レジュメ

ディスカウント・キャッシュフロー再入門
1.割引キャッシュ・フロー法(DCF法)による資産価値評価
1.1
資産価値評価の基本的な考え方
株式に限らずどのような資産でも、価値評価の出発点は将来キャッシュ・フローの割引
現在価値である。すなわち、
「すべての資産の価値は、その資産が生み出す将来キャッシュ・
フローの期待値を、その資産の購入者が要求する収益率で割り引いた現在価値に等しい」
と考えることができる。なお、資産の集合体を企業と捉えれば、2次レベルのコーポレー
ト・ファイナンスにおける企業価値の算定に結び付くことになる。
資産価値評価の基本=割引現在価値法(DCF:Discount Cash-Flow)
その資産が将来にわたって生み出すキャッシュ・フロー(CF)の現在価値(PV)の合計
現在
1 年目
2 年目
CF1
CF2
n 年目
…
CFn
r1
r2
rn
CF1
1+r1
CF2
(1+r2)2
…
CFn
(1+rn)n
=PV
PV=
CF1
CF2
CF3
CFn
+
+
+…+
1+r1
(1+r2)2
(1+r3)3
(1+r)n

PV= 
t=1
CFt
(1+rt )t
ただし、CFt:t 期のキャッシュフロー、rt:t 期の割引率.
37
2017 年目標 証券アナリスト
2次入門講座
2.配当割引モデル
配当割引モデル(Dividend Discount Model:DDM)とは、
「株式の内在価値(本質的価値)
は、投資家が株式を持ち続けた場合に将来得られると予想される配当を、一定の割引率(投
資家の要求収益率)で割り引いた現在価値(Present Value)に等しくなる」とする考え方
で、株式投資では株価を算出する手法の 1 つとして用いられている。
そこで、この配当割引モデルに基づいた株式の内在価値、つまり株価の算出方法につい
て確認していくことにする。ただし、株式の内在価値を計算するためには、貨幣の時間価
値という考え方が必要となる。
2.1
配当割引モデル
株式会社が事業活動で得た利益は、株主・債権者などに分配されるが、株主に対しては
配当(インカム・ゲイン)という形で還元される。また、株価が上昇すれば、値上がり益
(キャピタル・ゲイン)も株主に帰属する。株主は会社に出資しているため、この投資に
対して何らかの収益率を要求しているはずである。現在価値の考え方に基づき、株主の要
求する収益率を割引率として、1 年後(将来)のキャッシュ・フローを現在価値に割り引け
ば、現在における理論上の適正な株価が計算できるはずである。
現在の株価を V0 、1 年後の配当を D1 、1 年後の株価を V1 、要求収益率(割引率:時間
を通じて一定)を r とすると、次のようになる。
V0 =
D1
V1
+
…………(1)
1+r
1+r
つまり、上記の式から、配当と株価に関する投資家の予想並びに株式の期待収益率が
判明すれば、現在の株価を予想することができる。この式より、2 年後の配当 D2 と 2 年
後の株価 V2 を予測することで、1 年後の株価を V1 の予測が可能となる。
V1 =
D2
V2
+
…………(2)
1+r
1+r
(2)を(1)に代入すると、現在の株価である V0 は次のように表せる。
V0 =
D1
V1
1
1
D2
V2
+
=
(D1+V1)=
(D1+
+
)
1+r
1+r
1+r
1+r
1+r
1+r
V0 =
D1
D2
V2
+
2 +
1+r
(1+r)
(1+r)2
38
ディスカウント・キャッシュフロー再入門
前掲の式は、1 年後の配当 D1 、2 年後の配当 D2 、2 年後の株価 V2 を現在価値に割り引
いて計算している。ただし、2 年後の配当 D2 と 2 年後の株価 V2 は、(1+割引率)の 2
乗で除して計算している。
以下、3 年後、4 年後と、それ以降も同様な手順を繰り返すと、次のような配当割引モ
デルの一般式が得られる。
《配当割引モデル:割引率一定のケース》
V0 =

D1
D2
D3
D4
Dt
A
+
2 +
