地域に開かれた施設にならなければ地域包括ケアシステムは構築できない

特集
September Vol.27 No.6
老健施設運営母体からのアウトリーチ
法人レポート①
地域に開かれた施設にならなければ
地域包括ケアシステムは構築できない
医療法人博仁会
(茨城県常陸大宮市)
特集後半は、
“地域づくり”に力を入れる 2
つの法人についてレポートする。
寺門リハビリテーション科 科長
最初に紹介する医療法人博仁会(鈴木邦彦理
小野法人サポート部 副部長
木戸田通所・サテライト科 科長
事長)は、昭和 26 年に設立され、現在では同
法人を中核に、社会福祉法人や学校法人も含む
知ってもらうためには、自分たちから地域に出て
最初の一歩で、まちづくりの難しさの洗礼を受け
志村フロイデグループとして、従業員 1,000 名
行かなくては」と、西村係長が実行部隊となり、
たわけです」
。フロイデ DAN 副団長で同法人サ
を抱える一大組織である。JR 水郡線の常陸大宮
まずは地元自治会と商工会に飛び込んだ。
ポート部の小野健悦副部長がそう補足する。
駅から徒歩圏内に、母体の志村大宮病院をはじ
「ところが、最初はもう、皆からこてんぱんに
「さんざん叩かれましたが、それでもめげずに、
批判されまして…」と西村係長は当時を振り返り、
法人としてではなく私個人を知ってもらおうと彼
苦笑する。
らのなかに入っていきました。自ら地元商店街の
めとして、老健施設「大宮フロイデハイム」等、
計 9 か所の建物を有し、それぞれが互いに連携
老健施設「大宮フロイデハイム」外観
し合いながら、地域とも密接な協力関係を築い
員、ケアマネジャー、管理栄養士、社会福祉士、
近年、医療・介護業界では、何かといえばお題
“あきない組”という組織の一員にもなり、地域
ている。
看護師とさまざま。まちづくりに医療・介護・福
目のように唱えられている「地域包括ケアシステ
のさまざまな活動を一緒にやることで、徐々に信
その中心となるのが、同法人内の有志で結成
祉の専門家の視点が加われば、地域住民がより安
ムの構築の推進」だが、地域で暮らす一般市民に
頼関係をつくっていったのです」と、西村係長。
された「フロイデ DAN(団)
」という地域活性
心して暮らせるまちになるという「地域包括ケア
は、その単語すらまだ浸透していないのが現状で
そうしていくうちに理解を得て、聞く耳をもっ
化プロジェクト組織。その活動内容を取材した。
システム」の概念もそこには含まれる。
ある。いまでもそうなのだから、 6 年前となれば
てもらい、
“あなたが言うなら、協力しようか”
「以前は電気店だった駅前の場所を法人が借り、
なおさらだっただろう。案の定、いきなり「皆さ
と言ってもらえる間柄になったという。
その場所にコミュニティカフェを開店したのが最
ん、我々と一緒に地域包括ケアシステム構築に向
「でも、考えてみれば当然のことかもしれませ
初の取り組み。以後、地域での多世代交流、生き
けて協力し合いましょう」などと切り出しても、
ん。例えば、初対面の人間がある日いきなりやっ
「フロイデ DAN」とは、地域のなかで医療法
がいづくり、高齢者の役割づくりといったような
相手にすらされなかった。
て来て、
“私は旅行の専門家です。今度、私と一
人博仁会の病院や施設をもっと身近に感じてもら
活動をしています。要は、地域のなかで顔の見え
「そもそも、病院や老健施設といったところは、
緒に旅行しましょう。興味のある方は連絡くださ
い、お互い連携できるネットワークを築くことを
るネットワークを広げていこうということです
皆、できれば行きたくない場所。そんなところで
い”と呼びかけたとしても、よく知りもしない人
目的に、平成 22 年 12 月に結成したボランティア
ね」
。フロイデ DAN 事務局で、法人管理部営業
働く我々が急に出てきたものですから、とにかく
と旅行なんて、だれも行く気にはなりませんよね。
組織。フロイデとはドイツ語で喜びを表す。
“地
係の西村和也係長が活動内容を説明する。
警戒されたのでしょう。我々としては、よかれと
それと同じで、法人の取り組みをどうこう言う以
域に奉仕することを喜びとする団体”との意味が
発案は同法人の鈴木理事長。それに賛同した職
思っての提案であり、きちんと説明すればきっと
前に、まずはそこに関わる人間がどんな人物なの
込められている。団長以下コアメンバー 5 名、サ
員 9 名からスタートし、企画・運営等は有志の職
理解される。それどころか、もしかしたら感謝し
か、信用できるのかどうか、それを知ってもらわ
ポートメンバー 19 名、その他、ボランティアメ
員で行っている。それぞれ日々の仕事をするなか
てもらえるかもしれないくらいに思っていました
ないことには、何も始まりません。いまならそれ
ンバー 6 名、監事 2 名からなる。メンバーの職種
で、地域との連携の必要性を感じていたため、よ
から(笑)
。受け入れられないだけでなく頭ごな
がよくわかります」
(西村係長)
。
は、介護福祉士、作業療法士、福祉用具専門相談
