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月刊「化学経済」2016 年 4 月号
日系素材・化学企業における「Digital Transformation」連載 1
4 つの Transformation Themeと 3 つの乗り越えるべき壁
アクセンチュア株式会社 素材・エネルギー本部
マネジメントコンサルティング統括兼デジタルコンサルティング統括
マネジング・ディレクター 竹井 理文
はじめに
近年, 日系素材・化学企業を取り巻く事業環境変化は著しい。周知
別の変革テーマとしてこれでもかと列挙され,その多くが実態
のとおり,先行き不透明な中国・ヨーロッパ経済,原材料費の加速
を伴わない,あるいは単なる既存業務改善の延長上の取り組み
度的乱高下,アジア市場はもちろん,新興国市場で競争がさらに激
に終始している。これは,昨今,世の中に出回っている書籍・
化している。また,ダウ,デュポンの巨大合併,ケムチャイナのシ
論稿がコンシューマービジネスに照準を合わせたもの,もしく
ンジェンタ買収報道など,欧米のグローバル化学企業にアジア勢を
はあくまでもTechnology起点で論じられ,具体的なビジネスへの
加えたグローバル規模での業界再編には目を見張るものがある。
適用イメージを欠いたものが主なものであり,少なくとも素材・
加えて,電子情報材料製品に代表されるプロダクトライフサイクル
化学業界特有のインダストリー特性を踏まえた考察がいまだ十
のベロシティ化(高速化)やグローバル規模でのトップノッチ人材
分に成されていないことの結果と言えるのではないだろうか。
(ごく少数の優秀層)の獲得競争など内外事業環境が劇的に変化す
る中,日系素材・化学企業の多くがこれまでとは全く異なる視点,
欧米のグローバル化学企業に後塵を拝す日系素材・化学企業の
すなわち「Digital Technology を活用した事業構造変革」に矢継ぎ早
Digital 化を加速度的に推進すべく切なる思いの基,全8回の連載
に着手しようとしている。
の中で,本稿は上記の問題意識から,素材・化学業界を熟知し
た当社エキスパートと世界最新鋭のDigital Technologyを熟知した
しかしながら,アクセンチュア株式会社が関わる多くの日系素材・
グローバルエキスパートの協働執筆により、業界問わず国内外
化学企業の構造変革の在り方は,
「ICT」
「IoT」
「3D Printer」
「BigData」
の具体的先進事例を交え,「明日から直ぐにDigital 化に着手で
「AI」「Industry4.0」などがバズワードのように五月雨式に,事業個
きる」「遅くとも 2 年以内に完遂させる」ことを企図した。
1. 素材・化学企業におけるDigital Technology のインパクト
2-1 Digital Management
当社は2014年に,米・独・仏・豪・スイス・中国・アラブ首長国連邦
Digital Transformation の1つ目のテーマであるDigital Management
(UAE)・サウジアラビアの8カ国の素材・化学企業156社の経営層
を対象にDigital Technologyへの認識調査を行った。調査はDigital
Technology が①業界に及ぼす影響(Digital Impact)
,②企業戦略に及
ぼす影響(Digital Strategy),③影響するビジネス領域(Digital
は石油化学,機能材料からヘルスケア関連素材・サービスとい
う数十以上のビジネスユニット(BU)ごとに意思決定を促す日
系素材・化学企業にとっては,極めてドラスティックな変革テ
ーマの1つである。
Operations)の3つの観点から実施した。
①「Digital Impact」では,経営層(CxO)の 94%が Digital Technology
がインターネットの出現に並ぶ革命を業界にもたらすと回答。
87%が Digital Technology を採用しないと競争力を失うと答え,
Digital
Impact
94%が価値の源泉になると答えた。すなわち、Digital Technology の
