いまこそ「逆所得政策」、物価連動型賃金に企業支援

リサーチ TODAY
2016 年 8 月 1 日
いまこそ「逆所得政策」、物価連動型賃金に企業支援
常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創
今日の日本経済の課題はデフレ脱却にあるが、そこでの制約は下記の図表の概念図に示した通りであ
る。すなわち、①円安が続いても輸入物価上昇の財・サービス価格への波及が限られたこと、②人手不足
にもかかわらず賃金上昇が限られたことである。この結果、消費者物価の上昇が限られ、デフレ脱却が実
現できないままとなった。特に、デフレ脱却への制約になっていたのが、輸入物価上昇からの価格転嫁力
の弱さ、つまり輸入物価が上昇しても財・サービスの上昇にまで波及しないことであり、それが企業の賃上
げへの根強い抵抗感となった。これまでもTODAYでは、デフレ脱却という難病に向けた「手術期間」では、
政労使会議、最低賃金引き上げに、公務員給与の引き上げ、賃金目標を加えた4点セットくらいの包括策
が必要と訴えてきた 1 。歴史を振り返れば、1970年代を中心にした狂乱物価時代にはインフレ圧力を抑制
すべく、官民を挙げて賃金上昇圧力を抑制する所得政策が用いられた。一方、今日では、逆所得政策とし
てインフレ抑制の局面とは全く逆の発想に立った対応が不可避と考えられる 2。
■図表:デフレ脱却への道筋概念図
弱い価格転嫁力
人
手
不
足
輸入インフレ
波及
上がらない賃金
賃
金
上
昇
財
・
サ
ー
ア
ベ
ノ
ミ
ク
ス
円
安
輸
入
物
価
上
ビ
ス
価
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上
昇
霞む
ゴール
デ
フ
レ
脱
却
(資料)みずほ総合研究所作成
それでは、所得政策が検討された1970年代を振り返ろう。1970年代は石油危機に伴う狂乱物価、スタグ
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2016 年 8 月 1 日
フレーションの時代であった。次の図表は、1970年代の2度にわたる石油危機が生じたあと1年間の物価上
昇率を比較したものだ。第1次石油危機時には原材料価格は上昇し、最終財も上昇する物価上昇の波及
が生じた。一方、1970年代後半の第2次石油危機時は、第1次と同様に原材料価格は上昇したが、最終財
は安定したままで、原油価格の上昇が最終財には波及しなかった。この違いの背景には、賃金インフレ、
ホームメードインフレ化の有無があった。参考までに最近の状況も図表に示すが、最近の特徴は、1970年
代と同様に原材料価格は上昇したが、最終財はほとんど反応していない状況にある。
■図表:石油危機後1年間の物価上昇率
(%)
第1次危機時
素原材料
中間財
最終財
52.7
19.6
20.0
67.6
26.0
6.0
36.5
6.1
0.5
(1973/Q4 ⇒ 1974/Q4)
第2次危機時
(1979/Q1 ⇒ 1980/Q1)
直近(世界金融危機前)
(2007/Q2 ⇒ 2008/Q2)
(資料) 日本銀行「企業物価指数」よりみずほ総合研究所作成
1970年代には第1次と第2次のホームメードインフレ化の有無は賃金決定と物価の関係で決まったと解
釈された。世界的には、第2次石油危機時でも賃金インフレが生じた欧米諸国では、賃金の物価スライド制
が賃金インフレの大きな要因であったとされる。今日は、1970年代の所得政策の逆として「逆所得政策」が
用いられるべき局面である。すでにここ数年、政労使会議等で賃金引き上げに向けた誘導が行われている
が、これをさらに進めて制度化することも一案だ。すなわち、①「物価連動型賃金制度(インフレ率+2%程
度)」、②「企業支援として社保負担等の部分的軽減策」のセットで賃金の引き上げを制度化することだ。
政労使会議等で政府が介入し最低賃金引き上げまで行うのは、過度な介入との見方は根強い。ただし、
バブル崩壊後の縮小均衡、企業のリストラ進展のなかで企業は賃上げを行わないという行動パターンを完
全に定着させてしまった状況を元に戻すには、「逆所得政策」という形で制度的な転換をはかるしかない。
筆者が長らく、一旦「草食系」に進化した行動形態を元に戻すのは大変な力と時間を掛けるしかないと主
張してきたこととも共通する。米国の1930年代の大恐慌時代に、デフレを回避させるべく、一定の政府介入
によって価格体系を変えるカルテルが容認された事例等もあった。インフレへの対処とデフレへの対処に
は非対称性があり、デフレの脱却には、政府と民間が一体となった対応が必要になる。デフレマインド(リス
トラマインド)からの転換は、官制相場と言われても、敢えてマインド転換を促すような「劇薬」がないとなか
なか実現できない。
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「賃上げに、官民対話、最低賃金、公務員給与、賃金目標」(みずほ総合研究所 『リサーチ TODAY』 2016 年 1 月 13 日)
今回の議論は、筆者も一員である内閣府の政策コメンテーター委員会総会における議論をベースにしている。
筆者の都合により、8 月 2 日(火)から 12 日(金)は休刊とさせていただきます。
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