い機会と進んで手を挙げたという。
「自分たちを
しに批判されたのには、驚き、落ち込みました。
いまやフロイデ DAN のネットワークは、地域
「最初は頭ごなしに批判された」
まずは地域の活動に参加
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September Vol.27 No.6
西村管理部営業係 係長
宮川通所・サテライト科 係長
鈴木療養病棟科 科長
老健施設運営母体からのアウトリーチ
綿引支援相談員
上:法人母体である「志村大宮病院」。老健施設「大
宮フロイデハイム」のすぐ隣にある
右:反対側の隣にある「志村フロイデ地域包括ケア
センター」。この前の通りが地域のメインストリート
で、お祭りの際のお神輿もここを通る
に網の目のように広がり、
“今度、こういうこと
店内の一角には「地域の掲示板」コーナーをつく
食後は専門職の指導による運動もできて、必要と
に駆けつけられる範囲まで広げ、公的制度が手の
をやります”と告知をすれば、自然と協力者が集
り、イベント告知や、活動報告、作品展示などを
あらば健康相談も受け付けるというプログラムで、
届かない隙間の部分にまで、アメーバのように
まるまでになった(19 頁図参照)
。
行っている。
コンセプトは“みんなの居場所”だ。
ネットワークをつなげていきたい」
(寺門科長)
。
「結局のところ」と、小野副部長は言う。
「地域
また、昨年秋には、老健施設の前の通りをはさ
活動の対象は高齢者だけにとどまらない。 8 月
将来的には、NPO 法人化をめざしているとい
包括ケアをやろうとしたら、地域の人たちと本当
んだ向かい側に、
「フロイデ総合在宅サポートセ
には、地元の子育て支援ネットワークとの共催の
う。今年 4 月には、組織の規約をつくりメンバー
の意味での仲間にならなければ、いつまでたって
ンター大宮」を開設。建物内には、デイサービス
企画がある。子どもたちの宿題を応援する企画
の再編成を行うなど、具体的な準備も進めている。
もその基盤は構築できないのだと思います」
。
センター、小規模多機能、シルバーフィットネス
「夏休みの宿題はこれで安心!みんくる塾」を 4
横で他の団員たちもうなずく。経験に裏打ちさ
の他、多目的に使えるスペースとして、カフェテ
回、
「木製貯金箱づくり」のイベントを 1 回、開
れたこの言葉は、なんとも説得力がある。
リア、アクティビティセンターが入っている。
催予定である。
それらのスペースを活用して、新たな取り組み
今年で結成 6 年目を迎えるフロイデ DAN の活
も始まった。その 1 つが、日頃、 1 人で買い物に
動は、すでに 1 つの完成したモデルのようにも
「素晴らしい取り組みだが、これだけの事業規模
行けず不自由にしているデイサービス利用者のた
見えるが、
「まだまだ道半ばです。何をもって完
をもつ法人だからできることで、老健施設単独運
ひとたび、地域との信頼関係ができてからは、
めに始めた「出張買い物サービス」
。地元商店街
成というかというのもありますが、我々の認識と
営のような小さな法人には、とうてい無理なこと
フロイデ DAN 発信の取り組みも徐々に増えてい
の協力を得て、必要な商品(主に食料品)を施設
しては、 4 合目といったところでしょうか」と、
ではないか」と思う方もいるかもしれない。
く。平成 24 年 2 月にオープンした、駅前の「コ
内に運び込み並べてもらい、デイサービス終了後、
フロイデ DAN 団長で、母体病院リハビリテー
組織運営について、副団長で老健施設大宮フロ
ミュニティカフェ・バンホフ」
(バンホフとはド
利用者たちに自由に買い物をしてもらう。買った
ション科の寺門貴科長は冷静に分析する。
イデハイム通所・サテライト科の木戸田真科長が
イツ語で“駅”という意味)を出発点として、さ
後は荷物を持ってそのまま送迎車で自宅まで送っ
「やはり、本業があっての活動ですから、どう
説明する。
「法人規模は関係ないのではないで
まざまな地域交流活動が始まった。
てもらえるため、
「すごく便利!」と、利用者か
しても時間の制約があり、こちらにばかり注力で
しょうか。活動資金が持ち出しで赤字になると思
駅前商店街の活性化をも狙ったカフェは、普段
らも好評だ。これは、カフェ・バンホフでの地域
きないというのも現実です。今後は、協力しても
われるかもしれませんが、イベントの実費は参加
は誰でも利用できる普通の喫茶店として営業して
の人たちとの会話のなかから出てきたニーズに応
らえる法人内のメンバーをいかに増やしていくか
者からいただくケースがほとんどですし、我々フ
いる。地区の高齢者クラブの交流会に場所を提供
えたものだという。
が課題。それと、ネットワークができたとはいっ
ロイデ DAN の場合、活動資金は、団長をはじめ
し、栄養についての話や介護予防体操などとセッ
その他、
「みんなのまちの食堂」と称した新し
ても、まだまだ病院や老健施設を中心としたごく
