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経営者報酬の「方針」の
充実へむけて
∼平成 28 年度税制改正によるインセンティブ報酬の制度整備が
与えるインパクト∼
ウイリス・タワーズワトソン
イ ス タ ー ワ ソ
経営者報酬部門
営 報 部
ディレクター
ィ ク ー
櫛笥隆亮
櫛
亮
コーポレートガバナンス強化の実践の一つとして、経営者報酬に関してインパクトのあ
る制度整備が行われた。平成 28 年度税制改正を契機として、譲渡制限付株式が事実上解禁
となり、利益連動給与として損金算入できる役員賞与の幅が広がった。インセンティブ報
酬を強化する手立てが増えれば、経営者報酬の「方針」における表現の奥行も増す。企業
は従来の「株主対策」に留まることなく、自社の経営戦略に沿った独自性を表現できるレ
ベルまで、経営者報酬のあるべき姿について検討することが求められる。本稿では、上場
企業の経営者報酬の基本コンセプトであって、対外的な対話の基礎となり、制度運用の判
断軸ともなるこの経営者報酬の「方針」を策定していくにあたり、一連の制度整備が影響
する部分に焦点を絞って考察する。
Ⅰ
経営者報酬の「方針」とは
経営者報酬の「方針」とは、
「何のための
情報開示の充実(iii))について、
「ひな形的
報酬制度なのかを説明するもの」と言い換え
な記述や具体性を欠く記述を避け、利用者に
て良い。「方針」は報酬制度の存在意義や目
とって付加価値の高い記載となるように」
的を明確にし、株主による監督の有益な判断
(補充原則 3 − 1 ①)、主体的な情報発信を行
材料となる。これが存在しなければ、経営者
うべき、とされている。近年では、有価証券
報酬は、経営者にただ漫然と労働の対価とし
報告書における「コーポレートガバナンスの
て生活給を払っているということ以上の意味
状況」や東京証券取引所の「コーポレート・
を持ち得ず、株主に対する利益相反事項の説
ガバナンスに関する報告書」だけではなく、
明としてはあまりに不適切である。コーポ
株主総会に報酬議案が上程される場合の参考
レートガバナンス・コードにおいても、
「取
情報として、議案の目的を制度の全体像から
締役会が経営陣幹部・取締役の報酬を決定す
丁寧に説明すべく、
「方針」が併記される
るに当たっての方針と手続」
(原則 3 − 1.
ケースが急増している。
4
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Ⅱ 「方針」の構造と発展段階
「方針」は株主等の視点と経営陣の視点か
ではあるが、いささか様式的な対応であり、
ら構成される。コーポレートガバナンスの強
具体性に乏しい。昨今、経営者報酬はコーポ
化が叫ばれる昨今では、株主への説明責任の
レートガバナンス強化のツールであるとの認
強化が「方針」において重視されるのは当然
識が高まるにつれ、日本企業の「方針」にお
だ。しかし、中期的に持続する健全な報酬制
いても従来とはレベルの違う上位のコンセプ
度においては、いかに経営陣のモチベーショ
トを盛り込む事例も増えてきた。
ンを喚起し、企業価値向上に結びつけていく
図表 1 は、経営者報酬の「方針」のレベル
かの人事的な視点も欠かせない。両者のバラ
感を、グローバルプラクティスまでを視野に
ンスは企業の置かれている状況により異なる
入れ、例示的に構造化したものである。
が、双方の視点が考慮されなければ、正しく
最下段の上場企業が最低限満たすべきレベ
機能する「方針」にはならない。株主視点だ
ルを基底部分と呼ぶこととする。ここで盛り
けだと、制度の持続性は大きく損なわれる。
込むべき「方針」の要素としてまず重要なの
これまで、多くの日本企業における「方針」
は、シンプルな制度であること、すなわち株
は、
「株主等との利害共有や企業価値の向上
主等に対して容易に説明でき、経営陣の確実
にむけ、役員の意欲を喚起」、といった枕詞
な理解が得られるものとすることである。制
