MARKET 不動産市場のセクター別見通し CBRE フォーラム 2016 より 大久保 寛 CBRE リサーチ エグゼクティブディレクター CBRE は 2016 年 6月3日に毎年恒例の CBREフォーラムを開催し、各セクターの市況の見通しについてご説明させて頂 いた。いずれのセクターも足元では未だ需給がタイトな状況が続き、オフィスならびに物流施設においては賃料も上昇してい る。しかし、地政学リスクの高まり、中国をはじめとする新興国の景気減速 、更にこれらを背景に米国の金融政策にも不透明 感が高まるなど、日本の不動産をとりまく状況は予断を許さない。こういった中で、不動産市場そのものにおいても潮目の変 化がみられ始めている。本稿は 、各セクターの今後の見通しについて、フォーラムでの講演内容を中心にまとめたものである。 【 オフィス市場 】 賃料は2018 年に ピークアウトを予想 過去からの為替相場とオフィス稼動 早晩ピークを打って下落に転じる可 率のトレンドを見ても、両者には一定 能性が高まっていることを示唆して の相関性が認められる。しかしこの 。 いる (図表1 ) 過去のトレンドに鑑みると、2015 年 東京オフィス市場では、オールグ 夏以降、ドル安・円高方向に進んで 東京オフィス市場のこれまでのサ レード (延床面積1,000 坪以上、原則 いる為替相場は、オフィス稼動率が イクルそのものもまた、2017年から として新耐震基準に準拠したビル) の稼働率が 2012 年第 2 四半期末 (= 6月末)に92.3%でボトムを打って以 降、約4 年連続で上昇した。2016 年 図表1 ドル円レートとオフィス稼動率 3月末 時点の 稼 働 率 は 97.3%で、 130 2008 年第 3 四半期 (7-9月期) 以来、 120 約 8 年ぶりに97%を上回って需給は 110 極めてタイトな状況にある。為替が 100 円安に進んで企業業績が拡大した ことを背景に、賃貸オフィス市場で も2013 年から2015 年にかけて拡張 移転や館内増床の動きが増加した。 円相場 円/米ドル 140 東京オールグレードオフィス稼動率 (右軸) 99% 98% 97% 96% 95% 94% 90 93% 80 70 1995 92% 1997 1999 2001 2003 2005 2007 2009 2011 2013 2015 91% 出典:CBRE July-August 2016 73 MARKET 2018 年にかけて市況が転換点を迎 図表 2 東京オールグレードオフィス空室率 えることを示唆している。図表 2 のと おり、東京オフィス市場の空室率に 14% は、9 年から10 年の周期で低下と上 12% 昇を繰り返すパターンがこれまでみ 8% 6% をピークに空室率は低下に転じてい 4% る。今回も過去のパターンを踏襲す 2% 2021年ないし2022 年と推測される。 9年 10% られた。今回のサイクルは、2012 年 るとすれば、次の空室率のピークは 10年 0% 1992 1993 1994 1995 1997 1998 1999 2000 2002 2003 2004 2005 2007 2008 2009 2010 2012 2013 2014 2015 出典:CBRE そうであるならば、その中間点であ る2017年前後のタイミングで空室率 図表 3 東京のオフィス新規供給 がボトムを打つことが考えられる。 グレードA グレードAーマイナス グレードB その他 (千坪) 一方、新規供給も今後更に増加す る。東京では 2018 年と2019 年のい 予想 350 300 250 ずれも過去平均を上回る水準の規 200 。現時 模が計画されている ( 図表 3 ) 150 点で見込まれている新規供給は、 100 2018 年はオールグレードで約 23万 50 坪 ( オフィス貸床面積ベース)、2019 0 年は約 29万坪で、過去15 年間の年 2000∼2015年平均 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 出典:CBRE 間平均の約18万坪をそれぞれ 3 割 【 物流市場 】 弱、6 割弱上回っている。