景気対策の「真水比率」 - 三菱UFJモルガン・スタンレー証券

藤戸レポート
景気対策の「真水比率」と「Pokémon GO」
世界経済見通しを下方修正し
たIMF
(表1)
4月、7月と連続下方修正となった
IMFの世界経済見通し
2016 年 7 月 25 日
IMF(国際通貨基金)は、世界経済見通しを発表した。概要は以下の通り
だが、4月予想を下方修正している。(表1)
IMF 世界成長率見通し
2016成長率 4月予想 修正率 2017成長率 4月予想
世界
3.1
3.2
▲0.1
3.4
3.5
米国
2.2
2.4
▲0.2
2.5
2.5
ユーロ圏
1.6
1.5
0.1
1.4
1.6
日本
0.3
0.5
▲0.2
0.1
▲0.1
英国
1.7
1.9
▲0.2
1.3
2.2
中国
6.6
6.5
0.1
6.2
6.2
インド
7.4
7.5
▲0.1
7.4
7.5
ロシア
▲1.2
▲1.8
0.6
1.0
0.8
ブラジル
▲3.3
▲3.8
0.5
0.5
0.0
(%)
修正率
▲0.1
0.0
▲0.2
0.2
▲0.9
0.0
▲0.1
0.2
0.5
(出所)IMF7月世界経済見通し
IMF は、「英国国民投票の結果で、国際金融市場に衝撃が走った。
Brexit(英国の EU 離脱)によって、世界経済の重要な下振れリスクが、現実
化することを示唆している」と述べ、世界経済見通しを下方修正した。地域
別に見ると、米国の 2016 年は 0.2%の下方修正となった。ただし、「Brexit
の米国への影響は控え目」とし、低水準の長期金利と金融政策の段階的な
正常化で相殺できるとしている。2017 年は 4 月見通しを維持した。震源地
である英国の下振れは大きく、「国民投票後の不確実性の増大によって、
内需が大幅に弱まる」とし、先進国では最も下方修正幅が大きい。ユーロ圏
については、「Brexit がなければ、2016、2017 年共に大幅に上方修正して
いた」としながらも、結果的には 2017 年を 0.2%下方修正している。付言し
て、「銀行部門に残る遺産的問題への取り組みが遅れていることが、下振れ
リスクに繋がっている」と指摘し、不良債権問題の解決が大きな命題になっ
ている。ただし英国を除けば、全般的には欧米の下方修正は限定的と見る
ことができよう。
日本は「リセッションと背中
合わせ」の状況
これに対して、日本は 2016 年が 0.3%、2017 年は消費増税先送りで上方
修正されたものの、0.1%の低成長に留まっている。IMF は、「内需の勢いが
引き続き弱く、円高が成長にダメージを及ぼす」とシビアな見方だ。実際、
「0.3%・0.1%成長予想」となれば、為替変動や世界景気の鈍化によって、景
気後退に陥るリスクと背中合わせの状況である。足下でも、6 月の百貨店売
上高が前年比▲3.5%と 4 ヵ月連続で水面下に沈んでいる(グラフ 1)。特に目
立ったのは、「美術・宝飾・貴金属」が同▲9.2%と落ち込み、富裕層にも節
約ムードが蔓延していることだ。頼みの綱だったインバウンド(訪日外国人需
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
2016 年 7 月 25 日
ストラテジー
マーケット分析
(グラフ1)
4ヵ月連続前年比マイナスの
全国百貨店売上高
全国百貨店売上高(前年同月比)
(%)
30.0
25.0
20.0
15.0
10.0
5.0
0.0
-5.0
年月
2016/1
2016/2
2016/3
2016/4
2016/5
2016/6
-10.0
-15.0
-20.0
(出所)BloombergのデータよりMUMSS作成
( %)
-1.9
0.2
-2.9
-3.8
-5.1
-3.5
-25.0
2011
2012
2013
2014
2015
2016
要)も、同▲20.4%と 3 ヵ月連続でマイナスである。特に購買単価は同▲
