黒の創造召喚師 The Change Side S tory

黒の創造召喚師 The Change Side S
tory
幾威空
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
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︻小説タイトル︼
黒の創造召喚師 The Change Side Story
︻Nコード︼
N6950BX
︻作者名︼
幾威空
︻あらすじ︼
※2016/08/29 ﹁小説家になろう﹂の規約変更に伴い、
ダイジェスト版を掲載している本作を移行いたしました。なお、本
作につきましては、アルファポリス様のサイトよりお願いいたしま
す。
■あらすじ■
※こちらはこれまで掲載していた﹃黒の創造召喚師﹄の外伝となり
1
ます※
※原作を知らずともお読みいただける物となっておりますので、初
見の方でもご安心ください※
﹁管理者﹂として幾十、幾百もの世界を管理する﹁神様﹂と呼ばれ
る一柱の男。
その男はある日、これまでの機械のような日々から脱却するために
行動を移すことにする。
すなわち︱︱
﹁そうだ⋮⋮下界に行こう﹂と。
これはそんな神の一柱である男が巻き起こす騒動を記した物語。
2
Change
Side000︳とある神様の現状と思いつき︵前書き︶
Story﹂!
さて、始まりました﹁黒の創造召喚師 The
ide
こちらは本編の外伝話となります。
S
本編を知らない方でも楽しめるように構成していますので、ご安心
ください。
なお、Side000∼Side004までは時間を置いて随時更
新いたします。
3
Side000︳とある神様の現状と思いつき
﹁う゜あ゜あ゜あ゜あ゜ぁぁぁ⋮⋮退屈だぁ∼﹂
だだ広い部屋で一人ソファの上でごろりと横になりながら、視界
を埋め尽くすほどの窓を眺めていたその男は誰に聞かせるわけもな
くそんな言葉を繰り返しぼやいていた。
薄紫色の髪を耳までかかる程度まで伸ばす、その男の焦茶色の瞳
に生気はまるでない。すらりと痩せた体格とその顔立ちは黙ってい
れば女性ウケも良さそうなものだろうが、いかんせんその死んだ魚
のような虚ろな瞳で折角のルックスも大幅なマイナスへと振り切っ
ていた。
そんな男の目の前に広がる幾十、幾百とも思えるウインドウの数
々は、不思議なことにその中に広がる光景はそのどれもが全く異な
っていた。例えば、春のうららかな陽気と緑豊かな草原ではしゃぎ
まわる小さな子供が映し出されている隣のウインドウでは、大勢の
人間がそれぞれの手に剣や槍を持ち、大規模な戦争を行おうとする
張り詰めた様子が映っている。
このことからもわかるように、男の前に広がるウインドウは、そ
の一つ一つが全く異なる﹁世界﹂だった。一つ一つのウインドウの
中には、時代背景や環境、そして生きる種族ですら異なる世界であ
る。男の目の前に映る﹁世界﹂の中には巨大なドラゴンが自分と同
程度の体格を持つ化け物と仲よさそうに会話しているものもあるほ
どだ。
一見すれば多種多様な世界を垣間見ることのできるこの男の存在
は、羨ましいと思えるかもしれない。しかし、男はそうした状況を
前にしても﹁退屈だ﹂という感情に変化はなかった。
﹁あぁ⋮⋮やっぱ﹃神様﹄なんて、つくづく面白くも何ともないク
ソつまらん仕事だな﹂
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︱︱そう。横になりながら気だるそうに呟くこの男は、俗に﹁神
様﹂と呼ばれる存在の一人だった。
﹁神﹂たる彼らに固有の名前はない。それは﹁世界の管理者﹂と
して日々受け持つ世界を調整するだけの存在であるためだ。だが、
名前は大層なものでも、実際は単に管理者として担当する世界を見
ているに過ぎない。今こうしてソファの上で横になりながらボケッ
と見ているこの男のように。
神様は人間たちから崇拝されるものの、自ら働きかけるというこ
とは基本的にはしない。あくまでも彼らは管理者であるため、その
世界で生きる者たちが予め定められた運命というレールに乗り、決
められた終着点まで辿り着くようにすることしかできない。手を入
れ過ぎるとそれは単に世界への干渉となるだけだからだ。
﹁基本見てるだけってどんだけヒマなんだっての。つーか、コイツ
