こんにゃく入りゼリーによる死亡事故に関する製造物

暮らしの
判例
消費者問題にかかわる判例を
分かりやすく解説します
国民生活センター 相談情報部
こんにゃく入りゼリーによる
死亡事故に関する製造物責任
本件は、こんにゃく入りゼリーを食べた幼児
(当時1歳9カ月)
がのどに詰まらせ窒息
死した事故について、その両親らが、食品に危険性があり、食品の警告表示が不十分だっ
たとして、製造会社に対しては製造物責任法3条および不法行為責任、会社取締役に対
しては、会社法に基づき損害賠償を請求した事
例である。
裁判所は、原告の請求を棄却した原審の判断
を維持し、食品自体に危険性は無く、本件警告
表示も不十分ではないとして控訴を棄却した。
( 大 阪 高 裁 平 成 24 年 5 月 25 日 判 決
〈確定〉
、
LEX/DB)
原 告:X1
(被害者 A の父親)
X2
(被害者 A の母親)
被 告:Y1
(事業者)
Y2、Y3
(Y1の代表取締役)
関係者:A
(死亡した幼児、当時1歳9カ月)
B
(A の祖母)
(A の祖父、B の夫)
C
D
(A の兄)
E
(A の伯母、X1の姉)
(A のいとこ、E の子)
F・G
べた。なお、A が食べている間、家には B のほ
事案の概要
か C、E がいたが、A が食べるところを注意し
2008 年7月 29 日、祖父母である B・C の自宅
て見ていた者はいなかった。A がなかなか食べ
に A(本人)、D(A の兄)
、X1 の姉 E とその子 F・
終わらず、ようすがおかしかったので、B がま
G が遊びに来ていた。昼食後 B は A らに、冷凍
だ食べ終わらないのかと思い、注意して A を見
庫に保管後2時間ほど冷蔵庫で解凍していた Y1
たところ、A は意識を失って、頭をがっくりと
製造・販売のミニカップ容器入りのこんにゃく
下に垂らした状態であった。B や C がのどに詰
入りゼリー(以下、本件こんにゃく入りゼリー)
まった本件こんにゃく入りゼリーを取り出そう
を与えた。A らは、本件こんにゃく入りゼリー
としたが取り出せず、救急車で心肺停止の状態
のミニカップ容器を外袋から1つずつ取り出
で病院に運ばれたが A は意識を回復することな
し、A は、上ふたを剝がしてもらい、自分で食
く、同年9月 20 日、窒息による多臓器不全に
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より死亡した。
場に多数流通し、その大多数は、窒息事故を起
X1らは、A が死亡したのは、Y1らが本件こん
こしていない。食品事故の発生件数は、餅によ
にゃく入りゼリーの設計上の致命的な欠陥を放
る窒息事故のほうが断然多く、発生頻度も飴に
置して漫然と製造・販売したためだとして、Y1
よる窒息事故と同程度である。そのため、本件
らを被告として、Y1 に対しては民法 715 条の製
こんにゃく入りゼリーを食した際に窒息事故が
造物責任および不法行為責任に基づき、また、
発生したからといって直ちにその物性自体や食
Y2 および Y3 に対しては会社法 429 条の取締役
品自体の安全性に問題があるとまでは言えな
の第三者に対する責任に基づき、総額約6200 万
い。ただし、食べ方の留意事項についての配慮
円の損害賠償等を求めた。
やミニカップの形状や大きさによっては、上向
原審(第一審)
は、本件こんにゃく入りゼリー
きで食べたり吸い込んで食べたりする可能性が
が硬く破砕されにくい、水に溶解しにくい、冷
出てくる点について、Y1 が講じる対策によって
温では硬さ・付着性が増すといったことはこん
は本件こんにゃく入りゼリーの欠陥も基礎づけ
にゃく自体の特性であって、これのみでは設計
られることもある。
上の欠陥とは言えないとした。また、仮に形状
しかし、こんにゃくと表示されていること、
から吸い込み食べが誘発されたり、ゼリーとい
商品の認知度、本件こんにゃく入りゼリーを食
う商品名から前述のような商品特性を意識しに
用する理由、事故報道の認知率
(2008 年3月時
くいことへの対策が不十分で商品特性に気づか
点で 86.6%)から、本件こんにゃく入りゼリー
ず誤嚥事故を誘発したりすれば、設計上の欠陥
が商品特性を意識しにくい状態にあったとは言
を基礎づける事情ともなるが、
本件に関しては、
い難い。また、本件こんにゃく入りゼリーのミ
当時の誤嚥事故報道により本件こんにゃく入り
ニカップの容器が、その形状から上向き食べや
ゼリーの認知度が相当高かったことや、ミニ
吸い込み食べを誘発するものとは認め難い。以
カップの形状は吸い込み食べの必要がないよう
上のように、本件こんにゃく入りゼリーに設計
にできていたことなどから、A の誤嚥は保護者
上の欠陥は認められないと判断した。
の不注意によるものだとして、設計や警告表示
⒉警告表示について
えん
の欠陥を否定し、X1 らの請求を否定した。
本件こんにゃく入りゼリーの警告表示は、子
X1らは、第一審判決
(以下、原判決)
を不服と
どもや高齢者がのどを詰まらせる危険性がある