3 +
4 +…… = 
t ……… ◯
1+r
(1+r)
(1+r)
(1+r)
t=1 (1+r)
=(各期の配当の現在価値)の合計
この式は、企業が未来永劫に存続するという前提のもとで、現在の株価は無限の
将来までの配当流列を現在価値に割り引いたものとして表している。
現在
1 年後
D1
2 年後
D2
3 年後
D3
D1
1+r
D2
(1+r )2
D3
(1+r )3
39
…
∞
2017 年目標 証券アナリスト
2次入門講座
例題
A 社は 1 年後に 1 株当たり 5 円、2 年後に 8 円の配当金を支払った後、3 年後に会社
を清算し分配金として 1 株当たり 216 円を支払うものと予想されている。
配当割引モデルによる株価形成を仮定し、投資家の割引率を年率 15%とする。現時
点の株価は( ① )円であり、また、1 年後の期待株価は( ② )円である。
上の文中の①~②に該当する数値を入れなさい。(小数第 1 位を四捨五入しなさ
い。
)
【解答解説】
①
①
152
②
170
現時点の株価
配当割引モデルによって株価が形成されるとすれば、現在の株価(P0)は将来の
配当等のキャッシュ・フローの割引現在価値の合計である。
P0=
②
5
8
216
+
+
=152.4…≒152(円)
1+0.15 (1+0.15)2
(1+0.15)3
1 年後の期待株価
配当割引モデルによって株価が形成されるとすれば、期待株価(E [P1])はその時
点以降の配当等のキャッシュ・フローの割引現在価値である。
E [P1]=
8
216
+
=170.2…≒170(円)
1+0.15
(1+0.15)2
40
ディスカウント・キャッシュフロー再入門
2.2
ゼロ成長モデル
配当割引モデルに従って株式価値を評価する場合、将来の配当を予想する必要がある。
そこで、確率変数である将来の配当に関して仮定を置いて考える。最も単純な仮定は、配
当が毎期一定であり成長しないとするものであり、この仮定を置いた配当割引モデルをゼ
ロ成長モデルと呼んでいる。ゼロ成長モデルは、次の仮定を置く。
(仮定 1)各期ごとの配当は、時間を通じて一定である。
すなわち、
Dt=D(一定)
(t=1,2,…)
A 式は次式のように表せる。
(仮定 1)の下では、前掲の◯
《配当割引モデル:ゼロ成長モデル》
V0 =
D
D
D
+
+………
2 +
1+r
(1+r)
(1+r)3
V0 =
D
B
……… ◯
r
=各期の配当÷割引率
D
は、等比数列の和の公式を用いることで得られる。すなわち、
r
(1) V0 =
V0 =
初項:

D
D
D
+
2 +…= 
t
1+r
(1+r)
t=1 (1+r)
D
1
、公比:
の無限等比数列の和だから、
1+r
1+r
D
D
×(1+r)
D
1+r
1+r
V0 =
=
=
1
1
1+r-1
1-
1-
×(1+r)
1+r
1+r
=
D
r
B 式から、
(2) ◯
①
配当(D)が大きければ大きいほど、
②
割引率(r)が小さければ小さいほど、
株式の内在価値は大きくなることがわかる。
41
2017 年目標 証券アナリスト
2.3
2次入門講座
定率成長モデル
(仮定 1)を少し緩めて配当が一定率で成長するケースを考える。これを定率成長モ
デルと呼んでいる。定率成長モデルは、次の仮定を置く。
(仮定 2)各期ごとの配当は、毎期一定率(g)で成長する。
すなわち、
D t=D1(1+g)t–1 (t=1,2,…)
D t=D0(1+g)t
A 式は次式のように表せる。
(仮定 2)の下で、さらに、0<g<r を仮定すれば、前掲の◯
《配当割引モデル:定率成長モデル》
D1
D1(1+g)
D1(1+g)2
+
+…
2 +
(1+r)
(1+r)
(1+r)3
V0 =


V0 =
t=1
D1(1+g)t–1
(1+r)t
V0 =
D1
今期末の 1 株当たり予想配当
C
=
…… ◯
r-g
割引率-配当成長率
V0 =
D0(1+g)
r-g
(1) V0 =
D1