を並べる程度に留まっていた。いずれも上場
度設計の詳細ばかりに目がいくことで往々に
企業の経営者報酬が具備すべき基本的な要素
して軽視されがちな要素であるが、これを抜
【図表1】 経営者報酬の「方針」の構造モデル
•(報酬上限の設定)
コーポレート
ガバナンス強化
上場企業の経
営者報酬とし
て当然に備え
る部分
• 過度なリスクテイクの牽制
• 優秀人材のリテンション
• ペイ・フォー・パフォーマ
ンス関係の維持
• 報奨・表彰(レコグニション)
• 損金性の重視
• 海外幹部との協業意識の醸成
• 獲得リスクに見合う水準設定
• 戦略達成への決意表明
• 適切なリスクテイクの促進
• 中長期視点の強化
• 株主利害の共有、企業価値
向上の意識づけ
• インセンティブ実感の向上(課
税時期の配慮、現金化の容易さ)
• 目標設定の現実性、管理可能
性への配慮
• 納得感の確保、モチベーショ
ンの喚起
客観性・透明性・検証可能性の確保
シンプルさ、説明・理解の容易さ
株 主 等
守りの報酬改革
基底部分
個々の企業の
事業環境や経
営戦略との整
合性を表現す
る部分
•(従業員報酬との格差の適正化) • 優秀人材の獲得
攻めの報酬改革
グローバル
経営者人材の
獲得競争への
対応を前提と
した部分
経 営 陣
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きにした制度設計は、対話の基礎にも実効的
て、インセンティブ報酬を拡大しつつ表現す
なインセンティブにもなり得ない。次に重要
ることが求められている。同時に、経営者の
な要素としては、制度の客観性・透明性と、
インセンティブの実効性も、健全性の許す範
評価の結果に対する検証可能性の確保であ
囲で従来以上に高めていかなければ、難度の
る。評価が業績等の客観的な事実に基づき行
高い経営課題を意欲的に遂行するに至らな
われ、その結果を事後的にも検証可能という
い。個々の対象者の報酬評価が、自らのコン
ことは、説明責任を果たす上での基礎になる
トロールの及ぶ範囲と整合した形で、現実的
だけでなく、制度の公正かつ公平な運用を担
な目標設定において行われていることも、
保する。そしてこれらの基礎の上で、株主等
「方針」の要素として配慮されるべきである。
に対して株主利害の共有や企業価値の意識づ
企業の置かれている状況によっては、更に
けによる株主目線での経営遂行を表明し、経
その上の要素を「方針」に織り込む必要があ
営陣に対しては制度を通じて納得感を醸成し
る。顕在的・潜在的な人材獲得競争の中で、
モチベーションを喚起することが、「方針」
優秀な経営者人材の確保や引き留めが必要と
の基本的な土台になる。
なっている状況では、競争力ある報酬水準を
ほとんどの日本企業は、退職慰労金の廃止
支給していく過程で必然的に膨らんでいくイ
と同時にストックオプション等の株式報酬や
ンセンティブ報酬について、中長期視点を更
業績連動賞与を導入することにより、既にこ
に 強 化 し、 業 績 と 報 酬 と の 健 全 な ペ イ・
の基底部分までの「方針」を策定済みである。
フォー・パフォーマンス関係を維持し、報酬
伝統的な「役員報酬」のあり方からすれば、
の繰延や取戻し(クローバック)等の措置を
ここまででもかなりの変化が生じたのは事実
講じるなど、経営陣の過度なリスクテイクを
であるが、グローバルな観点における「方
牽制して健全に運用していくための視点を
針」の全体像からすれば、いわゆる「株主対
策」としての「守りの報酬改革」が終わった
段階に過ぎない。
「方針」に盛り込むことが求められる。
日本企業においては、まずコーポレートガ
バナンス強化のレベルにおいて、個々の企業
足下の日本において企業に求められている
の事業環境や経営戦略に即した報酬制度の差
のは「攻めの報酬改革」であり、企業はより
別化の観点から、独自性ある「方針」を策定
上位の構造まで、「方針」の重層化を迫られ
する必要が出てきている。他社事例を慎重に
ている。具体的には、株主等に対しては、会