して控訴した。
ことがピクトグラム
(情報や注意を示すために
使われる絵文字)で外袋表面に、警告文が外袋
理 由
裏面に明確に赤字で表示されており、通常のゼ
本判決は、原判決の一部に追加修正をしたう
リー菓子ではなく、こんにゃく入りであること
えで、以下のように判断し、X1らの請求を棄却
も外袋の表にも裏にも記載され、特に、子ども
した。
や高齢者は食べないで下さいという明確な表示
⒈製品の安全性について
は表裏の両面に記載されていた。
また、
ミニカッ
硬さが強く破砕されにくい、水に溶解しにく
プの形状や大きさにも危険性があるとは言えな
い、冷温では硬さ・付着性が増すといった、こ
い。一般消費者のこんにゃく入りゼリーの認知
んにゃく入りゼリーの各特性による窒息事故の
度等に照らすと、本件警告表示で不十分とは言
危険性は、発がん物質などの有害物質が含まれ
えないとした。
ているような食品自体の危険性ではなく、食べ
⒊Y1 らの注意義務違反
方に起因して発生する危険性である。
Y1 は、窒息事故に対し、商品の安全性につい
本件こんにゃく入りゼリーと同様の商品が市
て相応の対応をしており、Y1らに具体的注意義
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務違反があったとは言えないとした。
の欠陥」
「設計上の欠陥」
「指示・警告上の欠陥」
⒋事故当時の状況について
があるとされる。製造上の欠陥とは、製造過程
B は、本件こんにゃく入りゼリーの食感を十
で一部の製品に不具合品が生じる場合の欠陥で
分知っていたのに、自分から離れたところで A
ある。設計上の欠陥とは、商品設計そのものが安
に食べさせたまま放置しており、通常予想され
全性を欠く場合で、この設計により製造された
る食べ方とは言い難いとした。
商品は皆、欠陥となる。指示・警告上の欠陥とは
製品の使用方法によっては事故が起こる危険性
解 説
がある場合に、事故が起きない適切な使用方法
本件は、こんにゃく入りゼリーをめぐる死傷
等を指示・警告していない欠陥のことである。
事故に関する初めての原判決に対する控訴審判
本件では、こんにゃく入りゼリーの設計上の
決(以下、本判決)
である。
こんにゃく入りゼリー
欠陥と指示・警告上の欠陥が問題となった。ま
をのどに詰まらせた窒息による死亡事故は、本
た、
「欠陥」
の判断基準には、標準逸脱基準
(製造
件発生前までに1995年7月から24件起きており、
物がその標準となる設計や仕様から逸脱してい
ひとつの社会問題ともなっていたものであり、
るかどうか)
、危険効用基準
(製造物に内在する
原判決、本判決を含めその司法判断が注目され
危険性とその有用性を比べて、危険性が有用性
ていた。
を上回るかどうか)
および消費者期待基準
(
「通常
原判決も本判決も、こんにゃく入りゼリーの
の消費者」が予期する以上に当該製造物が危険
食製品としての設計上の欠陥について、同製品
なものか)
があるが、本件では製造物責任法3条
の持つ、硬さが強く破砕されにくいなどの特性
の
「欠陥」とは製品に
「通常有すべき安全性を欠
は、こんにゃく自体の特性なので、これのみで
いていることをいう。
」とされ
(同法2条2項)
、
欠陥の特性を基礎づけることはできないとし、
どの基準によるかは、明確にはされなかった。
本判決は、製品自体の危険性とその使用方法
この特性による窒息事故の発生の危険性は食べ
による危険性を分けて判断しているが、以下の
方の問題であるとした。
ように疑問が残る。
そのうえで、メーカーがこの食べ方に対する
留意事項について配慮していたかを問題とし、
① B および A の使用方法は、通常の使用方法で
本件事故発生当時、誤嚥事故に関する報道を含
はないか。B が A に一人で食べさせたこと、E
めこんにゃく入りゼリーの認知度が相当高かっ
が、その時寝ていたことなどは、判決のとお
たこと、ミニカップ容器の形状等はむしろ上向
り予想される使用方法とは言えず、予想でき
き食べや吸い込み食べの必要がないようにでき
ない誤使用なのか。
ていたこと、乳幼児に対しては、保護者等が切
②伝統型製品については、危険が周知されてい
り分けるなどして与えるべきであり、乳幼児の
るから欠陥の問題とされないが、新しく製品
誤嚥は設計上の欠陥を意味するものではないな
化された製品について事故が多く発生しても、
どとしている。
これらの製品との比較により欠陥ではないと
してよいのか。
さらに本判決は、食品による窒息事故の発生
件数や発生頻度を問題としており、餅による発
生件数のほうが断然に多いことや発生頻度も飴
による窒息事故と同程度である点も本件こん
参考判例
にゃく入りゼリーの設計上の欠陥を認めなかっ
神戸地裁平成 22 年 11月17日判決
(
『判例時報』
2096 号 116 ページ
(原判決)
)
た理由のひとつとしている。
製造物責任で問題となる
「欠陥」
には、
「製造上
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