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トピックス
WSISフォーラム2016の結果概要
つち や
総務省 情報通信国際戦略局 国際政策課 主査
ゆ
き こ
土屋 由紀子
1.会合背景
スイス・ジュネーブにて開催された。
WSIS(World Summit on the Information Society:世
本年のWSISフォーラムには、各国政府・企業・市民社会・
界情報社会サミット)は2003年及び2005年に開催され、各
学術界等からハイレベルを含む約150か国1,800名以上が参
国首脳レベルで、情報社会に関する共通ビジョンの確立を
加し、日本からは阪本総務審議官らが参加した。
図るための具体的な方策の検討が行われた。2005年のWSIS
本年のテーマは「WSISアクションライン:持続可能な
では「チュニスコミットメント」及び「チュニスアジェンダ」
開発目標(SDGs)の実施支援」であり、
WSIS+10レビュー
が採択され、デジタルディバイドを克服し、ミレニアム開
後に初めて開催されるWSISフォーラムとして、アクション
発目標等の達成を目指すことと共に、情報社会の鍵となる
ラインとSDGsとの密接な連携、SDGs実施における情報通
11のアクションライン(インフラ整備、人材育成、セキュ
信技術(ICT)の役割等について活発に議論が行われた。
リティ確保等)が成果文書に盛り込まれた。
5月3日及び4日の2日間にはハイレベルトラックが開催さ
WSISフォーラムは、アクションラインの進捗報告・情
れ、トンガ王国のサミュエラ・アキリシ・ポヒヴァ首相を
報交換等を行うため、アクションラインのファシリテーター
はじめ、各国政府・企業・市民社会・学術界等から閣僚級、
であるITU(国際電気通信連合)がUNESCO(国際連合教
大使、CEO等ハイレベルが参加した。以下、会合の詳細に
育科学文化機関)
、UNCTAD(国際連合貿易開発会議)
、
ついて報告する。
UNDP(国際連合開発計画)との共催により毎年開催して
3.オープニング
いる国際会議であり、各国政府・国連機関のみならず、全
てのステークホルダーが参加可能である。
5月3日に開催された開会式では、パン・ギムン国連事務
昨年はWSIS開始から10年目を迎え、国連総会WSIS+10
総長からのビデオメッセージに続き、ITU Zhao事務総局
ハイレベル会合における全体レビューを実施、成果文書が
長から挨拶があり、昨年のWSIS+10ハイレベル会合にお
採択された。
いて、WSISフォーラムの毎年開催及びWSISとSDGsプロ
セスとの密接な連携の必要性が認識されたことに言及し、
2.概要
本年のWSISフォーラムはWSIS+10レビュー後に初めて開
2016年5月2日から6日にかけて、WSISフォーラム2016が
催される極めて重要なフォーラムであると述べた。また、
■写真1.WSISフォーラム2016会場
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
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全てのステークホルダーに感謝するとともに、SDGs実現
・この施策には、世界中のステークホルダーの総力が必
及び加速に向けたICT導入における優先事項について一丸
要であり、2030アジェンダ達成に向けてICTの可能性
となって取り組もう、と呼びかけた。
を引き出すことになる。
共催機関、国連機関(世界気象機関、万国郵便連合、開
・ICTやインターネットアクセス増加にフォーカスした
発のための科学技術委員会等)からの挨拶に続き、WSIS
単体のSDGはないが、WSISアクションラインの継続
フォーラムの議長及びハイレベルトラックのファシリテー
的な実施が2030アジェンダ達成への貢献につながる
ターの指名が行われた。WSISフォーラムの議長には、米
と確信。
国国務省セプルヴェダ大使が選任された。
その後、各国政府の閣僚級(UAE、日本、スイス、米国、
サウジアラビア、ポーランド等)
、及び国際組織・市民社
■UAE(電気通信規制局、Majed El Mesmar副局長)
・
「コネクト2020アジェンダ」に具体化される、将来の
会(ICANN、ISOC、IEEE、IFIP等)等のハイレベルから、
ICTを形成する国際的計画の実行への貢献に向けて、
ステートメントが述べられた。
UAEは引き続き努力する。
日本からは、阪本総務審議官より、今回のフォーラムは、
・真の情報社会を構築するという国家構想に基づく、
「ア
WSIS+10レビュー後も未だ残されている、デジタルディバ
ブダビ2030計画」及び「ドバイスマートシティ」では、
イドの解消、情報へのアクセス等の課題解決に向けてス
国と地方の発展促進において、ICTが非常に重要な役
タートを切る最初の重要な会合であるとした上で、①技術
割を果たす。
革新の恩恵の活用、②マルチステークホルダーアプローチ
・これら進行中の全ての施策は情報社会を支援すると
の推進、③情報の自由な流通、の3点の重要性を指摘した。
UAEはコミットする。
また、約20年振りに日本で開催されたG7情報通信大臣会
合に言及するとともに、G7での取組みがWSISの実現に貢
■スイス(連邦環境運輸エネルギー通信省通信局、
献することを期待する旨について述べた。
Philipp Metzger局長)
・ICTへのアクセス促進だけでなく、人材開発とローカ
ルコンテンツは必要不可欠。ICTがもたらすメリット
を十分活用するためには、情報の無検閲、表現の自由、
プライバシー保護の提供は必須。
・WSIS成果の継続的な実施及びSDGsとの具体的な連
携には、全てのステークホルダーのコミットメントが
必要。
・スイス政府は「デジタルスイス」という新戦略を採択
した。持続可能な発展を達成するために、ICTは非常
に重要なツールであるという認識に基づく。デジタル
スイスの展開には、全ての関係するステークホルダー
■写真2.ステートメントを行う阪本総務審議官
の協力が重要。
そのほか、主要国のステートメントのポイントは以下の
■サウジアラビア(在ジュネーブ国際連合サウジアラビア
とおりである。
政府代表部、Khalad Almanzalawy次席大使)
・引き続きインフラへの投資と発展に注力する。
■米国(国務省ダニエル・セプルヴェダ大使)
・昨年サウジアラビアのGDPは6%上昇し、今後は経済
・マルチステークホルダープロセスは有益。
以外の生産部門にも注力する必要がある。最近の発
・米国政府は、現在インターネット接続ができていない
展分野はICT、特にインターネットである。
15億人に対して2020年までにネット接続提供を目指
す、
「グローバルコネクト施策」を開始した。
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
・90%以上の世帯にブロードバンド基盤を提供し、イン
ターネットに接続できる環境を作るというプログラム
を開始、56%まで達成した。企業と協力してこの取組
設定されたテーマは以下のとおり。
みを進めている。
①WSISアクションラインと2030アジェンダ
②知識社会、人材育成、eラーニング
■ポーランド(電子通信局、Magdalena Gaj局長)
③情報・知識へのアクセス
・AI、
ビックデータ、
IoT等の新しい課題が出てくる一方、
④デジタルディバイドの解消
未だ多くの国では電気通信インフラの未整備、インター
⑤環境整備
ネットアクセスの規制等の課題があり、世界の60%の
⑥ICTアプリケーションとサービス
人々はインターネットに接続できていない。この状況
⑦開発への資金調達とICTの役割
を変えるために行動することは我々の義務である。
⑧デジタルエコノミーと貿易
・個人的な意見としては、サイバーセキュリティが最大
の課題。セキュアなネットワークとインターネットに
おける信頼性なしでは、真の情報社会を作ることはで
⑨環境整備、サイバーセキュリティ、気候変動
⑩メディア、
文化的多様性と文化遺産、
言語的多様性とロー
カルコンテンツ、情報社会の倫理的側面
きない。それには、政府だけでなく、産業界、企業、
法執行機関、非政府セクターとの協力が必要。
各セッションとも、議長はZhao事務総局長、副議長は
米国国務省セプルヴェダ大使が務めた。
(参考)下記URLにてステートメントが参照可能。
https://www.itu.int/net4/wsis/forum/2016/Outcomes/
4.ハイレベルポリシーセッション
ファシリテーターからのテーマに沿った質問に各参加者
が回答するという対話形式で進めることにより、インタラ
クティブ性を高める効果があったと感じる。
日本からは阪本総務審議官が、5月3日に開催された、
「④
本年のWSISフォーラムでは、初の試みとして、アクショ
デジタルディバイドの解消」がテーマのセッション5に参
ンラインに沿って設定されたテーマごとに分かれて議論を
加した。阪本総務審議官の発言要旨は以下のとおり。
行う、ハイレベルポリシーセッションを開催した。各国政
・デジタルディバイドの解消には、5G、IoTに代表され
府・企業・市民社会・学術界・国際機関からのハイレベル
る無線通信技術等の最新の技術革新の成果を積極的
を16のグループに分け、個別に設定されたテーマについて
に活用することが重要。日本での取組み事例として、
意見交換を行うものである。テーマは、WSISアクション
アジア諸国と連携して実証実験を実施している、ルー
ライン及び事前のオープンコンサルテーションの結果に基
ラルエリアにおける、①TVホワイトスペースの活用、
づいて設定された。
②無線マルチホップ技術の活用、③Wi-Fi技術の活用、
■写真3.ハイレベルポリシーセッションの模様
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
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の三つを紹介。
日本からは、阪本総務審議官より、WSISアクションライ
・継続的な人材育成もデジタルディバイド解消の重要な
ンの重要な課題の一つである、デジタルディバイドの解消
キーである。技術進歩を踏まえ、ICT教育・人材研修・
に関して、G7情報通信大臣会合で採択された「デジタル
専門家派遣等の総合的なプログラムを具体的目標とと
連結世界」の実現に向けた共同宣言の具体的内容をG7議
もに作成し、積極的に推進、PDCAサイクルを回すこ
長国として紹介した。また、日本での災害対策に関するICT
とが必要である。
の利活用の事例として、ITU及びフィリピン科学技術省と
阪本総務審議官が紹介した三つの事例は、5月4日の閉
協力して実証実験を行った移動式 ICTユニット(MDRU:
会式においても、デジタルディバイド解消に関する日本の
Movable and Deployable ICT Resource Unit)が、先日の
具体的な取組みとして、セッションのファシリテーターよ
熊本地震の際にも効果的に活用されたことを紹介するとと
り改めて紹介された。これは日本の取組みに対する高い関
もに、ICTの利活用による地球規模課題の解決に向けて引
心と評価の現れであると言えよう。WSISフォーラムとい
き続き貢献する旨を表明した。他国からも、デジタルディ
う国際会議の場で日本の存在感を高めることができたと同
バイドの解消に向けた、各国の具体的政策に関しての発言
時に、日本がWSISビジョンの達成に継続的に貢献してい
が多かった。
くことの必要性を改めて感じた。
5.閣僚級ラウンドテーブル
5月4日には、随行者の参加が認められず、閣僚級のみ
本会合の結果等詳細については、以下公式サイトにも掲
載されており、適宜ご参照いただければ幸いである。
https://www.itu.int/net4/wsis/forum/2016/
が参加する、閣僚級ラウンドテーブルが開催された。米国、
ロシア、アジア・アラブ諸国(フィリピン、マレーシア、
なお、来年のWSISフォーラムは、2017年6月に開催が予
イラン、アルジェリア等)
、アフリカ諸国(南アフリカ、スー
定されている。開催に先立ち、本年同様、全てのステーク
ダン、ガボン等)等から約60名の閣僚級が参加し、日本か
ホルダーが参加可能なオープンコンサルテーションが実施
らは阪本総務審議官が出席した。議長はZhao事務総局長、
される。日本国内からも政府だけでなく、民間企業や学術
副議長は米国国務省セプルヴェダ大使が務めた。
団体、市民社会など、多くの方々に積極的にご参加いただ
本年は、WSIS+10レビューの結果を踏まえ、SDGsの達
き、来年のWSISフォーラムのテーマや議論すべき議題、
成に向けてWSISアクションラインを実施する際の課題に
フォーラムの改善点等について、貴重なご意見を賜りたい。
ついて議論が行われた。
■写真4.閣僚級ラウンドテーブルの模様 (©ITU/R.Farrell、flickrのITU Pictures提供)
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
■写真5.ITU Zhao事務総局長と阪本総務審議官
特 集 バイオメトリクス
JTC1における国際標準化
やま だ
国立研究開発法人産業技術総合研究所 情報技術研究部門 招聘研究員
1.はじめに
あさひこ
山田 朝彦
ム産業協会に専門委員会が設定されている。
本 稿では、I SO(I nternational Organization for
2.SC37
Standardization:国際標準化機構)とIEC(International
Electrotechnical Commission:国際電気標準会議)の合
2.1 概要
同 技 術 委 員 会 で あ るISO/IEC JTC 1(Joint Technical
SC37は、後 述のとおり、WG1からWG6までの六つの
Committee 1:第1合同技術委員会)におけるバイオメトリ
WGで構成されている。幹事国は米国であり、事務局は
クス技術の国際標準化活動について、概説する。
ANSI(American National Standards Institute:米国国
JTC1は、情報技術について国際標準化しており、現在
家規格協会)が担当している。委員長は、2002年設立当
20の分野のSC(Subcommittee:専門委員会)に分かれて
初から、Fernando Podio(米)が2017年まで担当している。
活動している。JTC1でバイオメトリクス関連の技術を国際
WGコンビーナは、WG1から順に、オーストラリア、韓国、
標準化しているSCは、バイオメトリクス自体を作業領域と
ドイツ、米国、英国、イタリアが担当している。
するSC37、
ITセキュリティ技術を作業領域とするSC27、
カー
参加国は、Pメンバ(PはParticipatingで、業務に積極的
ドと個人識別を作業領域とするSC17の三つがある。本稿
に参加する)28か国、Oメンバ(OはObservingで、オブザー
では、バイオメトリクス自体を作業領域とするSC37につい
バとして参加する)13か国である。Pメンバのうち、ここ数年
ては組織体制も含め紹介するが、SC17とSC27については
のWG(通常1月と7月に開催)及び総会(1月に開催)への主
バイオメトリクス技術に関連した活動だけを紹介する。
な参加国は、オーストラリア、カナダ、フランス、ドイツ、イタ
本論に入る前にJTC1における国際標準開発のプロセス
リア、日本、韓国、マレーシア、ニュージーランド、南アフリカ、
を概説する。国際標準開発は、NWIP(New Work Item
スペイン、英国、米国である。活動に積極的に関与している
Proposal:新業務項目提案)から開始される。NWIPは、
のは、フランス、ドイツ、日本、英国、米国である。これらに、
SCに参加するNB(National Body:国代表組織)または
オーストラリア、カナダ、韓国、スペインが続いている。
SCによってなされる。NWIPがプロジェクトになるか否か
2016年6月時点までに開発・出版された規格類は、122件
は、JTC1に参加するNBの投票によって決定する。プロジェ
(IS(International Standard:国際 規格)のほか、TR
クトが成立すると、エディタを決定し、WD(Working Draft:
(Technical Report:技術報告書)15件、Amd(Amendment:
作業原案)、CD(Committee Draft:委員会原案)、DIS
修正票)23件、Cor(Corrigendum:正誤表)20件を含む)
(Draft International Standard:照会原案)
、FDIS(Final
である。2015年に出版された規格類は11件であり、そのう
Draft International Standard:最終国際規格案)の順で
ち、日本がエディタ及びコエディタを担当してものは、それ
原案作成が進められる。WD段階では、SC下のWG
(Working
ぞれ2件2人、4件4人である。現在開発中のプロジェクト数
Group:作業グループ)に参加する専門家からのWDに対
は計25件であり、そのうち、日本がエディタ及びコエディタ
するコメントを募集し、国際会議でコメントをエディタが取り
を担当するプロジェクトは、それぞれ1件1人、3件4人である。
まとめて審議する。WD段階では投票はない。CD以降も
国内専門委員会は、委員長(山田朝彦(産業技術総合研究
審議自体はWGで実施されるが、CDではSCレベルでの投
所)
)
、幹事(浜壮一(富士通研究所)
、日間賀充寿(日立)
)
、各
票、DIS及びFDISではJTC1レベルでの投票が実施される。
WG主査、リエゾン(SC17、SC31、ISO/TC68、ITU-T/SG17)
JTC1への日本の参加組織は日本工業標準調査会である
から構成され、ほぼ月1回の会議を開催している。各WG小委
が、技術審議は同会から委託を受けた情報処理学会情報
員会もほぼ月1回会議を開催しているが、WG4とWG6は原則
規格調査会の技術委員会が担当する。各SCへの参加は、
合同開催、WG1は原則メール審議で会議は開催していない。
情報規格調査会の各SCに対応する専門委員会が担当す
以下では、規格 類の表記におけるISO/IECを省略し、
る。ただし、SC17については、ビジネス機械・情報システ
番号だけで略記する。
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7
特 集 バイオメトリクス
2.2 WG1:Harmonized Biometric Vocabulary(バイオ
メトリック専門用語)
たANSI仕様をバージョン1と称するため、バージョン2と称
されている。2010年に、バージョン2の統合版出版及びド
WG1(国内主査:溝口正典(日本電気)
)では、SC37で使
イツ提案でバージョン3の開発が、合意された。2015年に、
用される様々な概念間の調和を図ってバイオメトリック技術用
バージョン3はCD段階にあったが、エディタが辞任し開発
語を標準化している。活動の中心は、SD 2 Harmonized
は中止された。バージョン2統合版の開発が止まっていたが、
Biometric Vocabularyの作成である。
2016年に再開された。バージョン3は、バージョン2統合版
SD2の中から定義が固まった用語が、バイオメトリクス専
の完成後、再開される可能性がある。
門用語集2382-37として、2012年に発行された。現在は、
19784シリーズがC言語による仕様であるのに対し、オブ
早期改訂中である。
ジェクト指向言語による仕様の必要性が主張された結果、
そのほかには、 バイオメトリクス技 術を概 観 するTR
オブジェクト指向版のBioAPI規格の標準化も30106シリー
24741 Biometric tutorialも改訂中である。
ズとして進んでいる。パート1:アーキテクチャ、パート2:
Java実装、パート3:C#実装が、2016年に入り、それぞれ
2.3 WG2:Biometric Technical Interfaces(バイオメト
リック テクニカル インタフェース)
出版された。C++版がパート4として、NWIPになっている。
19784-1の仕様 への適合 性を試 験 するための規 格が、
WG2(国内主査:菊地健史(日立ソリューションズ))は、
24709シリーズとして、開発されている。パート1はBioAPI
バイオメトリクスの共通インタフェース仕様を策定するグ
製品の試験方法や試験シナリオの記述方法を、パート2は
ループである。バイオメトリクスの標準API(Application
BSPのSPI仕様適合性試験仕様を、パート3はBioAPIフレー
Programming Interface)仕 様 で あ る19784 BioAPI
ムワークのAPI仕様適合性試験仕様を、それぞれ定めてい
(Biometric API)シリーズ、バイオメトリクスのメタデータ
る。パート1とパート2に遅れて、パート3は日本がエディタを
フォーマット仕様である19785 CBEFF(Common Biometric
務めて2011年に国際規格となった。パート3は、24709の試
Exchange Formats Framework)シリーズの開発が中心
験仕様に効率的な新しい記述形式を導入した。その結果、
的な活動である。
新記述形式をパート1に反映させるための改訂が実施されて
a)19784 BioAPIシリーズ及び関連プロジェクト
いる。
BioAPIでは、バイオメトリクスのソフトウェア構造も含め
b)19785 CBEFFシリーズ
て、決めている。BioAPIが定めるソフトウェア構造は、以
パート1:データエレメント仕様で抽象的なデータ項目を定
下の3層から成る階層構造を持つ。
義し、利用分野毎にパート3:パトロンフォーマット仕様で具
BioAPIフレームワーク
体的なデータ構造(バイナリ形式やXML形式)を定義して
BSP(Biometric Service Provider)
いる。CBEFFのデータ構造は、三つのブロックから成る。
BFP(Biometric Function Provider)
SBH(Standard Biometric Header):下記のBDBに
BioAPIフレームワークはアプリケーションから呼ばれ、
入るバイオメトリックデータのデータフォーマットなど
BSPはBioAPIフレームワークから呼ばれ、BFPはBSPか
の属性情報から成る。
ら呼ばれる。
BDB(Biometric Data Block):バイオメトリックデー
19784-1では、BioAPIフレームワークのプログラミングインタ
タ本体。データフォーマットは後述の19794が使われる。
フェースであるBioAPI APIとBSPのプログラミングインタ
SB(Security Block):SBH及びBDBの完全性・秘匿
フェースであるBioAPI SPI(Service Provider Interface)を
のための情報が含まれる。
定義している。19784-2以下では、センサーなど各BFPの
パート1が2006年に国際規格になったのに続き、各パー
インタフェースを定義している。APIやSPIで授受するバイ
トが国際規格になった。SBの仕様は、日本がエディタを担
オメトリックデータは、19785が定めるCBEFFデータ構造
当して、パート4として、2010年に国際規格になった。パト
に準拠している。
ロンフォーマットの登録手続きを規定していたパート2は、
19784-1は2006年に出版された後、GUIやセキュリティに
ISO事務局から内容がISOの法的な方針から外れていると
関する三つの修正票が出版された。なお、二つの修正票の
の指摘があり、廃止となった。
エディタは日本が務めている。これらは、19794の基になっ
8
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
2.4 WG3:Biometric Data Interchange Formats(バイ
オメトリックデータ交換フォーマット)
特徴点、パート4:指紋画像、パート6:虹彩画像、パート7:
署名時系列の開発が進行中である。パート9エディタ及びコ
WG3(国内主査:新崎卓(富士通研究所)
)は、バイオ
エディタを日本が担当している。
メトリックシステム間での相互運用性確保を目的として、バ
3)適合性試験方法
イオメトリックデータの交換フォーマットを策定するWGであ
19794の各パートに対する適合性試験規格は、19794の
る。具体的には、認証技術(モダリティ)ごとにマルチパー
第1世代に対しては29109シリーズで、第2世代に対しては
ト化した19794(データ交換フォーマット)シリーズ及び関連
19794の各パートの修正票1で、それぞれ標準化されている。
規格としてバイオメトリックサンプル品質の規格である29794
いずれも、パート8エディタ、パート9エディタ及びコエディタ
シリーズ、更に、提示型攻撃検知(Presentation Attack
を日本が担当している。
Detection(PAD)
)の規格30107の審議を進めている。
b)バイオメトリックサンプル品質関連プロジェクト
a)データ交換フォーマット及び関連プロジェクト
19794の各パートに対応して、29794シリーズでバイオメトリッ
1)19794シリーズ
クサンプル品質を扱う。枠組みを規定するパート1、パート4:
19794シリーズは、モダリティに共通する枠組みを規定す
指紋画像、パート5:顔画像、パート6:虹彩画像の4パート
るパート1と以下に示す13のモダリティごとのパートから成る
だけが出版されている。
マルチパート規格である。
c)提示型攻撃検知(PAD)プロジェクト
パート1:フレームワーク
パート9:血管画像
30107は、偽造生体の検知を含むPADのプロジェクトで
パート2:指紋特徴点
パート10:掌型シルエット
あり、バイオメトリクスがより普及するためにはPADに関する
パート3:指紋周波数
パート11:署名特徴量
国際標準化が必要との認識から始まった。三つのパートか
パート4:指紋画像
パート12:
(欠番)
らなり、パート1は提示型攻撃の分類、検知モデル、パート2
パート5:顔画像
パート13:音声
は検知結果を伝達するためのデータ構造、パート3は評価を
パート6:虹彩画像
パート14:NDAデータ
扱っている。パート3はWG5と共同で開発している。パート1
パート7:署名時系列
パート15:手の皺
は2016年1月に出版され、パート2及びパート3は2016年6月
パート8:指紋骨格
フォーマットの第1世代は2005年から2007年にかけて国際
時点でCD段階にある。いずれのパートも、日本がコエディタ
を担当している。
規格になり、第2世代の標準化が進行中である。パート8エ
ディタ、パート9エディタ及びコエディタを日本が担当している。
第1世代の顔画像フォーマット規格ISO/IEC 19794-5:
2.5 WG4:Technical Implementation of Biometric
Systems(バイオメトリックシステムの技術的実装)
2005は、ICAOのeパスポートに採用され、108か国で使わ
WG4(国内主査:山田朝彦
(産業技術総合研究所))は、
れている。しかし、その後、二つの修正票、四つの正誤
バイオメトリクスの応用システムに関する標準を策定する。
票が発行され、参照しにくい状態が続いていた。この状況
中心となる規格は、システムプロファイルに関する規格
を改善するため、SC37は2014年1月の総会から、JTC1に
24713のパート1:総論である。これを、パート2は空港職員
対して統合出版の重要性をSC37が粘り強く主張し、この
の物理アクセスコントロールへ適用し、パート3は船員手帳
規格に関連するICAO及びSC17/WG3の統合出版への賛同
へ適用した。そのほか、TR29195は国境の自動化ゲートに
も得た結果、2016年2月のISO技術管理評議会で統合出版
おける旅客処理の実践規範、TR29196は登録処理のガイ
が決議された。
ダンス文書、TR30125はモバイル機器上のバイオメトリクス
第3世代の開発も開始され、eパスポートでも使われる
機能をシステムの中で利用するためのガイダンス文書とし
第1世代との後方互換性を持つことを前提条件とした仕様
て、それぞれ出版された。
の検討が進んでいる。
現在開発中のプロジェクトは、30124(バイオメトリックシ
2)XML形式化
ステムの実装における実践規範)、30137(監視カメラシス
19794各パートのXML化を修正票2として開発している。
テムにおけるバイオメトリクス利用)のパート1:設計と仕様
パート1のXMLフレームワーク、パート5:顔画像、パート9:
である。なお、パート2:性能試験と報告はWG5で審議さ
血管画像が出版されている。そのほかには、パート2:指紋
れている。本プロジェクトの審議には監視カメラに関する
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
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特 集 バイオメトリクス
3.SC27
専門性が必要になるので、JEITA映像監視システム専門委
員会の協力を得て進めている。
SC27では、WG3(セキュリティの評価・試験・仕様)と
WG5(アイデンティティ管理とプライバシー技術)で、バイ
2.6 WG5:Biometric Testing and Reporting(バイオメ
トリック技術の試験及び報告)
オメトリクス技術に関する国際標準化が実施されている。
WG3では、日本がコエディタを担当して、19792(バイオ
WG5(国内主査:溝口正典(日本電気)
)は、
バイオメトリッ
メトリクスのセキュリティ評価)が2009年に国際規格になっ
クシステムとコンポーネントの試験に関する標準化を対象とす
