T B R 産 業 経 済 の 論 点 No.16-05 2016年8月 2日 シェール革命と石油化学産業の動向について(上) 「2018年問題」は顕在化しない可能性も 福田 佳之 東レ経営研究所 産業経済調査部門 シニアエコノミスト TEL:03-3526-2926 E-mail:[email protected] <ポイント> ■ 2015 年後半からの原油下落は OPEC などの原油過剰供給が一因。16 年 2 月から上昇に 転じ、一時 1 バレル=50 ドル台に乗せたが、足元(8/1 現在)では 40 ドル近辺で推移 している。 ■ 早ければ 16 年後半には原油需給は均衡へ向かうが、原油価格は上昇しない。膨大な原 油在庫に加えて、新興国・途上国の成長が低迷していて原油需要の強い伸びが期待でき ない。さらに油価上昇時には米国のシェールオイル企業等が増産するため、上値が抑え られる。中期的に見ても原油価格はせいぜい 1 バレル 60 ドル台にとどまる。 ■ スンニ派を奉ずる君主制の産油大国サウジアラビアは、周囲をシーア派共和制国家群に 囲まれたこともあり、最近、好戦的な姿勢を打ち出している。若くて野心家でもある国 王の息子が実権を握ったこともあってサウジが中東動乱の引き金を引く可能性がある。 ■ シェール革命の進行による米国でのエチレンプラントの増設に加えて、中国石炭化学産 業の勃興を背景に、日本の国内及び輸出先に米中の余ったエチレン系誘導品が流れ込み、 日本の石化産業に打撃を与えるという「2018 年問題」が危惧されている。 ■ ただ、このまま米国や中国の石油化学製品の生産が増加を続けるとは考えにくく、また 世界全体の石油化学製品の需給を見ると、アジアを中心に石化製品需要が高まっている ために米中から日本国内に石化製品が継続的に流れ込む恐れは低く、 「2018 年問題」は 顕在化しない可能性もある。 東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」 2016.8. -1- 2 2014 年後半以降、歴史的な下落局面にあった原油価格は、15 年春頃から年央にかけて落 ち着きを取り戻し、回復に向かった。しかし、15 年後半に入ると油価は再び下落に向かい、 16 年 2 月には 1 バレル 26 ドルを付け、約 12 年ぶりの低水準となった(WTI 価格)。その 後、原油価格は反発して 1 バレル 40 ドルまで回復しているものの、予断を許さない状況で ある(図表 1) 。原油価格が下落した背景の一つに、米国のシェールオイルの増産などシェ ール革命の進行が関係していることは言うまでもない。 シェール革命は、石油化学産業の分野でも進行し、基礎原料であるエチレンが大増産され る。これらの基礎化学品は米国の内需のみならず、外需、とりわけアジアに向けての輸出が 予想される。 日本では国内や輸出の石化製品需要について石油化学コンビナートを軸とする 供給体制で賄っているため、 米国からの安価な石油化学製品の流入は国内石化産業に深刻な 影響をもたらす恐れがある。北米からの石油化学製品の流入に加えて、中国の石炭化学産業 等による大量生産は日本の石油化学業界では「2018 年問題」として受け止められている。 本稿では、最近のシェール革命と石油化学産業の動向について(上)(下)に分けて取り 上げる。 (上)では 2015 年後半からの原油市場の動向について展望した上で、シェール革 命の影響が著しい石油化学産業の動向について解説する。(下)では今後成長が期待される フィルム等の石油化学産業の下流分野の動向を見ていきたい。 油価下落は原油の過剰供給が主因 2015 年後半から原油価格が再び低下しているが、その背景には原油の供給過剰が解消さ れていないことがある。14 年後半からの油価下落にもかかわらず、OPEC など産油国はサ ウジアラビアやイラクを中心に増産を続けている。 油価下落による石油収入の目減りを原油 増産で補おうとしているためである。米国の原油生産、とりわけシェールオイルの生産につ いてもピークから低下しているものの依然として高水準の原油生産を維持している(図表 2、 図表 3)。このシェールオイル生産の高水準持続には、油価下落がシェールオイル開発企業 図表1 原油価格の推移 (ドル/バレル) 14/6 イスラム国 イラクモス ル市など を制圧 150 北海ブレント WTI 140 ドバイ 130 120 08/9 リーマン ショック 110 100 14/11 OPEC 原油生 産を維 持 90 80 70 60 10/12~ アラブの春 50 14/3 ロシア、 ウクラ イナ・クリミアに 軍事介入 15/7 イラン、経済制 裁解除で合意 40 30 20 08 09 10 11 12 13 14 15 16 出所:内閣府「海外経済データ」を基にして筆者作成。 