くと予想される。デ
レバレッジ進行による中期的な投資押し下げ圧力に
加え、軟調な雇用・所得を背景に消費も緩やかな減速
が続くであろう。財政支出を中心とした景気下支え
策により、景気の腰折れは回避されるとみているが、
中国経済の下振れは世界経済全体に悪影響を及ぼす
ことから、その動向には引き続き警戒が必要であろ
う。中国を除くアジア経済は、自立的回復力に欠け
る展開が続く見通しである。米国経済の持ち直しに
伴って輸出も徐々に上向く見通しであるが、中国に
加えBrexit問題で欧州経済も減速が見込まれること
から、輸出の回復ペースは緩慢となろう。
Brexit の行方、欧州政治問題、米国大統領選挙、中
国の構造調整など、世界経済にとって不確実性を高
める問題が山積している。新聞記事の内容などをも
とに経済の不確実性を指数化した経済政策不確実性
指数をみると、Brexit を受けて英国や欧州が歴史的
な水準に急上昇しており、大統領選挙を控える米国
も大幅に上昇した状況となっている。また、構造問題
を抱える中国や景気後退下にあるブラジルなど、主
要新興国の一部は上昇トレンドが継続している。
4
Brexitについては、英国はメイ首相のもとでEUか
らの離脱に向けた準備を開始している。EUへの脱退
通告は 2017 年初と予想されるが、交渉は難航が予想
され、先行きの不透明感は強い。欧州政治問題という
観点では、英国のみならず、EU各国での反EU勢力の
台頭が気がかりである。2017 年にかけてはフランス
大統領選挙(2017 年 4 〜 5 月)やドイツ連邦議会選挙
(2017 年 9 月前後)など政治イベントが多く、欧州の
政治的不安定性が高まるリスクには警戒が必要であ
る。目先の注目イベントはイタリアの憲法改正を問
う国民投票(2016年10月末ごろ)であろう。投票結果
が「改正に反対」であった場合、レンツィ首相は辞任
の意向であり、イタリアの政局が不安定化するリス
クがある。
米国大統領選挙(2016年11月)については、世論調
査では民主党のヒラリー・クリントン氏が優勢であ
るが、選挙の行方は予断を許さない。仮に過激な発言
が目立つ実業家のドナルド・トランプ氏が大統領と
なった場合は、市場の混乱は避けられず、米国企業マ
インドの委縮や設備投資の悪化を招くリスクもあ
ろう。また、いずれの候補も環太平洋経済連携協定
(TPP)に反対するなど保護主義的な政策を主張し
ており、選挙結果にかかわらず新政権下でのリスク
要因といえる。
中国では、企業債務の拡大と共に不良債権が増大
している。中国政府は、拙速な処理による金融不安定
化は避けたいため、資産管理会社による不良債権の
買い取り推進や証券化などの対策を徐々に進めてい
るが、処理は「長期戦」となる可能性が高く、その間の
企業部門のバランスシート調整圧力が中国経済の不
確実性を高めることにもつながる。
不確実性の高まりから世界経済の下振れ懸念は根
強いものの、各国の政策対応は引き続き金融政策が
中心となっている。金融政策の限界論や通貨戦争へ
の批判から、財政政策への期待は高まっているもの
の、日本の経済対策などを除いて、財政出動の動きは
限定的にとどまっている。
世界的な緩和政策を背景とした低金利環境の長期
化観測が強まる中、金融市場では、株式相場、債券相場
とも底堅く推移するゴルディロックスと呼ばれる状
況がみられている。当面はゴルディロックスが続きや
Brexit 決定の影響については、英国企業のマイン
ドこそ大幅に悪化しているものの、現時点では他国
への実体経済面での波及は限定的なものにとどまっ
ているようだ。ただし、中国経済の構造調整や米国企
業の設備投資の弱さなど、従来からの海外経済の減
速要因は残存している。年初以降の急速な円高とい
う逆風もあるため、日本の輸出は当面低迷が続くと
見込まれる。民需については、円高による企業収益の
目減りなどを受けて、設備投資が低調な伸びにとど
まるとみている。個人消費も、社会保障負担増に伴う
可処分所得の目減りを背景に、力強さに欠ける動き
が続くだろう。
8 月 2 日に閣議決定された経済対策は、事業規模が
約 28 兆円、真水部分(国費ベース)が約 6 兆円となっ
た。真水の中では、景気対策としての即効性の高い公
共事業が約 3 兆円(建設国債増発額)と、高い割合を
占めている。みずほ総合研究所では、今回の経済対策
によって、実質 GDP が複数年度累計で 1.1%押し上
げられると試算している。ただし、建設業の人手不足