らのリア充っぷりを強制的に見せつけられてると気が狂いそうだ⋮
⋮﹂
辺り一面を覆い尽くす窓の外に映る様々な光景を前に、男は辟易
した顔で呻いた。神は不死の存在である。だが、裏を返せば無限の
時間があるということに他ならない。
何かをするわけでもなく、単に窓の外に映る光景を気が遠くなる
ほどの時間に渡り見ているだけという仕事にやりがいなどあるはず
もない。これを例えるなら、対して興味のない映画を、数百本同時
並行で強制的に延々と見続けさせられる気分とも言えるだろうか。
そんな状況に陥れば、誰しもこの男のように﹁退屈だ﹂と音を上
げてしまうだろう。
そうしたフラストレーションがついに限界を迎えたある日。男は
ついに行動を起こす。
﹁︱︱そうだ。下界に行こう﹂
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この思いつきから生まれた彼の行動が、やがていくつかの事件と
騒動を巻き起こすとも知らずに。
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Side001︳羨望と提案
じんぎかん
思い立ったら吉日とばかりに、男はある場所へと向かった。そこ
は色とりどりの草花が茂り、多くの神が集う場所︱︱神祇館と呼ば
れる場所である。
館に着いた男が目にしたのは、巨大なスクリーンを前に一人ポツ
ンと映し出される光景を眺めていた男の子だった。
︵あいつは⋮⋮確か︶
その男の子については、男も見知っている神の一柱だった。
﹁確か︱︱ディエヴス、だったか?﹂
﹁うん? ⋮⋮やぁ、どうしたの?﹂
ふと男が以前耳にした名を呟くと、その声に反応を示した男の子
︱︱ディエヴスは、声のした方へと振り返る。そこには自分よりも
背が高い背年の神がいた。
﹁⋮⋮楽しそうだな﹂
ディエヴスに問いかけられたその神は、じっと彼の表情を見つめ
ながらどこか羨ましそうにぽつりと発言した。
﹁あぁ、そうだね。こうして見ているだけだけど、面白いよ。特に
このスクリーンに映っている彼はね﹂
そう言いながらつい、と指を目の前のスクリーンに向けて話すデ
ィエヴスはにっこりと微笑んだ。その指に釣られるように視線を動
かした男はディエヴスの前に広がるスクリーンを見つめる。そこに
モンスター
は黒髪黒眼、そして黒を基調とした衣服に身を包んだ少年が仲間ら
しき銀灰色の狼と共に敵である怪物と戦闘を繰り広げている映像が
映し出されていた。
﹁なるほどな⋮⋮﹂
ディエヴスと共にスクリーンを前に眺めていた男の口からふと言
葉が漏れる。男にとって、スクリーンの中に広がる光景は今までに
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何度も目にしたことがあるものだった。だが、今目の前に映る景色
は、これまでに見てきたものよりも遥かに興味を掻き立てられるも
のがあった。隣の芝生は青く見える、というわけではないがこうし
て自分の管轄する世界とは別の世界に男は強く憧れた。
だから、その言葉は自分でも驚くほど自然に発せられた。
﹁頼む。俺を︱︱この世界に行かせてくれ﹂
﹁え゛っ!?﹂
驚きのあまりディエヴスは目を見開き、何度もパチクリと瞬かせ
る。﹁ちょ、それ本気で言ってんの?﹂と疑念に満ちた空気が彼の
周囲から発せられるも、男の決意は揺らがなかった。
﹁り、理由を聞いても?﹂
﹁飽きたからだよ。つーか、何なんだよ。毎日毎日目の前に広がる
窓を眺めてるだけの繰り返しでやりがいも面白さもへったくれもな
いだろ﹂
﹁あぁ、まぁそうだよねぇ⋮⋮﹂
顔を顰め、嫌そうに語る男にディエヴスは理解を示したものの、
次には﹁でもそれがボクたちの仕事じゃない?﹂と同意を求めた。
﹁ハッ! 確かに仕事と言われればそうかもしれないが、んなもん
俺じゃなくてもできる問題だろう。神? 世界の管理者? 耳触り
のいい言葉を並べても、結局おれたちには何にも出来ないんだよ。
ただ与えられた役割をこなすだけの生活になんの面白味があるって
んだ? なぁ、頼む! 頼むって! 俺をあそこに行かせてくれ。
このままだと気が狂っちまう!﹂
男はディエヴスの肩を掴むと、前へ後ろへと大きく揺らす。頭が
揺さぶられることに耐えかねたディエヴスの口から﹁わ、わかった
よお! お願いだから放してぇぇぇ﹂と発せられるのはその後すぐ
