気象災害の防止に向けた 気象レーダーの活用

特集 気象災害から鉄道を守る
【特別記事(寄稿)】
気象災害の防止に向けた
気象レーダーの活用
近年,気象レーダーによる降雨や風の観測技術は飛躍的に進歩しました
し,まだまだ向上しています。すなわち,時間的,空間的によりきめ細かで,
格段に精度の高い観測情報が実時間で得られるようになりました。鉄道の
安全運行に気象レーダーの観測情報をより高度に実用化してゆけるステー
中北 英一
Eiichi Nakakita
京都大学 防災研究所 副所長・教授
ジにあります。ここでは,その進歩の概要,ならびにゲリラ豪雨の早期探
知と予測への利用例を紹介します。気象レーダーのさらなる活用の礎にな
ればと思っています。
[専門分野]水文気象工学
はじめに
路や航空機・船舶の安全運行管理に活
気象レーダーは,上空に浮かぶ雨粒
によってもたらされますので,この立
用されるポテンシャルを有しています。 体観測はモニタリングという意味でも
予測という意味でも重要です。
などの降水粒子を探知してその量や種
雨を測るレーダー
類を推測するのに用いられ,広域大雨
~局地的豪雨の探知に大いに活用され
図1は国土交通省の赤城山レーダ雨
風 を 測 る レ ー ダ ー( ド ッ プ
ます。また,それらの移動速度を探知
量計によって観測された1998年8月27
ラーレーダー)
して風速をはかり,豪雨の餌となる水
日に生起した那須豪雨の3次元構造を
集中豪雨のメカニズムや予測を行な
蒸気の流入経路や竜巻の探知に利用さ
示したものです 1)。梅雨時に典型的な
う上で,水蒸気を運ぶ風の観測(風速
れます。これらの情報は,河川の出水, 積乱雲による豪雨が線状に並んだ状況
観測)が重要です。もちろん竜巻の探
内水氾濫・都市浸水,土石流・斜面崩壊, が観測されています。図中に示します
知にも風速観測は極めて重要です。こ
橋りょうや車両・船舶・航空機への強
ように,気象レーダーとはアンテナか
の風速を測るレーダーを特にドップ
風などの実時間でのリスク把握や予測
ら発射する電波が降水粒子にあたって
ラーレーダーとよびます。発射した電
を通して,ダム貯水池の実時間運用を
反射してくる電波を同じアンテナで受
波と反射した電波の波長の違い(周波
含めた河川の管理(電力ダムも含む)
,
信して,受信電波の強弱で降水強度を
数の違い)からドップラー効果を利用
排水ポンプの実時間運用を含む雨水排
測るレーダーです。どこから返ってき
して,レーダーの電波を発射した方
除,自治体による避難勧告・指示の発
た反射電波かは,アンテナの向きと発
向(レーダービーム方向)の風速成分
令や住民自らの避難の開始,鉄道・道
射した電波がアンテナに返ってくるま
(ドップラー風速とよばれます)を測
での時間で特定さ
定することができます。2 台のドップ
れます。また,ア
ラーレーダーで観測すると風速の 2 成
ンテナの仰角をさ
分を,3 台では 3 次元成分を測定する
まざまに変えるこ
ことが原理的に可能です。
とによって立体的
1 台の観測でも,3 次元空間内の局
(3次元的)に観測
所的な区分領域毎に風速が一様である
することができま
とか,位置の 1 次関数で近似できると
す。集中豪雨やゲ
仮定すれば,広い範囲でのおおよその
リラ豪雨は鉛直方
2 次元的な風速分布が得られます。ま
向に伸びる積乱雲
た,同じく 1 台による観測でも,風の
赤城山
赤城山に設置
されたレーダー
図1 気象レーダーによる集中豪雨の立体構造の観測事例 1)
(国交省赤城山レーダ雨量計による那須豪雨観測事例)
4
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【凡例】
XバンドMPレーダ
雨量計(39基)
高さ方向の変化や渦をおおよそ推測す
ることができます。
北広島
京ヶ瀬
雨粒の形や大きさを測る偏波
能美
偏波レーダー(MPレーダー)とよば
れる気象レーダーは,2種類以上の偏波
面(電界がプラス・マイナスに振動する
面)を使って観測できます(☞参照)
。通
風師山
古月山
菅岳
九千部
牛尾山
野貝原
平成27年7月現在
図 2 XRAIN の配置図
へん
度に変換するときに必要な情報で,そ
静岡北
桜島
の扁平度を測ります。この扁平度から
さは,レーダー受信電力値から降雨強
新横浜
香貫山
浜松
菊池
黒の谷
偏波を使って雨粒やその他の降水粒子
することができるのです。雨粒の大き
鈴鹿
葛城
常の偏波レーダーは,水平偏波・垂直
雨粒の大きさや降水粒子の種類を推測
関東
船橋
尾西
富士宮
安城