インパクトの大きさは素材・化学業界でも例外ではないことが分かる。
②「Digital Strategy」では,経営層の94%が経営テーマにDigital を加
挙げられ,海外勢は既に Digital Technology を活用した変革に着手済
みと分かる。
③「Digital Operations」では、Digital Technology が最も影響する領域
・87%は, Digital技術をさいようしないことは, 競争
力の喪失に繋がると危惧
Digital
Strategy
・94%は, 現在, Digital Agendaを設定しようとしてお
り, 91%は既に企業戦略の一部であると考えて
いる
Digital
Operations
・Digital技術の活用領域として, 69%は製品開,
63%はマーケティングを掲げ, は効率化施策だけ
でなく, 売上向上に寄与すると考えている
え,84%が過去3年間で Digital Technology への投資を増やし,94%は
今後増やす予定である。投資対象は技術(87%)や人材(90%)が
・94%のCxOは, Digitalが化学業界に革命をもたらす
と思慮
図1 Digital Technology のインパクト
として生産性(25%),製品開発(24%),顧客リレーション(22%)
が,活用される領域としてIT(89%),オペレーション(67%)に加
え商品開発(69%)やマーケティング(63%)があげられた。即ち,
海外勢は効率化に留まらず,売り上げ拡大にも Digital Technology を
活用していることが分かる。
以上から海外勢と日系素材・化学企業の認識ギャップは大きく,
Digital Technology を取り入れた構造変革は急務と言えよう。
2. Digital Transformation4+3
いかにして劇的な Digital Technology インパクトを将来に向けた発展
の好機と捉え,事業構造変革を推進していくべきか,その要諦とな
る「素材・化学企業向け Digital 変革フレームワーク(Digital
サイロの如く細分化されたBUごとのミドルマネジメントが,
バケツリレーによるグローバル積み上げにて業績予測・実績数
値情報を集約し,かつ,トップマネジメント層がそれらを基に
全社の意思決定を行っている。当然の如く意志決定の遅れ,方
向性のブレ,さらには個別最適に陥ってしまっていることが実
情ではなかろうか。また,ROE 経営をスローガンに,ストロン
グシェアホルダーへの期待に応えるため,短期的な業績予測に
ミートすることに終始してしまい,長期的な成長ビジョンの欠
如や短期志向の事業ポートフォリオ最適化に陥ることも危惧さ
れる。
近年,インメモリー技術(使用するデータの全てをメモリーに
Transformation4+3)」について考察していく。
読み込み,ハードディスクなどの外部記憶装置を使わずに
図2が示すように,当社の日本オフィスでは Digital Technology に関
社内外の膨大な経営意思決定に資するデータを集約し,個々の
するグローバル規模での知見・洞察を踏まえ,抜本的構造変革を
4つの変革テーマ,すなわち1. DigitalManagement,2. Velocity R&D,
3. ValueChain Re-Design,4. Digital Plant に峻別している。また,それ
らを短期間かつ確実に効果を創出するため,検討初期段階から+3
(5. Digital Platform、6. Digital Organization、7. Digital Alliance)と題し
た乗り越えるべき壁を考察することを提唱している。
ソフトウェアを実行し,処理の高速化を実現する技術)を駆使し
取引データを瞬時に参照することが可能となっている。某グロ
ーバル化学企業においてもトップマネジメント層がダイレクト
に高鮮度のBU・エリア横断での主要業績評価指標(KPI)を確認
できるようになっただけでなく,意思決定そのものにAIを活用
した経営管理にシフトしつつある。ミドルマネジメントを除し