また、新 CBREでは、これら新規供給の動 規供給全体に占めるグレードAビル 向と、予想GDP*から推測される需 の比率は 2018 年が 77%、2019 年は 要動向をもとに今後のオフィス需給 74%で、これも過去平均の47%を上 を予想し、これを踏まえて賃料予想 回っている。プライム立地にクオリ を 行 って い る。2011年 末 を 底 に ティの高いビルが竣工することで、 2015 年末までに約 20%上昇した東 首都圏物流施設市場は、オフィス テナントにとっては質の高い移転先 京のオフィス賃料は、更に10%上昇 市場同様、2012 年以降 4 年間にわ の選択肢が増えることになる。一 して2018 年上期中にピークを打ち、 たってタイトな需給環境が続いた 方、これら新築ビルについては相場 それ以降は緩やかな調整局面に入 。特に2013 年から2015 年 ( 図表 4 ) 観さえ誤らなければリーシングの懸 ると見込んでいる。 にかけての3 年間では、毎年の平均 念は低いとみられるものの、テナン * 日本経済研究所センターの予測に基づく 新規供給が 24万坪と、それ以前の 需要は引き続き旺盛 だが、需給バランスの エリア間格差は拡大 ト層が重なる既存グレードAビルも 平均 ( 約11万坪)の倍以上で推移し しくはグレードAマイナスビルにおい たにも関わらず、同期間の空室率は ては、景況感によっては二次空室の 平均して約4%という低水準で推移 発生・長期化も考えられる。 している。需要の主な牽引役は、言 うまでもなく電子商取引=eコマース 74 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.32 市場の拡大である。 図表 4 首都圏物流施設の需給動向 新規供給 坪 ただし、2015 年下期以降はやや 変化がみられる。2015 年第 4四半期 ( 10-12月期) の新規供給は、四半 期としては過去最高の約15 万坪を 20% 16% 250,000 12% 200,000 100,000 圏全体の空室率は6.9%と前期に比 50,000 需要が減退した兆候はみられない。 予想 300,000 として残ったため、2015 年末の首都 こちらも過去最高を記録しており、 空室率 (竣工1年以上) 350,000 150,000 新規需要は 2015 年に22万坪超と、 空室率 (全体) 400,000 記録した。そしてその約半数が空室 べて3.4ポイント上昇した。ただし、 新規需要 0 8% 4% 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 0% 出典:CBRE 図表 5 首都圏物流施設のサブマーケット 実際、竣 工 1年以上の、いわゆる 圏央道エリア 「既存物件」の空室率は1.2%と、過 去最低を更新している。先進的物 流施設の床面積が倉庫市場全体の 外環道エリア 5%程度と推定されることや、今後 のeコマース市場の更なる成長ポテ 東京ベイエリア ンシャルに鑑みると、大型の先進的 国道 16 号エリア 物流施設に対するニーズは、今後も 堅調に持続すると考えられる。 とはいえ、今後の新規供給案件 出典:CBRE の多くは、物流エリアとしては新興 び「 圏央道エリア」には、2016 年か られる一方、 「圏央道エリア」を含む のエリアに計画されている。そのた ら2017年に計画されている新規供 外側2 エリアにおいては空室率の高 め、2016 年から2017年にかけての2 給の8 割が集中している。そして 止まりを背景に賃料は弱含むものと 年間は、エリア間で需給バランスの もっとも新興の「 圏央道エリア」に 予想する。ただし、同エリアも、次 格差が広がることとなろう。CBRE は、約4 割が集中している。当該エ 第に主要物流エリアの一つとしてポ では、2015 年初以来、首都圏の物 リアは新興であるため、既存ストッ ジショニングが確立されるであろう。 