【特集 世界経済見通し】世界経済見通し

世界経済見通し
─ 一進一退から抜け出せない世界経済 ─
調査部 マクロ経済研究センター所長 牧田 健
目 次
1.足許で持ち直しの兆しをみせる世界経済
2.中国経済持ち直しの持続性
3.ドル高是正の影響
(1)新興国にプラスに働くドル高是正
(2)ドル高を好感も世界経済を牽引できないユーロ圏・日本
4.ドル相場の行方
(1)アメリカ金融政策面からみたドル高進行余地
(2)イギリスのEU離脱による影響
5.ドル以外の変動要因
6.2016~2017年の世界経済見通し
7.リスク要因
J R Iレビュー 2016 1
要 約
1.世界経済は、2014年以降緩やかな減速が続いている。もっとも、足許では、中国経済で下げ止まり
の動きがみられるほか、ドル高是正を受けアメリカ製造業での景況感が改善するなど、持ち直しの兆
しがみられている。
2.このうち、中国では、公的部門の投資拡大が景気を下支えしており、民間部門はいまだ減速に歯止
めが掛かっていない。わが国の経験則を踏まえると、景気持ち直しには設備投資比率の正常化が不可
欠であり、景気減速に歯止めが掛かるのは早くても2018年頃とみられ、当面持続的な持ち直しは期待
できない。
3.一方、ドル高是正は、①資金流出圧力の緩和、②人民元切り下げ観測の緩和、③資源価格の上昇な
どを通じて、アメリカのみならず新興国にもプラスに作用している。これに対し、ドル高は自国通貨
安への依存度が高まっている日本やユーロ圏には追い風となるものの、世界経済を牽引する力がない
なか、世界経済全体では、ドル安の方が成長率は高まる傾向にある。
4.そこで、ドルの行方についてみると、アメリカでは、景気が持ち直しに転じるなか、利上げ観測が
再燃し、ドル高圧力が高まりやすい状況にある。一方で、アメリカが世界経済を牽引できない状況下、
利上げ観測再燃は新興国経済の混乱を惹起する恐れがあるほか、アメリカ自身生産性が低下しており、
大幅な利上げが困難な情勢である。これは、ドル安の持続性が乏しい一方、ドル高進行余地も限られ
ることを示唆している。一方、イギリスのEU離脱決定を受けユーロ安が避けられなくなっており、
当面対円以外では明確なドル安方向の展開は期待できない。
5.ただし、ドル安が進まなくても、原油需給バランス改善、アメリカでの在庫調整一巡、各国での緩
和的な財政政策により、アメリカ・新興国経済の大幅な悪化は回避されると見込まれる。
6.以上を踏まえると、アメリカでは景気回復が続くものの、日欧では停滞が続くと見込まれる。新興
国では、ドル高是正を梃子とした資源価格の下落一巡等もあり、早晩資源国経済を中心に持ち直しに
転じると見込まれる。もっとも、中国経済の緩やかな減速が続くほか、持続的なドル安も期待し難く、
力強い回復は期待できない。この結果、世界全体では、2016年に+3.0%まで減速した後、2017年には
+3.4%に小幅持ち直す見通しである。
7.リスク要因として、米欧での政治的な混乱に端を発する国際金融市場の混乱や世界的な保護主義圧
力の強まりが指摘できる。また、中国経済のハードランディングリスクも残存している。
2 J R Iレビュー
2016
世界経済見通し
1.足許で持ち直しの兆しをみせる世界経済
世界経済は、減速が続いている。主要25カ国・地域の実質GDP成長率は、2015年以降景気判断の分
かれ目とされる3%を小幅割り込んだ状況が続くなど、世界的に景気停滞感の強い状況が続いている
(図表1)
。
もっとも、足許では、減速に歯止めが掛かり、持ち直しの兆しもみられている。世界経済のけん引役
の一つであるアメリカでは、景気減速が一巡し、循環的な景気回復局面に入った可能性が高い。アメリ
カの企業景況感は、非製造業では一進一退ながら、製造業では、ドル高が是正された本年2月以降底打
ち反転し、景況感の分かれ目とされる「50」超を回復している(図表2)。新興国でも、持ち直しの兆
しがみられている。インドを除き軒並み低下基調にあった新興国のOECD景気先行指数は、年明け以降
(図表1)主要25カ国・地域の実質GDP成長率
(前年同期比)
(%)
6
アメリカ
インド
G25計
4
ドル名目実効為替レート
(対全通貨、右逆目盛)
日 本
中 国
その他
ユーロ圏
5
(図表2)米ISM景況指数とドル名目実効為替レート
3.5
100
(ポイント)
2.8
3
(97/1=100)
90
ドル高
ISM製造業(左目盛)
ISM非製造業(左目盛)
60
110
120
2
130
55
1
0
▲1
2010
50
2011
2012
2013
2014
2015
2016
(年/期)
(資料)各国統計、IMF
(注1)主要25カ国・地域は、購買力平価ベースGDP上位27カ国。
うち、イランとパキスタンは統計の制約上除外。ユーロ圏
加盟国はユーロ圏としてカウント。
(注2)国・地域別寄与度、G25計は2010年の購買力平価ベース
GDPを基に按分。
(注3)未発表国は、直近判明分と同じ伸び率と想定。
45
2010
