会報7月号を掲載

目次
計画・交通研究会
Opinion… ………………………………………………… 1-2
新時代の国外業務対応に向けた技術者を養成する
Association for Planning and Transportation Studies
会報
特別座談会…………………………………………………… 2-8
2016-7
News Letters… ………………………………………… 8-11 事業報告・活動報告
Projects… ……………………………………………… 11-15
プロジェクト紹介
Column… …………………………………………………… 15
発行日:平成28年7月20日
発行元:(一社)計画・交通研究会
私の読書体験
Backyard…………………………………………………… …16
事務局通信
□ Opinion
新時代の国外業務対応に向けた技術者を養成する
廣谷彰彦
(計画・交通研究会 評議員)
パシフィックコンサルタンツグループ㈱ 顧問
1968年日本大学理工学部土木工学科卒
業務環境の変換
援助業務の意義付けの変化
国外における業務環境が、激しく変化しつつ
援助の対象になる様な業務は、かつては、何
あり、10 年前や 20 年前を思っていると様変
も無い処に需要に応じて新規に造るとか、相当
わりになっている。変化を受け入れ、状況に柔
老朽化していて早急な対応が必要だとか、援助
軟に対応できる技術者が求められている。
さえしていれば、相手はそれなりに本邦支援に
いわゆる新興国と言われる多くの国が、目覚
感謝してくれた。近年においては、発展途上国
ましい勢いで経済発展しており、その勢いに
側の社会基盤が相当程度に整えられてきた結
乗って、国の開発に内外から、公的・私的な多
果、援助対象案件の意義付けに何らかの追加の
くの資金が流入しているため、勢い、当事国の
価値を期待されているように感じている。
国内関係者の経験も豊富になる。本邦援助案件
典型的な例として考えられる案件として、昨
についても、我が国の財政的な取り組みと約束
年に話題になったインドネシアの高速鉄道が挙
事の範囲内で、業務を実施することが、相手国
げられる。本件は、インドネシア政府からの要
の都合で変えられてしまうことも、発生し始
請に基づき、本邦からの支援を中心に、2000
めた。
年代初頭から様々な観点からの検討や現地調査
かつて、開発援助業務に携っていた頃に、日
などが進められ、基本的には、ジャワ島の北側
本側関係者の知識や経験の方が高度であったた
に路線を考える方向で、主体な対象に挙げられ
めに、無意識に相手側関係者に対して、上から
た。その中において、実験線的な性格も合わせ、
目線で行動していた。長い援助関係支援の結果、
2015 年初めに、ジャカルタ〜バンドン間の約
言ってみれば、彼らの目は肥えて来ている。相
140Km を建設するものとして、正式な援助対
手側も、当然の様に経験者の目線になり、そこ
象に取り上げられた。我が国は当然のように、
には、ある種の自信を伺うことが出来る。いま
財政的なスキームや業務の進捗とその責任体制
や、水平目線の関係に変えざるを得ない。彼ら
は日本方式を提案してきた。
なりに我々を評価して、こいつは出来るか出来
その後になって、インドネシア政府側は大き
ないかを見定められているのだと思えば、安穏
く方針を転換させ、これまで本邦政府が提案し
としてはいられない。
ていた円借款を中心とする財政的な支援体制に
対して、① 外国の財政支援に頼らず、② イ
ンドネシア政府の財政負担も伴わない、③ 案
1
件の成否に、インドネシア側は責任を負わない、
られかねないが、非援助国側がある程度までは
④ 沿線開発も案件対象とする、などの条件を
対等な立場で、自分たちの都合を主張している
新たに定めて、提案者を募った。ここに、中国
だけである場合が多い。公的な支援の場で経験
側が勝機を見出し、同年 9 月下旬に案件受注に
を積んで来た本邦担当者たちは、何年もかかっ
至った。
て、やっと事業化して来たのにと、恨み節に思
他の国でも、経年的に本邦が主体になって支
うかもしれない。しかし、様々の私的な現場で
援の取り組みを進めてきた案件であっても、支
は、クライアントの都合によって、多くの既決
援が遅すぎるなどと言い出し、その他の国から
定事項が、一晩でひっくり返されることが、発
の支援も込みにしようなど、これまでであった
生している。
対等な立ち位置で、真摯な気持ちを持ち、本
ら起りえないようなことが発生している。
当に必要な支援は何時、何処で、どの様に、ど
柔軟な知恵出しと、円滑な業務実施能力
のくらいの期間に、いくら位か、など、より相
手に気持ちを摺り合わせることが出来る技術者
ここまでに挙げた例は、相手側から無理難題
が、求められている。
を言われて、我々がオロオロしているようにと
特別座談会
「熊本地震をどう読むか?」
千葉大学大学院
池邊このみ 教授(計画・交通研究会会員)
政策研究大学院大学
家田仁 教授(計画・交通研究会会長)
——聞き手・文責 茶木環(ライター 編集委員)
家田 私が現地に急いで行こうと思ったのは、
4 月 14 日、熊本県熊本地方を震央とする前震
(Mj6.5 最大震度 7)に続いて、16 日未明には本
早めに全体の状況を把握して、復興に向けて迅
震(Mj7.3)が発生し、熊本県益城町と西原村で
速に動いた方がいいようなことがあれば、それ
震度 7 を観測。その後も最大震度 5 弱〜 6 強の余
を掴む、そしてそれを発信するのが目的でした。
震が続いています。現地では大規模な斜面崩落
土木学会の広域交通ネットワーク調査団とし
や土砂災害による施設の被害、文化財や家屋を
て、まず福岡で各種ヒアリングを行った後、現
はじめとする建造物の倒壊、それらに伴う人的
地に入って、主として高速道路、新幹線、港、
被害が発生しました。被災地(熊本県・大分県)
空港などの状況を視察しました。後半は土木学
に調査に入った家田仁政策研究大学院大学教授
会会長特別調査団と合同で、大分側の高速道路
と池邊このみ千葉大学大学院教授に、それぞれ
被災を中心に見ています。
の専門分野から見た被害状況や復旧について
――その時点では全体の状況はどうでしたか。
語っていただきました。
(本文中は敬称略)
家田 やはり、益城町の住宅被害は被害の集中