た。19792は、ISO/IEC 15408によるセキュリティ評価を
るWGである。テクノロジ評価、シナリオ評価、及び運用評価
バイオメトリクスに適用するには不足があり、誤受入・誤拒
までの各レベル、指紋などの各モダリティ、アクセスコントロー
否、脆弱性評価、プライバシーについてのより詳細なセキュ
ルアプリケーションなど種々のタイプの試験に対する試験手
リティ評価が必要であるとし、その考え方をまとめた。現
順の標準を、19795シリーズを中心に開発している。モダリティ
在開発中の19989は、19792を更に進め、バイオメトリクス
に特化した試験に関するTRである19795-3は日本がエディタ
の製品をISO/IEC 15408に基づいてセキュリティ評価を可
を担当した。また、試験報告の電子フォーマットが29120-1と
能にするための評価方法論の作成を進めている。2014年
して、日本がコエディタを担当して、国際規格になっている。
にプロジェクトが成立し、PADのセキュリティ評価から開始
現在開発中のテンプレート保護性能評価に関するプロ
したが、2016年4月のタンパ会議で、スコープ拡張して、性
ジェクト30136は、日本がコエディタを担当している。
能評価も含むことになった。プロジェクト名称は、
「バイオ
2.5で述べた30137-2は、パート1と同様、JEITA専門委
メトリックシステムのセキュリティ評価のための基準と方法論」
員会の協力の下、国内審議を実施している。
と変更され、パート1が性能、パート2がPADとなる。パート2
のエディタは日本が担当し、パート1のエディタは2016年10月
2.7 WG6:Cross-Jurisdictional and Societal Aspects
の国際会議で決定する。
of Biometrics(バイオメトリクスに関わる社会的課題)
WG5では、日本がエディタを担当して、24761(バイオメ
WG6(国内主査:山田朝彦(産業技術総合研究所))は、
トリクスのための認証コンテキスト)が2009年に国際規格
バイオメトリック技術を適用する上での社会的側面の領域
になった。この規格は、リモート環境でのバイオメトリクス
における標準化を行っている。バイオメトリクスのユーザビ
認証の結果の信頼性を判定可能とするデータ構造を定義し
リティ向上のため、シンボル・アイコン・図記号を標準化す
ている。現在は、判定を容易にするためのデータ構造簡略
る24779シリーズが、マルチパートで開発されている。
化の改訂が実施されている。2011年に出版された24745
(バ
a)24779シリーズ
イオメトリック情報保護)は、バイオメトリック情報保護の
パート1でモダリティ共通の方針を定め、各モダリティにつ
ための管理策と技術をまとめている。技術については、暗
いては19794のパート番号に対応した番号が割り当てられて
号化だけでなく、キャンセラブルバイオメトリクスのモデル
いる。他パートに先駆け、日本がエディタを担当して、パート9:
もまとめている。現在開発中のプロジェクトに、ITU-Tとの
血管(静脈)画像が2015年に国際規格になった。パート1、
共同開発のX.1085│17922(BHSM(Biometric Hardware
パート4:指紋、パート5:顔画像の開発が進められている。
Security Module)を使ったテレバイオメトリック認証フレー
各SCで使う図記号はISO/TC 145またはIEC/TC 3で制
ムワーク)がある。署名鍵がバイオメトリック認証で活性化
定される必要があるが、SC37では上記の制定の働きかけ
されるPKI(Public Key Infrastructure)認証のためのユー
を怠っていた。しかし、日本の国内リエゾンを発展させて、
ザ登録及び認証のメカニズムを規定しており、現在DIS段
IEC/TC3/SC3Cとのリエゾン関 係を結ぶことによって、
階にある。
24779シリーズの開発は一気に加速している。
b)その他
4.SC17
TR 30110は、子どもたちがバイオメトリクスを利用する
7816-11は、ICカード上のバイオメトリック処理のための
上での考慮点をまとめ、2015年に出版された。これに続い
PBO(Perform Biometric Operation)コマンドを規定し
て、高齢者がバイオメトリクスを利用する上での考慮点を
ている。日本がエディタを担当し、
SC27の24761にも対応し、
TR20322として開発中である。
2016年6月時点でDIS段階にある。
10
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
手のひら静脈認証技術
はま
富士通研究所 認証&IoTセキュリティプロジェクト シニアリサーチャー
そういち
浜 壮一
1.はじめに
る第三者が本人に気付かれることなく認証特徴を盗むこと
生体認証は、顔、指紋、虹彩など個人の身体的特徴や、
が困難であることを意味している。この点は、高いセキュ
声紋、筆跡などの行動的特徴に基づいて個人を識別する
リティが求められる認証分野では非常に重要な特長であ
本人認証技術である。パスワードやIDカードを用いるほか
る。さらに三つ目としては、静脈認証は非接触で認証を行
の本人認証技術では、盗難や紛失、他人への貸与などによ
うことができる点である。利用者は認証装置本体に手を触
りセキュリティ上のリスクがある一方、生体認証は盗用や偽
れることなく認証することが可能である。これは、不特定
造によるなりすましが困難という特長を持つ。近年のセキュ
多数が利用するような認証装置の場合、衛生面及び心理的
リティ意識の高まりとともに、生体認証技術は様々な分野
安心感の面から大きな利点である。
で利用されるようになっており、今後も適用範囲が拡大す
つぎに、静脈のパターンを撮影する方式として近赤外光
ることが予想されている。次章から年々利用が拡大してい
を利用した技術について説明する。可視光は生体を構成す
る手のひら静脈認証技術について説明する。
る物質による吸収が大きく、皮膚の下まで到達する光は非
2.静脈認証技術
常に少ない。また、中赤外以上の長い波長の光はH 2 Oによ
る吸収が大きく、生体内に光が届かない。この中間の650
静脈認証では、皮膚の下を走行している静脈のパターン
~ 1,000ナノメートルの近赤外帯域の光は、生体の深い位
が個人個人で異なる性質を利用している。この静脈認証は、
置まで到達できることから「生体の窓」と呼ばれており静
静脈パターンが生体内部に存在していることによって次に
脈の撮影に適している。近赤外光を生体に照射して撮影を
あげる特長を持つ。一つ目として、皮膚の汚れなどの利用
行ったとき、光は皮下の生体組織内を散乱しながら進み、
者の手の状態や環境変化からの影響を受けにくい点であ
一部は表面に戻ってくる、あるいは透過する領域は明るく
る。これにより安定な運用を実現できる。二つ目としては、
映る。血液中に含まれるヘモグロビンは近赤外線光を吸収
認証特徴である静脈パターンが通常人間が見ている可視光
する性質があり、静脈が存在する領域は周辺と比べて輝度
では見ることができないという点である。これは悪意のあ
値が相対的に下がるため暗く映る。例として、写真1に可視
■写真1.手のひら静脈画像例(左:可視光、右:近赤外光)
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
11
特 集 バイオメトリクス
光で撮影した手のひらの画像と、近赤外線を用いた実験系
手のひら静脈認証技術は、2000年頃から研究開発が始
で同じ手のひらを撮影した画像を示す。可視光を用いると
まり、2004年には銀行ATM用の認証技術として世界で初
ほとんど判別できない静脈パターンが、近赤外光を用いる
めて実用化された(写真2)
。これは銀行預金を引き出す際
ことによってはっきりと映ることが分かる。
の本人確認手段として手のひら静脈認証を用いるもので、
静脈を撮影するためのセンサーの構成は、主に透過型と
手のひら静脈認証が持つ、非接触・高精度といった特性
反射型に大別できる。透過型はカメラと照明の間に手のひ
が活かされている。認証精度に関しては、手のひら静脈認
らなどの生体を置き、生体を透過してきた光をカメラで撮
証は他人受入れ率0.00008%以下、本人拒否率0.01%とい
影する。一方、反射型は照明とカメラをほぼ同じ位置に配
う非常に高い精度を示す。
置し、照明を生体に当てて反射してきた光をカメラで撮影
銀行ATMに続き、入退室管理(写真3)やPCログイン
する。一般に手のひら静脈認証センサーでは、反射型を採
(写真4)など様々な分野で手のひら静脈の利用が広がっ
用している。
ている。近年では、銀行をはじめとして海外でも多くの用
静脈認証を行う手順としては、まず前述のように近赤外
途に利用されている。特に新興国の場合、個人を識別でき
光を用いて画像を撮影し、この画像中の静脈パターンを画
る確実な社会基盤が確立されていないケースでは,これま
像処理技術によって抽出したものを登録テンプレートとして
で述べてきた種々の利点を持つ手のひら静脈認証に対する
保存する。照合時には、同じ手順によって撮影・抽出した
期待が高まっている。現在、世界中で7000万人以上が手
パターンと、保存してある登録テンプレートを比較すること
のひら静脈認証を利用しており、今後さらに利用者の数が
により本人であるかどうかを確認する。
増えていく見込みである。
3.静脈認証技術の適用事例
適用事例について、手のひら静脈認証を例に説明する。
手のひら静脈は他の部位と比較すると以下のような利点が
ある。まず、指と比較すると手のひらは面積が広く、走行
している血管パターンのランダム性が高い。また、指と比較
すると手のひらは寒冷時でも冷えの影響を受けにくい。そ
の結果、環境条件に依存せず、高い認証精度を安定して
実現することが可能である。手の甲と比較した場合、手の
ひらの方が認証動作を自然な動きで行えるメリットがある。
また、手の甲は多量の体毛で光が遮られて認証されにくく
なることがあるが、手のひらではそのようなことがないため、
誰でも利用できる。
■写真2.手のひら静脈認証を用いたATM装置
12
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
■写真3.手のひら静脈認証を用いた入退室管理装置面
■写真4.手のひら静脈認証センサーを内蔵したマウス
4.手のひら静脈センサーの小型化
学系の設計が重要なポイントとなる。そこで、コンピュータ
・
手のひら静脈認証技術の実用化以来,用途の広がりに
シミュレーションを利用して、小型・薄型化した場合でも従
伴い、センサーは小型化が進められている(写真5)
。一番
来と同等の画角を得る低歪広画角対応の専用レンズ及び照
左のものは最初に銀行ATM向けに実用化されたセンサー、
明部品が開発された。照明部品は、LEDの配置や導光体
中央が現在の主力センサー、右の二つがモバイル向けに開
形状などを工夫し、小型であっても広い照射範囲と照明強
発された小型センサーである。
度を両立できるように設計・開発されている。さらに、小
今後、生体認証の適用が期待される分野の一つにモバイ
型センサーで撮影した画像の特性に合わせて認証アルゴリ
ル用途があげられる。ノートPCやタブレット端末など、従
ズムも進化している。
来のデスクトップコンピュータと遜色の無いレベルの処理能
こうした技術開発により、従来センサーよりも大幅に薄
力や機能を持つモバイル端末が開発されている。ビジネス
型化及び小型化した手のひら静脈認証センサーが実用化さ
の最前線でモバイル端末を利用する機会が増えてきており、
れており(写真6)
、現在では、タブレットや薄型ノートPC
モバイル端末のセキュリティへの関心が高くなっている。
といったモバイル端末にも手のひら静脈認証センサーが搭
モバイル端末の場合、持ち運んで利用することが主たる
載されたモデルが商品化されている(写真7、8)
。
利用方法であるため、盗難や紛失の危険性が高い。モバイ
今後、モバイル端末はビジネスの現場で重要性を高めて行
ル端末に顧客情報や機密情報等を保存して利用する業務で
くと考えられる。その中で安全・安心を提供するセキュリティ
は、モバイル端末のセキュリティは非常に重要なものになる。
技術として、手のひら静脈認証技術の適用範囲が広がってい
手のひら静脈認証は、反射型撮影方式を採用しており、
くと考えられる。また、ネットショッピングの決済やオンライン
カメラと照明装置を一体化することができるため、センサー
バンキングなど、サービス利用時の本人確認などでも生体認
の小型化・薄型化に適している。高認証精度を実現する小
証の利用用途が拡大していくと予想でき、今後は、このよう
型・薄型の手のひら静脈センサーを実現するためには、光
な場面での手のひら静脈認証技術の利用が期待される。
■写真5.手のひら静脈センサーの変遷
■写真6.新小型センサー
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
13
特 集 バイオメトリクス
を共同開発し、2008年に発行するなど連携した標準化活動
を行っている。
静脈認証は、顔・指紋など他の認証方式と比べると新し
い技術であり、SC37の発足当時は世界的な認知度も高く
なかった。そこで静脈認証を開発する日本企業が中心とな
り、静脈認証に関連する国際標準規格の開発を推進してい
る。例えば、生体認証アプリケーションのための標準API
を規 定する19784シリーズ(ISO/IEC 19784 Information
technolog y-Biometr ic application prog ra mming
interface:BioAPI)や生体情報データを格納する枠組み
を規定する19 78 5シリーズ(I nformation technolog y■写真7.手のひら静脈センサー搭載タブレット
Common Biometric Exchange Formats Framework:
CBEFF)に対する静脈認証の対応を進め、既に発行済み
の国際標準に反映されている。また、システム相互運用の
ためのデータ交換フォーマットの規格化においては、筆者
が静脈画像データフォーマットのプロジェクトエディターに就
任して規格開発を進め、2011年にISO/IEC19794-9:2011
Information technology-Biometric data interchange
formats-Part 9:Vascular image dataが 発行された。こ
の規格は、2007年に発行された第一世代を改版した第二世
代の規格であり、指紋、顔、虹彩などのデータを定義する
他の19794パートとの調和を強化するために共通ヘッダへの
対応を行うなど、より使いやすいものとなっている。
■写真8.手のひら静脈センサー搭載の薄型ノートPC
6.今後の展開
手のひら静脈認証技術について概要から技術開発の最
5.国際標準化への取組み
新動向、標準化活動まで説明してきた。手のひら静脈認
証は指紋認証のように歴史のある生体認証技術と比較する
静脈認証は、技術開発とともに国際標準化も進められて
と新しい技術であると言える。そのため、技術的な進歩の
いる。一般的な生体認証に関する国際標準 化は、ISO/
余地はまだ多く残されていると考えられる。今後は、一層
IEC JTC1/SC37(以降、SC37と呼ぶ)が 担当しており、
の高精度化による大規模な社会基盤システムとの連携が進
用語、API、データ交換フォーマット、運用仕様プロファイル、
む一方、センサーの小型化、低価格化が進み、より広い
性能試験などの技術項目と、相互裁判権や社会事象など六
用途で利用されるようになると考えられる。また、日本だ
つのワーキンググループで構成されている。またSC37は、
けでなく、グローバルでのアプリケーションもますます増え
通信環境へのその適用に主眼を置いたITU-T SG17のテレ・
ていくことが予想され、今後の発展が期待されている。こ
バイオメトリクス(Telebiometrics)とリエゾン関係を締結し
れに伴い、国際社会において積極的に手のひら静脈認証
ており、生体認証の情報交換に関わる勧告X.1083:ISO/
技術が活用されるよう、新しい規格への対応など継続的な
IEC24708(Biometrics-BioAPI interworking protocol)
取組みが重要である。
14
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
顔認証技術の進展と国際標準化
さかもと
日本電気株式会社 第二官公ソリューション事業部
しず お
坂本 静生
1.概要
リュッセル連続テロと、これまで比較的安全と思われてい
わたしたちは日常生活で出会う人々が誰であるかを認識
た欧州での悲劇が相次いだことから、さらに強化されつつ
し、適切な対応を行いながら暮らしている。この、ひとの
ある状況である。
認識に、身体的あるいは行動的な特徴を直接利用するバイ
バイオメトリクスでは指紋、虹彩、静脈や顔など様々な
オメトリクスがある。特に2001年9月11日に起きた米国同時
身体情報、あるいは歩容(歩き方)などの行動特徴が使わ
多発テロ以降、バイオメトリクスは社会的な重要性を大きく
れる。なかでも顔による認証はひと同士のコミュニケーショ
高め、パスポートや出入国管理での応用が加速度的に進ん
ンに最も近い認証手段であり、セキュリティ以外の様々な目
でいる。
的にも顔認証技術を応用することができる。また、顔認証
当社は1989年に顔認証技術の研究開発を開始した後、
では汎用のカメラで撮影した顔画像で認証が可能である。
多様なソリューションへ展開してきた。認証精度も継続して
これは、他のバイオメトリクスでは専用センサーの操作をし
改善を重ねており、有力ベンダーが数多く参加する米国国
ばしば要求されることとは、大きく異なる点である。同様
立標準技術研究所主催の顔認証のベンチマークテストにお
に顔認証は、利用者に特別な認証動作を強いる必要がな
いて、2009年、2010年、2013年と参加した全てのテストで
いという利用上のメリットも持っている。
トップ評価を獲得した。
当社は1989年に顔認証技術の研究開発を始め、1999年
本稿では顔認証に関わる国際標準化について、特にパス
に顔認証システムを出荷して以来、多様なソリューションへと
ポートを中心として説明し、当社の顔認証技術概要及び、
展開してきた。認証精度も継続して改善を重ねており、有力
米国国立標準技術研究所による性能評価結果、また実際
ベンダーが数多く参加する米国国立標準技術研究所(NIST:
の犯罪検挙事例について紹介する。
National Institute of Standards and Technology)主催の
2.はじめに
わたしたちは日常生活で出会う人々が誰であるかを認識
顔認証のベンチマークテストにおいて、2009年、2010年、
2013年と参加した全てでトップ評価を獲得した。
し、適切な対応を行いながら暮らしている。同様に、ひと
3.パスポートを巡るバイオメトリクスの国際標準化
の認識は様々なマンマシンインタフェースの入り口として非
ここでいったん第二次大戦の終戦間際に立ち戻る。
常に重要である。ひとの認識には、旧来からの持ち物(ID
第二次世界大戦中に航空機技術が飛躍的に発達してき
カードなど)や記憶(パスワードなど)に基づく方法に加え、
たことを受け、今後民間航空分野が大きく発展を遂げるで
ひとの身体あるいはその行動における特徴を直接利用する
あろうと考えられた。そこで大戦が終結を迎える間際であ
バイオメトリクス技術があり、近年その利用が定着しつつあ
る1944年に連合国各国はシカゴで会合を開き、国際条約
る。
である国際民間航空条約(シカゴ条約)を策定した。戦後
社会的に大きなインパクトを与えたのは、2001年9月11日
の1947年に本条約をもとにして、国連の専門機関の一つで
に起きた米国同時多発テロである。9.11ハイジャック犯19名
あるICAO(International Civil Aviation Organization/
は、正規に米国州政府により発行された計62通の運転免
国際民間航空機関)が発足した。ICAOの設立目的は、国
許証を所持していたことを受け、所持による本人の証明が
際民間航空が安全かつ整然と発展するように、また国際
信頼できないことがあらわとなったことから、バイオメトリ
航空運送業務が機会均等主義に基づいて健全かつ経済的
クスの重要性が認知された。これにより米国にとどまらず
に運営されるように各国の協力を図ることであり、2013年
日本や世界各国において、パスポートや出入国管理でのバ
10月現在で191か国が加盟している[1]。ICAOでは関連した
イオメトリクス応用が加速度的に進むこととなった。また
多くの国際標準や勧告を作成しており、その中の一つに文
2015年11月13日のパリ同時多発テロ、2016年3月22日のブ
書9303と呼ばれる、パスポートや査証について規定する国
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
15
特 集 バイオメトリクス
際標準がある。この文書の開発担当であるICAO TAG/
ての照明やカラーバランスなどから、顔の表情や向き、大
TR I P(Technology Advisory Group on Traveller
きさ、背景などを規定している。これらの条件は歴史的に
Identification Programme/(仮訳)渡航者同定プログラ
使われてきた目視確認用途として適することに加え、機械
ムにおける技術諮問グループ)は、開発に多くの技術エキ
的な顔認証技術用としても適するように考慮されている。
スパートの協力が必要であることから、ISO/IEC JTC 1/
我が国ではICパスポートに記録する顔画像は、顔写真とし
SC 17/WG 3(機械可読渡航文書の国際標準化を担当)と
て申請者が持ち込むこととなっているため、外務省はパス
リエゾン関係を締結している。
ポート申請者に対してわかりやすいサンプルとともにガイド
パスポートの物理的な偽造防止技術が進むにつれて、正
ラインを示している
規のパスポートを不正利用して出入国しようとする事案が
日本国発行のパスポートには顔写真が券面に印刷される
増えてきたことを受け、ICAOでは2000年前後にどう対策
とともに、冊子中のやや厚めのプラスチックでできたペー
を行うべきか議論が重ねられ、バイオメトリクスによる本人
ジにICチップが埋め込まれており、国際標準に準拠した形
認証技術が有効であるとの合意に至った。途中米国同時
式で顔画像が記録されている(図1参照)
。パスポートの持
多発テロが発生したこともあって速やかに合意が形成さ
ち主かどうかを顔認証で確かめる際には、このICチップか
れ、2003年6月のベルリン会議及び2004年3月のニューオリ
ら顔画像を読みだして本人確認処理を実施することとなる。
ンズ会議にて、パスポートにコンタクトレスのインタフェース
2006年3月より外務省はICパスポートの発給を開始して
を備えるICチップを採用し、国際的に標準化された顔画像
いることから、このICパスポートに記録された顔画像をそ
を相互運用可能な第一の生体情報として記録することなど
のまま用いることで、正しいパスポートの持ち主であるかど
が決議された。なお、同じく国際的に標準化された指紋画
うかを認証することができれば、追加手続きも不要でメリッ
像あるいは虹彩画像を、相互運用可能な第二の生体情報
トが大きい。パスポートは最大10年の有効期限であるので、
として追加的に記録することも決議された。
2016年には国民が所持するパスポートは全て顔画像が記
また、2001年9月11日の米国同時多発テロはバイオメトリ
録されたICパスポートへ切り替わっており、安全・安心か
クスの標準化推進体制を大きく変えた。それまではIDカー
つ公平な行政サービスが可能となると言える。
ドの標準化を担当するISO/IEC JTC 1/SC 17配下でバイ
海外では、オーストラリアが自国民だけでなく、ニュージー
オメトリクスの検討をIDカード応用の一部門として開始しよ
ランドやUK、米国、シンガポールのパスポート保持者に対
[2]
[3]
。
うとしていたが、テロ後米国からの強い提案に基づき、新
しくバイオメトリクスそのものを対象とした標準化担当の
SC37が、2002年にISO/IEC JTC 1配下に発足した。そ
の結果としてICパスポートの国際標準である文書9303は、
SC17が担当するICカードとバイオメトリクスの接点である国
際標準ISO/IEC 7816-11を通じ、SC37が担当するデータ
フォーマットの国際標準を参照することとなった。なお、著
者はISO/IEC 7816-11のエディタとして、新しい機能の追加
を含む改定に取り組んでいるところであり、2016年5月現在、
DIS投票の準備中である。
生体情報を記 録するパスポートで必 須とされる顔は、
SC37担当のISO/IEC 19794-5に従ってチップ上に画像とし
て記録される。この顔画像データは、同じくSC37担当の
ISO/IEC 19784-3が 規 定 するコン テ ナ 型 デ ータ形 式、
CBEFF TLVパトロン形式
(Common Biometric Exchange
Format Framework Tag-Length-Value)の中に格納され
ている。
また、
ISO/IEC 19794-5では、
顔画像を撮影するにあたっ
16
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
■図1.ICパスポートに埋め込まれたICチップ(外務省ホームページ
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bluebook/2006/
pdf/pdfs/4_2.pdfより一部を引用)
しても顔認証による自動化ゲートサービスを行っている[4]。
米 国 はNIST(National Institute of Standardization
またUKでもヨーロッパ経済圏であるEU各国とノルウェー、
and Technologies/国立標準技術研究所)に、国を守るた
アイスランド、リヒテンシュタインに加え、スイスのパスポー
めにバイオメトリクスの技術評価及び調達等に必要な標準
[5]
ト保持者に対する同様なサービスを実施している 。
化を行うよう命じた。これを受けて、指紋や虹彩のほかに、
日本でも2014年夏に、羽田空港・成田空港において日本
顔の認証精度を評価する第三者ベンチマークテストを度々
国民を対象とした顔認証実証実験が行われるなど検討が
実施している。ICパスポートの持ち主の本人確認の認証精
進んでおり、今後安全性を担保しながら利便性を向上させ
度の最新結果は2011年8月に公開されており[7]、本人である
たサービスの実現が期待される[6]。
のに誤って本人でないと拒絶してしまう確率が2002年から
4.顔認証精度の進展
2010年にかけて二桁小さくなるなど、エラーが劇的に減少
していることが報告されている(図2参照)
。この2010年に
米国同時多発テロは、顔認証の技術革新を促すことにも
トップであると報告書に書かれたのが当社のエンジンであ
なった。
る。
■図2.1993年から2010年に至る本人誤拒絶率(本人であるのに誤って本人でないと拒絶される確率)の進展(文献[7]の図28を引用)
■図3.16万人からの顔識別評価実験結果(文献[8]から引用)
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
17
特 集 バイオメトリクス
察券を探してかざす手間を省くことで、簡単に安心して診
察を受け付けられるようになった。ほかには、テーマパー
クやコンサートの入場など、様々な場面で顔認証が使われ
ており、安心・安全な社会の構築へ向けて一助となるよう
今後も開発を進めていく予定である。
参考文献
■図4.シカゴ列車強盗犯の被疑者写真(左)と列車内で撮影され
た防犯カメラ映像(右)
[1]外務省:国際民間航空機関
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/icao/
[2]外務省:パスポート申請用写真の規格について
さらに大量のデータベースからの顔識別するときの認証
[8]
精度最新結果は2014年5月に公開されている 。16万人が
登録されたデータベースを対象とした場合、最速かつ最も
エラーが少ない当社のエンジンでは、約52ミリ秒で照合処
理が終了し、最も類似する人物が検索をかけた顔の持ち主
http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/passport/ic_
photo.html
[3]外務省:パスポート用提出写真についてのお知らせ
http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000149961.pdf
[4]オーストラリア税関:SmartGate
でなかったエラーが約3.4パーセント程度であった(図3参
https://www.gov.uk/uk-border-control/at-border-
照)。即ち、100回検索し、16万人中から最も類似する人物
control
を選び出す操作を100回行ったとき、96 〜 7回は正しい人
物が選択できたことになる。
[5]UK政府:Entering the UK https://www.gov.uk/uk-
border-control/at-border-control
また、米国では顔認証技術によって強盗犯が同定されて
[6]坂本静生、
“羽田空港・成田空港における顔認証自動
逮捕、有罪判決を受けるなど実世界でもその性能を発揮し
化ゲート実験、”情報処理学会情報規格調査会、情報
[9]
ている 。
技術標準、No.104, pp.5-8(2014). https://www.itscj.
