Aug 10, 2016 No.2016-035 伊藤忠経済研究所 Economic Monitor 主席研究員 武田 淳 03-3497-3676 [email protected] インドネシア経済:堅調な内需拡大が輸出減に勝り持ち直し 実質 GDP 成長率は、2016 年 1~3 月期の前年同期比+4.9%から 4~6 月期には+5.2%へ伸びを 高めた。個人消費がマインド改善と物価安定を背景に堅調拡大を維持したことや、輸出の落ち込 みが ASEAN 向けを中心に緩和したことが寄与。また、固定資産投資は減速したが機械投資に復 調を期待させる動きも見られた。景気改善の背景には通貨と物価の安定があり、これらは今後も 金融政策の自由度を高め、景気回復を促す要因となろう。政治面においても、ジョコ・ウィドド 政権は連立与党の拡大や第 2 次内閣改造を経て安定性と政策執行力を高めている。インドネシア 経済は 2017 年にかけて回復に向かうと見込まれる。 堅調な内需と輸出のマイナス幅縮小により成長率高まる 8 月 5 日に発表された 2016 年 4~6 月期の実質 GDP 成長率は前年同期比+5.2%となり、1~3 月期の+ 4.9%から伸びが高まった。 需要面では、 政府消費の伸びが高まり(1~3 月期+2.9%→4~6 月期+6.3%)、 輸出のマイナス幅が縮小(▲3.5%→▲2.7%) 、個人消費が堅調な拡大を維持(+5.0%→+5.1%)したこ とが、成長率を押し上げた。 実質GDP成長率の推移(前年同期比、%) 個人消費 その他 10 固定資産投資 政府消費 産業別実質GDP成長率の推移(前年同期比、%) 純輸出 実質GDP 20 農林水産 鉱業 製造業 卸小売 飲食・宿泊 金融保険 15 8 6 10 4 5 2 0 0 ▲5 ▲2 ▲4 2011 2012 2013 ( 出所) インドネシ ア 中央統計庁 2014 2015 2016 ▲ 10 2011 2012 2013 2014 2015 2016 ( 出所) インドネシ ア 中央統計庁 産業別には、農林水産業(1~3 月期前年同期比+1.8%→4~6 月期+3.2%)や鉱業(▲1.3%→▲0.7%) といった 1 次産業で改善が顕著だったほか、3 次産業も飲食・宿泊(+5.6%→+4.9%)や不動産(+4.9% →+4.5%)は伸び悩んだが、金融保険業(+9.3%→+13.5%)や情報通信業(+8.3%→+8.5%)を中 心に総じて堅調な拡大を見せた。また、製造業(+4.6%→+4.7%)も輸出の底入れや堅調な内需を背景 に小幅ながら改善した。 個人消費: マインド改善と物価安定を背景に堅調拡大 主な需要動向について詳しく見ると、個人消費は上記の通り 4~6 月期も堅調な拡大を続けた。個人消費 の好調さは、小売販売指数(実質)が前年同期比で 2 ケタ増を維持(1~3 月期+11.5%→4~6 月+12.8%) したことからも窺える。その内訳を見ると、スマホなどの情報・通信機器が前年同期比 3 割増(1~3 月 期+33.6%→4~6 月期+34.8%)を続け全体を牽引する中、家庭用品(+6.3%→+17.1%)が一段と伸 びを高め、文化・娯楽(▲2.7%→+3.1%)がプラスに転じるなど、総じて不要不急の「選択的」と呼ば 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠経済研 究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告 なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 れる分野で好調さが顕著である。レバラン(断食明け大祭)前の消費の盛り上がり 1による部分が多分に 含まれているとみられるが、消費行動が積極化している面もあろう。 また、自動車販売は、乗用車(四輪)が 2015 年 7~9 月期の年率 68.6 万台(当研究所試算の季節調整値) を底に持ち直し傾向にあり、2016 年 4~6 月期には 86.9 万台まで回復した。一方、自動二輪は 2015 年 7 ~9 月期に年率 644 万台で一旦下げ止まったものの、その後は再び下落傾向となり、2016 年 4~6 月期に は年率 603 万台まで水準を落とした。原因として中間層の所得の伸び悩みや新モデルの少なさが指摘され ているが、四輪から二輪への本格的なシフトが始まっている可能性もあり、今後の動向が注目される。 