熊山 六甲
常山
水橋
中ノ口
※円は半径60kmの
定量観測範囲を示す。
八斗島
鷲峰山
田口
レーダー(MP レーダー)
へん
一関
一迫
涌谷
岩沼
伊達
田村
氏家
石狩
在来型非偏波Cバンドレーダー雨量
空間分解能:1km,
更新間隔:5分,
配信までの遅れ時間:5∼6分,
地上雨量による補正:あり
XバンドMPレーダー雨量
空間分解能:250m,
更新間隔:1分,
配信までの遅れ時間:1分,
地上雨量による補正:なし
のために降雨強度の推定精度が格段に
向上します。また,降水粒子の種類を
判別した情報は,たとえば雨雪判別情
空間分解能(16倍)
時間分解能(5倍)
報が鉄道の運行管理に利用できるばか
りか,大気モデルやその中の雲物理過程
モデルとの結合手法を開発して豪雨の
予測精度も向上させることができます。
国土交通省によるXRAINの導入
図 3 XRAIN による降雨観測のアドバンテージ
国土交通省では,より高精度な降雨
して洪水流出計算や氾濫計算に用いる
め,気象学,水文学を超えたさまざま
量観測を目的にレーダ雨量計の MP 化
時代に突入しています。
な分野での利用手法の開発が急激に進
を進めています。このことにより,気
ここでは,2008 年の神戸市,東京
んでいます。XRAIN は,よりピンポ
象レーダーによる降雨量情報の精度が
都でのゲリラ豪雨災害を機に,都市の
イントでより正確な降雨量を観測する
大幅に高くなり,定量的な入力情報と
豪雨災害の軽減を目指して全国の政令
とともに,立体観測により早期にゲリ
都市をカバーするように国土交通省
ラ豪雨を探知し,およそ 1 分以下とい
が 2010 年度から導入を開始した小型
うより短時間での情報提供ができると
(X バンド)の MP レーダーによる 3 次
いう最新性をもちます。加えて,ドッ
元観測網(XRAIN)を紹介します(☞
プラー機能によって風速や渦度も観測
参照)
。図 2 に示しますように,九州
することで,降雨予測精度のさらなる
~北海道に至る主に政令指定都市をカ
向上を目指しています。
☞ MP レーダー
偏波レーダーのように受信電力値以
外の電波情報を探知できるレーダー
をマルチパラメーターレーダー(MP
レーダー)とよびます。
☞ X バンド,C バンド
日本の大型気象レーダーでは 5cm
(C バンド)の波長を持つ電波が用い
られています。120km 程度の半径を
観 測 範 囲 と し ま す。60km 半 径 と い
う狭域を観測する小型レーダーでは
3cm(X バンド)の波長を持つ電波が
用いられています。
バーする 39 機の X バンド最新型偏波
ドップラーレーダーによる 3 次元観測
ゲリラ豪雨の早期探知と危険
網(XRAIN)が実現し,きめ細かな時
性予測
間・空間分解能(1分間隔・250m分解能)
2008 年の 7 月末,8 月初めに続いて
で精度の高いリアルタイム降雨分布情
生起した神戸の都賀川や東京の雑司ヶ
報が,観測から 1 分程度で配信される
谷の幹線下水道管での災害はゲリラ豪
ようになっています 2)
(図 3)。このた
雨によってもたらされた鉄砲水による
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5
is
Yd
10
0
radar site [km]
−10
−30
−40
X distance from
10
0
−10
X distance from
radar site [km]
−10
−20 [km]
−30 ar site
−40 rad
−50 e from
−60 istanc
Yd
10
−20
−40
0
−30
0
−10
X distance from
radar site [km]
10
−20
測を継続していた国土交通省深山レー
−30
−40
0
−10
−20 [km]
−30 ar site
−40 rad
−50 e from
−60 istanc
Yd
km]
ite [
ar s
rad
Height [km]
10
e
tanc
from
−20
10
0
−10
−20
−30
−40
radar site [km]
−10
−20
−30
−40
−50
−60
X distance from
Height [km]
筆者らは 3)は,1982 年以来立体観
ar s
rad
Height [km]
is
from
Height [km]
害です。
e
tanc
Yd
の笑顔が一瞬にて失われる災害で,降
り始めてから 7 分後に出水が生じた災
km]
ite [