30.2%で、高額品を忌避して化粧品等の身の回り品にシフトしている。日本
の景気は、漁師の格言にある「板子一枚下は地獄」の状況だ。
「事業費規模20兆円・真水3兆
円」の経済対策
IMFは、日本について、「補正予算が期待通り成立すれば、財政支援が
拡大され、成長率はより高くなるかもしれない」との助け舟を出している。つ
まり、政府から思い切ったアクションが無ければ、海面上スレスレの危険な
低空飛行が続く可能性が濃厚である。そこで、マーケットは先週号で詳述し
たように、「ヘリコプター・マネー」への期待が高まっている。このところの株
高・円安の継続にしても、「妄想」から「現実化」の過程にあるとの投資家の
思いが強く作用しているものと思われる。このタイミングで、毎日新聞や共同
通信が報じたのは、「経済対策・事業費20兆円超」という記事だった。他のメ
ディアが、1週間前に報じていたのが「事業費規模10兆円」だっただけに、
マーケットは「短期間で2倍になった」とポジティブな反応を見せた。投資家
は、景気対策に対して一種の興奮状態にあり、日経平均の17,000円接近・
ドル/円相場107円突破の好材料と看做された(グラフ2)。しかし、この内容に
は精査が必要である。まず、記事の骨子を見てみよう。
① 政府は、経済対策を事業費規模で20兆円超とする方向で調整して
いる。8月初めに閣議決定する見込み。
② 真水(政府が直接負担する財政支出額)は3兆円超に抑える。
③ 真水3兆円に加えて、各種融資枠の拡大が17兆円程度で、事業費
規模が20兆円超に膨らむ。
融資枠拡大の内訳は、
a. 国が低利で民間企業に長期融資を行う財政投融資で6兆円程
度。内訳はリニア中央新幹線の延伸前倒しで3年間3兆円、整備新
幹線の建設に8,000億円等。
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
2
2016 年 7 月 25 日
ストラテジー
マーケット分析
(グラフ2)
大規模経済対策期待で
円安・ドル高進行
(円/ドル)
円ドルと日経平均の推移
(円)
125
23,000
米雇用統計
6月(7/8)
120
22,000
大規模経済
対策期待
115
107.49
(7/21)
110
円ドル(左)
105
21,000
20,000
19,000
100
18,000
日経平均(右)
16938(7/21)
95
17,000
90
16,000
85
15,000
(出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成
80
14,000
1/4
1/22
2/10
3/1
3/18
4/7
4/26
5/19
6/7
6/24
7/13
b. 国の補助を受けて民間企業が資金負担する分が6兆円程度。
c. 政府系金融機関による融資が5兆円程度。
④ 追加の財政支出(真水使用目的)は、インフラ整備が主体。災害復
旧・防災事業、地方の港湾整備、農産物輸出拠点の設置等。
「膨らし粉が目一杯入ったパン」
「事業費規模膨張・真水僅少」
の奇妙な歴史
見出しでは、「20 兆円」の経済対策となるが、融資枠の拡大は、それを利
用する事業主体が現れて、はじめて経済効果が発揮されることになる。つま
り、確実に効果が期待できるのは、真水部分の 3 兆円に過ぎない。これは、
第一次補正予算の約 3.5 兆円を下回ることになる(グラフ 3)。経済対策の評
価は、あくまでも「真水」で行うのが筋だ。正直な感想を言えば、「膨らし粉を
目一杯入れたスカスカのパン」の印象が強い。ダイエットにはいいかもしれ
ないが、これで IMF が想定するようなリセッション・スレスレの状況を打破で
きるとは、とても思えない。プロパガンダでは、「20 兆円の経済対策」が喧伝
されることになろうが、早くも三次補正予算さえ必要な内容である。
こうした奇妙な事業費規模膨張・真水僅少のパターンは、今に始まった
ことではない。1990年の平成バブル崩壊以来、時の与党が採ってきた景気