見て横並びの「株主対策」を進めるメンタリ
社の持続的な成長や中長期的な企業価値の向
ティーに縛られた対応では、限界が出てきて
上に経営陣がどのように取り組むのか、その
いる。
コミットメントと具体的なストーリーについ
Ⅲ
インセンティブ報酬の制度整備の概要
昨今、政府主導で進められたインセンティ
ブ報酬に関する一連の制度整備について、概
6
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要のみを示すとすれば、以下のように整理で
きる。
1
譲渡制限付株式の事実上の解禁
なかったのが実状である。
今回の制度整備により、これまでの利益指
譲渡制限付株式は、古くからグローバルで
標に加え ROE、EBITDA、部門利益等の利益
定着している、いわば株式報酬の王道であ
を加工した指標も要件の範囲に含まれた。ま
る。報酬を現物株式で直接支給し、一定期間
た、乗率による算定だけではなく、計画比、
売却を制限するだけの仕組みであるが、日本
前期比、他社比による算定も認められるよう
では法規制上のハードルがあり、これまで利
になった。かつ要件を満たす部分のみを明示
用することができなかった。しかし今回、金
的に切り分けて、該当部分のみ損金算入する
銭報酬債権の現物出資を通じた現物株式の無
対応をすることも可能であるとの解釈が示さ
償発行を可能とする会社法上の解釈が示さ
れた。これにより、企業が現有する様々なタ
れ、税制改正において法人税・所得税法上の
イプの業績連動賞与制度が、損金算入要件を
取り扱いが明確化されたことで、その利用が
満たし得ることとなる。但し、有価証券報告
事実上解禁されることとなった。
書における算定方法の詳細開示や、報酬委員
この意味において、今回の制度整備は、誰
会等における承認等による決定という手続要
にでも容易に理解されるグローバルに親和性
件の充足は、これまでと同様に必要となる。
の高い標準的な株式報酬ツールを、単に日本
でも利用できるようにしたもの、という見方
株式報酬の現金化を容易にする
措置(
「知る前計画・契約」
)
が正しく、株式報酬の新しい仕組みを開発し
3
たということではない。実際、グローバルに
時系列としては上記の税制改正に先立つも
投資家の理解を得やすく、貰い手の高い保有
のであるが、インサイダー規制の適用除外要
実感も得られ、対話や理解におけるツールと
件として、ア)未公表の重要事実を知る前に、
しての優位性は、疑う余地が無い。
売買の予定など必要な記載をした契約・計画
などの手続を踏んでおけば、後になって未公
2
利益連動給与の算定指標の拡充
表の重要事実を知ることとなっても、予定通
り株式の売買が可能となる旨、およびイ)契
利益連動給与とは、一定の要件を満たすこ
約・計画などの手続の際に未公表の重要事実
とで、一時払いでも損金算入となる役員賞与
を知っていたとしても、売買時点が当該重要
に関する法人税法上の呼称である。これまで
事実の公表後であれば、予定通り株式の売買
の利益連動給与は、営業利益、経常利益、当
が可能となる旨、が明確化されている。株式の
期純利益等の利益指標の乗率による算式のみ
売却ができない状況にもかかわらず、先に所
が要件を満たし、かつ業務執行役員ごとに異
得税を納税しなければならないことがある点
なる仕組みを用いることができないとの解釈
は、納税資金の工面が困難となる点で、これ
があった。限定的かつ硬直的な定量評価の仕
まで株式報酬の採用が嫌忌される一因となっ
組みでは、経営陣の評価における納得感を損
ていた。今回、株式報酬全般に対して現金化が
ない、モチベーションを削ぐ恐れがある。こ
容易となったことは、株式報酬のインセン
の理由から、これまであまり利用が進んでこ
ティブ実感を確実に高める効果が期待される。
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Ⅳ
制度整備が「方針」の策定に与える影響
では、一連の制度整備は、
「方針」の策定