とするコアメンバー 5 名から年会費 1 万 2,000 円
トにした食事会を実施したりと、フロイデ DAN
い企画も現在、準備中である。地域の人が一緒に
一部の地域での話です。最終的には地域包括ケア
を徴収し、それを充てています。逆にいえば、そ
の専門領域を活かしたイベントもたびたび開催。
食事をつくり、皆でおしゃべりをしながら食べ、
システムが掲げる日常生活圏域である 30 分以内
れで賄える範囲のことしかできないともいえます
対象は高齢者にとどまらない
活動はまだ道半ば
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法人規模は関係ない
やる気があれば 1 人でも
さて、ここまで聞いてきて、読者のなかには、
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老健施設運営母体からのアウトリーチ
駅前通りにある「コミュニティカフェ・バンホフ」。木目を使用した温かみのある雰囲気に
図 「フロイデ DAN」を中心とした地域ネットワーク
「急がば、回れ」は、きっと真実なのだろう。目
左:手前が「フロイデ総合在宅サポートセンター大宮」、奥はサ高住。右:サポートセンター内のカフェテリア「エルマウ」
ずっとつながっていますよ、と明言できる強みで
先の利益のみを求めていたのでは、地域包括ケア
すね」
。
システムは絵に描いた餅で終わってしまう。
それを受け、通所リハビリ担当の木戸田科長と
「もちろん、一連の活動に関わる人件費はどう
宮川係長も付け加える。
「フロイデ DAN の地域
が、こうした取り組みには、自治体の補助金など
「事務局の西村のように、それこそ、
“はじめま
なのだと言われれば、それは明らかに持ち出しと
での活動が、通所リハビリを卒業した先の受け皿
も活用できますので、お金がかかって大変という
して、宮川です”と個人として地元の自治会に飛
いうことになるのでしょう。でも、もともと我々
になるというラインができたことも大きな成果で
ことはありません」
。
び込み、清掃活動やお祭りの手伝いをしながら関
のような職種は、人のために何かをすることが好
す。新たな通所リハビリのご利用者には、最初か
ちなみに、茨城県の場合、
「大好きいばらき地
係性を構築していきました。水戸の事業所はコン
きな性分。休みの日に地域のイベントの手伝いに
らその流れを説明し、リハマネ加算Ⅱをめざして、
方創生応援事業」というものがあり、地域を活性
パクトな規模でしたから、極端な話、やる気があ
駆り出されることもありますが、皆、楽しんで
その先の生活行為向上リハビリ実施加算や社会参
化する活動について申請をすると 10 万円の助成
れば、 1 人でも地域にコミットしていくことは可
やっています。それに、見返りを期待していなく
加支援加算なども着実に算定していくようにして
金が交付される。
能だと思いますよ」
(宮川係長)
。
ても、こうした取り組みは、必ず、我々個人や法
います。在宅に戻っても要支援になっても、ずっ
人にとってもメリットとなって返ってくるもの。
と我々がサポートし続けますよ、というのは、ご
実際、皆、それは実感していると思います」
。そ
利用者にとっても大きな安心につながるのではと
う話すのは、フロイデ DAN のボランティアメン
思います」
。
「小さな事業体でもこうした活動をすることは
できるという根拠としては、以前の私の例がまさ
にそうです」と話すのは、今年の 4 月から法人内
見返りを求めなくとも
いつか必ず返ってくる
の異動で水戸の事業所からこちらの老健施設の通
つまるところ、老健施設の地域へのアウトリー
バーで、病院療養病棟科の鈴木三智子科長。
他にも、行政との関わりが密になったり、口コ
所・サテライト科に来て、同時にフロイデ DAN
チは、地域との信頼関係があって初めてできるも
同じくボランティアメンバーで老健施設の支援
ミによるシニア人材確保が容易にできたり、障害
のサポートメンバーになった宮川直彦係長。
の。そのためには、遠回りなようだが、まずは自
相談員の綿引正子さんも、その意見に賛同する。
者の就労支援事業所の実習先にネットワークの一
宮川係長は、それまでいた水戸のデイサービス
らが地域に飛び込み、地域の一員として地域づく
「例えば、当施設は在宅強化型ですが、フロイデ
と小規模多機能型居宅介護事業所において、フロ
りに参画していかなければ始まらないのかもしれ
DAN の活動のおかげで、私も老健施設からの在
恵は数えきれないという。
イデ DAN ほどではないものの、個人で積極的に
ない。
宅復帰を本人やご家族に自信をもって勧められま
まずは個人が第一歩を踏み出すこと。その先の
地域との密接な関係を築いてきた経験がある。
本特集冒頭で東憲太郎会長が話していたように
す。つまり、退所後も我々は地域の一員として
可能性はフロイデ DAN が実証済みである。
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