流施設市場を4つのサブマーケット クそのものが少なく ( 首都圏全体の 今でこそ主要な物流拠点として認知 。東 に分けて分析している ( 図表 5 ) 2 割弱)、物流施設のマーケットとし されている千葉県の柏や埼玉県の 京湾岸沿いの「 東京ベイエリア」を ての認知度も高いとは言えない。こ 久喜なども、物流施設が開発される 中心に、 「 外環道エリア」、 「 国道16 のため、 「圏央道エリア」で開発され ようになった当初はリースアップに時 号エリア」、 「圏央道エリア」と、いず ている物件の中には、空室を残して 間がかかっていた。今後、圏央道の れも環状線の開発に伴って拡大して 竣工するケースが既に散見され 、今 全線開通が近づくにつれて物流エリ きたのが首都圏物流施設市場のこ しばらくはこの傾向が続くだろう。 アとしての認知度も高まり、中期的に れまでの歴史である。この中で外 その結果、内側のエリアは引き続き はリースアップのペースも加速すると 側2 エリアの「国道16号エリア」およ 需給がタイトで賃料も上昇するとみ みられる。 July-August 2016 75 MARKET 70 73 63 60 57 47 50 40 40 39 37 38 35 30 29 26 26 26 マニラ 80 ウィーン 消費性向の変化が リテーラーのマインド にも影響 図表 6 海外ブランド初出店ランキング ( 2015 年) ジャカルタ 【リテール市場 】 20 需要の変化を受け、出店戦略を見直 すリテーラーも出始めている。 ソウル トロント ドーハ ロンドン モスクワ 台北 東京 出典:CBRE メキシコシティ 目が変わりつつある。インバウンド 0 シンガポール テール市場においても、少しずつ潮 10 香港 銀 座や表参道などのプライムリ 図表 7 海外ブランドの進出済み割合 2016 年ランキング 都市 2016 年進出割合 1 ロンドン 57.9% 2 ドバイ 57.0% CBREが毎年集計している「海外 3 上海 54.4% 2015 年は1位が香港 ( 73件)、2 位が 4 ニューヨーク 46.6% 5- シンガポール 46.0% シンガポール ( 63件)で、東京は 57 5- モスクワ 46.0% 7 香港 45.0% 8 パリ 44.3% 9 東京 43.4% 10- 北京 42.7% 10- ベルリン 42.7% ブランド初出店ランキング * 」では、 。世界主 件で3 位となった ( 図表 6 ) 要都市の中でアジア太平洋地域の 都市が上位 3 位を占めており、同地 域へのリテーラーの進出意欲は引き 出典:CBRE 続き高いと言える。2014 年の同調査 では、東京は63件で1位であった。 。57.9%で1位のロン ている (図表 7 ) 入ってからは高額品の売れ行きが 2015 年調査では出店件 数 が減 少 ドンは日本を約15ポイント上回って 鈍っている。株安により国内富裕層 し、順位も3 位に下がったが、これ おり、3 位の上海 ( 54.4%)とも11ポ の消費意欲が減退したとみられるほ は海外ブランドによる出店需要が特 イントの開きがある。従って、他国 か、円高により訪日外国人の購買商 に強い銀座や表参道のハイストリー の主要都市と比べ 、東京にはグロー 品が高額品から日用品にシフトした トで空室が少なく、出店余地が限ら バルブランドの進出する余地が未だ ことが理由である。 れていたことが主因と考えられる。 あると言える。 2015 年に過去最高の1,974 万人を 2015 年の段階では、海外ブランドの 2015 年の日本の消費のけん引役 記録した訪日外国人数は、2016 年 かったと言っていい。 は、国内富裕層と訪日外国人であっ も増加傾向が続いている。観光庁 * 海外で発祥したブランドが、発祥国 た。 日本百貨店 協会 が 発 表した によると、2016 年1月~ 5月期の訪 以外の世界主要都市に1号店を出店 2015 年の年間の全国百貨店売上高 日外国人数は 973 万人で前年同期を した数のランキング において、高額品 ( 美術品、宝飾、 29%上回った。