などから、公共事業の進捗は後ズレする可能性が高
すい一方、リスク要因の顕現化などをきっかけに相場
が大きく崩れるリスクも内包しているといえよう。
日本の2016年4〜6月期の実質GDP成長率(1次速
報)は前期比+0.0%(年率+0.2%)と2四半期連続の
プラス成長となった。住宅投資や公共投資の持ち直
しが、押し上げに寄与した。もっとも、輸出や設備投
資の低迷が長引いたほか、個人消費の回復も力強さ
に欠けたため、成長率のプラス幅は小幅にとどまっ
た。1 〜 3 月期がうるう年効果によって押し上げられ
た反動もあるが、それを割り引いてみても、今回の
GDP は、日本経済が昨年半ばからの踊り場局面を脱
していないことを確認するものといえるだろう。
2016年7〜9月期以降を展望すると、外需・民需の
低調さが続く中で、公需依存の回復になると見込ま
れる。
●図表2 日本経済見通し総括表
2014年度 2015年度 2016年度 2017年度
2015年度
(単位:%)
2017年度
2016年度
上期
下期
上期
下期
上期
下期
(実績) (実績) (予測) (予測) (実績) (実績) (予測) (予測) (予測) (予測)
実質 GDP
国内需要
民間需要
▲0.9
▲1.5
▲1.9
個人消費
▲2.9
住宅投資
▲11.7
設備投資
0.1
公的需要
▲0.3
政府消費
0.1
公共投資
▲2.6
純輸出
(寄与度)
0.6
輸 出
7.9
輸 入
3.4
名目 GDP
1.5
GDP デフレーター
2.4
鉱工業生産
▲0.5
完全失業率
3.5
経常収支
(兆円)
8.7
国内企業物価
2.7
消費者物価
(除く生鮮食品)
2.8
消費者物価(同上、除く消費税)
0.7
消費者物価(除く食料
(酒類
0.5
除く)
長期金利
(%)
0.48
日経平均株価(円)
16,273
為替相場
(円/ドル)
110
原油価格(WTI、
ドル/バレル)
81
0.8
0.7
0.8
▲0.2
2.4
2.1
0.7
1.6
▲2.7
0.1
0.4
▲0.0
2.2
1.4
▲1.0
3.3
18.0
▲3.2
▲0.0
▲0.0
0.6
0.6
0.2
0.7
5.1
0.5
1.9
1.6
3.0
0.0
0.3
0.2
1.1
0.4
0.6
3.2
18.3
▲2.7
▲0.0
▲0.0
0.9
1.0
0.6
1.0
▲3.7
1.7
1.9
1.7
3.1
▲0.1
2.1
2.8
1.5
0.6
2.6
3.1
19.0
1.1
0.9
0.9
0.8
1.3
1.5
▲0.8
7.3
2.0
0.7
1.2
▲1.1
▲0.5
▲4.3
▲1.3
2.6
1.6
▲1.2
3.4
15.9
▲2.9
▲0.0
▲0.1
0.1
▲0.3
▲0.6
▲0.5
0.0
2.4
0.7
2.7
▲8.2
0.4
0.8
▲1.5
0.8
1.2
▲1.0
3.3
19.5
▲3.5
▲0.1
▲0.1
0.9
1.1
0.7
1.4
13.3
▲0.9
2.4
1.5
6.4
▲0.2
▲1.3
▲0.2
1.9
0.8
0.3
3.2
17.9
▲4.0
▲0.3
▲0.3
0.6
0.5
0.1
0.6
▲5.1
1.5
1.6
0.7
5.7
0.1
3.4
2.8
▲0.4
0.1
1.8
3.2
15.8
▲1.3
0.2
0.2
0.8
1.0
0.7
1.1
▲4.7
1.7
2.0
1.9
2.5
0.0
1.7
2.9
2.7
0.4
1.2
3.1
15.8
0.8
0.8
0.8
1.1
1.3
1.0
1.1
0.1
1.9
2.2
2.1
2.6
0.0
1.7
2.8
1.1
0.8
1.1
3.0
16.3
1.5
1.1
1.1
0.5
0.3
0.6
0.5
0.6
0.5
0.3
0.6
0.7
0.30
18,841
120
45
▲0.12
16,100
103
44
▲0.09
16,800
105
45
0.40
19,730
122
53
0.18
17,951
118
38
▲0.15
16,400
106
44
▲0.13
15,800
101
45
▲0.10
16,350
104
45
▲0.08
17,200
107
46
(注)
1.
年度は前年比変化率、
GDPの半期は前期比年率
(GDPデフレーターは前年比変化率)
。
2.
鉱工業生産の半期は前期比。
完全失業率の半期は季調値。
経常収支の半期は季調値・年率換算値。
3.
国内企業物価、
消費者物価の半期は前年比変化率。
4.
