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金融テーマ解説
Financial Market Update
2016/07/26
チーフ・アナリスト
大槻 奈那
日銀金融政策決定会合プレビュー:効果と副作用の整理
今週7/28-29の金融政策決定会合を控え、市場では経済対策と金融緩和策の全力投下への期待が高
い。しかし我々は、今回の決定会合では、追加緩和は、資産購入対象の拡充とETF購入枠拡大等、
やや規模の小さいものに留まるとみている(図表1)。
足元で消費者物価指数は、日銀の「基調的なインフレ率を捕捉するための指標」は鈍化し(図表2)、
一橋大学の週次データ等即時性のあるデータでは既にマイナス基調となっている(図表3)。今回
は財政政策も同時並行で進んでいるため、財政支出の副作用(理論的には円高)をオフセットす
る必要もある。これらのことから、今回の金融政策では“ゼロ回答”はないものの、手段の温存
や、副作用の大きさから、ごく限定的な政策に留まるとみている。
図表1:金融緩和策の選択肢
緩和あり
/
日
銀
金
7 融
政
28 策
29 決
定
会
合
可能性
資産購入
枠・対象拡大
中
ETF等購入枠
拡大
中
利下げ+マイ
ナス金利での
資金供給
小
景気・物
価への影
響度
政策の余
力(取り
やすさ)
銀行利益
への影響
度
△
△
△
△
一時的には資
産効果
△
中長期的に継
続すれば市場
を割高に
△
○
△
×
短プラも引き下
げで地銀ピンチ
-
長期国債の
直接引受
(ヘリマネ)
△→×
極小
長期的な財政
規律への不安
×~△
緩和なし
小
財政政策の
悪影響が緩
和できず
×
△
開始すると止
められない「不
可逆性」
銀行経由せず
マネーサプライ
拡大が可能
○
今後に余力残
す
(出所)各種資料よりマネックス証券作成
-1Copyright (C) 2016 Monex, Inc. All rights reserved.
△
Financial Market Update
図表3:SRI 一橋大学 週次消費者購買単価指数(総合除くタバコ)
図表2:日銀・基調的なインフレ率
(%)
1.5
1.0
総合除く生鮮食
0.06
品・エネルギー,
0.05
0.8% (5月)
0.04
0.03
0.5
前年比%
7/4, -0.32%
0.02
10%刈込,
0.01
0.2% (5月)
0.0
0.00
(0.01)
-0.5
(0.02)
(0.03)
-1.0
2012
2013
2014
(出所)日本銀行データよりマネックス証券作成
2015
1/15/2007
5/21/2007
9/24/2007
1/28/2008
6/2/2008
10/6/2008
2/9/2009
6/15/2009
10/19/2009
2/22/2010
6/28/2010
11/1/2010
3/7/2011
7/11/2011
11/14/2011
3/19/2012
7/23/2012
11/26/2012
4/1/2013
8/5/2013
12/9/2013
4/14/2014
8/18/2014
12/22/2014
4/27/2015
8/31/2015
1/4/2016
5/9/2016
-1.5
2011
(0.04)
2016
(出所)SRI 一橋大学消費者購買指数よりマネックス証券作成
特に、市場の期待も大きいマイナス金利の深掘りについては、後述の通り、まだ効果がみえず、
副作用も大きいため可能性は低いとみる。そもそもこの手法が市場で期待されている大きな理由
は、手段として取り得る“余地”が大きいことである。しかし、その効果が不透明なのに“やり
やすいのでやる”、というのはやや無理筋にも思える。今後、米国の大統領選、欧州の金融リス
ク等海外市場の不透明要因に備え、数少ないカードを温存するという意味でも、マイナス金利の
深掘りは次回以降に含みを持たせる程度となる可能性が高いと考える。
マイナス金利影響の現状と、その深掘りのリスク
今のところ、マイナス金利導入後、貸出ボリュームへのプラス効果等は殆どみられない。どころ
か、むしろ、マイナス金利導入後は伸びが鈍化している印象である(図表4、5)。これに呼応し
て、マネーストックの伸びも、マイナス金利導入後はやや伸びが鈍化している(図表6)。
図表4:銀行貸出残高の伸び(前年同月比)
6.0%
全国銀行,
2.3%
4.0%
2.0%
0.0%
うち、都市銀行,
0.3%
-2.0%
-4.0%
-6.0%
-8.0%
01/12
02/8
03/4
03/12
04/8
05/4
05/12
06/8
07/4
07/12
08/8
09/4
09/12
10/8
11/4
11/12
12/8
13/4
13/12
14/8
15/4
15/12
-10.0%
(出所)全国銀行協会データより、マネックス証券作成
-2Copyright (C) 2016 Monex, Inc. All rights reserved.