中 国
インド
ロシア
インドネシア
ブラジル
101
2012
2013
2014
2015
(年/月)
(図表4)ロイタージェフリーズCRB指数と
中国製造業PMI指数
(67年=100)
400
(ポイント)
ロイター・ジェフリーズ
CRB指数(左目盛)
中国製造業PMI指数(右目盛)
350
54
53
52
300
100
2016
(資料)FRB、ISM
(図表3)OECD景気先行指数(新興国)
(長期平均=100)
102
2011
51
250
99
50
200
49
98
97
2013
150
2011
2014
2015
2016
(年/月)
2012
2013
2014
2015
48
2016 (年/月)
(資料)Bloomberg L.P., 中国国家統計局
(資料)OECD
J R Iレビュー 2016 3
ロシアやブラジルなどで底打ちの動きがみられるほか、中国でも2013年秋以降の低下傾向に歯止めがか
かっている(図表3)。
春以降の景気持ち直しの背景の一つに、中国経済の下げ止まりが指摘できる。中国では、2014年央以
降低下が続いてきた製造業景況指数が本年1月を底に反転し、足許では景気判断の分かれ目とされる
「50」超を回復している。中国での需要持ち直しを受け、商品市況も底打ち反転しており、資源国経済
を下支えしている(図表4)
。また、ドル高是正も、アメリカの輸出や企業業績の下振れ圧力緩和等を
通じて、プラスに作用している。
そこで、足許の景気持ち直しの持続性をみるうえで、まず、中国の状況について検討していく。
2.中国経済持ち直しの持続性
中国では、2013年以降伸び鈍化が続いてきた固定資産投資や鉱工業生産に下げ止まりの兆しがみられ
ている。もっとも、固定資産投資の内訳をみると、国有企業の大幅な投資増加が全体をけん引しており、
民間部門はむしろ一段と伸びが鈍化している(図表5)。公的部門の投資を呼び水に、民間部門が持ち
直す展開とならない限り、景気の下振れリスクは払拭されないとみられる。
そこで、中国での民間需要回復時期を探るため、中国同様、過剰設備・過剰債務を抱え長期にわたる
経済停滞を余儀なくされた1990年代の日本の経済状況を改めて点検すると、当時のわが国の民間需要は、
設備投資比率がバブル発生前の水準まで低下した1994年以降回復に転じている(図表6)。設備投資比
率の正常化が民間需要回復の目途とみれば、中国の投資比率が急上昇する前の2006年水準まで低下する
のは早くとも2018年頃とみられ、同年前後までは民間需要の持ち直しは期待し難いといえるだろう(図
表7)
。むしろ、中国の投資比率が他国対比高水準にあることを踏まえると、民間需要の持ち直しはさ
らに遅れる可能性も否定できない。
一方、過剰投資の是正を余儀なくされる製造業とは対照的に、第3次産業はこれまで堅調に推移し、
(図表5)中国の固定資産投資(年初来累計、前年比)
固定資産投資
国有企業(含む政府機関)
民 間
(%)
30
25
(図表6)日本のバブル発生・崩壊前後の国内需要伸び率
と設備投資比率
(%)
15
10
20
5
15
10
0
5
0
2012
▲5
1985 86
2013
(資料)国家統計局
2014
2015
2016
(年/月)
87
88
89
90
民間需要(左目盛)
国内需要(左目盛)
91
92
93
94
95
2016
96
(年/期)
公的需要(左目盛)
設備投資比率(右目盛)
(資料)内閣府
(注)需要伸び率は前期比年率の3四半期移動平均。
4 J R Iレビュー
(%)
18
17
16
15
14
13
12
11
10
9
8
7
6
世界経済見通し
(図表7)中国の実質GDP成長率と投資比率
(%)
15
実質GDP成長率(左目盛)
投資比率(右目盛)
2006年水準(右目盛)
IMF予測
14
13
(図表8)中国の求人数と名目賃金
(%)
50
48
46
12
44
11
求人数前年比
(左目盛)
(%)
都市労働者名目賃金
16
前年比(右目盛)
14
30
12
20
10
42
10
40
9
38
8
36
7
34
6
32
99 2001 2003 2005 2007 2009 2011 2013 2015 2017 2019 2021
(年)
(資料)IMF, World Economic Outlook
(注)投資比率は総固定資本形成の比率。
5
(%)
40
1995 97
10
8
6
0
4
▲10
2
▲20
0
2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
(年、年/期)
(資料)国家統計局、人力資源社会保障部
景気の下支え役を担ってきた。もっとも、足許では、成長鈍化に伴い求人数が減少するなど、これまで
堅調だった雇用にも変調の兆しがみられており、それに伴い、賃金の伸びも鈍化している(図表8)。
今後は、消費による景気下支え効果も減衰していく可能性が高い。
以上を踏まえると、足許の中国景気の持ち直しは持続性に欠け、政府による景気対策の効果が一巡す