−10
−20
−30
−40
−50
−60
ものです。都賀川の場合,憩いの場で
ゲリラ豪雨のタマゴ
ダ雨量計(C バンドレーダー)の 3 次元
画像を解析して,都賀川での鉄砲水の
原因となった局地的豪雨,その豪雨を
10
0
−10
−30
−40
−20
10
radar site [km]
10
0
−10
X distance from
radar site [km]
10
−20
0
−30
0
−10
is
Yd
−40
−20
40
X distance from
radar site [km]
10
−30
30
−40
0
−10
−20 [km]
−30 ar site
−40 m rad
−50 e fro
−60 istanc
Yd
e
tanc
X distance from
Height [km]
10
m]
e [k
r sit
ada
r
from
Height [km]
は出現していることから,避難にとっ
0
−10
−20
−40
radar site [km]
−10
−20
−30
−40
−50
−60
た。それが都賀川出水時の 30 分前に
is
Yd
X distance from
Height [km]
はり確認できることを明らかにしまし
e
tanc
ada
r
from
Height [km]
初に存在するレーダーエコー(初期エ
コーあるいはファーストエコー)がや
m]
e [k
r sit
−10
−20
−30
−40
−50
−60
するごく初期の段階に,上空でのみ最
−30
もたらした積乱雲が急激に発生・発達
−10
−20 [km]
−30 ar site
−40 m rad
−50 e fro
−60 istanc
Yd
て極めて重要な,ゲリラ豪雨による鉄
砲水からの早期避難に欠かせない情報
であり,このファーストエコーの早期
的観点から「ゲリラ豪雨のタマゴ」と
命名しました。
1.5
1.0
Rain rate
[mm/h]
0.5
80
60
40
20
0
50
40
30
下段 Radar echo
[dBZ]
0.0
上段 Radar echo
[dBZ]
20
行い,そのファーストエコーを,防災
50
20
探知を実現・実用化すべきとの提案を
Mountain height
[km]
図 4 都賀川豪雨時の深山レーダー立体観測画像
時刻毎に上段は南東か北西方向を見たもの,下段は南から北方向を見たもの 3)
図 4 は,国土交通省深山レーダ雨
量計によって 7 分半ごとに観測された
により推測される渦度がほぼ確実に
2008 年の都賀川ゲリラ豪雨を 3 次元的
ファーストエコーの段階から確認され
雨域追跡による降雨予測
XRAINによる1分間隔で250m空間
に示したものです。積乱雲の発生直後, ることを,明らかにしました。加えて, 分解での豪雨の観測により,一つ一つの
上空の高度 5 ~ 7 km でのみ降水粒子
タマゴの早期探知手法と追跡手法,並
積乱雲の存在とその消長をきめ細かく
が形成し始めている段階(ゲリラ豪雨
びに危険性予測手法を統合したゲリラ
捉えられるようになったため,レーダー
のタマゴ)からの状況を立体観測レー
豪雨予報システムのプロトタイプを構
画像を用いた雨域追跡による降雨予測
ダーでは捉えることができることを示
築しました 5)。
の精度が,一つの積乱雲の寿命である
しています 2)。これは,ゲリラ豪雨の
平行して,国土交通省は筆者らと
30分~1時間先までの予測であれば,従
早期探知や大気モデルを用いた降雨予
共 同 し て,XRAIN の 実 用 化 直 後 か
来に比べて大きく向上することが見込
測にも重要情報となります。
ら,XRAIN を用いたゲリラ豪雨の早
まれています 7),8)。図6は,一つ一つの
一方,前述のように国土交通省は,
期探知・危険性予測の実用化を目指し
降雨セルを追跡することにより行われ
2010 年から順次,XRAIN を配備し,
た取り組みを進め,大阪・神戸・京都
た,20分先の降雨予測事例を示します 7)。
3 次元ドップラー観測を標準としたゲ
を含む近畿地域において,豪雨警戒ラ
雨域毎に過去の移動を算出しそのまま
リラ豪雨災害への観測体制を強化しま
ンクを 3 段階で判定する手法を開発し, 将来も移動させることにより,将来の
した。筆者ら 4)は XRAIN で観測され
Web 表示するシステムを構築しまし
位置を良好に予測するとともに,初期
た多数の事例を用いて,積乱雲が強化
た(図 5)6)。現在いくつかの地方自治
時刻における雨域の面積および雨域内