度が高いですね。それと、阿蘇の極めて大規模
■土木学会・造園学会での現地調査
な斜面崩壊
(写真 1)
のインパクトが大きかった。
しかしながら、報道では局所的な建物が激しい
――家田先生は 4 月 21 日〜 24 日・29 日〜 30 日
倒壊や土砂崩れなどの画像が繰り返し出される
と早い段階で現地に入られましたが、主にどん
ので、どこでもそのような現象が起きているか
な部分を調査されたのでしょうか。
のような印象がありますが、被災状況を大局的
2
に見ることや、それが東日本大震災や中越地震
などの既往震災と比較してどうかということを
早めに把握することが重要です。
今回の地震には特徴がいくつかあります。益
城町では建物が激しく倒壊し、大規模な斜面災
害が起こっている。かなり広い範囲で陸上交通
ネットワークが寸断されたのが第一の特徴で
す。2 番目は、今回の地震は前震・本震と震度
7 規模の大地震が 2 度起こって、その後も震度
5 以上の余震が続いたこともあり、物理的な被
害の大きさに対して避難している人の数が圧倒
的に多い。被災した住宅数(約 4 万棟)に対し
て最大時の避難者数が 19 万人とその比は 4.5
にものぼっています。同様の計算で阪神大震災
や中越地震ではこの値はいずれも 1 を切ること
を考えると、避難せざるを得ない状況にあった
多くの人たちに対して、できるだけ早く適切な
避難場所に誘導し、物資を供給しなければいけ
写真 2 国の重文に指定された楼門だけではなく、本殿など
が崩れ落ちた阿蘇神社
ないというニーズが高かった。3 番目は長く続
いた激しい余震のため復旧作業が非常に困難で
あったことです。4 番目に、港や空港が震源に
益城町、南阿蘇村、高森町などで、文化財と都
非常に近かったにもかかわらずそれまで行われ
市公園、自然公園が中心です。私どもがメイン
た耐震強化などもあり、非常に軽微な被害で済
ターゲットとする 3 つの領域がすべて被災した
み、陸上交通が寸断され機能しなかった期間、
ということで、非常に大きく受け止めています。
海上輸送や航空輸送がそのバックアップ的役割
文化財では、国指定の重要文化財である熊本
を果たしたのが顕著な特徴だったと言えます。
城と阿蘇神社の被害が多く報道されましたが、
――池邊先生は日本造園学会でどのような調査
この 2 つは熊本の住民にとっての象徴でもあ
をされたのでしょうか。
り、復興にも時間がかかるので私どもとしても
池邊 私が学術委員長を務めている本部の学術
どのような支援を行っていくかを考えていきた
委員会と九州支部との合同チームを結成し、熊
いと思っています。都市公園も被害を受けまし
本市さんの協力により 5 月 3 日〜 5 日に行い
たが、今回は避難地として機能したことの方が
ました。造園以外に、建築・土木専攻の方も参
大きかったです。一方、観光面への影響は大き
加しています。調査対象は熊本市内、西原村、
く、復旧に多くの時間がかかる。その期間、立
ち入り禁止になってしまうと、観光県である熊
本や大分は行き詰ってしまいます。地元の人の
生活を守りながらの復興が必要です。
また、自然の景観も大きく損なわれています。
阿蘇五岳を形成する根子岳の天狗岩が数十メー
トルにわたって削られたように崩れ落ちてい
る。地元の人々が、
「天狗の鼻が落ちてしまった」
写真 1 右:阿蘇山カルデラから河
川が流出する喉首部にあたる国道
57 号の大規模斜面崩落
左:国道 325 号の阿蘇大橋のロ
ケーション
とがっかりされて、地元の方に親しまれたアイ
デンティティを失うことは自然現象とはいえ辛
いものです。
3
そのほか住民の日常生活に大きく関与する部
政の中では耐震補強やメンテナンスがなかなか
分では、水源の問題ですね。水前寺公園の池は、
難しいのが現状で、今回もそのような点に要因
一時は水がすごく減って危機に瀕しましたが、
があると見ています。
今は少しずつ戻ってきています。一方、古くか
新幹線でも本体構造物は無事でも、その付帯
らの水源が枯れて某行用水と生活用水を失った
構造物、例えば高架橋に設置された防音壁のコ
集落の継続支援も重要な課題です。
ンクリート板の一部が落下していました。九州
新幹線は整備新幹線の一つですが、建設のコス
■広域交通ネットワークの被害と復旧状況
トダウンと構造物の軽量化をはかり、東北新幹
線のような一体型ではなく H 型鋼を立ち上げ
――各交通モードの被害と復旧の状況をこれま
て、そこにコンクリートの板をはめています。
での震災経験を踏まえてみると、どうでしたか。
総じて構造物は改良や工夫を重ねて効果を上げ
家田 熊本地
てはいますが、その一方で新たな事象が生じ、
震は直下型地
その方策についての検討を必要としています。
震で、同様の
熊本空港は震源地近くに位置していました
阪神淡路大震
が、 重 要 な 構 造 物 は 無 傷 で し た。 管 制 塔 は
災
(1995 年)
、
2007 年に耐震改修済みであり、2013 年に基
中 越 地 震
本施設の耐震性チェックが行われ、その他にも
(2004 年)か
様々な工夫をしていたのが功を奏しました。一
ら 20 年 で、
般のエアラインが入るまでには若干の時間がか
道路や鉄道に
かりましたが、救援・救護用のヘリコプター等
おける構造物
は着陸できました。港湾については、熊本港・
の設計や補
八代港・別府港とも軽微な被害にとどまりまし
修、補強は着
た。被災地に最も近い熊本港は埋立地につくら
実に進化し
れ、熊本港大橋で繋がっていますが、熊本県が
て、その成果
管理するこの橋は耐震補強されていたので、無
が着実に出て
事でした。熊本港自体は岸壁などの耐震補強を
いるというの
まだ完了していませんでしたが、結果的には大
が第一印象で
きな被害はなかったので、短期間で復旧できた。
すね。同等以
港と空港が迅速に復旧できたことで、道路や鉄
上の震度にも
道が復旧されるまでの間のバックアップとな
かかわらず、阪神淡路大震災で見られた壊滅的
り、海上保安庁の巡視船が熊本港に来て入浴
な被害は皆無で、本体構造物の桁が落ちること
サービスを行ったり、
もなく、多くの場合表層のコンクリート部分が
被災した各地への救援
ちょっと剥がれたという状態でした。
物資を運びこんだりし
渡邉このみ 千葉大学大学院教授
けれども、本体が大丈夫になってくると、付
