主 論 文 要 旨 - 聖マリアンナ医科大学

(別紙様式2号)
主
論
文
要
旨
論文提出者氏名:
佐々木
央我
専攻分野:神経精神科学
コ ー ス:
指導教授:伊東
文生
主論文の題目:
Serum Brain-derived Neurotrophic Factor Levels
Following Electroconvulsive Therapy in
Treatment-resistant Depressed Patients
(治 療 抵 抗 性 う つ 病 患 者 に お け る 電 気 け い れ ん 療 法 へ の 治
療反応性と血清脳由来神経栄養因子濃度の相関に関する研
究)
共著者:
Mitsuhiro Kamata, Hisashi Higuchi, Mioto Maedomari,
Toshiaki Haga, Takashi Nishio, Noboru Yamaguchi
緒言
電気けいれん療法(Electroconvulsive Therapy:ECT)は、薬物治療に
抵抗するうつ病に対して優れた治療法である。その一方で、ECT の機序
はいまだ明らかではなく、すべての患者に対する有効性は確立されてい
ない。近年、うつ病において神経可塑性の維持に重要な脳由来神経栄養
因子(Brain-derived Neurotrophic Factor:BDNF)の役割が注目されてい
る。これまでの先行研究において ECT 治療後の血中 BDNF 量と臨床効果
の関連に関しては、多くの研究で血中 BDNF 濃度の増加は示されるもの
の、その濃度変化と臨床効果との相関に関しては一定の見解が得られて
おらず、測定時期や観察期間を含めた研究方法の違いが影響しているも
のと考えられている。そのため、今回我々は治療抵抗性うつ病患者にお
いて ECT 前後での血清 BDNF 濃度の変化と臨床効果との相関について ECT
後 1 か月という比較的長期の観察期間をおいて詳細に検討した。
方法・対象
米国精神医学会による精神疾患の分類と診断の手引き(Diagnostic
and Statistical Manual of Mental Disorder-fourth:DSM-Ⅳ)で大うつ
病エピソードの診断基準を満たす患者で、うつ病の評価尺度
Montgomery-Äsberg Depression Rating Scale (MADRS)の点数が 21 点以
上、Thase の治療抵抗性うつ病尺度が stage3 以上(J Clin Psychiatry
58:23-29,1997)で ECT が適応と判断した患者を対象とし、患者及び家族
へ説明し同意を得た。
初回 ECT 施行前(T0)、ECT 最終施行翌日(T1)、ECT 終了 4 週間後(T2)
の計 3 回で血清採取し BDNF 濃度を ELISA 法を用いて測定し、臨床効果
は MADRS を用いて評価した。
なお本研究は、聖マリアンナ医科大学生命倫理委員会(承認 2414 号)
の承認を得たものである。統計は Friedman 検定及び Mann-Whitney 検定
で BDNF 値の変化について検討し、BDNF 値と MADRS 得点との相関につい
ては Spearman 検定を用い評価した。
結果
症例数は 30 例(男性 9 名、女性 21 名)で平均年齢 66.5±11.2 歳であ
った。ECT 施行前後で比較し MADRS 得点が 50%以上改善したものを治療
反応者と定義し、治療反応者は 22 名で治療非反応者は 8 名であった。
両群の患者背景で年齢、うつ病エピソード回数、罹病期間、ECT 前の
MADRS 得点、認知機能検査、精神病症状の有無、ECT の施行回数、発症
年齢、ECT 前の抗うつ薬投与量、血小板数には有意差は認めなかった。
血清 BDNF 濃度はすべての患者群(治療反応者群+治療非反応者群)にお
いて T0、T1、T2 間で有意差は認めなかった。しかし治療反応者群では
T0-T1 間(p=0.022)、T0-T2 間(p=0.007)で有意に増加を認め、治療非
反応者群では T0-T2 間(p=0.012)で有意な減少を認めた。臨床効果の
MADRS 得点では、すべての患者、治療反応者群、治療非反応者群におい
て T0、T1、T2 間で有意に改善を認めたが、治療非反応者群では改善の
度合いは小さかった。血清 BDNF 濃度と MADRS 得点の相関関係について、
すべての患者群、治療反応者群、治療非反応者群で解析を行ったが有意
な相関は認めなかった。
考察
今回の研究においては、血清 BDNF 濃度と MADRS 得点で有意な相関は
認めなかったが、治療反応者において血清 BDNF 濃度が ECT 後の時間経
過に伴い徐々に増加し、治療非反応者では減少を認めた。そのことから、
ECT 後の治療反応性が血清 BDNF 濃度の増加と関連しており、ECT 終了 4
週間程度で脳内の BDNF の産生が増える可能性が示唆された。このよう
な現象をもたらす機序としては、これまでにうつ病発現に深く関与する
とされる視床下部・下垂体・副腎系(HPA 系)の機能異常(グルココルチ
コイド上昇)の改善が ECT への治療反応者のみで生じることや、グルコ
コルチコイドが BDNF 産生に抑制的に作用するとされていることから、
ECT によって治療反応者でのみグルココルチコイドによる抑制的な作用
が減少し、血清 BDNF 濃度が増加したことが推察された。本研究の結果
から、治療抵抗性のうつ病患者においては ECT への治療反応性と血清
BDNF 濃度は密接に関連しており、今後うつ病の治療反応性と BDNF の役
割を理解するために重要な情報となり得るものと考えられた。