るのに伴い、成長ペースが鈍化していくとみるのが妥当といえよう。
3.ドル高是正の影響
(1)新興国にプラスに働くドル高是正
そこで、景気持ち直しの持続性をみるうえでは、ドル高是正の持続性が大きな焦点になってくる。
世界経済が伸び悩むなか、2014年秋以降のアメリカでの金融政策正常化に向けた動きが本年初にかけ
てドル独歩高を招いてきたものの、年明け以降、アメリカの中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理
事会)が先行きの利上げペース鈍化を示唆し、アメリカの金利先高観が大きく後退したことが、ドル高
是正につながった。したがって、ドル高是正の持続性を検討するのは、FRBの利上げの行方を展望す
ることに他ならない。
それを検討する前に、ドル高是正の世界経済への影響を整理しておく。まず、FRBの利上げペース
鈍化、それに伴うドル高是正は、アメリカのみならず新興国にもプラスに作用している。
第1に、資金流出圧力の緩和が挙げられる。バーナンキ前FRB議長が金融政策正常化の必要性に言
及した2013年春以降、アメリカ金利の先高感が新興国への投資を鈍らせ、利上げが視野に入った2015年
夏以降は、新興国からの資金流出を招いた。もっとも、年明けにFRBが利上げペースの鈍化に言及し、
金利先高観が後退して以降は、新興国への投資も回復に転じている(図表9)。対外債務に関しても、
ドル高局面では、ドル建債務の圧縮を余儀なくされるケースが多く、資金調達において海外からのドル
建資金への依存度の大きい新興国の経済活動が抑制されてきた(図表10)。こうした資金面での制約を
J R Iレビュー 2016 5
(図表9)新興国向け証券投資と米2年債利回り
(億ドル)
600
新興国への資金流入
米金利低下
500
(図表10)新興国の対外債務とドル実効為替レート
(97/1=100)
130
(%)
証券投資(左目盛) 0.0
米2年債利回り
(右逆目盛)
0.2
400
0.4
300
ドル高
ドル名目実効為替レート
(対全通貨、右目盛)
110
(兆ドル)
100
4
90
0.6
200
120
3
100
0.8
0
2
1.0
▲100
▲200
2010
2011
2012
2013
2014
1.2
2015
2016
(年/月)
(資料)IIF、米FRB
(注)証券投資は3カ月移動平均値。
1
0
2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
(年/期)
新興国計(ドル建以外)
うち中国
もたらすドル高が一服するなか、新興国では、先
新興国計(ドル建)
うち中国(ドル建)
(資料)BIS、FRB
(注)ドル建て以外は分類不能も含む。
行き経済活動の円滑化が期待される。
第2に、人民元切り下げ圧力の緩和がある。実質的にドルペッグ制を採用している中国では、ドル高
は実効レートベースでの人民元高を招いており、結果的に、景気下振れ回避に向けた人民元切り下げ観
測、さらには、その他新興国通貨の連鎖的な下落観測を惹起することになる(図表11)。ドル高是正は
人民元切り下げ観測を和らげることで、国際金融市場の安定に寄与している。
第3に、ドル建資源価格の下落圧力緩和がある。これを通じて、資源国経済が下支えされている。
この結果、1990年代以降、新興国の実質成長率は、ドル高局面では低下傾向を辿る一方、ドル安局面
では高まる傾向が看取される(図表12)。
(図表11)中国人民元の対ドルレートと名目実効為替レート
(元/ドル)
8.5
人民元安
8.0
(2010年=100)
80
110
115
6.5
人民元高
120
125
対ドルレート(左目盛)
6.0
130
2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
(年/月)
(資料)中国人民銀行、BIS
7
95
105
2015年のドル変動率
(+11.8%)
8
90
100
7.0
(%)
9
85
人民元名目実効為替レート
(右目盛)
7.5
(図表12)93年以降のドル実効レートと
新興国実質成長率の関係
新
興
国
実
質
成
長
率
6
5
4
3
2
1
ドル安 ドル高
0
▲10
▲5
0
5
10
15
ドル名目実効為替レート前年比(対全通貨、1年先行)
(資料)IMF、FRB
(注)成長率は購買力平価ベース。
6 J R Iレビュー
2016
世界経済見通し
(2)ドル高を好感も世界経済を牽引できないユーロ圏・日本
こうしたドル高是正は、アメリカおよび新興国にはプラスに働く一方、日本やユーロ圏には逆風とな
る。
実際、わが国においては、2000年代に入って以降、円安ドル高が進行すると成長率が高まり、逆に、
円高ドル安が進行すると成長ペースは鈍化する傾向が看取される(図表13)。ユーロ圏でも、欧州債務
危機のあった2012年以降、実質GDP成長率はドル実効レートとほぼ連動して推移している(図表14)。