ました。
属物がだめなところが目立ちます。高速道路で
交通モードを個別
は本体構造物は大丈夫でも、横断跨道橋などの
に考えるのではなく、
横断構造物などの倒壊や損傷ゆえに通行に支障
陸上交通と航空・海上
が生じるケースが散見されました。地元の要望
交通が補完し合うとい
に応じて、道路公団が横断構造物を設計してつ
う発想であり、一体で
くった後の管理は地元に移管される。国道や高
とらえて防災計画を立
速道路はエンジニアも多く、点検や補修も頻繁
てるモデルケースに
に行いますが、全国的に地方自治体の苦しい財
なったと思います。
聞き手 茶木環
4
――既往の震災経験が活きているのはどんな部
今回の震災
分でしょうか。
で は 車 中 泊、
家田 大規模な直下型地震が起これば新幹線で
特に公園内で
も脱線しうるということは以前から言われてい
の車中泊がと
ましたが、それが現実となったのは 2004 年の
ても多かった
中越地震で、上越新幹線で運転中の車両が脱線
のが特徴です。
しました。それ以降、直下型地震における対策
またアルピニ
がとられるようになった。鉄道事業者ごとに流
ストの野口健
儀や考え方が違うので、答えとしてのやり方は
さ ん、 ス ノ ー
多少異なりますが、構造物の設計や補強の方法
ピークやモン
の考え方が改められ、その効果が出ています。
ベルなどアウ
九州新幹線についても脱線防止ガードなどの脱
トドア製品の
線対策、逸脱防止対策がなされてきましたが、
メーカーが早
今回の脱線はこれらの対策が功を奏したかどう
い段階でテン
かまではまだよく分かっていませんが、少なく
トを寄付され
ともこれまで行ってきた方策に矛盾するような
ていました。私たちは車中泊の場所がとても混
事態は発生していません。今後、一層の検証と
乱しているのではないかと事前に予想していま
分析が必要です。
したが、実際は整然として非常に驚かせられま
家田仁 政策研究大学院大学教授
した。
それと東日本大震災以降、道路の啓開活動を
いかに迅速に能率的に実施するかを各地方が勉
また熊本県は地下水が豊富で、
「水の国」と
強して、国土交通省・県・警察・自衛隊などが
も呼ばれており、水枯れした場所があった一方
協力しながら、東北地方の「櫛の歯作戦」のよ
で、以前よりも噴出している場所があるんです。
うに独自に名付けて計画を立ててトレーニング
断水した地域の人たちがそういう情報をよく
を重ねてきたことが実を結んでいると思いま
知っていて、水を汲みにきている。水が豊富で
す。設計という技術的なことから啓開というマ
あったことは、今回の震災の特徴で住民の健康
ネジメントまで、日本のプロフェッショナル達
が保たれたことにもつながりました。
仮設トイレも清潔に保たれていたし、ゴミ処
はこれまでの災害から学び、賢くそれを活かし、
新しい事象が起こればまたそれを活かしていく
理も、廃校となった施設などが廃棄場所として
律義さも発揮されているように思いますね。
指定されていました。農家の方が軽トラックを
持ってきて、がれき、リサイクルゴミ、生ゴミ
■既往震災経験が活きた初動の被災者支援
に分別して収集するなど、非常に秩序だった行
動がとられていた。これは今までの震災を踏ま
――造園分野ではどんな部分で既往震災の経験
えた大きな成果だと思いますね。
が活かされていましたか。
――そうした中で課題となったのはどんなこと
池邊 前震が起きた段階で、公園など多くの場
でしょうか。
所で役所や地元の方が公園入口の車止めを除け
池邊 被災された人々の心のケアです。ショッ
て、人や車が入れるようにしたり、貯水関連施
ピングモールや巨大な都市公園の駐車場では車
設を開栓したりと、徹底した初動体制がとられ
中泊の人が集まっていたのですが、自宅が倒壊
ていましたね。阪神大震災以降、都市公園につ
していない家族も大勢いました。本震が 1 時
いては防災上のマンホールなどを含めてかなり
25 分と真夜中に発生したため、子供や高齢者
整備し、仮設トイレなどもつくってきたので、
が夜の時間が恐怖で家の中にはいられない。そ
今までシミュレーションとして行ってきたこと
れが長期化すると、エコノミー症候群や子供た
が今回、実際の役に立ちました。
ちのストレスを引き起こす。そうした対処がな
5
写真 3 都市公園は被災した住民の避難地として活用されて
いた。大きな混乱もなく、秩序が保たれていたことも、既
往地震から学んだ成果と言える
写真 4 阿蘇山カルデラの立体模型。黒川(左)と白川(右)
が流出する喉首部に国道や鉄道が集中して敷設されている。
古典的な幹線道路「豊後街道」は左側から喉首部を迂回し
ている。
(国土交通省所有の立体模型)
かなかうまくとれていないのは問題でした。
に伝わる住宅の形式や景観を残してどう復興し
大きな公園になると、例えば陸上競技場には
ていくか。それにはきめ細やかな対応が求めら
テントがありますが、体育館などの施設内で避
れますので、建築・土木・造園の人間の協働に
難している人のプライバシーをどう守るかも問
よって進めていかなければという思いを非常に
題となりました。坂茂さんのテント方式の仕切
強くしました。
りなどの提案がありましたが、今回は皆さんの
また、5 月 27 日に「新しい都市のマネージ
コミュニティーがしっかりしている場所だった
メントに対応した都市公園のあり方」
(座長 : 進
ので、逆に見えなくなることに対する不安を感
士五十八福井県立大学学長)の最終とりまとめ
じる人もいました。ビール箱を積んだ上に段
を行いました。医療・福祉・保育等の施設と連
ボールで壁を建てて、プライバシーを維持する
携しながら、都市公園の多機能性の発揮を目指
ような生活を続けている人も多くいました。私
すもので、今後は災害時の対応や防災計画にお
たちとしては体育館などのスポーツ施設が避難
いても大きく前進すると思います。
所となった時に、あらかじめパーティション等
■今後の復興にはさらなる自助や共助が必要
を想定するなど被災者のプライバシー保護に対
応できるか、これも新たな都市公園内施設の防
災整備に関する課題だと考えています。
――本地震では文化財被害も甚大なものでした。
――まちの復興という視点ではどんな課題があ
熊本城や阿蘇神社など国指定の重要文化財以外
りますか。
の修復補助がない文化財についてはどうなるの