表中に整理したとおり、譲渡制限付株式の
にどのような影響を与えるのか。コーポレー
登場により、待機期間の始点で直ちに株式を
トガバナンス・コードの適用に伴い、既に
付与するという、従来無かった新たな類型が
「方針」の拡充に向け先行した取り組みも数
生じた。これを「先発行型」と称すれば、こ
多く見られているが、特に今回の制度整備に
れまでの株式報酬型ストックオプションや株
よって、新たに注目すべき「方針」の要素に
式交付信託は、待機期間の終点ではじめて株
はどのようなものがあるか、以下に挙げてみ
式を付与する点において、「後発行型」と整
たい。
理される。新たに登場した譲渡制限付株式ユ
ニットも、当初は仮想単位としてのユニット
1
を対象者に支給し、待機期間経過後に保有ユ
株主利害の完全な共有
ニットに応じた株式を発行することから、実
株主利害の共有を果たす株式報酬として
は、株式同等物を付与するフルバリュー型と
質的に他の二つのビークルと同様、「後発行
型」に属する。
呼ばれる類型が該当する。これまで譲渡制限
この「先発行型」と「後発行型」とでは、
付株式が利用できなかった日本においては、
「方針」として掲げる株主利害の共有度のレ
日本独自のビークル(器)として、株式報酬
ベルに明確な相違が生じてくる。
「先発行
型ストックオプションや、信託を用いた株式
型」は、一般株主と同じく配当受領権、議決
交付プランである株式交付信託が登場し、既
権も含めた株式そのものを直ちに付与するた
に多くの企業の導入実績があるところであ
め、対象者を直ちに株主化する。すなわち、
る。今回の制度整備により、ここに譲渡制限
待機期間の当初から、株主還元に対する意識
付株式と譲渡制限付株式ユニットが新たに加
や経営参画意識を含め、少なくとも待機期間
わることとなる。
中にわたり、株主との利害が完全に一致する
図表 2 は、これらの株式報酬のビークルを
こととなる。有価証券報告書の役員の状況に
株式付与時点の相違に注目して分類したもの
おいて開示される役員個人別の自社株保有数
である。
も直ちに増加することとなるため、株主利害
【図表 2】 株式付与時点の相違に基づく株式報酬(フルバリュー型)の分類
先発行型
後発行型
(待機/評価期間の始点で株式を付与) (待機/評価期間の終点で株式を付与)
株式報酬ビークル
「方針」における意義
8
• 譲渡制限付株式
• 株式報酬型ストックオプション
• 株式交付信託
• 譲渡制限付株式ユニット
• 対象者を直ちに株主化
• 当初から株主利害を完全に共有
(配当・議決権あり)
• 当初は株主利害共有の意識付け
(配当・議決権なし)
• 一定期間後に株主化
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の共有を、報酬開示以外の箇所でも表現でき
示し、報酬委員会等における承認等による決
る強みもある。その一方で、待機期間中は配
定という手続要件を事前に満たしさえすれ
当受領権や議決権の無い非株式となる「後発
ば、現行制度を大きく変えなくても、そのま
行型」の意味合いは、「先発行型」との対比
ま損金算入が取れる可能性がある。これは今
において、株主利害の共有の「意識付け」に
後、業績連動賞与を有するほとんどの企業に
留まるものと整理せざるを得ない。役員の自
おいて、損金性というテーマを新たに「方
社株保有数も待機期間の終了時まで増加する
針」の要素として考慮せざるを得ないことを
ことはなく、直ちに現金化される場合には、
意味している。業績連動賞与の導入、インセ
以後の利害共有は断絶する。
ンティブ報酬の仕組みの詳細開示、報酬委員
株主利害の共有は、上場企業の経営者報酬
会等の客観的な報酬決定プロセスの構築は、
として検討されるべき最も根源的なテーマで
いずれも経営者報酬の説明責任を強化する
あり、役員の保有株式数が少ないとの指摘が
ものとして、その対応が株主等から求められ
多い日本企業においては特に、「方針」の基
ている。損金算入を取らないとの判断は、単
