キャベツを “核” に地域を守る

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キャベツを “核” に地域を守る
松本義正
つまごい
群馬県JA嬬恋村 代表理事組合長
JA嬬恋村は、キャベツだけで200億円近い販売額を誇
ります。正組合員1,200人ほどですが、営農指導・経済
事業を核としたJAのあり方を示しています。
◆日本でも有数のキャベツ産地として
る、これが産地づくりの最重点事項です。そ
――産地の現状をお聞かせください。
れに必要な肥料や農薬などの資材は、登録さ
JA嬬恋村の農畜産物販売額の98%がキャ
れた安全なものだけを大量に購入することで、
ベツで、約350戸の農家がキャベツをJAに出
仕入れ価格を引き下げることができます。ま
荷しています。ほかにトウモロコシ、ズッキー
たキャベツだけなので、無登録農薬使用の心
ニなどがありますが、わずかです。キャベツ
配もなく、薬剤散布が効率的にできます。
単作ともいえるJAですが、このことによる最
営農指導も、キャベツに集中することで、
大の強みは生産コストの削減が可能で、効率
高い専門能力を持つプロの営農指導員が育ち
的な営農指導ができることです。
ます。このように、生産コストの削減、営農
安全で安心なキャベツを安定して供給す
指導の充実など、さまざまなメリットがありま
す。
このメリットを生かし、安全で安心なキャ
ベツを全国の人々に提供してきました。嬬恋
のキャベツは戦後の開拓事業による国有地の
払い下げで規模を拡大してきました。その恩
返しの気持ちもあります。
◆市場との信頼関係が大切
――産地を維持するには何が重要でしょうか。
市場と消費者の信頼を得ることが最も重要
こ うひょう
です。昨年 8 月に降 雹 があり、約1,000ha の
JA嬬恋村本所
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月刊 JA
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キャベツが被害を受けました。長年の付き合
まつもと・よしまさ
昭 和33年 キ ャ ベ ツ 農 家 と し て 就
農。平成 3 年嬬恋村農協非常勤理
事、 同12年 同 専 務、 同18年 同 代
表理事組合長に就任。
撮影・JA嬬恋村農産部営農畜産課 黒岩 彩
いから、卸売市場の担当者が骨を折ってくれ
たが、栽培に適した長野県にはかないません。
て、量は減ったものの過去 2 番目の販売額191
キャベツこそ適地適作で、先人の判断があっ
億円を確保することができました。
てこその今の産地です。
これまでも、約束した量は必ず確保するな
食の洋風化で、用途の広いキャベツの消費
ど、市場との約束は絶対に守ってきました。
が増え、1973年には東京都と、翌年には横浜
そうして築いた信頼関係を大事にしています。
市とも安定供給契約を結びました。首都圏の
これは一朝一夕にできるものではありません。
市場に本格参入することで栽培面積は年々拡
嬬恋キャベツにも長い苦労の歴史があります。
大し、1975年には2,000ha を超えました。
嬬恋村にキャベツが入ったのは明治末期で
現 在の栽 培 面 積は3,060ha で、出 荷 量は
すが、戦後、国有地の払い下げで入植したの
1,870万ケース( 1 ケース10kg)に達しまし
が産地化の始まりです。標高700~1,400m の
た。全体の出荷量の 6 割は加工原料になって
高冷地には桑や水稲はできません。適度な降
います。加工向けは 1 ケース(15kg)900円
水量があり、高原地帯であることから、夏の
前後、1kg60円ほどですが、これは輸入の中
冷涼地に適したキャベツを選びました。
国産と大差ありません。その上、もともとスー
嬬恋のキャベツは柔らかく、シャキシャキ
パーなどでの生食販売用に栽培したものです
感があります。導入当時はレタスもありまし
から、品質・味はほとんど変わりません。
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JAトップインタビュー JA嬬恋村
一面に広がるキャベツ畑
収穫は、丁寧に手作業で
現在、夏場の加工原料用キャベツはほとん
りません。これこそが系統販売の強みではな
どが年間契約です。原料用キャベツを低価格
いでしょうか。
で提供できるのは、栽培面積の拡大や大型機
政府は共販や生産者の組織が独禁法に抵触
械の導入などで、生産コストの大幅な引き下
するなどといっていますが、JA組織はみんな
げを実現しているからです。こうした加工仕
の連帯責任です。問題のある肥料を使った
向けが需給調整となり、キャベツの価格安定