のことだった。
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﹁えぇ∼っと⋮⋮それじゃあ始めるけどさ﹂
﹁おぅ、宜しく頼むわ﹂
ニカッと笑って﹁いつでもドンと来い!﹂とサムズアップする男
に対し、ディエヴスは恐る恐る訊ねる。
﹁⋮⋮キミ、これまでしていた自分の仕事はどうするわけ?﹂
﹁心配すんな。部下に任せる! 余裕っしょ﹂
﹁いや、それって丸投げしてるだけだよね!? 部下の仕事が増え
るだけだよね!?﹂
ギョッと目を剥いて驚きつつも問題を指摘するディエヴスに、そ
の神はあっけらかんと言い放った。
﹁問題ないだろ。ウチのは優秀だし﹂
﹁いやいやいや。部下だけで解決できない問題が出てきたらどうす
るのさ?﹂
﹁⋮⋮俺は一切関知しない! 部下たちだけで解決してもらう!﹂
﹁ダメだこいつ! 誰だよコイツを神にしたのは!﹂
頭を抱えて叫ぶディエヴスだったが、目の前の神は彼のお小言な
どもはや聞く耳持たずといった状態である。さらに付け加えればそ
の目が血走っていたため、軽く引いたのはココだけの話である。
﹁あ∼、うん。もうそれでいいならいいけどさ。どのみちボクには
直接関係ない話だし⋮⋮﹂
大きくため息をついて呆れ気味に呟いたディエヴスは、﹁これ以
上何を言っても無駄だ﹂と悟ると杖を出して小さなウインドウを男
の前に立ち上げる。
﹁送る前に、必要最低限の説明だけはさせてくれない? キミだっ
て何も知らないまま放り出される形で行きたくはないでしょ?﹂
﹁まぁそうだな。聞くのは面倒だけど仕方がないか﹂
ディエヴスの言葉に理解を示した男は、眉間に皺を寄せながらも
渋々彼の話に耳を傾ける。その上から目線の態度に﹁何言ってんだ
コイツ﹂と喉まで出かかったディエヴスだったが、無理やりその言
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葉を呑み込む代わりに淡々と説明を始めるのだった。
﹁それじゃ、一応簡単に説明しておくよ。これからキミが行こうと
しているのは、ボクが管理する世界の一つだ。ここは﹃イグリア大
陸﹄という大きな大陸があって、大陸中央には﹃カリギュア大森林﹄
っていう大きな森林地帯が広がっている。その周辺には三つの国が
存在していて、互いに覇権を競い合ってる状況だね﹂
﹁うん? 中央の森林地帯にはどの国も手を出していないのか?﹂
ウインドウをディエヴスと共に眺めていた男から上がった質問に、
モンスター
彼は﹁あぁ、そこねぇ⋮⋮﹂と前置きしつつ答える。
﹁この森林地帯には強力な怪物がウジャウジャいるからどの国も手
を出していないんだよ。死にたくなかったらここには近づかない方
が身のためだね﹂
最後にディエヴスの口から発せられた言葉に、男は﹁あれっ?﹂
と首を傾げながら訊ねた。
﹁おいおい⋮⋮﹃死にたくなかったら﹄って物騒な言葉だな。仮に
もこっちは神様なんだぞ? そうそう死ぬなんてことは起きないと
思うが﹂
﹁あっはっはっ。何を言っとるんだねキミは。自分の仕事を放り投
げるようなヤツに、神様としてここに送るワケがないでしょ﹂
﹁えっ⋮⋮? 無理なの?﹂
だしん
キョトンとした顔で呟く男に、ディエヴスはニタリと黒い笑みを
浮かべて告げる。
﹁どう考えても無理だろ、この駄神が! 当然制限かけるに決まっ
てんだろ!﹂
くわっと目を見開いて告げるディエヴスに、﹁えぇ∼っ﹂とアテ
が外れたと言わんばかりに顔を顰める男だった。
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Side002︳制約と餞別
﹁なぁ⋮⋮どうしてもダメか?﹂
﹁だぁめ! もぅ、さっきから言ってるでしょ﹂
そっと優しげに語る男に対し、ディエヴスはゆっくりと首を横に
振って答える。
﹁俺はどうしてもこのままでイキたいんだが⋮⋮﹂
﹁イカせると思う?﹂
﹁が、我慢が⋮⋮﹂
﹁えぇ∼っ!? そう言われてもなぁ⋮⋮﹂
聞けば﹁男同士で何を言ってんだコイツらは?﹂と首を傾げられ
たり、脳内に桃色展開︵腐︶が描かれる会話をするディエヴスと男
性の神。この場面だけを見た者に補足説明をするならば、現在ディ
エヴスは目の前に立つ男を自分のとある世界に降ろすため、男に対
してある制限をかけようとしている最中だ。
