長崎県立大学の挑戦

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長崎県立大学の挑戦
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長崎県立大学の挑戦
長崎県立大学 学長 太 田 博 道
1961年3月 新潟県立新潟高校卒業
1965年3月 東京大学理学部化学科卒業
1970年3月 東京大学理学系大学院化学専攻博士課程修了
1970年4月 (財)相模中央化学研究所研究員
1982年4月 慶應義塾大学理工学部化学科助教授
1990年4月 同教授
2002年4月 慶應義塾大学理工学部生命情報学科教授
2008年3月 慶應義塾大学定年退職、慶應義塾大学名誉教授
2009年4月 長崎県公立大学法人理事長
2011年4月 長崎県立大学学長、長崎県公立大学法人副理事長、現在に至る
1.はじめに
を治めるための官僚制度の整備、軍事力の増
強が必須と考え、帝国大学を発足させました。
日本における高等教育(高校、大学)は現
上記の目的のために法学部と工学部が中心的
在大きな変革期のうねりの中にあります。明
な学部であったと言えます。これとは別に西
治期における教育制度の導入、第2次大戦後
洋の学問を取り入れなければならないと考え
の改革に匹敵する大きな変革であると言って
た民間人も多く、慶應義塾をはじめ多くの私
も過言ではありません。この動きの中で長崎
学も明治期あるいはもっと前に創設されてい
県立大学(以下本学)はどのような考え方の
ます。
もと、どのような教育を行い、どんな人材を
戦後の大学では、戦争への反省から帝国大
輩出しようとしているのか、簡単にご説明し
学といえども戦前に比べれば時の権力と一定
たいと思います。今後の若者の教育には地域
の距離をおくようになりました。東大総長が、
の皆様のご協力が是非とも必要であることを
時の総理大臣から「曲学阿世の徒」と呼ばれ
ご理解頂けたら幸いです。
たことは有名なエピソードです。教育にはア
メリカの影響が強く打ち出され、リベラル
2.大学の歴史
アーツの重視はその象徴とも言えます。一方
で「実利」とは距離を置いた理系の研究が劣
近代の教育制度が確立したのは、もちろん
悪な条件下でコツコツと続けられ、それが開
明治の初めです。寺子屋・藩校等江戸期でも
花した結果が最近多くのノーベル賞受賞者を
日本の教育は高水準にあったので、初等教育
産んだことにつながっています。
制度への転換は円滑に行われました。加えて
最近、日本の大学は大きな転換期を迎えま
明治政府は欧米先進国に追いつくために、国
した。教育の質の保証・向上が求められると
ながさき経済 2016.8
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同時に、内容的にも変革が求められています。
これらの力を要請するためにどうすれば良
そ れ は、 企 業 に お け るOJT(On the Job
いか。少なくとも教室の中での講義だけでは
Training)の余裕がなくなり、即戦力=社会
不十分であることは明らかです。一言で言え
人基礎力 1) をもった人材が望まれること、
ば「能動的学修=active learning」が必須で
社会のグローバル化が進んでいること、ICT
す。この学習形態を積極的に取り入れた体系
(Information & Communication Technology)
的なカリキュラムの構築が重要です。能動的
の発達、混沌とした未来に対応できる力が必
学修とは、講義形式の授業の一部の時間を当
要とされること等に依ります。さらに地方に
てることでも可能ですが、「主体性を持って
おける人口減少が顕著になり、地域の活性化
協働」する訓練のためにはもう少し大きな仕
への貢献も大学の重要な使命となっています。
掛けが必要となります。このような体系的学
人材育成と研究をきちんとやりつつ、いかに
修(curriculum policy)で、学生に約束した
地域社会に貢献するかということが大学の大
能力(diploma policy)を卒業時につけるこ
きなテーマです。
とができるようPDCAサイクルを回すことが
1)http://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/
求められます。これが教育の質保証のシステ
kisoryoku_image.pdf
ムの構築です。用意したカリキュラムをこな
