■レポート─■ 金融リテラシー調査にみる 「損失回避傾向の強さ」 金融広報中央委員会 事務局 企画役 日本銀行 情報サービス局 金融知識普及グループ長 川村 憲章 金融広報中央委員会(事務局は日本銀行情 る。本稿では、①日本人の特徴と②金融教育 報サービス局)は、わが国初の大規模調査と の効果にフォーカスしてご説明する。なお、 して、 「金融リテラシー調査」を実施した。「ミ 本稿における意見はすべて執筆者の個人的な ニ・ジャパン」とも言える、国の人口構成と 見解である。 ほぼ同一の25,000人の調査データに基づき、 金融知識等の分野別・階層別分析、海外比較、 ■1.金融知識は海外対比見劣り 行動経済学的分析など、多様な分析を行える ように設計している。調査結果は、日本銀行 今回の調査では、約半分の設問を海外比較 や金融庁のホームページ上にもリンクが張ら できるように設計した。米国と比較すると、 れている「知るぽると」サイト上で閲覧でき 金融教育を受けた人の割合は、米国の3分の 1に止まっており、それを映じ、日本は金融 〈目 次〉 1.金融知識は海外対比見劣り 2.損失回避傾向の強さ と感じている人が少なく、緊急時に備えた資 金を確保している人が多いなど、堅実さは日 3.投資家は高リテラシー 本人の「強み」であるが、金融知識は米国に 4.投資しない人の特徴 大きく水をあけられている(図表1)。 5.金融教育の効果 6.お金との付き合い方は不可欠の「生 活スキル」 7.投資促進の観点からも金融教育は重要 32 知識について自信のない人が多い。借り過ぎ ■2.損失回避傾向の強さ 日本人の特徴として際立つものは、「損失 月 8(No. 372) 刊 資本市場 2016. (図表1)米国との比較 (%) 日本 (A) 金融教育を受けた人の割合 米国 (B) 差異 (A−B) 7 19 ▲ 12 金融知識に自信がある人の割合 13 73 ▲ 60 借り過ぎと感じている人の割合 11 42 ▲ 31 緊急時の金銭的備えがある人の割合 55 40 15 正誤問題の正答率 47 57 ▲ 10 (図表2)株式・投資信託・外貨預金等への投資 次の金融商品を購入したことはありますか。 1.株式 2.投資信託 3.外貨預金・外貨 MMF 3 商品 全てに 投資 11.4 3 商品の 1 ∼ 2 商品 に投資 28.2 3商品への 投資なし 60.4 (図表3)損失回避傾向 10万円を投資すると、半々の確率で2 万円の値上がり益か、1万円の値下が り損のいずれかが発生するとします。 あなたなら、どうしますか。 投資する 21.4 投資しない 78.6 回避傾向の強さ」である。リスク性資産(株 資しない」と回答した(図表3)。この損失 式、投資信託、外貨預金等)の購入経験をみ 回避傾向は、若年層から高齢者まで広範囲に ると、いずれにも投資しない人が6割を占め みられ、特に女性でその傾向が強い。「投資 た(図表2) 。 「10万円を投資すると、半々の しない」を選択した回答者へのヒアリングで 確率で2万円の値上がり益か、1万円の値下 は、「元本割れのリスクがある金融商品には がり損のいずれかが発生する」という期待収 投資しない」との回答が多く聞かれた。 益率+5%の投資に対して、8割の人は「投 月 8(No. 372) 刊 資本市場 2016. 33 (図表4)株式に投資している人の割合 (%) 55.3 60.0 50.0 37.4 40.0 30.0 27.1 24.2 20.0 11.3 10.0 0.0 0−24点 低 リテラシー 28−48点 52−64点 中 リテラシー 68−80点 84−100点 高 リテラシー (図表5)正答率と株式投資との関係 全 国 平 均 31 ・ 6 % 株 式 に 投 資 し て い る 人 の 割 合 ・ % 、 全国平均 40.0 京 都 35.0 岡山 30.0 香川 長崎 山形 25.0 奈良 正答率が高い県は、 株式に投資している 人が多い。 青森 山梨 沖縄 20.0 鳥取 15.0 48.0 50.0 52.0 54.0 56.0 58.0 60.0 62.0 正誤問題の正答率・%、全国平均55.6% 層の特徴を分析した。その結果をみると、正 ■3.投資家は高リテラシー 答率が高い人は、株式等のリスク性資産へ投 資する人が多い傾向がみられた(図表4)。 金融知識と投資行動の関係についてみてみ 正答率と投資行動の関係を都道府県別にみて たい。今回の調査では、回答者25,000人全員 も、正答率が高い都道府県では株式等のリス について正誤問題の点数(正答率)を算出し、 ク性資産へ投資している人が多かった(図表 その点数に基づき、回答者を5等分し、各階 5)。 34 月 8(No. 372) 刊 資本市場 2016. (図表6)株式等に投資しない人の特徴 (%) 全サンプル 正答率〈25問〉 資産形成関連 55.6 株式・投信・外貨預金等 全てに投資している人 68.5 株式・投信・外貨預金等 全てに投資していない人 47.2 54.3 73.5 42.9 リスク・リターン 74.8 86.4 65.8 分散効果 預金保険 45.8 42.3 69.8 64.2 32.1 30.8 損失回避傾向が強い人の割合 78.6 50.9 89.1 学校等で金融教育を受けた人の割合 6.6 15.3 4.2 (図表7)各セグメントの正答率と行動 全望 サま ンし プい ル金 平融 均行 57 動 ・を 1と %る 人 の 割 合 ・ % 、 金融教育経験者 65.0 60.0 一般社会人 (30−59歳) 55.0 全サンプル平均 高齢者 (60−79歳) 若年社会人 (18−29歳) 50.0 学生 (18−24歳) 45.0 40.0 40.0 45.0 50.0 55.0 60.0 65.0 70.0 正誤問題の正答率・%、全サンプル平均55.6% 若年層に多い。 ■4.投資しない人の特徴 ■5.金融教育の効果 株式等のリスク性資産に全く投資しない人 達――回答者の6割――は、どのような人達 今回の調査では、金融教育の効果を定量的 なのであろうか。投資しない人をみると、リ に計測した。各セグメントの正答率と行動を スク・リターン、分散効果、預金保険といっ みると、金融教育経験者の場合、正答率も望 た資産形成関連の設問も含め、総じて正答率 ましい金融行動をとる割合(資産運用、借入 が低かった(図表6)。損失回避傾向が強く、 れ、生命保険加入時に他の金融機関や商品と 学校等で金融教育を受けた人の割合は低かっ 比較した人の割合)も高かった(図表7)。 た。属性別にみると、投資しない人は女性や 学生をみても、「金融教育を受けた」と回答 月 8(No. 372) 刊 資本市場 2016. 35 (図表8)金融教育の効果 1.家計管理 100.0 8.外部知見 2.生活設計 7.資産形成 3.金融取引 0.0 6.ローン 4.金融基礎 5.保険 金融教育を受けたと回答した学生(正答率56.4%) 金融教育を受けたと回答しなかった学生(正答率38.2%) (図表9)金融教育と投資行動 (%) (%) 全サンプル 全サンプル 株式 31.6 52.3 投資信託 25.8 43.8 外貨預金等 17.3 35.0 商品性を理解し て購入している 人の割合 投資している人 の割合 金融教育を受けた人 金融教育を受けた人 株式 75.7 85.5 投資信託 67.8 75.5 外貨預金等 74.4 75.5 した学生の正答率(56.4%)は、そうでない は、投資を行う人が多く、商品性を理解した 学生の正答率(38.2%)よりも高く、全年齢 上で株式等を購入している人が多い(図表 層 平 均(55.6%) を も 上 回 っ た( 図 表 8)。 9)。 金融教育を受けた学生は、望ましい金融行動 をとる、あるいは金融教育の必要性を指摘す る割合が高かった。 ■6.お金との付き合い方は不 可欠の「生活スキル」 前述の期待収益率+5%の投資に「投資し ない」を選択した人の割合は、全回答者平均 現代の経済社会を生きている限り、「お金 は78.6%であるが、金融教育を受けた人に限 との付き合い」は一生続く。金融教育につい れば、64.3%に低下する。金融教育には、非 ては「行うべき」との意見が多いが、そうし 合理的な行動バイアスを和らげる効果がある た意見を持つ人の中で実際に金融教育を受け とみている。金融教育を受けたと回答した人 た人は8.3%に止まっている。金融教育を求 36 月 8(No. 372) 刊 資本市場 2016. める声に応えるべく、より広範に、かつ各年 齢層の重点課題を念頭に置きつつ、金融教育 等を実施していくことが必要である。 ■7.投資促進の観点からも金 融教育は重要 第一に、将来、直面するであろう金融取引 に適切に対処するためにも、社会に出る前に 前述の金融教育の非合理的行動バイアスを 金融教育を受ける機会がより広く提供される 和らげる効果を踏まえると、投資を促す観点 ことが望ましい。学生に対する金融教育を拡 からも金融教育は重要である。ただ、教える 大していけば、わが国全体の金融リテラシー 事項が多く、学校のカリキュラムにおいて新 の底上げにつながるとみている。 規の受入れ余地が大きくないことや、投資や 第二に、 社会人に対しても、ファミリー層、 株式等を敬遠しがちな学校関係者もいること 高齢者などライフステージ毎に、各層のニー 等を踏まえると、投資単独の講義よりも、 「ま ズにより適合した情報や学習機会がより広く ずニーズの高い家計管理や生活設計等、その 提供されることが望ましい。例えば、50代の 後に応用編として資産運用等」といった金融 老後への準備状況をみると、老後資金の必要 教育プログラムの順序や構成の方が効果があ 額を認識している人は54.4%、資金計画を策 り、学校に受け入れてもらいやすいと考えて 定している人は38.0%、公的年金の受給金額 いる。金融教育に理解のある青山学院大学、 を認識している人は40.3%であった。老後破 慶応大学等では、金融庁、日本FP協会、全 綻、下流老人化といったリスクが喧伝されて 国銀行協会、金融広報中央委員会等が交代で いるが、こうした準備状況や、来年1月から 講師を務める「連続金融リテラシー講義」を 確定拠出年金制度の改正に伴い同制度の対象 実施している。バランスの良いプログラムで 者が拡大すること等も踏まえると、老後の準 あり、何よりも実践的であるため、学生の反 備にかかる金融知識普及は、喫緊の課題であ 応は非常に良い。このような実践的な教育が ろう。金融教育の項目は多岐にわたるが、ラ 全国に拡大することが望ましい。 イフプランにかかるお金の管理(生活設計) 1 は、現状、日本人の「弱点」であり、家計管 理とともに、金融教育の中で優先すべき分野 と考える。 川村 憲章(かわむら のりあき) 1967年生、千葉県出身。90年東京大学法学部卒、日 本銀行入行。ニューヨーク事務所、経営企画室等を 経て、 政策委員会室企画役、システム情報局企画役、 金融機構局企画役、16年5月から現職。 月 8(No. 372) 刊 資本市場 2016. 37
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