小売販売額指数の推移(前年同月比、%) 合計 飲食品・たばこ 家庭用品 自動車燃料 乗用車と自動二輪の販売台数(季節調整値、年率、万台) 情報・通信機器 850 130 800 120 50 750 110 40 700 60 30 100 90 650 20 80 600 10 70 550 0 ▲ 10 500 ▲ 20 450 ▲ 30 2011 400 2012 2013 2014 2015 50 40 30 2007 2016 ( 出所) インドネシ ア 中銀 60 自動二輪 四輪(右目盛) 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 ( 出所) インドネシ ア 自動車工業会、 ア ストラ・ インターナシ ョナル このように、個人消費は一部でもたつきが見られるものの全体としては堅調に拡大しているが、その背景 として考えられるのは消費者マインドの改善である。消費者マインドを示す消費者信頼感指数(現状)は、 2015 年 10 月の 87.5 から上昇傾向にあり、2016 年 6 月には楽観と悲観の境目である 100 に迫る 99.9 と なった。内訳を見ると、収入(2015 年 10 月 106.7→2016 年 6 月 116.2)や雇用(66.8→87.0)が大きく 改善しており、家計の所得環境は好転している模様である。 加えて、物価動向も個人消費の拡大を後押ししていると考えられる。消費者物価指数は、主に原油価格の 下落によって 2015 年 12 月には前年同月比で 3%台まで伸びが鈍化、2016 年に入り食品価格の上昇によ って一時 4%を超える時期もあったが、4 月以降は再び 3%台で推移している(7 月は+3.2%) 。 消費者信頼感指数の推移 消費者信頼感指数(現状) 収入(現状) 消費者物価の推移(前年同月比、%) 雇用(現状) 140 16 130 14 120 12 110 10 100 8 90 80 70 60 2010 2010 2011 2011 2012 2012 2013 2013 2014 2014 2015 2015 2016 ( 出所) インドネシ ア 中銀 住居・光熱 交通・通信・金融 総合 食品 18 6 4 2 0 ▲2 2010 ※総合は2013年から、その他は2014年から新基準 2011 2012 2013 2014 2015 2016 ( 出所) インドネシ ア 中央統計庁 2016 年のラマダンは 6 月 6 月開始、レバラン休暇は 7 月 2~10 日であったが、2015 年のレバラン休暇は 7 月 16~21 日であ ったため、個人消費が盛り上がる休暇前は 2015 年の 7 月前半に対して 2016 年は 6 月後半とすれが生じた。そのため、小売販売 など個人消費関連指標の一部では、6 月の前年比が高目に、7 月が低目に出る可能性がある。 2 1 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 輸出: ASEAN 向けを中心に下げ止まりの兆し 輸出は、前述の通り GDP ベース(実質)で前年比のマイナス幅が縮小したが、通関輸出金額(ドルベー ス、名目)も 2016 年 1~3 月期の前年同期比▲14.0%から 4~6 月期は▲8.8%へマイナス幅が縮小した。 5 月までの実績が確認できる仕向地別の動向を見ると、ASEAN 向け(シェア 22.3%、2015 年)が 1~3 月期の前年同期比▲13.3%から 4~5 月平均で▲4.9%へ改善したほか、日本向け(シェア 12.0%、1~3 月期▲22.6%→4~5 月平均▲14.8%) や米国向け (シェア 10.8%、 1~3 月期▲8.5%→4~5 月平均▲4.5%) でマイナス幅が縮小した。一方で、中国向け(含む香港、シェア 11.4%、1~3 月期▲8.2%→4~5 月平均 ▲11.5%)や EU 向け(シェア 9.8%、1~3 月期▲6.2%→4~5 月平均▲10.7%)が不振であった。 財別では、工業製品(シェア 59.1%、2015 年)が電気機械や自動車関連、化学製品の持ち直しで 1~3 月期の前年同期比▲6.3%から 4~5 月平均は▲2.9%へマイナス幅を縮めたほか、価格が下げ止まった鉱 物性燃料(シェア 23.0%、1~3 月期前年比▲34.4%→4~5 月平均▲31.0%)が若干改善する一方で、飲 食料品(シェア 8.4%、1~3 月期前年比▲4.6%→4~5 月平均▲5.4%)が軟調、原料品(シェア 8.5%、1 ~3 月期前年比▲11.5%→4~5 月平均▲21.7%)は金属鉱石を中心に落ち込みが加速した。 