は、等比数列の和の公式を用いることで得られる。すなわち、
r-g
V0 =
D1
D1(1+g)
D1(1+g)2
+
+…
2 +
(1+r)
(1+r)
(1+r)3

V0 =
初項:

t=1
D1(1+g)t–1
(1+r)t
D1
1+g
、公比:
の無限等比数列の和だから、
1+r
1+r
D1
D1
×(1+r)
D1
D1
1+r
1+r
V0 =
=
=
=
1+g
1+g
(1+r)-(1+g)
r-g
1-
1-
×(1+r)
1+r
1+r
42
ディスカウント・キャッシュフロー再入門
D1=D0(1+g)より
V0 =
D0(1+g)
r-g
V0 =
今期末の 1 株当たり予想配当
割引率-配当成長率
C 式から、
◯
①
配当が大きければ大きいほど、
②
割引率(r)が小さければ小さいほど、
③
配当成長率(g)が大きければ大きいほど、
株式の内在価値は大きくなることがわかる。
(2) ここで、r の意味はどのように考えればよいだろうか。
C 式を変形すると
◯
r=
D1
+g =配当利回り+配当成長率
V0
=配当利回り+株価成長率
となる。
なぜなら、V0=
配当成長率
V1
D0(1+g)
D1(1+g)
、V1=
から、株価成長率
-1 は、
V0
r-g
r-g
D1
-1 に等しくなるからである。
D0
※なお、アナリスト試験では、成長率にサステイナブル成長率を使う場合が多い。
43
2017 年目標 証券アナリスト
2次入門講座
例題
A 社は、今期の 1 株当たり予想配当 60 円が期待され、来期以降の配当は年率 10%
で成長が続くと期待される。割引率は常に一定で年率 15%とする。
このとき、配当割引モデル(DDM)による内在価値を求め、さらに、市場価格が内
在価値に等しい場合、1 年後の予想株価を求めなさい。
【解答解説】
現在の内在価値
1,200 円
1 年後の予想株価
1,320 円
割引率が一定で、配当が定率で成長するケースでは株式の内在価値は、
V0 =
D1
r-g
で表されるから、
V0 =
60
=1,200(円)
0.15-0.1
市場価格が内在価値に等しいので、1 年後の株価(P1 )は 1 年後の株式の内在価値
(V1 )に等しく、
P1 =V1 =
D2
r-g
と考えられるが、
D2=D1(1+g)=60×(1+0.1)=66(円)
であるから、
V1 =
66
=1,320(円)
0.15-0.1
あるいは、定率成長モデルの場合、配当成長率は株価成長率と等しいので、
1,200×(1+0.1)=1,320(円)
と計算することもできる。
44
ディスカウント・キャッシュフロー再入門
2.4
多段階成長モデル
配当割引モデルは、将来の配当をどのように予想するかに帰着する。例えば、成長企業
を考えた場合、他企業の参入等も考えられるので、一般的に現在の成長がいつまでも続く
と考えることは難しい。したがって、通常、現在の成長率と将来の成長率は別個に扱った
方がよい。そこで、成長率を一定と考えず、いくつかの段階に分けて異なった成長率を適
用する方法がある。これが多段階成長モデルである。
多段階成長モデルの 1 つに 2 段階成長モデルがある。2 段階成長モデルは、1 株当たり配
当金が、最初の T 年間は毎期 g1 の率で成長し、その後は g2 の率で永久に成長すると予想す
る(ただし、0<g2<r)
。
成長率
g1
g2
期間
T
例題
X 社の前期の 1 株当たり配当金は 10 円で、年 1 回の配当が今後 4 年間は年率 8%で
成長し、その後は 5%になると予想されている。
X 社の市場における適正な割引率は、年率 10%とみなされている。2 段階成長モデ
ルにより、株式の理論価値を計算しなさい。
【解答解説】
株式の理論価値
233.36 円
X 社の予想配当額は、次のように想定されている。
年
1
2
3
4
5
6
…
配当成長率
0.08
0.08
0.08
0.08
0.05
0.05
…
配当額 (円)
10×1.08
10×1.082
