「ヘリコプターマネー」は、飛び立つ準備はできているのか?(PDF/252KB)

「ヘリコプターマネー」は、飛び立つ準備はでき
ているのか?
2016年 8月 8日
ゼーン・ E ・ブラウン
パートナー、債券ストラテジスト
経済成長に向けた他の政策が非効率であることが明らかになるなか、先進諸国、とりわけ日
本ではマネタリーファイナンス財政プログラムを検討していく可能性があります。
要旨
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「ヘリコプターマネー」という概念―マネーサプライの恒久的な拡大を財源とする財政支
出策―は、世界各国経済が成長促進に向けて苦闘するなかで注目を集めています。
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ヘリコプターマネーは借り入れによるものではなくマネタリーファイナンス財政プログラム
のもとで作り出される資金です。こうした手段を講ずることによる潜在的な影響はインフ
レの拡大です。
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しかしながら、この政策を米国で試みようとするならば、議会、行政府、そして米連邦準
備理事会(FRB)による高いレベルでの協力が必要となります。
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一方で、経済が低迷し、低インフレで、財政と金融政策の協調体制が進んでいる日本で
は、ヘリコプターマネー政策実施の有力候補だと考えられます。
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鍵となる論旨 - 先進諸国で他の景気刺激策に成功が見られないなか、日本における
ヘリコプターマネーに向けた潜在的な試みは、世界の政策立案者たちの注目を集めるこ
とになるでしょう。
世界経済が好転に向けて苦闘するなか、「ヘリコプターマネー」という考え方は確かに魅力あるも
のです。この言葉は、経済成長促進に向けて目先の貸し出し及び支出を後押ししようと中央銀行
各行が空からばらまく大量の紙幣を比喩する言葉です。こうした急速かつ劇的な経済刺激転換
策は、世界の先進諸国で財政、金融、構造改革が明らかに失敗した後に続く次の政策となるの
でしょうか?ヘリコプターマネーの概念については、日本、ユーロ圏、そしてついには米国の政策
立案者からも言及があったことで、この政策が検討されていないとしても少なくとも議論されてい
ることが示されています。
とはいえ、空を見上げる必要はありません。「ヘリコプタードロップ」は、経済に直接的な刺激を与
えるものの、刺激策には付き物である将来いつの日か返済しなければならない債務という問題
は伴わない政策を生き生きと描写した言葉で、今は亡き経済学者ミルトン・フリードマンが 1969
年に使ったものです。彼はこの言葉を政策提案としてではなく、むしろインフレに対する金融政策
の影響を示すものとして使用しました。ベン・バーナンキ前 FRB 議長は 2002 年の講演のなかで、
デフレ対策として「貨幣のヘリコプタードロップ」について言及しました。このスピーチによって彼は
「ヘリコプター・ベン」という異名を取ることとなりました。
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「ヘリコプターマネー」は経済に長期にわたり資金を提供し続けることを指す言葉へと進化しまし
た。政策的な意味では、この言葉はマネーサプライの恒久的な拡大を財源とする財政支出策を
指します。資金注入の実施が、直接的な資金の移転、税金還付、インフラ支出、あるいは他のプ
ログラムの形を取るのかを問わず、この政策と他の財政政策の重要な違いは、資金が借り入れ
によるものではなく新たに作り出されるものだという点です。これは債務を財源とする財政支出で
はなく、マネタリーファイナンス財政プログラム(MFFP)なのです。
インフレの押し上げ
ヘリコプタードロップあるいは MFFP は、債務を財源とする財政支出とは異なる方法で成功する
可能性があります。MFFP のもとでの目先のマネーサプライの純ベースでの増加は、債務を財源
とする財政支出政策よりも高い期待インフレ率の上昇につながる可能性があります。歴史的に見
れば、インフレの押し上げは問題とされたでしょう。しかし今日では、日本、欧州、米国を含むほと
んどの先進諸国において、期待インフレ率の上昇は歓迎されるでしょう。加えて、マネタリーファ
イナンスによる支出は、政府債務と将来の税負担の増加を回避できます。債務を財源とする支
出ではなく、マネタリーファイナンスによる支出によって、資金の受け取り手は将来の負担を危惧
することなく刺激策による資金を使えるという経済面で大きな自由度を手にすることができるので
す。
こうした恩恵から、経済成長のための資金注入とインフレ率の上昇が必要でありながら財政赤字
の拡大を回避したい米国のような経済にとって、ヘリコプタードロップは理想的な解決策であるこ
とを示唆しています。それでは、我々は保持している全ての機体を満載にして飛び立たせないの
でしょうか?
