日本経済情報 2016 年 7 月号

Jul 26, 2016
伊藤忠経済研究所
日本経済情報 2016 年 7 月号
Summary
【内 容】
1. 海外経済の現状と
見通し
世界経済は Brexit で
一段と不透明感が
強まる
Brexit に伴う悪影響
が具体化するのはこ
れから
Brexit 後の姿は現時
点で見通せず
資源価格の持ち直し
は一部の新興国に
追い風
米国経済は個人消
費主導の成長軌道
に回帰
中国経済は成長率
低下に一旦歯止め
世界経済は問題山
積ながらも底入れか
ら持ち直しへ
2. 日本経済の現状と
見通し
成長と分配の循環
が逆回転
所得環境の悪化に
より個人消費は停滞
景気対策により底割
れは回避
デ フ レ 脱 却 は 2018
年度以降
伊藤忠経済研究所
主席研究員
武田淳
(03-3497-3676)
takeda-ats
@itochu.co.jp
世界経済の見通し~Brexit の影響を踏まえて
世界経済は、英国国民投票の以前から、米国雇用統計や中国製造業 PMI
指数の悪化、ユーロ圏経済の回復一服感、日本のデフレ懸念、ロシアや
ブラジルのマイナス成長などにより、停滞感を強めていた。Brexit は、
足元が覚束なくなり始めていた世界経済の足取りをより一層不安定な
ものにしたということであろう。
金融市場は、英国の首相交代が予想以上に速やかに決着したことから落
ち着きつつあるが、英国の EU 離脱プロセスは始まったばかりである。
メイ新首相は EU 離脱の通知を年内は行わない方針であるが、通知から
2 年後には EU 離脱が確定する。今後は、離脱後の英国と EU との関係
など、どのような変化が生じるのかを見極める局面に入り、離脱後の姿
を巡る憶測に金融市場が左右されることとなろう。
メイ首相は、移民の抑制と EU 単一市場へのアクセスの「二兎を追う」
ことを目指しているが、EU 側は人の自由な移動を単一市場へのアクセ
スの条件としており、現時点で落としどころは見い出せない。
一方で、原油価格は需給の改善を背景に持ち直している。こうした資源
価格の持ち直しは一部の新興国経済にとって追い風となろう。
また、米国経済は、足元で経済指標が改善、堅調さを見せている。中国
経済も、在庫調整の進展などから成長率の低下に一旦歯止めが掛かって
いる。世界経済は、Brexit のほか、米大統領選など政治情勢の不透明さ
や、地政学的リスクの高まりなど、不安材料は尽きないが、これらが大
きな混乱につながらなければ、底入れから持ち直しに向かおう。
日本経済は、企業業績の悪化が設備投資や賃金の抑制につながり、個人
消費が停滞、成長と分配の循環が逆回転しつつあり、デフレへ逆戻りす
る懸念が強まっている。
こうした情勢を憂慮し、政府は大規模な景気対策の策定作業に入った。
また、金融市場は日銀の追加緩和に期待を高めている。景気対策によっ
て景気の底割れを回避し、金融政策の結果として円安地合いに戻れば、
日本経済は年末にかけて持ち直し、2018 年度にはデフレ脱却が視野に
入ると予想する。
日本経済情報
伊藤忠経済研究所
1. 海外経済の現状と見通し
世界経済は Brexit で一段と不透明感が強まる
日本時間の 6 月 24 日に判明した英国国民投票の結果は、大多数の予想に反して EU 離脱が賛成多数
となり、英国やユーロ圏だけでなく、為替市場で安全資産とされる日本円が急伸したことが示すよう
に、世界経済全体に不透明感が広がったことは周知の通りである。ただ、それ以前においても、米国
の 5 月の雇用者数(非農業)が前月比でわずか 3.8 万人の増加 1にとどまるなど、世界経済の牽引役
を期待されていた米国経済の先行きに黄信号が灯り、中国経済も景気動向を示す代表的な指標である
製造業 PMI 指数が好不調の境目である 50 をわずかに上回る程度の低空飛行 2を続け、ユーロ圏経済