10×1.083
10×1.084
10×1.084×1.05
10×1.084×1.052
…
45
2017 年目標 証券アナリスト
2次入門講座
ここで 5 年後以降は、配当の成長率が 5%で一定となるので、定率成長モデルを用
いると、4 年後の予想株価は、次のように求められる。
P4=
D5
10×1.084×1.05
=
=285.70 円
r-g
0.1-0.05
したがって、X 社の理論価値は、1 年後から 4 年後までの配当と 4 年後の株価の現
在価値を合計することによって、233.36 円と計算される。
年
1
2
3
4
キャッシュフロー (円)
D1=10×1.082=10.80
D2=10×1.082=11.66
D3=10×1.083=12.60
D4=10×1.084=13.60
P4=285.70
現在価値 (円)
10.80÷1.12= 9.82
11.66÷1.12= 9.64
12.60÷1.13= 9.47
13.60÷1.14= 9.29
285.70÷1.14=195.14
理論価値 =233.36(円)
8%で成長
0
1
2
5%で成長
3
D0
D1
D2
D3
10
10×(1+0.08)
10×(1+0.08)2
10×(1+0.08)3
4
5
6
D4
D5
D6
…
10×(1+0.08)4 =D4×(1+0.05) =D4×(1+0.05)2
/(1+0.1)
/(1+0.1)2
/(1+0.1)3
V0
/(1+0.1)4
P4
D5
0.1-0.05
/(1+0.1)4
この例では、まず最初の 4 年間については各年度の配当を個別に予測し、それぞれ
の現在価値を求める。次に、個別に予測を行った最後の年(ターミナル・イヤーと呼
ばれる)
、つまり 4 年より先の配当については、定率成長モデルのもとで 4 年目におけ
る価値(ターミナル・バリューと呼ばれる)を推定する。これらの現在価値の合計が
株主にとっての株式の内在価値となる。ターミナル・イヤーを T 年として、2 段階成
長モデルを一般式で表すと、次のようになる。
46
ディスカウント・キャッシュフロー再入門
V0 =
D1
D2
D3
+
…
2 +
1+r
(1+r)
(1+r)3
V0 =
D1
DT
DT
DT
1+g
(1+g)2
+ … +
+
×
+
×
1+r
(1+r)T
(1+r)T
1+r
(1+r)T
(1+r)2
V0 =
D1
DT
DT
+ … +
T +
1+r
(1+r)
(1+r)T
V0 =
D1
DT
DT
1+g
+ … +
×
T +
1+r
(1+r)
(1+r)T
r-g
DT+1
D1
DT
r-g
V0 =
+ … +
+
1+r
(1+r)T
(1+r)T
47
1+g
(1+g)2
+
+ …
1+r
(1+r)2
…
2017 年目標 証券アナリスト
2次入門講座
3.株式価値評価DCFモデル
前節で学習した配当割引モデルにおける分子の配当金をキャッシュ・フローに置き
換えたものが割引キャッシュ・フロー法(discounted cash flow model)である。この
方法は、株式価値を「株主の要求収益率を割引率として、株主に帰属するフリー・キ
ャッシュ・フロー(FCFE:free cash flow to equity)の割引現在価値」として計算す
る方法である。
3.1
株式価値評価DCFモデル
配当割引モデルと違う点は、分子に配当金を用いるのではなく、
「株主に帰属するフリー・
キャッシュ・フロー」を用いることである。株主に帰属するフリー・キャッシュ・フローは、
次のように計算する。
株主に帰属するフリー・キャッシュ・フロー(FCFE)
=当期純利益-運転資本の増加+減価償却費-設備投資+新規借入-借入金返済
株式価値評価 DCF モデルの基本的な計算方法は、配当割引モデルと同じである。したが
って、その基本形、ゼロ成長モデル、定率成長モデル、多段階成長モデルの式を示すと、次
のとおりになる。
(1) 基本形
V0=

FCFE 1
FCFE 2