また 2016 年 6月中 貴金属)の売上高は対前年比で 8% には、前年より1カ月以上早く1,000 増加した。これは、化粧品の12.5% 万人を超えた。訪日外国人の消費 中長期的にはまだまだ続く可能性が に次ぐ増加率である。株高による資 額も引き続き増加している。2016 年 高い。ブランドの進出済み比率を世 産効果や円安により、国内富裕層や 1月~ 3月期は 9,305 億円で前年同 界全体でみると、東京は43.4%で世 訪日外国人の消費が旺盛であった 期を32%上回った。しかし一方で、 界の主要都市の中で 9 位にとどまっ と考えられる。しかし 、2016 年に 訪日外国人1人当たりの旅行支出 日本への出店意欲は依然として強 また、海外ブランドによる進出は、 76 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.32 万円 20 を引き上げたことなどが背景とみら Q1 2016 加え、中国政府が高級品の関税率 16.2 15.2 14.4 Q4 2015 10 13.6 16.8 Q3 2015 相場が円高にシフトしていることに 12.8 15.0 17.8 Q2 2015 12 14.0 Q1 2015 化が主因。2015 年の夏以降は為替 14.0 17.1 Q4 2014 14 Q3 2014 をけん引してきた中国人の消費の変 15.8 Q2 2014 16 Q1 2014 。訪日外国人の消費 ている ( 図表 8 ) 18.7 Q4 2013 18 Q1 2013 期 ( 1-3月期) には16.2万円に減少し Q3 2013 期の18.7 万円から2016 年第 1四半 図表 8 訪日外国人1人あたりの旅行支出 Q2 2013 は、ピークだった 2015 年第 3 四半 出典:観光庁、CBRE れる。SNSへの書き込みの集計で 見ると、中国人が日本で購入したい 商品の1位と2 位は「化粧品」と「医 図表 9 東京プライムリテール賃料指数 薬品」であり、高額品にあたる「ブラ 2008年第1四半期=100 130 ンド腕時計、バッグ」は13 位にとど 125 まっている。日本百貨店協会によ る、外国人観光客に人気のあった商 品ベスト5の調査においても、2015 年初頭から2016 年 3月にかけてお おむね1位が続いていた「 ハイエン ドブランド」が 4月にはランク外と なった。5月は 2 位に再浮上したも 120 115 110 105 100 95 90 85 80 Q1 2008 Q3 2008 Q1 2009 Q3 2009 Q1 2010 Q3 2010 Q1 2011 Q3 2011 Q1 2012 Q3 2012 Q1 2013 Q3 2013 Q1 2014 Q3 2014 Q1 2015 Q3 2015 Q1 2016 出典:CBRE のの、 「爆買い」の担い手であった中 国人の購入性向は、明らかに変化し 店 舗 拡 張 に 慎 重 にな って い る。 済の減速 、英国のEU 離脱を背景 ている。 CBRE が推計している東京プライム に、為替相場が再び円安に向かうこ リテール賃料は4四半期連続で対 とが考えにくくなっている現状では、 前期比横ばいの状況が続いた ( 図表 当面はプライムリテール賃料の上昇 9) 。中国をはじめとする新興国経 余地も限定的と考えられる。 消費者のこういった変化を受け、 足元ではリテーラーも出店あるいは おおくぼ ひろし CBRE Japan のリサーチ部門の責任者とし て、オフィス、物流施設、商業施設の賃貸市 場ならびに売買市場のリサーチ業務を統括。 製鉄会社および投資銀行勤務を経て 1997 年 から 2013 年まで証券アナリストとして株式 リサーチ業務に従事。2000 年からは JREIT を中心に不動産セクターを担当。UBS 証券、 ゴールドマンサックス証券、マッコーリーキャ ピ タ ル 証 券、 み ず ほ 証 券 を 経 て、2013 年 10 月より現職。 July-August 2016 77
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