たブルウィップ効果(需要予測の伝達において,川上になれば
なるほど末端の需要動向の変動幅が増幅して伝わる現象。
転じて,ここでは企業内の業績報告で,現場から遠いトップ
マネジメントに変動幅の大きい予測値が報告される状態)の
無い意思決定をDigital化の真骨頂と捉え,中長期的にはミドル
マネジメントの数を現状の10分の1にまで減らすことも思慮して
いる。
2
本稿では従来のR&D手法を真摯に見つめ直した上で,超高速×
2-2 Velocity R&D
情報電子などの川下製品のプロダクトライフサイクルが益々,短縮
化し,医・農薬では,ブロックバスター(従来の医薬品・治療方法
を覆す薬効を持ち,研究開発投資を回収する以上の利益を生み出す
新薬)が出尽くして規制が益々,強化される中,素材・化学企業が
有望技術を見極め,投資を回収することは益々困難になっている。
さらに,中国,インドを始めとする新興国企業との特許競争・訴訟
の熾烈化などに伴い,戦略的な知財保護の重要性も増している。
かかる状況下,デジタル技術を駆使して新素材を超高速×超低コス
超低コストを実現すべく,「マシンパワーを最大活用した分子/
配合シミュレーション」「テキストマイニング/AI 活用による
特許検索・論文査読・化学品登録・品質管理業務の高速化」
「3Dプリンターを活用した開発∼商業生産の超高速化」など,
いかにDigital技術を取入れるべきかを具体事例も交えながら論じ
ていく。
従来の解析方法
解析に
数百万日
トで開発する異業種やベンチャーによる新規参入も現実的となり,
既存の素材・化学企業はR&Dの手法を抜本的に見直さなければなら
なくなっている。
+
“ 4 つ”の変革テーマ
4.Digital Plant
1.Digital Management
・センサーやウエアラブルデ
バイスの活用による工場
Worker のスキルアップ,
予
防・予知保全の高速・高度化
・AI,予測モデルを活用した
“経営マネジメント(プラ
イシング,大規模投資判
断など)
” そのものの自動・
最適化
たんぱく質
( およそ
4,000 個
の原子)
“ 3 つ”の乗り越えるべき壁
5.Digital Platform
・グローバル標準プラットフォーム
の確立
(ERPなど)
・他社クラウドプラットフォームの
活用によるITコストの変動費化・ミ
ニマイズ
6.Digital Organization
・データを基にした各種意思決定を
行うDigital組織の設営
・ゲーミフィケーション・AIなどを
活用したDigital人材の調達
3.ValueChain Re-Design
2.Velocity R&D
・マシンパワーや AI を活用
した,
有機合成等の原子・
分子シミュレーションな
どの研究開発の超高速化
・素材売りからサービス型ビ
ジネスモデルへの VCリデ
ザイン
・川下企業各社とのデータ連
携によるSCM の超高度化
7.Digital Alliance
・Digital問わずあらゆるプレイヤー
とのアライアンス
・先進技術を保有したスタートアッ
プへのベンチャー投資
Google Exacycle を活用した方法
コンピュータ
スーパー
コンピュータ
費用莫大で
非現実的
解析は1 日
研究者に安価に公開
1 日で
1 ナノ秒分
の反応挙
動分析
たんぱく質
( およそ
4,000 個
の原子)
Google
Exacycle
サーバ サーバ サーバ
サーバ サーバ サーバ
1 日で
2.5 ミリ秒
分の反応
挙動分析
・・・ ( 数百TB)
演算能力向上
+クラウドコンピューティング技術
図4 Googleのタンパク質の薬剤への反応シミュレーションの高速化
例えば,Google はクラウドコンピューティング(従来は手元の
コンピュータで管理・利用していたソフトウェアやデータなど
を,遠隔のデータセンターなどで管理し,ユーザはインターネ
ットなどのネットワークを通じて必要に応じて利用する方式)
技術を用い,従来はスーパーコンピュータに依存していたタン
パク質の薬剤への反応シミュレーションの高速化×低コスト化を
可能にしている。特筆すべきはこの高速シミュレーション技術