底部分の要素として、積極的に検討されるべ
に社外流出に配慮しないだけではなく、説明
き事項となる。譲渡制限付株式の導入は、こ
責任の強化も行わないという意思表示にも
れまでの漠然とした「中長期インセンティブ
なり、説明の難度は相当に高い。現状、特に
報酬」という概念から、株主利害の共有とい
役位別の賞与額が算定できるレベルまでの
う機能を切り分け、これをグローバル標準の
算定方法の開示には、企業において一定の心
枠組みでシンプルに実現する道筋をつけるも
理的抵抗があるのが実状かと思われるが、今
のとして、実務上の意義は相当に大きい。
後、算定方法を詳細に開示する他社事例が増
えてくれば、株主の関心も必然的に高まって
2
損金性の重視
「攻めの報酬改革」においてインセンティ
いく。業績連動賞与の仕組みを開示に耐えう
るものとしておくなど、早めの準備が必要に
なるだろう。
ブ報酬を拡大していくと、損金不算入による
また、損金性の視点は、株式報酬ビークル
社外流出のインパクトも無視し得ないものに
の選択にも影響する。今回の税制改正では、
なってくる。そのため、報酬制度設計におい
「先発行型」の譲渡制限付株式については、
て損金性に十分に配慮することは、株主利益
事前確定届出給与の要件に該当するよう設計
の保全という側面において、重要な「方針」
した上で必要な手続要件を満たせば、損金算
の要素になってくる。実際、インセンティブ
入が取れることとなった。「後発行型」の場
報酬のウエイトが大きい欧米では、損金性の
合は、株式報酬型ストックオプションであれ
重視を「方針」の一要素として掲げることが
ば、制度設計のあり方に左右されることな
一般的である。
く、概ね損金算入が取れる。損金性の観点に
この点、利益連動給与に関していえば、前
述のとおり、役位別の賞与支給額が算定でき
おいては、引き続き選択メリットのあるビー
クルと考えられる。
るレベルまでの詳細を有価証券報告書へ開
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3
インセンティブ実感の向上
ンティブ実感向上の一つのカギとなってい
る。これには、前述の「知る前契約・計画」
「攻めの報酬改革」においては、企業価値
の枠組みを活用することで現金化の道筋をつ
の向上や経営戦略の達成に向けた経営陣の中
ける方法のほか、そもそも株式を介在させな
期的なコミットメントを、報酬制度にストー
い中長期インセンティブとして、キャッシュ
リー性ある形で表現すべく、その土台である
プランを用いる方法もある。
インセンティブ報酬を拡大することが求めら
もちろん、株主利害の共有の観点からは、
れている。結果、報酬構成において、賞与や
株式保有の継続が重要であり、現金化はこれ
株式報酬のインセンティブ報酬のウエイト
と相反する。逆にいえば、利害共有が確実に
が、貰い手にとって軽視できない大きさを占
担保された前提で、インセンティブ効果を追
めることとなる。その一方で、日本において
求することは問題とはならない。「中長期イ
は従来から株式報酬のインセンティブ実感が
ンセンティブ報酬」を利害共有機能とインセ
乏しいとの認識が根強く、これを無理に拡大
ンティブ機能に峻別した上で、インセンティ
しても、単なる株主等への見せかけに過ぎ
ブ機能の実効性を単独で高めていくことは、
ず、実際にモチベーションを喚起する効果は
株式報酬に業績条件などの獲得リスクを更に
得られないとの意見も多い。従って、制度設
追加したパフォーマンス・シェアの有効性の
計の中で経営陣のインセンティブ実感の向上
観点からも必要な発想である。両者の機能を
へどう配慮しているかについても、
「方針」と
一つのビークルの中で実現するのか、複数の
して考慮すべき重要なポイントになってくる。
ビークルに分けて実現するのか、株式保有ガ
この点、現状の日本においては、株式報酬
の現金化のハードルを下げることが、インセ
Ⅴ
イドライン等の設定と併せて対応するかは、
制度設計の問題である。
報酬委員会の必要性