(図表14)ユーロ圏実質GDP成長率と
ドル名目実効為替レート
(図表13)わが国実質GDP成長率とドル円相場
日本実質GDP(前年比、左目盛)
ドル円相場(右目盛)
(%)
8
東日本大震災
6
消費増税
4
6
0
▲2
円安
▲8
▲8
70
▲10
60
2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
(年/期)
(資料)内閣府、日銀
90
▲4
90
80
100
0
▲2
▲6
120
110
2
100
▲6
ユーロ圏実質GDP(前期比年率、左目盛)
4
130
110
(73/3=100)
(%)
120
2
▲4
(円)
140
80
ドル高
70
両者の相関係数(12四半期)
1.0
ユーロ安・成長率上昇
0.5
0.0
▲0.5
ユーロ高・成長率上昇
▲1.0
2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
(年/期)
(資料)Eurostat, FRB
これらは、日本では人口減少等を背景に、ユー
ロ圏では、債務危機をきっかけとする緊縮財政や
(図表15)日欧とそれ以外の実質成長率と
ドル実効為替レート
金融システムの不安定化等を背景に、内需の景気
けん引力が大きく低下し、通貨安に過度に依存し
た経済構造に変質していることを示している。
この結果、アメリカ・新興国とユーロ圏・日本
では為替相場に対する反応に変化が生じている
(%)
7
6
5
4
2
圏・日本の成長率が高まる一方、アメリカ・新興
1
が好ましいユーロ圏・日本では、ドル高がネガテ
ィブに働くアメリカ・新興国とくらべ、経済規模
の面で見劣りしているほか、②ドル高により仮に
成長率が高まっても、内需が低迷するなか、経常
収支黒字が増大するだけで、世界経済のけん引役
となりえていないことから、ドル高局面よりドル
75
ドル高
85
105
115
125
0
▲1
2010
ドル安
95
3
(図表15)
。すなわち、ドル高局面では、ユーロ
国では成長率が鈍化している。ただし、①ドル高
(73/3=100)
65
2011
2012
2013
2014
2015
135
2016
(年/期)
G25実質成長率(除ユーロ圏・日本、左目盛)
ユーロ圏・日本実質成長率(左目盛)
ドル名目実効為替レート(対主要通貨、右逆目盛)
(資料)各国統計、IMF
(注1)主要25カ国・地域は、購買力平価ベースGDP上位27カ国。
うち、イランとパキスタンは統計の制約上除外。ユーロ圏
加盟国はユーロ圏としてカウント。
(注2)地域は2010年の購買力平価ベースGDPを基に按分。
(注3)グレーはドル高局面。
J R Iレビュー 2016 7
安局面の方が、世界経済全体でみれば、高いパフ
ォーマンスを実現している(図表16)。
(図表16)ユーロ圏・日本の経常収支対名目GDP比と
ドル名目実効為替レート
(97/1=100)
125
以上を踏まえ、今後の世界経済を展望するにあ
ドル名目実効為替レート(対全通貨、右目盛)
たって、ドルの行方が大きな焦点になってくる。
105
すなわち、ドル高是正(ドル安)が続けば、アメ
リカはじめ新興国が比較的高い成長を遂げ、世界
経済全体でも成長率が高まるとみられる一方、逆
にドル高が進めば、ユーロ圏や日本の成長率は高
まるものの、世界経済全体では、緩やかな減速基
調から抜け出せないという展望が描けることにな
る(ただし、ドル高を契機にユーロ圏と日本の内
需が強まり、世界の買い手に変貌すれば、この限
115
95
(%)
6
経常収支対名目GDP比
ユーロ圏
日 本
85
4
2
0
▲2
2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
(年/期)
(資料)FRB、ECB, Eurostat、内閣府、日銀
りではない)
。
4.ドル相場の行方
(1)アメリカ金融政策面からみたドル高進行余地
アメリカでは、原油安・ドル高のマイナス影響
が一巡し始めるなか、足許で回復基調が強まり始
めている。一方で、潜在成長率が1%台後半まで
低下していることから、今後2%台半ばの成長が
続けば、GDPギャップは本年末に2004年に持続
的な利上げを余儀なくされた水準まで縮小するこ
とになる(図表17)。当然、後々のインフレ高進
リスクを排除するため、FRBによる断続的な利
上げの確率も高まることになり、ドル高に作用す
る。実需面からみても、大きくドル安が進行する
ような状況ではない。従来とは異なり、個人消費
(図表17)米GDPギャップとコアインフレ率の推移
(%)
(%)
5
2.5
4
2.0
3
2
1.5
1
0
1.0
▲1
0.5
▲2
▲3
0.0
▲4
▲5
シミュレーション ▲0.5
▲6
▲7
▲8
2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017
(年/期)
GDPギャップ(左目盛)