(Exacycle)や,AI 技術(TensorFlow)が公開され,誰でも安価に
図2 Digital Transformation 4+3
使え,かつ群集知を通じ品質も急速に向上している点である。
これらの技術を活用し,元来,素材・化学企業の利益の源泉で
外部マクロ情報
・為替レート
・原油・ナフサ価格
・製品市況など
2
A プラン
B プラン
C プラン
AI
Digital基盤で一元把握
ZZZ 事業本部
XX
SBU
1
3
中国
上海
タイ
北京
YY
SBU
・
・
・
〇〇
BU
××
BU
・・・
マレー
インド ・
・・
シア
中国
・・・
・・・
上海
・・・
あった素材設計・製法開発などにおける配合組成・条件を誰で
Digital経営基盤により,高鮮度の
KPI情報をBU・地域横断で一元的
に把握
も安価・高速に開発できるようになれば,新規参入も活発化し,
AIが経営方針を自動策定
加価値の低いOEMと化してしまう恐れさえある。既存メーカー
AIが,経営基盤の内部データ及び
外部マクロ情報を基に,高度に
分析・シミュレーションし経営
方針案を自動策定
当該IP(知的財産権)が押えられてしまうと既存メーカーは付
にとってDigital 技術への対応は急務と言えよう。
ビジョンに基づく経営意思決定
トップマネジメントがAIの案を経
営ビジョンに基づき評価・ 意思
決定し最前線に指示
最前線で起きている事象
(個々の売上トランザクションなど)
図3 Digital Technologyを用いた経営の意思決定
3
2-3 Value Chain Re-Design
2-4 Digital Plant
1990年代後半から当該商材のコモディティ化と共に,日系素材・
素材・化学企業の多くが設備の老朽化,保全・運転要員の高齢
化学企業の多くが「素材売りからアプリケーション(用途)重視」
化に対峙すべく「保全・日常点検業務へのモバイル活用」や
「システム・ソリューション売りへの転換」と称して「Value Chain
「センサーを活用した予知保全」などの実証実験に早期着手し
上の立ち位置(事業ドメイン)の変革」を模索してきた。一方で
てきた。一方,これらの多くはごく閉ざされたプラントや単一
Value Chain 上の立ち位置が川下に近付けば近付く程,莫大な品質
ラインでの試験的な取り組みに留まり,保全・運転業務の本格的
保証リスクを負う必要性が生じることも否めず,いかにしてリスク
なDigital化や経営インパクトを持つ効果創出には至っていないこ
を低減しながらValue Chainを組成していくのか,それを具現化する
とも事実ではなかろうか。
ために,どのようなDigital Technologyを活用すべきかは日系素材・
化学企業各社の経営イシューとして位置付けられている。
その背景として,Digital Dataそのものへの意識の低さが挙げられ
る。紙文化が根強く残り,特に,巡回点検で計器を確認しても,
事実,某グローバル化学企業の中国・アジア市場でのコーティング
「異常なし」欄にレ点を付けるなど,現場情報がDigital Dataとし
材料事業では,中国ローカルコーティング企業との日々の価格競争,
て蓄積されておらず,特定プラントの自主独立・運営を強みと
特許競争に伍していくため,自動車OEMの塗装プロセスまでを請負
してきた背景から業務の標準化も中々進んでいないのが現状で
い,自らTier1のポジションに進出した。当該現場で得られる生産・
はなかろうか。保全・運転業務プロセスやData構造がプラント
品質検査データや自動車OEMからのニーズデータを標準化された
ごとに異なることも散見され,故障コード1つとっても,その階
Digitalプラットフォーム(ここでは自動車OEM へ解放された徹底的
層構造や意味合いはプラントごとに独自定義され,P&ID を初め
に標準化された在庫計画システムと品質保証システム)に保有する
とする設備図書が複数の独立したITシステムやPC で分散管理さ
ことで,生産計画の最適・高速化のみならず新製品の研究・開発の
れているケースも見受けられる。
サイクルの高速化にも寄与している。また,塗装ラインにて自動車
