那覇空港滑走路増設事業における サンゴの保全について

那覇空港滑走路増設事業における
サンゴの保全について
大城 直1・上地 杏奈1
1沖縄総合事務局
開発建設部 空港整備課 (〒900-0006 沖縄県那覇市おもろまち2-1-1)
那覇空港滑走路増設事業実施海域の改変区域に生息するサンゴについて,無性生殖法により移植・
移築を行う他,有性生殖法を補完的に実施しており,サンゴの保全に取り組んでいる.無性生殖法に
ついては,サンゴの産卵が確認されたことから移植事業が那覇空港周辺海域のサンゴ群集の維持に寄
与していることが期待される.また,有性生殖法に係る移植試験については,サンゴ幼生を効率的・
安定的に採苗することが望ましいが,那覇空港周辺海域はサンゴ幼生の加入状況には年変動があるこ
とが明らかになった.
キーワード サンゴ移植,有性生殖移植,移植サンゴの産卵
1. はじめに
本事業により消失するサンゴに関しては平成25,26
年度に無性生殖法による移植・移築を行った.また補
那覇空港滑走路増設事業(以降,本事業)は,平成
26年2月25日に工事着手し,平成28年7月現在,護岸工事
完的に有性生殖法により試験的にサンゴ幼生を着床さ
及び埋立工事を鋭意進めている.本事業は空港の沖合
している.
に約160haの埋立地を造成し,既存の滑走路から1310m
離して整備される.(図-1)
せて育生し,実海域へ移植をする有性生殖移植も実施
本稿では,これまでの移植によるサンゴ保全の取り
組みの結果と今後の課題について報告する.
本事業により改変される海域には,保全しなければ
ならない海域生物が多数あり,その中にはサンゴも含
まれている.本事業を実施するにあたり,環境影響評
2. 無性生殖法によるサンゴ移植
価法に基づき実施した「那覇空港滑走路増設事業に係
る環境影響評価書」の中で,サンゴ類は移植により保
全を図ることと位置づけている.
サンゴ移植法には大きく分けて2種類の方法がある.
(1) 移植の実施
本事業により消失するサンゴ類を可能な限り改変区
域外へ移植するという方針のもと,平成25,26年度に
天然海域からサンゴ群体や断片を利用する「無性生殖
表-1に示すように大規模な代替措置を講じた.
法」と,卵や幼生を利用する「有性生殖法」である.
移植・移築するサンゴの選定基準は,原則的に被度
10%以上のエリアに生息するサンゴ類を移植対象とし,
成長に時間を要する直径1m以上の大型ハマサンゴ類を
移築対象とした.
表-1 無性生殖法による移植実績
図-1 事業概要
移植元と移植先の概略位置を図-2に示す.移植先につ
いては,サンゴ群集の分布特性やサンゴ類の詳細な生
息状況及び食害生物,病気等を把握した上で選定した.
図-4 移植サンゴの産卵状況(平成28年6月11日)
3.有性生殖法に係る移植試験
有性生殖法とは,サンゴの産卵に合わせて海域に着
床具を設置し,サンゴの卵を着床具に着床させた後,
図-2 移植元と移植先の概略位置
海域の中間育成場にて着床具のまま1~2年成育させて
海底に移植する方法である.(図-5)
(2)
移植サンゴ産卵確認調査
平成27年12月,沖縄科学技術大学院大学(OIST)
マリンゲノミックスユニットの新里宙也研究員らによ
り,沖縄周辺海域では海流による幼生の供給はあまり
みられないとする研究結果が発表された.琉球列島各
地で採集したサンゴのゲノム(遺伝情報)を解読した
結果,従来考えられていたよりもサンゴは広く分散し
ておらず,沖縄周辺では海域ごとのサンゴ保護が求め
図-5 有性生殖法による移植の流れ
られることが示唆された.
この研究結果を受け,本事業により移植したサンゴ
(1) 着床具の設置
について産卵していることが確認されれば,移植事業
有性生殖法では,着床具にサンゴの卵や幼生がまと
が空港周辺海域におけるサンゴ群集の維持に寄与して
まって着床することが重要である.サンゴの幼生が着
いることにつながり,このことについても確認する必
床する可能性が高く,着床具の設置場所に適した地点
要があると考えられた.そのため,移植サンゴの産卵
を選定するため,平成26年度に稚サンゴの加入状況等
確認調査を実施した.