も天候要因で押し上げられた 1~3 月期の反動もあって 4 月以降は回復に一服感が見られ、日本経済
は前号 3で示した通り円高と株安によってデフレ懸念が台頭、ロシアやブラジルではマイナス成長が
続くなど、世界経済は停滞感を強めていた。その意味で、Brexit は足元が覚束なくなり始めていた世
界経済の足取りをより一層不安定なものにしたということであろう。
NYダウ平均株価の推移(ドル)
ドル円相場の推移(円/ドル)
19,000
125
120
18,000
115
110
17,000
105
16,000
100
95
15,000
90
85
14,000
80
75
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
13,000
2013
2016
( 出所) C EIC DAT A
2014
2015
2016
( 出所) C EIC DAT A
Brexit に伴う悪影響が具体化するのはこれから
そうした状況にもかかわらず、足元ではドル円相場が英国国民投票直後の 1 ドル=100 円前後から、
一時 107 円台まで円安方向に戻し、
米国 NY ダウ平均株価が 7 月 12 日から 20 日にかけて 7 営業日連
続で最高値を更新するなど、金融市場では危機感が大きく後退した。その背景として、幾つかの事象
が指摘されているが、最大は国民投票を受けて辞任したキャメロン前首相の後任が思いのほか早く決
まったことであろう。
キャメロン前首相は、EU 残留を目指して国民投票を実施した立場から、離脱派勝利という結果が確
定した 24 日朝、辞任を表明した。これを受けて、与党保守党の党首選が 5 人の候補者によりスター
ト、7 月 5 日の第 1 回目投票で 4 名に絞られ、その後 1 名が撤退、候補者は残る 3 名となった。さら
に、7 日に行われた 2 回目投票でテリーザ・メイ内相(当時)とアンドレア・レッドソム・エネルギ
ー担当閣外相(当時)が残り、9 月 9 日の決選投票に挑むことになったが、11 日にレッドソム氏が自
らの失言もあって撤退を表明、決選投票を待たずにメイ新党首が誕生、13 日に首相に就任した。当初
の予定よりも 2 ヵ月近く前倒しとなり、その間の政治的な空白が埋められたことが、上記の金融市場
1
2
3
翌月の 6 月速報発表時に 1.1 万人増に下方修正されている。
2 月の 49.0 から 3 月は 50.2 へ改善したが、4 月、5 月とも 50.1 にとどまった。
2016 年 6 月 23 日付「日本経済情報 2016 年 6 月号~アベノミクスの評価と改定見通し」参照。
2
日本経済情報
伊藤忠経済研究所
の落ち着きにつながったわけである。
ただ、新首相が決まったことは、英国の EU 離脱プロセスにおいて、始まりに過ぎない。メイ新首相
は、もともと残留派であるが国民投票の結果を尊重するとしており、今後は EU 離脱を具体的に進め
ていくことになる。最初の大きなイベントは EU へ離脱の意思を正式に「通知」することであり、そ
の時期が注目される。メイ首相は、20 日の独メルケル首相、仏オランド大統領との会談において、
「年
内は通知しない」意思を示し、ともに理解を得た模様であり、現時点で EU 離脱の通知は年明け後に
なる可能性が高いようである。
EU離脱に向けた今後のスケジュール
「通知」後は、EU 離脱の手続き
を定めたリスボン条約 50 条で 2
年後に EU 法の適用を停止する
国民投票
新政権発足
EUへ
離脱通知
と定めていることから、2 年で自
動的に EU から脱退
←
4することに
なる。つまり、その 2 年間に EU
離脱後の英国と EU との関係や、
その他 EU として締結した他国
との各種経済連携などを改めて
EUから
離脱
2016年
2年間
2017年
国内
EUとの関係協議
対EU
水面下で交渉?