Financial Market Update
490
16/3
16/5
470
16/2
マネーストック (兆円)
貸出金残高
(兆円)
16/3
16/5
図表6:長期金利 vs マネーストック(M3)
兆円
図表5:長期金利 vs 貸出残高
16/4 15/12
16/1
450
15/12
1,300
1,250
1,200
430
16/2
16/4
1,150
410
1,100
390
1,050
370
10年国債利回り
-0.50
0.00
0.50
1.00
1.50
2.00
350
2.50
(出所)日銀、ブルームバーグデータよりマネックス証券作成
10年国債利回り
-0.50
0.00
0.50
1.00
1.50
1,000
2.50
2.00
(出所)日銀、ブルームバーグデータよりマネックス証券作成
また、センチメントに対してのマイナス影響も払拭できていない。弊社の金融政策決定会合に関
する事前アンケート(7/22~25実施、個人投資家298名が回答)でも、マイナス金利深掘りを予想
する声は少なく(図表7)、また、もしマイナス金利が深掘りされた場合、投資意欲は「減退する
と思う」という回答が前回6月調査から増加する一方、「高まると思う」という回答が大きく減少
している(図表8)。
図表7:今回7月に追加緩和があった場合に、予想される手段は何だと思い
ますか(複数選択可)
0%
20%
40%
60%
ETF・JREITの増額
80%
2016年
71%
国債買い入れ増額
7月
44%
国債の直接引き受け
2016年
6月
22%
2016年
マイナス金利幅の拡大
その他
図表8:マイナス金利幅拡大が決定された場合、あなたの投資意欲はどのように
変化すると思いますか
21%
4月
5%
13.1%
61.7%
19.7%
20.7%
61.4%
20%
高まると思う
(出所)マネックス証券作成
59.6%
15.2%
0%
25.2%
40%
変わらない
(出所)マネックス証券作成
-3Copyright (C) 2016 Monex, Inc. All rights reserved.
23.4%
60%
80%
減退すると思う
100%
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銀行への副作用:マイナス金利深掘りは、導入時を大きく超える打撃
更に日銀当座預金金利のマイナス幅が拡大した場合、銀行へのデメリットは、マイナス金利導入
時よりはるかに大きい。今回金利が引き下げられても、もう前回のような預金金利の引き下げ余
地は殆どない。従って、貸出利回りの低下は銀行の収益をもろにヒットする。
また、企業向け貸出の基準金利であるTiborだけでなく、これまでほぼ無傷だった短期プライムレ
ートも引き下げられる可能性が高い。短期プライムレートは中小企業向け貸出や住宅ローンの基
準金利になっており、地銀では、貸出全体の約半分の金利がプライムレート(大半が短期プライ
ム)に連動している。
これらによって、大手行の場合、当期利益が更に5.9%程度低下する可能性がある(図表9)。問題
は地銀であるが、仮に短期プライムレートを20bp引き下げざるを得なくなった場合、利益は2割も
下落する可能性があるだろう。
こうした背景から、銀行収益への悪影響を緩和するため、日銀の資金供給枠の適用金利をマイナ
ス金利に引き下げて恩恵を与えるという可能性がある。しかしそれでも、図表10の通り、マイナ
ス影響は相殺しきれない。マイナスでの資金供給の銀行利益に対する効果はせいぜい1.5~3ポイン
ト程度となるだろう。しかもここには、マイナスで資金供給した場合に想定される副次的マイナ
ス影響、例えば、企業が銀行に対する貸出金利の引き下げ要求を行うという懸念などは織り込ま
れていない。
-4Copyright (C) 2016 Monex, Inc. All rights reserved.