を調査した.
調査対象は一斉産卵を行うミドリイシ属とし,2点5
調査地点を図-6に示す.空港周辺海域における比較的
カ所に定点カメラを設置し、インターバル撮影(10分
高被度のサンゴ群集は,潮通しがよく,波高が高い礁
間隔)を行った.(図-3)調査期間はミドリイシ属が産
縁部に分布していたため,これらの条件にあてはまる
St.1~St.8を調査地点として選定した.
卵すると想定される5~6月の1ヶ月間とした.
調査の結果,5月28日と6月11日の深夜にミドリイシ
属のサンゴの産卵を確認した.(図-4)
図-3 定点カメラの設置状況
図-6 稚サンゴ加入状況調査地点
調査結果を図-7に示す.8地点のうち,空港周辺海域
ミドリイシ属
ハナヤサイサンゴ科
1mm
1mm
の主な構成種であるミドリイシ属の稚サンゴが多く確
認されたのは,St.2,4,5,7の浅所と,St.1,2,7の深
所であった.また,空港周辺海域で局所的に高被度群
集を形成するアオサンゴ属の稚サンゴが多く確認され
たのはSt.4,5の深所であった.
ハマサンゴ属
この結果をもとに,図-6の赤枠で示す5地点に平成26
図-10 着床が確認されたサンゴ類の例
年度は6,480個,平成27年度は4,860個の着床具を設置し
た.(図-8,図-9)
平成26年度に設置した6,480個のうち,各地点から合
計1,620個の着床具を抽出し,サンプリング調査をした.
1mm
サンゴの着床が確認された着床具は1,620個中169個で,
合計191群体の着床が確認された.全体採苗率は10%で
あった.地点別にみると,最小採苗率はSt.1深所で3%,
最大採苗率はSt.2浅所で20%であった.一方,平成27年
度に設置した4,860個の着床具については,各地点から
合計1,620個を抽出し,うち364個,合計483群体のサン
ゴの着床が確認された.全体採苗率は22%であった.
地点別にみると,最小採苗率はSt.5浅所の11%,最大採
苗率はSt.7浅所の41%であった.
図-7 稚サンゴ加入状況調査の結果
サンプリング結果の比較より,平成27年度は全ての
地点で着床群体数,採苗率ともに平成26年度を上回っ
ていた.着床したサンゴの種類をみると,平成27年度
のミドリイシ属の着床群体数が平成26年度に比べ増加
していたが,その他の種類の着床群体数に大きな変化
は見られなかった.よって,ミドリイシ属の着床数の
増加が27年度における着床群体数と採苗率の増加につ
ながったと考えられる.
図-8 (左):着床具(セラミック製),(右):着床
ケース(1ケース120個)
表-2 サンプリング調査結果概要
地点
図-9 着床具設置状況
St.1 深所
浅所
St.2
深所
浅所
St.4
深所
浅所
St.5
深所
浅所
St.7
深所
全体
着床具数
H26
H27
180
180
180
180
180
180
180
180
180
1620
180
180
180
180
180
180
180
180
180
1620
着床群体数
H26
H27
8
40
36
16
16
16
21
22
16
191
71
47
69
36
43
20
29
115
53
483
採苗数
H26
H27
6
36
31
15
14
16
16
21
14
169
採苗率
H26
H27
57
44
51
25
38
19
21
73
36
364
3
20
17
8
8
9
9
12
8
10
32
24
28
14
21
11
12
41
20
22
(2) サンプリング調査
サンゴの産卵を確認後,サンゴ幼生の着床状況を把
握するため,設置した着床具の一部を抽出し,着床し
たサンゴの種類や群体数等を確認するサンプリング調
査を実施した.(図-10)
採苗数(サンゴが着いた着床具の数)
(採苗数/抽出着床具数)×100 = 採苗率(%)
着床群体数(着床したサンゴの数)
(着床群体数/抽出着床具数)=平均着床群体数
平成26年度と27年度に設置した着床具についてのサ
ンプリング調査の結果を表-2に示す.