2004年利上げ着手時のGDPギャップ(左目盛)
コア個人消費デフレーター前年比(右目盛)
(資料)CBOが算出する潜在成長率を基に日本総合研究所作成
(注)シミュレーションは、2.5%成長が続いた場合のGDPギャップ。
が力強さを欠くなか、アメリカでは輸入の増加が
みられておらず、これまでドル安に作用してきた貿易赤字はむしろ縮小傾向が続いている(図表18)。
足もとでは、FRBの利上げ先送り観測を背景にドル高是正が生じているものの、それによって景気が
勢いを取り戻せば、早晩利上げ観測が再燃し、逆にドル高圧力が強まる公算が大きいといえよう。
一方、これまでは、アメリカが世界経済のけん引役となるなかで、アメリカの景気が回復すると新興
国の景気も回復していたものの、今回は、アメリカが世界経済をけん引するだけの力強さを欠いており、
FRBの利上げは引き続き新興国経済の混乱を招く恐れがある(図表19)。FRBが新興国経済の脆弱さに
配慮すれば、大幅な利上げは回避され、結果としてドル高進行余地も限られる可能性がある。
そもそもFRBの利上げ余地自体限られており、結果として大幅なドル高が進行する事態は生じない
8 J R Iレビュー
2016
世界経済見通し
(図表19)アメリカと新興国の成長率と米FF金利
(図表18)米財サ収支とドル実効為替レートの推移
(億ドル)
(97/1=100)
130
125
実質GDP成長率(アメリカ、左目盛)
実質GDP成長率(新興国、左目盛)
米FF金利(右目盛)
0
貿易収支(右目盛)
▲100
(%)
10
アジア通貨危機
ブラジル通貨危機
120
▲200
115
▲300
110
▲400
8 メキシコ
通貨危機
6
▲500
4
▲600
2
105
100
ドル高
ドル安
95
▲700
ドル実効為替レート(対全通貨、左目盛)
90
▲800
2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
(年/月)
(資料)米商務省、FRB
(%)
16
14
12
10
8
6
0
4
▲2
2
0
1992 93 94 95 96 97 98 99 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
(年、年/月)
(資料)IMF、米FRB
(注)グレーは米利上げ局面。
▲4
と見込まれる。アメリカでは、2010年代入り以降、
リーマン・ショック後の投資抑制等を背景に、労
(図表20)米労働生産性と実質FF金利
働生産性の伸びが鈍化しており、足許では0%台
後半での一進一退が続いている(注)
。前回の景
気拡大局面では、政策金利が実質ベースで労働生
産性の伸びを上回る水準まで引き上げられた後、
(%)
6
5
4
景気が後退に陥ったことを踏まえると、政策金利
3
の最終的な引き上げ余地、並びに、ドル高進行余
2
地も限られるだろう(図表20)。
労働生産性(12四半期平均)
実質FF金利
1
0
▲1
(2)イギリスのEU離脱による影響
こうしたなか、イギリスが、6月23日の国民投
票で、EU離脱を選択したことから、国際金融市
場に大きな混乱が生じた。そこで、今回のイギリ
▲2
▲3
1994 95 96 97 98 99 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
(年/期)
(資料)米労働省、FRB
(注1)実質FF金利はコア個人消費デフレーターで実質化。
(注2)グレーは景気後退局面。
スのEU離脱がドル相場に与える影響について考
察するため、イギリスのEU離脱による世界経済への影響を整理する。
まず、イギリス経済については、EU離脱後のEUとの新たな経済協定等の枠組みがみえないなか、当
面投資や消費が手控えられ、景気後退が避けられない見通しである。こうしたなか、イギリスが大幅な
経常赤字を抱えていることから、海外投資マネーの減退などを通じて、大幅なポンド安が進行するとみ
られる(図表21)。
続いて、世界経済への影響をみると、イギリス経済の悪化は、アイルランドなどの一部近隣国には貿
易面を通じて悪影響を及ぼすとみられるものの、その他欧州諸国では輸出に占めるイギリス向けシェア
は1桁台後半にとどまっている。また、わが国のみならず、世界経済に対する影響力の大きいアメリカ
や中国でも、同シェアは1~3%台にすぎず、貿易面を通じた景気の大幅な悪化は回避されると見込ま
J R Iレビュー 2016 9
れる(図表22)
。一方、ユーロ圏では、①雇用の改善が続くなかにあっても賃金の伸びが限られている
ほか、②リーマン・ショック以降、投資が停滞し、それに伴い生産性の伸びも大きく鈍化していること
から、イギリス同様、中低所得者層を中心に反移民、反EUの声が高まりやすい状況にある(図表23、
24)
。この結果、当面は、高まる政治不安がマインド萎縮などを通じて、欧州経済を下押しするとみられ、
さらに、これに伴うECB(欧州中央銀行)の追加金融緩和期待等が、ユーロ安に作用するとみられる。