2018年
→
2019年
EUと正式協議
対その他
経済協定等の再締結交渉
仕切り直し、正式に手続きを済ま
せなければならないわけである。仮に 2 年間で片付かなければ、英国は貿易取引や投資の際に現状よ
りも不利益な状況に置かれることになり、その期間は数年に及ぶという見方 5もある。いずれにして
も、今後は EU 離脱の準備を具体的に進めるため、まずは離脱後の英国と EU との関係をはじめ、ど
のような変化が生じるのかを見極める局面に入り、離脱後の姿を巡る憶測に金融市場が左右されるこ
ととなろう。
Brexit 後の姿は現時点で見通せず
そのような不安定な状況が見込まれるのは、現時点で離脱後の姿を見通し難いためである。メイ首相
は、移民を抑制する一方で、EU 単一市場へのアクセス、つまり現在と同様、EU 全加盟国との間の
関税・非関税障壁のない関係を維持するという「二兎を追う」ことを目指している。しかしながら、
EU 側は人の自由な移動を単一市場へのアクセスの条件としており、移民の制限には否定的である。
そもそも、英国新政権内には EU 単一市場へのアクセスを放棄しても良いという考えもあり、メイ首
相は、内務大臣として歴代最長の任期を務めるほどに高い調整能力を活かして、このように利害関係
や主張が複雑に絡み合った中で最適解を見出すことが求められている。
現実として、英国の取り得る選択肢は限られている。国民投票において離脱派が拒絶したのは、主に
①移民の受け入れ、②EU 予算への負担、③EU 規制の適用、の 3 点であるが、これらはいずれも EU
単一市場へアクセスするための条件である。英国の目指す方向性として、これら 3 点について大部分
を受け入れず、具体的には移民は制限、EU 予算は負担せず、EU 規制も限定的な適用にとどめるこ
なお、同条約は「欧州理事会が交渉延長を決めない限り」という条件を付けており、EU 全加盟国の賛成が得られれば 2
年間の猶予が延長されることになるが、自国に EU 離脱の懸念を抱えている国は厳格な対応を求める可能性が高く、全加盟
国の同意は相当困難と考えられる。
5 各国との交渉を担う人材の不足を主因に、全ての
4
3
日本経済情報
伊藤忠経済研究所
とであり、参考となる前例としては、2013 年 10 月に基本合意され、今年秋の正式調印を目指すカナ
ダと EU の包括的経済貿易協定(CETA)が挙げられる。しかしながら、このケースでは金融を含む
一部のサービスについて EU 単一市場へのアクセスが制限される見込みであり、英国にとっては金融
センターとしての優位性が失われる可能性の高い金融分野での制約は経済的なダメージが大きい。
いずれにしても、現状の EU 加盟国であるが故に可能な EU 単一市場へのアクセスは、上記①~③を
全て受け入れない限り何らかの制約が課せられることは間違いない。そして、上述の通り、英国にと
って EU 離脱の目的が、これらのいずれかを、ないしは全てを受け入れないことであるため、程度の
差こそあれ EU からの離脱は英国経済にとってマイナスとなることは避けられない。
英国経済の悪化は、ユーロ圏など他の EU 諸国にとっても、英国向け輸出の減少のほか、一部の国で
は EU 離脱の可能性を探る動きにより政治的に不安定化する恐れもあり、景気を下押しすることにな
ろう。ただ、一方で英国の離脱は、海外からの投資を英国から他の EU 諸国へ向かわせるほか、通貨
ユーロが米ドルや円に対し弱含むことによる輸出競争力の向上というプラス要因もあり、若干の減速
程度にとどまるだろう。
当研究所では、これまでユーロ圏経済の先行きについて、失業率の低下に象徴されるようにファンダ
メンタルズが改善する中で、消費者物価上昇率は低位安定していることから今後も超緩和的な金融政
策が継続されるため、個人消費や固定資産投資が堅調に拡大、実質 GDP 成長率は 2015 年の前年比+
1.6%から 2016 年も+1.6%、2017 年は+1.7%へやや伸びを高め、比較的堅調な拡大が続くと予想し
ていた。しかしながら、上記のような Brexit による影響を考慮し、成長率は 2016 年+1.5%、2017
年+1.4%へ緩やかに減速するとの見方に修正する 6。