池邊 今回、一番問題だと感じたのは、全壊し
でしょうか。
た場所は役所が対応しますが、半壊あるいは倒
池邊 阿蘇神社の楼門は文化庁が全面的に修復
壊はしていないもののその恐れがある場所に対
してくれると思うんですが、おそらく時間がか
しては、今までだと避難場所や新たな賃貸住宅
かるでしょう。そして本殿は文化財指定がない
を手当てしていないので、そうした家屋の住民
ので国の修復補助はありません。阿蘇神社の関
への対応をどうするのかということです。
係者もできるだけ早く再建したいと話していま
益城町や西原村は古くからの集落で明治期か
したが、文化財の法律で、国指定の文化財から
らの建物が多く残っていますが、全部が倒壊し
一定の範囲内にあるものは国指定のものに準ず
たわけではなく、まだら模様に倒壊しています。
るように建てなければいけないということで、
コミュニティーがしっかりした地区では、瓦が
本殿もこれに充当します。氏子の資金だけでは
落ちたなど被害が比較的小さい建物に集落の人
やっていけないので、多額の支援が必要となり
が集まり、修繕する活動をしていました。古い
ます。
建物や街並みなどは、地域住民のアイデンティ
その辺りは学会からも呼びかけるなど、でき
ティーとなっています。集落の誇りやその地域
ることがあるのではないかと思っています。文
6
化庁、国交省、環境省にはそれぞれがで
きるところをやっていただき、それ以外
のところで学会としても支援しなければ
ならない。市民や企業、CSR のような形
で、呼びかけていく必要性があります。
例えば韓国企業のサムソンは平山郁夫さ
んのシルクロード活動などに巨大な資金
を投入しました。しかし、日本では文化
財にそこまでする企業もないし、国民性
としてそうした感覚も今は持っていない
ので、私自身、今回は大きな好機だと思っ
ています。阿蘇神社などの文化財に対し
て、そうした仕組みをつくるのが私たち
の責任でもあります。
家田 文化財に限らず、今後の震災復興に
は「自助」や「共助」が「公助」以上に重
要なポイントとなると思います。東日本大
震災がここまでで国費を 33 兆円使ってい
ますから、首都直下型地震や南海トラフ地
震で同様の支援を実施したら、国家そのも
のが破綻してしまいますからね。
■改良復旧と、観光を含む広域防災性の
強化
――今後の検討課題や方向性については
いかがでしょうか。
家田 写真 4 にみられる通り阿蘇山カルデラか
い場所に阿蘇大橋がかけられた。しかし実際に
ら白川・黒川が流れ出るまさに喉首の場所に国
は 325 号にアクセスするには、阿蘇大橋を渡
道 57 号と 325 号、豊肥本線とが集中してつく
らなくても、迂回して行けるし、少し損傷はし
られていて、今回そこで膨大な斜面崩壊が起
ましたが、南側の俵山トンネルのルートもある。
こった。歴史的に振り返ると、加藤清正が熊本
防災上こんなにリスクの高い場所に橋を作った
入りしてから、熊本から大分に出る豊後街道が
のは、広い意味での安全性と防災性と経済性を
江戸に向かうメインの街道となります。この豊
考えたら、合理的とは思えません。現代的では
後街道は、危険性の高い喉首の部分を北に迂回
ない。
し、より安全な交通路としてつくられました。
そこで私たちは、阿蘇大橋の復旧は原位置に
ところが明治期になって鉄道の線路を敷く時
原形復旧するのではなく、例えば豊後街道の
に、山の急勾配を登らずに通れる道ということ
ルートにトンネルをつくって、より安全に安定
でここを通ることになった。鉄道をつくると駅
したルートをつくる改良復旧が適切なのではな
もでき、この喉首の近所にも棚田などがつくら
いかと提言しました。
れ、小さな集落ができていった。そして、国道
東日本大震災後、広域的なエリアの中で災害
57 号も鉄道の側につくればいいということに
時にどの道路がボトルネックになるか、改良す
なります。さらに国道 325 号は、最も谷が狭
るならどこをやれば能率がいいかを計算する手
7
るのではなくて、観光振興も含めた発想にする。
法が必要だということになりました。私どもと
例えばクルーズ船も入港するので、大分側と熊
国土交通省で協力して数年かけて新しい評価手
本側を回遊させるとか、空港をゲートウェイと
法を開発し、昨年 12 月にほぼ完成して、津波
して活用するとか。湯布院も観光客が多くてパ
や地震、豪雨、火山噴火のケースを試算しまし
ンク状態になっているので、道路 1 本で繋がっ
た。図 1 の点線で囲ったエリアはどの災害でも
ている地域へ誘客するとか、そういうようなこ
一番ネックになるという場所です。その時は今
とも全部含めて復旧・復興プロジェクトとして
回の地震を予想もしていませんでしたが、まさ
考え、
長崎から熊本を経て大分に至る回廊を「九
にその通りとなった。
州横断観光・防災回廊(仮称)
」と位置付け諸
今回の地震で被害を受けた中で一番辛い場所
施策を重点的に打ち出していくことは検討の意
は、図 2 のように当然ながらここです。この熊
義が極めて高いと思います。
本から大分に至る回廊の強化は、九州全域に
池邊 それは望ましいことですね。九州は今ま
とって最も重要な道路改良プロジェクトとなる
で博多の一人勝ちみたいなところがあって、熊
と考えています。
本と大分が有数の観光地を持ちながら、この経
――冒頭で池邊先生が熊本と大分は観光県と話
路を活用して熊本と大分の両方に足を運ぶとい
されましたが、この点においてはいかがですか。
う発想はほとんどありませんでした。熊本と大
家田 その熊本〜大分の区間を西に伸ばして眺
分が一つの観光エリアとして新たな発展をして
めてみると、九州で特に観光客を集めているの
いくことは地元の方々が強く望んでいることで
は、長崎、雲仙普賢岳、天草、熊本、阿蘇、九重、
すし、そうした意味では今回の震災経験をプラ
湯布院、別府ですよね。
スにとらえていきたいと思います。
池邊 観光面においてはドル箱エリアです。
――本日はどうもありがとうございました。
家田 そこで、防災だけを考えて道路を強化す
(座談会は 6 月 8 日に実施)
事業報告・活動報告
□ ­­News Letters
■第 7 回通常総会のご報告
さる 4 月 25 日(月)18:00 より、霞が関ビル 35 階東海大学校友会館三保の間において第 7 回