図-11 採苗数と着床群体数の考え方
ミドリイシ属の着床数の増加については,ミドリイ
平成27年度以降に設置した着床具についても,現在
シ属は一斉産卵する種類であり,産卵期の気象海象条
中間育成場にて成育状況を調査しており,表-3に示すよ
件が着床状況に大きく影響していると考え,産卵期の
うに随時移植を行う計画としている.
風向きを比較した.図-12に示すように,平成26年度の
産卵期の風向きはばらつきがみられたのに対し,平成
27年度の産卵期は南西寄りの風向きで安定していた.
風向きの結果より,平成27年度は空港周辺海域の南
に位置する被度30~50%のミドリイシ属のサンゴ群集
がサンゴ幼生の供給源になっていた可能性が高く,採
苗率,着床群体数の良好な結果につながったと考えら
れる.
図-14 有性生殖法により海底に移植したサンゴ
したがって,空港周辺海域においては,産卵期の風
向きが南寄りで安定すると,その年のサンゴの着床状
況は良好になると考えられる.
表-3 有性生殖法の移植計画
調査年次
項目
平成26年度設置
平成26年5月30日~6月15日
北北西
北北東
20%
北西
北北西
北東
15%
東北東
北東
東
平成28年度設置
東
東南東
サンプリング
海域採苗(着床具の設置)
平成29年度設置
西南西
中間育成
有性生殖移植(実海域への移植)
0%
西
サンプリング
有性生殖移植(実海域への移植)
東北東
10%
0%
中間育成
海域採苗(着床具の設置)
20%
西北西
5%
西
平成27年度設置
30%
10%
西北西
北北東
40%
北西
サンプリング
海域採苗(着床具の設置)
北
50%
中間育成
有性生殖移植(実海域への移植)
平成27年5月31日~6月4日、6月20~26日
北
25%
H26
H27
H28
H29
H30
H31
春 夏 秋 冬 春 夏 秋 冬 春 夏 秋 冬 春 夏 秋 冬 春 夏 秋 冬 春 夏
海域採苗(着床具の設置)
西南西
東南東
中間育成
サンプリング
有性生殖移植(実海域への移植)
注)■は調査完了を示す。
南西
南東
南南西
南南東
南西
南東
南南西
南
南南東
南
図-12 空港周辺海域のミドリイシ属の産卵期の風配図
(右:平成26年度,左:平成27年度)
(3) サンゴの中間育成
サンプリング調査に用いた着床具以外については,
図-6の黄色枠で示す中間育成場へ移設し,海底に移植可
能となるまで成育する。移設した着床具は図-13に示す
ように,パイプを組み立てた育成枠に取り付け、成育
状況を確認するために冬季と夏季にサンプリング調査
を実施する.
中間育成場は地理的に波浪の影響を受けにくいと想
定される場所を選定した.
4.まとめと今後の課題
無性生殖法により移植したサンゴについては,産卵
が確認でき,空港周辺海域への幼生の供給とサンゴの
再生産,サンゴ礁生態系の回復に寄与することが今後
期待される.引き続き,モニタリング調査を行い,知
見の集積に努めることとする.
有性生殖法については,当初那覇空港沖は効率的,
安定的にサンゴ幼生を採苗することが難しい海域であ
ると推察された.しかし,これまでの調査結果より,
サンゴ幼生の加入状況については年変動が大きいこと
が明らかになったため,今後はこれを踏まえて効率的,
安定的にサンゴ幼生を採苗できるような着床具設置の
検討等が必要である.また,平成28年度から有性生殖
法によって成育したサンゴの海底移植を行っている.
サンゴ保全へ向けて有性生殖移植が空港周辺海域にお
いてどの程度寄与できるかについても調査,検討を進
めていくこととする.
図-13 中間育成場状況
(4) 成育サンゴの移植計画
平成26年度に設置した着床具については,サンゴ幼
生の着床から1年半以上が経過して成育が確認された
149個を平成28年6月に海底に移植した.(図-14)