地域包括ケアシステム構築に向けて~老健施設運営母体からのアウト

特集
September Vol.27 No.6
老健施設運営母体からのアウトリーチ
営努力なしには生き残っていけません。
けです。例えば 50 歳代など若い方のがん末期と
また、2025 年をめざして提唱される「地域包
いったような場合は別として、90 歳以上の超高
括ケアシステム」にしても、待っているだけでは
齢の方のターミナルケアで、夜間に訪問サービス
何も進んでいかないことは、もはや皆さん気づい
が必要なケースというのは、ほとんどありません。
ていると思います。
したがって、24 時間対応訪問サービスが普及
どのような形であれ、これからの介護は地域を
していかない理由として、
「やり手がいないから」
巻き込んでいかなければ立ちゆかないでしょうし、
という表面的な部分だけをみて結論づけるのは早
そうなると我々老健施設は、その設備や機能を考
計です。やり手がいないのは、
「想像していたよ
えても、どうしたってその中核にならざるを得な
りニーズがないから」という現実があることを、
かねてより、地域包括ケアシステム構築に向
いでしょう。よって、今後はこれまで以上に地域
国や厚労省には知っていただきたいと思います。
けて、今後、老健施設が注目すべき機能の 1 つ
を意識した運営が求められます。
事業者にとって、既存のサービスに新たに 24 時
として、
「老健施設から地域へのアウトリーチ」
施設のなかだけでサービスが完結していればよ
間対応訪問サービス用の箱(事業所)や中味(人
を指摘してきた東憲太郎会長。
かった時期は過ぎたのです。これからは老健施設
員)をそろえて、始めたはいいが需要がないので
のもつ機能を地域へアウトリーチし、そのことが
は、経営が成り立たないわけですから、誰も着手
職員のもつ専門的ノウハウを外へ、地域へと持
ゆくゆくは施設にとってもメリットとなるような、
したがらないのは当然です。
ち出すことである。現在、報酬上評価される老
そういう取り組みを積極的にしていくことが重要
それでも、前述のように、末期がん患者の在宅
健施設からのアウトリーチとしては、訪問リハ
だと思っています。
ホスピス的なケースや、褥瘡がひどい方の体位変
ビリに限定されるが、これからはそれ以外にも、
そのために必要となる要件の緩和といった制度
換、あるいはこれも実際にはあまりないのですが
もっと柔軟な発想で地域にコミットしていかな
改正に関する要望は、全老健会長として、これか
夜中に痛みが出てご家族では対応できないという
くては、2025 年問題を乗り越えることは難し
らもどんどん声を上げていくつもりです。
ようなケースでは、夜間の訪問サービスを呼ぶこ
概論(インタビュー)
老健施設からのアウトリーチ
その手法と可能性
東 憲太郎
全老健会長
アウトリーチとは、文字どおり、施設機能や
いと考えられる。つまりは地域づくりである。
24 時間対応訪問サービス
現場に合わせた要件緩和を
特集前半は、まず東会長に、自施設での具体
例を交え、老健施設から地域に提供できるアウ
トリーチの可能性について語っていただいた。
ともあるでしょう。全く必要がないサービスだと
は思いません。
そこで、これからの超高齢・多死時代を迎える
す。といいますのも、老健施設と特養の違いが、
では、具体的にどんな取り組みがあるか。私か
地域包括ケアシステムにおいて、絶対的に需要は
同じ業界内の他業種の方、なかにはケアマネ
らは、あくまでも制度を踏まえた老健施設として
少ないものの必要性はある 24 時間対応訪問サー
ジャーにさえも、きちんと認識されていないとい
の機能で話をしましょう。
ビスというものについて、私は「もっと、現場が
う現実があるからです。老健施設の「多職種協働
私が社会保障審議会の介護給付費分科会等で提
柔軟に対応できるよう、制度の縛りを緩和してく
これは私だけでなく、多くの方が指摘している
による支援」という強みが、一歩施設の外に出る
言しているのは、
「24 時間定期巡回・随時対応型
れないか」と提案しているのです。
ところですが、現状、行政にしても医療にしても、
と意外と知られていないという事実は、支援相談
訪問看護・介護サービス」
(以下、24 時間対応訪
例えば、既存の訪問看護・介護ステーションと
同じ介護業界内でさえ、すべてが縦割りのサービ
員など外部との関わりがある職種の方なら、感じ
問サービス)の要件緩和についてです。これは、
老健施設が協力関係を結び、
「夜中に何かあった
ス提供になっています。これは非常に非効率的で
たことはあるでしょう。
厚生労働省とのヒアリングなどで「24 時間対応
