分相現象を利用した高分子含有ゲル薄膜の表面形状制御 教科領域教育学専攻 自然系コース M081871 橋本侑和 はじめに 自然界において,ナノメートルおよびマイクロ ような分相を利用して薄膜の表面に微細構造を メートルオーダーの特徴的な微細構造が,様々な 形成するという報告はほとんどない。 機能をもたらしている。例えば,蛾の複眼の表面 そこで本研究では,有機高分子を添加したゲル はサブマイクロメーター周期の凹凸を持つ。この 薄膜を,組成や麗枠時間などの条件を変えて作製 凹凸構造は空気を多く含み,平均的な屈折率が, し,これらの表面形状と分相現象との関係を考察 連続的に変化するため反射防止の機能を有する。 した。 また,蓮の葉の表面は,ワックスの凹凸で覆われ ているが,この構造が非常に高い覆水性を生み出 実験手順 している。 有機高分子含有ゲル薄膜の作製には,出発原 このような,微細な凹凸構造を人工的に形成さ 料として,金属アルコキシドであるアルミニウ せたものの一つに,ゾルーゲル法を用いて作製し ム・8θσブトキシド(A1(O・舶σBu)3),チタンイ た花弁状アルミナ薄膜がある。これは,可視光よ ソプロポキシド(Ti(0・ナPr)4),およびジルコニ りも小さい数十ナノメートルサイズの微細な凹 ウム・〃・ブトキシド(Zr(0・刀・Bu)4)を使用した。 凸構造を持ち,昆虫の複眼と同じように,反射防 これに,溶媒の2・プロパノール(ナPrOH),加 止膜としての性質を示し,一眼レフ用レンズなど 水分解のための水(H20),触媒として塩酸 にすでに実用化されている。また,この膜に援水 (HC1)を加え,出発溶液を調製した。組成のモ 性を付与することで,接触角が16ぴ以上の超援 ル比は,金属アルコキシド:AcAc:〃rOH: 水性を示すことも報告されている。 H20:HC1=1:1:50:0∼14.8:0∼3.00とし このような,微細構造を形成する手段のひとつ た。有機高分子としてヒドロキシプロピルセル として,分相を利用する方法がある。分相は,2 ロース(HPC)を0∼1.02g添加した。この添加 成分系において,限られた組成範囲で,均一な混 量は,アルコキシドによる酸化物に対して重量 合溶液が2相に相分離する現象である。この現象 比がO∼2となる。その後,出発溶液を基板にデ を利用したバルクゲルの多孔質化や細孔径の制 ィップコーティングし,乾燥,焼成してゲル薄 御に関する報告がなされている。この相分離を利 膜を得た。これらのゲル薄膜は,走査型電子顕 用して,薄膜の表面形状(特に凹凸形状)を制御 微鏡(SEM)およびレーザー共焦点顕微鏡を用 できるようになれば,留水性,親水性,反射防止 いて表面形状を観察し,出発溶液の組成,捜幹 など,より機能性に富んだ新しい材料への応用が 時間の変化,およびディップコーティング時の 可能となると思われる。しかし,これまでにその 湿度の違いが薄膜の表面形状に与える影響を調 一364_ べた。また,一部の薄膜については高温焼成に ジルコニアゲル薄膜では,チタニアゲル薄膜と よるHPCの分解除去,紫外光照射によるアルコ 類似した凹凸構造の形成が起きることがわかっ キシドの反応を行い,薄膜の分相について検討 た。つまり,H20のみの添加や,少量のHC1の した。さらに,SEMのエネルギー分散型測定 添加では,平滑な表面を持つ膜が得られたが,HC1 (SEM−EDS)により,薄膜表面の元素分析を行 を多量に添加すると,チタニアゲルと同様の円柱 った。 構造が観察された。この構造のサイズは,魔幹時 間により変化することもわかった。 結果及び考察 このように,特徴的な表面構造が得られたため, A1(0・舵σBu)3,Ti(O・ナPr)4,およびZr(0・∬Bu)4 SEM・EDSを用いて,A1,Ti,Zrなどの構造内の を用いて有機高分子を多量に添加した高分子含 元素分析を行った。その結果,アルミナゲル薄膜 有ゲル薄膜を作製した結果,薄膜表面に特徴的な に見られる構造は主にHPCにより形成されてい 凸凹形状が見られることを見出した。これは,分 ること,また,円形および円柱構造は金属元素の 相が関係している可能性が高かったため,条件を 濃度が高いことがわかった。 変えて薄膜を作製し,SEMおよびレーザー共焦 以上の結果から,本研究ではHPCを添加する 点顕微鏡で観察した。また,薄膜作製条件や撹枠 ことにより,アルミナ,チタニア,ジルコニアな 時間などと分相との関係についても考察した。 どのゲル薄膜において,はじめて分相現象を利用 アルミナゲル薄膜では,H20の添加により細 して,微細構造を持つ表面を形成することができ 孔が形成され,添加量を増加させると,細孔径が た。また,これらの高分子含有ゲル薄膜では,分 増加することがわかった。撹幹時間を増加させて 相により表面に凹凸の構造が形成され,またその も同様に,細孔径の増加が確認された。一方,少 構造には,細孔の形成と円形あるいは円柱構造の 量のHC1を添加した場合は細孔に亀裂が入った 形成の2つのパターンのあることがわかった。こ 構造や平滑な表面が見られたが,多量にHC1を添 れは,金属アルコキシドがあまり重合していない 加すると,細孔とは異なる円形の凹んだ構造が形 条件では高分子による溶液中の分相が起こるた 成されることがわかった。このとき,魔幹時間の め,溶媒とHPCの濃度に依存して細孔が形成さ 増加に伴い,円形構造は大きくなったが,さらに れるのに対し,アルコキシドの重合によりアルコ 多量にHC1を加えると小さくなる場合もあった。 キシド高分子が生成すると,HPCとの相互作用 チタニアゲル薄膜では,表面に凹凸構造が形成 により,アルコキシド高分子一HPC間で分相が されたが,水のみを添加した場合,粒子が凝集し 生じるためであると考えられる。 たような構造が形成された。一方で,少量のHC1 を添加した場合は平滑な表面が見られたが,多量 にHαを添加すると,円柱状の構造が観察された。 主任指導教員 尾関 徹 この構造のサイズは,携枠時間に依存して変化す 指導教員 小和田善之 ることがわかった。また,これらの表面形状はコ ーティング雰囲気の湿度の影響を受け,湿度が低 い場合には凹凸構造はあまり見られず,高くなる と,構造が成長することがわかった。 _365一
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