対策でも、同様な傾向が見られた。幾つかのケースを見てみよう。
① 1993年4月・・・平成バブル崩壊への対応。事業費規模13.2兆円・真
水2.2兆円。真水比率16.6%。
② 1995年2月・・・阪神大震災に対応した緊急経済対策。事業費規模
15.2兆円・真水1兆円。真水比率6.5%。
③ 1998年4月・・・不良債権問題に端を発した金融システム不安に対
応。事業費規模16.6兆円・真水4.6兆円。真水比率27.7%。
④ 2002年12月・・・ITバブル崩壊によるダメージが長期化。事業費規模
14.8兆円・真水2.5兆円。真水比率16.8%。
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
3
2016 年 7 月 25 日
ストラテジー
マーケット分析
日経平均と過去の経済対策の事業規模
25000
チシ
ャョ
イッ
ナク
(円)
リ
ー
マ
ン
シ
ョ
ッ
ク
20000
日経平均
阪
神
・
淡
路
大
震
災
15000
10000
I
T
バ
ブ
ル
崩
壊
金
融
シ
ス
テ
ム
不
安
アベノミクス
小泉構造改革
40
56.8
(兆円)
5000
経済対策の事業規模
補正予算
35
30
26.9
24.4
23.9
23.6
21.1
13.2
10.7
16.6
15.2 14.2
5.3
2.7
1.0
8月
4月
9月
2月
4月
9月
95
4.6
6.8 5.8
5.7 4.8 4.1
1.1 2.6 2.5
4月
11月
11月
10月
10月
12月
12月
6.1
5 2.52.2
0.7
0
(年) 92 93 94
14.8
11.0
10
20.2
18.0
20.0?
18.6
13.9
11.7
3.8 4.8
1.1
12.1 13.1
9.8
7.2
5.53.5
4.44.0
3.1 3.5 3.0?
2.0
0.9
2月
8月
10月
4月
12月
9月
10月
5月
10月
11月
20
96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08
09
10
11
1月
9月
25
15
Brexit
東
日
本
大
震
災
1月
12月
12月
(グラフ3)
アベノミクス相場では
「小規模」な3兆円補正
12 13 14 15 16 17
出所:内閣府、財務省、AstraManager のデータをもとに MUMSS 作成
⑤ 2008年10月・・・リーマン・ショックへの対応。事業費規模26.9兆円・
真水4.8兆円。真水比率17.8%。
⑥ 2009年4月・・・⑤と同様。事業費規模56.8兆円・真水13.9兆円。い
ずれも史上最高。真水比率24.4%。
⑦ 2009年12月・・・⑤と同様。事業費規模24.4兆円・真水7.2兆円。真
水比率29.5%。⑤~⑦で事業規模108.1兆円・真水25.9兆円!。
⑧ 2013年1月・・・アベノミクス始動。事業費規模20.2兆円・真水13.1兆
円。真水比率64.8%。(上記グラフの○印の年)
「実よりも名を取る」プロパガン
ダ
②のように天災に対する緊急対応で、十分な時間的猶予がなく真水比
率が10%を割れているものもある。ただし、10%台の真水比率のものは、「実
よりも名を取る」政治的プロパガンダ臭が強いものと見て良い。これに対し
て、アベノミクス始動に際しては、真水比率64.8%と過去最高の充実ぶりであ
った。真水の金額も⑥に迫っている。野党時代が長かった自民党・安倍総
理のエネルギーが一気に炸裂した感さえある。極めて内容の濃い景気対策
であった。ところが、今回は報道をベースにすれば、真水比率が15%に過ぎ
ない。典型的なプロパガンダ・パターンである。
政治家は、いかに景気浮揚に努力したかを有権者に訴えたい。この意向
に沿って、官僚が「膨らし粉」を入れたダイエット・パンを作るわけだ。「景気
対策 3 兆円」よりも、「20 兆円」の威勢がいいのは言うまでもない。しかし、経