図4右はシカゴ郊外の電車内で、防犯カメラにより撮影
ipsj.or.jp/hasshin_joho/hj_newsletter/NL104-w.pdf
された映像である。この人物は銃を突きつけ電車の乗客か
[7] P. Grother, G. Quinn and J. Philips,“Report on the
らiPhoneを奪って逃走したが、その後シカゴ市警がこれま
Evaluation of 2D Still-Image Face Recognition
で蓄積してきた450万人の被疑者データベースからこの防犯
Algorithms,”NIST Interagency Report 7709(2011)
.
カメラ映像を用いて当社エンジンで検索したところ、最も
http://www.nist.gov/customcf/get_pdf.cfm?pub_
類似した人物として同定された。その後、裏付け捜査など
id=905968
を経て逮捕・有罪判決に至ったことから、米国内における
[8] P. Grother and M. Ngan,“Face Recognition Vendor
初めての顔認証技術による事例としてメディアにより報道さ
Test(FRVT)−Performance of Face Identification
れた。
Algorithms−,”NIST Interagency Report 8009
5.おわりに
本稿ではテロ対策や犯罪捜査の側面について述べたが、
顔認証技術の応用範囲はもっと広い。東日本大震災では、
(2014)
.
http://biometrics.nist.gov/cs_links/face/frvt/
frvt2013/NIST_8009.pdf
[9]
“顔認証分析、はじめて列車強盗を逮捕する、”Wired
津波で流されたアルバムを持ち主へ返還するために、顔認
http://wired.jp/2014/06/11/first-robber-caught-via-
証により該当写真を検索するために貢献した。たちばな台
facial-recognition/
病院では再来受付システムで採用され、老人の方などが診
18
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
金融分野におけるバイオメトリクスの
利用と課題[1]
う
日本銀行金融研究所情報技術研究センター 企画役
ね
まさ し
宇根 正志
1.金融分野におけるバイオメトリクスの利用
か、同様の方式をKEBハナ銀行も2016年2月に導入した。こ
金融分野では、ATMをはじめとして、顧客の本人確認
れらは、ネットワーク経由での認証にバイオメトリクス等を
の手段としてバイオメトリクス(生体認証)が利用されている。
利用するための技術仕様「FIDO」
(Fast IDentity Online)
金融情報システムセンターの「平成27年度金融機関アンケー
の採用が契機となっている[6]。FIDOは、スマートフォンに
(図を参照)によれば、わが国の金融機関では、
ト[2][3]」
加え、マイクロソフト社のウィンドウズ10に標準装備される
主に、ATM、営業店窓口端末、貸金庫における本人確認
など、今後の普及が見込まれており、バイオメトリクスの利
の手段としてバイオメトリクスが導入されている。認証方式
用もこれに伴って拡大する可能性がある。
の種類としては、指静脈、手のひら静脈、顔を用いた認証
また、スマートフォンでの利用という観点では、搭載カメ
方式が導入されているほか、虹彩を用いた認証方式の導入
ラで手のひらの静脈パターン等を撮影して認証を行う方式
を検討している金融機関も存在する。
も提案されており、一部の金融機関では同方式の実用化に
ATMでのバイオメトリクスの利用は、磁気ストライプ付き
向けた検討を進めている[7]。
キャッシュカードの偽造及び預金不正引出しへの対応策の
一つとして、
ICキャッシュカードの導入とともに徐々に広がっ
[4]
ている。金融庁の調査
によれば、2015年3月末時点で、
2.セキュリティ評価の必要性と現状
バイオメトリクスの主たる機能は「第三者によるなりすま
バイオメトリクスの機能を有するICキャッシュカードの発行
し」の検知・排除である。バイオメトリクスによって本人確
枚数は全体の16.4%となっているほか、同機能対応のATM
認等を行うシステム(以下、バイオメトリック認証システムと
は台数ベースで全体の51.8%となっている。ATMでは、指
いう)を採用する際には、なりすましを企図した攻撃を想
や手のひらの静脈パターンを用いた認証方式が主流である
定し、攻撃が成功する確率(攻撃成功確率)を確認してお
が、最近では、ATMでの取引時にキャッシュカードや暗
く必要がある。確認が不十分であった場合、当該システム
証番号を提示せず、指紋のみ提示して本人確認を実施する
が実装されたサービスにおいて期待されるレベルのなりす
[5]
サービスを検討する金融機関も出てきている 。
ましの検知・排除が達成できない状況に陥る懸念がある。
インターネット・バンキングでは、本人確認にバイオメト
なりすましを企図した攻撃のうち最もナイーブなものは、
リクスを採用する動きが一部の海外金融機関においてみら
攻撃者が自分の生体情報を提示するという攻撃である。本
れている。2015年9月、バンク・オブ・アメリカが、スマート
攻撃に関しては、攻撃成功確率である「誤受入率」
(false
フォン等に搭載されている指紋センサーを活用し、サービ
accept rate)
等の評価指標と測定方法が標準化済みであり、
ス利用者の指紋によって本人確認を行う方式を導入したほ
その手法に沿って評価を実施することが可能となっている。
(イ)バイオメトリクスを導入済の金融機関における導入対象システム
(ロ)金融機関における導入対象の認証方式
(金融情報システムセンター「平成27年度金融機関アンケート調査結果」の計数を基に作成)
■図.金融機関におけるバイオメトリクスの導入状況
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
19
特 集 バイオメトリクス
一方、
「なりすまし対象の個人の生体情報を何らかの手
トリクス)において審議されている。入力データ攻撃は、
段で入手した上で、同情報を再現する人工物をセンサーに
バイオメトリック認証システムのセンサーに何らかの情報を
提示する」という、より高度な攻撃(以下、人工物提示攻
提示してなりすましを試みるというタイプの攻撃であり、人
撃という)も考慮しておく必要がある。2000年以降、複数
工物提示攻撃も含まれる。
の市販のバイオメトリック認証システムにおいて、人工物が
また、入力データ攻撃にかかるセキュリティ要件等が、
有意な確率で誤って受け入れられることを示す研究成果が
国際標準案「ISO/IEC 19989」として、ISO/IEC JTC1/
[8]
数多く報告されている 。人工物提示攻撃にかかるセキュ
SC27(セキュリティ)において審議されている。ISO/IEC
リティの評価手法は現時点では確立されておらず、各ベン
(Common Criteria、
19989では、
「コモン・クライテリア[10]」
ダーが独自に評価を実施するにとどまっており、異なるシス
ISO/IEC 15408シリーズ)に則って、バイオメトリック認証シ
テム間で評価結果を比較することも困難である。
ステムを評価・認証することが前提となっている。コモン・ク
3.セキュリティ評価にかかる研究の動向
ライテリアでは、専門的なスキルや高い技術力を有する第三
者(評価機関)がシステムや製品のセキュリティを評価すると
近年、人工物提示攻撃にかかるセキュリティ評価の研究
ともに、別の第三者(認証機関)が評価のプロセスの適切
が活発化している。金融機関による利用が多い静脈認証に
性を認証する。ISO/IEC 19989が標準化されれば、第三者
焦点を当てると、2015年5月開催の国際学会「ICB 2015」
による評価・認証の実現に一層拍車がかかると期待される。
(International Conference on Biometrics 2015)におい
て、複数の指静脈認証方式を評価・比較するイベントが開
5.標準化されたセキュリティ評価手法の活用のメリット
催された。同イベントでは、
「指の静脈パターンを人工物(材
標準化されたセキュリティ評価手法や第三者による評価・
質は紙)によって再現しセンサーに提示する」という攻撃を
認証結果の活用は、金融機関にとって、次の二つの点でメ
想定し、提示された偽静脈パターンの検知率等を測定・比
リットがあると考えられる。
較した。また、
指の静脈パターン
(画像データ)のデータベー
第一のメリットは、セキュリティ・ガバナンスの向上である。
スを構築するプロジェクトがスイス・Idiap研究所によって進
金融分野では、従来からバイオメトリック認証システムを利
められているほか、同データベースを用いて人工物を作製し、
用しているものの、それらのセキュリティは標準化された手
それらを使って、指静脈パターンを用いた既存の認証方式
法で評価されてきたわけではない。標準化された手法を利
を評価するという趣旨の研究成果も複数報告されている。
用できるようになれば、金融機関は、ベンダーの協力のもと
わが国では、セキュリティ評価手法の確立に向けた産官
で同手法を既存のシステムに適用し、
「コストに見合ったセ
[9]
連携プロジェクト が進められている。本プロジェクトは、
キュリティ対策となっているか」
、
「セキュリティ・リスクが許容
2014年度はじめに開始され、日本自動認識システム協会・
レベル以下に制御されているか」といった点を把握できるよ
産業技術総合研究所・OKIソフトウェアが主体となって、
うになる。また、評価の適切性に関して認証機関が認証し
3年間の計画で実施されている。バイオメトリクス特有の攻
ている旨を顧客にアピールすることが可能となり、
セキュリティ
撃(人工物提示攻撃を含む)にかかるセキュリティ評価手
に対する顧客の安心感が一段と高まることも期待できる。
法の確立、同手法を活用した第三者評価・認証の実現に
第二のメリットは、異なるバイオメトリック認証システムの
向けた検討、関連する国際標準化の推進等を目的としてい
セキュリティを比較できるようになることである。今後、金
る。2016年度には、プロジェクトの研究成果に基づき、静
融機関は、パソコン、タブレット端末、スマートフォン等、様々
脈パターンを用いた既存の認証システムを対象にセキュリ
な場面でバイオメトリクスの活用を検討する可能性がある。
ティ評価が試行される予定である。
新たにバイオメトリック認証システムの利用を検討する際
4.セキュリティ評価手法にかかる国際標準化の動向
に、候補となる複数のシステムの中から一定のセキュリティ
要件を満たすものを選択する必要がある。従来であれば、
こうした最新の研究成果を国際標準に反映させる活動
個々のシステムのセキュリティに関して、ベンダー独自の評
も 進 められて いる。
「 入 力 デ ータ攻 撃 」
(presentation
価結果を参照するしかなく、異なるシステム間で評価結果
attack)にかかるセキュリティ評価手法の国際標準案「ISO/
を比較し優劣を決めることができなかった。標準化された
IEC 30107シリーズ」が、ISO/IEC JTC1/SC37(バイオメ
手法による評価結果を参照できるようになれば、そうした
20
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
比較が可能となり、セキュリティ要件に合致するシステムの
ムにおける人工物を用いた攻撃に対するセキュリティ評
抽出・絞込みが可能になると期待される。
価手法の確立に向けて」
、2016-J-2)をベースとしてい
6.今後の課題
る。より詳しい内容については、上記ペーパーを参照
されたい。本稿に示されている意見は、筆者個人に属
こうしたメリットを享受するために、金融機関においては、
し、日本銀行の公式見解を示すものではない。また、
セキュリティの評価手法の研究や国際標準化の流れをどの
あり得べき誤りはすべて筆者個人に属する。
ようにサポートしていくか、また、標準化された手法に基
[2]金融情報システムセンター、
「平成27年度金融機関アン
づく評価結果をどう活用するかについて、今後検討するこ
ケート調査結果」
、
『金融情報システム』
、No.338、金
とが重要になると考えられる。
融情報システムセンター、2015年
評価結果の活用方法に関していえば、例えば、人工物提
[3]アンケートの対象先は、都銀、信託、地銀、第二地銀、
示攻撃に対して一定以上のセキュリティを有するシステムを
上記以外の銀行、商工中金、農林中金、信用金庫、
選択する方法として、次の手順で検討することが考えられる。
信用中央金庫、信用組合、全信組連、労働金庫、信
(イ)採用の候補となるバイオメトリック認証システム(第三
者による評価・認証を取得したもの)の情報を収集す
る。その際、当該システムのベンダーから、適用対象
予定のアプリケーション(ATM、
スマートフォン、
タブレッ
ト端末等)と当該システムの相性等について確認する。
(ロ)当該システムにかかる評価・認証の際に用いられたド
用農協共同組合連合会、生保、損保、証券、クレジッ
トカード会社等を含む873機関(回答先は709機関)。
[4]金融庁、
『偽造キャッシュカード問題等に対する対応状
況(平成27年3月末)
』
、2015年
[5]イオン銀行は、2016年3月、ATMでの取引の本人確認
を指紋認証のみで行うサービスにかかる実証実験を開
キュメント等をベンダーから入手する。具体的には、
始する旨を発表している(イオン銀行、
「指紋認証シス
セキュリティ設計仕様書や、評価時に実施されたテス
テムの実証実験開始について」
、2016年3月29日)。
トにかかる情報(テスト証拠資料等)が該当する。
(ハ)セキュリティ設計仕様書等を参照し、想定される脅威
(攻撃者)
、セキュリティ対策の方針・機能、セキュリティ
評価の結果等が、金融機関側のセキュリティ要件を
満足しているかを確認する。満足していれば、当該シ
ステムを、
「人工物提示攻撃にかかるセキュリティの
観点から導入候補として適格」と判断する。複数の
[6]FIDOをインターネット・バンキングに適用した場合にセ
キュリティ上留意すべき事項については、日本銀行金融
研究所ディスカッション・ペーパー(井澤秀益・五味秀仁、
「次世代認証技術を金融機関が導入する際の留意点−
FIDOを中心に−」
、2016-J-3)において考察されている。
[7]原隆、
「スマホのカメラだけで静脈認証を実現」
、
『日経
FinTech』
、日経BP社、2016年5月25日
システムが「適格」と判断した場合、処理性能やコス
[8]こうした研究事例については、宇根正志・松本勉、
「生
ト等、他の要件の充足度合いを勘案しつつ、最終的
体認証システムにおける脆弱性について:身体的特徴の
に採用するシステムを絞り込む。
偽造に関する脆弱性を中心に」
、
『金融研究』
、第24巻
上記の手順で実際に対応するとすれば、①システム導入
時の作業手順の見直し、②標準化された評価手法に対応
したセキュリティ要件の設定、③ベンダーから入手する情報
第2号、日本銀行金融研究所、2005年、35 〜 83頁を
参照されたい。
[9]本プロジェクトの名称は、
「戦略的国際標準化加速事業:
の特定、④ベンダーへの情報提供の要請等、具体的に検
クラウドセキュリティに資するバイオメトリクス認証のセ
討を要する項目がいくつか挙げられる。こうした項目の洗
キュリティ評価基盤整備に必要な国際標準化・推進基
出しや個々の対応方法にかかる検討が、今後、金融分野
盤構築」である。
においてバイオメトリクスを活用する上で重要な課題となる
であろう。
[10]コモン・クライテリアに則ったセキュリティ評価・認証
の枠組みに関しては、田村裕子・宇根正志、
「情報セキュ
リティ製品・システムの第三者評価・認証制度について:
注
金融分野において利用していくために」
、
『金融研究』、
[1]本稿における分析・考察は、日本銀行金融研究所ディ
スカッション・ペーパー(宇根正志、
「生体認証システ
第27巻別冊第1号、 日本 銀 行金 融 研 究 所、2008年、
79 〜 114頁を参照されたい。
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
21
スポットライト
ITU-T におけるセキュリティに関する
標準化動向
み やけ
株式会社 KDDI 研究所 セキュリティ開発グループ グループリーダー
ゆたか
三宅 優
1.はじめに
つ属している。また、これらの活動のほかにも、ITU-T内、
ITU-Tでは、SG17(Security)が中心となって、セキュ
及び、ITU以外の外部の標準化機関や団体と情報交換等
リティに関わる勧告やハンドブック等の文書作成を行ってい
を行うJCA(Joint Coordination Activity)の活動があり、
る。SG17は12の課題から構成され、その活動も様々な種
SG17では、JCA-COP(ITU-T Joint Coordination Activity
類がある。本稿では、SG17の活動を中心に、ITU-Tにお
on Child Online Protection)、JCA-IdM(ITU-T Joint
けるセキュリティ標準化活動の概要を紹介する。
Coordination Activity on Identity Management)を担当
2.ITU-T SG17(Security)の概要
している。JCA-COPでは、青少年のネットワーク利用に対
する制限等に関する活動について、情報交換や連携を行う
ITU-T SG17は、ITU-Tにおけるセキュリティの取組みを
ことを目的としており、標準化団体だけではなく、ユニセフ
ほぼ集約して活動している。他のSGにおいても、それぞれ
や各国のNPOからも情報を得ている。また、
JCA-IdMでは、
SGで取り扱う案件に特化したセキュリティの検討は行って
ID管理を行っている標準化団体やフォーラムと情報交換を
いるが、SG17では、
「セキュリティ」
、
「ID管理」
、
「言語と
行っている。このほかにも、アフリカ内の国家と通信事業
形 式 記 述 技 術 」 に つ いて、Lead Study Groupとして、
者が連携してITU-T SG17活動に貢献するために、ITU-T
ITU-T全体を取りまとめる立場として活動を行っている。
SG17 Regional Group for Africaが最近結成され、アフリ
図1に、ITU-T SG17の 課 題 構 成 を 示 す。 五つ のWP
カからのSG17会合の参加促進や寄書提出などを国や組織
(Working Party)があり、WPに課題が二つ、または、三
を超えて取り組んでいる。
■図1.ITU-T SG17の課題構成
22
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
3.ITU-T SG17でのセキュリティ標準化トピック
3.2 IoTセキュリティ
この章では、ITU-T SG17の活動における主な取組みに
数多くのIoT(Internet of Things)デバイスがネットワー
ついて説明する。
クに接続されるようになったが、そのセキュリティ対策は不
十分なところがあり、多くのデバイスが侵入され、外部か
3.1 SDNセキュリティ
らの制御によりDoS攻撃や迷惑メール(スパムメール)の
ネットワーク制御部とパケット転送制御部を論理的に
発信源となっている。また、セキュリティ上の課題も多くあ
独 立したアーキテクチャとしてSDN(Software-Defined
り、処理能力や電源確保の問題等から、暗号等の処理が
Network)の検 討が進められており、ITU-TではSG11と
重いセキュリティ機能の組み込みが難しくなっている。
SG13において議論が行われている。SG17では、SDNに関
SG17では課題6がIoTを担当しており、現在、2件の勧告
するセキュリティとして、以下の二つの観点から勧告作成が
作成を進めている。一つは、IoT全体のセキュリティ要件と
行われている。
対策を規定するX.iotsec-2で、ITU-T Y.2068(Functional
framework and capabilities of the Internet of things)
① Security of SDN、Security for SDN
を前提としたゲートウェイモデルによるセキュリティ対策を
SDNにより構成されるネットワーク基盤を守る
示している。もう一つは、IoTデバイス間の通信セキュリティ
② Security by SDN
向けに、リアルタイム性と省リソース性を確保した暗号化通
SDN技術により、より高度なセキュリティを提供
信の処理手順を提供するX.iotsec-1で、重要度の高い箇所
を部分的に暗号化することにより処理負荷を軽減してい
①はSDNそのものの安全性を高めることを目的としている。
る。これらの関係を図2に示す。
ネットワークをプログラムにより構成できるようになり複雑
性が増しており、SDNに対する脅威として、偽造されたパ
3.3 ITSセキュリティ
ケットの送信、スイッチの脆弱性を突いた攻撃、コントロー
ITS(Intelligent Transport Systems)のセキュリティも課
ルプレーンへの攻撃、コントローラとアプリケーション間の
題6が担当して議論が行われている。車がネットワークと接
信頼性(確保機構)の欠如、管理者マシンの脆弱性を突い
続されるようになり、新たな脅威が指摘されているが、SG17
た攻撃、信頼ある情報取得機構の欠落、等が課題となっ
では、特にITSの通信セキュリティを対象として勧告の作成
ており、これらの課題に対応したセキュリティ機構が必要
を進めている。ITSに関わる勧告として、X.itssec-1(Secure
とされている。
software update capability for intelligent transportation
②は、SDNを利用した新たなセキュリティ機構の提供を目
system communication devices)の作成が進められている。
的としている。SDN機能を利用したファイアウォール、ネッ
この勧告では、ITS通信デバイスのための安全なソフトウェ
トワークモニタリングや、動的なセキュリティ対策の実現が
ア更新手順、及び、更新の際のセキュリティ上の脅威・リス
期待されている。
ク解析、セキュリティ要件について説明が行われている。
■図2.IoTセキュリティの勧告案の関係
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
23
スポットライト
3.4 情報セキュリティマネジメント
越えて瞬時に広まる一方、問題への対処は各国ごと、また
課題3では、電気通信に関わる情報セキュリティマネジメ
は、機関ごとに独立して活動しており、相互に連携を取る
ントに関する勧告作成を進めている。表1に示す項目が対
ことが充分できていないことから、サイバーセキュリティ情
象範囲であるとしている。
報の表現・格納方法を標準化することにより、国境を越え
■表1.情報セキュリティマネジメントの対象範囲
組織
コンプライアンス
インシデントハンドリング
資産
組織運営
オペレーション
人材
方針
通信ネットワーク
物理的な環境
事業継続
システム
外部との関係
た、全世界規模でのサイバーセキュリティ情報の共有を実
現 することをCYBEXプ ロジェクトで は目指して いる。
CYBEXの成果は、下記のような人や組織に利用されてい
る。
• サイバーセキュリティ・コーディネーションセンター
▶ 脆弱性情報等の警告のための参照情報として活用
ISO/IEC JTC1 SC27と共同文書となっているX.1051 rev
(Code of practice for Information security controls
• インシデントレスポンスチーム
▶ 脆弱性情報や攻撃情報の対応状況の確認
based on ISO/ IEC 270 02 for telecommunications
• システム管理者
organizations)を中心的な勧告として、これに関連する勧
▶ システムに関わる脆弱性情報の管理
告も作成している。X.1051 revは、情報セキュリティ管理シス
• クラウドサービス、ネットワークサービス事業者
テム(ISMS:Information Security Management System)
▶ サービス基盤の脆弱性情報の管理と影響の把握
であるISO/IEC 27002を通信事業者向けに適用したもの
• 組み込み、IoT製品の開発者
で、通信に特化した項目が含まれている。また、このほかに、
▶ 利用するソフトウェア資産の脆弱性管理
組織内で情報セキュリティを管理するためのモデル、情報セ
• 研究者
キュリティ管理のためのフレームワーク、リスク管理、セキュ
▶ 脆弱性情報の収集と管理
リティインシデント管理、通信事業における資産管理等の勧
告が作成されている。
4.Global Cybersecurity Index
3.5 CYBEX(サイバーセキュリティ情報交換フレームワーク)
ITU全体のセキュリティに関する取組みとして、Global
サイバーセキュリティを担当する課題4では、セキュリティ
Cybersecurity Index(GCI)がある。ITU-Dが主担当とし
情報の展開と交 換を促 進するためのプロジェクトとして
て取り組み、2014年にその調査結果が報告されている。
CYBEX(The Cybersecurity Information Exchange
このプロジェクトの目的は、
「法律等の整備」、
「技術的
Framework)を立ち上げ、これまでに表2に示す勧告を作
対策」、
「組織」、
「組織能力の向上」、
「施策」、
「国内、国
成してきた。
際連携」の五つの領域を対象として国家レベルのサイバー
ウィルスなどの悪意のあるソフトウェアによる被害は国境を
セキュリティの対策状況を数値化することである。これによ
り、
国家レベルでの政府戦略の促進、
業界と連携したセキュ
■表2.CYBEXプロジェクトで作成した勧告
リティ技術導入の促進、サイバーセキュリティのカルチャー
X.1500
Overview of cybersecurity information exchange
の展開を目指している。
X.1520
Common vulnerabilities and exposures
図3がGCIの調査結果である。青が対策が取れていると
X.1521
Common vulnerability scoring system
されるスコアで、赤になるほど対策が不十分となる。1位は
X.1524
Common weakness enumeration
X.1525
Common weakness scoring system
米国、2位はカナダであった。日本は全体で8位となっており、
X.1526
Language for the open definition of vulnerabilities and
for the assessment of a system state
対策が取られている国とされている。
GCIは、開発途上国でのサイバーセキュリティ対策状況
X.1528
Common platform enumeration
の把握、各地域でのサイバーセキュリティ活動の活性化、
X.1544
Common attack pattern enumeration and classification
サイバーセキュリティ対策の取組みへの対応が必要とされる
X.1546
Malware attribute enumeration and characterization
点の明確化、サイバーセキュリティ対策の展開に必要とされ
24
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
■図3.Global Cybersecurity Indexの調査結果
る施策や標準化の推進、といった役割を持っており、今回
Infrastructure)、モバイルセキュリティ、等が議論されて
の調査結果が、SG17においてRegional Group for Africa
いる。IoT、ITS、SDN等の新しい技術やプラットフォーム
が結成された要因の一つとなっている。
の導入に従って、新たなセキュリティ上の課題も増えている
5.おわりに
セキュリティに関しては対象範囲が広く、今回紹介した
案件以外にも、ID管理、認証、迷惑行為(スパムメール、
状況である。新たな脅威に適切に対応した勧告の作成や
取組みを行うこと、アフリカ等で対策が遅れている地域で
の活動の活性化がSG17の課題となっている。
(2016年4月7日 ITU-T研究会より)
DoS攻 撃 等)
、 テレバイオメトリクス、PKI(Public Key
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
25
スポットライト
ロボットにおける電波利用の高度化に
関する技術的条件
総務省 東北総合通信局 無線通信部長
(前 総務省 総合通信基盤局電波部電波政策課 周波数調整官)
ほし の
てつ お
星野 哲雄
1.はじめに
公募、採用するべき技術実証プロジェクトや、その
我が国の産業は、グローバルなコスト競争にさらされて
実現のための規制改革について検討
いる製造業・サービス業の競争力強化や、農業・建設分
野等における労働力の確保、物流の効率化などの様々な
ロボットは工場などの製造業務での活用を中心に生産
課題を抱えている。このような課題を解決し、我が国の国
性の向上や品質の安定化、人が容易に近づけない場所で
際競争力を高めるためにはロボットの積極的活用が有効で
の作業を中心として発展してきている。最近では、ロボッ
あり、政府全体としてもロボットの発展に向けた戦略の策
トのうち無人航空機(ドローン)によるインフラ点検や災
定等に取り組んでいる。
害状況の把握、テレビ番組等の撮影、更には宅配などの
◆日本再興戦略(改訂2014/平成26年6月24日閣議決定)
輸送・物流分野など、多様な分野での利用が期待され、
・日本が抱える課題解決の柱として、ロボット革命の