東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」 2016.8. -2- 2 図表2 原油供給の国別内訳(前年差) (百万バレル) 4 2.14 3 2.12 2.51 OPEC 2.56 アフリカ 0.01 2 0.91 0.66 中東 0.23 中南米 1 その他アジア 0 中国 中東欧・ロシア -1 その他先進国 -0.76 -2 欧州 北米 -3 総計 -2.4 -4 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16予想 出所:IEA, "Oil Market Report"各号 図表3 シェールオイルの生産と掘削装置の稼働数 (日量万バレル) (リグ数) 549.4 (15/3) 600 掘削装置の稼 働数(右軸) 500 1309 (14/10) 400 1800 1500 472.2 (16/7) 1200 300 900 200 600 100 シェールオイル の生産(左軸) 122.0 (07/1) 300 262 (16/5) 0 07 08 09 10 11 12 13 14 15 0 16 出所:米国EIA, "Drilling Productivity Report" の生産性の向上に向けた努力を促したことが影響している。 一方、原油需要は中国を始め新興国の経済が低迷していることもあって伸び悩んでいる。 2000 年から 14 年までのこれまでの新興国・途上国の原油需要は年率 3.8%で増加し、なか でも中国の伸びが同 5.8%と新興国・途上国全体をけん引したが、その後の原油需要は鈍化 の一途である。国際エネルギー機関(IEA)の 2015 年原油中期市場報告によると、2015 東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」 2016.8. -3- 2 年から 20 年までの新興国・途上国の原油需要の伸びは年率 2.5%まで鈍化するとしており、 中国については同 2.7%とそれまでの伸びの半分以下となると予測している。 他にも、 米国の利上げ実施に伴う投資家のリスクオフの強まりによる原油先物市場からの 資金流出や暖冬などを背景とした米国など先進国での石油在庫の積み上がりも原油価格の 下落に影響している。 17 年頃には需給均衡へ 2 月後半以降、原油価格は上昇に転じており、1 バレル 50 ドル台まで上昇した(WTI 価 格)が、予断は許さない。今般の油価上昇はサウジアラビア、ロシア、ベネズエラ、カター ルの 4 カ国の原油増産凍結に向けた動きを示したことがきっかけだが、最終的にはサウジ アラビアの反対もあって見送られた。それよりも、カナダの山林火災やナイジェリアの武装 勢力の活動など原油供給が低下したことや 3 月の米国の FOMC で利上げが見送られたこと でドル安が生じて原油先物市場に資金が戻ってきたことが影響している。しかし、6 月の英 国の EU 離脱で世界経済の先行き不透明感が出てきており、投資家のリスク回避から資金 がドルに集まって油価が下落して 1 バレル 30 ドル台で再び推移する恐れも捨てきれない。 2020 年頃までの中期的な見通しでは、原油需給は均衡に向けて動くと見られる。IEA の 中期石油市場見通しでは 16 年後半に、OPEC の世界原油見通しでは 17 年頃には、原油市 場の需給は均衡ないし需要超過に陥ると見ている(図表 4) 。ただし、原油価格が本格上昇 に転ずることは考えにくい。まず、先進国での石油在庫の水準がこれまでにない高いレベル にあることだ。大量の石油在庫の取り崩しが控えているために、原油需要が超過する状態に はなかなか至らない。 図表4 石油需給の中期見通し (百万バレル) 104 石油需要 (IEA 16/2) 102 石油供給 (IEA 16/2) 100 98 96 94 石油供給 (OPEC 15/10) 石油需要 (OPEC 15/10) 92 90 2014 15 16 17 18 19 20 21 注:OPECの供給の伸びの見通しは同生産能力の伸びで代替 出所:IEA「中期石油市場見通し」16年2月、OPEC「世界原油見通し」15年10月 東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」 2016.8. -4- 2 価格上昇は 1 バレル 60 ドル台まで 次に原油需要の観点から考えると、これまで原油需要をけん引していた新興国・途上国の 経済成長が構造的に難しくなっていることを忘れてはならない。