ロボットにおける電波利用の高度化に 関する技術的条件 - ITU-AJ

スポットライト
ロボットにおける電波利用の高度化に
関する技術的条件
総務省 東北総合通信局 無線通信部長
(前 総務省 総合通信基盤局電波部電波政策課 周波数調整官)
ほし の
てつ お
星野 哲雄
1.はじめに
公募、採用するべき技術実証プロジェクトや、その
我が国の産業は、グローバルなコスト競争にさらされて
実現のための規制改革について検討
いる製造業・サービス業の競争力強化や、農業・建設分
野等における労働力の確保、物流の効率化などの様々な
ロボットは工場などの製造業務での活用を中心に生産
課題を抱えている。このような課題を解決し、我が国の国
性の向上や品質の安定化、人が容易に近づけない場所で
際競争力を高めるためにはロボットの積極的活用が有効で
の作業を中心として発展してきている。最近では、ロボッ
あり、政府全体としてもロボットの発展に向けた戦略の策
トのうち無人航空機(ドローン)によるインフラ点検や災
定等に取り組んでいる。
害状況の把握、テレビ番組等の撮影、更には宅配などの
◆日本再興戦略(改訂2014/平成26年6月24日閣議決定)
輸送・物流分野など、多様な分野での利用が期待され、
・日本が抱える課題解決の柱として、ロボット革命の
今後の市場規模として高い伸びが見込まれているところで
実現を提言
ある。
・地域活性化・地域構造改革の実現を提言
◆ロボット新戦略(ロボット革命実現会議/平成27年1月
ロボットにおける電波利用については、これまではロ
ボットを遠隔操縦するために操縦者からロボットに対する
23日策定)
操縦コマンドの送信に利用されており、比較的小容量の通
・2020年にロボット革命を実現するための5カ年計画
信で運用されていたが、昨今では、ロボット活用の多様化
を策定
に伴い操縦コマンドの伝送だけではなく、例えばドローン
・ロボットの利活用を支える新たな電波利用システム
の整備についても言及
が上空から撮影する画像や無人建設重機を操作するため
の画像の伝送、更にはドローンの飛行位置を操縦者がリア
◆近未来技術実証特区検討会
ルタイムに把握するための位置情報や機体の状態などの
・自動飛行、自動走行等の「近未来技術に関する実
データ伝送など、新たな電波利用が出現してきており、従
証プロジェクト」と、その実現のための規制改革等
来の操縦コマンドに比べると大きな伝送容量の通信が必
を検討
要となっている。
・プロジェクトの実施主体となる民間企業等の提案を
このようにロボットの無線システムは、その用途(画像
■図1.ロボットの利用イメージと電波の利用イメージ
26
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
伝送、データ伝送、操縦用コマンド伝送)に対してWi-Fi
機器などの汎用的に使用可能な無線システムを活用して
■表1.ロボット用電波利用システムの想定される利用分野・用途
利用区分
運用されてきた。しかしながら、
様々な分野におけるロボッ
トの活用可能性に注目が集まる中で、特に高画質や長距離
の画像伝送用途等のニーズに応えるため、情報通信審議
地上
・火山の無人観測
・農業機械の無人化 ・建設/土木工事の無人化施工
・車両の自動運転
・災害現場における調査/復旧作業
・案内/誘導サービス 屋内
・災害現場における調査/復旧作業
・屋内荷物の自動搬送
・トンネル内災害調査
・案内/誘導サービス
・戸建住宅床下点検
上空
・災害現場による観測
・ソーラー発電のパネル異常検出
・火山の無人観測
・農産物生育状況の確認
・橋梁/建造物の老朽化点検
・農薬散布
・送電線の点検
・空撮/地図作成
・壁面調査
・荷物/物資輸送
・プラント/工場/施設等の警備監視作業
・番組制作/取材
海上
・水中ロボット等の位置把握等の測量探査
・水中でのインフラ点検
・深浅測量
会技術分科会では2015年3月より「ロボットにおける電波
利用の高度化に関する技術的条件」の検討を開始し、要
求される条件や運用の形態等を踏まえ、使用可能周波数
の拡大、最大空中線電力の増力等の技術的な検討を行い、
2016年3月にその技術的条件が答申されている。
本稿では、ロボットの電波利用について、現状と高度化
の技術的条件の概要を紹介する。
2.ロボットにおける電波利用システムの現状
2.1 電波を利用するロボット
現在、農薬散布用の無人ヘリコプターや建設分野での
無人化施工のための遠隔作業ロボットなど、多様な分野で
のロボットに電波が利用されている。また、
昨今ではロボッ