今後の市場規模として高い伸びが見込まれているところで
実現を提言
ある。
・地域活性化・地域構造改革の実現を提言
◆ロボット新戦略(ロボット革命実現会議/平成27年1月
ロボットにおける電波利用については、これまではロ
ボットを遠隔操縦するために操縦者からロボットに対する
23日策定)
操縦コマンドの送信に利用されており、比較的小容量の通
・2020年にロボット革命を実現するための5カ年計画
信で運用されていたが、昨今では、ロボット活用の多様化
を策定
に伴い操縦コマンドの伝送だけではなく、例えばドローン
・ロボットの利活用を支える新たな電波利用システム
の整備についても言及
が上空から撮影する画像や無人建設重機を操作するため
の画像の伝送、更にはドローンの飛行位置を操縦者がリア
◆近未来技術実証特区検討会
ルタイムに把握するための位置情報や機体の状態などの
・自動飛行、自動走行等の「近未来技術に関する実
データ伝送など、新たな電波利用が出現してきており、従
証プロジェクト」と、その実現のための規制改革等
来の操縦コマンドに比べると大きな伝送容量の通信が必
を検討
要となっている。
・プロジェクトの実施主体となる民間企業等の提案を
このようにロボットの無線システムは、その用途(画像
■図1.ロボットの利用イメージと電波の利用イメージ
26
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
伝送、データ伝送、操縦用コマンド伝送)に対してWi-Fi
機器などの汎用的に使用可能な無線システムを活用して
■表1.ロボット用電波利用システムの想定される利用分野・用途
利用区分
運用されてきた。しかしながら、
様々な分野におけるロボッ
トの活用可能性に注目が集まる中で、特に高画質や長距離
の画像伝送用途等のニーズに応えるため、情報通信審議
地上
・火山の無人観測
・農業機械の無人化 ・建設/土木工事の無人化施工
・車両の自動運転
・災害現場における調査/復旧作業
・案内/誘導サービス 屋内
・災害現場における調査/復旧作業
・屋内荷物の自動搬送
・トンネル内災害調査
・案内/誘導サービス
・戸建住宅床下点検
上空
・災害現場による観測
・ソーラー発電のパネル異常検出
・火山の無人観測
・農産物生育状況の確認
・橋梁/建造物の老朽化点検
・農薬散布
・送電線の点検
・空撮/地図作成
・壁面調査
・荷物/物資輸送
・プラント/工場/施設等の警備監視作業
・番組制作/取材
海上
・水中ロボット等の位置把握等の測量探査
・水中でのインフラ点検
・深浅測量
会技術分科会では2015年3月より「ロボットにおける電波
利用の高度化に関する技術的条件」の検討を開始し、要
求される条件や運用の形態等を踏まえ、使用可能周波数
の拡大、最大空中線電力の増力等の技術的な検討を行い、
2016年3月にその技術的条件が答申されている。
本稿では、ロボットの電波利用について、現状と高度化
の技術的条件の概要を紹介する。
2.ロボットにおける電波利用システムの現状
2.1 電波を利用するロボット
現在、農薬散布用の無人ヘリコプターや建設分野での
無人化施工のための遠隔作業ロボットなど、多様な分野で
のロボットに電波が利用されている。また、
昨今ではロボッ
ト農機の出現や様々な分野でドローンが活用されている。
このように電波を利用するロボットは多種多様な分野に
拡大するものと考えられ、今後、想定される利用分野・用
具体的な利用用途
途は表1のとおり。
■図2.電波を利用するロボットの事例
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
27
スポットライト
2.2 ロボットの通信形態
2.3 ロボットの無線通信システム
ロボットの通信形態では、
現在、ロボットに利用されている主な無線通信システム
①操縦用コマンド伝送:操縦者からロボットを操縦する
の概要は表2のとおり。
ための制御情報の伝送
表中の小電力データ通信システムは、無線LANとして
②データ伝送:ロボットから操縦者等へロボットの状態
IEEE802.11グループで標準化されたものが広く使用され
や搭載された各種機器からの情報 (GPS情報、残存
ており、無線装置の汎用性の高さからロボットにおいても
バッテリー情報等)の伝送 2.4GHz帯小電力データ通信システムを操縦、画像伝送及
③画像伝送:ロボットに搭載されたカメラ画像の情報の
伝送
びデータ伝送用に広く利用されている。特に無線操縦に使
用する場合には、周波数ホッピング方式(FH方式)を採
に分類される。ロボットの電波利用はこれまで操縦用コ
用するなどにより混信を回避した安定通信の向上を図って
マンド伝送などの制御系を中心に利用されてきたが、近年
いる。通信距離は、操縦用では500m ~ 3km、操縦用に比
ではドローンでの空中撮影やインフラ点検のために画像伝
べて高い伝送速度が必要となる画像伝送では300m程度で
送の需要が高まっている。
あるが、無線局免許を要せずに誰でも使用できることから、
多くのドローンで利用されている。
■表2.ロボットに利用されている主な無線通信システム
無線システム名称/無線局種
周波数帯
送信出力
伝送速度
利用形態
無線局免許
ラジコン操縦用微弱無線
73MHz帯等
※
5kbps
操縦
不要
特定小電力無線局
400MHz帯
10mW
5kbps
操縦
不要
特定小電力無線局
920MHz帯
20mW
携帯局
1.2GHz帯
1W
小電力データ通信システム
2.4GHz帯
無線アクセス
4.9GHz帯
小電力データ通信システム
5GHz帯
簡易無線局
50GHz帯
操縦
不要
画像伝送
要
200k~ 54Mbps
操縦
画像伝送
データ伝送
不要
250mW
~ 54Mbps
画像伝送
データ伝送
要
10mW/MHz
~ 6.93Gbps
画像伝送
データ伝送
不要
画像伝送
要
10mW/MHz
(FH方式は3mW/MHz)
30mW
(アナログ方式)
~ 1Mbps
(アナログ方式)
※500mの距離において、電界強度が200μV/m以下
■図3.ロボットの電波利用イメージ
28
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
3.電波利用の高度化に対する要求条件
4.技術的条件の概要
ロボットの画像伝送用通信は、近年のカメラの小型化・
情報通信審議会技術分科会では、前述の要求条件を踏
高性能化に伴って撮像される画像の高画質化が進むこと、
まえてロボットの電波利用の高度化に向けて使用可能周波
また、人が近寄ることが困難な災害現場等をドローンによ
数帯の拡大や最大空中線電力等の技術的条件の検討を進
る現状の把握など、長距離通信のニーズも高まりつつある。
め、2016年3月にとりまとめた。
加えて、人の立ち入ることが困難な場所においてロボット
使用可能周波数帯としては、既に無線機が開発されてい
に何らかの電波伝搬障害が起こりロボットの遠隔操縦が不
る周波数帯を候補とすることが要求条件にあり、できるだ
可能となった場合、そのままロボットを廃棄しなければな
け低コストの無線機を実現することが可能となるが、反面、
らなくなるため、バックアップ用の回線の必要性も高まっ
無線機が開発されている周波数帯には、既存の無線システ
ている。
ムが存在するために周波数共用を図ることが必要となる。
このような電波利用に対するニーズは以下のとおり。
このため、大容量の通信となる画像伝送のために広帯域
・高画質で長距離の画像伝送が可能となるよう、大容
量の通信を可能とすること。
の周波数が確保でき、また、既存無線システムとの周波数共
用の可能性を勘案し、無線LAN等で使われている2.4GHz帯
・ロボットを一つの運用場所で複数台運用できるように、
複数の通信チャネルが使用可能であること。
や5.7GHz帯をメイン回線用として、バックアップ用回線で
は伝搬特性を考慮して169MHz帯を選定している。
・主に使用する回線のほかに、混信やその他の電波伝
最大空中線電力は、それぞれの周波数帯で通信可能距離
搬上の障害等の何らかの事情により、当該主回線が
を計算した結果、2.4GHz帯及び5.7GHz帯は1W、169MHz帯
不通となった場合に備えて、バックアップ用に別の通
は上空利用では10mW、地上利用では1Wとすることで、要
信回線が使用可能であること。
求条件の通信距離を実現することが可能である。
・低コストの無線機実現の観点から、
使用する周波数は、
それぞれの周波数帯と主な技術的条件の概要は以下の
既存システムに利用されている汎用的な周波数帯が
とおり。
望ましい。
4.1 2.4GHz帯
上記のニーズから、通信距離や伝送容量等の具体的な
2.4GHz帯は、2400MHz ~ 2483.5MHzが世界共通の無線
要求条件を表3に示す。
LAN帯域として大量の無線LANで使用されており、ドロー
ンでもこの周波数を多く使用している。一方、日本では
■表3.ロボット用無線システムに対する要求条件
通信距離
上空利用 : ~ 5km程度
地上利用 : ~ 1km程度、
屋内利用 : ~ 200m程度
伝送容量
メイン回線 : 最大54Mbps
バックアップ用回線 : ~ 200kbps
同時運用台数
上空利用 : 5台程度
地上利用 : 20台程度
2497MHzまでを無線LANで使用しているが、2483.5MHz
~ 2497MHzは日本だけの独自システムで限定的な使用で
あるため、この周波数をロボット用無線システムで共用す
ることとしている。
4.2 5.7GHz帯
5.7GHz帯は、無線LANや各種レーダー、アマチュア無
線が使用しており、無線LANは周波数拡張を検討中であ
■図4.2.4GHz帯の周波数関係と主な技術的条件
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
29
スポットライト
る。これらの既存無線システムと周波数を共用して、
ロボッ
体となって運用調整のための仕組み作りが行われる
ト用無線システムでは5650MHz ~ 5755MHzまでを使用す
ことが望ましい。
ることとしている。
・2.4GHz帯及び5.7GHz帯については、他の無線システ
4.3 169MHz帯
ムから一定程度の干渉を受ける可能性があること考
169MHz帯は、広帯域テレメーターシステムと周波数を
慮するべきであり、特に上空で利用する場合にあって
共用し、バックアップ用回線として最大300MHz程度の
は、安全性の確保を考慮したシステム構築や運用を
チャネル幅の通信を行うことにより、低画質ながらも画像
行うことが望ましい。
伝送が可能である。
4.5 73MHz操縦用周波数の増波
4.4 周波数共用等に関する留意事項
73MHz帯無線操縦用周波数(産業用)は、主に農薬散
前述のとおり、ロボット用無線システムが使用する各周
布用の無人ヘリコプターで使用されている。近年、農薬散
波数帯では、既存の無線システムと周波数を共用すること
布での無人ヘリコプターの利用台数が増加傾向にあること
となる。また、今後ロボットが様々な用途で活用される可
から、現在の7波から4波を増波し、合計11波を無人ヘリコ
能性もあるため、ロボット用無線システム相互間での運用
プターで使用できるようにしている。
調整を行うことが必要と考えられる。
5.おわりに
このため、ロボット用無線システムの導入にあたって留
総務省では、この技術的条件の答申を受け、現在、無
意すべき事項を以下に示す。
・周波数共用を図るために既存無線システムへの運用
に配慮し、また、ロボット無線システム相互間の運用
線設備規則等の制度改正作業を進めており、本年夏まで
に制度整備を完了する予定である。
このように、より便利なロボットの利活用環境を整備す
調整を行うことが必要。
・このため、ロボット用電波利用システムにおいては、
ることで、多種・多様なロボットで無線通信システムが活
他の無線システムを含めて円滑な運用調整を図るた
用され、ロボットによる魅力ある新たなサービスが創出さ
めに無線局免許の取得を必要とすることが適当。
れることを期待している。
・円滑な周波数利用の観点から、ロボット運用者側が主
■図5.5.7GHz帯の周波数関係と主な技術的条件
■図6.169MHz帯の周波数関係と主な技術的条件
30
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
(2016年4月21日 情報通信研究会より)
必要は発明の母となる―ASEAN加盟国における
スマートフォンの増大とその影響
う だか
一般財団法人マルチメディア振興センター 情報通信研究部 研究主幹
まもる
宇髙 衛
1.プロローグ
ク・タクシー(Ojek)業をモバイル・アプリを使って利用
上司に14時までの資料作りを命じられた昼、コンビニに
者と結びつけるというサービスである。元々は、Nadiem
調達に行くのにも時間が惜しい、けど、糖分不足でもう頭
Makarim氏が2010年にバイク・タクシー運転手を組織し、
が回らない、あなたは、どうします?会社備え付けのおや
緑色のヘルメットとユニフォームを着せて(写真1)
、一定
つ?私のところにはありません。自席までおいしい昼食が
品質の送迎サービスの提供から始めたサービスである。
運ばれてくれば、とってもコンビニエントなんですけれど。
GO-Jekは提供サービスを、送迎から、ケータリング、簡
そんなサービスが、実は、あります。残念ながら、日本
単な荷物の配送、お買い物と拡大し、今ではお掃除や美容・
国内ではなくインドネシアの首都圏の話なのですが…。こ
マッサージの宅配といった各種のコンビニエンス・サービ
れまでのサービスにICTを組み合わせたビジネスは、ご当
スを提供するまでになっている(写真2)
。ここでは、米国
地のニーズに合わせて、新興国の大都市圏では東京よりも
発のサービスを現地化して、さらに利便性を拡大している
先行しているものがあります。
取組みが見られる。また、インドネシアのタクシーは、料
金が明朗ではない、遅い時間に乗ると犯罪に巻き込まれる
2.Go-Jek from Indonesia
ことがある、と悪評が高いのだが、こういったアプリを介
例えば、
「シェア」関連のサービスが全世界的に成長す
したサービスでは、いつ、だれが、どのサービスを利用・
る中、タクシー系のサービスも世界の都市を席巻しつつあ
提供したかが追跡可能なため、安心・安全の面からも利
る。有名なのは、サンフランシスコ生まれの“Uber”
、そ
用が進んでいるようである。
して東南アジア地域で一定の勢力を確保しつつあるマレー
新規参入に対する反応が厳しいのは、どこの市場にお
シア生まれの“GrabTaxi”である。しかし、インドネシア
いても同じことである。実は、GO-Jekも順調に成長してき
では、ジャカルタ生まれの“GO-Jek” という、アプリケー
たわけでもなく、2016年12月17日に運輸省は、配車アプリ
ションとサービスが、市場をけん引している。
ケーション、特にバイクに関するものについての使用を禁
このGO-Jek、朝夕のラッシュ時には四輪車が渋滞で全
止した。その理由は、バイク・タクシー自体が、
「2009年
く動かなくなる、そしてレールの上を走る公共交通機関が
法第22号 交通及び陸上運輸法」で定める公共交通機関
きわめて貧弱なジャカルタの足として普及していたバイ
にそぐわないためだとした。この決定に対しては、アプリ
■写真1.乗客用のヘルメットも運転手が用意する、カッパもある
らしい(Copyright Evi Herlyna)
■写真2.スマートフォン用アプリケーション起動画面、各種サー
ビスを表示している (Copyright Evi Herlyna)
*1
*1 http://www.go-jek.com/
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
31
スポットライト
を利用してサービスを提供している企業のみならず、利用
大量の中程度の学歴の新規の労働力が供給され、新た
者も猛反発し、大統領が「運輸相に再考を求める」と発
なサービスが成長しつつある環境下においては、もともと
言する事態に発展した。
インフォーマル・セクターで雇用されていた労働力が、
正式な指令ではないものの、大統領のコメントを受けて、
GO-Jekのような企業が創出する雇用によって、フォーマル・
運輸省は、充分な公共交通サービスの提供の実態と法の
セクターの雇用者へと変化する可能性がある。この変化は、
理念にはギャップがあり、このギャップを埋めるためには
雇用のみならず、その他の経済活動をもフォーマル化させ
バイク・タクシーの利用もやむなしとして、翌日、禁止令
る力を持っている。
を撤回した。
例えば、インフォーマルな場合には、貨幣では支払われ
新たな技術の利用は、伝統的な産業や規制のあり方と
ていなかった労働の対価が、賃金という形、さらには定期
の不整合を起こす可能性もあり、インドネシアにおいても、
的な形で貨幣で支払われることによりフォーマルな経済活
四輪自動車の配車サービス・アプリについては、タクシー
動へと転化する。そして、ここで賃金として支払われた貨
業界の大規模なストライキがあったり、アプリ側による特
幣は安全な場所、例えば銀行に、貯蓄という形で保管さ
定のタクシー会社の取り込みがあったりして、左右に揺れ
れるようになる。あるいは、インフォーマルな雇用者が、
ながら、
前進しているという印象を受ける。一方で、
バイク・
ルーラル地域から出てきていた場合、地方への送金の必要
タクシーの配車アプリは、GO-Jekのみならず、他社のもの
性が出てくる。
が拡散しつつあり、熾烈な競争が、イマココでは思いもつ
送られて来たお金は、最初は日常生活に必要なものに費
かないようなサービスを生み出してくるかもしれない。タ
やされるが、余剰が発生するようになると、ルーラル地域
イでは、Uberがバイク・タクシーを計画中である 。
でも貯蓄が発生する。これまで、途上国のルーラル地域で
*2
3.この事象の経済成長への含意
は、貯蓄は、フォーマルな形で金融機関を通じた投資には
回らなかった。しかし、ICTインフラの整備は、ルーラル
インドネシアは、人口約2億5000万人を抱える東南アジア
地域内での資金の流れが形成できる可能性を生み出す。ま
の大国である。そして、その人口のうち生産力人口の中枢
た、消費からみた場合には、貯蓄によって、耐久消費財に
を占める20歳以上50歳未満が48.9%を占める 。そのため、
対する支出も可能となるというように、ルーラルでの消費
これらの人々による経済活動は、国民総所得を押し上げ、
行動が変化する可能性が高くなっている。
人口ボーナスによる利益を受けつつある。そして、2010年
これまで新興国において金融セクターがこうしたニーズ
代に入って、総人口の過半数が、所得で見た場合に、あ
を的確に汲み上げてきたかというと、必ずしもそうとは言
る程度の幅を含んでいるものの「中間層」になったとされ
えない。そして、今ではこの金融サービスに対する小口の、
ている 。
しかし大量のニーズは、ICTをフルに活用して受け止める
また、その次世代については、10歳以上20歳未満は17.9%
ことが可能となっている。スマートフォンを利用して銀行
を占め、しばらくは、労働力が充分以上に供給されてくる。
口座を開設すれば、ルーラル地域においても金融サービス
また、これらの多くは、高卒以上の学歴を持っているとさ
へのアクセスが確保されることになる。
余剰人口は都市インフォー
れている 。新興国においては、
経済的な理由から、高額なスマートフォンを入手できな
マル・セクターにおいて糊口をしのぐ傾向が強く、インド
い場合も、心配はない。送金に関しては、ケニア生まれの
*3
*4
*5
ネシアもその例外ではない 。
*6
“M-PESA”*7を代表とするサービスが、スマートフォンなし
*2 2016年5月時点で、タイ政府は既存サービスとの摩擦を理由に許可していない。
*3 https://populationpyramid.net/indonesia/2016/
*4 佐藤百合「経済大国インドネシア」
第2章 中公新書2011年
*5 佐藤 同上
*6 「都市カンポンの典型のような地域で、住民は下級公務員、私企業職員、警察官、市バスの運転手などごく一部の給与所得者を
除くと、あとは日雇いの建設労働者や雑役夫、行商や露天商、あるいは自宅で食べ物を調理して販売したり、自宅の軒先で小
規模なよろず屋を開いているなど、いわゆるインフォーマル・セクターで働く者」倉沢愛子 「インドネシアの都市カンポンにみ
る人口統計」http://www.ier.hit-u.ac.jp/COE/Japanese/Newsletter/No.13.japanese/Kurasawa.htm
32
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
で、あるいは携帯電話なしでも利用できる。考えてみれば、
4.スマートフォンの普及
ガラケー時代からモバイル金融サービスは存在していた訳
人口ボーナスの影響は、逆に消費市場にも大きな影響を
で、スマートフォンは、そのインタフェースをユーザフレン
持つ。表1で示すのはASEAN加盟国の基本経済統計と電
ドリーにし、利用者を拡大しようとしていると考えることが
話に関する主な数字である。ASEAN地域では、巷間よく
できる。Fintechの分野においても、これまで金融インフラ
言及される人口6億の市場(2014年時点で6億2300万)に、
の弱かった新興国の金融機関が、イマココでは思いつかな
既に7億6000万の携帯電話の加入を数えている。しかし、
いようなサービスやアプリを投入してくる可能性がある。
当然ながらこの数字をもって普及率が100%を超えた、と
例えば、上に見たGO-Jek社の各種サービスの支払に関
いうように見ることはできない。いくつかの加盟国におい
して、
“Go-Pay”サービスが開始され、主要銀行の口座か
て一人あたりの電話番号数を3-5に制限していることを手
らGo-Payアカウントへの直接の送金ができるようになってい
掛かりに、少し乱暴な計算をすると、ASEAN全域でみた
る。経済成長の結果、インドネシアでは、近年、イスラム
場合、携帯電話の普及率は40 ~ 50%と見ている。
金融の拡大とも相まって、経済成長の効果がこれまで銀行
正確な数字は把握が難しいため、単純に携帯電話の加入
口座を持たなかった層へも拡大しており、多くの銀行がリ
数で代替するが、
固定回線ではその伸びが鈍かったインター
テールでの貸し付けをどのように展開してゆくかについて
ネットへの接続も携帯電話回線の高速化と端末のスマート
知恵を絞っており、ICTネットワークを有効に組み合わせる
化によって、大きく伸びている。そして、この大きな消費
ことは、今後の金融市場の形成に大きな意味を持っている。
市場は、
中国やインド同様に「便利さ」を貪欲に求めている。
また、インドネシアで見たような高卒以上の学歴を持つ
例えば、インドネシアの場合、2015年第4四半期に830万
者が、ICTを何かに結び付けるアイディアと共に企業家と
台のスマートフォンを販売したようである*8。第3四半期は
して市場に参入してくる可能性もある。その場合、
新規サー
730万台を販売し、2015年は通年2930万台のスマートフォン
ビスは、イマココでは思いつかないようなものである可能
が販売された。ベンダー別の内訳については図のとおりで、
性が高い。
最後のBlack Berry王国と呼ばれたインドネシア市場にお
■表1.ASEAN加盟国マクロ経済状況と電気通信普及(2014)
国名
人口
一人当たりGNI
百万
米ドル
携帯電話
加入数
普及率
加入数
千
%
千
%
10.37
313,227
125.36
254.5
カンボジア
15.33
1,020
361
2.34
20,452
132.73
5.47
55,150
1,967
36.35
8,104
146.89
タイ
67.73
5,780
5,690
8.46
97,096
144.44
フィリピン
99.14
3,500
3,093
3.09
111,326
111.22
ブルネイ
0.41
37,320
48
11.4
466
110.06
ベトナム
90.73
1,890
5,562
6.01
127,318
147.11
マレーシア
29.9
11,120
4,410
14.61
44,929
148.33
ミャンマー
53.44
1,270
527
0.98
29,029
54.04
6.69
1,660
921
13.36
4,619
66.99
ラオス
26,225
普及率
インドネシア
シンガポール
3,630
固定電話
人口、一人当たりGNI(http://data.worldbank.org/country)、
固定・携帯電話加入・普及(http://www.itu.int/en/ITU-D/Statistics/Pages/stat/default.aspx)
*7 M-PESA使用に関しては、機能のついたSIMを端末に装着し、M-PESA代理店で携帯電話番号、氏名、誕生日をIDカードで証
明することによって登録し、M-PESA機能をアクティベイトさせたら4桁のPINコードと登録ワードの打ち込みで送金が可能にな
る。受け取り側が、携帯端末を所有していない場合は、センターへの送金が可能で、引き出しにはIDナンバーを使う。形式と
しては、現金を携帯電話の前払い通話料に変換し、それを受け手に譲渡することで送金を可能としている。手数料は安価に設
定されていて、基本的に携帯電話事業者の代理店がセンターになっていることが多く、ケニアでは急速に普及した。手数料の
低廉化にはICTの急速な発展が、大きく寄与している。http://www.safaricom.co.ke/personal/m-pesa参照
*8 IDC Indoensia, https://www.idc.com/getdoc.jsp?containerId=prAP41041116
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
33
スポットライト
を求めている。近年、東南アジア各国で政治的な対立が
見られる背景には、この「権益」のあり方を巡る争いがあ
ると思われる。
こうした「権益」のあり方の変化を求める、あるいは変化
に対抗するための武器として、SNSは重要な役割を持って
いる。2010年に始まった「アラブの春」の際には、YouTube
やSNSが情報革命を推し進め、事態の展開を早めたとされ
ている。それと同様の事象が東南アジア各国でも経験され
ている。
数字は、100万台、出所:IDC Indonesia
■図.インドネシアにおけるスマートフォンベンダ別出荷シェア
(2015)
■表2.東南アジア主要国における人気アプリケーション(2015 August)
タイ
マレーシア
インドネシア
フィリピン
政治的な変化を求める運動のみならず、SNSは情報伝搬
速度によって、思わぬ事態を引き起こしている。例えば、
2015年7月にはクアラルンプールの商業モールLawYat Plaza
でマレー系住民が差別的な扱いを受けたとされる情報が
SNSを通じて拡散し、暴動が起こり、人種間の緊張が高まっ
1 LINE
Whatsapp
Blackberry
Messenger
Facebook
2 Facebook
Facebook
Facebook
Clash of Clans
情的な「脊髄反射」を招く危険性をはらんでいる。しかし
Wechat
LINE
Google Crome
ながら、SNSという道具の便利さを経験した私たちは、そ
4 YouTube
Clash of Clans
Clash of Clans
YouTube
して東南アジアの人々は、道具の使い方に関しては、熟慮
5 BeeTalk
Google Crome
Whatsapp
GO SMS
を重ねていく必要があるが、もう後戻りすることはないと
3
Google
Crome
た。SNSは事態の進展を早めるツールとなっているが、感
ニールセン(http://www.nielsen.com/apac/en/top10s.html)より作成、
2015年8月15日付
思われる。
いても、アンドロイド系のスマートフォンに市場を明け渡
インターネット・ネイティブの世代にとって、このスピー
しているようである。また、Apple社のiPhoneのシェアが、
ド感が当たり前になりつつある。そうした市場に対し、こ
先進国に比べて低く、中国系ベンダーのスマートフォンが
れまでのような感覚で対応していくのでは、少しペースが
そのシェアを伸ばしているのも、インドネシアの特徴であ
遅いのではないかと最近考えている。インフラが充分整備
る。特に2015年はAsusが急伸して、前年の5.6%から15.9%
された環境の下で展開されるサービスも便利だが、なけれ
に、そのシェアを伸ばしている。
ばないなりにいろいろ工夫されて出てくるASEAN発の
こうしてその存在を高めてきたスマートフォンを使っ
サービスについても、日本でも一考の価値があると思う。
て、皆が何をしているかといえば、上で見たようにインター
また、新興国のデジタル・ネイティブ、さらにはモバイル・
ネットへのアクセスを確保し、
「ソーシャル」な場面、特
6.エピローグ
にSNS(Social Network Service)サービスへの参加に端
さて、私も、かなり、お腹が空いてしまいました。自席ま
末を使っている。表2に示しているのは、東南アジア主要
での昼食のサービスですが、供給者はGO-Jekに限りません。
国における人気アプリだが、各国において、ソーシャル系
インドネシア旅行をされた方はご存知でしょうが、国内い
のアプリケーション(着色部分)が上位にランクされてい
たるところで、カキ・リマと呼ばれる屋台店が食事を提供
る。中でも、Facebookは、全ての国において1位か2位に
しています。このカキ・リマを組織してICTでつなぎ、デ
つけている。
リバリ・サービスを供給するポータルとアプリをジャカル
5.Social Network Service
上でインドネシアの例を見たように、東南アジア各国で
は、中間層が成長している。そして、その中間層は、
「権益」
の分配の変更を進めつつあり、これまでの「権益」の変更
34
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
タ特別州が肝入りで作成したようです(http://kakilima.