通常総会が開催されました。
今回は、例年通りの議案である(1)平成 27 年度事業報告、収支決算について、(2)平成 28 年
度事業計画、収支予算案について審議され、いずれも原案通り可決されました。
新年度の事業計画にあたっての基本的な考え方として、交通・都市・国土というものを識り、それ
を良いものにしていくという運営趣旨に基づき、企業会員および個人会員から関心を得られる事業を
重点化した昨年度の方向性をさらに増進させていくこととしました。例えば、会員間の意見交換を活
発にできる講演会および懇親会を開催し、この講演会が春・秋の見学会と連動するようなテーマ性を
持たせていくことや、新たに産学共働勉強会を設置し、若手の会員間の意見交換の活性化を図る、な
どです。このような会員サービスを充実することで、法人会員や女性会員、若手研究者会員の拡張も
引き続き進めることが表明されました。
■平成 28 年度第 1 回イブニングセミナー
去る 4 月 25 日、霞が関ビル東海大学校友会
日本企業の海外展開と求められる「内なる開国」
館において、本年度第 1 回イブニングセミナー
〜シンガポールでの ITS 事業を題材に〜
として三菱重工業(株)ITC ソリューション本
8
部制御技術部主席プロジェクト統括の伊東秀幸
ば、発注者であるシンガポールの LTA(陸上交
様および東日本営業所部長代理の小西雅義様を
通庁)から発せられた「貴方達とは運命共同体
お招きし、標記タイトルのテーマでご講演頂き
だ。時間がかかっても完全なものにして欲し
ました。
い。」との言葉に凝縮される、不断の取組を通
まず、冒頭で家田会長より今回のセミナーの
じて構築された相互の信頼関係にあると思い
趣旨について説明があり、その中で都市部の
ます。
TDM のはしりであるシンガポールにおける
三菱重工における ITS 事業は、4 つのドメイ
ロードプライシングシステムが実は日本の技術
ンの中の「機械・整備システムドメイン」が所
であり、それを三菱重工が現地企業とともに受
管し、ITS 事業の設計部門は、4 つのドメイン
注、整備し、約 15 年以上に亘り運用している
を横断する「ICT ソリューション本部」に属し
ことをつい最近知り、是非これを題材にして日
ています。ITS 事業の起源は、1963 年の名神
本のインフラ技術のグローバル展開について考
高速におけるパンチカードシステムであり、国
えてみたいと思ったという旨のお話がありま
内事業では、1989 年に料金所の無人化システ
した。
ム、そして 2001 年からは ETC の運用などへ
ご講演は、初めに伊東様から三菱重工におけ
と対応をしてまいりました。
る ITS 事業の概要、次に小西様よりシンガポー
また、海外では 1978 年のインドネシアを皮
ルにおける ERP システム事業を実際に受注、
切りに、現在はインド、スリランカ、マレーシア、
整備、運用されるまでの経緯、そして最後にま
ベトナム、UAE、スペインと広域に渡った事業
た伊東様より、今後のシンガポールにおける新
を展開しています。
たな取り組みについてお話し頂きました。以下、
現在、三菱重工グループの ITS 事業の目標と
講演の概要を記します。
しては「モータリゼーションと都市化の進展に
よる諸課題への対応(渋滞緩和、安全性向上、
○三菱重工における ITS 事業の概要
モビリティの多様化)」「グローバル市場に適合
(三菱重工業(株) 伊東秀幸様)
した技術力とエンジニアリング力で道路交通に
おける地球規模の諸問題の解決」を 2 本柱とし
て、「世界一の道路交通トータルソリューショ
ン・プロバイダ」となることを目指しています。
○シンガポールにおける ERP 事業の道のり
(三菱重工業(株)
小西雅義様)
本日のメインテーマであるシンガポールにお
ける弊社の ERP(Electric Road Pricing)
システム事業への挑戦ですが、1991 〜 92 年
の参入決断、1993 〜 95 年のシステムトライ、
1996 〜 97 年の大規模運用前試験と約 7 年間
に亘るプロセスを経て、1998 年に運用を開始
することができました。この間、後程詳しくご
次に、このプロジェクトについて実際に計画
説明しますが、数々の困難な状況がありました
や現地での協議、調整を担当いたしました私、
が、この事業成否のポイントを一言で言うなら
小西よりこの事業の経緯等につきましてご説明
9
いたします。
こと」の確認がなされ、契約キャンセルを回避
まず、参入のきっかけは 1991 年に開催され
することができました。その後はトップ間の絆
た「City Trans Exhibition」において LTA
が開発を加速し、延べ 480 万台の実車走行試
の前身である PWD のシステムトライアル入札
募集の情報を入手したことでした。
ところが、当局が要求する ERP システムの
仕 様 を 見 て み る と、「 最 大 6 車 線 の 道 路 を
120km/h 以下で自由に走行する全ての車両に
対して、99.999%以上の課金成功率(通信成
功率)を保障すること、最大 180km/h で走行
する全ての車両を検知し、不正車両を 95%以
図- 1 大規模運用前試験(提供:三菱重工)
上の精度で特定し、ナンバープレートの読取り
も 95%以上の精度を保証すること」という大
変困難なものでした。
この要求レベルの高さに対し、社内では、将
来訪れるであろう ETC システムのためにもト
ライすべきという意見が出る一方で、慎重に対
処すべきとの意見も出ました。このような状況
のなかで、最終的には当時の事業本部長(後の
社長)の英断で、システムトライアル入札参加
に挑戦することが決まりました。
そして、1992 年の入札では、ローカル企業
とのコンソーシアムで臨み、5 社中 3 位で通過
し、上位 3 社によるシステムトライアルに進む
こととなりました。
図- 2 シンガポール市内のガントリー
(提供:三菱重工)
1994 〜 95 年にかけて、システムトライア
ルが実施されることとなりましたが、1995 年
1 月、阪神・淡路大震災に見舞われました。幸
験中エラー 4 件という高いレベルを達成するこ
いにもこのシステムトライアル向けに新たに整
とができました。
備したテストコースの被害は少なかったことか
