品質工学を正しく使うために 知っておくべきこと

● 第 1 編 品質工学の源流思想と原理
第
1章
品質工学を正しく使うために
知っておくべきこと
1・1 ‌出 荷検査を合格した製品が出荷直後にクレームを起こ
すのはなぜ?
日々,工場では製品が製造されて,出荷検査(最終検査)に合格したものが
出荷されて店頭に並んだり,ユーザーの手元に送られたりしています.そし
て,この時点ではほとんどの場合,製品を構成している部品や要素,ユニット
は新品であり,当然,それらが劣化しているなどとは考えられません.出荷検
査では,その製品に期待されている機能の範囲よりもせまい区間で上下の規格
範囲を定めて,マージンと呼ばれる機能水準の余裕をとっているので,最終的
にユーザーの手元に届いた時でも,その製品に期待されている機能が,その製
品に期待されている範囲から外れてしまうことなど,ありえないはずです.
製品が機械や電気機器の場合,試作品や量産の初期段階で生産された品物を
抜き取って,ライフテストと呼ばれる耐久性の確認実験が行われているため,
少なくともユーザーが不満を持たない最低限の使用回数や使用時間は,満足で
きることも事前に確認してあるはずです.
ところが,その製品をユーザーが使用しはじめてから,驚くほど短期間でそ
の製品に期待されている機能が発揮できなくなった,つまり,故障してユー
ザーからクレームをつけられた,という経験を持つ企業や技術者は少なくない
と思います.
設計部門の技術者が製品の仕様を満足すべく設計して図面を描き,その設計
情報を具現化するために,生産技術部門の技術者が生産設備と生産工程を作り
あげ,品質管理部門の技術者が製品の品質を満足できるように,工程ごとに品
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第 1 章 品質工学を正しく使うために知っておくべきこと ●
質管理の方法と判定基準を定めています.それぞれの技術部門の技術者は自分
の持てる自然科学や工学の知識と創造力,そして,情熱をこめて自分の仕事に
うちこんでいるはずです.しかし,その成果物,しかも,新品の状態であるに
もかかわらず,なぜこのような事態が発生してしまうのでしょうか?
1・1・1 まずは劣化の本質を理解しよう
製品がユーザーにわたってからすぐに発生する初期不良には,出荷検査での
見逃しなどもありますが,多くの場合その原因は『劣化』によるものです.し
かし,製品を構成する部品や要素,ユニットは新品,または,新品に近い状態
なのに本当に劣化などしているのでしょうか.
設計者が設計業務の目的・目標とし,ユーザーがその製品に期待している
『機能』が発揮できなくなるのは,その製品を構成する部品や要素,ユニット
が工場出荷時点などの初期状態から変質して,それぞれに要求される特性が変
化したからです.その時その部品や要素,ユニットが劣化した,といいます.
製品を構成する部品や要素,ユニットが劣化すると,多くの場合,その製品
に期待されている機能の発揮が妨害され,最悪,故障とよばれる状態に陥りま
す.初期不良などと呼ばれるように,ユーザーの手元にわたってからごく短時
間で故障が発生する原因も,多くの場合,その製品を構成する部品や要素,ユ
ニットが劣化してしまったからです.
劣化はその現象面からみて,膨張,収縮,磨耗,摩滅,疲労,脆化,変形,
剥離,応力緩和,移動,酸化,還元,分解,脱落,重合,架橋,拡散,蒸発,
凝集,分散,離散,崩壊,吸着,閉塞,破過,反応促進,凍結,軟化,硬化,
分離,混濁,溶解,融解,昇華,腐食,腐敗,潮解,膨潤,乾燥,転移,転位,
再結晶,析出,粘着,溶着,固着,凝着,固溶,侵入,置換,変態などがあり
ます.
そして,劣化を引き起こしたり促進したりする原因になる外的要因として,
環境に存在する各種元素(酸素,水素,塩素など)や化学物質,熱,水,水蒸
気,光,電磁波,放射線,力,圧力,衝撃,摺動,振動,塵埃,生物などがあ
げられます.
なお,後ほど詳しく解説しますが,品質工学ではその製品に期待されている
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● 第 1 編 品質工学の源流思想と原理
機能の発揮を妨害する要因を“ノイズ”といいます.
ノイズは 3 つに分類することができ,おもに使用環境やユーザーの使い方の
違いなどの“外乱”
,本項で説明した劣化などの“内乱”,そして,製品を製造
する段階でやむなく発生する,同一製品内でも特性が異なるという“個体差”
です.
1・1・2 製品の機能と劣化と寿命との関係
それでは,劣化による初期不良が発生するメカニズムについて考えてみま
しょう.