porter.id/)
。でも、
ここ(日本)まで、
運んでいただくのは、
無理ですよね、Pak Ahok ?
(2016年3月24日 情報通信研究会より)
ペタ・ビット級の大容量伝送を実現する
高密度空間多重伝送の研究動向
日本電信電話株式会社
アクセスネットワークサービス
システム研究所
主幹研究員(特別研究員)
株式会社KDDI研究所
コアネットワーク部門
執行役員
なかじま
もり た
かずひで
中島 和秀
いつろう
森田 逸郎
1.はじめに
2.DSDM伝送用光ファイバの研究動向
現在、汎用的に利用されている単一モード光ファイバ
図1に示すように、SDM伝送用光ファイバは、同一クラッ
(SMF:Single Mode Fiber)の容量限界は、低損失かつ
ド内に複数のコアを多重するマルチコア光ファイバ
(MCF:
光増幅が可能な波長帯域の制限等により、およそ100テラ・
Multi-Core Fiber)と、同一コア内に複数の伝搬モードを
ビットで顕在化すると考えられている。一方、2020年代後半
多重するマルチモード光ファイバ(MMF:Multi-Mode Fiber)
にはペタ・ビット(1ペタは1テラの1000倍)を上回るデータ
とに大別することができる。図2に2009年以降におけるSDM
通信需要が発生すると考えられており、今日の高密度波長分
伝送用光ファイバの研究報告例を示す。図中の黒丸と赤
割多重(DWDM:Dense-Wavelength Division Multiplexing)
丸は、それぞれMMFとMCFの報告例を示している。図2
伝送に次ぐ、新たな大容量伝送技術が必要になると考え
より、1本のMMFあるいはMCFで30以上の空間チャネル
られている。この技術候補として、空間分割多重(SDM:
を有する、DSDM伝送用の光ファイバが実現できることが
Space Division Multiplexing)伝送が注目を集めており[1]、
確認できる[2][3]。しかし、モード数の増加に伴うコア径の
30以上に及ぶ空間チャネルを多重した、高密度SDM(DSDM)
拡大、あるいはコア数の増加によるクラッド径の拡大等に
伝送も実現されつつある。
より、モードあるいはコアのいずれか一方で50を上回る空
本稿では、コア及びモード多重を活用したDSDM用光
間チャネルを多重することは困難になると考えられる。こ
ファイバと、それを用いたDSDM伝送の最新の研究動向に
のため、モードとコアを同時に活用したMM-MCFの研究
ついて概説する。
が行われており、近年、日本の三つの研究グループから
■図1.SDM伝送用光ファイバの分類
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
35
スポットライト
■図2.SDM伝送用光ファイバの研究動向
■図3.DSDM光ファイバにおける相対コア密度とクラッド径の関係
100以上の空間チャネルを有するMM-MCFが相次いで報
告された
。
[4]
[5]
[6]
に配列することにより、250µm未満のクラッド径に114の
空間チャネルを多重できることが分かる。
図3にMM-MCFにおける相対コア密度とクラッド径の関
図4に、図3で得られた設計指針に基づいて作製した
係を示す 。ここで、コア密度はクラッド断面内で実効的
MM-MCFの断面写真と、伝送損失とモード間群遅延時間
に光が伝搬する領域の面積割合を表し、図3の縦軸は一般
差の関係を示す[6]。ここで、モード間遅延時間差の増大は、
的なSMFのコア密度で規格化している。また、図中の黒
受信端における信号処理負荷の増大を招くため、モード多
丸及び赤丸は、それぞれ3LPモード(4空間チャネル)及
重伝送に用いる光ファイバでは、伝送損失に加えモード間
び4LPモード(6空間チャネル)を導波可能なコアを用い
群遅延時間差も極力低減されていることが好ましい。図4
た場合の結果を表し、括弧内の数字はモード数とコア数の
より、文献[6]で報告されたMM-MCFは、優れた低損失
乗算による空間チャネル数を表している。図3より3LPモー
性と低群遅延時間特性を両立しており、
100以上の空間チャ
ドを用いる場合、コア数の増加により空間チャネル数も増
ネルを有するDSDM伝送用光ファイバの実現性が示唆さ
加するものの、コア密度は殆ど改善されないことが分かる。
れたものと言える。
[6]
一方、4LPモードを用いた場合、19個のコアを六方最密状
36
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
■図4.世界最高密度MM-MCFの損失及びモード間群遅延時間差特性
■図5.主要光ファイバ伝送実験で報告されている伝送容量と周波数利用効率の関係
3.DSDM伝送の研究動向
ことにより、1Hzの周波数当たりで伝送できる伝送容量を
図5に、MCF、MMF及び両者を組み合わせたMM-MCF
示す周波数利用効率は456bit/s/Hzが達成されており、従
を用いた大容量光伝送実験結果を示す。比較のために、
来のSMFと比較して、50倍程度の拡大が達成されている。
従来のSMFを用いた代表的な大容量光伝送実験の結果も
図6に、各コアを4LPモード(6空間チャネル)が導波す
図中に示した。DSDM伝送技術を用いることにより、光ファ
る19コアMCFを用いた2.05ペタ・ビット伝送実験[7]の概要
イバ当たりの伝送容量は、従来のSMFを用いた場合と比較
を示す。本伝送実験では、50Gbit/sのデュオバイナリ偏波
して1桁以上拡大可能であり、伝送容量が2ペタ・ビットに
多重QPSK信号360チャネルを12.5GHz間隔で高密度波長
達する光ファイバ伝送実験も報告されている
。2ペタ・
[7]
[8]
多重した上で、
114空間多重(19コア×6モード)することで、
ビットの伝送容量が達成された伝送実験では、単一モード
総伝送容量2.05ペタ・ビットを達成している。なお、本伝
の22コアMCF、または、4LPモード(6空間チャネル)が
送実験で用いた114空間多重用光ファイバは、前章で述べ
が用いられている。後者の伝送
たMM-MCFとは異なり、318µmのクラッド径を有するもの
実験では、DWDM伝送技術とDSDM伝送技術を組合せる
である。この光ファイバを9.8km伝送させた後に全41,040
導波する19コアファイバ
[9]
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
37
スポットライト
■図6.MM-MCFを用いた2.05ペタ・ビット伝送実験の概要
チャネルの符号誤り率を測定し、全チャネルについて誤り
訂正符号の適用を想定した際の所望の信号特性が得られ
ることを確認した。本伝送実験により、MM-MCFを用い
た超大容量光伝送の実現可能性が示された。
4.おわりに
将来の光伝送システムの飛躍的な大容量化に向けて、
DSDM光伝送技術の研究開発が活発に行われている。日本
は本分野で世界を牽引しており、2ペタ・ビットを超える
超大容量伝送の実現可能性を世界に先駆けて実証してい
る。今後のDSDMシステムの実現に向けては、DSDM伝
送用光ファイバを中心とした関連技術の実用性の向上に向
けた更なる研究開発と共に、国際的な枠組みでの標準化
の取組みも重要になっていくと考えられる。本分野の今後
の更なる発展を期待する。
謝辞
本稿に記載された成果の一部は、国立研究開発法人情
報通信研究機構からの委託研究「革新的光ファイバの実
用化に向けた研究開発」によるものである。
38
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
参考文献
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IEEE Photon. J., vol. 4, no. 2, pp. 647-651, 2012.
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division multiplexing,”in Proc. ECOC’
15, Mo.4.1.2, 2015.
[3]
T. Mizuno et al.,“32-core dense SDM unidirectional
transmission of PDM-16QAM signals over 1600 km
using crosstalk-managed single-mode heterogeneous
multicore transmission line,”in Proc. OFC’
16, Th5C.3,
2016.
[4]
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with 108 spatial channels,”in Proc. OFC’
15, Th5C.2, 2015.
[5] K. Igarashi et al.,“114 space-division-multiplexed
transmission over 9.8-km weakely-coupled-6-mode
uncoupled-19-core fibers,”in Proc. OFC’
15, Th5C.4, 2015.
[6]
T. Sakamoto et al.,“Low-loss and low-DMD few-mode
multi-core fiber with highest core multiplicity factor,”
in Proc. OFC’
16, Th5A.2, 2016.
[7]
D. Soma et al.,“2.05 Peta-bit/s super-Nyquist-WDM
SDM transmission using 9.8-km 6-mode 19-core fiber in
full C band,” in Proc. ECOC’
15, PDP3.2, 2015.
[8]
B. Puttnam, et al.,“2.15 Pb/s transmission using a 22 Core
homogeneous single mode multi-core fiber and wideband
optical comb,”in Proc. ECOC2015, PDP3.1, 2015.
[9]
T. Hayashi et al.,“6-mode 19-core fiber for weaklycoupled mode-multiplexed transmission over uncoupled
cores,”in Proc. OFC2016, W1F.4, 2016.
会合報告
ITU-R SG4(衛星業務)関連WP会合
(2016年4月度)報告
KDDI 株式会社
グローバル技術・
運用本部
グローバルネットワー
ク・オペレーションセ
ンター 副センター長
KDDI 株式会社
グローバル技術・
運用本部
グローバルネットワー
ク・オペレーションセ
ンター 山口技術保守
センター 課長補佐
かわ い
ふく い
のぶゆき
河合 宣行
国立研究開発法人
情報通信研究機構
国際推進部門
標準化推進室
専門調査員
ゆうすけ
まつしま
福井 裕介
たかあき
松嶋 孝明
1.はじめに
JSAT(株)
、
(株)放送衛星システム、日本放送協会、
(株)
2016年4月6日(水)~ 22日(金)の17日間にわたり、スイ
エム・シー ・シー、
(株)日立製作所、日本無線(株)
、
(国研)
ス(ジュネーブ)のITU本部において、衛星業務に関する
情報通信研究機構、
(一財)航空保安無線システム協会か
審議を所掌とするITU-R(無線 通信部門)SG4(Study
ら計21名が参加した。
Group 4;第4研究委員会)のWP(Working Party)会合
2.WP4A会合
が開催されたので、その概要を報告する。
今回は、WP4Cが4月6日(水)~ 12日(火)に、WP4Bが
WP4Aは、
固定衛星業務(FSS)及び放送衛星業務(BSS)
4月11日(月)~ 15日(金)に、WP4Aが4月13日(水)~ 22日
の効率的な軌道及び周波数利用に関する問題を扱う作業
(金)に開催され、41か国・約20の機関から延べ約420名(内
部会であり、Mr. J. Wengryniuk(米国)議長の下、表1
訳概算WP4A:225名、WP4B:90名、WP4C:105名)が
の体制で審議を行った。以下に、WRC-19議題を中心に議
出席した。日本からは、総務省、KDDI(株)
、スカパー
論された内容について紹介する。
■表1.WP4Aの審議体制
WP/WG/SWG
WP4A
検討案件
議長
FSS及びBSSの効率的な軌道及び周波数利用
Mr. J. Wengryniuk(米国)
WRC-19議題1.4、1.5、1.6及びUAS関係
Mr. D. Jansky(米国)
SWG4A1a
WRC-19議題1.4(ANNEX7、AP30)
Ms. P. Dumit(米国)
SWG4A1b
WRC-19議題1.5(ESIM)
Mr. C. Hofer(米国)
SWG4A1c
WRC-19議題1.6(Q/V NGSO)
Ms. S. Contreras(フランス)
WRC-15議題1.7、1.13、9.1、FSSの共用、衛星特性関係
Mr. P. Hovstad(AsiaSat)
SWG4A2a
WRC-19議題9課題9.1.2(IMT/BSS)
Mr. I. Mokarrami(イラン)
SWG4A2b
WRC-19議題9課題9.1.3(C帯 NGSO)
Mr. M. Strelets(ロシア)
SWG4A2c
WRC-19議題9課題9.1.9(V帯 FSS)
Mr. Backus(米国)
SWG4A2d
FSSと他業務の共用
Mr. S. Blondeau(ルクセンブルグ)
SWG4A2e
FSS業務間の共用
Ms. E. Neasmith(カナダ)
SWG4A2f
WRC-19議題の衛星特性
Mr. S. Doiron(UAE)
WRC-19議題7関係
Mr. J. Wengryniuk(米国)
WG4A1
WG4A2
WG of WP4A Plenary
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
39
会合報告
2.1 WRC-19議題1.4(ANNEX7、AP30)
2.3 WRC-19議題1.6(Q/V NGSO)
議題1.4はRR AP30 Annex7(BSS軌道制限)見直しに
議題1.6はQ/V帯における非静止衛星を用いた固定衛星通
関して検討するものである。今会合では、米国、ルクセン
信業務に対する規制枠組みについて検討するものである。
ブルク、及びスウェーデンの寄書を元に、審議が行われた。
米国は、周波数共用検討に関して新勧告の作成を提案
スウェーデンは、第3地域の受信アンテナ径を0.45mとす
したが、UAEから、現時点では勧告の必要性が不明との
ることを提案したが、ロシアからプランは0.6mで検討すべ
コメントがあった。日本からはITU-R勧告S.1323の手法を
きであるとの指摘がなされ、アンテナ径は0.45mと0.6mを
本議題に適用することを提案するならば、新たな適用例と
併記することとし、作業文書に反映された。イラン、ブル
して既存勧告のAnnexにすることも考えられると指摘し、
ガリアは、既に割り当てられている衛星網全てに影響がな
UAEは本提案を支持したが、別の観点としてS.1323の適
いことを確認してから軌道制限の見直しを検討すべきと主
用周波数(30GHzまで)を考慮して周波数帯の拡張が必
張し、スウェーデン、ルクセンブルクは軌道制限の見直し
要との指摘がなされ、米国・カナダの提案で、この懸念を
は割り当てられている全てのプランとリストに影響がない
追記することとなった。また、EESS(地球探査衛星)
、及
ことを検討した上で見直しを図ると説明し、作業文書を議
びRAS( 電 波 天 文 )との 周 波 数 共 用に 必 要 な 情 報 を
長報告に添付することで合意された。
WP7C/7Dに求めるリエゾン文書案を作成したが、WP7C/
また、日本が入力したITU-R報告BO.2019の放送衛星の
7D会合が次回WP4A会合より後に開催されるため、今回
干渉計算法の改訂は、改定報告案として承認されたが、
は送らずに議長報告に添付することとなった。
今会合の直後にSG4会合が開催されないため、次回WP4A
会合時に特段のコメントが無ければ、その後SG4へ上程す
ることで合意された。
2.4 WRC-19議題7関係
議題7は衛星網の事前公表・調整・通告・登録手続きに
ついて扱うものであり、過去のWRCにおいては、主管庁
2.2 WRC-19議題1.5(ESIM)
やBRが提起した課題のうち、RRの改定が必要と合意され
議題1.5は「17.7−19.7GHz/27.5−29.5GHz帯FSS(静止衛
たものを取り上げてきたが、今会合では下記3件の課題が
星)網での、移動する地球局(ESIM:Earth Stations In
提起され、今後検討することが合意された。また、課題の
Motion)の利用」に関し、技術・運用要件、周波数共用に
収集については、SC(特別委員会)が廃止されたことを
ついて検討するものであり、前研究会期から持ち越された
考慮し、CPMテキスト提出直前の会合の前の会合で打ち
ESOMPs(Earth Stations On Mobile Platforms)と併せ
切る予定である。
て議論された。
・課題A:NGSOの運用開始(BIU)の定義
議題1.5に関しては、作業フレームワーク及び今後の作
・課題B:AP30/30Aの第1地域及び第3地域のリスト登
業計画の作業文書が作成され、議長報告に添付された。
これに関して、関連WP(5A/5B/7B/7C)への周波数共用
に関する情報提供要請のリエゾン文書が作成され、各WP
録放送衛星パラメータの変更
・課題C:AP30B 8.13条とRR No. 11.43A条の整合性に
ついて
へ送付することで合意された。ESOMPsに関しては、前回
会合から持ち越されたITU-R改定報告草案S.2223につい
2.5 WRC-19議題9課題9.1.2(IMT/BSS)
て、米国よりSG4上程の提案があり、改定報告案として議
議題9.1 課題9.1.2は、WRC-15でのIMT特定に関連した
長報告に添付し、次回WP4A会合にて入力文書がなけれ
L帯(1452−1492MHz)におけるIMTとBSS(音声)との
ばSG4へ上程することで合意された。また、同じく前回会
共存検討を行うものであり、WP4AとWP5Dが共同責任グ
合より持ち越されたITU-R改定報告草案S.2261に向けた作
ループとなっている。
業文書(付属書 船舶上のESOMPs/航空機上のESOMPs)
パプアニューギニアより、ハンドヘルド端末向けのハイ
については次回WP4A会合へ持ち越すことで合意された。
パワー送信衛星の必要性や、地上での補完システムとして
尚、本作業文書は、非静止衛星(NGSO)が対象であり、
ギャップフィラーなどが存在することが紹介されたが、イ
議題1.5とは関係しないとされた。
ランよりハイパワーの定義が必要との意見や、スウェーデ
ン及び中国から地上での補完システムについての情報や扱
40
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
いの確認が必要との指摘がなされた。一方、IMTを推進
3.1 衛星TV伝送方式関係
するフランスからBSS地上局の適切な保護基準の導出が必
日本が入力したUHDTV衛星放送の伝送方式に関する
要と提案されたが、BSS推進派より保護の手法が不明瞭で
ITU-R新勧告案について、ARIB技術委員会で決定したシ
あり評価手順に関する詳細な説明が必要であるとのコメン
ステム呼称「ISDB-S3」を反映してSG4へ上程することで
トが述べられた。会期の最初であることを考慮し、今会合
合意した。合わせて、DVB-S2Xに関する情報を追加した
では詳細な議論を行わずに各寄書を併記した作業文書を
ITU-R勧告改定案BO.1784(今会合での入力無し)もSG4
作成するに留めた。合わせて、共同責任グループのWP5D
へ上程することで合意した。
にIMTパラメータや今後の会合結果の共有を要請するリ
日本が入力したUHDTV衛星放送に向けた衛星伝送実
エゾンが送られた。
験に関するITU-R新報告草案について、実験結果を2015年
にBSAT-3b衛星で実施した内容に更新した上で、議長報
2.6 FSSと他業務の共用
告添付として継続審議されることとなった。WP4B議長よ
2014年7月会合で日本から提案した、3.4−3.6GHzにおけ
り、有益な情報入力に対する日本への感謝のコメントと共
るFSS地球局とMS局の共用のための離隔距離算出手法に
に、他の主管庁への実験結果の寄与の要請が行われた。
係る新勧告草案に向けた作業文書は、次回会合で継続研
究されることとなった。2013年より米国主導で検討を進め
3.2 IMT衛星コンポーネント及びIntegrated MSSシステム
てきた、FSS地球局とMS局との共用検討に係る新勧告草
日本が入力した3GHz帯以下のIntegrated MSSシステム
案に向けた作業文書は、作業文書のまま議長報告に添付
の性能に関するITU-R新報告草案に向けた作業文書の更
され次回会合で継続研究されることとなった。
新提案については、静止軌道衛星についての干渉評価パ
WRC-15においてFSS地球局設置に関するWRC決議163
ラメータであること、及び実験での静止軌道位置を追記し、
及び164が採択されたことを受け、今回新たにルクセンブ
本文書を新報告草案にアップグレードすることで合意され
ルクから入力された14.5−14.8GHz帯におけるFSS地球局
た。
設置に関する調整ガイドラインの策定に係る新勧告草案に
4.WP4C会合
向けた作業文書は、議長報告に添付され次回会合で継続
WP4Cは、移動衛星業務(MSS)及び無線測位衛星業
研究されることとなった。
務(RDSS)の軌道及び周波数有効利用に関する問題を扱
3.WP4B会合
う作業部会であり、
表3の体制で審議を行った。河合
(筆者)
WP4Bは、IPベースのアプリケーション及び衛星による
が議長を務めた。
ニュース中継(SNG)を含むFSS、BSS及びMSSのシステ
ム、無線インタフェース、性能及び信頼性目標に関する問
4.1 衛星IMTと地上IMTの共用・共存
題を扱う作業部会であり、Mr. D. Weinreich(米国)議長
4.1.1 WRC-19議題9課題9.1.1(2/2.2GHzにおける衛星IMT)
の下、表2の体制で審議を行った。
本件は、前研究会期から議論が継続しているもの。RA-15
において、IMTのチャネルプランを規定するITU-R勧告
■表2.WP4Bの審議体制
WP/SWP
WP4B
検討案件
議長
FSS、BSS及びMSSのシステム、無線インタフェース、性能及び信頼性目標
Mr. D. Weinreich(米国)
SWP4B1
衛星TV伝送方式関係
正源 和義 氏(日本)
SWP4B2
IMT衛星コンポーネント及びIntegrated MSSシステム
Mr. J. Williams(米国)
SWP4B3
他の課題
Mr. D. Weinreich(米国)
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
41
会合報告
■表3.WP4Cの審議体制
WP/SWG
WP4C
検討案件
議長
MSS及びRDSSの軌道及び周波数有効利用
河合 宣行 氏 (日本)
SWG4C1
2/2.2GHzにおける衛星IMT(WRC-19議題9課題9.1.1関係)
Mr. X. Gao(中国)
SWG4C2
GMDSS(WRC-19課題1.8関係)
Mr. D. Jansky(米国)
SWG4C3
GFT/GADSS(WRC-19議題1.10関係)
Mr. D. Jansky(米国)
SWG4C4
RNSS関係
Mr. T. Hayden(米国)
SWG4C5
1.5GHzのIMTとMSS
Mr. P. Deedman(インマルサット)
M.1036の改定が審議され、同一帯域で地上IMTもしくは
文書が入力され、これらを反映した「ITU-R新勧告草案
衛星IMTを隣接地域で展開した際に、有害な干渉が報告さ
M.[MSS & IMT L-BAND COMPATIBILITY]に向け
れれば、技術・運用上の措置が必要なこと、本件のITU-R
た作業文書」が作成され、議長報告に添付された。※現
での検討が必要な旨のノートが付された。これを受けて、
時点では一つの新勧告草案に向けた作業文書とされてい
WRC-15で決議212が改定され、ITU-Rに技術検討が要請
るが、今後の検討の結果として、複数の文書(勧告また
されるとともに、WRC-19の議題化(議題9課題9.1.1)が図
は報告)に分割される可能性もあるものとされた。
られた。本課題のCPMテキスト作成は、WP5D(衛星IMT
審議では、当該周波数帯のMSS受信地球局が隣接バン
→地上IMTの干渉を検討)及びWP4C(地上IMT→衛星
ドから受ける干渉に対する保護基準を与えるITU-R勧告が
IMTの干渉を検討)の共同責任となっている。
存在していないこと、したがってそれを策定する必要性が
今会合では、中国、米国等が中心となって、地上~衛
あること、またその保護基準は陸上移動衛星業務、海上
星間の干渉シナリオや衛星システムの特性に関して、WP5D
移動衛星業務、航空移動衛星業務のそれぞれに特有の伝
から送付された文書の改定を行った。中国は、静止衛星に
搬路特性を考慮したものであるべきこと等について共通認
加え、非静止衛星システムも検討していることからその特
識が得られた。上記研究に関連して、WP5D及び3Mへの
性の追加を提案、米国及びインマルサットが反対したが、
リエゾン文書が送付された。また、本件に関する作業計画
作業文書段階であることも考慮し、
[ ]付きで記載が残さ
が策定された。
れた(次回会合で再議論する)
。作業文書の改定を含め、
WP5Dへ検討状況を伝えるリエゾン文書が発出された。ま
4.2 航空・海上関連の議題
た、本課題に関する作業計画が作成された。
4.2.1 WRC-19議題1.8(GMDSSの近代化及び新たな衛星
プロバイダ)
4.1.2 1.5GHzのIMTとMSS
本議題は、IMOがHIBLEO-2(イリジウム衛星)にて使
WRC-15において、1.5GHz帯(1427−1518MHz)がIMT
用される1616−1626.5MHz帯を全世界的な海上遭難・安全
にグローバルに追加特定された。併せて、決議223(Rev.