ユーロ圏の失業率(季節調整値、%)
ユーロ圏の消費者物価(前年同月比、%)
12.0
5
11.0
4
10.0
3
9.0
2
8.0
1
7.0
0
6.0
▲1
2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
( 出所) C EIC DAT A
( 出所) C EIC DAT A
資源価格の持ち直しは一部の新興国に追い風
一方で、最近の資源価格の動向は、資源依存度の高い新興国の景気を下支えする要因となっている。
その筆頭格である原油価格は、今年に入りロシアやサウジアラビアなど主要産油国の間で増産凍結に
向けた協議が開始されたことを主因に持ち直し、4 月 17 日にドーハで行われた主要産油国による協議
が不調に終わった後も、次回 6 月 2 日の OPEC 総会での合意期待や産油国でのストやテロ、中国経済
の復調期待などから上昇傾向を維持した。投機筋が先物売りポジションの縮小を急いだことや米シェ
ール企業の供給力低下も相場の上昇を後押ししたとみられる。
6
詳細は、2016 年 7 月 16 日付 Economic Monitor「ユーロ圏経済は Brexit の影響を受けても失速を回避へ」参照。
4
日本経済情報
伊藤忠経済研究所
結局、6 月の OPEC 総会では増産凍結合意には至らなかったが、サウジアラビアが市場に配慮する姿
勢を示したこともあり、WTI 先物価格は概ね 50 ドル/バレル程度を維持した。その後、英国国民投票
の結果を受けて小幅下落し、足元では 40 ドル台半ば程度で推移している。
原油価格の推移(WTI先物、ドル/バレル)
原油需給の推移(万バレル/日)
110
9,800
100
9,700
90
9,600
80
9,500
70
9,400
60
9,300
50
9,200
40
9,100
30
20
2013
原油需要
原油生産
2014
2015
2016
( 出所) C EIC DAT A
9,000
2014
2015
2016
2017
( 出所) 米国EIA
原油価格が比較的底堅く推移している背景には、需給の改善期待がある。米国の EIA(エネルギー情
報局)は、2016 年の世界原油需要(日量)を前年比 144 万バレル増(うち中国+40、インド+42)
の 9,529 万バレル、原油生産を 42 万バレル増(OPEC+105、米国▲54)にとどまる 9,615 万バレル
と予想、この通りとなれば供給と需要の差は大幅に縮小し、需給環境が改善する。さらに、2017 年に
かけても需給の差の縮小傾向が続き、年後半には需給が均衡する見通しである。
こうした見通しの背景を考えると、新興国経済は、減速する国があるとはいえ、全体で見れば依然と
して比較的速いペースで拡大しており、それに伴って原油需要の増加が続くという見方に違和感はな
い。一方で、供給については、イランの増産もあって OPEC の供給量拡大は避けられないものの、原
油価格の低下が米国のシェールオイル業界の投資環境を悪化させているため、供給量の減少につなが
っているということであろう。今後についても、最近の原油価格持ち直しを受けてシェールオイルの
生産量に下げ止まりの兆しは見られるものの、現状程度の原油価格では省エネや非化石エネルギーへ
のシフトも進み難く、需要の拡大に供給増が追い付かない状況が続くとみられる。そのため、米 EIA
が見込むように、今後も原油需給は改善し原油価格は底堅く推移しよう。ロシアや中東など原油への
依存度が高い国においては、景気の悪化に歯止めが掛かることが期待される。
米国経済は個人消費主導の成長軌道に回帰
また、世界経済の牽引役である米国経済が、このところ再び堅調さを見せていることは、明るい材料
である。冒頭で触れた通り、5 月に予想外の悪化を見せた雇用統計は、6 月に雇用者数が前月比 28.7
万人もの大幅増加となった。四半期ベースに均すと 2016 年 10~12 月期の前期比+28.2 万人から 2016
年 1~3 月期+19.6 万人、
4~6 月期は+14.7 万人と減速傾向にはあるが、
失業率は 10~12 月期の 5.0%