FCFE t
+
2 +…= 
t
1+r
(1+r)
t=1 (1+r)
=(各期の FCFE の現在価値)の合計
V:株式価値
FCFE:株主に帰属するフリー・キャッシュフロー
r: 割引率(株主の要求収益率)
48
ディスカウント・キャッシュフロー再入門
(2) ゼロ成長モデル(各期ごとの FCFE は、時間を通じて一定)
V0=
FCFE
FCFE
FCFE
+
+
+…
1+r
(1+r)2
(1+r)3
V0=
FCFE
r
=各期の FCFE÷割引率
(3) 定率成長モデル(各期ごとの FCFE は、毎期一定率(g)で成長する)
V0=
FCFE 1
FCFE 1(1+g)
FCFE 1(1+g)2
+
+
+…
2
(1+r)
(1+r)
(1+r)3

V0= 
t=1
FCFE 1(1+g)t–1
(1+r)t
V0=
FCFE 1
今期末の FCFE
=
r-g
割引率-FCFE の成長率
V0=
FCFE 0(1+g)
r-g
(4) 多段階成長モデル(2 段階成長とした場合)
V0=
FCFE 1
FCFE 2
FCFE 3
+
+
…
1+r
(1+r)2
(1+r)3
FCFE 1
FCFE t
V0=
+…+
+
1+r
(1+r)t
FCFE t+1
r-g
(1+r)t
49
2017 年目標 証券アナリスト
2次入門講座
例題
A 社は今期の当期純利益が 200 億円と期待され、来期以降も一定である。常に設備
投資は減価償却費に等しく、運転資本の増加は 0 で、借入金返済と新規借入は等しい
とする。また、現在優先株式は発行しておらず、今後発行する予定もない。株主の要
求収益率(割引率)は常に一定で年率 10%とするときの株式価値を求めなさい。
【解答解説】
株式価値
2,000 億円
株主に帰属するフリー・キャッシュ・フロー(FCFE)
=当期純利益-運転資本の増加+減価償却費-設備投資+新規借入-借入金返済
=200
FCFE が一定のケースでは株式価値は、
V0=
FCFE
r
で表されるから、
V0=
200
=2,000(億円)
0.1
50
ディスカウント・キャッシュフロー再入門
4.残余利益モデル
4.1
残余利益
当期純利益は支払利息控除後の利益であるため、株主に帰属する利益である。残余利益
(RI:Residual Income)とは、株主に帰属する当期純利益から、期首の株主資本簿価に株主
が要求する収益率である株主資本コストを乗じた金額を控除した利益である。これは、株主
資本の簿価と将来の残余利益を用いて株式の内在価値を表すモデルとして開発されたもの
である。なお、このモデルを企業価値算定に拡張したものが2次レベルで学習する EVA モ
デルである。残余利益を式で示すと、次のようになる。
RIt=Et-rtBt–1
残余利益=当期純利益-株主の要求収益率×期首株主資本簿価
RI:残余利益
E: 当期純利益
B: 株主資本簿価
r: 株主の要求収益率(割引率)
51
2017 年目標 証券アナリスト
4.2
2次入門講座
残余利益モデルによる株式価値評価
前頁の式をみる限りでは、残余利益は貸借対照表と損益計算書に依存していることがわか
る。また、この残余利益モデルは、将来の会計数値がクリーン・サープラス関係を充たして
いることが前提となっている。クリーン・サープラス関係とは、一会計期間における株主資
本の変動額が当期純利益から配当を控除した額に等しい関係をいう。
クリーン・サープラス関係
Bt=Bt–1+Et-Dt
B: 株主資本簿価
E: 当期純利益
D: 配当額
したがって、最終的な残余利益モデルの公式は、次のようになる。なお、配当割引モ
デルと同様に、残余利益モデルの割引率は、株主の要求収益率を用いることになる。

V 0 =B 0+ 
t=1

RI t
(1+r)
t
=B 0+ 
t=1
Et-rBt–1
t
(1+r)
株式価値=期首株主資本簿価+将来の各期における残余利益の現在価値合計
RI:残余利益
E: 当期純利益
B: 株主資本簿価
r: 株主の要求収益率(割引率)