OEMの品質基準に合格した完成車台数に応じて報酬金額を受け取る
「長期サービス契約」も導入している。
当然,これらを放置したまま各所個別のDigital Technology 適用を
図ったとしても,その効果は限定されたものとなり,高額な防
爆対応機器と相俟って,十分なROI が得られず,取り組み自体が
また,某米国農薬企業ではエンドユーザーである農家へ直接アプロ
頓挫することもあり得る。設備稼働率向上や保全コスト削減な
ーチし,従来型の自社商材のより詳細な有効活用策だけでなく「農家
どDigital技術から本質的な効果を得ているグローバル化学企業で
のイールド(収穫量)最大化」に資する穀物市況,需要予測情報,
は,センサーやモバイル,アナリティクスなどの最新技術活用
土壌への影響などの多面的データを独自解析したアルゴリズムによ
の前提として,プラント操業において当然に存在する現場情報
るプレシジョンアグリカルチャーサービスを展開している。結果と
を着実にデータ化し,工場横断での標準化・関連付けをし,蓄
して,農家から圧倒的なロイヤリティーを獲得できるだけでなく,
積することで莫大な効果創出に至っている。
末端の実需をよりリアルタイムに近い形態で入手できることで,
デジタル・ワーカー
収益最大化に資するグローバルSCM にも寄与している。
デジタル・アセット
資本利益率の向上,アセット管理の最適化
保全員・運転員の業務改善
塗料売りから塗装サービス売りへ
塗料
化学会社
OEM
塗装
OEM
Tier1
自動車
OEM
Tier1 化で長期供給契約獲得
現場データを新製品開発にも活用
商材売りからサービス化へ
図5 欧州化学企業のTier1化
OEM とのIT システム・情報連携
Digital
プラットフォーム
生産管理
塗装管理
塗料生産
塗装実施
モバイルを活用した運転・保全の効率化・高度化
リモート監視
現場データの蓄積・活用
腐食モニタリング
生産情報
ガスモニタリング/ ロケーショントラック(安全性向上) 予知保全
リモート検査など
施工会社管理
品質情報
3D 視覚化
化学会社
標準化された Digital プラットフォーム
大規模データ分析から生産最適化
拡張現実(AR )など
デジタル・オペレーション
コントロール・タワー
デジタル基盤
プラント運営方法の改善
変化に対応する管理体制の強化
システムインフラの整備
プラント操業最適化
リモートサポートセンター
IT/OT システムの統合
エネルギー管理・排出量 の削減など
エネルギー効率監視
自動化
統合スケジューリング
データ管理
リアルタイムデータ分析など センサー管理など
図6 プラントにおけるDigital活用領域
本稿では,これまでより多くのDigital 化の取り組みが成されて
きた日系素材・化学企業のプラント領域にて,最新のDigital
Technologyの活用が,何故,経営効果を生まずに停滞しつつある
のか,その真因を探ると共にグローバル先進事例を基にその適
用可能性を模索していく。 4
2-5 Digital Platform
2-6 Digital Organization
4つの変革テーマを具現化するためにはITプラットフォームの「グ
先述の構造変革を実際に推進する「変革組織の在り方」,さら
ローバルかつ事業横断での徹底的な標準化・オープン化」は必須要
には「どのような人材を据えるべきか」は最も重要な論点の一
件である。
つである。
現在,日系素材・化学企業のITプラットフォームは,本来標準化し
当社の日本オフィスクライアントの一部でも,コーポレート組
やすい基幹系システム(ERP)でさえも事業部,関係会社ごとに独
織に「Digital変革推進部」なるものを立ち上げたものの,担当者
自性が追求(もしくは多数のカスタマイズ)され,
の顔の利く企画部,事業部,システム部,もしくは工場個別で
海外拠点や事業固有IT(セールス・マーケサイドやMES など)に至
の改善テーマに終始するあまり,想定ROIを大きく下回るだけで
っては,その実態を把握することさえ困難なケースが散見される。
なく,ともするとDigital変革推進部の立ち上げさえ頓挫している