から 1~3 月期は 4.9%へ低下、4~6 月期も 4.9%と横ばいにとどまっており、供給側のボトルネック
が雇用拡大を阻んでいる可能性を示唆している。
賃金上昇率も 2015 年前半までの前年比 2%前後から、このところ 2%半ばを中心とするレンジへ上方
シフトしており、労働需給の逼迫が賃金上昇圧力を高めている様子が窺える。こうした所得環境の改
善は、先に見た株価上昇による資産効果と相俟って、個人消費の拡大に寄与しよう。実際に、個人消
費の代表的な指標である小売売上高は、1~3 月期の前期比▲0.1%から 4~6 月期は+1.4%へ改善、
5
日本経済情報
伊藤忠経済研究所
GDP 統計に近いとされるコア(除く自動車、ガソリン、建材、フードサービス)でも 1~3 月期の前
期比+0.7%から 4~6 月期は+1.8%へ加速している。米国経済は、個人消費主導の成長を取り戻した
と言えよう。
平均時給の推移(前年同月比、%)
雇用者数と小売売上高の推移(前期比・%、前期差・万人)
雇用者数(右目盛)
2.0
小売売上高
2.8
40
1.8
1.6
1.4
35
2.6
30
2.4
1.2
25
1.0
20
0.8
15
0.6
2.2
2.0
1.8
10
0.4
0.2
5
1.6
0.0
0
1.4
2013
2014
2015
2010
2016
( 出所) 米商務省、 労働省
2011
2012
2013
2014
2015
2016
( 出所) 米労働省
中国経済は成長率低下に一旦歯止め
中国経済は、依然として停滞感が強いものの、ひとまず下げ止まった。今月 15 日に発表された 2016
年 4~6 月期の実質 GDP 成長率は、1~3 月期と同じ前年同期比+6.7%となり、成長率の低下が一服
した。二次産業が 1~3 月期の+5.8%から+6.3%へ伸びを高めた一方で、三次産業は+7.6%から+
7.5%へ伸びが鈍化 7した。二次産業では製造業の下げ止まり(+5.7%→+5.9%)が寄与しており、
中国経済は製造業を中心に底入れしつつあると言える。
実際に工業生産の動きを見ると、1~3 月期の前年
実質GDP成長率の推移(前年同期比、%)
同期比+5.8%から 4~6 月期は+6.1%へ伸びを高
16
めている。背景には在庫調整の進展があり、製品
14
需給のバロメーターである生産者物価は 5 月の前
12
全体
一次産業
二次産業
三次産業
10
年同月比▲2.8%から 6 月は▲2.6%へマイナス幅
8
が一段と縮小した。資源価格の下落幅が縮小した
6
影響もあるが、衣料品や日用品など消費財価格の
4
2
マイナス幅が縮小(5 月▲0.2%→6 月▲0.1%)す
0
るなど、川下分野で製品需給が改善している様子
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016
( 出所) 中国国家統計局
が窺える。
ただし、製造業 PMI 指数は、5 月の 50.1 から 6 月は好不調の境目である 50.0 へ低下しており、回復
の勢いは感じられない。製造業 PMI 指数のサブ指数から判断する限り、輸出を中心に新規受注が伸び
悩んでいることが主因 8のようである。実際の需要の動きを見ても、個人消費は乗用車販売台数が持
ち直すなど底堅く、政府のインフラ投資も引き続き大幅に拡大している。しかしながら、輸出は減少
が続いており、過剰設備の問題もあって製造業の設備投資は伸び悩んでいる 9。そのため、景気は下
7
金融業の減速(+8.1%→+5.3%)が主因。株価の大幅上昇により活況だった前年の反動とみられる。
新規輸出受注指数は 5 月の 50.0 から 6 月は 49.6 へ低下、4 ヵ月ぶりの 50 割れとなり、新規受注指数は 5 月の 50.7 から
6 月は 50.5 へ低下した。
9 中国経済の現状についての詳細は、2016 年 7 月 21 日付 Economic Monitor「中国経済:一旦下げ止まったが成長加速は
期待薄(4~6 月期 GDP)
」参照。
8
6
日本経済情報
伊藤忠経済研究所
げ止まったとはいえ、このまま回復に向かうほどの勢いはない。
今後を展望すると、人民元安が進んでいるため、輸出の下げ止まりは期待できそうである。中国の税