52
ディスカウント・キャッシュフロー再入門
上記の式は次のように導かれる。クリーン・サープラス関係を充たす配当額を配当割引
モデルにあてはめると、現在の株式価値 V0 は、
V0=
D1
D2
D3
D4
+
+
+
+…
1+r
(1+r)2
(1+r)3
(1+r)4
V0=
B 0+E 1-B 1
B 1+E 2-B 2
B 2+E 3-B 3
B 3+E 4-B 4
+
+
+
+…
2
3
1+r
(1+r)
(1+r)
(1+r)4
V0=
B 0+E 1-B 1+rB 0-rB 0
B 1+E 2-B 2+rB 1-rB 1
B 2+E 3-B 3+rB 2-rB 2
+
+
1+r
(1+r)2
(1+r)3
B 3+E 4-B 4+rB 3-rB 3
+…
(1+r)4
+
V0=
B1
B2
(1+r)B 0
E 1-rB 0
(1+r)B 1
E 2-rB 1
+
-
+
+
-
1+r
1+r
1+r
(1+r)2
(1+r)2
(1+r)2
+
B3
B4
(1+r)B 2
E 3-rB 2
(1+r)B 3
E 4-rB 3
+
-
+
+
-
+…
(1+r)3
(1+r)3
(1+r)3
(1+r)4
(1+r)4
(1+r)4
配当が今後 N 年間続くときの株式価値は、
V 0 =B 0+
lim
N 
BN
E 1-rB 0
E 2-rB 1
E 3-rB 2
E 4-rB 3
+
+
+
+…-
1+r
(1+r)2
(1+r)3
(1+r)4
(1+r)N
BN
=0 とすると、
(1+r)N
V 0 =B 0+
E 1-rB 0
E 2-rB 1
E 3-rB 2
E 4-rB 3
+
+
+
+…
1+r
(1+r)2
(1+r)3
(1+r)4

V 0 =B 0+ 
t=1
Et-rBt–1
(1+r)t
残余利益モデルの特徴は、現在の株式価値を期首の株主資本簿価と将来の残余利益の現
在価値の総和との合計として表している。この残余利益モデルによれば、株式価値を高め
るためには、株主資本(自己資本)に対して株主が要求する利益を上回る利益を生み出さ
なければならないことになる。
53
2017 年目標 証券アナリスト
2次入門講座
例題
A 社は今期の税引後当期純利益が 200 億円と期待され、来期以降も一定である。ま
た、今期首の株主資本簿価は 800 億円である。株主の要求収益率(割引率)は常に一
定で年率 10%としたとき、残余利益モデルにより株式価値を求めなさい。
【解答解説】
株式価値
2,000 億円
残余利益=当期純利益-期首株主資本簿価×株主の要求収益率(割引率)
=200-800×10%=120(億円)
株式価値=800+
120
=2,000(億円)
0.1
54
ディスカウント・キャッシュフロー再入門
4.3
多段階成長モデル
残余利益モデルについても、配当割引モデルや DCF モデルと同様に、残余利益の予測を
必要としている。ただし、未来永劫の残余利益を予測することは不可能である。そのため、
ある程度の期間まで個別に残余利益を予測し、その以降の残余利益についてはターミナ
ル・バリューを推定することによって代替するのが一般的である。ターミナル・イヤーよ
り先の残余利益については、配当割引モデルや DCF モデルの場合と同じように、定率成長
モデルを使用する。仮に残余利益が最初の T 年まではいろいろ変化するが、T 年を超える
期間について一定の率で成長することを仮定した場合には、次のような式に変形できる。
RI T+1
RI 1
RI T
r-g
V 0 =B0+
+…+
+
1+r
(1+r)T
(1+r)T
上記の最終項の分子
RI T+1
が残余利益のターミナル・バリューである。配当割引モ
r-g
デルのターミナル・バリュー
DT+1
FCFET+1
や DCF モデルのターミナル・バリュー
r-g
r-g
と共通している。しかし、内容は大きく異なっている。なぜなら、配当割引モデルや DCF
モデルのターミナル・バリューの分子は、将来の配当やフリー・キャッシュ・フローそ