2000 年代に見られた彼ら の高い経済成長は、中国などの例外を除くと、天然資源の開発と消費によるものであり、さ らに資源高が資源開発を活発にすることで経済成長を促していた。現在、原油だけでなく資 源価格全体が不振であり、採算の悪化で彼らの資源開発はブレーキがかかっている。また資 源輸出額も目減りしていて資源国の収入が減り、経済成長の鈍化が続いている。実際、国際 通貨基金(IMF)によると、新興国・途上国の経済成長率は 5 年連続で鈍化している。経 済成長の鈍化に伴い新興国・途上国の資源需要も縮小するために資源価格の低迷が続くこと になる。 なお、新興国・途上国の景気が回復したとしても、かつてのような大量の資源需要は望め ない。なぜなら新興国、とりわけ中国においてエネルギー効率が向上しているからだ。中国 における GDP 単位当たりのエネルギー消費を示すエネルギー原単位は低下しており、2015 年の中国のエネルギー原単位は 10 年前と比較すると 3 割程度向上している1。 一方、原油供給の観点では、制裁解除まもないイランは国家経済を立て直すために原油の 増産体制をとるため、中東全体として増えることはあっても減ることはないだろう。さらに 米国のシェールオイル企業の油価上昇への迅速な対応力がある。 資産規模の大きい石油メジ ャーと異なり、米国のシェールオイル企業は小規模だが、その反面、意思決定や行動がスピ ーディーであり、油価が上昇して事業採算が改善すれば、すぐさま原油増産に転じる。これ までの生産性改善に向けての努力で彼らの損益分岐点は低下しているため、原油価格が 1 バレル 60 ドルを超えればシェールオイル企業の原油生産は本格化するだろう。 このため、原油需給が均衡して価格が上昇しても、1 バレル 60 ドルを大きく超えること は考えにくい。 シェールオイルの埋蔵量が増加 なおシェールオイル事業の生産性が改善した背景として、事業者がリストラ等で採掘コス トの圧縮に努めた他に、採掘技術を進展させて掘削期間を短縮したり、原油生産を増大させ たりしたこと等がある。シェール井の掘削期間はこれまで 3 週間程度かかっていたが、現 在では短いもので 1 週間程度まで短くなっており、掘削費用が大幅に削減している。また 同じ地域に掘削する垂直井や水平井の数をこれまでより増やしたり、 スイートスポットと呼 ばれる高い生産を誇るシェール井に採掘をフォーカスしたりしてシェールオイルの生産を 増加させている。 こうした事業者の採掘に関わる努力の結果、 米国のシェールオイルの埋蔵量が増えるとい う結果につながった。2013 年 6 月時点では米国のシェールオイルの技術的採掘可能量は 581 億バレルであったが、15 年 9 月時点では同 782 億バレルと埋蔵量が 3 割以上増加している。 EIA は毎年「年間エネルギー見通し」を発表しているが、これまでの見通しではシェール オイルの生産は 2020 年代をピークに低減するものとなっていたが、今年 5 月に発表された 「2016 年年間エネルギー見通し」ではシェールオイルの生産量は年々増加して 2040 年の 生産量が過去最大になるとの見通しに変更されている(図表 5(1)(2)) 。 1 竹原美佳(2016 年) 東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」 2016.8. -5- 2 図表5(1) 米国原油の生産及び輸入の推移と予測(2015年時点) (日量百万バレル) (日量百万バレル) 12 13 見通し 11 10 9 8 シェールオイル 6 45% 7 42% 陸上 4 2 輸入( 右軸) 5 3 海底 アラスカ産 1 0 1990 1995 2000 2005 2010 2015 2020 2025 2030 2035 2040 出所:米国EIA, "Annual Energy Outlook 2015" 図表5(2) 米国原油の生産及び輸入の推移と予測(2016年時点) (日量百万バレル) (日量百万バレル) 13 12 見通し 11 10 8 9 輸入( 右軸) シェールオイル 6 63% 7 49% 陸上 4 2 5 3 海底 アラスカ産 1 0 1990 1995 2000 2005 2010 2015 2020 2025 2030 2035 2040 出所:米国EIA, "Annual Energy Outlook 2016" サウジアラビアの動きに注意が必要 もちろん原油価格の上昇リスクは存在する。