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図表9:マイナス金利深掘り時の大手行と地域銀行への影響度
(a)
億円
【仮定】
日銀当座預金金利(マイナス金利適用部分)
(現状比-0.2%)
大手行
地域銀行
-0.30%
-0.30%
(b)
短期市場金利 (Tibor等)の下落幅(現状との比較)(*)
-0.10%
(c)
プライム金利の下落幅(現状との比較)
-0.20%
(d)
短期市場連動貸出(Tibor等)の割合
プライム金利連動貸出の割合
その他
(e)
(f)
(f)'
(f)''
(g)
(h)
(i)
(j)
(k)
(l)
合計
50%
30%
20%
25%
50%
25%
【試算:日銀当座預金のマイナス幅0.2%ポイント拡大の場合】
貸出(16/6月平残実績)
2,043,332
うち、短期市場連動貸出
1,021,666
うち、プライム金利連動貸出
613,000
2,281,815
570,454
1,140,908
4,325,147
1,592,120
1,753,907
貸出金利息縮小幅試算
うち、短期市場連動貸出部分…(b)x(f)'
うち、プライム金利連動貸出部分… (c)x(f)''
-2,248
-1,022
-1,226
-2,852
-570
-2,282
-5,100
-1,592
-3,508
16/3期当期利益(実績)
17/3期当期利益予想 (**)
30,490
25,750
11,330
9,630
41,820
35,380
貸出金利息縮小幅<税引後>÷当期利益予
想...(g)x0.68÷(h)
-5.9%
-20.1%
-9.8%
【試算2: マイナス金利幅0.2%拡大+貸出資金供給にマイナス0.3%適用の場合】
日銀の資金供給利用残高(成長基盤強化+貸出増加支
181,947
131,411
援)
マイナス金利受け取り額 ((a)x(j))
546
394
金利引き下げ+マイナス金利資金供給の合算利益影響額
-1,702
-2,458
(g)+(k)
更なる利下げとマイナス金利での資金供給合算の利益影響
-4.5%
-17.4%
度<税引後>÷17/3期当期利益予想...(l)x0.68÷(h)
313,358
940
-4,160
-8.0%
(出所)日本銀行、各行データよりマネックス証券試算、作成
(*) 既に、3か月物で0.06%, 6か月物で0.11%まで下落しているため下げ幅はそれほど大きくならないと想定。
(**) 大手行は連結会社予想。地銀は単体。地銀の17/3期予想は、16/3期実績x主要地銀の会社予想
減益幅概算の0.85を掛けた。17/3期の実効税率は32%で計算
(出所)日銀データ、会社資料より、マネックス証券作成
-5Copyright (C) 2016 Monex, Inc. All rights reserved.
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図表10:更なる利下げ影響度(マイナス金利幅拡大+銀行に対するマイナス金利での資金供給)
-25.0%
更なる利下げ(日銀当預-0.3%)
-20.1%
-20.0%
-17.4%
更なる利下げ+マイナス金利での資金供
給
-15.0%
-9.8%
-10.0%
-8.0%
-5.9%
-4.5%
-5.0%
大手行
地域銀行
合計
0.0%
(出所)日本銀行、各行データよりマネックス証券試算、作成。別掲試算結果部分のサマリー。
(*) 大手行は連結会社予想。預貸業務への影響に限定。地銀は単体。
地銀の17/3期予想は、16/3期実績x主要地銀の会社予想減益幅概算の0.85を掛けた。17/3期の実効税率は32%で計算
このシナリオでは、銀行としても、いよいよ一般企業にまで預金口座管理手数料の導入を検討せ
ざるを得ないだろう。そうなれば企業のセンチメントを更に冷やしかねない。
マイナス金利の唯一の顕著な効能としては、企業の調達の長期化が挙げられる。図表11の通り、
マイナス金利導入後の5か月で、期間20年以上の超長期債の発行額は4,020億円と久々の勢いとなっ
ている。しかしこうした長期資金も、優良企業における銀行の取引関係を長期に固定することに
なることから、新たなメイン行争いの場として金利競争に浸食される可能性が高いだろう。
図表1 1 : 超長期債の発行実績( 各年 2 / 1 6 ~7 / 1 5 )
4500
(億円)
4020
4000
3500
2750
3000
2500
2174
2000
1718
1500
1000
650
600
300
500
146.4
337
0
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