システム(GMDSS:Global Maritime Distress and Safety
WRC-15)が採択され、この中で1492−1518MHz帯に隣接
System)として利用するために、RR規定整備を検討する
するMSS下り帯域(1518−1525MHz)との共存のための
もの。スペクトラム新規分配の可能性を含め、技術事項は
技術的な手当て等を研究し、その結果を勧告にまとめるこ
WP4Cの所掌となっている。
とがITU-Rに要請された。この決議を受け、IMTに関する
今会合では、米国からの提案に沿って、WP5B(本議題
研究を担当するWP5Dは、WP4Cに対して共同で研究を進
の責任WP)に対して、検討のスコープ明確化を求めるリ
めることを提案し、その旨のリエゾン文書今会合に入力さ
エゾン文書を送付した。本件に関して、
フランス、
ドイツは、
れた。
CPM19-1結果(回章CA/226)に示されているように、技
今会合では、UAE、フランス及びインマルサットから
術事項はWP4Cがリードするべきであるとの立場である
42
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
が、米国は、責任WPのWP5Bが主導すべきとの意向を持っ
4.3 RNSS及びRDSS関連
ている。IMOからは、イリジウム衛星をGMDSS衛星プロ
RNSSの各システム特性をまとめた勧告に対して、新シ
バイダとして未だ承認していないが、要件リストの作成等、
ステム特性の追加をする提案が、ロシアと韓国から行われ
IMO内で手続きを進めている旨の報告があった。
た。ロシアのRNSSシステムであるGLONASS-MのCDMA
また、会合期間中に、WP7Dからイリジウムの隣接の電
信号の記述の追加を、RNSS受信機特性が記載されている
波天文への干渉懸念を示すリエゾン文書が来着し(電波
ITU-R勧告M.1902、1903、1904、1905に対して行う提案が
天文保護は、WRC-92で同帯域を非静止MSSに分配した際
あった。また、RNSS送信宇宙局及びシステム特性が記載
の条件の由)
、電波天文の保護に十分配慮して、検討を進
されているITU-R勧告M.1787に対して、ロシアから上述の
めるべき旨が連絡された。本文書はノートされ次回会合へ
GLONASS-MのCDMA信 号 の 記 述 の追 加と、韓国 から
持ち越されることとなった。
SBASシステムKASSの記述の追加の提案があった。これ
らの提案は全て、改訂に向けた作業文書として出力された。
4.2.2 グローバルフライトトラッキング(GFT)及び
WRC-19議題1.10(GADSSの導入及び利用)
EESS(能動)からRNSSへのパルス干渉を検討するWP7C
の文書であるITU-R新勧告草案RS.[EESS_RNSS_METH]
従来、飛行中の民間航空機の位置を把握するシステム
の審議の進捗がWP7Cからリエゾン文書で連絡されたこと
としては、国際民間航空機関(ICAO)標準の地上系シス
に対し、RNSSへの干渉評価の観点のコメントを含むリエ
テム(ADS-B)が普及していたものの、海上、山岳地帯、
ゾン文書をWP7Cへ返信した。
極地等のカバレッジについては限界がある。2014年3月の
5.次回会合予定
マレーシア航空機(MH370)の失踪を契機として、各種
国際機関において、地球全域をカバーできる航空機追跡シ
次回の会合スケジュールは2016年9 ~ 10月で予定されて
ステム(GFT:Global Flight Tracking)の必要性が認識
おり、以下のスケジュールが提案されている。
され、ITUにおいても、同年10 ~ 11月に開催されたITU
WP4C:2016年9月21日(水)から9月27日(火)
全権委員会議において、WRC-15に対して本件を議題に含
WP4B:2016年9月26日(月)から9月30日(金)
めることを指示する決議を採択し、WRC-15の特別議題と
WP4A:2016年9月28日(水)から10月6日(木)
なった。以上の背景のもと、WP4Cでは、前会期より、①
SG4:2016年10月7日(金)
ADS-C(民間航空機の位置を把握するためのICAO標準の
衛星系システム:インマルサット)を提供するためのMSS
6.おわりに
使用システム、②ADS-BをMSSにより再送信するシステム
今会合はRA-19/WRC-19に向けた研究会期の最初の会
(グローバルスター)を含む文書の作成にあたってきた。
合だが、ESIM、NGSO、2/2.2GHzにおける衛星IMTといっ
今会合では、同文書の完成度を高めるための作業が行わ
たWRC-19議題を中心として、白熱した審議が展開された。
れ、最終プレナリ会合に新報告案として提案されたが、ロシ
既に静止衛星の軌道位置や利用しやすい周波数帯は混雑
アからその完成度に疑問が呈され、タイトルに[Preliminary]
状態にあり、より高い周波数の利用や周波数共用、さらに
を付した文書を議長報告に添付することとなった。次回WP4C
は周波数使用形態の見直しが今まで以上に重要となって
会合で継続審議される。
いることが、このような盛り上がりを見せた背景にあると
感じられる。引き続きSG4における我が国のプレゼンスを
維持できるよう、今後も継続的な対応を行うことが重要で
ある。
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
43
会合報告
ITU-R SG7 関連会合の結果について
しば た
総務省 総合通信基盤局 電波部 衛星移動通信課 国際係
ゆうすけ
柴田 裕介
1.はじめに
次回SG7会合が2017年春頃、WP7A会合が2016年10月に開
2016年4月4日(月)~ 4月8日(金)に、スイス(ジュネー
催される予定であり、次回WP7A会合までにSG7会合の開
ブ)のITU本部において、ITU-R(無線通信部門)で科学
催予定がないので議長報告に添付された。
業務を扱う研究委員会SG7(Study Group 7)及びSG7下の
WP(Working Party)会合が開催された。SG7会合が4月
3.WP7B会合
4日(月)に、WP7A、7B、7C及び7D会合が4月5日(火)
WP7Bは、宇宙研究、宇宙運用、気象衛星等の宇宙無
~ 8日(金)の4日間に同時に開催された。今会合には、
線システムを扱う作業部会であり、
Mr. B. Kaufman(米国)
24の主 管 庁や国際 機関等から延 べ 約270名(内訳 概 算
が議長を務めている。WP7BはWRC-19議題1.2、1.3及び1.7
WP7A:14名、WP7B:90名、WP7C:85名、WP7D:25名、
の責任グループである。
SG7会合:56名)が出席し、我が国からは、
(国研)情報
通信研究機構、
(国研)宇宙航空研究開発機構、
(株)日
3.1 WRC-19議題1.7関連(WG7B-1)
立製作所、自然科学研究機構国立天文台から計9名が参加
WRC-19議題1.7は、短期ミッションの非静止軌道衛星の
した。SG7関連会合の構成を表に示す。
ための宇宙運用業務の適用要件に関する議題であり、決
議 659 に従い、必要に応じて 150.05−174MHz、400.15−
420MHzの宇宙運用業務への新規分配の検討を行うという
■表.SG7の構成
組織
所掌
議長
SG7
科学業務
J.Zuzek(米国)
WP7A
標準時、標準周波数
R.Beard(米国)
WP7B
宇宙無線システム
B.Kaufman(米国)
WP7C
リモートセンシング
M.Dreis(EUMETSAT)
WP7D
電波天文
A.Tzoumis(豪州)
2.WP7A会合
ものである。本会合において、当該議題の検討のための作
業計画について検討され、議長報告に添付された。また、
オランダからは、WRC-19議題1.7に関わる、ITU-R報告文書
作成のための作業文書の提案が、米国からはオランダと同
様のITU-R報告文書作成のための作業文書の提案及び、
WP4A、4C、5A、5B、5C、6Aへ向けた、無線システムの
諸元を要求するリエゾン文書の提案がなされた。報告書の
作成にあたり、drafting groupにて報告書案の作成が行わ
WP7Aは、標準時及び標準周波数の通報に関する事項
れ、オランダ及び米国の提案を統合し作業文書が作成さ
を扱う作業部会であり、Mr. R. Beard(米国)が議長を務
れた。周波数分配表の脚注5.256A、5.228AA、5.232、5.265、
めている。
5.267、5.268についてWRC-15にて可決された決定事項に
伴う文書の改訂が適用され、表11で未確定であった各パ
2.1 ITU-R勧告TF.538-3関連
ラメータの変更及びエディトリアル、重複表現の修正がな
ITU-R勧告TF.538-3は、時間・周波数計測におけるラン
され議長報告に添付された。また、リエゾン文書の提案に
ダム不確かさの測定法に関する勧告であり、本勧告改定
ついては、米国の提案に基づきdrafting groupでドラフト
案は、前回のWP7Aで提出されWP7A内の議論のみで改
版も作成し、体裁上の修正及びエディトリアルな訂正がな
訂案がまとめられたため、WP7A会合に参加していなかっ
され、WP7Bで合意された。
た主管庁にもレビューの機会を与えるためSG7からWP7A
へ差し戻しとなったものである。前回WP7A以降、本勧告
3.2 WRC-19議題1.2関連(WG7B-3)
改訂案に修正・コメント等の入力文書はなく、再度前回の
WRC-19議題1.2は、401−403MHz帯及び399.9−400.05MHz
DG参加メンバーで内容を検討した結果、修正すべき点は
帯におけるMSS/METSAT/EESS用地球局の電力制限に
なかったとして再度SG7に送付することとなった。なお、
関する議題である。本会合においては、当該議題の検討
44
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
のための作業計画について検討され、議長報告に添付さ
長を務めている。
れた。また、米国からはWRC-19議題1.2に関連する他WP
への無線システム諸元を要求するリエゾン文書の提案及
4.1 1215−1300MHz帯能動センサ関係
びITU-R報告文書作成に向けた作業文書の提案が、ドイツ
新勧告草案RS.[EESS_RNSS_METH]は、
EESS(能動)
及びフランスからこれまでに検討されたITU-R勧告に関す
からRNSS地上受信機への干渉評価方法をまとめた文書で
る情報に関する寄与文書が共同で入力された。作業文書
あり、既存のITU-R勧告RS.1347を置き換えることを目的と
及びリエゾン文書の作成にあたりdrafting groupにて審議
してWP7Cで審議が行われている。今回会合においては、
が進められ、作業文書については米国及びフランス、ドイ
WP4Cからリエゾン文書が入力されたが、Scatterometerの
ツからの提案を統合し作業文書が作成され、議長報告に
機械的回転に関するファクターをPDC(Pulse Duty Cycle)
添付されることとなった。また、リエゾン文書については、
に考慮することについて留意が示されただけで、詳細な提
米国からの提案を基にドラフト版を作成し、体裁上の修正
案は示されていなかった。日本からの寄与文書に、ロシア
及びエディトリアルな訂正がなされ、WP7Bで合意された。
のGLONASS-Mの受信機への干渉検討においてロシアが
この点について「更
保守的な干渉評価*1 を行っていたため、
3.3 WRC-19議題1.3関連(WG7B-3)
なる検討」が必要であることを記述することにより、一旦
WRC-19議題1.3は、460−470MHz帯における気象衛星
議論を収束させる提案がなされた。ロシアは、GLONASS-M
業務への一次分配への格上げ及び地球探査衛星業務への
受信機だけでなく他の受信機でも更なる検討が必要であ
一次分配に関する議題である。本会合においては、当該
るとの主張を行ったが、現在の新勧告草案記載のほかに
議題の検討のための作業計画について検討され、議長報
受信機に関する検討は、測定試験等の「更なる検討」が
告に添付された。米国からの460−470MHz帯における気
既に行われた結果がまとめられるため、このロシアの主張
象衛星業務から既存の一次業務への干渉評価をまとめた
は出力に反映されなかった。このほか、GLONASS-M受信
ITU-R報告文書作成について提案する寄与文書及びフラン
機に関する干渉評価の記述の箇所に、他のRNSS受信機に
スからの、本議題を検討するにあたり、460−470MHzの
関する事項と混同する記述があった点について日本寄与文
分配におけるpfd制限値を米国のMETSATで適用されて
書で指摘がなされ、記述の見直しの議論がなされたが、ロ
いる値(-152dBW/m2/4kHz)を用いることで、既存の分
シアの反対もあったために議論がまとまらず、当該箇所に
配と将来的な地球探査衛星業務が有害な干渉をすること
ついてマーカでハイライトすることによって、次回WP7C
なく共存できるということについて報告する旨の文書に基
会合で議論を継続することを促すこととした。上記の議論
づき、新報告草案に向けた作業文書ITU-R SA.[460MHZ
を反映し、新勧告草案として議長報告として添付された。
METSAT-EESS]
の検討が行われ、
議長報告に添付された。
米国からの提案を基にして、EESS(能動)から測位衛
また、米国及びフランス両国から入力された、関連する他
星業務(RNSS)への総合干渉についてまとめた新報告草
WPに対し、460−470MHz帯及び隣接帯域における技術的
案ITU-R RS.[EESS-RNSS]が前回のWP7C会合にて出
及び運用特性について情報提供を依頼する旨のリエゾン
力され ていた。この中に、ALOS-2*2 及 びSMAP*3 から
文書を送付するとの提案に基づきリエゾン文書案が検討さ
RNSS受信機への総合パルス干渉のシミュレーション結果
れ、WP4C、5A、5B、5C、5D、6A宛てに送付されるこ
が記載されている。このシミュレーション結果において、
総合パルス干渉発生の頻度を統計的にまとめた結果が記
とで合意された。
載されていたが、この統計においてALOS-2の観測デュー
4.WP7C会合
ティサイクルの考慮がなされていなかったため、この点を
WP7Cは、リモートセンシングシステムに関する問題を
考慮して、総合パルス干渉発生の頻度がより小さくなるこ
扱う作業部会であり、Mr. M. Dreis(EUMETSAT)が議
との記述を追加する提案が日本からなされ、RNSS受信機
*1 GLONASS-Mの受信機の帯域幅をかなり広く仮定するため、干渉量が多い計算結果になる評価
*2 日本のEESS(能動)衛星で、SAR(Synthetic Aperture Radar)タイプのセンサーを搭載
*3 米国のEESS(能動)衛星で、Scatterometerタイプのセンサーを搭載
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
45
会合報告
の干渉クライテリアは時間率を考慮しない100%適合が求
5.2 WRC-19議題1.13関係
められることを追記することで、この日本提案が合意され
WRC-19議題1.13はIMT向けの24.25−86GHz帯における
た。また、この同じ日本寄与文書において、EESS(能動)
周波数分配を検討するものであり、TaskGroup5/1の下で
衛星間の干渉を避けるために、太陽同期軌道を有する
IMTと他業務との間での干渉検討を事前に十分行うこと
EESS(能動)衛星間の交差の角度を大きくすることが自
が求められている。本会合においては、英国より、TG5/1
動的にEESS(能動)衛星からの総合パルス干渉の頻度を
での検討に使うRASの運用条件や干渉閾値をリエゾン文
低減することにつながることの記述の追加の提案を行い、
書として送付する提案がなされたことを受け、Drafting
この記述を修正の後に入れることが合意された。以上の議
Groupを作り議長にWim van Driel(CRAF)が就任した。
論を反映して、議長報告として新報告草案が添付された。
リエゾン案に含まれていた表にはRAS以外の記述があっ
なお、今回のWP7C会合には、WP4Cへのリエゾン文書を
たのでそれらを削除し、さらに末尾のRR脚注や用語意味
出力する提案はなされておらず、会合中にリエゾン文書に
説明を修正した上で議長報告に添付し、次回会合で継続
関する議論はされなかったため、WP4Cへのリエゾン文書
審議されることとなった。
は出力されていない。
5.WP7D会合
5.3 WRC-19議題1.15関係
WRC-19議題1.15は、275−450GHzにおける陸上移動業
WP7Dは、電波天文に関する問題を扱う作業部会であり、
務への周波数分配の可能性について検討を行うものであり、
Dr. A. Tzioumis(豪州)が議長を務めている。
責任グループはWP1Aである。その検討に伴ってRASとの
共用検討を実施することが必要となる。IUCAFより干渉
5.1 WRC-19議題1.8関係
検討に必要な干渉閾値を、勧告ITU-R RA.769の考え方に
WRC-19議題1.8は船舶通信を高度化するための衛星通
沿って500GHzまで計算した表が提出された。これを基に
信を活用したシステム(GMDSS)に関する議題である。
して次回会合以降に継続審議することとされた。
本会合において入力文書はなかったが、衛星を使った次
世代GMDSSへの追加周波数分配が1610.6−1613.8MHz帯
6.今後の予定
の電波天文業務の帯域(1.6GHzのOHバンド)に隣接し干
次回は、WP7A、7B、7C及び7D会合が2016年10月24日
渉が生じる懸念があることがオランダによって紹介され、
(月)から同年10月28日(金)の5日間にわたり、
スイス(ジュ
本干渉が発生するリスクを検討するためDGが作られた。
議長はオランダのJaap Steenge氏が務めた。
ネーブ)で開催される予定である。
リエゾン文書案について米国の提案により、特定国の記
7.おわりに
述の削除、衛星をGMDSSと一般表記、引用資料の位置付
今SG7関連会合では、我が国の提案文書については各国
けを注意した記述に変更した上で合意され、WP4C及び
との協議を踏まえて適切に各文書に反映させることができ
WP5B宛てに送付されることとなった。
た。最後になったが、今回会合において多大な尽力をいた
だいた上、本稿執筆においても御協力をいただいた日本代
表団全員にこの場を借りて深く感謝申し上げる。
46
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
ITU-T FG-IMT2020
(2016年5月会合)報告
NTT ネットワーク基盤技術研究所 主任研究員
FG-IMT2020副議長
ご とう
よしのり
後藤 良則
1.はじめに
半年間の標準分析作業の結果、ネットワークソフト化など
IMT-2020の有線部分のネットワークを検討するITU-T
本格的な標準化作業を進めるべきテーマが明らかになっ
FG-IMT2020の第6回会合が2016年5月17日から20日に中国
た。FG設置をきっかけに参加するようになった専門家も
(北京)で開催された。本会合ではネットワークのスライ
多く、これらの専門家による一層の集中検討を進める場が
スの基本要件、アーキテクチャ、各社による技術の具現化
必要と認識された。このため2015年12月のSG13会合でFG-
の取組みの紹介などが行われた。本稿ではこれまでの経
IMT2020は、1年間の延長が合意された。
緯と共にこれらの議論について紹介する。
FGの延長の際にFGのミッションも見直された。フェーズ1
のFGの検討でネットワークソフト化が注目されたが、この
2.設置の経緯とPhase-1の活動
ような新しいコンセプトを検討する際に従来型の標準化ス
FG-IMT2020は、IMT-2020の有線部分の検討を進める
キーム(要求条件、アーキテクチャ、ソリューションの各
ために設置されたFG(Focus Group)で2015年4月のSG13
段階を踏んでいく流れ)ではなく、概念実証(POC:proof
会合で設置が合意され、フェーズ1とフェーズ2で合わせて
of concept)やオープンソースを適宜織り交ぜながら議論
約2年間活動する予定である(図1)
。FGとは、特定のテー
を進めていく新しい議論の流れが重要と認識された。特に
マを集中検討する時限グループで、ITU-Tのメンバー以外
ネットワークソフト化は、ネットワークにおいてソフトウェ
でも参加できることが特徴である。IMT-2020に関しては
アで構成されるコントローラやオーケストレータの役割が
本格的な標準化作業に先立ち、既存の標準化作業の調査
大きく、オープンソースの活用が標準技術としての完成度
が必要なこと、将来網の研究を中心に学術関係者の参加
向上、普及促進に役に立つと考えられた。第2フェーズの
を期待することからFGという組織形態が選択された。本
FGはオープンソースの活用を視野に入れ、各社のプロト
FGは2015年10月までに4回会合を開催し、IMT-2020を構
タイプを検討に加えることで具体的な技術のイメージを明
成する候補技術の標準化状況を調査し、その結果を成果文
らかにすることをミッションに活動を開始した。
書にまとめた。IMT-2020は3GPP、NGMN、5GPPPなど様々
なフォーラム、コンソーシアムなどの活動が行われている
3.FG-IMT2020 Phase-2第1回会合
テーマであり、ITUにおいてもITU-T、ITU-R双方が有線、
フェーズ2のFGの最初の会合は、2016年3月8日から11日
無線のそれぞれの分野で取り組んでいる。
に韓国 ソウル近郊のKT R&Dセンタで開催された。10か国
■図1.FG-IMT2020の活動の流れ
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
47
会合報告
から57名の専門家が参加し、ネットワークソフト化を中心に
スライスごとに認証するのが基本である。また、モバイル
IMT-2020を構成する様々なネットワーク技術が検討された。
ではSIMによる認証が一般的であるので、アクセスするス
IMT-2020ネットワークの大きな特徴がネットワークソフ
ライスの数だけSIMを端末に挿入するか、スライスを切り
ト化とスライスであるが、スライスの具体的なユースケース
替えるたびにSIMを差し替えることになる。スライスが2個
が課題になった。特にIMT-2020はこれまでのLTEとは大