﹁いや、つーかさ。ホラ、最近よくあるだろ? 神様からチートス
キルをもらってうんぬんかんぬんとか。俺もそんな状況に憧れるワ
ケさ﹂
﹁それなんのラノベ? そもそも、キミ⋮⋮神様だよね? 論理破
綻してね?﹂
比較的穏やかに提案をする男に対し、ディエヴスは至極まっとう
な意見を述べる︵注:特にライトノベルと述べるをかけているわけ
ではない︶。
﹁イマイチ理解していないみたいだから言うけど、キミは﹃神様﹄
しんりき
なんだよ。何もしていないように感じているけどね。神としての力、
まぁ分かりやすく﹃神力﹄とでも言おうか。その力をもし保ったま
ま降りたら⋮⋮それこそデコピンで山が抉れることだってあり得る
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んだからね?﹂
﹁⋮⋮マジ?﹂
予想の斜め上をいくディエヴスの発言に、男は頬を引き攣らせつ
つ訊き返す。その問いにディエヴスはゆっくりと首肯し、さらに話
を続けた。
﹁そうだよ。逆に言えば、それぐらい神力は絶大なる力を持ってる
ってことなんだよ。キミのちょっとした何気ない動作でボクの管理
する世界がガラリと変わり得る。そんなことは管理者として到底容
認できるワケもないでしょう? よって、キミがボクの世界に降り
立つのなら、当然その力に制限を付けさせてもらう。これでもまだ
意志は変わらないかい?﹂
最終確認だ、と言わんばかりにディエヴスは真顔でじっと男の目
を見つめたまま問いかけた。その問いに対し、男は一も二もなく頷
いて答えた。
﹁あぁ、それでも頼む﹂
ここに神同士の契約が成立し、﹁神が別の神の管理する世界に降
りる﹂という前代未聞な物語が幕を開けたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
﹁それじゃあ、これを付けてよ﹂
行き先の世界について一通り話を済ませ、最終確認を取ったディ
エヴスは男に十個の指輪を手渡した。
﹁これは?﹂
﹁その指輪は﹃神帝の指輪﹄というボクが作ったものさ。主な能力
は神たるキミの力を制限することと偽装だね。行く先々でキミの正
体がバレると非常に厄介でしょ?﹂
﹁まぁな。確かに行く先々でよく知らん人から崇め奉られるのは御
免被りたいな﹂
ディエヴスの指摘に同意した男は、仕方がないとその指に指輪を
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嵌めた。宝石も何も嵌められていない単なる銀色の指輪だったが、
ジャラジャラと煌びやかな宝石を身につける趣味もない男にとって
は、このシンプルな指輪の方が落ち着いた。
そして全ての指輪を嵌め終えると、男の前に一つのウインドウが
出現する。
ステータス
﹃神帝の指輪の効果により、基礎能力値に制限がかけられています﹄
その下にあるOKボタンをタッチすると、ウインドウは音もなく
消えた。
﹁さて、これで準備は終わりだな﹂
﹁大体はね⋮⋮っと、そうだ﹂
男と共にウインドウが消えたのを確認したディエヴスは、﹁忘れ
るところだった﹂とある物を渡した。
﹁⋮⋮? これは?﹂
手渡された物を見た男の口から疑問が発せられる。その手に収ま
っていた物は、大粒の種だった。
﹁これはキミの行動をサポートするものさ。芽吹けばどういったも
のかが分かるよ。キミの魔力を込めて地に埋めれば、すぐに芽吹く
から﹂
意味深な言葉を告げるディエヴスに首を傾げて見せる男だったが、
﹁まぁ嵩張るようなものでもないし⋮⋮﹂と素直に受け取った。
﹁んじゃ、これで準備は完了だね。あとは⋮⋮ほいっと☆﹂
軽快な掛け声と共に、ディエヴスはどこからともなく取り出した
杖で男のそばに扉を出現させる。
﹁この扉を潜れば目的地はすぐそこだよ﹂
﹁あぁ⋮⋮﹂
じっと現れた扉を見据え、これから訪れるであろう様々な出来事
を思い描く男の心には、ふつふつとこれまでにないやる気が湧いて
きていた。
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﹁気をつけてね﹂
扉を開けようとしたその時、微笑んだディエヴスが男に声をかけ
る。
そのどこか悲しみが宿った声音に、男の手がピタリと止まった。
︵あぁ、そうか⋮⋮俺はもう︶
︱︱この場所に来ることはほとんどないんだ。
瞬間、男の中に言い知れぬ物悲しさが心に芽生えた。これまでど