MFFP の開始時においては特にはっきりとした不都合が見出しにくいとの見方は、こうした政策の
処方がすぐに依存性のあるものになりかねないということを示唆しています。そしてその影響は
明らかです。例えば、FRB が 成長率 3%超の回復を目指してヘリコプターを用意し打ち上げたとし
ましょう。その場合 MFFP が拡大するにつれて、インフレは意図した水準をすぐに超えてしまう恐
れがあります。中央銀行は過度なインフレを回避するべく、思慮深い行動を取ろうとするかもしれ
ません。しかし、もし FRB がインフレとマネーサプライをコントロールする場合、MFFP のもとでは
FRB は財政策、つまり資金がどのように分配され使われるかをもコントロールすることになります。
しかし FRB は設立法上そうした権力を持っていないのです。もしそれが合法だったとしても、FRB
は議会の緊縮財政派の怒りを呼び込み、また現在 FRB が金融機関とマネーサプライに対して持
っている権力を縮小するような新たな法律の成立を招くことになるはずです。米国の財政政策は、
FRB ではなく議会と米政府の所轄範囲にあるのです。
連携パイロット的政策
MFFP が財政政策だと見なされるなら、議会と行政府は MFFP が機能するため貨幣を作り出す
手腕を見出す必要があります。議会も行政府もそうした手腕を持ちあわせていないことから、
MFFP が FRB の支援なしに議会と米政府によって実施されることはあり得ません。
解決策は財政政策と金融政策との連携でしょう。しかしながら、どちらの政策立案者たちも協力し
合うというよりむしろ相対する方向で動いています。加えて、公に協調する姿勢を取ることは FRB
の極めて重要な独立性を直ちに損なう恐れがあり、これは立法府にとって危険な道のりとなる可
能性があります。
しかし実際の遂行の観点から言えば、解決策は見出せる可能性があります。2016 年 4 月 11 日
にブルッキングス研究所のブログ投稿メッセージに掲載されたバーナンキ前 FRB 議長のコメント
にその一例があります。議会は FRB に対して特別口座の中で貨幣を作り出す権限を与えること
ができます。FRB は上限まで適切な金額の設定を決定することができます。特別口座は議会と
米政府によって管理され、資金は直接的な資金移動、税金還付、公共事業プログラムといったも
のに支出することが可能です。FRB はマネーサプライとそのインフレへの影響を管理し、議会と
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行政府は支出を監督します。こうしたプログラムは経済成長に重要な影響をもたらす潜在性を有
しています。しかしながら、これには 2 つの潜在的な問題点が付随します。ひとつは MFFP が始
動することになればそれを縮小することが難しくなること、そして 2 つめは FRB の独立性を損なう
事態になりかねないということです。
日本の飛行計画?
マネタリーファイナンス型の財政刺激策は、経済刺激策からの直接の恩恵と予算への悪影響な
きインフレ押し上げ効果が魅力的に映る一方で、その構造と管理の問題から、米国では可能性
の低い政策であると言えるでしょう。同様にユーロ圏では、加盟各国それぞれの財政政策と単一
の中央銀行である欧州中央銀行(ECB)が並び立つ状況であり、財政と金融政策の連携が米国
以上に難しいものとなっています。ユーロ圏での問題点は、景気刺激策が加盟各国にどれほど
浸透するかということでしょう。
現状では、ヘリコプターマネーの最初の実験機会を提供してくれそうなのは日本でしょう。これま
でのところ、日本政府高官はそうした政策の必要性を否定しており、既存の量的緩和策とマイナ
ス金利政策が今後成功すると主張しています。しかしながら、低迷する経済、インフレの欠如、日
本の財政と金融政策の現在の連携情勢からは、ヘリコプタードロップに向けて期が熟しているこ
とを示唆しています。「ヘリコプター・ベン」本人の最近の訪日は、そうした憶測に拍車をかけてい
ます。
他の政策による成功が見られないなか、1969 年に誕生した描写的に魅力ある概念が、世界第 3
の経済大国である日本で実際に飛び立つかもしれません。世界はそれを注視していると言って
いいでしょう。
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