(図表21)イギリスの経常収支対名目GDP比と対ユーロ相場
経常収支名目GDP比(左目盛)
ポンドの対ユーロ相場(右逆目盛)
(%)
0
(ポンド/ユーロ)
0.4
▲1
0.5
▲2
0.6
▲3
0.7
▲4
0.8
ポンド高
▲5
0.9
ポンド安
▲6
1.0
1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
(年、年/月)
(資料)IMF、BOE
(図表22)主要国における輸出のイギリス向け比率(2014年)
アイルランド
スウェーデン
フランス
ドイツ
スペイン
ポーランド
トルコ
イタリア
スイス
中 国
アメリカ
インド
ロシア
日 本
韓 国
0
10
15
(資料)IMF
3.5
労働生産性前年比(左目盛)
総固定資本形成対GDP比(右目盛)
3.0
2.5
(%)
3
2.0
20
(%)
(図表24)ユーロ圏の労働生産性と
総固定資本形成対GDP比
(図表23)2001年以降のユーロ圏失業率と賃金の関係
一
人
当
た
り
雇
用
者
報
酬
前
年
比
︵
%
︶
5
2
1.5
1
1.0
▲1
(%)
24
22
20
18
0
▲2
0.5
0.0
▲3
7
8
9
10
11
失業率(1期先行、%)
(資料)Eurostat
(注)白抜きは直近値。
12
▲4
2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
(年/期)
(資料)ECB
(注)労働生産性は後方3四半期移動平均値。
こうした状況を踏まえ、イギリスのEU離脱が為替相場に与える影響を整理すると、金融市場におけ
るリスク回避的な行動が調達通貨である円の上昇を招く一方、経済面・政治面での影響を受けやすい英
ポンド、ユーロの一定程度の下落は避けられないとみられる。このため、アメリカでは、実効レートベ
ースでみると、ドル高に振れやすくなっており、ドル高回避に向け、FRBは利上げを少なくとも年末
まで先送りすると予想される。
10 J R Iレビュー
2016
世界経済見通し
以上のように、アメリカの金融政策のみならず、イギリスのEU離脱といった要因も加わり、為替の
行方はより複雑になっており、単純に「ユーロ圏・日本」対「アメリカ・新興国」という構図では描き
切れなくなっている。すなわち、対円では少なくとも年内はドル安傾向が続き、それがわが国には逆風
となると予想される一方、対ユーロではドル高となり、イギリスのEU離脱の影響で景気の下振れが予
想されるユーロ圏にとっては、下支えに作用することが期待される。一方、アメリカあるいは中国を含
む新興国にとっては、対円でのドル安よりも対ユーロでのドル高の方が影響は大きいため、ドル高是正
の長期化は期待し難く、経済面でもそれを梃子にした景気の底上げは期待できなくなっているといえよ
う。
(注)直近に限れば、2四半期連続で前期比年率マイナスとなっている。
5.ドル以外の変動要因
もっとも、ドル高是正が短期に終わる、あるい
(図表25)世界の原油需給バランス(IEA見通し)
需要増
OPEC供給増
非OPEC供給増
需給バランス
は、再びドル高が進行する事態となっても、ファ
ンダメンタルズの強化や政策対応により、昨年央
以降みられたような市場の混乱および経済の落ち
込みは回避されるとみられる。
まず、原油については、アメリカでのシェール
開発投資が減少するなか、これまで大幅な供給過
剰となっていた需給バランスが早晩均衡に向かう
公算が大きくなっている。中国での大幅な景気失
速等による需要面での大幅な下振れが回避されれ
ば、仮にドル高が進行しても、年初にみられたよ
うな原油価格の大幅な下落は回避されると見込ま
(百万バレル/日)
6
5
4
3
2
1
0
▲1
▲2
▲3
供給超過
▲4
▲5
2014
2015
OPEC加盟国の産油量
見通しは、現行水準か
ら横ばいと仮定。
見通し
2016
2017
(年/期)
(資料)IEAを基に日本総合研究所作成
(注1)見通しは、OPECによる世界の原油需要、非OPEC加盟国
の原油生産量見通しをベースとし、OPEC加盟国の生産量
が3,278万バレル(2016年4∼6月実績)で推移すると想定。
(注2)供給増、需要増は2014年1∼3月期対比。
れ、産油国・資源輸出国の下支えに作用するだろ
う(図表25)
。
また、アメリカにおいても、ドル高是正が製造
業の景況感改善につながったものの、昨年来の生
産抑制を受け、製造業の在庫調整はおおむね一巡
している(図表26)。大幅なドル高が回避されれ
ば、循環的にみて、景況感の改善並びに生産の持
ち直しが続くとみてよいだろう。
加えて、各国が総じて財政姿勢を緩和している。
2016年において、先進国では、イギリスやスペイ
ン等一部の国を除き、軒並み前年よりも財政拡張
的なスタンスに転じている。新興国においても、
(図表26)アメリカ製造業在庫循環図
15
在庫積み上がり
2011/3
10
製
造
業
在
5
庫
︵
前
年
0
比