のものが含まれているが、残余利益は会社の最終的な利益そのものではなく、株主資本
コストを控除した利益だからである。長い目でみたときに配当≒フリー・キャッシュ・
フロー≒最終利益であることを考えれば、残余利益モデルのターミナル・バリューが配
当割引モデルや DCF モデルと比較した場合には、小さいことが明らかである。
ただし、未来永劫までの配当、フリー・キャッシュ・フロー、そして残余利益がお互
いに矛盾しないように予想することができれば、それぞれ3つのモデルは同じ解答を導
きだすことができる。
55
2017 年目標 証券アナリスト
2次入門講座
例題 1
A 社は今期の当期純利益は 200 億円が期待され、来期以降も一定である。常に当期
純利益の全額を配当として支払われ(成長率=0)、設備投資は減価償却費に等しく、
運転資本の増加は 0 で、借入金返済と新規借入は等しいとする。優先株式は発行して
おらず、今後発行する予定もない。今期首の株主資本簿価は 800 億円である。なお、
株主の要求収益率(割引率)は常に一定で年率 10%とする。
このとき、株式価値を次の3つの方法でそれぞれ求めなさい。
1)配当割引モデル、2)株式価値評価 DCF モデル、3)残余利益モデル
【解答解説】
1) 配当割引モデル
2,000 億円
2) 株式価値評価 DCF モデル 2,000 億円
3) 残余利益モデル
2,000 億円
1)配当が一定のケースで株式価値は、
D
r
V0=
で表される。純利益は全額配当されるため、
200
=2,000(億円)
0.1
V0=
2)株主に帰属するフリー・キャッシュフロー(FCFE)
=当期純利益-運転資本の増加+減価償却費-設備投資+新規借入-借入返済
=200
FCFE が一定のケースでは株式価値は、
V0=
FCFE
r
で表されるから、
V0=
200
=2,000(億円)
0.1
3)残余利益=当期純利益-期首株主資本簿価×株主の要求収益率(割引率)
=200-800×10%=120(億円)
株式価値=800+
120
=2,000(億円)
0.1
56
ディスカウント・キャッシュフロー再入門
例題 2
下表は、A 社の連結貸借対照表と連結損益計算書の要約データである。
(単位:百万円)
連結貸借対照表(要約)
流動資産
固定資産
資産合計
流動負債
固定負債
株主資本
負債・純資産合計
連結損益計算書(要約)
売上高
売上原価
販売費及び一般管理費
(うち減価償却費)
営業利益
税金費用
当期純利益
20X2 年度期首(実績)
2,600
1,600
4,200
1,040
360
2,800
4,200
20X2 年度期末(予想)
2,730
1,680
4,410
1,092
378
20X2 年度
2,940
4,410
(予想)
4,000
3,200
450
(200)
350
140
210
※1
クリーンサープラス会計が成立している。
※2
運転資本=流動資産-流動負債とする。なお、流動資産と流動負債はすべ
て営業活動に係る項目である。
※3
固定負債は、すべて長期借入金である。
※4
20X3 年度以降の B/S、P/L 項目は、サステイナブル成長率 5%で成長する
ものとする。
1) 上記に基づき、20X2 年度の予想配当を求めなさい。
2) 20X2 年度期首の株式価値を求めなさい。なお、株主の要求収益率(株主資本コ
スト)は 7%とする。
57
2017 年目標 証券アナリスト
2次入門講座
【解答解説】
1)
70 百万円
2)
3,500 百万円
1) 前提条件として、クリーンサープラス会計が成立していると与えられているため、
期中の株主資本の変動額が当期純利益から資本取引(配当・増資など)を控除した額
に等しいという次の式の関係が常に成り立つ。
期末株主資本簿価=期首株主資本簿価+当期純利益-当期の資本取引(配当など)
20X2 年度の予想配当は、上記式を変形し以下の通り算出する。
20X2 年度予想配当
= 期首株主資本 2,800+当期純利益 210-期末株主資本 2,940