筆頭に挙げられるのは、中東情勢の混乱など 地政学的緊張だろう。実際、イスラエルと周辺諸国の関係や ISIS の勢力拡大など材料に事 欠かない。だが、ここではサウジアラビアの内外での動きに注目したい。 サウジアラビアはこれまで中東において多数派であるスンニ派のイスラム教を奉ずる穏 健で欧米寄りの君主制の産油国としての地位を築いていた。 たとえ中東情勢が混乱してもサ ウジアラビアは原油供給の最後の担い手としての役割を果たしていたのである。しかし、最 近、そのサウジが好戦的な姿勢を示しているのが目立つ。2015 年 3 月にイエメンでの内戦 に武力介入しているだけでなく、ISIS に対しても自ら音頭を取って中東など 34 カ国を集め て武力同盟を結成した。そして、国内ではイランとつながりの深いシーア派のニムル師を処 刑してイランと国交を断絶している。サウジアラビアが中東情勢の混乱に拍車をかけている 東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」 2016.8. -6- 2 図表6 サウジアラビアと周辺国家 (1979~2003年) (現在) 注:赤く塗った地域はシーア派が国内政治に影響力を及ぼしている地域。赤点の地域はシーア派住民が多数居住している地域 出所:濱田秀明、増野伊登「石油に関わる中東情勢」JOGMEC『』石油天然ガス最新動向ブリーフィング、2016年1月21日 状況だ。 このようなサウジの好戦的な姿勢には、この 10 年間でイランと関係の深いシーア派など 非スンニ派の共和制国家群が台頭してサウジを取り囲んでいることがある(図表 6) 。イラ ンに対して西側諸国は経済制裁を解除しており、 イランの国際社会への影響力がますます増 大していくことが予想される。このような状況はサウジにとって好ましいものではない。さ らに、サウジアラビアの実権が高齢の国王からその息子であるムハンマド・ビン・サルマン 副皇太子兼国防相に移っていることも影響している。副皇太子は 30 歳と若く、また他の王 子と異なって欧米への留学経験がないため、欧米にとってなじみの薄い人物である。彼は好 戦的な姿勢を打ち出すだけでなく、 国内においても国営企業である石油会社サウジアラムコ の民営化を考慮していることを明らかにしている。サウジアラビアで若くて野心を持ち、実 力のある政治家の登場で、同国が中東動乱の引き金を引く可能性がある。 このようなサウジアラビアの国内外における路線転換は中東を始め世界の政治経済情勢 を混乱させ、油価を急騰させる恐れがあり、その動向を注意深く観察する必要があろう。 米中で新設されたエチレンプラントは次々と稼働へ シェール革命は米国のエネルギー業界だけでなく石油化学業界にも影響をもたらした。 随 伴して大量に採掘されるエタンやプロパンなどの石油化学製品の原料をベースにしてエタ ンクラッカーの建設計画が策定され、着々と実行に移されている。経済産業省の調査ではエ チレンプラントでは 2018 年までに 1,000 万トンを超える新増設が、それ以降も 900 万トン 近い新設計画が予定されており、合わせて 2000 万トン近い新増設計画となっている。プロ ピレンプラントについては 2019 年までに 200 万トンを超える新設計画が、それ以降も 200 万トン以上の新設計画が予定されており、合わせて 420 万トン以上の新設計画となってい る。 一方、中国では石油化学産業の生産能力が強化されている。経済産業省の調査によると、 エチレンプラントは今後数年で 1,000 万トン程度、プロピレンプラントは同じく 1,300 万 トン程度、生産能力が拡大する見込みである。従来のナフサクラッカーの増強に加えて、豊 富に採掘される石炭を原料にしてエチレン、 プロピレンを作る石炭化学産業のプロジェクト 東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」 2016.8. -7- 2 やプロパンを原料にしてプロピレンを作るプロパン脱水素(PDH)プロジェクトが立ち上 がっている。石炭化学産業のプロジェクトでは石炭をガス化してメタノールを作り、そのメ タノールからエチレンやプロピレンなどの石油化学製品を生産する(CTO/MTO)。ちなみに 今後 3 年程度の CTO/MTO プロジェクトによるエチレンやプロピレンの生産規模はそれぞ れ 374 万トン、PDH プロジェクトによるプロピレンの生産規模は 460 万トンを見込んでい る。 