そして、1998 年、ERP オペレーションの本
ら、当局が提示していたオリジナルの日程を守
格運用が始まり、4 月にガントリー 2 ヵ所の設
り な が ら 試 験 を 重 ね て い き、1995 年 10 月、
置、9 月には 31 ヵ所が稼働するまでとなりま
システム評価で総合 1 位を獲得し、受注が確定
した。その時点の車載器取り付け数は約 80 万
しました。
台に上ります。
1996 年からは大規模運用前試験の段階に入
運用開始以降は 1999 年にガントリー上に時
りますが、いくら実験をしても要求仕様が満た
刻の表示開始、2001 年に Bluetooth の対応開
せないという壁にぶち当たります。1996 年の
始、2002 年に段階的課金の導入、2005 年に
暮れには、当局から「しかるべき者と今後の対
夜間課金の開始、2008 年にガントリー上に料
応を協議したい」という要請があり最大のピン
金の表示追加、2009 年には 2GIU 運用開始と
チを迎えます。あわや契約キャンセルというこ
順次バージョンアップを進めてきました。
とも覚悟していたところ、翌 1997 年 1 月に行
現在、混雑緩和のために、交通流に応じて課
われたトップ会談の場で「半年遅れでの大規模
金額を変更する、ダイナミックな道路課金シス
運用前試験の再開と運命共同体として取り組む
テムが運用されています。
10
○シンガポールにおける新たな取り組み
以上で講演を終わります。ご清聴有難うござ
(三菱重工業(株) 伊東秀幸様)
いました。
今後の新たな取り組みとして、GNSS による
測位システムを活用した、自律方式課金システ
今回、シンガポールへの ERP システムの受
ムの検討を進めています。これまではガント
注獲得、整備、運用に係るお話しを実際にご担
リー通過時に情報を読み取って課金していたも
当された方々からお聞きすることができ、その
のを、GNSS で位置を捉えて課金しようという
ご苦労の一端を知るとともに、このような大き
ものです。衛星による測位については、トンネ
なプロジェクトを成し遂げるためには不断の努
ル内、高層ビルの谷間、高架橋の下などでの位
力の積み重ねや人と人の繋がりを造り信頼や気
置精度の課題があります。2020 年からの運用
運を高めることが、いかに重要であるというこ
開始に向け、いかなる環境下でも正確に測位で
とが良く解かりました。
きるよう検討を進めています。
小西様は 1998 年の運用開始のご説明の中
最後に、海外展開に不可欠な要素をまとめさ
で、当時の運用開始日の社内報告のくだりを読
せていただきますと、シンガポールにおける
まれて、今でも当時の苦労と達成感を思い出し
ERP 事業の取組みの視点からは、次の 4 つの
涙ぐんでおられました。
項目が考えられるのではないかと思います。
私も講演を聞き終えて、陰での努力やご苦労
○未 知のチャレンジに対するトップの理解&
が報われて、日本の技術がこのようなかたちで、
牽引
世界で活かされていることの誇らしさと喜びを
○トップ同士の胸襟を開いた交流
しみじみと感じた次第です。
○責任転嫁の排除
文責:白根哲也(三菱地所)
○逆境こそチャンス
プロジェクト紹介
□ Projects
北海道新幹線 その 1
2016 年 3 月 26 日に新青森〜新函館北斗間
基本的には整備計画に則り、線形を気にしつ
で北海道新幹線が開通しました。その計画から
つもある程度主要な駅につけていくことを考え
建設工事全般に汗を掻いてこられた鉄道運輸機
ました。新幹線駅設置の考え方として 30-40km
構と JR 北海道のご担当者に、建設の経緯から
ごとに 1 駅という目安があるので、これも考慮
線形計画、雪国特有の設備計画などについて、
しています。この値は保守基地の設置間隔とも
そのご苦労と様々な工夫についてお話を伺いま
なっており、保守基地は駅付近に設置するのが
す。第一弾は鉄道運輸機構による解説です。お
一般的なためです。
忙しい中インタビューに応じてくださった新幹
――今回の開業区間の各駅の設置理由につい
線第一課課長の依田淳一様を始め、新幹線第一
てご説明ください。
課、第三課の皆さま、どうもありがとうござい
●新青森駅――東北新幹線の終点ですから、東
ました。
北新幹線の構想段階に遡ります。在来線の青森
駅に併設するとスイッチバックとなることか
1:北海道新幹線の全体計画(新青森〜札幌間)
ら、北海道方面の延伸を前提として現在の位置
と建設の経緯
に新駅を建設しました。
――各駅の位置はどのように選定されましたか。
● 奥津軽いまべつ駅 ――平成 10 年のルート公
11
はリレー列車も設定することになりました。た
だし、新函館北斗駅へのアプローチのため、半
径 3,000m のカーブが必要になっています。
―― 駅の配置に際しては保守基地の配置も
考慮しているとのことですが、車両基地の配
置についてはどうでしょうか。
当初は仙台にある JR 東日本の新幹線総合車
両センターを使う案もあったのですが、同セン
ターの容量にもそれほどの余裕は無いこと、そ
れぞれが自社で検修等を行えるのが良いことか
ら、JR 北海道の基地を函館付近に建設するこ
とになりました。札幌延伸時に備え、留置線を
北海道新幹線の新規開業区間(提供:鉄道運輸機構)
8 線増設できる敷地が確保されています。日常
表の前から、当時の青森県知事から新幹線を津
の検査から自動車の車検にあたる全般検査ま
軽半島の地域振興に役立てたいと要望がありま
で、JR 北海道の新幹線車両全ての検査ができ
した。また、在来線の時代から貨物の待避線や
る設備です。当初は五稜郭にある在来線の全般
青函トンネルの防災拠点があり、新幹線開通後
検査施設を使うことも考えましたが、平成 24
もそれらの施設が必要とされたため、この位置
年に札幌延伸が決定し、現在の函館新幹線総合
での駅建設を決定しました。この駅の前後は三
車両所に全般検査施設を整備するのが合理的と
線式軌道区間ですが、貨物の待避目的と、防災
判断されたことから、実施計画を変更して全般
上の理由から、駅部分では新幹線の標準軌と貨
検査設備も建設することになりました。
物の狭軌が分かれています。三線式軌道区間に
新幹線の駅が設置されるのは初めてです。
2:新青森・新函館北斗間の線形計画
●木古内駅――共用区間から在来線が分岐した