= 70 百万円
2) 配当割引モデル、残余利益モデル及び DCF モデルのいずれかの評価モデルを使用し
て、株主資本の内在価値を求める。具体的には、以下のとおり算出される。
配当割引モデルによる株主資本の内在価値
20X2 年度の予想配当 70 百万円※1
=3,500 百万円
株主の要求収益率7%-サステイナブル成長率5%※2
=
※1
1)より
※2
与件であるが、計算すると以下のようになる。
サステイナブル成長率
= ROE7.5%(=当期純利益 210÷期首株主資本 2,800)
×(1-配当性向(1/3)※3)
= 5%
※3
配当性向
= 配当 70 百万円÷当期純利益 210 百万円=1/3
残余利益モデルによる株主資本の内在価値
= 期首株主資本 2,800+
20X2 年度の予想残余利益 14 百万円※
株主の要求収益率7%-サステイナブル成長率5%
= 3,500百万円
※
当期純利益 210-期首株主資本 2,800 × 7% = 14 百万円
58
ディスカウント・キャッシュフロー再入門
DCF モデルによる株主資本の内在価値
20X2 年度の予想 FCFE70 百万円※
=3,500 百万円
株主の要求収益率7%-サステイナブル成長率5%
=
※
下記<株主に帰属するフリー・キャッシュフロー>参照
仮に未来永劫までの配当、フリー・キャッシュフロー及び残余利益がお互い矛盾し
ないように予想することができれば、3つのモデルからは同じ解答が導き出される。
以上より、いずれの株式価値評価モデルで評価を行っても、20X2 年度期首の株主資本
の内在価値は 3,500 百万円となる。
<株主に帰属するフリー・キャッシュフロー>
株主に帰属するフリー・キャッシュフローは、営業活動により生み出されたキャ
ッシュフローから、営業活動のためのキャッシュによる投資を差し引いた残額に債
権者と株主間のキャッシュのやりとりを加減したものである。具体的には、以下の
とおり算出される。
20X2 年度の株主に帰属する予想フリー・キャッシュフロー
=当期純利益-運転資本の増加+減価償却費-設備投資+新規借入-借入金返済
=当期純利益 210-運転資本の増加額 78※1+減価償却費 200-設備投資 280※2
+借入純増額 18※3
= 70 百万円
※1 運転資本の増加額 =
期末運転資本 1,638(=流動資産 2,730-流動負債 1,092)
- 期首運転資本 1,560(=流動資産 2,600-流動負債 1,040)
= 78 百万円
※2
設備投資 = 期末固定資産 1,680-(期首固定資産 1,600-減価償却費 200)
= 280 百万円
※3
借入純増額 = 期末長期借入金 378-期首長期借入金 360 = 18 百万円
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2017 年目標 証券アナリスト
2次入門講座
参考:「連結財務諸表に関する会計基準」改正について
平成 25 年 9 月に「連結財務諸表に関する会計基準」が改正され、平成 27 年 4 月より施
行されている。主な改正は下記のとおりである。
旧基準
少数株主持分
少数株主損益調整前当期純利益
少数株主利益
当期純利益
改正基準
財務諸表
非支配株主持分
連結貸借対照表
当期純利益
非支配株主に帰属する当期純利益 連結損益計算書
親会社株主に帰属する当期純利益
基本的には項目の名称変更に過ぎないものの、連結損益計算書(連結包括利益計算書含
む)については、利益表示について混同されやすい箇所があるため注意が必要である。
本「ディスカウント・キャッシュフロー再入門」では、旧基準に沿った当期純利益をベ
ースに説明している。改正基準によれば、旧基準の「当期純利益」を「親会社株主に帰属
する当期純利益」と読替えればよく、計算式そのものが変更される訳ではない。
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