すためには、それなりの学力や意欲が必要で
3.学力の3要素と大学の質保証
のシステム
すが、それを入学希望者に発信するメッセー
ジが admission policy で、これらの3ポリ
シーがセットとしてきちんと整合性がとれて
このような社会の要請に応えるべく、今大
いることが大学としての必須の要件です。こ
学は変わりつつあります。中央教育審議会や
れに加えて、卒業生が有する力をできるだけ
文部科学省からは矢継ぎ早の答申や要請が出
可視化してステークホルダーの信頼を勝ち
され、改革の方向で動かない大学は相対的に
取っていくことは容易ではありませんが、そ
後退していく状況にあります。そのキーワー
れができない大学は舞台から退場しなければ
ドは3つで、①学力の3要素、②教育の質保
ならないくらいの覚悟は必要と考えています。
証のシステムの構築、③高大接続システム改
革です。本稿では①、②について述べます。
学力の3要素とは、以下のとおりです。
1)基礎的・基本的知識・スキル
現在、大学に要請されていることは、冒頭
2)思考力・判断力・表現力
にも述べたように非常に大きな教育の質的変
3)主体性を持って協働する態度
換です。これを成し遂げるためには、組織的
あるいは力
2
4.何故改革が必要か
ながさき経済 2016.8
な改革を行い、その過程で教職員の意識も変
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えていく必要があります。「大学はこんな風
まず佐世保校では、「地域への貢献」を前
に変わらなければならない」という意識を構
面に打ち出す意味で地域創造学部を創設し、
成員が共有してこそ、ステークホルダーから
地域の発展のために必須の公共政策立案力あ
求められている大きく、そして質的な変換の
るいは経済分析力を有する人材育成を目指し
実現可能性が見えてくると言えます。今、本
て「公共政策学科」と「実践経済学科」を置
学は組織的改変を終え、教育の質的変換・向
きました。卒業後社会人として活躍すること
上を目指しています。
を期待して敢えて「実践」という接頭語を付
けました。学問としての経済学を受け継ぎ発
5.組織の改変
展させる人材より、社会に出て経済学の知識・
考え方・スキルを駆使して活躍できる卒業生
今年4月に本学は、看護栄養学部以外の学
を輩出することが主たるミッションであるこ
部学科の組織を大幅に改変しました。図−1
とを自覚するためです。「地域の発展」とい
をご覧いただければご理解頂けると思います。
うとき、20世紀型の考え方や方法論ではなく、
図−1 学部学科組織の改変
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21世紀の新しい風が必要なことは間違いあり
が、意識的に企業・行政等の一線で活躍して
ません。
いた方にも多くスタッフになって頂きました。
経営学部は経営学科と国際経営学科の2学
実践的教育を考えてのことです。
科に分けました。今や、中小の企業でも個別
に海外にも活路を見つける時代になってきて
います。シュリンクするあるいは煮詰まる国
内市場という言葉を耳にしますが、これから
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6.カリキュラムの特色と
地域との関わり
地域との関わり
は多くの若者に平気で国境を跨ぐ気概を持っ
カリキュラムに関しては、思考力・判断力・
て欲しいものです。今後、Queen s English
表現力、協働・主体性等々のキーワードをど
とは多少違っても“international”or“global”
のようにして学修の過程に取り込むかという
な「英語」はアジアでも今以上にツールとし
ことと、体系的ということを重視しました。
ての役割を増すことは間違いありません。ま
「体系的」の方は、ディプロマポリシー実現の
たいかに「経営」するかという内容には、起
ために何が必要かという視点からの新学科メ
業の意味を含ませていかなければならないで
ンバーの議論で、良いものができたと思いま
しょう。尚、
「経営学部」は九州の国公立大
す。問題は「思考力・判断力・表現力、協働・
学としては初めての設置です。
主体性」の方です。これらの力を講義だけで
シーボルト校では国際情報学部を国際社会
培うことは難しいので、学生自身が考え、行
学部(国際社会学科)と情報システム学部(情
動する科目をそれぞれの学科に用意しました。