済的実効性が少なければ停滞感は打破できず、デフレ圧力の軽減は夢物
語となる。こうしたことは、アベノミクスのブレーンたる内閣官房参与は百も承
知のはずだ。つまり、今回の景気対策が、消極的な財政政策の延長線上に
あるならば、ダイエット・パンにならざるを得ない。画期的なアプローチを採
らない限り、0.1~0.3%という低成長の呪縛は解けない。
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
4
2016 年 7 月 25 日
ストラテジー
マーケット分析
少なくとも「真水6兆円」を期
待
(グラフ4)
6兆円超の需給ギャップが
存在する日本経済
救いは、与党との折衝で、さらなる真水の積み増しの可能性があること
だ。今年 1~3 月期の GDP ギャップが約 6 兆円の需要不足であることを考
えても、このギャップを埋める金額が最低でも必要と思われる(グラフ 4)。さも
ないと、実態悪に対して、後出し的な政策発動を連発せざるを得ない状況
に陥ることになろう。真水 3 兆円の経済対策と、日銀の従来路線による追加
緩和策であれば、市場の好反応は一時的かつ限定的と思われる。バーナ
ンキ前議長来日と同時に盛り上がった「ヘリコプター・マネー」への期待感
で、投資家は興奮状態にある(図 1)。いったんこのモードに入れば、悪材料
に鈍感・好材料に過敏な反応を示すことになる。恋は盲目なのだ。マーケッ
トは、既に大規模な景気刺激策と追加緩和を先喰いしている。その期待で
進行した株高・円安も、真水比率 15%の現実に気付き、投資家が酔いから
醒めれば、反落を余儀なくされる展開も十分想定されよう。アベノミクスのブ
レーンの意図を理解した安倍総理の大胆な決断が待たれるところだ。
実質GDPと需給ギャップ
(兆円)
(兆円)
20.0
540
(出所)BloombergのデータよりMUMSS作成
リーマン・ショック
(2008/9)
10.0
520
0.0
-10.0
500
-20.0
東日本
大震災
(2011/3)
-30.0
GDPギャップ(左)
-40.0
「ヘリコプター・マネーは必要
性も可能性もない」・・・BBC黒
田発言
2008
2009
2010
2011
熊本地震
(2016/4)
消費税増税
(2014/4)
2012
2013
2014
480
実質GDP(右)
2015
2016
460
投資家の期待感が膨張する中、7/21にBBCは、ラジオで黒田総裁のイン
タビューを流した。黒田総裁は、「『ヘリコプター・マネー』は、必要性も、可
能性もない」と極めて醒めたトーンで全否定していた。この内容が伝わっ
て、ドル/円相場は7/21の1ドル=107.49円から一気に円高が進んだ。東京
時間の18:32には105.42円まで約2円の急騰だ(グラフ5)。投資家は、当然こ
のインタビューが直近に行われたものと解釈していたが、BBCは収録がなん
と6/17に行われたものと後に発表した。LIVE性を重視するラジオが、何故
に1ヵ月以上前の古びたインタビューを放送したのか? 6/17と言えば、
Brexitが決した6/23以前の収録となる。その後の世界的な大変動を全く無
視した放送内容なのだ。ここで、怪しげな見方が台頭する。このインタビュ
ーを流した番組のホストは、FT紙のコラムニストであるマーティン・ウルフ氏
だ。かつてウルフ氏は、「アベノミクスの3本の矢は、日本の再生をもたらす
のか。残念ながら、それはありそうにない」と厳しい見解を表明している。こ
のウルフ氏が意図的に、旧聞に属する黒田発言を流したのではないかとの
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
5
2016 年 7 月 25 日
ストラテジー
マーケット分析
(図1)
「ヘリコプター・マネー」への
期待感高まる
<金融政策>
日
当
座
預
金
<財政政策>
銀
財政ファイナンス
資金供給
79.5兆円
国債
永久国債?