、
%
︶ ▲5
在庫調整
2014/11
在庫積み増し
2010/1
生産回復
▲10
▲10
▲5
0
5
10
製造業出荷(前年比、%)
15
(資料)米商務省
(注)白抜きは直近値。
J R Iレビュー 2016 11
昨年大幅に財政を拡張したブラジルやアルゼンチン等では、その反動を余儀なくされているものの、前
年に引き続き拡張的なスタンスを維持する、あるいは、緊縮から拡張的なスタンスに転じる国が多い。
先進国・新興国ともに、財政が景気を下支えすると見込まれる(図表27)。
(図表27)主要25カ国の財政スタンス
(%)
1.0
<先進国>
2016年
2015年
積極財政
0.5
(%)
2.5
<新興国>
2016年
2015年
2.0
積極財政
1.5
1.0
0.0
0.5
▲0.5
0.0
▲1.0
▲1.5
▲0.5
緊縮財政
▲1.0
▲1.5
カ
ナ
ダ
ド
イ
ツ
ス
ペ
イ
ン
オ
ラ
ン
ダ
イ
タ
リ
ア
オ
ー
ス
ト
ラ
リ
ア
フ
ラ
ン
ス
ア
メ
リ
カ
イ
ギ
リ
ス
日
本
緊縮財政
▲2.0
▲2.5
ア ロ 中 ブ マ 韓 イ 南 イ ポ 台 ト
ル シ ラ レ ン ア ン ー ル
ゼ ア 国 ジ ー 国 ド フ ド ラ 湾 コ
ン
ル シ
ネ リ
ン
チ
ア
シ カ
ド
ン
ア
メ
キ
シ
コ
エ タ
ジ イ
プ
ト
(資料)IMF
(注1)GDP(購買力平価ベース)上位29カ国。うち、イラン、サウジアラビア、ナイジェリア、パキスタンは統計の制約上除外。
(注2)財政スタンスは、構造的財政収支対名目GDP比の前年差。
6.2016~2017年の世界経済見通し
以上を踏まえ、世界経済の先行きを展望する
と、まず先進国については、アメリカではこれ
(図表28)世界の実質GDP成長率見通し
(暦年、%)
まで足かせとなってきた原油安・ドル高のマイ
ナス影響が減衰するなか、景気持ち直し傾向が
明確化すると見込まれる。もっとも、所得の伸
び悩みにより消費の力強い拡大は期待しにくく、
2017年には2%台前半の成長ペースにとどまる
見込みである。一方、ユーロ圏では、ユーロ安
が下支えに作用するものの、イギリスのEU離
脱に伴うマインド悪化等を背景に、1%前後ま
で小幅減速するほか、当面円安による景気押し
上げが期待できなくなった日本も引き続き0%
台の低成長が続くとみられ、先進国全体では、
2016年、2017年ともに+1%台半ばの低成長に
とどまる見通しである。
一方、新興国では、財政支出拡大等が景気下
支えに作用するものの、中国経済の緩やかな減
12 J R Iレビュー
2016
世界計
先進国
アメリカ
ユーロ圏
日 本
新興国
BRICs
中 国
インド
NIEs
韓 国
台 湾
香 港
ASEAN5
インドネシア
タ イ
マレーシア
フィリピン
ベトナム
2014年
2015年
2016年
2017年
(実績) (実績) (予測) (予測)
3.4
3.1
3.0
3.4
1.7
1.9
1.5
1.6
2.4
2.4
1.8
2.3
0.9
1.6
1.3
1.0
▲0.0
0.5
0.3
0.6
4.5
3.8
3.9
4.5
5.8
4.8
5.0
5.6
7.3
6.9
6.6
6.5
7.2
7.3
7.6
7.7
3.4
2.0
1.9
2.3
3.3
2.6
2.5
2.6
3.9
0.6
1.1
1.9
2.7
2.4
1.5
1.9
4.6
4.8
4.9
5.0
5.0
4.8
5.1
5.2
0.8
2.8
3.0
3.1
6.0
5.0
4.2
4.4
6.2
5.9
6.5
6.4
6.0
6.7
6.1
6.2
(資料)各国統計、IMF統計等を基に日本総合研究所作成
(注1)「世界」191カ国。「先進国」は、IMFの分類から「NIEs」
を除く。具体的には、アメリカ・日本・ユーロ圏(19カ国)
のほか、イギリス・オーストラリア・カナダなど35カ国。
「先進国」以外を「新興国」とした。
(注2)地域は購買力平価ベース。
(注3)インドは支出サイド。年度(当年4月〜翌年3月)。
世界経済見通し
速持続、それに伴う中国向け輸出の伸び悩みなどを背景に、2016年には引き続き+4%を下回る成長に
とどまる見通しである。一方、足許で資源価格が下げ止まり、持ち直しに転じるなか、2017年には、資
源価格下落の悪影響一巡により資源国を中心に景気は持ち直すと見込まれる。もっとも、ドル安持続が
期待できないなか、資源価格および資源国経済の上昇余地も限られるとみられ、新興国全体では成長率
は2014年並みの+4%台半ばにとどまる見込みである。
この結果、世界の実質GDP成長率は、2016年に「景気後退の瀬戸際」といえる+3.0%まで低下した後、
2017年には持ち直すとみられるものの、+3.4%と過去の景気拡大期の平均(4%前後)対比緩やかな
ペースにとどまる見通しである(図表28、29、30)。
(図表30)景気回復局面毎の先進国・新興国の
パフォーマンス
(図表29)世界実質GDP成長率見通し
(%)