れぐらいの歳月を過ごしてきたこの場所も、時に他愛もない話で盛
り上がった他の神たちともおいそれと会うことは難しくなるだろう。
そして、自分の無茶なお願いを聞いてくれた目の前の小さな男の
子にも。
けれども、だからといって歩みを止めることを男は是としなかっ
た。扉の向こうにはこれまで男が経験してこなかったであろう新た
な世界が広がっているのだ。新しい世界、新しい景色。そして経験。
それは男が切に願っていたものなのだから。
﹁⋮⋮ありがとな﹂
だから、せめて最後に礼ぐらいはしておこうと男はややぶっきら
ぼうに口を開く。その感謝の言葉に、ディエヴスはただ首を横に振
りつつ、にっこりと微笑んで優しく答えた。
﹁ううん。こっちの方こそ感謝したいぐらいだよ。キミのように神
でありながら﹃他人の世界に行ってみたい!﹄なんていうのは初め
てだからね。ボクも楽しみなんだよ。キミが向こうでどんな人と触
れ合い、どんな経験をするのかをね。遠くからだけど、見ているか
らね﹂
ディエヴスの﹁見ているから﹂という言葉に、ふっと相好を崩し
た男は﹁そうだな﹂と頷いて扉を開けた。
男が扉の向こうへと歩み始めるその背に、ディエヴスはそっと﹁
行ってらっしゃい﹂と小さく呟くのだった。
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Side003︳降り立った元神様と御目付役
開かれた扉の先には、待ち望んでいた新天地が広がっていた。
﹁おぉ∼っ! これが⋮⋮って、ドコだよここは﹂
だが、降り立って早々、視界を覆うほどの草木に思わず男の口か
らはこんな言葉が突いて出ていた。辺りを見回しても目につくのは
鬱蒼と生い茂る木々ばかり。ここはそもそもどこなのか、どう行け
ば街に辿り着くのか。地図がない状況でやって来た男にとって、こ
のシチュエーションはなかなかに厳しいものがある。
﹁っと、そうだ。確か⋮⋮﹂
ここに来る前にもらったものがあったはず、と男はディエヴスか
ら受け取ったものを取り出す。その手に収まる10セルメラほどの
大きな種は、日の光を浴びてその外殻をキラリと光らせていた。
﹁えぇ∼っと、まずは魔力を込める、だったか?﹂
ディエヴスが告げたことをブツブツと呟きつつ、男は種に魔力を
込め足元に埋めた。
﹁おっ? って⋮⋮うわぁ!? こりゃ成長早過ぎだろ!?﹂
直後、瞬く間に種を植えた地面からぴょこんと芽が生える。そし
てあれよあれよという間にその芽はぐんぐんと大きく成長し、やが
て男の背を超えるまでに育った。
﹁ほぇ∼っ? 凄いな⋮⋮﹂
呆けた顔で見上げる男の前に、ゆっくりと二つの実が成った。
﹁これを取るってことか⋮⋮?﹂
疑念を口に出しながらも、男は一抱えもある実を収穫した。汗を
拭い、足元に収穫した実を並べ終えると︱︱
︱︱ピシッ。
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突如、実の殻に亀裂が生じ、ヒビが全体に行き渡る。やがて全体
に行き渡ったヒビにより、一抱えもある実が砕け散った。
﹁うわっぷ!? な、なんだぁ⋮⋮?﹂
爆発するように飛び散る殻の破片から身を守るように視界を覆っ
ていた腕を降ろすと、そこにはスヤスヤと眠る裸の女の子がいた。
見た目からして10歳前後の女の子は、その腰まで伸びる長い金色
の髪を黒色のリボンで二つに結わえていた。いわゆる﹁ツインテー
ル﹂と呼ばれる結び方だ。また、横にはもう一つの実から出てきた
のであろう彼女のものらしき衣類がある。
﹁ど、どうなってんだこりゃ⋮⋮﹂
﹁う、ん⋮⋮﹂
男の独り言にピクリと反応を示した女の子は、薄らとその目を開
けてむくりと起き上がる。小さな顔に生えるその紅色の瞳がやけに
印象に残る女の子だった。しばらくじっと男の顔を見つめた女の子
マイ・マスター
は、素っ裸という状況にもかかわらず、静かに口を開く。
﹁⋮⋮お初にお目にかかります、我が御主人様。以後宜しくお願い
いたします。つきましては私に名前を︱︱﹂
自分の状態を顧みず、すらすらと紡がれる言葉にハッと我に返っ
た男が優しげに指摘する。
﹁⋮⋮ねぇ、服着ないの?﹂
割って入ってきた男の指摘に、彼女は自分の身体をしげしげと眺
めて呟く。
﹁⋮⋮﹃きゃあああっ! 変態っ! 男はみんなケダモノよ!﹄と
でも叫べばいいですか?﹂