際には、老健施設の夜勤職員に 1 回いくらでお願
す。もっと制度や法人、各事業種別を横串で貫き
もちろん、これには我々の側も反省すべき点は
訪問サービスがなかなか普及しないが、なぜだろ
いします」という契約を結んでおくなど、各地域
柔軟に活用するような発想をもたないといけない
あるかもしれません。確かに、かつて老健施設は、
う?」という話になったことから始まりました。
の現場の状況に合わせて融通をきかせる采配を許
と思っており、そうした提案を社会保障審議会の
さしてその存在意義を対外的にアピールせずとも
私は老健施設に併設のクリニックで在宅の看取
可してはどうか、ということです。
介護保険部会等でもさせていただいています。
利用者は集まり、さしたる営業努力をせずとも運
りなどもしているのでわかるのですが、深夜に治
私の経験上、夜間の訪問要請は年に数回程度で
ただ、そのためには、まず老健施設の役割や機
営は安泰という時期がありました。しかしながら、
療、もしくは看護や介護が必要なケースというの
す。年に数回のニーズのために初期投資をして専
能を、もっと広く正確に周知させることが重要で
もはや時代は変わり、これからは老健施設とて経
は、あまり多くない。つまり、ニーズが少ないわ
用の事業所を立ち上げるなどもったいない。それ
制度や法人、事業を横串で貫く
地域を意識した運営を
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特集
September Vol.27 No.6
老健施設運営母体からのアウトリーチ
よりも、老健施設に配置された専門職を有効に活
富んだ新たな内容を生み出すならそれもよいで
はお手のものです。
より遅く、あるいは低下はやむを得ないとしても、
用するほうが、全体的にみれば、はるかにコスト
しょう。とにかく、老健施設が地域に提供するア
ただし、対象となるフレイルの方を集めるには、
その低下度合いをできる限りゆるやかにしていく
もかかりません。
ウトリーチとしては、まずは、介護予防サロンが
ちょっとした工夫は必要です。また、
「フレイル」
ことが可能であることは、これまでの先行事例か
老健施設から訪問看護や介護に出向いてもいい
最も現実的ではないかと思います。この場合、
という概念もまだ一般的には浸透していませんか
ら明らかとなっています。フレイルの方が要介護
ということになれば、老健施設のリピート利用者
“専門職のノウハウを施設利用者以外に提供する”
ら、その説明も必須でしょう。
認定を受ける時期が遅くなれば、介護保険財政の
などにとっては、なじみの職員が在宅にも「何か
という意味としてとらえ、場所は老健施設内でも
私のところの例でいうと、介護予防サロンの趣
健全化にも資するでしょう。
あったら来てくれる」というのは、大きな安心に
外でもこだわりません。
旨を記したチラシを作成し、それを近隣の歯科医
そして何より、これは大事なことですが、こう
もつながると思うのです。柔軟性に乏しい縦割り
介護予防事業自体は、すでに各地で市町村主催
院、開業医、美容室、スーパーなどに配って、事
したアウトリーチを行うことは、老健施設にとっ
の現行システムの一部を少し変えることで、より
で推進されています。皆さんのなかにも、地元自
前に説明しておくという方法をとっています。
ても決して損にはならないということです。介護
利用者が使いやすくなり、周辺の在宅系サービス
治体から委託され介護予防教室などを開いている
例えば「○○さん、最近、予約日や時間を間違
予防サロンは、老健施設の役割や機能の周知を周
事業所も助かり、老健施設経営にとってもマイナ
という老健施設はあるでしょう。私のいる三重県
える」とか、
「毎日のように買いに来ていた○○
囲に広報するよい機会でもあり、サロンの参加者
スとはならず、さらには介護保険財政縮小にも資
津市でも、先日、市長と会談する機会がありまし
さん、この頃来ないな」
、
「
(接客や診察の際)同
がゆくゆくは老健施設へ入所するなど、利用者の
するとなれば、何も悪いことはありません。
たが、聞けば、年間予算 2,300 万円を使って介護
じ話ばかりする」など、
「ちょっとした変化に気
新規獲得にもつながります。地域から“選ばれ
もっとも、すべての老健施設にそれを認可する
予防事業を実施しているようです。
づいたら連絡をください」と伝えておくのです。
る”施設になるということは、地域包括ケアシス
ということではなく、人員配置が手厚いところや、
しかしながら、それらのほとんどは元気高齢者
このような方法でフレイル対象者を集めることが