金融機関
政 府
借入<貯蓄
不足する投資を埋める
家計、企業
大規模景気対策
資金余剰
対GDP比 6.1%
マネーストック M3
増加額 35.8兆円、前年比 +3.0%
出所;MUMSS作成
(グラフ5)
黒田総裁のヘリコプター・マネー
否定報道で円高進行
(円/ドル)
円ドル推移(7/21データ・3分足)
108.0
英BBC
黒田日銀総裁の
インタビュー放送
107.49
(10:09)
107.5
107.0
106.5
106.0
105.5
105.42
(18:32)
(出所)BloombergのデータよりMUMSS作成
105.0
3:00
6:00
9:00
12:00
15:00
18:00
21:00
見方だ。一方、ウォール・ストリート・ジャーナルは、「黒田総裁はマーケット
を欺くことで知られる」とシニカルな批評だ。マイナス金利導入に際しても、
国会で「効果も定かではない。検討していない」と語った舌の根も乾かぬ内
に、導入決定した実績を持つ。源義経の「鵯越の逆落とし」や山本五十六
元帥の「真珠湾奇襲」と同様に、マーケットの不意を衝くのが好みの総裁
だ。したがって、過大な期待に胸を膨らませる投資家に水を掛け、沈静化し
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
6
2016 年 7 月 25 日
ストラテジー
マーケット分析
た所で実行との深読みである。何とも珍説・奇説が出るが、それだけ画期的
な緩和策に対する期待が大きいということだろう。景気対策の規模と合わせ
て、今後も一喜一憂の展開が続くことになろう。
「Pokémon GO」
兜町は今、もう一つの興奮に包まれている。言うまでもなく、任天堂の急
騰だ。「Pokémon GO」は、世界的な社会現象を引き起こしている(11 ペー
ジに特集)。任天堂、株式会社ポケモン(任天堂 32%出資)、グーグルの社
内プロジェクトであったナイアンティック(Niantic)によるスマートフォン向けア
プリである。AR(拡張現実)を用いた位置情報ゲームだが、ゲーム世界と現
実世界がクロスオーバーする点が斬新だ。ゲーマーと言えば、室内に閉じ
こもり、宅配ピザを頬張りながらヴァーチャル世界に耽溺する、小太りのオタ
クがイメージされてきた。しかし、今やレアなポケモンを求めて、郊外で 5~
10 ㎞歩く人も珍しくなくなってきている。日焼けした健康的なゲーマーが誕
生しているのだ。一番心を打ったのは、陰鬱な入院生活を強いられた子供
達が、「Pokémon GO」で生き生きとした笑顔を取り戻したとの報道だ。ミシガ
ン大学の附属病院では、子供のリハビリに「Pokémon GO」を利用していると
のことだ。任天堂は、ポケモンだけではなく、マリオやゼルダといった世界で
愛されているオリジナル・キャラを多く抱えている。斬新な AR ゲームが、世
界に氾濫しているスマートフォンをプラットフォームにして急拡大すると見れ
ば、任天堂は再びゲーム業界の主役に復帰しよう。
東証は「任天堂市場」と「その
他一部市場」に分類
アナリストの見方は大きく割れている。強気筋は目標株価40,300円、弱気
筋は14,500円だ。さらなる大幅上昇と時価から半値と、見方は真っ二つであ
る。これだけ強弱感が対立すれば、株価のボラティリティは異常に高まる。急
騰が続いた後に、7/20には▲12.6%の急落を見せるなど、1日で4,000円前後
の騰落も珍しくない。何よりも注目すべきは、猛烈な商いが集中し、同日には
売買代金が7,323億円と一銘柄の過去最高を記録したことだ(グラフ6)。この日
の東証一部全体の売買代金は2兆7,199億円で、任天堂だけで26.9%を占め
ている。東証一部上場銘柄は1,968(7/22)あるが、1銘柄が4分の1以上を占め
ているわけだ。この売買代金は、同日のアジア市場では、韓国(3,220億円)、
(グラフ6)
一銘柄の過去最高売買金額を
記録した任天堂
(億円)
任天堂(株価と売買金額の推移)
16,000
(円)
40,000
(出所)AstraManagerのデータよりMUMSS作成
32700
(7/19)
14,000
35,000
12,000
30,000
10,000
25,000
8,000
7323
(7/20)
任天堂(右)
20,000
6,000
15,000
4,000
10,000
2,000
5,000
