東日本大震災からの海岸の復旧・復興の着実な進展

特集 災害に強い安全な国土づくり(復興編)
東日本大震災からの海岸の復旧・復興の着実な進展
しば
た
柴 田 りょう
*
亮
東日本大震災の被災地は、近い将来に襲来するかもしれない津波や高潮・高波に対して極めて脆弱な状
況となっており、これまで、海岸管理者の丁寧な対応により、ほとんどの海岸で地元の合意が得られ、復
旧・復興は着実に進展している。本稿では、東日本大震災を踏まえて新たに示された津波防災対策の基本
的な考え方、地域の状況に応じた海岸堤防の高さの設定、復旧・復興の進捗状況等について紹介する。
1.東日本大震災を踏まえた津波防災対策の
基本的な考え方
き続き、海岸堤防の整備を進めていくこととされた。
こうした津波防災対策の基本的な考え方は、中央
東日本大震災では、これまでの想定をはるかに超
防災会議(会長:内閣総理大臣)の「東北地方太平
えた巨大な地震・津波により甚大な被害を受けたこ
洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門
とから、
最大クラスの津波(L2)に対しては、
「なん
調査会」の報告を踏まえ見直された防災基本計画等
としても人命を守る」との考え方で、ハード整備と
に示されている。
ソフト対策を組み合わせた多重防御により被害を最
小化させるとした減災の考え方が新たに示された。
2.海岸堤防の高さについての基本的な考え方
比較的発生頻度の高い津波(L1)に対しては、
海岸堤防については、中央防災会議で見直された
人命、資産等を守り、国土を保全する観点から、引
防災基本計画で示された基本的な考え方に基づき、
○ 被災地は、近い将来に襲来するかもしれない津波や高潮・高波に対して極めて脆弱な状況となっ
ており、被災した海岸堤防の復旧等を速やかに行うことが必要。
○ 三陸沿岸においては、明治三陸津波(1896年)や昭和三陸津波(1933年)
、チリ地震津波(1960
年)など、30年から40年に一度程度の間隔で津波が発生。
○ 海岸堤防については、東日本大震災のような最大クラスの津波(L2津波)
ではなく、このような比
較的発生頻度の高い津波(L1津波)を対象として設計。
<最大クラスの津波
(L2)
>
2011年 東北地方太平洋沖地震の津波高さ
・住民避難を柱とした総合的防災対策
を構築するうえで設定する津波
<比較的頻度の高い津波(L1)
>
・海岸堤防の建設を行ううえで想定する津波
(数十年~百数十年の頻度で発生している
津波)
復旧する海岸堤防
1896年 明治三陸地震の津波高さ
被災前の海岸堤防
1933年 昭和三陸地震の津波高さ
1960年 チリ地震の津波高さ
地盤沈下
被災後の海岸堤防
図−1 東日本大震災を踏まえた津波防災対策の基本的な考え方
*国土交通省 水管理・国土保全局 海岸室 企画専門官 03-5253-8111
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数十年から百数十年に一度程度の津波、いわゆるL
1津波をもとに高さを設定して整備することを基本
としている。
めることとなっている。
実際に、堤防背後に人が住まないまちづくりを行
うことにより、L 1に基づく高さよりも低い堤防高
例えば、
東北地方の三陸沿岸では、明治29年(1896)
で原形復旧することとした地区、地元の要望を踏ま
の明治三陸津波や昭和8年(1933)の昭和三陸津波、
え、砂浜の再生、湿地帯の保全、樹林帯の設置など、
昭和35年(1960)のチリ地震津波など、30年から40年
自然景観、環境等に配慮した堤防の計画とした地区、
に一度程度の間隔で津波が発生している。
漁港の利用に配慮して当初計画よりも低い堤防高で
被災地は、近い将来に襲来するかもしれない津波
整備することとした地区などがある。
や高潮・高波に対して極めて脆弱な状況となってお
国土交通省としては、引き続き、海岸管理者であ
り、このような比較的発生頻度の高い津波に対し、
る県などに丁寧に対応していただき、合意が得られ
人命・財産を守るためには、被災した海岸堤防の復
た地域について速やかに復旧・整備が進むよう、最
旧・整備を速やかに行うことが求められている。
大限の支援をして参りたい。
3.地域の状況に応じた海岸堤防の高さの設定
4.高さ10m以上の海岸堤防
海岸堤防の高さについては、東日本大震災のよう
被災地の海岸堤防の復旧について問い合わせを受
な最大クラス(L2)ではなく、数十年から百数十
けることがあるが、稀に被災地における堤防整備の
年に一度程度の津波(L1)をもとに整備すること
全体像について誤解があると感じることがある。す
を基本としているが、具体的な計画については、ま
なわち、海岸線が巨大な堤防(防潮堤)で埋め尽く
ちの安全、ハード・ソフトの組み合わせ、環境保全、
されるとの誤解である。
周辺景観との調和や市町村によるまちづくりの議論