ト農機の出現や様々な分野でドローンが活用されている。
このように電波を利用するロボットは多種多様な分野に
拡大するものと考えられ、今後、想定される利用分野・用
具体的な利用用途
途は表1のとおり。
■図2.電波を利用するロボットの事例
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
27
スポットライト
2.2 ロボットの通信形態
2.3 ロボットの無線通信システム
ロボットの通信形態では、
現在、ロボットに利用されている主な無線通信システム
①操縦用コマンド伝送:操縦者からロボットを操縦する
の概要は表2のとおり。
ための制御情報の伝送
表中の小電力データ通信システムは、無線LANとして
②データ伝送:ロボットから操縦者等へロボットの状態
IEEE802.11グループで標準化されたものが広く使用され
や搭載された各種機器からの情報 (GPS情報、残存
ており、無線装置の汎用性の高さからロボットにおいても
バッテリー情報等)の伝送 2.4GHz帯小電力データ通信システムを操縦、画像伝送及
③画像伝送:ロボットに搭載されたカメラ画像の情報の
伝送
びデータ伝送用に広く利用されている。特に無線操縦に使
用する場合には、周波数ホッピング方式(FH方式)を採
に分類される。ロボットの電波利用はこれまで操縦用コ
用するなどにより混信を回避した安定通信の向上を図って
マンド伝送などの制御系を中心に利用されてきたが、近年
いる。通信距離は、操縦用では500m ~ 3km、操縦用に比
ではドローンでの空中撮影やインフラ点検のために画像伝
べて高い伝送速度が必要となる画像伝送では300m程度で
送の需要が高まっている。
あるが、無線局免許を要せずに誰でも使用できることから、
多くのドローンで利用されている。
■表2.ロボットに利用されている主な無線通信システム
無線システム名称/無線局種
周波数帯
送信出力
伝送速度
利用形態
無線局免許
ラジコン操縦用微弱無線
73MHz帯等
※
5kbps
操縦
不要
特定小電力無線局
400MHz帯
10mW
5kbps
操縦
不要
特定小電力無線局
920MHz帯
20mW
携帯局
1.2GHz帯
1W
小電力データ通信システム
2.4GHz帯
無線アクセス
4.9GHz帯
小電力データ通信システム
5GHz帯
簡易無線局
50GHz帯
操縦
不要
画像伝送
要
200k~ 54Mbps
操縦
画像伝送
データ伝送
不要
250mW
~ 54Mbps
画像伝送
データ伝送
要
10mW/MHz
~ 6.93Gbps
画像伝送
データ伝送
不要
画像伝送
要
10mW/MHz
(FH方式は3mW/MHz)
30mW
(アナログ方式)
~ 1Mbps
(アナログ方式)
※500mの距離において、電界強度が200μV/m以下
■図3.ロボットの電波利用イメージ
28
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
3.電波利用の高度化に対する要求条件
4.技術的条件の概要
ロボットの画像伝送用通信は、近年のカメラの小型化・
情報通信審議会技術分科会では、前述の要求条件を踏
高性能化に伴って撮像される画像の高画質化が進むこと、
まえてロボットの電波利用の高度化に向けて使用可能周波
また、人が近寄ることが困難な災害現場等をドローンによ
数帯の拡大や最大空中線電力等の技術的条件の検討を進
る現状の把握など、長距離通信のニーズも高まりつつある。
め、2016年3月にとりまとめた。
加えて、人の立ち入ることが困難な場所においてロボット
使用可能周波数帯としては、既に無線機が開発されてい
に何らかの電波伝搬障害が起こりロボットの遠隔操縦が不
る周波数帯を候補とすることが要求条件にあり、できるだ
可能となった場合、そのままロボットを廃棄しなければな
け低コストの無線機を実現することが可能となるが、反面、
らなくなるため、バックアップ用の回線の必要性も高まっ
無線機が開発されている周波数帯には、既存の無線システ
ている。
ムが存在するために周波数共用を図ることが必要となる。
このような電波利用に対するニーズは以下のとおり。
このため、大容量の通信となる画像伝送のために広帯域
・高画質で長距離の画像伝送が可能となるよう、大容
量の通信を可能とすること。
の周波数が確保でき、また、既存無線システムとの周波数共
用の可能性を勘案し、無線LAN等で使われている2.4GHz帯
・ロボットを一つの運用場所で複数台運用できるように、
複数の通信チャネルが使用可能であること。
や5.7GHz帯をメイン回線用として、バックアップ用回線で