売買金額(左)
0
0
4/1
4/15
5/2
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
7
5/19
6/2
6/16
6/30
7/14
2016 年 7 月 25 日
ストラテジー
マーケット分析
台湾(3,131億円)の売買代金を遥かに凌駕し、欧州でも、英ロンドン証券取
引所(6,766億円)、ドイツ(XETRA・3,982億円)、フランス(ユーロネクスト・
3,418億円)を圧倒している。さすがに米国(NYSE・2兆4,109億円)には届かな
いが、恐るべき集中度だ(1ドル=106.89円で換算。ブルームバーグ)。つま
り、東京市場は、「任天堂市場」と「その他東証一部銘柄市場」に分類できる
ほどだ。日本でも配信開始となった7/22には、任天堂の売買代金は7,260億
円、全体の約3分の1となった(グラフ7)。この異常な売買代金は、個人投資家
だけではあり得ない。海外でも「Nintendo」の知名度は高く、この流動性の高
さを考えれば、ヘッジファンドが参入している可能性が濃厚だ。まさに任天堂
株は、「モンスター」の如き存在になったのだ。冷静な内外長期資金も無視は
できない。
(グラフ7)
3割に接近する任天堂の
売買金額シェア(対東証1部)
(億円)
任天堂の売買金額シェア(対東証1部)
90,000
(%)
35.0
29.9%
(7/22)
(出所)AstraManagerのデータよりMUMSS作成
80,000
30.0
70,000
25.0
任天堂シェア(右)
60,000
20.0
50,000
40,000
15.0
東証1部売買金額(左)
30,000
10.0
20,000
5.0
10,000
0
0.0
4/1
「ITバブル相場」との類似性
4/22
5/19
6/9
6/30
7/22
任天堂の棒立ちするチャート、猛烈な商い集中で思い出されるのは、
1999~2000 年の「IT バブル相場」である。中心にいたソフトバンクは、1999
年 4 月安値 12,500 円から 2000 年 2 月高値 198,000 円にまで駆け上がっ
た(未修整株価)(グラフ 8)。ヤフーを始め、IT とかネットに少しでも絡めば、
暴騰相場が演じられていた。富士通の史上最高値 5,030 円、NEC の 3,450
円は、おそらく年配の投資家が存命中には更新不能の極値である。本業は
IT とは程遠くても、子会社の一部で試験的にネット・ビジネスを行っていると
いうだけで暴騰銘柄が続出したのだ。IT 関連と言われる 30~50 銘柄だけ
がロケットのような垂直上昇チャートを描き、その他一般銘柄はジリ貧の展
開を辿った。今回も任天堂関連として、多くの銘柄が常軌を逸した急騰を演
じている。そこには、バリェーションや利益成長といったファンダメンタルズの
介入の余地はない。とにかく、「ポケモン関連」と夢と妄想だけで急騰してい
るのだ。一番驚いたのは、造船のサノヤス HD である。本業は円高、世界的
な景気鈍化に伴う受注減で厳しい。2017/3 期の業績見通しは 81%営業減
益、EPS3.0 円である。ところが、子会社のサノヤス・インタラクションズが「ポ
ケモン EXPO ジム」を開業していることから、急騰が始まった。空売り筋は格
好の売り対象としてショート・ポジションを積み上げたが、アレヨアレヨという
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
8
2016 年 7 月 25 日
ストラテジー
マーケット分析
間に連続ストップ高となった。7/15 時点の信用取組は、売り 1,055 万株・買
い 828 万株で信用倍率 0.79 倍(グラフ 9)、逆日歩 1 日 14 円と売り方は苦
境にある。要は、ポケモンをネタに始まったが、実態はギャンブラーが喰うか
喰われるかの死闘を演じているのだ。ベテラン投資家は IT バブル相場で
苦い教訓を得ただろうが、こうした問答無用の相場では、「本物」しか残らな
い。ヤフー、ソフトバンクは残ったが、有象無象の関連銘柄は、四季報に残
る史上最高値をマークした後に、10 年単位の調整に入っている。瞬発力は
強烈だが、徒花(あだばな)の命は短い。御注意を。
(グラフ8)
「ITバブル相場」の主役
急騰を演じたソフトバンク
(円)
ソフトバンク株価推移
250,000