被災3県(岩手県、宮城県、福島県)の海岸線の
などを踏まえ、海岸管理者である県などが適切に定
延長は約1,700㎞であるが、このうち、堤防を整備
○具体的な海岸堤防の計画については、まちの安全、ハード・ソフトの組み合わせ、環境保全や市町村によるまち
づくりの議論などを踏まえ、海岸管理者である県などが適切に定めることとなっている。
(注1)
○被災6県において、全箇所(復旧・復興)677箇所の約3割にあたる約190箇所の海岸堤防について、比較的発生頻度の
高い津波を対象とした堤防高より堤防の高さを下げたり、海岸堤防の位置を変更する等の見直しを行っている。(注2)
【堤防高を下げた例】
おお つち
あか はま
こ まくら
岩手県大槌町の赤浜地区・小枕地区では、災害危険区域の指定や高台への集団移転等を踏まえ、地域の合意の下に復旧
する堤防を既存高さにとどめることとしている。
【位置図】
岩
手
県
大槌漁港海岸
あんど
安渡地区
既存(T.P.+6.4m)
↓
L1規模(T.P.+14.5m)
↓
調整結果
(T.P.+14.5m)
高台への集団移転
復旧堤防
大槌湾
高台への集団移転
注1)国土交通省及び農林水産省から海岸管理者に対して、堤防の高さ等については、海岸の機能の
多様性への配慮、環境保全、周辺景観との調和、経済性、維持管理の容易性、施工性、公衆の
利用等を総合的に考慮しつつ、海岸管理者が適切に定めるものである旨を通知。
注2)県からの聞き取りによる(平成28年1月末現在)
大
港
小枕地区
既存(T.P.+6.4m)
↓
L1規模
(T.P.+14.5m)
↓
調整結果(T.P.+6.4m)
赤浜地区
既存(T.P.+6.4m)
↓
L1規模
(T.P.+14.5m)
↓
調整結果
(T.P.+6.4m)
図−2 地域の状況に応じた海岸堤防の高さ等の見直し
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復旧堤防
する必要があるのは約400㎞であり、そのほとんど
は東日本大震災以前から堤防が整備されている。残
りの約1,300㎞のうち、約1,000㎞は自然海岸であり、
被災地の海岸を堤防で埋め尽くすものではない(自
に向けた準備の段階である。
これらを合わせた656箇所(97%)で海岸堤防等
の復旧・復興事業が順調に進展している。
なお、残る未着工で地元調整を了していない21箇
然海岸以外の約300㎞は港湾・漁港施設、道路護岸、
所(3%)については、背後のまちづくり計画等と
発電所等)
。
の調整や地元住民の合意形成を進めるために海岸管
また、堤防の高さについては、現地の状況や他の
施設との比較が必要であり、個々人の感じ方もさま
ざまであることから、一概に言及することは困難で
あるが、例えば高さ10m(T.P.)を基準に整理した
場合、リアス式海岸等の地形条件により、10mを超
える高さの堤防が必要となる海岸は被災3県で約50㎞
である。これは、海岸線の延長に対して3%、堤防
延長に対しても12%程度である。
表−1 高さ10m以上の海岸堤防(被災3県)
堤防高
(T.P.)
堤防延長
堤防延長に 海岸線延長に
対する割合 対する割合
10m以上
50㎞
12%
3%
5〜10m未満
250㎞
64%
15%
5m未満
94㎞
24%
5%
合計
394㎞
100%
23%
理者が丁寧な説明を実施しているところである。
表−2 海岸堤防等の復旧・復興の進捗状況(被災6県)
(平成28年1月)
進捗状況
地区海岸数
復旧・復興箇所数
677 うち地元調整済
656(97%)
(完成)
126(19%)
(建設中)
388(57%)
(未着工)※1
うち地元調整未了
142(21%)
※2
21(3%)
※1 現 在、設計、用地交渉等、工事着手に向け
て準備中。
※2 背 後のまちづくり計画等との調整、地元住
民の合意形成を進めるため、丁寧な説明を
実施中。
6.おわりに
被災地は、近い将来に襲来するかもしれない津波
5.海岸堤防等の復旧・復興の進捗状況
被災地(青森県、岩手県、宮城県、福島県、茨城
や高潮・高波に対して極めて脆弱な状況となってお
り、一日も早い海岸堤防等の復旧・整備が求められ
県、千葉県)における海岸堤防等の復旧・復興事業
ている。これまで、海岸管理者の丁寧な対応により、
については、平成28年1月末時点で、全677箇所(単
ほとんどの海岸で地元の合意が得られ、復旧・復興
位は地区海岸)のうち、126箇所(19%)が完成、
は着実に進展しているところである。引き続き、地
388箇所(57%)が工事に着手して建設中である。
元市町村のまちづくり計画等とあわせた丁寧な対応
未着工の163箇所のうち、142箇所(21%)は、地
を期待する。
元調整済みで、現在、設計、用地交渉等、工事着手
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