「攻めの報酬改革」に向けて「方針」を重
終わってしまう。
層化するにあたっては、「守りの報酬改革」
従って、「方針」を策定するに先立ち、ま
のような、最低限ここまでやればよいという
ずは独立性や客観性を高めた審議の場を整え
画一的な基準が存在しない。事業環境や経営
る観点から、独立社外取締役を主たる構成員
戦略だけではく、企業文化なども含めて考え
とした報酬委員会を設置することを優先して
れば、企業それぞれの実状に応じた「方針」
検討すべきである。独立社外取締役が改革の
のあり方は大きく異なるはずである。但し、
背中を正しく押すことにより、真に企業価値
経営者報酬という論点の性質上、どうあるべ
創造に寄与し、経営陣の意欲を効果的に引き
きかの経営判断には高度な客観性が求めら
出すに足る「方針」のあり方は自ずと定ま
れ、社内の論理だけで定めることは難しい。
る。ある程度の「方針」が見えてくると、イ
ややもすると果断な判断ができないまま、結
ンセンティブの仕組み、報酬構成、報酬水準
局、
「株主対策」のレベルを超えることなく
のあり方についても、議論が散逸することな
10
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【図表3】 全上場企業における報酬(諮問)委員会※の設置状況
全上場企業:571社
時価総額上位500位:258社
16%
52%
時価総額上位100位: 68社
68%
■ 報酬(諮問)委員会あり
■ 報酬(諮問)委員会なし
32%
48%
84%
※法定の委員会及び任意の諮問委員会を含む
(出所:2016年6月2日時点における公表済み各社「コーポレート・ガバナンスに関する報告書」よりウイリス・タワーズワトソン作成)
く、然るべき形に効率よく収斂する。たとえ
は、上場企業全体で 571 社に上る。約 1 年
制度の最終形が極めてシンプルなものになっ
前が 280 社程度であったことからすると、
たとしても、結論に至るまでの客観的な審議
概ね倍増の状況となっている。2016 年 6 月
の経緯がそのまま説明材料となるため、妥当
に公表された「日本再興戦略 2016」でも、
性の担保も万全となる。
指名・報酬委員会の実務等に関する指針や具
もっとも、報酬委員会の審議それ自体が適
体的な事例集を、2016 年度内を目途に策定
切に説明責任を果たすに足るかどうかは、限
する方針が掲げられている。報酬委員会の実
られた年間開催回数のなかで、いかに各回の
務の進展によって、経営者報酬の「方針」の
討議を活性化し、的確な意見を委員から十分
プラクティスも、ますます多様になっていく
に引き出せるか次第である。そのため、討議
ことが想定される。
の判断材料となる質の高い十分な情報を委員
に提供するのはもちろんのこと、どのような
櫛笥隆亮(くしげたかあき)
年間アジェンダを組んでいくか、各回の資料
大手監査法人を経て、2002 年ウイリス・タワー
をどう作成するか、説明の仕方をどう工夫す
るか等、入念な準備は欠かせない。任意の仕
ズワトソン入社。入社以来、一貫して経営者報
酬コンサルティングに従事し、報酬制度設計、
制度導入、社内外への説明等の実務支援、報酬
組みである報酬諮問委員会の場合は、その組
(諮問)委員会への陪席を含むアドバイザリー
織的位置づけや、権限・責任の範囲、答申内
支援を続けている。『「経営者報酬」の実務詳
容の強制力の程度なども、説明責任のあり方
に影響する。
解』(中央経済社)、『企業法制改革論Ⅱ
コー
ポレート・ガバナンス編(対談集)
』(中央経済
社)、『攻めのガバナンス‐経営者報酬・指名の
実際、報酬委員会の導入は急増している。
戦略的改革』
(東洋経済新報社)等、共著多数。
図表 3 のとおり、直近の調査によれば、任意
東京大学経済学部卒、公認会計士、公益社団法
の仕組みも含めた報酬委員会の導入企業数
人日本証券アナリスト協会検定会員。
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