仕向け地別の輸出動向(前年同期比、%) 30 ASEAN 合計 インド EU 財別の輸出動向(前年同期比、%) 合計 原料品 中国 含む香港 30 20 工業製品 飲食料品 鉱物性燃料 ※財別の最新期は4~5月平均 20 10 10 0 0 ▲ 10 ▲ 10 ▲ 20 ▲ 20 ▲ 30 ▲ 30 ※地域別の最新期は4~5月平均 ▲ 40 2012 2013 2014 2015 2016 ( 出所) インドネシ ア 中央統計庁 ▲ 40 2013 2014 2015 2016 ( 出所) インドネシ ア 中央統計庁 固定資産投資:減速するも機械投資の復調に期待 固定資産投資 2は、1~3 月期の前年同期比+5.6%から 4~6 月期は+5.1%へやや伸びが鈍化した。全体 の 7 割強を占める建設投資(1~3 月期+7.7%→4~6 月期+6.1%)の減速が続いたことが主因である。 建設投資と機械投資の推移(前年同期比、%) 対内直接投資の推移(実現額、億ドル) 30 建設投資 25 機械投資 20 一次産業 70 50 10 40 5 0 30 ▲5 20 ▲ 10 10 0 2010 2011 ( 出所) インドネシ ア 中央統計庁 2 二次産業 60 15 ▲ 15 2009 三次産業 80 2012 2013 2014 2015 2016 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 ( 出所) 投資調整庁 設備投資と公共投資と住宅投資の合計で、その内容は建設投資、機械投資、その他(ソフトウェアなど)に分類されている。 3 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 約 1 割を占める機械投資(1~3 月期▲6.8%→4~6 月期▲3.6%)も、マイナス幅が縮小するにとどまっ たが、海外からの投資(対内直接投資)は今後の改善を期待させる動きを見せている。対内直接投資は、 2015 年 10~12 月期の前年同期比+17.0%から 2016 年 1~3 月期に+5.4%、4~6 月期には▲3.0%とマ イナスに転じ、 全体では息切れ感があるものの、 二次産業に限れば 10~12 月期+5.7%、 1~3 月期+90.5%、 4~6 月期+46.3%と大幅に拡大している。食品工業(10~12 月期▲39.2%→1~3 月期▲12.2%→4~6 月期+158.4%)が急回復したほか、化学・医薬品工業(+38.6%→+96.3%→+43.3%)が高い伸びを続 けており、今後はこうした分野を中心に機械投資が持ち直すとみられる。 なお、2016 年 1~6 月の対内直接投資は全体で 140.7 億ドル(前年同期比+1.0%)となり、うち最大はシ ンガポールの 48.9 億ドル(前年同期比+112.5%)、次いで日本の 29.0 億ドル(+83.6%)で、ともに 2 倍前後の拡大となったが、中国(含む香港)が前年の 6 倍強となる 21.2 億ドル(+531.8%)へ急拡大し ており、存在感を急速に強めている。 通貨の安定が景気拡大を下支え これまで見た通り、インドネシア経済は底入れから持ち直しを窺う局面にあるが、それを支えている大き な一つの要因は通貨ルピアの安定である。ルピアの対ドル相場は、米国の利上げ開始を控えた 2015 年 9 月に 1 ドル=14,700 ルピア台まで下落したが、その後は大きな変動を伴いながらも基調としてはルピア 高傾向にある。行き過ぎたルピア安の修正という部分が大きいものの、前述の通りインフレ率が低下、景 気に持ち直しの動きが見られるなど、ファンダメンタルズ面の改善に伴った面もある。 こうしたインフレ率の低下と通貨の安定は、金融政策において利下げ余地を広げる。実際に、インドネシ ア中銀は、政策金利(BI レート)を 2016 年 1 月から 3 ヵ月連続で引き下げ 6.75%とし、さらに 6 月に は 6.50%へ引き下げた。一般的に金利の低下は通貨安の要因となることが少なくないが、これまでのとこ ろインドネシア・ルピアに関しては、金利低下が景気回復を促し、海外からの投資拡大などにより通貨が 上昇、物価を安定させるという好循環が見られる。 