「2018 年問題」は深刻か 今後数年間で米中合わせた石油化学製品の生産能力増強は、エチレンだけに限っても 2,000 万トンを超える。これらの増強の規模は、現在の日本のエチレン生産能力(640 万ト ン)をはるかに上回る。米中で生産された化学製品は日本のナフサ由来のものに比べて割安 である。経済産業省の報告書(2014 年)によると、米国のエタン由来のエチレン製造コス トは 1 トン当たり 300 ドル、中国の石炭由来については 1 トン当たり 500 ドルからと、ナ フサ由来の 1 トン当たり 1,000 ドルを下回っている。仮に米中で生産された化学製品が日 本の国内や輸出先まで流れ込んだ場合、 日本の石油化学産業に深刻な影響をもたらすだろう。 石油化学業界ではこのような事態を「2018 年問題」と呼んで警戒している。前述の報告書 では、リスクケースとして 2020 年には日本国内のエチレン生産が 440 万トンに、2030 年 には 380 万トンまで減少するとしている。 ただ、2016 年 7 月時点現在、経済産業省が発表した 2014 年に比べて石油化学業界を取 り巻く環境が一変した。原油価格は下落したため、ナフサ由来のエチレンコストが低下して いる。 アジア地域のナフサ由来の石油化学製品の価格競争力はエタン由来のものなどに比べ て上回るとまでいかないまでもかなりのレベルまでキャッチアップしている状況だ。 米中でさらなる増産は見込み薄 また米中で石油化学製品が上記のとおり増産されるかどうか怪しい。まず米国での石油化 学製品について、その原料であるエタンの生産の伸びが見込めないことがある。エタンの生 産量は 2016 年 4 月時点で日量 128 万バレルとエチレンプラントの増強が始まった 2013 年 時点から比べて同 31 万バレル増加している。今後については EIA の短期見通しでは 2017 年 12 月までにエタン生産は日量 150 万バレルに達すると見ている(図表 7) 。13 年時点 ら同 53 万バレルの増加となり、この規模の原料があれば 13 年時点から 800~900 万トン 程度のエチレン増産は可能となる。ただ、エチレンの原料であるエタンの生産が増えていく かどうかはシェールオイルやシェールガスの生産規模にかかっている。なぜならエタンはこ れらの原油や天然ガスに随伴して生産されるからである。今後数年間において油価がせいぜ い 1 バレル 60 ドル台、天然ガス価格も低位で安定しているのであれば、米国での原油や天 然ガスの生産の規模は限定的にとどまり、随伴されるエタン生産も伸びないだろう。米国の エチレンの内需の成長を考慮すると、 米国からのエチレン及び同誘導品の輸出はかなり限ら れたものになるのではないか2。 次に中国の石炭化学プロジェクトについて言えば、 そのプロジェクトのすべてが実行にう つされるとは考えにくい。 その理由として、大量の水の確保と環境負荷の問題が挙げられる。 2 ここでは政策的要因等は考慮していない。天然ガスについては 2020 年以降に LNG(液化天然ガス)の 輸出許可が増えることで輸出が大幅に増加することや発電所への環境規制が強化されること等で天然ガス 需要の増大が考えられる。そのため、天然ガス生産が増大して随伴エタンの生産が増加する可能性もある。 東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」 2016.8. -8- 2 図表7 エタン生産と油価・ 天然ガス価格の見通し (ドル/バレル) (百万トン) 1.6 120 予測 原油価格 (右軸) 1.5 100 1.4 1.3 80 1.2 エタン 1.1 60 1 40 0.9 0.8 20 0.7 天然ガス価格(右軸) 0.6 0 2012 2013 2014 2015 2016 2017 注:天然ガス価格はバレル換算 出所:米国EIA, "Short-Term Energy Outlook"June 2016 石炭化学のプラントでは石油由来のプラントに比べて 10 倍以上の水を必要とするものの、 中国の石炭産地では水不足問題に悩まされているため、水の確保が難しい。さらに二酸化炭 素の排出量もナフサクラッカーの 4 倍、エタンクラッカーの 10 倍以上に達するために、環 境負荷が著しい(化学工業日報 2015 年 11 月 4 日付記事)。また油価が低下している現在、 石炭化学由来の化学製品の価格競争力が相対的に低下している上に、 石炭の産地のほとんど が内陸部にあり、 輸送コストを価格に上乗せせざるを得ないために価格競争力をさらに弱め てしまうなどの問題点の指摘がある。 