﹃アウシュヴィッツの図書係﹄ アントニオ・G・イトウルベ 薯/小原京子訳 本なんか何の役に立つのか −。そう思 常に死と隣り合わせの日々にあって、 豊崎由美 書係を務めている。本の所持や読むこと この世の地獄で、 生きる力を与えた﹁本﹂ ︵アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収 に伝える一冊なのだけれど、それは、ナ ら始まる本書は、強制収容所の記憶を今 それゆえに、ガス室と死体焼却場のイメ ーを行い、史実をもとに描かれている。 イタのモデルとなった女性にインタビュ 繕し、守るのが彼女の大切な役目なのだ。 この物語は、スペイン人の著者が、デ い苛酷な状況にあって、人として正しく す笑いなのだ。この世の地獄といってい あり、ナチスに隠れて読む小説がもたら 空腹や恐怖や悲しみから、一時でもティ う人にこそ、この物語を読んでほしい。 チスの非道を詳らかにしているからとい あろうとする克己心や、生き抜こうとする なディタの目を通して、あたかも自分も 側に作った秘密のポケットに本を隠して 学校の中を駆けめぐり、収容所のあちこ ちに顔をのぞかせる、好奇心旺盛で活発 書館に置いてほしい。みんなに、ディタ に対する賞賛の念だ。すべての学校と図 る。でも、読後、胸にわき上がるのは人 間への信頼感であり、登場人物らの勇気 読んでいるページから目をそらしてし タを救うのは、かつて読んだ本の記憶で うだけではない。この物語が強く訴えか ージばかりが先行するアウシュヴィッツ 力をティタに与えるのも、本なのである。 ヒルシュは学校を建てた︶という文章か けるのが生きようとする力であり、その の内部や、苛酷な環境にあっての生活が 細やあに描かれているのが特色。服の内 時、ごまかすために作られた家族収容所 収容所にいるかのような錯覚を覚えるほ と出会ってほしい。 とよさき・ゆみ●書評家 まうほど壮絶をエピソードはもちろんあ で暮らしている十四歳の少女ティタ。不 どリアルな描写になっているのだ。 それが実話だという、他の強制収容所も のにはない主題を備えているからなのだ。 主人公は、国際監視団が視察に訪れた 力の源になったのが書物であり、しかも み込むぬかるみの上に、アルフレート・ 容所、一九四四年一月 − /すべてを飲 本体2,200円+税 を許さないナチスの目をあすめて保管さ れている八冊の書物。それを貸し出し、修 7月5日発売・単行本 屈の魂によって尊敬を集めているヒルシ ユが、子供たちのために作った学校で図 豊崎由美 46 from 『青春と読書』 2016年7月号 本を読む
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