至極冷静かつ可愛げのないセリフを吐いたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
﹁んで? お前さんは一体何なんだ?﹂
指摘を受け、着替えを済ませた女の子に男は改めて問いかけた。
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マスター
﹁はい、御主人様。私は貴方様の行動をサポートする者です。詳し
くはこちらをご確認ください﹂
言いつつ彼女は黒と白のゴシック服に着替えると、サイドポケッ
トから小さな紙片を取り出し、男に手渡す。胸元の大きな紅いリボ
ンが揺れたが、その悲しいまでに平坦な胸に男は欲情︱︱するはず
もなく、黙って紙片を受け取るとゆっくりと開いた。
﹃︱︱やあ。そっちはどうだい? よろしくやってるかな? この
手紙を見ているってことは、ボクの言いつけ通り、あの種を芽吹か
せたってことだね。キミの目の前にいるであろうその子は、簡単に
言えばキミの御目付役さ。こうでもしないと危なっかしいだろうか
らね。他の神から何言われるか分かったもんじゃないし。あと、単
純に仕事放り出してボクの管理する世界を気ままに過ごすキミが妬
ましいから﹄
︵︱︱どうみても最後の一文が本当の理由っぽい気がするのは俺の
気のせいか?︶
思わず﹁それ、お前の八つ当たりだろ﹂と言葉が出そうになるの
をなんとかこらえつつ、男は手紙に目を走らせ続ける。
﹃んで、こっからが本題ね。その子にはさっきも書いた通り、キミ
の行動をサポートする存在だ。より具体的に書けば、マップスキル
や戦闘支援、それに資金管理も任せられるよ。細かいことは直接聞
けば分かると思う﹄
﹁へぇ、マップスキルねぇ。こりゃありがたいな﹂
ここがどこかも分からない現状において、この女の子の存在は非
常に助かるものであった。そんな風にぽろりと感想を漏らす彼の裾
を、少女がくいくいと引っ張る。
﹁っと、ゴメンゴメン。手紙読んでて忘れてたわ。えぇ∼っと⋮⋮
何だっけ?﹂
﹁⋮⋮とっとと私に名前を寄越しやがれってんだ。この駄︵目な︶
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神﹂
﹁え゜っ!?﹂
軽く謝罪する男に、見た目からは想像もつかない辛辣な言葉が投
マスター
げかけられ、固まる神︵元︶に、女の子はさらに言葉を続ける。
﹁あと、御主人様の名前は何だって聞いたんだけど? 耳の穴ふさ
がってんの?﹂
およそ﹁尊敬﹂という欠片もないその言葉に、男は持っていた手
紙をパサリと落としてしまう。
その手紙の最後には、ディエヴスによってこのように綴られてい
た。
﹃あっ、そうそう。言い忘れてたけど、その子の性格はキミの魔力
によって形作られたものだからよろしくね。当方は一切責任を負わ
ないので、あしからず︱︱﹄
その一文を後に目にした男の口から﹁ウソだろ!?﹂と驚きの声
が上がったのだった。
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Side004︳名前とスキル
﹁で? いつになったら名前を頂けるんでしょうか? さっさとし
ないと役目放棄して一人で行きますけど?﹂
﹁ちょ、ちょっとタンマ! 分かってるよ。これからつけるトコだ
から!﹂
﹁⋮⋮なら早くしてくれませんかね? この駄神が﹂
もはや神としての威厳が皆無なその呼び方に若干イラッとしつつ
も、決めなければ自分の抱えている問題は解決しないと諦めた男は
眉間に皺を寄せつつ名前の候補を列挙していった。
﹁えっと、それじゃあポチってのは︱︱﹂
﹁そんな犬みてぇな名前付けられて喜ぶと思ってんですか? この
駄神﹂
﹁わーったよ。それじゃミケは︱︱﹂
﹁猫か? そーかそーか、猫耳でもつけて﹃お兄ちゃ∼ん☆﹄とで
も呼んでほしいんですね。この変態駄神﹂
その後もいくつか候補を挙げるも、全て﹁却下﹂となってしまう。
ついには男の方が音を上げ、﹁どうしろってんだよ⋮⋮﹂とがっく
り腰を落として両手を地に付けた。
﹁⋮⋮てんでお話になりませんね。ネーミングセンスが欠片もない﹂
﹁それじゃあ自分で付ければいいだろ!﹂
やれやれ、と肩を竦めて見せる女の子に、半ばヤケになった男が
告げると彼女はキョトンとした顔で﹁いいの?﹂と訊ねる。