ノイズとなる特性が変化すると,製品を構成する部品や要素,ユニットの特
性も変化します.そのため,製品に期待されている機能は変質します.例え
ば,外乱である温度というノイズが変化すると,熱膨張などにより部品の寸法
が変化して,結果として製品の機能は多かれ少なかれ変質します.しかし,ノ
イズがもとの状態に戻ればほとんどの場合,製品の機能も回復します.ただ
し,このような可逆的な変質であっても,回数が重なると機能が十分に回復し
なくなる場合もあります.疲労という現象です。
一方,劣化とはノイズによって引き起こされる不可逆的な部品や要素,ユ
ニットの変質です.そして,それが原因となって不可逆的に製品機能も変質し
ます.つまり,製品自体の劣化です.
劣化は個体差と,保存,輸送,使用環境,使用方法,使用期間という時間的,
空間的要因が影響を及ぼし合うことで,個体ごとに進行の度合いに違いが生じ
ます.
現実にはありえませんが,ある製品でまったくばらつきがない同じ特性の部
品・要素で構成されて,まったく同じように組み立てられて,組み立て直後に
は個体差がまったくない 2 つのモノがあったとします.しかし,出荷までの保
管状態や輸送される目的地,そして,そこまでの経路や時間などの違いによっ
て,ユーザーの手元に届いた時に,両者はまったく異なる特性の個体に変質し
てしまっているかもしれません.そして,製品の設置環境やユーザーの使い
方,使用頻度などの違いによって,さらにその特性の異なりは増幅してしまう
かもしれません.同じ製品であっても別々の個体間では,劣化の仕方や進み方
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第 1 章 品質工学を正しく使うために知っておくべきこと ●
にばらつきが生じます.使用回数や使用時間が増加してさらに劣化が進行する
と,製品に期待されている機能がまったく発揮されなくなります.その状態を
“製品寿命”
,あるいは,単に“寿命”といいます.
寿命には,その製品や構成要素の特性によって,次の 2 つのパターンがあり
ます.製品の構成要素の劣化により,製品に期待されている機能自体が減少し
て使用に耐えられなくなってしまった場合と,機能を発揮するために補助的に
はたらいている構成要素の機能が低下したことにより,使用できなくなってし
まった場合です.
前者には機能の消費自体が使用の目的となる乾電池やプリンターのインク
カートリッジなどが該当し,後者には目的の機能を発揮するために,副次的に
消費され劣化が進行する DC モーターのブラシや,電球のフィラメントなどが
該当します.
あるシステム(変換機)に対して,図 1・1 の一番上のような入出力関係が
期待されている時,劣化が進行した場合,二番目のように一定の入力に対し弊
害が増大して,本来ほしい出力が減少する特性のシステムと,三番目のように
出力を一定にするために,入力を増加させなければならない特性のシステムが
考えられます.当然,三番目の場合も弊害が増大します.
ほとんどの場合,その製品に期待される機能が理想値を発揮するように,部
品や要素,ユニットを組みあわせて設計されているので,新品状態がもっとも
理想に近い機能を発揮します.したがって,図 1・1 の例では劣化によりシス
一定入力
システム
一定出力
劣化
一定入力
システム
出力減少
弊害増大
劣化
入力増加
システム
一定出力
弊害増大
図 1・1 劣化による入出力関係の変化
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テムの変換効率は低下します.
そして,使用時間や使用回数の積み重ねで劣化が進行し,そのシステムに期
待されている機能の源泉である変換効率が限界に達した時,製品の寿命となる
のです.寿命とは,ユーザーがある程度納得できる製品の機能不全です.しか
し,ユーザーが想定していた使用時間や使用回数よりも早く変換効率が下限に
達してしまうと,ユーザーの立場としては納得できない製品の機能不全となる
ため,故障や不具合と判断されてクレームになるのです.
1・1・3 故障のメカニズムを考える
設計内容に起因した故障や不具合はどのように発生するのでしょうか.
設計者は製品設計を行う場合,当然,市場でクレームが発生しないように,
保存環境や使用環境を考慮して設計を進めているはずです.
設計者は,市場で予想される故障や不具合の原因になるであろう要因の平均
的な値と,製品設計時に設計者が決める機能や特性のねらい値の開きを設計
マージンと呼んで,コストが許す限りなるべく設計マージンを大きくとろうと
します.そして,設計と試作品の評価が正しく行われ,生産に移行して製造現
場での工程設計や品質管理なども正しく行われた場合,量産された製品の特性
値は,たぶん設計者が決めた値に近い値をとるはずです.そして,無事検査に
合格して出荷となるわけですが…
それでは,製品が市場にでて予想もしない早さで故障してしまい,クレーム
になる理由を考えてみましょう.
設計者は部品の寸法や機能について公差を定め,また,カタログや仕様書に
記載されている公差範囲を確認して購入品を選択します.この時,公差の集積
を計算し,場合によっては公差解析を実施して設計段階で設計不良にならない
か,などを確認しています.多くの設計者がばらつきという特性を気にするの
はこの時までです.
また,生産技術の担当者も,設計段階では自身が設計する工程や設備につい
て,設計中にはばらつきを気にするのですが,そこで生産される成果物自体に
ついてのばらつきに関する意識は,それほど高くありません.
一方,常にばらつきとの戦いにさらされている品質管理担当者は,工場から
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