テムにおいても、大きな強みです。
看護師が必ず夜勤をしている施設ということには
を対象としたものだと思われます。そもそも、そ
できると期待しています。
自治体からの補助金がもらえたとしても、多少
なるでしょう。
うした催しに出かけようと思うのは自立した元気
もっとも、いくらこのような介護予防サロンで
の費用的な持ち出しはあるかもしれません。しか
な方でしょうから、当然といえば当然です。
適切な介入をしたからといってフレイルから要支
しながら、老健施設がアウトリーチを行うことは、
もちろん、それもいいのですが、
“介護予防”
援・要介護状態に移行するのを永遠に防げるわけ
老健施設運営の将来にとって、損にはならない。
という目的が真に有効に作用する対象者は、元気
ではありません。しかし、身体機能の低下速度を
フレイルのための「介護予防サロン」
老健施設こそが提供主体に
また、もう 1 つ、これは今後の老健施設の使命
として大きく位置づけるべきだと考えているもの
高齢者と要支援 1 、 2 の間にいる「フレイル」
(注:加齢に伴い身体機能が衰えつつあるが、し
として、
「介護予防サロン」があります。
かるべき介入により再び健常な状態に戻る可能性
現時点では、平成 25・26 年度の独立行政法人
のある状態のこと)の方だと考えます。元気な方
福祉医療機構社会福祉振興助成事業の一環として
がフレイルになるのを防ぐことも大切ですが、専
実施された「介護予防サロンに関する社会貢献モ
門家の力が求められ、それがより有効に働くのは、
デル事業」
「介護予防サロンの社会・地域貢献モ
やはりフレイルの方でしょう。そして、それを提
デル事業」で名乗りを上げた 9 つの会員施設にお
供する主体にもってこいなのが、まさに我々老健
いて実験的に開始され、いまも継続して取り組み
施設だと思うのです。
が行われているところもあります(表)
。
考えてみてください。介護予防サロンにかかる
各施設の取り組み内容やそのやり方は、どれも
費用の大半は場所代と人件費です、看護師や PT、
さまざまでそれぞれに特色があります。今年度中
OT、管理栄養士といった専門家、また医師を呼
には、全国の会員施設の参考となるように、それ
ぶとなるとその都度費用がかかります。しかし、
らの施設の取り組みの様子を DVD にまとめ配布
老健施設ならどうでしょう。施設内で行えば場所
することも検討しています。それを見て、自分た
代はかかりませんし、老健施設には医師をはじめ
ちにもまねできそうなものがあればまねをするの
専門多職種がそろっています。認知症・身体機能
もよし、それをさらに発展させオリジナリティに
の評価もでき、その人の状態に即した適切な介入
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「急がば回れ」だと思っています。
施設名
開催場所
参加人数
プログラムの内容
せんだんの丘
(宮城県仙台市)
県営住宅集会所
20 名
その都度、参加者の意向に合わせる
参加費:無料
生愛会ナーシングケアセンター
(福島県福島市)
自法人施設、
地域交流館
10 名
口腔体操、交流、料理教室
参加費:無料
鶴ヶ島ケアホーム
(埼玉県鶴ヶ島市)
自法人施設内
講話、体操、工芸、ゲーム、園芸、お菓子作り、
15 ~ 20 名 外食
参加費:昼食 300 円、材料費実費負担
ハートランド・ぐらんぱぐらんま 自法人施設内
(東京都八王子市)
(通所・機能訓練室)
15 名
講話、体力測定、体操、医療相談、趣味的活動
参加費:無料
シルピス大磯
(愛知県名古屋市)
自施設内
(研修室・機能訓練室)
14 名
歩き方のチェック、歩数計を用いた活動量チェッ
ク、栄養についての講話、茶話会など
参加費:無料
いこいの森
(三重県津市)
自施設内
(デイケアルーム)
15 名
交流を図った軽食、体操、手作業
参加費:無料
千手苑
(香川県善通寺市)
自施設内
(デイケアルーム)
10 ~ 15 名
寿苑
(福岡県みやま市)
創生園
(大分県中津市)
自施設敷地内の
地域密着施設
自施設内
(デイケアルーム・
機能訓練室)
運動、講演、認知症予防プログラム
参加費:無料(場合によって実費負担もあり)
12 名
創作、料理、参加者考案の活動
参加費:無料
27 名
バイタル、脳トレ、集団体操、予防講話、マシ
ントレーニング、昼食、交流活動
参加費:350 ~ 700 円 + 昼食費 500 円 / 回
表 介護予防サロンの実施施設・概要一覧(平成 27 年度)
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