﹁もうどうしようもないからな。俺が決めるより遥かにマシだろ﹂
ため息を吐いて口を開く男に、女の子は﹁だったら︱︱﹂と口元
に手を当てながら呟く。
﹁リンネ﹂
﹁リンネ?﹂
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確認のために聞こえてきた言葉を呟いた男に対し、女の子はこく
りと首を縦に振る。
﹁⋮⋮分かった。それでいいのなら、俺も異存はない。宜しく頼む
よ、リンネ﹂
すっと差し出した右手に、女の子も同じように右手を出して握手
マスター
を交わす。これでようやく、と思っていた矢先︱︱
﹁⋮⋮で? 御主人様の名前は?﹂
どうやら、まだ先には進めそうもないと、苦笑いを浮かべつつ心
の底で嘆息する男だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
﹁名前⋮⋮名前かぁ⋮⋮﹂
告げられたリンネからの問いに、男はふとこれまでの事を脳裏に
思い描きながら呟いた。
︵どうしよう⋮⋮ここに来ることに焦点を置いていたから、正直何
も考えてない︶
内心冷や汗を掻きながら、男は脳内に次々と候補を挙げていく。
だが、﹁呼びやすい名前﹂﹁違和感を覚えないもの﹂などと条件を
つけて候補を絞るうちに時間が過ぎ去っていく。
﹁⋮⋮まだですか? いい加減にしてくれ︱﹂
待っているのも飽きたと言わんばかりにげんなりとした表情で訴
えるリンネ。しかしながら男はそんな訴えに耳を傾けることもなく、
自分の世界にどっぷり浸っている。ブツブツと﹁これがいいか⋮⋮
いやでも︱︱﹂などと口ずさみながら、口元に手を当てて考え込む
その仕草は端から見るとヤバい奴としか言いようがない。
時折ニンマリとだらしない笑みを浮かべては﹁これから世界中の
奴らが俺のことを⋮⋮﹂と呟いていることからもその気持ち悪さが
なんとなく伝わるほどだ。
﹁よし! 待たせたな﹂
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﹁ふぇ? あぁ、もう終わったのか﹂
それからしばらくの後、ようやく名前を決めた男はこっくりこっ
くりと舟をこいでいたリンネを起こす。
﹁あぁ、俺の名は⋮⋮ホルストイヴィル・アウストラングル・リゲ
ルヴァヘイト・カリバヒャラ・ロングルニヒト﹁長いわ!﹂︱︱ぐ
べらっ!?﹂
自らの名を告げている最中の男の左頬に、リンネの右ストレート
がいい感じでヒットする。
﹁痛ったいな! 何すんだ! 折角熟慮に熟慮を重ね、響きと荘厳
さと重厚感ある名前を付けたってのに﹂
﹁盛り過ぎだっつーんだよ! この駄神が! 第一、そんな長った
らしい名前覚えられるワケねーだろ! ちったぁ呼ぶ方も考えろ、
この駄神がっ!﹂
﹁失敬な! 俺はちゃんと覚えてるぞ! ホルストライヴィル・ア
ウグストインクト﹁さっきと違うじゃねーか!﹂︱︱がはっ!?﹂
耳にした名前が違うことに、リンネは再度右ストレートを放ち、
同じく左頬にクリーンヒットする。倒れる男に、リンネは荒い息を
マイ・マスター
吐きながら﹁もういい、メンドクセー﹂と言い放つ。
﹁だったら私が名付けます﹂
﹁はぁっ!? ちょ、ちょっと待︱︱﹂
﹁ホルスト。ホルスト=アルクライン。これが我が御主人様の名前
とします﹂
男の、いやホルストの抵抗も虚しくリンネは手早く登録手続きを
終えるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
﹁それで、これからどうするのですか? マイ・マスター﹂
﹁あー、うん。そうだねぇ⋮⋮﹂
もはや抗議しても一向に﹁無駄です。既に登録してしまったので﹂
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と引かないリンネに諦めたホルストは断腸の思いでリンネの登録し
た﹁ホルスト=アルクライン﹂という名を受け入れるのだった。
﹁とりあえず、現在位置と近くの街までの距離とかを知りたいんだ
よなぁ。ここがどこかが分からなきゃこれからの方針は立てられな
いから﹂
どうしたものかと悩むホルストに対し、リンネはわずかに口を閉
じると次には驚きの言葉を告げる。
﹁ここは﹃アシアナの森﹄と呼ばれるところですね。近くの街はメ
フィストバル帝国のオイネルズという比較的大きな街があるみたい