結果,事業の枠を超えることがマストであるDigital構造変革は極め
事例も散見される。
て困難でありスピード感に欠ける。さらに,バラバラなIT システム
の維持・運用には大量のITリソース(ヒト,カネ)を費やさざるを
得ず,Digital構造変革へ着手する余裕もない。事実,日系素材・
化学企業のDigital関連投資は総IT投資額のうち僅か数%であるが,
グローバル先進各社では約40%をDigital関連投資に充当している。
歴史的に見てもグローバル進化各社は,90年代後半には既にグロー
バルITプラットフォームの整備を最も重要な経営テーマの一つとし
て捉え,グローバル標準ERP 導入やIBS(Integrated Business Service)
と呼ばれるグローバルシェアドサービスセンターを基軸に,徹底的
な業務・ITの標準化を推進してきた。正にこれらが功を奏して一気
呵成にDigital構造変革を推進中である。
図8 Accenture Career Discovery(pymetrics社)
事業部ごとにDigital担当を配置するに留めるのか,戦略的組織と
して切り出すのか,プロフィットプールとして1カンパニー設立
また,ビジネスプロセスアウトソーシングやAmazon,Aribaなどの
クラウド関連サービスを積極果敢に活用することで,IT プラットフ
ォーム各機能の外部化・変動費化を徹底追求し,先進的なIT 技術を
自社プラットフォームへ常時アップデートしていることも興味深い。
まで行うか否か,さらには権限・予算はどのように持たせるべ
きかという初期の組織設計が,組織を機能不全に陥らせないこ
とは勿論のこと,後段の効果刈り取りに多大なる影響を及ぼす
ことは過言ではない。
例えば,米系グローバル化学会社ではDigital化を推進する「
90年代後半
1st
∼2005年
∼2010年
2010年∼
2nd
3rd
Global シェアドサービスセンター設立( IBS)と改革プログラムサポート
コーポレート組織として設営し,複数のアナリストを主要BUに
Global One SAP
欧米 A
配置し,BU独自の意思決定を独自の
アナリティックス強化
Digital/IoT 化
Global シェアドサービスセンター設立とビジネス・プロセス・アウトソーシング推進
Global SCM 改革
欧米 B
Global One SAP
Global シェアドサービスセンター設立とアウトソーシング推進
Global SCM改革
欧米 C
営業プロセス標準化と機能強化
$
Global One SAP
アナリティックス
IoT
Global 標準
Lean Operation 確立
Global IT
プラットフォーム構築
(改革原資創出)
図7 欧米先進各社のプラットフォーム標準化
データマイニングによって補助している。
また,Digital 構造変革に適する人材の定義・要件も曖昧な状況
Global 営業改革
BU 別 Global IT 統合
Business Services Group」という高度アナリティックス専門部隊を
Digital への
本格投資
下,素材・化学企業という極めて閉ざされた労働市場の中で世
に言う「Digital Technology Geek」と呼ばれる全く異なるカルチャ
ーを持った人材をどのように登用・アサインしていくべきかも
考慮する必要がある。
例えば当社ではPymetrics社の開発したアプリケーションを活用
し,当社内プロジェクトとの人材適正の観点でのマッチングを
実施している。このアプリケーションは,ゲーミフィケーショ
ン(競争や楽しさを通して人を楽しませ熱中させるゲームの技
術や設計手法を,問題解決や顧客・従業員のロイヤリティー向
上などゲーム以外の目的に応用すること)の要素を包含し,当
社社員がプロジェクトアサイン前に実施することで,その判断
や振る舞いから各種プロジェクトへの資質を識別している。ア
サイン先プロジェクトとのアンマッチを抑制するだけでなく,
当然ながら外部からの人材調達への適用も企図している。 5
2-7 Digital Alliance