(出所)ブルームバーグデータよりマネックス証券作成
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2016
Financial Market Update
とりうる選択肢:資産購入枠拡充:効果は大きくなくても、ゼロ回答よりはベター
量的緩和の拡充については、買入対象資産範囲の拡大(例えば、買入対象社債の年限を3年から10
年に長期化、買入対象に例えば地方債、各種政府機関債を加えるなど)を行い、その分購入目標
も若干拡大する(例えば現在の年80兆円増加から100兆円まで引き上げる)などの政策が考えられ
る。
一般に資産購入枠拡大は限界であるとする根拠として、国債の売り手が減少していることが挙げ
られる。実際、銀行の残高保有額は昨年末に13年ぶりに10%を切り、絶対額も100兆円を切ってい
る(図表12)。ただ、比率ほどには絶対額は減少しておらず、更に、担保として使われるとされ
る外貨調達についても預金の増加や(図表13)、外債の発行も進んでいるため、まだ多少は国債
売却の余地はあるだろう。
更に、買入対象を、欧州のような地銀や政府機関債等国債以外の債券に広げれば、(大きくはない
ものの) 十兆円余の買入枠拡大の余地は残されているだろう。
図表12:邦銀の保有国債の残高および総資産に対する比率
図表13:(参考)邦銀の外貨預金残高
160
25%
国債残高(左軸)
総資産に対する比率(右軸)
兆円
(兆円)
180
22
20%
140
20
120
15%
100
80
18
16
10%
60
14
40
5%
12
20
0
1984
24
10
2000
0%
1988
1992
1996
(出所)日銀データよりマネックス証券作成
2000
2004
2003
2006
2009
2012
2015
(出所)日銀データよりマネックス証券作成
なお、超長期債や永久債の発行と日銀によるその直接引受け(いわゆるヘリコプター・マネー)
が行われる可能性は極めて低いだろう。この政策は、国の信用力に関わる重大事である上、一度
とったら極めて「不可逆的」である。一旦開始したら、市場がクラッシュするまで停止すること
は難しい。通常の量的緩和も後戻りしにくくはなっているが、政府の財政拡大意欲に抵抗しなけ
ればならないヘリマネほどの劇薬ではなく、まだ「可逆的」である。
ETF/JREIT購入枠拡大
ETF/J-REIT購入枠の拡大については、手段としての余地は残されており、市場のセンチメントを
改善することなどから相応に可能性はあるだろう。しかし、そもそも株式は企業収益から導かれ
る理論価値があるにも関わらず、その価格を需給面で引き上げ続けることは、常に市場を「割高」
に引き上げかねないため、無尽蔵に取れる施策ではないと考える。
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財政政策との関係
このような金融政策の調整の市場に対する効果は限定的だろう。しかし、何もしない場合は、財
政政策のマイナス効果(円高等)の懸念が生じるため、実行の意味はある。
そもそも現在報道されている経済対策は、事業規模こそ20~30兆円と大きいものの、国費(真水)
の追加額は2兆円程度(来年度以降分を含めて6兆円)に留まる。真水の金額としては、過去の規
模から突出するものではない(図表14)。ゆえに、金融政策で補正しなければならないような為
替リスク等もある程度限定されるだろう。
図表14:過去の経済対策と金融政策
600,000
160
(億円)
140
500,000
円安
120
400,000
100
300,000
80
60
200,000
40
100,000
20
0
今回の対策
(2次補正
国費2兆円、
事業規模
20~30兆円)
(7/26報道)
0
1993
1998
2003
2008
2013
経済対策-国費 (左軸)
経済対策-事業規模 (左軸)
主な金融政策(緩和=青■/引き締め=赤※)
東証株価指数(1995/1=100)
ドル円レート (1995/1=100)
(出所)財務省、ブルームバーグデータよりマネックス証券作成。
少額の資産購入額の増額等(例えば11~13年)は 「主な金融政策」から除いて表示
まとめ
これらの政策が取られた場合、市場の期待感が先行していることから、一段の上値を求めるのは
厳しいだろう。特に、最近持ち直してきた銀行株については、政策がすぐにインフレ期待に働き
かけるとは考えにくく、方策次第では収益への直接的な打撃が大きくなりうることから警戒が必
要と考える。
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