為替相場の推移(ルピア/ドル) 政策金利の推移(BIレート、%) ルピア 15,000 10.0 安 9.5 14,000 9.0 13,000 8.5 12,000 8.0 7.5 11,000 7.0 6.5 10,000 6.0 9,000 ルピア 高 8,000 2011 5.5 2012 2013 2014 2015 5.0 2007 2016 ( 出所) C EIC DAT A 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 ( 出所) C EIC DAT A なお、インドネシア中銀は、8 月 19 日から政策金利を現行の BI レートから、実際の金利に連動性の高い 7 日物リバースレポ金利に変更する予定である(次回の金融政策会合は 20~21 日)。ただ、この措置は金 融政策の方針を変更するものではなく、インドネシア中銀は引き続きインフレや為替の動向を睨みつつ、 金融政策の面から景気の回復を促す姿勢を維持すると見込まれる。今後もインドネシア経済を取り巻く金 融環境は良好な状態を維持するとみて良いだろう。 4 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 政権基盤は一段と安定化、政策の実効性に期待 政治面においても、昨年来、積極的に景気刺激策を打ち出してきた 国会の勢力図(2016/8) ジョコ・ウィドド政権にとって、状況は改善している。2014 年 10 獲得議席 月のジョコウィ政権誕生時は、下院に相当する国民議会(議席数 109 19.5 47 8.4 35 6.3 16 2.9 野党だったゴルカル党(議席数 91)も連立与党に加わり、現時点 開発統一党(PPP) 39 7.0 で議席数 386 と過半を大きく上回る安定政権となっている。 国民信託党(PAN) 49 8.8 ゴルカル党 91 16.3 また、7 月 27 日に発表された第 2 次改造内閣では、新たに連立与 連立与党計 386 68.9 73 13.0 40 7.1 113 20.2 61 10.9 560 100.0 560)において、大統領が属する闘争民主党を中核とする 5 党連立 闘争民主党(PDI-P) 割合 民族覚醒党(PKB) 与党の議席数は 246 にとどまり、過半数には届いていなかった。 民主国民党(Nasdem) しかしながら、その後、国民信託党(PAN、議席数 49)や、最大 ハヌラ党 党に加わった 2 党から閣僚を登用し与党内の連携を強化したほか、 グリンドラ党 財務大臣に前世界銀行専務理事のスリ・ムルヤニ・インドラワティ 女史を起用した。スリ氏はユドヨノ政権においても財務大臣を務め 福祉正義党(PKS) 野党連合計 民主党 ており、その手腕に対する評価は極めて高い。今回の内閣改造は、 合計 ジョコウィ政権の安定性と政策執行力を強化する内容であり、昨年 (出所)各種報道から当社にて作成。 8 月以降、12 次に渡って打ち出した経済対策の実効性を高めると期待される。 2016 年の成長率は再び 5%台の可能性 以上を踏まえて今後のインドネシア経済を展望すると、通貨が安定しインフレ率も抑制される中で、引き 続き個人消費は堅調な拡大が見込まれることに加え、政府による経済対策の着実な実施や景気の持ち直し 傾向が内外からの投資拡大につながろう。輸出については、海外景気の緩慢な動きを前提とすれば早急な 回復は見込めないものの、下げ止まり程度は期待できるであろう。そのため、インドネシア経済は内需の 拡大を牽引役として 2017 年にかけて回復に向かうとみられる。 2016 年の成長率について、 インドネシア中銀は+5.0~5.4%、 主な機関による成長率見通し 政府は+5.3%、アジア開発銀行(ADB)は+5.2%、世界銀 2016 2017 インドネシア中銀 5 . 0 ~5 . 4 % 5 . 2 ~5 . 6 % インドネシア政府 5.3% 5 . 3 ~5 . 9 % 各機関とも 5%を超える成長を見込んでいる。2016 年上期 アジア開発銀行( ADB) 5.2% 5.5% (1~6 月)の成長率が既に前年同期比で+5.0%に達してい 世界銀行 5.1% 5.3% ることも踏まえれば、2016 年の成長率が 2 年ぶりの 5%台 IMF 4.9% 5.3% 行は+5.1%、IMF は+4.9%と、いずれも 2015 年の+4.8% を上回る水準を予想している。さらに、2017 年については、 に復し、2017 年にはさらに成長ペースが加速する可能性は高いと考えられる(当研究所の予想は 2016 年 +5.2%、2017 年+5.4%)。 インドネシア経済の GDP 規模は ASEAN10 ヵ国合計の約 35%を占めており、 その復調は ASEAN 経済全体に好影響を与えるであろう。 5
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