される際には,地上強雨がもたらされ
体や気象庁を対象に試験運用を継続し
の平均降雨強度の直近変化率を外挿す
るより前に「ゲリラ豪雨のタマゴ」が
ており,2016 年度からより多くの自
ることにより各セルの発達・衰弱をも
上空で出現すること,ドップラー風速
治体に情報が提供される予定です。
良好に予測していることがわかります。
6
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既存の部内向け
XRAINが表示可能
豪雨危険度を
選択
凡例にマウスカーソルを
持ってくることで,
ランクが何を示すかの
簡単な説明を表示
1か月程度の
履歴を保持
利用上の注意や
豪雨危険度の説明
豪雨危険度ランク
(豪雨のタマゴ)
円にマウスカーソルを
合わせると豪雨危険度
の統合指標値や最大
渦度などを表示
ランクによる表示の
絞り込み切替が可能
任意地点をダブル
クリックすると、その
地点を中心に拡大表示
組織化するなどして,
追跡できなくなった
場合は,最終的な
ランク色で点線表示
新たに発生または急発
達中のセルは円が点滅
・本試験システムは,自治体などの行政担当者(河川管理者や防災担当
者)への将来的な公開を見据えています(当初は国交省内部のみの試
験公開予定。国交省防災LAN内に構築)。
・地図上にXRAINの雨量強度と豪雨危険度ランクを重ねて表示します。
・発生した豪雨のタマゴは,円で囲み,円の色でランクを示します。また,
ランク判定に用いた統合指標値や最大渦度などもバルーン表示します。
表示範囲を移動する
際は,マウスの
ドラッグで移動可能
図 5 国交省により自治体・気象庁に試験配信されている局地的豪雨探知システムによるゲリラ豪雨の危険度リアルタイム表示事例 6)
7/24 17:12[観測]
7/24 17:32[20分後予測]
7/24 17:32[観測]
(mm)
衰弱を表現
9/23 03:05[観測]
9/23 03:25[観測]
面積及び強度
の発達を表現
17:12を初期時刻とした20分後予測
9/23 03:25[20分後予測]
(mm)
緑枠:予測初期時刻のセル位置
赤枠:当該時刻の実際のセル位置
従来の運動学的手法では表現でき
なかった,降雨の発達・衰弱を表現
⇒30分程度先までであれば適応可能
面積及び強度
の発達を表現
03:05を初期時刻とした20分後予測
図 6 XRAIN による降雨観測情報を用いたセル追跡法による降雨予測 7)
おわりに
気象レーダーにより時間的・空間的
によりきめ細かでより高精度に降雨や
風の観測が可能となってきました。こ
のきめ細かさの向上はまだまだ進展し
ています。ここではゲリラ豪雨の早期
探知や予測を例示しましたが,
「はじ
めに」でも述べましたように,突風や
竜巻の監視にも利用できる潜在能力を
高く持っています。鉄道の安全運行に
ますます活用されるいろいろな技術が
生まれることを期待したいと思います。
文 献
1)中北・矢神・池淵:1998 那須集中豪雨の生起・伝播特性,水工学論文集,第 44 巻,
pp. 109 - 114,2000
2)五道・内藤・土屋:Kdp-R 関係式の適用範囲拡張による X バンド MP レーダの観測精
度の向上,土木学会論文集,B 1(水工学),Vol. 70,No. 4,pp. 505 - 510,2014
3)中北・山邊・山口:ゲリラ豪雨の早期探知に関する研究,水工学論文集,第 54 巻,
pp. 343 - 348,2010
4)中北・西脇・山邊・山口:ドップラー風速を用いたゲリラ豪雨のタマゴの危険性予知に
関する研究,土木学会論文集,B 1(水工学),Vol. 69,No. 4,pp. 325 - 330,2013
5)中北・西脇・山口:ゲリラ豪雨の早期探知・予報システムの開発,河川技術論文集,
Vol. 20,pp. 355 - 360,2014
6)片山・山路・中村・森田・中北:局地的豪雨探知システムの開発,河川技術論文集,
Vol. 21,pp. 401 - 406,2015
7)増田・中北:X バンド偏波レーダを用いた降水セルのライフステージ判別手法の開発,
土木学会論文集,B 1(水工学),Vol. 70,No. 4,pp. 493 - 498,2014
8)高田・田中・池淵・中北:局地的な大雨の予測精度向上を目指した降水ナウキャスト手
法の開発,土木学会論文集,B 1(水工学),Vol. 69,No. 4,pp. 349 - 354,2013
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