り、品質の悪いものを販売したりしたら、産
につながっているのです。
地を維持することができません。
JAの営農指導は、共販を強化するための
◆系統共販でリスクを回避
ものでもあります。6 つの支所があり、それぞ
――それが系統による共販の強みですね。
れ 3 ~ 4 人営農指導員を配置しています。ま
こうした地域では、JAの役割は大きいもの
た、農家は先生です。常に圃場を回り、農家
があります。生産資材は計画的に買うから安
と話す機会をつくるように働きかけています。
くでき、農産物はまとめるから高く売れる。こ
多くのJAで、組合員のJA離れを心配す
れはもう何十年も前からわれわれがやってき
る声を聞きますが、われわれにはそのような
たことです。
ことはありません。重要なことは農家の所得
JAの肥料が高い、安いというが、安くても
を上げることです。所得が上がると、みんな
品質に問題があっては、後で 2 倍も 3 倍も金
一生懸命働きます。農家の収入が増えると職
がかかります。まさに “安物買いの銭失い” で
員の待遇も上げることができ、さらに懸命に
す。これまで苦い経験をした生産者もあり、
働きます。それが結果としてJAの信頼を高
みんな経験的にそのことを知っています。
め、ほかの事業にもプラスになります。
ほ じょう
少し高くても、JAが勧める資材を使い、
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よいキャベツを作ると、高く売れます。JA
◆安心して働ける環境づくりを
がやるべきことはこれに尽きます。共販率は
――過疎化の進む地域で、JAの役割は何で
80%以上ありますが、商系も入っています。
しょうか。
この程度が適当な競争になるのではないかと
農家が安心して働けるようにすることです。
考えています。全農を通じる系統販売には 3
村内 2 か所に Aコープ店があり、15分以内で、
日で代金が振り込まれ、未回収のリスクがあ
最も近い都市である上田市と同等の物を買う
月刊 JA
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フレッシュミセスの集い
ことができます。ガソリンスタンドもそうで
ターンする若者が結構増えています。JAの
す。もうかるかどうかではなく、必要とされる
フレッシュミセスの集まりに来る人も増えてい
から運営しているのです。
ます。夏やスキーシーズンに行うイベントに
福祉事業にも力を入れています。このよう
は全国から若い女性が集まり、地元の農家の
な農業地帯では、一家に介護の必要な人がい
青年と結ばれるケースも少なくありません。
JAトップインタビュー JA嬬恋村
店頭販売などを通し、消費者の信頼を勝ち取る
ると、キャベツの作業にすぐ影響します。過
疎化で人口が減る中で、JAは総合事業を通
じて地域の生活を守っているのです。
――日頃大事にしている言葉は。
きずな
“絆” でしょうか。忘れられないことがあり
キャベツの収穫に人手が足りないときは、
ます。7 、8 年前、大阪の卸売市場で他の産
非農家の奥さん方が手伝ってくれます。そう
地から、嬬恋産のキャベツだけが高いこと
した協力によって産地が支えられているので
で、説明を求められたセリ人が「理由はない
す。子育て中であれば 2 時間でも 3 時間でも
が絆だ」と言ったことです。産地の苦労が報
いいからといって手伝ってもらうなど、大事に
われた思いでした。これからも信頼に基づく
しています。非農家も大事な戦力なのです。
“絆” を大切に、キャベツ産地を維持していき
一部では金融、共済事業の分離だの、准組
ます。
合員の事業利用規制だのという声を聞きます。
この部門の利益がなくてはこうした事業がで
きず、産地だけでなく、地域社会の維持がで
きなくなります。もうからないからといって
JAは撤退するわけにはいかないのです。この
(写真は全てJA嬬恋村提供)
◎JA嬬恋村の概況
昭和38年、
4つの開拓農協が統合し、嬬恋村農協に。そ
の後、1村1農協として現在に至る。
群馬県
ことを政府・政治家に分かっていただきたい。
◆所得があれば後継者も
――産地維持に必要なことは何ですか。
やはり後継者です。ここで生活ができれば
残ります。それには、キャベツの安定供給に
よる安定した生活、これが一番です。最近、U
JA嬬恋村
▽組合員数
2,039人
(うち正組合員1,207人)
▽貯金残高
334億480万円
▽長期共済契約高
954億6,153万円
▽販売品販売高
195億2,890万円
▽購買品取扱高
57億4,463万円
▽職員数
119人
(平成27年度末)
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