10
(%)
8
先進国(アジアNIEs除く)
新興国
世 界
予測
8
84∼90年
94∼2000年
2003∼2008年
2010∼2015年
7
6
6
5
4
4
2
3
2
0
1
▲2
▲4
0
2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018
(年)
(資料)各国統計、IMF統計等を基に日本総合研究所作成
世 界
先進国
新興国
(資料)IMF
(注1)実質成長率は購買力平価ベース。
(注2)世界計で2年連続3%未満、あるいは、マイナス成長と
なった局面を景気後退局面としている。
7.リスク要因
こうした見通しに対する最大のリスクは、米欧での政治的な混乱である。イギリスのEU離脱を契機
に、ユーロ圏各国で反EU、反移民を掲げる政党が伸長し、「離脱ドミノ」への懸念が高まれば、ユーロ
安に拍車が掛かり、ドル高・元切り下げ観測の高
まりを通じて、世界的に景気の先行き不透明感が
強まる恐れがある。また、イギリスのEU離脱決
定を受けた市場の混乱が、欧州金融機関の頑健性
(図表31)欧州各国銀行の企業向け融資における
不良債権比率
(%)
20
に対する疑念を改めて惹起している現状を踏まえ
16
ると、これまでの低成長もあり不良債権処理が大
14
幅に遅れているイタリアはじめ南欧諸国を中心に、
金融システム不安が増大する恐れがある(図表
31)
。今後の各国政府・中銀、ECBの対応を注視
12
10
8
6
4
する必要があるだろう。
2
一方、アメリカでも、今回の景気回復局面で所
0
2008
得が増えているのは高所得者層に限定されており、
スペイン
イタリア
ポルトガル
フランス
18
2009
2010
(資料)各国中央銀行
2011
2012
2013
2014
2015
2016
(年/期)
J R Iレビュー 2016 13
トランプ氏の共和党大統領候補指名獲得・民主党でのサンダース氏の健闘に象徴されるように、「二極
化」に対する不満が鬱積している(図表32)。こうした状況下、11月の大統領選挙に向け、とりわけ共
和党で、大衆迎合的・保護主義的な政策が打ち出される可能性があり、警戒が必要だろう。ちなみに、
貿易比率と一人当たりGDPの伸び率を見ると、貿易取引が停滞し、貿易比率が低下ないしは伸び悩む
局面では、一人当たりGDPは高所得国よりも中低所得国で伸び鈍化が顕著になっており、全体でも伸
びが鈍化する傾向が看取される(図表33)
。アメリカはじめ世界で保護主義圧力が強まれば、世界的に
成長は鈍化し、とりわけ新興国には強い逆風となるだろう。
(図表32)アメリカの所得階層別名目家計所得の伸び率
(%)
2003→2007年
4.0
(図表33)貿易比率と一人当たりGDP成長率
(%)
60
2010→2014年
(%)
8
7
3.5
50
3.0
40
2.5
30
2.0
20
1.5
10
1.0
0
1
0.5
▲10
0
0.0
<下位>
∼19%
20∼
39%
40∼
59%
60∼
79%
<上位>
80%∼
▲20
1970
(資料)U.S. Census Bureau
(注)各所得階層ごとの家計所得平均値の年平均伸び率を図示。
また、中国経済のハードランディングリスクも
貿易比率(左目盛)
6
5
4
一人当たりGDP成長率(右目盛)
3
2
75
80
世 界
85
90
95
高所得国
▲1
2000 2005 2010 2015
(年)
中低所得国
(資料)World Bank
(注1)貿易比率は貿易額対名目GDP比。
(注2)一人当たりGDP成長率は、世界が期間中の平均。高所得
国、中低所得国が5年平均。
(注3)グレーは貿易比率低下乃至は横這い局面。
引き続き払拭できない状況にある。中国では、投
資は抑制され始めているものの、業績悪化や投機
的な行動等を背景に、非金融企業の債務は引き続
き増大している。中国銀行監督管理委員会は、不
良債権比率は未だ1%台と公表しているものの、
(図表34)中国の非金融企業債務対名目GDP比と
不良債権比率
(%)
170
非金融企業債務対名目GDP比(左目盛) (%)
不良債権比率(右目盛)
9
160
8
成長鈍化が続くなか、実質的な不良債権あるいは
150
7
潜在的な不良債権は大幅に増大している公算が大
140
きい(図表34)。債務の肥大化をこのまま放置す
130
れば、いずれ金融危機につながる恐れがあるほか、
金融危機回避に向け、公的資金を投入する事態と
なった場合でも、財政負担が増大することにより、
景気下支え余力が低下するのは避けられなくなる
6
5
4
120
3
110
2
100
1
90
0
2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
(年/期)
(資料)BIS、中国国家統計局、中国銀行監督管理委員会
(注)企業債務GDP比は原数値の4四半期移動平均値。
だろう。
(2016. 7. 14)
14 J R Iレビュー
2016