むすび
乗り越えるべき壁の最後のテーマである「Digital Alliance」は自前主
本稿では昨今の Digital Technology がもたらす圧倒的インパクト
義に陥りがちな日系素材・化学企業にとって最も検討が困難な取り
を日系素材・化学企業各社がむしろ好機と捉え直すことで,既
組みの一つではなかろうか。先述したが,全社横断,もしくは事業
存業務の延長上にある業務変革・改善レベルでは無く,これま
・部門横断「横串」ゆえの取り組みの難しさに加え,圧倒的スピー
での仕事のやり方を抜本的に見直すことが可能な「素材・化学
ドと世界No1のTechnologyの調達が求められるDigital構造変革の渦中
企業向けDigital 変革フレームワーク(DigitalTransformation4+3)」
で,系列を超えた他社といかにしてタイアップし変革をショートカ
本テーマでは既存のケミカルバリューチェーンを俯瞰した折,
新規Digitalビジネスを考察する場合に考え得る限りのプレーヤー
(各国政府当局,顧客・サプライヤー,プラットフォーマー,スタ
ートアップ,ベンチャーファンド等々)とのアライアンスモデルを
より具体的な他社事例などを用い考察していく。
某世界的素材企業でも,Digital構造変革を企図し,某国政府,各種
研究機関,当社などとのアライアンスにより同国を拠点とした
「デジタルセンターオブエクセレンス」を2015年3月に立ち上げた。
これにより高度アナリティクス,AR,VR など先進Digital Technology
のビジネスユースケースを体感できDigital Technology を活用した全
社構造変革を加速度的に推進中である。
また,これまではベンチャーキャピタルや投資ファンドの主戦場
であったスタートアップ時に保有すべき Digital Technology や事業
アイディアへの「投資の目利き力とその着眼点」についても具体的
事例を交えながら考察していく。
三領域における先進的なDigital技術
機械
デバイス
センサー
ネットワーク
データ処理能力
ビッグデータ
アナリティックス
ヒューマン・
マシン・
インタラクション
体験できること
• 面積:約750m2
• 業界:電力・エネルギー・化学・農林
• サービス:先進 Digital 技術のビジネス
ユースケースを体感
• 新たな技術(例:UAV ,高度なアナリティックス,
拡張現実(AR),バーチャルリアリティ(VR))
• 遠隔コントロール,コネクテッド・デバイス
• リアルタイム意思決定の支援技術
• 複数電源ネットワークのシナリオ
• スマートワーカー/現場作業のDigital化
• 他業界の先進ユースケース
四つのステーションで展示
1. モニタリング・ステーション(空中モニタリング)
2. 現場体験ステーション
(製油所,発電所)
3. コンベヤー・ステーション(特に鉱業向け)
4. 拡張現実(AR)&バーチャルリアリティ(VR)ステーション
図9 デジタルセンターオブエクセレンス
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の要諦について論じてきた。Digital構造変革を圧倒的スピード
(少なくとも2年以内)で確実に実践することで,莫大な効果創出
ットすべきかは極めて重要な論点の一つである。
に繋がることに異論は無い。本連載を何らかのきっかけとして,
Digital構造変革に取り組み・具現化することで,さらなる成長・
高収益創出(変革効果創出)の一助となり得れば,日本素材・
化学業界の発展を心より願う筆者にとって幸甚極まりない。
<第二章執筆協力者>
コンサルタント 嶋田圭佑
<第三章執筆協力者>
マネジング・ディレクター 中川 和彦,シニア・プリンシパル 岩田 善行 ,
シニア・マネジャー 田隝 政芳,土肥 学,秦 央彦,茜ヶ久保 友人,
コンサルタント 加勢 博康,藤永 哲矢,前田 琢磨,太幡 竜,河野 亘是,
小松 原智
<図版出典>
月刊「化学経済」2016 年 4月号 日系素材・化学企業における
「Digital Transformation」 連載 1