アジア地域の石化需要は旺盛持続 さらに、世界的な視点で石油化学製品の需給を眺めると、状況は異なって見える。2016 年 7 月に発表された経済産業省の 「世界の石油化学製品の需給動向」を見ると (図表 8(1)(2))、 2014 年から 20 年にかけてエチレン系誘導品の生産はエチレン換算で 3,166 万トン増える としているが、需要も同 3,171 万トン増えると予想しており、需給は均衡もしくはひっ迫 する方向である。需要の内訳を見ると、中国などアジアの需要増が世界全体をけん引してい る。同じくプロピレン系誘導品の生産はプロピレン換算で 2,532 万トン増えるものの、需 要も中国を中心に同 2,560 万トン増え、エチレン誘導品同様に需給は均衡、もしくはひっ 迫する方向だ。 したがって石油化学製品の生産力が増強しても、世界の旺盛な石化需要を考慮すると、今 後、大幅な石油化学製品の供給過剰が発生するとは考えられない。つまり、米国や中国で生 産された廉価な石油化学製品が、アジア地域、とりわけ日本の国内市場に継続的に流入する 東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」 2016.8. -9- 2 図表8(1) エチレン系誘導品の需給推移 (百万トン) (億トン) 2.5 11 2.0 1.38 1.70 10 1.5 9 1.0 8 需要 0.5 7 生産 0.0 6 -0.5 5 -1.0 バランス (右軸) 4 1.12 -1.5 1.31 3 1.63 -2.0 2 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 注:エチレン換算トン 出所:経済産業省「世界の石油化学製品の需給動向」2016年7月 図表8(2) エチレン系誘導品の需給推移 (百万トン) (億トン) 1.5 5.5 予測 1.17 0.91 1.0 4.5 0.74 0.5 3.5 0.0 2.5 需要 生産 -0.5 バランス (右軸) 1.5 0.74 0.89 -1.0 0.5 1.14 -1.5 -0.5 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 注:プロピレン換算トン 出所:経済産業省「世界の石油化学製品の需給動向」2016年7月 事態に陥る可能性は低いのではないだろうか3。 3 ただし、中国向けなど日本の輸出においては日本の基礎化学品、とりわけ付加価値の低いエチレンモノ 東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」 2016.8. - 10 - 2 なお、続編の(下)では、新興国の経済成長や農産物・食品貿易の増大に伴って、需要増 が見込まれるフィルム等の石油化学産業の下流にある産業や市場 (これらはシェール革命で 競争力を回復させている米国の石化産業のターゲットでもある) について取り上げることに したい。 【主要参考文献】 ・経済産業省「石油化学産業の市場構造に関する調査報告」2014 年 11 月 7 日 ・経済産業省「世界の石油化学製品の今後の需給動向」2016 年 7 月 8 日 ・竹原美佳「中国: “新常態” (ニューノーマル)における石油消費構造の変化」独立行政法 人石油天然ガス・金属鉱物資源機構調査部『2015 年度第 12 回石油天然ガス最新動向ブ リーフィング』配布資料、2016 年 3 月 24 日 ・濱田秀明、増野伊登「石油に関わる中東情勢-サウディ、イラン他-」独立行政法人石 油天然ガス・金属鉱物資源機構調査部『2015 年度第 10 回石油天然ガス最新動向ブリー フィング』配布資料、2016 年 1 月 21 日 (ご注意) ・当資料は信頼できると思われる情報に基づいて作成されていますが、東レ経営研究所はその正確性を保証するも のではありません。内容は予告なしに変更することがありますので、予めご了承ください。 ・当資料は情報提供のみを目的として作成されたものであり、何らかの行動を勧誘するものではありません。当資 料に従って決断した行為に起因する利害得失はその行為者自身に帰するものといたします。 マーやプロピレンモノマーは米国製や中国製に比べて価格競争力が劣っている。そのため、関連する石化 輸出は徐々に減少していく公算が大きい。 東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」 2016.8. - 11 - 2
© Copyright 2024 ExpyDoc