(出所)AsatraManagerのデータよりMUMSS作成
198000
(2000/2)
200,000
150,000
100,000
50,000
0 12500(1999/4)
1999/4
1999/5
(グラフ9)
信用売残が1,000万株を
越えたサノヤスHD
(万株)
1999/7
1999/9
1999/10
1999/12
2000/2
2000/3
サノヤスHD(株価と信用売残)
(円)
2,000
1,000
(出所)AstraManagerのデータよりMUMSS作成
1,800
787
(7/22)
1,600
1,400
900
800
700
1,200
600
1055
(7/15)
1,000
800
500
400
サノヤスHD(右)
600
300
400
200
200
100
信用売残(左)
0
0
1/4
2/2
3/2
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
9
3/31
4/28
6/1
6/29
2016 年 7 月 25 日
ストラテジー
マーケット分析
安倍総理の決断が帰趨を握る
(グラフ10)
75日線が重荷となる円ドル相場
黒田総裁のBBCインタビューは、微妙なタイミングで放送された。ドル/円
相場は、75日移動平均線が鬼門になっている(グラフ10)。1/29のマイナス金
利導入決定直後、米利上げ観測が高まった5月末、共に75日線を瞬間抜い
た後に、大きな円高の反動が出た。株価も、ほぼ同様な軌跡を描いている。
ただでさえ過熱感が台頭し、チャート面でも反落パターンが警戒される時に、
黒田発言である。「ヘリコプター・マネー」と呼ぶか否かは別にしても、大胆な
景気対策と追加緩和の合体があれば、新・アベノミクス相場が始まるかもしれ
ない。しかし、真水3兆円のまま、7/29の日銀会合結果が「現状維持」となれ
ば、おそらく日経平均は1,000円超の調整を強いられることになろう(グラフ
11)。もしそうなった場合には、株価は低水準の往来相場に回帰し、円高トレ
ンドが継続することになる。安倍総理の決断が相場の帰趨を握る。
円ドル推移(75日線)
(円)
125
121.87
(1/29)
120
75日線
115
111.47
(5/30)
107.49
(7/21)
110
105
円ドル
100
(出所)BloombergのデータよりMUMSS作成
95
1/1
(グラフ11)
日銀政策決定会合を挟んで
日経平均が大波乱
1/29
2/26
3/25
4/22
5/20
6/17
7/15
日銀金融政策決定会合と日経平均
(円)
21,000
(出所)BloombergのデータよりMUMSS作成
20,000
<縦線は日銀政策決定会合日>
(1/29)
(4/28)
(3/15)
(6/16)
(7/29)
19,000
18,000
17,000
16,000
(12/18)
日経平均
15,000
藤戸 則弘
投資情報部長
14865(2/12)
14,000
15/12/1
16/1/7
16/2/12
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
10
14864(6/24)
16/3/17
16/4/21
16/5/31
16/7/4
2016 年 7 月 25 日
業界動向
株式市場にも旋風
任天堂(7974)が出資するNiantic
が開発した「Pokémon(ポケモン)
GO」をきっかけに、任天堂は連日
東証1部売買代金の2~3割を占め
る大商いとなり、関連銘柄も急騰。
7/21時点で欧米など35ヵ国に配信
中で、大半の国で売上ランキング
トップの大ヒット。
日本でも7/22に配信が始まった。
世界中で人々がポケモンを探しに
公園や街中に繰り出し、社会現象
にもなっている。
MUMSSでは、ポケモンという世界
的に知名度の高いキャラクターを
使用したこと、位置情報やAR(拡
張現実)といった最新の技術を駆
使した新しい遊び方を提供したこと
が成功に繋がったと考える。
世界を席巻するポケモン GO
7月配信開始の「Pokémon GO」
☆「Pokémon GO」はAndroid/iOS端末向けア
プリとして7/6にリリース。欧米・オセアニア
35ヵ国で配信中、日本でも7/22に配信開始。
「Pokémon GO Plus」
歩きスマホ防止
の必需品?