は伝搬特性を考慮して169MHz帯を選定している。
・主に使用する回線のほかに、混信やその他の電波伝
最大空中線電力は、それぞれの周波数帯で通信可能距離
搬上の障害等の何らかの事情により、当該主回線が
を計算した結果、2.4GHz帯及び5.7GHz帯は1W、169MHz帯
不通となった場合に備えて、バックアップ用に別の通
は上空利用では10mW、地上利用では1Wとすることで、要
信回線が使用可能であること。
求条件の通信距離を実現することが可能である。
・低コストの無線機実現の観点から、
使用する周波数は、
それぞれの周波数帯と主な技術的条件の概要は以下の
既存システムに利用されている汎用的な周波数帯が
とおり。
望ましい。
4.1 2.4GHz帯
上記のニーズから、通信距離や伝送容量等の具体的な
2.4GHz帯は、2400MHz ~ 2483.5MHzが世界共通の無線
要求条件を表3に示す。
LAN帯域として大量の無線LANで使用されており、ドロー
ンでもこの周波数を多く使用している。一方、日本では
■表3.ロボット用無線システムに対する要求条件
通信距離
上空利用 : ~ 5km程度
地上利用 : ~ 1km程度、
屋内利用 : ~ 200m程度
伝送容量
メイン回線 : 最大54Mbps
バックアップ用回線 : ~ 200kbps
同時運用台数
上空利用 : 5台程度
地上利用 : 20台程度
2497MHzまでを無線LANで使用しているが、2483.5MHz
~ 2497MHzは日本だけの独自システムで限定的な使用で
あるため、この周波数をロボット用無線システムで共用す
ることとしている。
4.2 5.7GHz帯
5.7GHz帯は、無線LANや各種レーダー、アマチュア無
線が使用しており、無線LANは周波数拡張を検討中であ
■図4.2.4GHz帯の周波数関係と主な技術的条件
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
29
スポットライト
る。これらの既存無線システムと周波数を共用して、
ロボッ
体となって運用調整のための仕組み作りが行われる
ト用無線システムでは5650MHz ~ 5755MHzまでを使用す
ことが望ましい。
ることとしている。
・2.4GHz帯及び5.7GHz帯については、他の無線システ
4.3 169MHz帯
ムから一定程度の干渉を受ける可能性があること考
169MHz帯は、広帯域テレメーターシステムと周波数を
慮するべきであり、特に上空で利用する場合にあって
共用し、バックアップ用回線として最大300MHz程度の
は、安全性の確保を考慮したシステム構築や運用を
チャネル幅の通信を行うことにより、低画質ながらも画像
行うことが望ましい。
伝送が可能である。
4.5 73MHz操縦用周波数の増波
4.4 周波数共用等に関する留意事項
73MHz帯無線操縦用周波数(産業用)は、主に農薬散
前述のとおり、ロボット用無線システムが使用する各周
布用の無人ヘリコプターで使用されている。近年、農薬散
波数帯では、既存の無線システムと周波数を共用すること
布での無人ヘリコプターの利用台数が増加傾向にあること
となる。また、今後ロボットが様々な用途で活用される可
から、現在の7波から4波を増波し、合計11波を無人ヘリコ
能性もあるため、ロボット用無線システム相互間での運用
プターで使用できるようにしている。
調整を行うことが必要と考えられる。
5.おわりに
このため、ロボット用無線システムの導入にあたって留
総務省では、この技術的条件の答申を受け、現在、無
意すべき事項を以下に示す。
・周波数共用を図るために既存無線システムへの運用
に配慮し、また、ロボット無線システム相互間の運用
線設備規則等の制度改正作業を進めており、本年夏まで
に制度整備を完了する予定である。
このように、より便利なロボットの利活用環境を整備す
調整を行うことが必要。
・このため、ロボット用電波利用システムにおいては、
ることで、多種・多様なロボットで無線通信システムが活
他の無線システムを含めて円滑な運用調整を図るた
用され、ロボットによる魅力ある新たなサービスが創出さ
めに無線局免許の取得を必要とすることが適当。
れることを期待している。
・円滑な周波数利用の観点から、ロボット運用者側が主
■図5.5.7GHz帯の周波数関係と主な技術的条件
■図6.169MHz帯の周波数関係と主な技術的条件
30
ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8)
(2016年4月21日 情報通信研究会より)