程度であればあまり問題ないと思われるが、仮にスマート
きく異なることから、LTEからの移行をどのように考える
フォンのアプリの数程度にスライスの数が増えた場合(例
かという点も合わせて議論になった。会合ではIMT-2020
えばアプリ毎にスライスを使い分けるような事例)を考え
がLTEをスライスとしてサポートすることができれば、
ると、スライスごとにSIMを差し替えるのは現実的ではな
LTEからの移行を円滑に進めることができ、同時にスライ
い。SIMをソフト化することで解決することも可能である
スの応用例として具体的な技術課題の検討を深めること
が、一度認証しておき、認証結果を再利用することでも対
ができると認識された。
応できる。特にSIMの発行時などに本人確認を厳格に行う
フェーズ2では、オープンソースやプロトタイプに関す
必要がある場合、この手間を認証専用スライスとそのSIM
る取組みをミッションに取り込んだので、各社のデモや
に集約できるので、利便性が向上できると考えられる。今
オープンソースの活動の紹介が行われた。ICNを中心に
回の会合では、アフリカ地域を代表してアフリカにおける
Huawei、KDDI、Ciscoなどから、年末に予定されている
モバイル網の課題の発表もあったが、その中でもSIMの管
showcaseイベントのデモの案が紹介された。オープンソー
理の重要性が述べられており、この点にも留意して検討を
スに関しては、日本のO3 Project、中国のOpen-Oの取組
進めることが認識された。
みが紹介された。
別の視点からのユースケースとして、
LTE in sliceのユー
4.本会合での議論
スケースが紹介された。これは、IMT-2020のネットワー
ク上でLTEのネットワークをスライスとして設定するもの
4.1 スライスのユースケース
である。ネットワークを構成する各コンポーネントはLTE、
スライスの特性を議論する際に、具体的な応用例がある
IMT-2020双方の要件を満足することが前提なので、既存
とイメージを共有しやすく議論が進めやすい。今回は、ス
のLTEのコンポーネントの再利用は前提としていない。4G
ライスの応用例として認証専用スライス、LTE用スライス
からのマイグレーション技術としてみた場合、基地局や通
が議論された。
信設備を設置するビルの床面積が制約されて、双方の設
認証専用スライス(図2)は、端末を認証するときに最初
備を設置する余裕のない状況では有用と考えられる。
に認証専用スライスにアクセスして認証し、その認証結果
これらのユースケースは個々のユースケースの是非とい
を他のスライスへのアクセスに利用するものである。スラ
うより、スライスの理解を深め、スライスの基本的な特性
イスはネットワークを仮想化したものなので、基本的には
を理解するための材料という意味で重要な提案であった。
■図2.スライスを利用したSIM不要の認証のイメージ
48
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
スライスの利点を訴求するためには、様々なユースケース
チャは物理リソース、コントローラ、アプリケーションの3層
の発掘が必要である。
構造が基本であった。フェーズ2の活動が始まり、アーキ
テクチャ、ネットワークソフト、ICN/CCN、エンドエンド
4.2 スライスの要求条件
管理の各グループで議論するようになると、それぞれのグ
スライスは、物理リソースを共有した仮想的なネット
ループが独自のアーキテクチャ図を書いて議論を進めてお
ワークである。個々のスライスは独立性が高く、相互の利
り、FGとしての統一感の無い状況が認識された。一方で、
用状況が互いに影響を及ぼさないとされている。これまで
コントローラ、オーケストレータ、マネジメントは相互に
の議論の前提では、スライス間は同じ優先度であり相互に
関連しているが、その役割分担が分かりにくく、機能を明
優劣はなく、スライスの設定は静的であるというもので
確に定義する必要性も指摘された。
あった。この前提の妥当性が議論された(図3)
。
今回の会合では、日本のメンバーからアーキテクチャ図
スライスは物理リソースを共有するが、リソースの量は
の整理を目指して寄書が提出され、アーキテクチャの整理
有限であることから、例えば高優先度のスライスと低優先
が図られた(図4)
。まず、アーキテクチャは必要以上に複
度のスライスを設定して、両者の間で料金差を設定するこ
雑にする必要がないという点が認識され、従来検討されて
とは営業戦略上とり得る選択肢の一つかもしれない。また、
いた3層構造程度の粒度が適当と考えられた。コントロー
故障や保守のため物理リソースの一部が利用できない状
ラとオーケストレータに関しては、コントローラは各コン
況は想定されるが、これらを見越して安定運用できるリ
ポーネントを扱うもので、オーケストレータは各コンポー
ソースに限定してスライスを設定することは合理的ではな
ネントをまたいでエンドエンドでスライスを生成する機能
い。物理リソース減少時に、一部のスライスのみにリソー
という共通認識が得られた。管理機能はオーケストレータ
スの割当てを減少させることも考えられるだろう。また、
と区分が難しく、スライスの生成に関する機能をオーケス
スライスは静的に設定されるといっても、スライスの寿命
トレータとして、物理リソースの故障検知などを管理機能
は装置寿命より短いと想定され、物理リソースの寿命の期
として役割を明確化してはどうかとの意見があったが、コ
間でスライスを追加、削除する状況も考えられる。このよ
ンセンサスを得るには至らなかった。
うに考えると、スライスにも優先度が必要な場合もあると
今回の会合では、統一的なアーキテクチャ図の策定を目
思われるし、スライスのライフサイクルに注目した動的な
指していたが、課題意識の共有にとどまり、引き続き継続
側面も検討が必要だろう。これらの点については引き続き
して議論することになった。
コンセンサスを得るための検討が必要であると認識された。
4.4 プロトタイプの紹介
4.3 アーキテクチャの整理
前回の会合に引き続き今回の会合でもプロトタイプの紹
FGで議論されているネットワークソフト化のアーキテク
介が行われた。面白そうなものを紹介する。
■図3.スライス間の優先度が必要と考えられる事例
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
49
会合報告
■図4.アーキテクチャに関する主な議論
Huawei CanadaからopenAirInterfaceの紹介が寄書とビ
デオで行われた。openAirInterfaceは、ベースバンド信号
を生成できるオープンソースのソフトウェアで制御できる
無線ボード、EPC、実験用SIMなどと組み合わせてエンド
−エンドのLTEのデモシステムを構築できる。市販の端末
(但し、動作確認された機種は限られる)が利用可能で、
インターネット接続など実際の利用シーンを想定したデモ
が可能である。紹介されたデモシステムは、スライスなど
のIMT-2020の特徴を備えていないLTEのデモであるが、
これをベースにオーケストレータなどを組み合せてエンド
エンドのスライスのデモシステムを構築できるとしている。
■写真.China MobileによるC-RANの実機デモ
China MobileからC-RANのトライアルの紹介と実機デモ
(写真)があった。北京、上海など様々な場所でトライア
ルベースでC-RANを展開しており、OTN、WDM、Ethernet
た場合には遅延時間も変わるため、これにどのように対応
など様々な技術を用いたC-RANを検証している。会場で
するかも課題である。また、fronthaulの大量のトラフィッ
はEthernetを使ったC-RANの実機を展示していた。C-RAN
クをSDNスイッチが安定的に処理可能かどうかも論点だろ
は、スループット向上とコスト削減が期待できるが、Ethernet
う。発表者には更なる詳細な説明を期待したい。
ベースとすることで汎用ハード化による一層のコスト削減
5.今後の会合予定
が期待できるとのことである。
InterDigitalからSDNベースのFronthaulの紹介があっ
次回のFG-IMT2020会合は2016年9月6日~ 9日に米国パ
た。2016年9月からベルリンでトライアルを予定している。
ロアルトで開催する予定である。また、作業の進捗を図る
SDNをfronthaulに利用することは面白いアイデアだが、
ため、各WGの電子会議が随時予定されている。
fronthaulに必要な高精度な時刻同期が可能かどうか疑問
が示された。遅延時間を管理するためには、各スイッチ間
謝辞
の遅延時間をコントローラで把握する必要があるが、この
本報告をまとめるにあたり、ご協力頂いたFG-IMT2020
ためにはSDNのインタフェース仕様への機能追加が必要
会合の日本代表団の皆様に感謝します。
になるだろう。また、装置が故障した際など経路が変化し
50
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
ITU-D SG1及びSG2ラポータ・グループ会合報告
日本 ITU 協会
NTT アドバンス
テクノロジ株式
会社
東海大学医学部
救命救急医学
教授
早稲田大学名誉
教授
かわすみ やすひこ
いまなか ひで お
なかじま
まつもと みつ じ
川 角 靖彦
今 中 秀郎
いさお
中島 功
松 本 充司
1.はじめに
の目次、一部完成したドラフトの審議及び作業分担等で
今会期第 2 回目の ITU-D SG1 及び SG2 ラポータ会合が
あった。我が国からの出席者を表1に示す。また、表2に
2016年4月4日から29日(4月4日~ 15日SG1、4月18日~ 29日
ITU-Dの今会期(2014 ~ 2017)における研究課題とラポー
SG2)にジュネーブ のITU本部モンブリアンビルRoomH
タ及び日本からの役職者を示す。登録された出席者の数は
で開催された。各ラポータ・グループ(RG)会合は事務
各RG会合とも約60名であった(写真1にRGQ3/2(サイバー
局が設定した日程に従い順次開催された。主な議論は、
セキュリティ)会合風景を示す)
。
今会期の作業計画に沿った入力寄書の審議、最終報告書
■表1.我が国からの今回SG1&2ラポータグループ会合への出席者
氏名(敬称略)
担当会合
所属
2.SG1課題別審議結果
2.1 Q1/1(NGN、Mobile、OTT、ブロードバンド移行
政策、規制)
石田泳志
SG2
総務省
本課題は、NGNの移行問題、モバイルサービス、IPv6、
尾崎敦子
SG1
総務省
ブロードバンド移行問題など非常に幅広い課題を扱ってい
川角靖彦
SG1, SG2
日本ITU協会
る。
(1)NGNへの移行問題に関して、インターネットソサエティか
今中秀郎
SG2/5等
NTT-AT
中島 功
SG2/2等
東海大学
松本充司
SG1/7等
早稲田大学
梅沢由起
SG1/2
KDDI
西本修一
SG1/5
KDDI
永沼美保
SG2/3
NEC
ら、政府の財政支援を受けないでアフリカ等の途上国
を中心に世界中の460か所に展開しているIXPの事例
が紹介された。IXPを通じて速度や遅延の改善が行わ
れ、インターネット網の効率化が図られていること。
Networkの中立性が確保されていることが紹介され
■写真1.SG2 Q3 会合風景
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
51
会合報告
■表2.ITU-Dの今研究期(2014 ~ 2017)における研究課題と役職者等
研究委員会
SG1( 電 気 通 信/ICTの
ための環境整備)
議長:マッケルバン女史
(米国)
、副議長:川角氏
(日本ITU協会)等10名
SG2(ICTアプリケーショ
ン、サイバー・セキュリ
ティ、緊急通信、気候
変動への対応)
議長:シャラファット氏
(イラン)
、副議長:10名
研究課題
研究内容
Q1/1
開発途上国におけるNGN、モバイルサービス、OTTサービス、IPV6実現を含む既存ネットワークからブロードバン
ドへの移行のための政策、制度、技術的側面
Q2/1
IMTを含む開発途上国のためのブロードバンドアクセス技術(副ラポータ:梅沢氏、KDDI)
Q3/1
クラウドコンピューティングへのアクセス:開発途上国の課題と事業機会
Q4/1
経済政策とNGNを含む国内電気通信/ICTネットワークに関係するサービスの費用決定方法
Q5/1
ルーラル及び遠隔地域のための電気通信/ICT(ラポータ:西本氏、KDDI)
Q6/1
消費者情報の保護及び権利:法律、規制、経済基盤、消費者ネットワーク
Q7/1
障がい者、特別なニーズのある人々の電気通信/ICTサービスへのアクセス(副ラポータ:松本氏、早稲田大学)
Q8/1
アナログからデジタル地上放送への移行戦略及び方法の検討、アナログ移行後の空周波数帯の新サービスへの利用
Res.9
特に開発途上国の周波数管理への参加(WTDC決議9)
Q1/2
スマート社会の構築:ICTアプリケーションによる社会経済開発
Q2/2
e-healthのための情報及び電気通信/ICT(ラポータ:中島氏、東海大学)
Q3/2
情報通信ネットワークの安全確保:サイバーセキュリティ文化を発展させるためのベストプラクティス(副ラポータ:
永沼氏、NEC)
Q4/2
適合性及び相互接続性プログラム実施の途上国支援
Q5/2
防災、減災、災害対応のための電気通信/ICTの利活用(副ラポータ:今中氏、NTT-AT)
Q6/2
ICTと気候変動(副ラポータ:福家氏、KDDI)
Q7/2
電磁界の人体被ばく軽減策及び政策
Q8/2
電気通信/ICT廃棄物の適切な処分と再利用戦略及び政策
Q9/2
開発途上国が関心の深いITU-T/RのSG研究課題の特定
た。また、IXP導入に際し、途上国のファイバーによる
-Cellと衛星基地局を組み合わせた離島での事例について
ブロードバンドネットワークの普及の遅れが指摘された。
ITU-Dウェブ上のケース・スタディ・ライブラリに出てい
(2)途上国のブロードバンドへの移行に関して、ガンビ
ることが紹介され、参照するよう推奨された。ITU-T SG15
アの事例、カメルーンのe-Walletの事例、ベナンから
からの「Access Network Transport、 Smart Grid」 及
M-servicesの応用事例が紹介された。中国からは携帯
び「Home Network Transport」の標準化作業計画に関
端末による支払い、オンライン・ショッピング等の事
するリエゾン文書については、有益であるとされ、今後も
例が紹介された。
情報交換を進めることとなった。
(3)IPv6への移行問題では、カメルーン、ウクライナ、ジ
ンバブエの導入事例が紹介された。
(4)オマーンからアラブ地域のイニシアティブに沿った
Smart Societyの推進計画が紹介された。
(2)作業計画の見直しと今後の作業
日本からの指摘で、Q5/1で実施された調査にはインフ
ラ共有の情報が含まれており、Q2/1でも関心の高い話題で
あり、考慮することとなった。最終報告書のテキスト案の
完成のために、副ラポータを含むエディティングループが
2.2 Q2/1(ブロードバンドアクセス技術)
結成され、今後、作業のスピードアップを図ることとなった。
本課題は、途上国のためのIMTを含む無線・有線のブ
ロードバンド技術全般についての研究である。今会合では
2.3 Q3/1(クラウド・コンピューティングへのアクセス)
最終報告書に含めるべき重要なブロードバンドアクセス技
議長より、交通インフラでもクラウド・コンピューティ
術の抽出を行った。
ングの利用が益々重要になっていると紹介された。また、
(1)入力文書の審議
Q3/1のフォーカルポイントよりクラウド調査に関するレ
エジプト寄書の「スモールセル」技術が、ラテンアメリ
ポートが紹介された。
カから興味を持たれた。これについて、KDDIからFemto
途上国のシステム導入事例として、ブルキナファソ、韓
52
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
国、アフガニスタン、ギニア、チャド等から自国の導入状
(2)入力文書の審議:ルワンダから教育分野でのICTの活
況が紹介された。
用、カザフスタンからルーラル地域の電気通信の現状、
コンゴ民主共和国より、シスコが実施したクラウド・コ
アルカテル・ルーセント(ノキアに買収され、名称が
ンピューティングに関する全世界調査に基づく速度と遅延
変更となる)から小規模セルの紹介、アフガニスタン
の各国比較調査結果が7件の寄書で紹介された。Q3ラポー
からルーラル地域における取組みの紹介、スリランカ
タよりクラウドの進展を見る上で非常に有効かつ重要な寄
からルーラル地域の現状と改革案及びICTプロジェク
書であると評価された。ただし、寄書は仏語のため、次回
ト、イラン情報技術機関からICT政策とユニバーサル
には6か国語に翻訳するよう要請された。
の取組みの紹介及びルーラル地域のアプリケーション
韓国より、政府系と民間系のクラウドを用いた電子政府
の事例として保険サービスが紹介された。また、途上
の事例が紹介された。データや定義に関してITU、ISO、
国のルーラル向け低コストの通信インフラを研究する
IECなどの標準化技術に対しては柔軟に対応していた。
ITU-T SG5 Q14/5からのリエゾン文書に対して、情報
の提供を求めるリエゾン文書を発出することとなった。
2.4 Q4/1(NGNを含むサービスの費用決定方法)
(3)作業計画:最終報告書の目次と執筆担当を修正、会
BDTより、モバイルブロードバンドと固定ブロードバン
合レポートに添付するとともに、9月のSG会合でも紹
ドについて2007 ~ 2015年の間の普及率、加入人口比率、
介する。
利用料の推移、地域間の比較、LDCでの普及阻害要因、
等についての調査結果が紹介された。質疑応答時の意見
2.6 Q6/1(消費者保護)
については、次回会合に寄書として提出することとなった。
共同議長(中国)からサイバーセキュリティに関する事
項を、本課題の報告書案に含めたいとする発言があった。
2.5 Q5/1(ルーラル通信)
今後報告書案の動向について、
注視する必要がある。また、
ルーラル及び遠隔地域のための電気通信/ICTの開発を
我が国が注視すべき寄書として、ブラジルからの同国の規
研究する課題について、今会合は最終報告書の作成に向
制機関であるANATELが昨年末から実施した消費者の保
けて、目次案及び盛り込むべき内容の審議であった。
護と通信事業者が遵守すべき事項の取組みの紹介と他国
(1)目次案及び盛り込むべき内容の審議:研究計画の一環
への展開の提案、及び、中国からの通信とインターネット
として昨年11月に発出した各国のルーラル通信の現
が融合する時代の消費者保護に関するガイドラインの紹介
状、政策、技術等に関する質問状に対し、日本を含む
があった。2件とも我が国に直接的に影響することはない
42か国から45件の回答があったとの調査結果が紹介さ
ことが分かった。なお、ロシアからの質問により、両国と
れ、報告書に盛り込むことが了承された。目次案につ
もサイバーセキュリティについての記述がないことが判明
いて、インテルから「教育のためのICT」を盛り込む
した。SG1議長から、統計のために消費者数のデータが必
よう提案され、新規6章に含めることとした。 要とのコメントがあった。
■写真2.Q5/1ラポータ・グループ会合出席者
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
53
会合報告
2.7 Q7/1(アクセシビリティ)
ているが、 BDTにブータン、フィリッピン、ボツワナ、
本課題は、障がい者や特別なニーズをもつ人々及び読
マラウィ等の寄書で紹介された途上国のTV WS実施
み書きが困難な人々に、電気通信・ICTへのアクセスの提
例をケ-ス・スタディ・ライブラリに入力して欲しい
供を促進し、サービスを実現するための政策や戦略の研
究である。今回の会合では、議事進行をOdobasic女史
と要請した。
(2)また、経済性に関し、日本から国連のブロードバンド
Q7/1共同ラポータ(ボスニアヘルツェゴビナ)が務め、
委員会報告の“ブロードバンド普及の阻害要因は途上
松本Q7/1副ラポータ(早稲田大学)が補佐した。 国のブロードバンド料金が高い”ことが指摘されてい
(1)今会合ではITU BDT/G3ictが共同作成・発行した2件
(PolicyとMobileの調査報告書)の紹介に多くの時間
が割かれた。これらは最終報告書に盛り込まれる。
(2)報告書の目次に関して、議長より全体的に地域バランス
を考慮した見直しの要請があり、検討することとした。
(3)日本から異なる種類の障がい者、異なる種類の手話者
るとコメントした。 (3)小泉BR技術担当より、日本政府の資金援助による勧
告やレポート等ITU-R文書のウェブ検索を容易にする
ソフトウエアが紹介された。議長から本作業の成果に
対する称賛と感謝が述べられた。
(4)また、韓国から同国政府とKCC/MSIPが協力してTV 同士がコミュニケーション可能なシステムについて紹
WSに関する政策をまとめたものの紹介、ロシアから
介した。SG1議長より地域によって異なる手話が存在
無線周波数利用料の計算方法を詳細に解説した資料、
する場合やシステムの導入時期に関する質問があっ
無線周波数を割り当てる際の料金計算法が紹介された。
た。目下、手話をテキストに変換する技術を研究中と
回答した。
3.SG2課題別審議結果
3.1 Q1/2(スマート社会の構築)
2.8 Q8/1(アナログから地上デジタル放送への移行、戦
略・手法及び新サービスの実施)
本課題は、スマート社会の構築:ICTアプリケーション
を通じた社会経済開発を扱っている。
本課題は、アナログから地上デジタル放送への移行問
(1)BDTからSmart Society(SS)概念形成のためのプラッ
題、戦略及び手法と移行後の周波数スぺクトラムの活用方
トフォーム(tool kit)が紹介され、ケース・スタディ・
法(digital dividend)を審議する課題である。
ライブラリを活用すべきとのコメントがあった。次回の
(1)議長(ブルガリア)より各国の現状・戦略、特にロシ
アの状況と課題について説明及び私企業との協力状
況、他国との協力によるベストプラクティスの実施を
目指している旨説明があった。
(2)最終報告の目次案に関して、コートジボワールから各
9月会合までに完成するとのこと。
〈https://cocreate.