Bluetooth Low Energy
を用いてスマホと連携
するデバイス
☆「Pokémon GO Plus」はスマホの画面を見続
けなくても「Pokémon GO」を遊べるデバイス。
©2016 Niantic, Inc.
©2016 Pokémon. ©1995-2016 Nintendo/Creatures Inc.
/GAME FREAK inc.
出所:会社資料をもとにMUMSS作成
近くにポケモンがいることをランプと振動で知ら
せる機能があり、ボタンを押してポケモンを捕ま
えることも出来る。
出所:会社資料をもとにMUMSS作成
「Pokémon GO」の概要
「Pokémon GO」の成功要因
iOS/Androide端末向けアプリ、位置情報/AR
(拡張現実)技術を活用したポケモンの捕獲・
育成・戦闘・交換ゲーム。(アイテム課金制)
開発元
米Niantic社(任天堂も出資)
IP(知財)
ポケモン (任天堂32%出資)
周辺機器 任天堂(スマホ連携デバイス)
7 月6 日リ リー ス 、 欧米 な ど
配信
35ヵ国で配信中(7/21時点)。
配信直後からDL 数、売上とも
ランキング
急拡大し主要国でトップ。
出所:会社資料をもとにMUMSS作成
☆「Pokémon GO」の世界的な大ヒットの背景
・ ポケ モ ンは 20 年 の歴史 が あり 、 コ ア な ユ ー
ザー、ファンが多数存在していたこと。
・ゲームとしての完成度が高いうえ、位置情報
やAR(拡張現実)など最新の技術を駆使してい
ること。
・これまでゲーム機やアニメの中にいたポケモ
ンが現実世界に現れたことで多くの人々を熱狂
させていること。
出所:会社資料をもとにMUMSS作成
「Pokémon GO」と「Pokémon GO Plus」の任天堂への業績寄与
ユーザーは2億人へ
ポケモンソフトの販売数は1シリー
ズ当たり約2000万本であるが、米
国だけで1日の利用者数が2100万
人を超えている。したがって、ゲー
ム機販売(DSとWii)2.5億台、似顔
絵キャラクターMiiの作成数2億人
強であることから、ポケモンGOの
登録者会員数は任天堂の顧客数
と同等の2億人に達するとMUMSS
では見ている。
発売予定の「Pokémon GO Plus」
(億円)
750
2.0
1.6
500
1.2
2.0
691
2.0(億人)
2.0
691
691
1.5
553
1.0
207
0.5
(百万個)
50
50
営業利益(左)
販売個数(右)
400
300
250
0
(億円)
500
200
30
450
20
15
180
100
40
20
10
5
10
135
90
17/3予 18/3予 19/3予 20/3予 21/3予
45
0
0
月平均売上(左)
持分法損益(左)
17/3予18/3予19/3予20/3予21/3予
登録会員数(右)
出所:会社資料をもとにMUMSS作成、予想はMUMSS
任天堂の業績・指標
(売上高・億円)
ポケモンGOは持分法投資損益と
して、ポケモンGO Plusは通常の売
上高・利益として今期以降の業績
に寄与しよう。利益成長の牽引役
として、従来の次世代ゲーム機NX
と次世代携帯ゲーム機にポケモン
GO関連が加わることになる。
12500
10000
7500
(経常利益・億円)
※為替前提:1ドル100円/1ユーロ110円
1円の変動でドル・ユーロとも11億円の
影響
4000
新規事業他
3000
モバイルゲーム
2000
据置型ゲーム
5000
1000
2500
0
0
携帯型ゲーム
-1000
14/3
主要指標
ROE
EPS
配当
15/3
経常利益
16/3 17/3予 18/3予 19/3予 20/3予 21/3予
15/3
3.7%
353円
180円
16/3
1.4%
137円
150円
17/3予
3.3%
328円
160円
18/3予
9.9%
1,023円
510円
出所:会社資料をもとにMUMSS作成、予想はMUMSS(7/20付け)
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
11
19/3予
14.6%
1,634円
820円
20/3予
13.9%
1,682円
840円
21/3予
14.4%
1,881円
940円
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があります。
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