原油価格はWTI先物期近、
長期金利は新発10年国債。
(資料)
内閣府
「国民経済計算」
、経済産業省
「生産・出荷・在庫指数」
、総務省
「労働力調査」
「
、 消費者物価指数」
、
日本銀行
「国際収支統計」
、
「国内企業物価指数」
などより、
みずほ総合研究所作成
5
い。経済対策による毎年度の成長率押し上げ効果は、
0.1〜0.3%程度にとどまるだろう。
なお、今回の経済対策の特徴として、最低賃金の
3%引き上げが盛り込まれた点も注目される。最低
賃金近傍で働く労働者数は多くはないため、最低賃
金引き上げによるマクロの賃金上昇効果は小さいと
みられるが、根強いデフレ意識を払拭し、インフレ期
待の底上げを図っていくという観点からは妥当な対
策といえよう。さらに、インフレ期待の底上げを確
かなものとするためには、いわゆる「賃金ターゲッ
ト」の導入も一案だ。政府が、例えば「2%の目標イン
フレ率+企業ごとの労働生産性上昇率」を賃金上昇
(ベースアップ部分)の目安として示すことにより、
インフレ目標と整合的な賃上げの達成に向けて、多
くの企業の協調を促す効果が見込まれるだろう。
以上を踏まえて、2016年度の実質成長率は+0.6%
と、2015年度(+0.8%)から小幅に低下すると予測し
た(図表2)。一方、2017年度は+0.9%と、海外経済の
回復や経済対策の執行本格化に伴い、緩やかに持ち
直す見込みだ。GDP 成長率に対する公的需要の寄与
率は、2016・2017年度ともに5割を超える見通しであ
り(2015 年度は約 2 割)、公需依存の成長という色彩
が強まっていくだろう。
日本経済の先行きに対するリスク要因としては、
更なる円高による国内空洞化懸念の再燃が挙げられ
る。為替相場は、2016 年入り後に円高が進行し、8 月
末時点では1ドル=100円近傍となった。為替相場に
はオーバーシュートする傾向があるため、今後一層
の円高が進むリスクは否定できない。計量的な手法
を用いて検証すると、仮に為替相場が 1 ドル= 90 円
を割る円高となった場合には、日本企業の海外生産
移転が加速するとの結果が得られており、今後の為
替動向にはこれまで以上の注意が必要だろう。
前年比は、原油価格下落の影響で 2015 年夏場ごろか
らおおむねマイナス圏で推移しており、2016 年 7 月
時点では▲ 0.5%となった。今後についても、原油価
格が低位で推移することに加えて、米国のドル高抑
制姿勢の強まりなどを背景とした円高による輸入コ
ストの減少もあって、コア CPI 前年比は当面ゼロ%
近傍となる見通しだ。年度末にはこうした影響が
一巡するものの、2016 年度通年のコア CPI 前年比は
0.0%にとどまると予測している。
2017 年度になると、原油価格が緩やかながらも
上昇に転じることや、為替が再び円安傾向となる
ことなどから、総じてみるとコア CPI には上昇圧力
がかかるとみている。2017 年度のコア CPI 前年比は
+ 0.9%に高まると予測した。ただし、
「2017 年度中」
に 2%程度に達するとの日銀の中心的な見通しから
は下振れる見込みである。
みずほ総合研究所
市場調査部 主席エコノミスト
武内浩二
[email protected]
経済調査部 主任エコノミスト
徳田秀信
[email protected]
GDPの予測値は、政府資料の公表等を受けて適宜更新しています。
最新の予測値はみずほ総合研究所ホームページをご参照ください。
http://www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/forecast/
●図表3 GDPギャップとインフレ率の推移と予測
(%)
4
見通し
2
0
▲2
みずほ総合研究所で試算している GDP ギャップ
は、
2016年4〜6月期時点で潜在GDP比▲1.4%
(約8兆
円の供給超過)
となっている
(図表3)
。
今回の経済見通
しに基づくと、景気が緩やかな持ち直しに向かうこと
で、GDP ギャップの供給超過は徐々に縮小すると見
込まれる。もっとも、
2018年1〜3月期までの見通し期
間中に、
供給超過の解消にまでは至らないだろう。
コアCPI(生鮮食品を除く総合消費者物価指数)の
6
▲4
▲6
▲8
GDPギャップ
(潜在GDP比)
CPI(除く生鮮食品)前年比
CPI(除く食料(酒類除く)
及びエネルギー)前年比
▲10
2002 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18
(年)
(注)
1. CPIはいずれも消費増税を除くベース。
2. GDPギャップはみずほ総合研究所の推計値。
(資料)内閣府「国民経済計算」、総務省「消費者物価指数」などより、
みずほ総合研究所作成