――平面線形の基準と、例外のポイントにつ
北海道方の最初の駅であり、奥津軽いまべつ駅
いてもお聞かせください。
と同様青函トンネルの防災拠点となるという理
整備新幹線の最高設計速度である 260km/h
由と、旧江差線である道南いさりび鉄道との接
走行に対応するためには、曲線半径は最小で
続という点で、設置が望ましいとされました。
4,000m が基本となりますが、新青森駅付近の
●新函館北斗駅――函館地区の駅で、今回の開
終点方には半径 2,500m、新函館北斗駅手前に
業区間の終点です。当初は函館・上磯・七飯・
は半径 3,000m のカーブがそれぞれ存在しま
渡島大野の 4 つの案がありました。函館案は、
す。前者は学校や住宅密集地区の影響を極力避
市街地に近いというメリットも、札幌延伸に際
けるため、後者は駅設置場所へのアプローチの
してスイッチバックが発生するというデメリッ
ためです。どちらも駅の近くであり、そもそも
トも、青森・新青森の場合と同様です。結局、
減速していることから、大きな問題は無いと考
函館案の場合は札幌延伸時の時間的ロスがネッ
えています。
クとなりました。上磯案は、周辺の市街化が進
――縦断線形については如何でしょうか。
んでおり用地買収等で困難が見込まれること
新幹線は 15‰以下が標準となっています。
と、函館までの距離が中途半端であることを理
青函トンネルも当初から新幹線規格で建設され
由に見送られました。七飯案では、札幌延伸の
たため、最急勾配は 12‰です。今回の開業区
際に集水地形の大沼地区にルートが入ってしま
間での例外は新青森と奥津軽いまべつの間にあ
い、トンネル建設が難工事となることが予想さ
る津軽蓬田トンネルで、最急勾配は 20.8‰で
れました。以上によって在来線併設の渡島大野
す。元々はもう少し標高の高い所に短いトンネ
(現新函館北斗)案に決定し、函館駅との間に
ルを多数通す予定だったのですが、地質が悪く
12
新青森〜新函館北斗間の線路縦断図(提供:鉄道運輸機構)
上越新幹線のようなスプリンクラーによる散水
消雪は不可能です。今回は分岐器不転換対策と
して、線路下にピットを設置し、そこに雪を落
とす方法を採用しました。ピットの下には融雪
マットを敷いており、雪を融かす構造です。ま
た、高架橋等の一般部では、なるべく除雪をし
なくて済むよう、10 年確率を想定した積雪量
でひと冬分は貯雪ができるようになっていま
す。ピットは、在来線でも用いられている分岐
津軽蓬田トンネルで用いられた SENS 工法
(提供:鉄道運輸機構)
困難な工事が予想されたことから、このような縦
断線形になりました。ここでは SENS 工法(編註)
と呼ばれる手法を採用しており、山岳トンネル
は排水のために中央部が高くなるように掘るの
が普通なのですが、このトンネルは中央部が低
くなるような形で掘っています。他には、札幌
延伸区間ですが、新函館北斗を出て最初のトン
ネルである村山トンネルには、駅直後の道路と
の交差を考慮し、30‰の勾配としています。
(編註)SENS 工法とは、地山の掘削を得意とするシー
ルド工法、セグメントを使用しない ECL 工法、
変位収束後に二次覆工を行う NATM を組み合わ
せたシステムのこと。
3: 新青森〜新函館北斗間の設備計画
――北海道新幹線は厳冬・豪雪地帯を走りますが、
雪害対策にはどのような工夫がありますか。
雪害を受けやすいのは分岐器であり、雪や氷
の塊が挟まって不転換を起こすと運転に支障が
出るので、それを防ぐ必要があります。前提と
分岐器府転換対策としてのシェルター(上)およびピット(下)
(提供:鉄道運輸機構)
して、散水してもその水が凍ってしまうので、
13
320km/h 運転も行われていますし、360km/
h を目指した試験もありましたが。
青函トンネル内も含めて、施設面では 260km/
h で走るのに問題はありません。ただ、整備新
幹線は 260km/h までの走行しか想定していな
いので、北海道新幹線をそれ以上に高速化する
には、更なる環境対策等が必要になります。実
際には交通政策審議会からの答申が出た段階で
設定された最高速度に沿った施設の検討に入る
限界支障報知装置(提供:鉄道運輸機構)
ことになりますが、線形に関しては工事実施計
画認可後の変更が困難なことから将来の高速化
器部分を覆うシェルターと比較すると、コスト
を想定して、線形としては東北新幹線も含めて
面でも優れています。シェルターは強度の検討
360km/h 対応可能な設計しています。
が必要であるのは勿論のこと、軌道周辺の地盤
の関係から重量も制約されるため、コンクリー
5: 札幌延伸に向けて
ト製ではなく鋼製にする必要があり、費用がか
――札幌延伸のスケジュールの見通しはどの
かります。札幌延伸区間でも、気象条件や現場
ようなものですか。
の状況に応じて、雪害対策を検討していきます。
平成 24 年に建設が決定し、工事に着手しま
――今回の開業区間は青函トンネルを中心と
した。平成 47 年度末の完成予定で認可されま
する新在共用の三線式軌道区間を含みますが、
したが、5 年前倒しできるよう工期の見直しを
それに特有の設備についてお聞かせください。
検討しています。ただ、新函館北斗から先の札
今回の開業において新たに技術開発を行った
幌延伸区間約 211km のうち 76% はトンネル
のは三線式の分岐器です。分岐器の雪対策は、
です。延長 10km を超える長大トンネルが多数
在来線が営業している中で線路下に穴を掘る工
存在しており、トンネルは明かり区間と違って
事には困難が予想されたため、ピットは用いず
同時着工ができないため、工期短縮は比較的難
にシェルターで覆っています。
しく建設時に地質面でのリスクがあります。な
共用走行区間には、限界支障報知装置を設け
お、長万部と倶知安の間にある羊蹄トンネルで
ました。上下線の間に光ケーブルを這わせ、万
は水の多い地形で難工事が予想されています。
が一コンテナ等の荷物が落ちて反対側の線路を
もう一点、小樽と札幌の間では鉱山の跡地付近
支障すると、ケーブルが切れて停止信号が出る
を通るので、トンネルを掘ると自然由来の重金
ため、列車に非常ブレーキがかかる仕組みです。
属類を含む土が大量に出る可能性があります。
その受け入れ先が決まらないと、工期が長引く