です。距離にしておよそ5キルメラほどといったところでしょうか。
徒歩だと3時間半ほどで到着見込みですね﹂
﹁⋮⋮うそーん﹂
﹁こんな状況で嘘言ってどうするんですか? 頭湧いてんですか?﹂
ため息交じりにさらりと毒舌を吐くリンネに一瞬言葉を詰まらせ
るホルストだったが、最終的には﹁いや、そんなの分かるわけねー
じゃん!﹂と駄々っ子のように喚いた。
﹁分かんねーって⋮⋮﹃ステータス﹄で確認すればいいでしょうに﹂
﹁どうやんの?﹂
小首を傾げて訊ねる主人に呆れつつ、リンネは﹁ステータスと唱
えればできますけど﹂と教える。
﹁なら、ステータスっと⋮⋮﹂
そうして唱えたホルストの目の前に画面が出現する。その画面に
記された文字に目を走らせるや否や、ホルストの表情が曇ったもの
に変化した。
︻ステータス︼
名前:ホルスト=アルクライン
性別:男
レベル:14︵っぽい︶
年齢:21︵歳程度︶
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種族:人族︵元神ですが一応種族的にはこんな感じ︶
職種:︱︱︵見登録ですので︶
HP 600︵現在値︶/600︵最大値︶︵現在指輪効果に
より制限中︶ ︵現在指輪効果により
︵現在指輪効果により
︵現在指輪効果により
︵現在指輪効果により
︵現在指輪効果により
MP 684︵現在値︶/684︵最大値︶︵現在指輪効果に
より制限中︶ 筋力︵STR︶ 42 制限中︶
耐久︵VIT︶ 38 制限中︶
敏捷︵AGI︶ 55 制限中︶
精神︵MID︶ 60 制限中︶
器用︵DEX︶ 66 制限中︶
スキル
森羅万象 Lv.1
︵全系統の魔法を使用可能。ただし、レベル制限により効
果は10秒。頑張れ︶
匠ノ技 Lv.1
︵製作したものが最高品質となる。ただし、レベル制限に
より一度製作物を使用すると壊れる使い切り仕様︶
固有スキル
全知全能︵指輪効果により現在使用不可︶
23
称号
なし︵元神だけどね︶
﹁クズスキルじゃん!﹂
﹁⋮⋮﹂
一緒にホルストのステータスを見ていたリンネは、眉を八の字に
曲げて同情の視線を向ける。横から向けられる視線に耐えきれなく
なったホルストは、ついでにリンネのステータスも見せてもらうよ
う頼んだ。
︻ステータス︼
名前:リンネ
性別:女
レベル:1
年齢:10︵歳程度︶
種族:神造生命体
職種:︱︱︵見登録︶
HP 1000︵現在値︶/1000︵最大値︶ MP 1500︵現在値︶/1500︵最大値︶ 筋力︵STR︶ 150
耐久︵VIT︶ 150
敏捷︵AGI︶ 150
精神︵MID︶ 150
器用︵DEX︶ 150
スキル
全系統魔法 Lv.5
︵全系統の魔法を使用可能︶
癒しの雫 Lv.4
︵対象のMAXHP・MPの4割を一瞬で回復可能︶
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万能地図
礼儀作法
万物鑑定
固有スキル
モンスター
眷族生成 Lv.2
︵怪物と契約し、眷族として従わせることが可能。ただし、
レベル制限により2体まで可能︶
眷族召喚 Lv.2
︵眷族生成により自身の眷族としたものを召喚する。た
だし、レベル制限により1体まで︶
称号
なし
﹁俺よりハイスペック!?﹂
﹁まぁもともと私は神によって造り出されたものですから﹂
控えめに言いつつも、その言葉の裏では﹁にもかかわらず貴方は
⋮⋮﹂というリンネの非難めいた思いがあることをホルストは正確
に読み取る。
そうして自らのステータスと付き従うリンネのステータスに隔絶
たる差を見せつけられたホルストは、がっくりとうなだれる他なか
った。
﹁⋮⋮﹂
そんな彼を見かね、ぱんぽんと肩を軽く叩いたリンネは、
﹁完全に私におんぶにだっこですね。主人としては恥ずかしいでし
ょうが⋮⋮まぁ元気出せ﹂
容赦のない一言をかけるのだった。
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n6950bx/
黒の創造召喚師 The Change Side S
tory
2016年8月30日07時05分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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