itu.int〉を参照。
(2)Q1報告書案について、前回までの韓国、中国等の入
力を基に作成した33頁のドラフト(chapter1 ~ 6)を
基に審議した。Chapter1のSmart Societyの定義は、
地域の戦略の変化、移行レベルをグラフで示すべきと
韓国の副ラポータが報告書案を作成したが、技術の進
の提案があり、BDTが検討することとなった。スペク
歩とともに変わってゆく可能性もあり得ることが指摘
トラム等の情報については、既にITUのHPで公開し
された。
Chapter 2はSSの役割、
Chapter 3はアプリケー
ている旨紹介された。
ション事例の紹介が含まれた。eアグリ、e教育(イン
テルが寄書をリモート参加で紹介)
、災害通信(イリ
2.9 WTDC決議 9(開発途上国に関心の高い周波数監理
の問題)
ジウムの寄書)が紹介された。e-commerce、Energy
管理、eヘルスほかの課題と検討重複の可能性がある
今会合では、TV White Space(TV WS)の利用方法
との指摘があり、関係のラポータとの間で調整するよ
について活発な審議があった。ブタペスト専門家会合の結
う要請があった。 中国、インド寄書はケース・スタディ
果を基に、マイクロソフトとフランスが修正したRes.9報告
として報告書に入れることとなった。
書案の審議が行われた。
(1)川角SG1副議長(日本ITU協会)が、TV WSについ
ては途上国の参考となるガイダンスがよくまとめられ
54
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
(3)ITU-Tからのリエゾン文書について、新SG20(IoT)
にITU-D SG2からリエゾン文書を返信すべきとのコメ
ントがあり了承された。
3.2 Q2/2(eヘルス)
に関する提案があり、低年齢層によるインターネット
本課題は、eヘルスのための情報及び電気通信/ ICTを
利用の増大に伴い、違法・成人向けコンテンツの規制
扱っており、中島Q2/2ラポータ(東海大学)が議事進行
や制限、オンラインで利用する児童の保護の取組みが
を務めた。
(1)Q2報告書案は、既に75%程度が完成しており順調で
あることがラポータから示された。SG2議長(イラン)
より図を多用すること、
途上国だけではなく先進国(特
に日本)からの様々な分野のeヘルスの事例を取り入
紹介された。9月に再検討し、Q3報告書のAnnexにベ
ストプラクティスとして含める。寄書本文は、National experienceとしてcompendiumに採用する。
(5)ガンビアから後発途上国におけるオンライン児童保護
の必要性の提案があった。
れて欲しい等の要請があった。L. Androuchko教授
(副
(6)2017年1月にワークショップを開催することがBDTよ
ラポータ、スイス)より、ITUにおけるeヘルスの20年
り提案され、合意された。準備のため、プログラム委
史を出版したいとの提案があり、原則的に了承された
員会を立ち上げる。ハイチ、米国、日本(NEC)
、フ
が、財源は未定である。
ランス(オレンジ)
、アフガニスタン、ラポータが委員
(2)カメルーンから電話による医療コンサルテーションに
関する同国内3か所のパイロット運用の報告、ハイチ
会への参画を表明した。今後、BDTと協力して準備
を進める。
よりルーラル地域における医療スタッフの不足とこれ
(7)課題3ラポータグループ会合直前の18日午後、19日午前
を軽減するためのICTを利用した遠隔医療の検討状
にBDT主催のSecurity Workshop が開催され、サイ
況、韓国より2015年に定めた韓国独自の遠隔医療の国
バー訓練及びサイバーセキュリティ戦略についてパネ
内標準化が紹介された。
ルディスカッションが行われた。ワークショップでは、
(3)ITU-Tから発出された電磁環境、スマート都市など多
岐に渡るリエゾン文書も審議されたが特に返答すべき
とのコメントはなかった。
関連トピックスについて10件のプレゼンテーションが
行われ、
パネルを通じて積極的な意見交換が行われた。
(6)にあるように、次回ワークショップは、2017年1月
ラポータ会合に合わせて行われる予定である。
3.3 Q3/2(サイバーセキュリティ)
本課題は、情報通信ネットワークの安全確保:サイバー
セキュリティ文化を発展させるためのベストプラクティス
を扱い、ラポータのLear氏(米国)が議長を務めた。
(1)2015年9月の第1回ラポータ会合の報告、第1回ワーク
3.4 Q4/2(適合性及び相互接続性プログラム実施のた
めの開発途上国への支援)
本課題は、ラポータのGillerman氏(米国)が議長を務
めた。ラポータが用意した最終報告書案と、モーリタニア、
ショップ及び2016年4月の第2回ワークショップの報告が
ハイチ、ブラジルからの寄書が議論された。寄書では各国
あった(ラポータ、BDT、永沼氏(副ラポータ、NEC)
のConformance and Interoperability(C&I)試験の取組
が担当)
。英国より、London Action Plan(LAP)の
みが紹介された。モーリタニア、ハイチ、ブラジルから試
説明があった。LAPは、最終報告書のAnnexとして
験センタを立ち上げたとの報告があった。これらの内容と
含めることとなった。
TSBから紹介されたITU-T SG11(信号方式)での検討状
(2)ラポータ提案の報告書案は、特に大きな変更はなく、
況を含め、最終報告書へ盛り込むことが了承された。
9月会合までにさらに完成度を向上させることとなっ
た。副ラポータの永沼氏は7章のワークショップ結果
について取りまとめを担当する。作業に当たっては、
3.5 Q5/2(防災、減災、災害対応のための電気通信/
ICT利活用)
他の副ラポータであるハイチ、カメルーン、トーゴ及
本課題は、ラポータのO’
Keefe氏(米国)が議長を務め、
びBDTと協力する。
今中Q5/2副ラポータ(NTT-AT)が補佐した。議論に先
(3)韓国からFintechに関する韓国政府の取組みが紹介さ
立ち、4月に発生したエクアドル地震に対し、ITUから50台
れ、内容を一般化し報告書に含めることとなった。ま
の衛星携帯電話を提供したことが報告された。また、日本
た、World Bankにリエゾン文書を送付する。
から、ほぼ同時期の熊本地震に際して各国から支援のオ
(4)韓国から未成年者のインターネットの安全な利用方法
ファーが寄せられたことに謝意を表した。
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
55
会合報告
(1)災害対応事例集に関して、日本寄書によりフィリピン
3.7 Q7/2(人体への電磁被ばくの影響)
におけるMDRU(移動式ICTユニット:Movable and 本課題は、電磁界の人体被ばくに関する戦略及び政策
Deployable ICT Resource Unit)の実証実験結果が
を扱う。
示され、事例集に追記された。またITU-T SG2からの
(1)Q6、Q7、Q8共同の質問状の調査結果について、BDT
リエゾン文書で示されたFG-DR&NRRのユースケース
が14か国からの回答をまとめたもので要約がないこ
文書の活用、インド、カザフスタン、アルゼンチンの
と、回答数が少ないのでまだ結論が導けないとのこと
寄書で提案された早期警戒システムの災害対応事例
が議論され、もう少し回答を待つこととなった。
を盛り込むことも了承された。この事例集は、ITU-T (2)フランスとイスラエル共同寄書(イスラエルがリモー
SG2、SG15、SG17やITU-R WP6C、APTに対しリエ
トで紹介)は、ITU-Rからの報告、FM 放送局、携帯
ゾン文書により送付することとなった。
基地局、point to point無線局等の周辺の人体への電
(2)2016年 9月に開催が決まった緊急通信と災害対応の
磁界被ばくの影響を数字的に解説。
ワークショップに関し、米国寄書によるアジェンダ提
(3)ITU-T SG5、ITU-R WP6A、WP5Dからのリエゾン
案に対し、会議前の事前調整が奏功し、アジェンダ案
文書、5件のイスラエル寄書でQ7に関係する細かな数
に日本案を含めることが合意された。引き続き米国と
値データが報告されたが、特に質問はなかった。
日本で協力して詳細を詰めることとなった。日本から
(4)世界保健機関(WHO)から“電磁被ばく問題について”
のMDRUを含む災害対応事例の途上国への紹介の場
と題して報告があった。携帯端末による電磁被ばくの
として、デモ展示を含む本ワークショップの効果的な
影響に比べて、無線タワーや電力線による被ばくは小
活用が望まれる。
さいとのことであった。
(3)オンラインツールキットと災害対応チェックリストに
関して、カザフスタン、インド、中国、アルゼンチン
3.8 Q8/2(e-電子機器廃棄物)
寄書の情報を追加することが合意された。
本課題は、電気通信/ ICT廃棄物の適切な処理と再利用
(4)インドからの要求で、BDTから災害軽減及び救援活
のための戦略及び政策を扱う。ラポータは、Barrero氏(コ
動への情報通信資源の供与に関するタンペレ条約
ロンビア)である。各国に送付する質問状ができておらず、
(Tampere Convention on the Provision of Telecom-
BDTからITU-T SG5が作成する質問状に相乗りする提案
munication Resources for Disaster Mitigation and があった。この時期に質問状が発出されていなければ本課
Relief Operations)に関し紹介があった。これは、災
題の報告書作成が危ぶまれる。WHOの担当者から、電子
害軽減と救援活動を十分に行うために、災害発生時に
機器の廃棄処理は単に携帯電話とPCの使い捨てを止めて
は救援活動者に特権を付与し、情報通信資源を提供す
回収すれば良いだけの話ではなく、
先進国の再生工場では、
ることを定めている条約であり、2016年6月現在48か国
マスク、作業着、手袋などをしているが、途上国では子供
が締約国となっているが、締約国が少ないことが課題
を雇って、マスクや手袋をしていない無防備の状態で野焼
であるとされた。
きしてケーブル類から銅を抽出していること、さらに焼く
ことにより毒性の高い化学物質を生み出していることが課
3.6 Q6/2(ICTと気候変動)
題であることが示された。また、この残土を埋め立てや粗
本課題は、ラポータのKelly氏(フランス)が議長を務
大ごみ場に放置し、そこで貧困地区の子供が遊んでいる
めた。なお、本課題の副ラポータの福家氏(KDDI)は、
のが現状であり、この状況をITU側でも善処して欲しいと
熊本地震対応のため欠席との報告があった。フランスから、
のこと。現在、WHOは南米、アジアの子供の重金属の血
昨年パリで開催されたCOP21に関する報告に引き続き、ラ
液濃度を計測し、追跡しているという。
ポータからの寄書で提示された最終報告書案に沿って議
論があり、フランスからのエネルギー削減取組事例、オレ
ンジからのアフリカでの太陽電池発電利用事例、米国寄書
3.9 Q9/2(開発途上国に特に関心の高い、ITU-T及び
ITU-Rのトピック)
の報告書のエディトリアルな更新提案が合意され、最終報
本課題は、開発途上国に特に関心の高い、ITU-T及び
告書のドラフトが更新された
ITU-R研究委員会の研究テーマの特定を扱う。
56
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
(1)Q9が発出予定の調査質問状案の審議では、カメルー
4.おわりに
ンから会合の回数に関する質問項目についてコメント
今研究会期で2回目のラポータ会合(2014年はWTDC-14
があった。日本から、各国主管庁が中小企業(SME)
及びPP-14があり開催がなかった)だったが、従来と比較
の参加勧奨を行っているか、またITUはアカデミアメ
して会合参加者及び寄書数は非常に多かった。また、SG1
ンバと同じようにSMEの参加ハードルを下げる対策が
及びSG2議長がそれぞれの課題のラポータ会合に出席して
必要かとの質問事項を追加するようコメントし、合意
熱心に審議に参加した。これは従来にはなかったことだ。
された。
途上国からの出席者は、ITU-Dの会議を利用して他国の情
(2)Q9報告書案は、目次と一部完成した内容が審議された。
報や世界の動向を収集し、自国の政策に反映させたいと熱心
報告書案に、ITU-T SG3の新Working Party、新SG20
だ。途上国の代表たちのレベルは非常に高いと感じられる。
(IoT関連)の設置等が盛り込まれている。ケニアから
ところで今会合期間中の4月後半は季節的には非常に過
ITU-Dの新研究課題に関して質問があり、議長は開発
ごしやすく春の花がそろそろ咲き出す時期であった。日本
途上国から提案して欲しいと回答。
がITUの150周年記念に寄贈した桜の花は少し時期を過ぎ
(3)他セクターからのリエゾン文書でQ9に関連するものは
ていたが、ITUタワーの周りに彩を添えていた(写真3、4)
。
なかった。Q9から発出すべきリエゾン文書に関して、
最後に本報告作成に際し、筆者ら以外の我が国の出席
今回のQ5/1の審議において、ITU-T SG5に宛て途上
者に多大なご協力をいただいたことに感謝いたします。
国に導入しやすい低価格の端末を開発して欲しいとの
リエゾン文書を出すことになったが(ロシア提案)
、
川角SG1副議長がブロードバンド普及の妨げの一因に
なっている途上国での料金問題を提起すべきと示唆し
た。また、たとえルーラル地域にブロードバンドや光
海底ケーブルが普及しても、アクセスラインの帯域不
足でトラフィックが発生せず使用率が上がらないこと、
ルーラル地域にインターネットが普及しにくいこと等
の問題があると指摘した。議長からブロードバンド料
金の問題は、ITU-Tでも認識されていること、次回の
Q9会合で検討するとコメントがあった。さらに、今回
のQ5/1で報告されたBroadband Commissionのレポー
トに対して、ITU-Dからの返信の必要性が指摘された。
■写真3.ITU150周年に日本が寄贈した桜
3.10 作業部会(WP1/2)
(1)次回のSG2会合文書の締め切りは2016年8月12日(他
公用言語へ翻訳される)
。
(2)質問状は6か国語に翻訳され、オンラインで実施して
いる。これまでにQ6、7、8の質問状の期限を延長し
たにもかかわらず回答は17件のみ。BDTからオンライ
ンサーベイの紹介があった。回答が一覧表で示されて
いる。
■写真4.150周年記念植樹桜の根元のプラーク
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
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この人
・あの時
会合報告
シリーズ! 活躍する2016年度国際活動奨励賞受賞者 その1
あがた
あきら
縣 亮
KDDI株式会社 オプティカルネットワーク部 マネージャ
http://www.kddi.com
ITU-Tでの基地局収容向け次世代光アクセス方式の基礎となるホワイトペーパー策定において、 日本の方針を
反映させるだけでなく、 エディタとして策定作業に寄与するなど活動の中心的役割を果たした。
基地局収容向け次世代光アクセス方式の基礎となるホワイトペーパーの策定(FSAN)
この度は、日本ITU協会賞国際活動奨励賞 功績賞分野
地局を収容する光アクセス回線の必要帯域は従来と比べ約
という栄誉ある賞を頂き、誠に光栄に存じます。日本ITU
16倍にもなるため、既存の光アクセス方式では対応できな
協会ならびに関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。
いという課題がありました。
私は、
“将来光アクセス”の技術議論を行っている国際
このような背景を基に、基地局収容向け次世代光アクセ
業界団体FSAN(Full Service Access Networks)
に2014年
ス方式の検討とホワイトペーパーの策定作業が2014年に
5月から参加し、基地局収容向け次世代光アクセス方式の
FSANで開始されました。現在、2016年中の策定完了に向
基礎となるホワイトペーパー策定に携わって参りました。
けてホワイトペーパーの最終化が進められています。私は、
FSANは、ITU-T Study Group 15(SG15)において次世
この検討の開始当初より審議に参加し、日本の国内環境に
代光アクセスシステムの国際標準化を進めている Question 2
適した光信号波長帯や光ファイバ網構成を考慮することな
(Q2)と密接な関係がある団体です。
近年、スマートフォンや多機能端末の急速な普及により、
モバイルデータトラフィックが 爆 発的に増加しています。
どを提案し、ホワイトペーパーに反映させるだけでなく、エ
ディタとして策定作業に寄与して参りました。
ホワイトペーパーの策定作業で最も苦労したのは、O-band
CISCOによる最新の予測では、モバイルデータトラフィック
の光信号波長帯の扱いでした。参加各社からは、O-band
は2015年から2020年にかけて、年平均の増加率にして53%
波長帯を既に他の光アクセスサービスで使用済みのため
(当該5年間で約8倍)の速度で増加すると見込まれておりま
次世代光アクセス方式では当該波長帯を避けたいという
す。特に人口密集地域において急増するモバイルデータトラ
意見や、高速光信号の安定した伝送や光部品の低コスト
フィックを収容するには、多数の基地局を高密度で設置す
化が期待できる同波長帯を使いたいとの意見などがあり、
る必要がありますが、その際、基地局間での電波干渉によ
どのように意見を集約しドラフトに整理するかが問題とな
る無線品質の低下をいかに防ぐかが大きな課題となります。
りました。最終的には、ホワイトペーパー上で、次世代光
この課題の有効な解決策として、多数の基地局を集中制
アクセス方式を新規に展開する場合と、同一光ファイバ網
御し協調 動 作させる、C-RAN(Centralized Radio Access
上において既存方式に共存させる形で展開する場合とを
Network)と呼ばれる基地局網構成があります。これまで
分けて記述し、それぞれのケースに適した光信号波長帯
の基地局網構成は、それぞれの基地局が独立に動作して
を記述することで各社からの合意を取り付けることができ
いたため、基地局間での電波干渉が課題でした。これに
ました。
対して、C-RAN構成では複数の基地局を集中制御し協調
ホワイトペーパーの策定は2016年中に完了する予定です。
動作させることで、基地局間の干渉を抑制します。これに
今後は、これを基にITU-Tでの標準化を進め、最終的に
より、3GPPで標準仕様化されたLTE-Advancedの干渉制
は人々のコミュニケーション手段の発展に役立てることが
御機能などを最大限に活用でき、端末の無線通信品質を
重要です。そのために、国際会議や研究会等での講演発
大幅に向上させることができます。
表や、IEEEのNGFI(Next Generation Fronthaul Interface)
その反面、C-RAN構成ではADC(Analog-to-Digital
などの関連する標準化団体参加者との意見交換を進めて参
Converter)にてデジタル化された無線信号波形そのもの
りました。今回の受賞を励みに、今後も世の中の情報通信
を各基地局と集中制御局の間で伝送する必要があり、基
手段の発展に取り組んで参りたいと思います。
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ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
あら い
けん じ ろう
荒井 健二郎
日本電信電話株式会社 ネットワークサービスシステム研究所 研究主任
http://www.ntt.co.jp/inlab/org/ns.html
IMSにおける呼制御方式の3GPP/ TTC標準化に貢献。 国際活動として3GPP/ IETFに参画し、 3GPPで
は事業者網間の網間インタフェース仕様の新規フレームワーク(事業者間協議項目の一覧化等)の仕様化を
提案し、 議論を主導した。 2013年からは、 3GPP CT WG3の副議長を務め国際標準化の議論を主導すると
ともに、 3GPP標準を基にした移動網・固定網共通の国内相互接続標準の策定を実現した。
IMS標準化の取組みと今後に向けて
この度は、日本ITU協会賞 国際活動奨励賞という名誉
3GPP参加当初は、標準化会合における仕様化の進め方、
な賞を頂き、誠に光栄に存じます。日本ITU協会並びに関
合意形成の方法が分からず、社内外・国内外の諸先輩方
係者の皆様に御礼申し上げます。
からご指導をいただきながら、何とか新規ワークアイテム及
私は、PSTNマイグレーションを実現する上で必須となる
びIP網間インタフェースの詳細仕様の提案・策定を行って
国際・国内事業者間のIP網間インタフェースの標準仕様策
おりました。初めて3GPPに参加した時は、各社からの参
定のため、2 010年度 から3GPP(The 3rd Generation
加者の技術・標準仕様に関する知識の広さに驚かされ、十
Partnership Project)CT WG3(以下CT3)及びTTC 信
分に他社の代表と議論し合えるように、IMS装置の技術要
号制御専門委員会への参加を開始し、2013年度より3GPP
素となるIETFのRFCを何本も読み、その後3GPP仕様で
CT3の副議長を、2014年度よりTTC 信号制御専門委員会
の使い方を把握する、という訓練に悪戦苦闘していたこと
配下のSIP SWGのリーダを務めております。
が非常に印象的です。
3GPP CTでは、
SAで検討されるサービス・アーキテクチャ
2010年度からの活動を経て、2013年に商用ベースの相互接
仕様をベースにプロトコルレベルの実装方式(Stage3)の
続仕様として十分と考えられるレベルまでIP網間インタフェース
標準仕様化の検討が行われ、最も重要な検討項目の一つ
の3GPP標準仕様を仕上げ、同年国内でも移動網・固定網共
に音声を中心とした各種マルチメディア通信の提供基盤と
通の相互接続仕様としてTTC標準を策定しております。
なるIMS(IP Multimedia Subsystem)の検討があります。
現在、3GPP CTではVoLTEローミング方式の標準化や
CT3ではIMSの検討のうち、異事業者間のIMS相互接続
各種IMSの改善・拡張が進められており、国内(TTC)で
仕様、IMS-PSTNインタワーク仕様等、異なる事業者・異
はPSTNマイグレーションに向けた標準化検討が本格化し
なるプロトコルをサポートする網を接続するための標準仕様
ようとしています。今後も、国際・国内双方のIMS関連標
について議論を行っています。
準化の推進に向けて貢献して参る所存です。
■写真.3GPP CT WG3会議にて
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
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情報プラザ
ITUAJより
編集委員より
お知らせ
雨空の日が少なくなると、なんとなく気分が華やぐものですが、
今年は関東のダムに充分に水を満たすことなく、梅雨が去ってい
きました。
さて、当協会では、協会発行の出版物販売、ITU出版物の斡旋
販売を行っております。
(https://www.ituaj.jp/?page_id=178)
ITUより、主要図書の販売予定時期が通知されましたので、お
知らせいたします。時期は変更の可能性があり、また、定価は発
表されていない旨、悪しからずご了承ください。
● Radio Regulations 2016 – 2016年9月末
● List VIII – List of Monitoring Stations – 2016年10月
● Manual for use by the maritime mobile – 2016年11月~ 12月
● List of Ship Station – 2017年3月~ 4月
● List of Coast Stations – 2017年10月~ 12月
なお、海洋関係の図書で、現時点の最新版は下記のとおりです。
● List of Ship Station 2016
● List of Coast Stations 2015
● Manual for use by the maritime mobile 2013
ご要望の際はご一報ください。
ITU本部ビル建て替えについて
総務省 情報通信国際戦略局 国際政策課
よな ご
ふさのぶ
米子 房伸
2016年5月25日から6月2日まで、ジュネーブのITU本部で開催さ
れたITU理事会に出席しました。ITU理事会は、全権委員会議の
会期間におけるITUの業務運営の重要事項について審議を行うも
ので、ITU加盟国193か国のうち、日本を含む48の理事国が参加
して開催されるITUの重要な会議です。
会議では、国際的なインターネット関連公共政策課題、世界情
報社会サミット(WSIS)の実施、ITUの財政関係等に関する議
題が審議されましたが、その中で、重要事項の一つとして挙げら
れるのは、
「ITU本部ビル建て替え」についてです。
ご承知のとおり、ITU本部には、タワー、ベロンべ、モンブリア
ご意見をお聞かせください
アンケートはこちら https://www.ituaj.jp/?page_id=793
ご意見はこちら 編 集 委 員
委員長 亀山 渉 早稲田大学
委 員 米子 房伸 総務省 情報通信国際戦略局
〃 稲垣 裕介 総務省 情報通信国際戦略局
〃 藤原 誠 総務省 情報通信国際戦略局
〃 網野 尚子 総務省 総合通信基盤局
〃 深堀 道子 国立研究開発法人情報通信研究機構
ンの三つのビルがありますが、中間に位置するベロンべビルが老
朽化しており、その在り方を検討することが、2014年に韓国・釜山
において開催されたITU全権委員会議において決定されました。
本決定を受け、理事会の下に作業部会が設置され、建て替え、
改修、移転などの各オプションについて検討が行われた結果、と
りまとめられた案が、今回の理事会で審議され、承認されました。
その概要は、
「タワービルを売却し、ベロンべビルを建て替える」
というもので、事業費の上限は、147百万スイスフラン、竣工時
期は、2023年となっています。
近年、ITUの財政は、たいへん厳しいものとなってきており、
2015年末時点の純資産は、343百万スイスフランのマイナスとなっ
ています。そのため、全権委員会議決議等に基づいて、様々なコ
スト削減の取組みが行われてきておりますが、財政健全化に向け
て、さらなる取組みが必要な状況です。
〃 岩田 秀行 日本電信電話株式会社
今回の計画は、ホスト国であるスイスから、最大150百万スイ
〃 中山 智美 KDDI株式会社
スフランの50年無利子ローンを受けて行われますが、毎年の返済
〃 小松 裕 ソフトバンク株式会社
〃 津田 健吾 日本放送協会
〃 石原 周 一般社団法人日本民間放送連盟
〃 吉田 弘行 通信電線線材協会
〃 中兼 晴香 パナソニック株式会社
〃 中澤 宣彦 三菱電機株式会社
額は、約3百万スイスフランとなり、ITUの財政を一層圧迫しない
か、心配されるところです。
今回の理事会決定には、作業部会での検討過程において日本が
提案した「本計画が、ITUの長期的な予算に与える影響について
見積もりを行うこと」が盛り込まれましたが、日本は、米国と並び
ITU分担金の最大拠出国でもあることから、引き続き、本計画の
今後の動向をしっかり把握していく必要があると考えています。
〃 東 充宏 富士通株式会社
〃 飯村 優子 ソニー株式会社
〃 江川 尚志 日本電気株式会社
〃 岩崎 哲久 株式会社東芝
〃 田中 茂 沖電気工業株式会社
〃 三宅 滋 株式会社日立製作所
〃 斧原 晃一 一般社団法人情報通信技術委員会
ITUジャーナル
Vol.46 No.8 平成28年 8 月 1 日発行/毎月 1 回 1 日発行
発 行 人 小笠原倫明
一般財団法人日本ITU協会
〒160-0022 東京都新宿区新宿1-17-11
BN御苑ビル5階
〃 菅原 健 一般社団法人電波産業会
顧 問 小菅 敏夫 電気通信大学
〃 齊藤 忠夫 一般財団法人日本データ通信協会
〃 橋本 明 株式会社NTTドコモ
〃 田中 良明 早稲田大学
60
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
TEL.03-5357-7610
(代)
FAX.03-3356-8170
編 集 人 森 雄三、大野かおり、石田直子
編集協力 株式会社クリエイト・クルーズ
Ⓒ著作権所有 一般財団法人日本ITU協会
平成二十八年八月一日発行
(毎月一回一日発行)
第四十六巻第八号
(通巻五四〇号)
ITUジャーナル