4: 高速化と今後の運行計画
可能性があります。
――共用区間での高速化計画についての現状
――札幌市内及び札幌駅の建設について、現
をお教えください。
状や課題をお聞かせください。
平成 30 年春には 1 日 1 本は共用区間でも
駅部は現在在来線が利用している 1・2 番線
260km/h で運転できるようにと検討中です。
及びホームを新幹線規格に改良する計画です
貨物列車と並存した状態での高速走行上の問題
が、在来線の運行への影響が大きく実現不可能
が議論されており、国からは新幹線専用時間帯
との JR 北海道の主張を契機に、札幌市と北海
を設けてその中で 1 本という当面の方針が示さ
道庁と JR 北海道と当機構の四者で協議が行わ
れています。
れているところです。機構としては建設主体と
――では、施設面での高速化対応については
して、利用客の利便性を考慮して計画通りに実
如何でしょうか。東北新幹線の盛岡以南では
現できればと考えています。なお、札幌市内は
14
現在の計画では主に高架ですが、用地買収等に
困難を伴うので、道路の地下等を有効に活用す
ることも検討中です。
――どうもありがとうございました。
次号では、
JR 北海道の方々のお話を伺います。
文責:編集委員 鳩山紀一郎(東京大学)
取材:編集委員 茶木環(ライター)
取材補助:福冨義章、大倉尭(東京大学・修
士課程)
私の読書体験
□ Column
子供時代は読書と無縁で、デュマの「三銃士」
くらいしか記憶がない。しかし、週刊朝日連載
の吉川英治の「新平家物語」にはまって最終回
まで読み通し日本史が好きになった。受験時代、
源氏物語が試験に出たけれど、古文がどうも苦
手だったので、窮余の一策として、
“与謝野源氏”
を読み通し、何となく概要を掴んで切り抜けた。
義父が学者だった家内の嫁入り道具の大半が
「本」。それも推理小説ばかりであきれたが、お
蔭でチャンドラー、ディクスンカー、クリスティ、
ルブラン、コナンドイル、セイヤーズ等々片端
から読んで、読書を楽しむ転機となった。その他はノンフィクションばかりで、柳田邦男の「マッハ
の恐怖」、ポール・ケネディの「大国の興亡」、ジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」、「文明
崩壊」、ラマチャンドランの「脳の中の幽霊」、などもほとんど自分で買わないで済んでいる。塩野七
生の「ローマ人の物語」も家内の本棚から。
さて、仕事がらみでは長年東京駅改良に関わって、最後は赤レンガ復原にも参加できたが、講演の
機会も増えた。建築的な復原の話だけでは面白くないので、明治初期から今日まで 140 年の鉄道変
遷を組み込んだら、俄然、明治のお雇い外国人、幕末の外交などへと興味が広がってしまった。島秀
雄の「東京駅誕生:お雇い外国人パルツアー」。そして偶々仲間の元記者が朝日新聞夕刊に長期連載
された萩原延壽の「遠い崖:アーネストサトー日記抄」14 巻を貸してくれたので、半年がかりで通
読したが、国際感覚で幕末を眺めるという貴重な体験となった。ついでにイザベラバードの「日本奥
地紀行」も驚嘆しつつ読んだ。
最後に、わけのわからないネットワーク科学、マーク・ブキャナンの「複雑な世界・単純な法則」
などはボケ防止に良いかも。そして健康な生活をめざし、安田登の「能に学ぶ身体技法」で締めくく
りたい。
(一社)未来のまち・交通・鉄道を構想するプラットフォーム会長、
(NPO 法人)シビル NPO 連携プラットフォーム代表理事 山本卓朗
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事務局通信
□ Backyard
■平成 28 年度第三回イブニングセミナーのお知らせ
9 月 28 日(水)に下記内容で平成 28 年度 第 3 回 イブニングセミナーを開催します。
テ ー マ障碍者の自立と社会参加を支える介助犬・補助犬〜人にも動物にも優しく楽し
い社会を目指して〜
趣 旨盲導犬・介助犬・聴導犬の三種を合わせた身体障害者補助犬は障碍者の自立と
社会参加を目的として訓練されているが、未だ認知が低く同伴拒否が多いのが
実情である。使用者のみならず社会をも優しくする補助犬の存在と可能性に理
解を頂きたい。
話題提供者
社会福祉法人 日本介助犬協会 事務局長・医学博士 高柳友子
日 時
9 月 28 日(水)17:30 - 19:00
場 所
芝浦工業大学 豊洲校舎 教室棟 302 教室
懇 親 会
青蓮豊洲 IHI 店
(東京都江東区豊洲 3-1-1 豊洲 IHI ビル 1 階 03-5546-9322)
参 加 費
セミナー 無料
懇 親 会
3,000 円を予定(領収書を発行します)
■平成 28 年度 秋の見学会のお知らせ
日 時
10 月 6 日(木)〜 7 日(金) 2 日間
場 所
JR 名古屋駅集合(6 日 10 時頃)、名鉄豊田市駅または JR 名古屋駅解散予定
主な見学先名古屋駅周辺スーパーターミナル構想、ニューブリッジ、新名神高速道路建設
現場、介助犬総合訓練センター〜シンシアの丘〜など
宿 泊
湯の山温泉
参加募集のご案内は 8 月下旬にメールにて会員の皆様に差し上げますが、前もってご予定に入れて
おいていただければ幸いです。
一般社団法人 計画・交通研究会
〒 100-6005 東京都千代田区霞が関 3-2-5 霞が関ビル 5F-28
TEL: 03-4334-8157 FAX: 03-4334-8158
E-Mail: [email protected] Homepage: http://www.keikaku-kotsu.org/
理事会
代表理事・会長
理事・副会長
理事・副会長
理事・幹事長
理事・事務局長
家田 仁
屋井 鉄雄
清水 英範
岩倉 成志
髙橋 祐治
企画委員会
委 員
雨宮 克也 ・ 太田 雅文
杉原 克郎 ・ 髙瀬 健三
水野 高信
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経営委員会
委 員
大嶋 匡博 ・ 城石 典明
会報編集委員会
編集委員長
編集委員長代理
幹事長
委 員
日比野 直彦
羽藤 英二
王尾 英明
上西 泰輔 ・ 下大薗 浩
白根 哲也 ・ 茶木 環
鳩山 紀一郎 ・ 平田 輝満
松本 剛史 ・ 山本 忠
渡邊 武彦