報システム学科+情報セキュリティ学科)に
情報系学科でも、看護栄養学部の2学科でも
分けました。国際と情報の組み合わせの分か
実験・実習系の科目がありますが、これまで
り難さを解消し、グローバル化への対応、
社会科学系学科にはありませんでした。この
ICT や IoT あるいはその活用の重要度が増す
点を改め、実際に学生が行動する科目を用意
ことへの対応、情報セキュリティ分野を担え
し、どうすれば良いか考えなければならない
る人材が国レベルで不足していることへの対
場面に遭遇する機会を多くすれば、冒頭に挙
応等が主な理由です。特に学科として情報セ
げた能力が培えることは間違いありません。
キュリティ分野を立ち上げるのは全国初で、
まず、全学部共通の科目として「しまなび」
その責務は大きいと言えます。人材供給と同
(しまに学ぶ、の略)を設定しました。これは、
時に県内で新しい IT 産業・企業が立ち上が
文科省COC(Center of Community)事業に
ることを期待しています。
採択されたものですが、地域貢献と学生の教
学科数が増えたことに伴って教員数もいく
育を両立することが目標です。学生の教育面
らか増加しました。また、これまでこの改組
で は、 学 生 自 身 の グ ル ー プ 討 議(PBL=
のために採用を控えていた分も補充しました
Project Based Learning)によって「しま」
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の課題を探り、その解決に資するための調査
図−2 地域−大学協働二重らせん
計画を練り、実際に県内の島へ行ってフィー
ルドワークを行うというものです。現在のと
ころ順調に推移していますが、毎年同じこと
の繰り返しにならぬよう深化させていかなけ
ればなりません。
新学科の専門科目には企業でのインターン
シップ、海外でのインターンシップ、公共機
関・地域での実習、学生による経営実践、長
崎白書作り、等々を盛りこみました。1,2
週間の短期のものではなく、1,2カ月の長
期にわたるものを考えています。その実現の
為にはクオーター制を導入し、学生が夏休み
期間以外でもキャンパスを離れることができ
るようにする予定です。経団連が会員企業対
象に行った、新人採用の際にどんなことを重
視したかというアンケート2)をみると、イ
ンターンシップ等の実践科目を経験したかど
うかは必ずしも重視されていません。しかし、
企業が求めるコミュニケーション能力、主体
ような二重らせんで日本の将来が明るいもの
性、チャレンジ精神、協調性、誠実性、責任
になることを期待しています。
感等は、これらの行動科目や課外活動を通し
2)http://www.keidanren.or.jp/policy/2016/
て培われるもので、講義室の中だけの学修で
012_kekka.pdf
は無理です。今後の日本を背負う逞しい人材
を育てるには、大学と企業・行政・地域等の
方々の協働がどうしても必要です。理工系の
7.結び
教育では実験・実習は欠かせませんが、社会
これからの日本社会はこれまでに経験しな
学系と違う点はこの実験・実習が学内の施設
かった時代に入ってきていることは間違いあ
で可能なことです。元々学内で「実験する」
りません。社会政策、企業活動等を含め、従
ことが不可能な分野においては、人材育成に
来の延長線上に将来の日本を想定するだけで
おいても学外の方の協力が必須であることを
は不十分で、新しい試みや挑戦が必要です。
ご理解いただければ幸いです。図−2に示す
大学の模索もしばらくは続くと思いますが、
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地域社会との協働はさらに重要性を増すと考
細は明らかではありませんが、思考力・判断
えています。新しい高大接続システムの導入
力・表現力が今以上に問われる形態になるこ
がH33年大学入学生から予定されています。
とは間違いありません。本学はこの改革で目
これは高校教育、大学教育、大学入学者選抜
指している方向へ一歩も二歩も歩き始めたと
を変えるための三位一体の改革と位置付けら
考えています。地域の皆様からの引き続きの
れています。未だ大学進学希望者テストの詳
ご支援をお願いしたいと思います。
長崎県立大学佐世保校
長崎県立大学シーボルト校
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