関統計によると、輸出品の平均価格は人民元相場の下落によりドルベースでは 2015 年 12 月以降、前
年同月比でマイナスが続いている。そのため、輸
輸出数量と価格の推移(前年同月比、%)
出品の価格競争力が改善し、輸出は数量ベースで
40
2016 年 3 月以降、前年同月比プラスで推移してい
30
る。人民元相場は足元でも軟調に推移しているた
10
数量
▲ 10 価格
下落
価格(右目盛)
20
め、今後も人民元安が輸出の復調を後押ししよう。
▲5
0
0
▲ 10
5
▲ 20
また、個人消費も賃金の上昇や安定した物価に後
▲ 30
10
▲ 40
押しされ、引き続き堅調な拡大が期待できそうで
▲ 50
ある。ただ、過剰設備の調整は始まったばかりで
▲ 60
2008
あり、今後数年に渡って景気を下押ししよう。そ
※後方3期移動平均
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
価格
上昇
15
2016
( 出所) 中国海関総署
のため、今後も成長ペースが加速するような状況は期待できず、2016 年の成長率は政府が目標とする
6%台後半に落ち着くと見込まれる。
世界経済は問題山積ながらも底入れから持ち直しへ
以上を踏まえて、世界経済のまずは現状を整理すると、そもそも英国の国民投票より前から悪材料が
山積し停滞感が強まっていた。そうした中で、予想外の英国国民投票の結果が、先行きを一段と不透
明なものにした。足元でやや落ち着いているとはいえ、先行きを展望すると、米国の大統領選など政
治情勢は今後も予見し難い状況が続き、バングラディシュやフランス、ドイツのテロ、トルコのクー
デター未遂、南シナ海における緊張など、地政学的リスクが金融市場の不安定化を通じて世界経済へ
悪影響を及ぼす懸念が一段と強まるなど、不安材料は尽きない。
一方で、最近ようやく米国経済が堅調さを取り戻しつつあり、中国経済もひとまず下げ止まった。日
本経済も次章で詳述する通り景気対策が具体化されれば徐々に底堅さを取り戻すと期待される。また、
資源価格の持ち直しは、資源へ
【 主要国・地域の実質GDP成長率(伊藤忠経済研究所予測) 】
(%)
の依存度が大きい新興国の経
ウエイト
2014
済にとって追い風となる。政治
2013
実績
2014
実績
2015
実績
2016
予測
2017
予測
1 0 0 .0
3.5
3.3
3.4
3.1
3.0
3.3
先進国
6 0 .9
1.2
1.2
1.8
1.9
1.7
1.9
米国
23.4
2.2
1.5
2.4
2.4
1.9
2.1
がら、今後、世界経済は底入れ
ユーロ圏
17.3
し、持ち直しに向かうとみられ
日本
6.0
▲ 0.9
1.7
▲ 0.3
1.4
0.9
▲ 0.0
1.7
0.5
1.5
0.4
1.4
0.9
新興国
3 9 .1
5.3
4.9
4.6
4.0
4.1
4.5
19.3
6.9
7.7
6.9
7.7
6.8
7.3
6.6
6.9
6.5
6.7
6.5
6.5
6.2
5.6
1.2
5.1
6.6
2.8
4.6
7.2
2.8
4.8
7.3
3.5
5.2
7.5
3.5
5.6
7.5
3.3
3.5
3.2
1.9
1.3
3.0
3.0
0.7
1.3
0.1
▲ 3.7
▲ 0.1
▲ 3.8
▲ 1.5
0.1
▲ 3.8
0.8
1.5
▲ 0.0
や地政学的な面で大きな混乱
に至らないという条件付きな
る。2016 年の世界経済成長率
世界
2012年
実績
アジア
はリーマン・ショック以来の低
中国
い伸びとなる前年比+3.0%へ
ASEAN5
13.4
2.7
インド
2.7
減速するものの、2017 年には
中東欧
2.5
+3.3%へやや伸びを高めると
ロシア
2.4
予想する。
中南米
7.5
ブラジル
3.0
(出所)IMF (注)各年の数字はインドのみ年度、その他は暦年で前年比。予測はシャドー部のみIMFによる。
7
日本経済情報
伊藤忠経済研究所
2. 日本経済の現状と見通し
成長と分配の循環が逆回転
日本経済は、デフレへ逆戻りする懸念が強まって
企業の経常利益の推移(前年同期比、%)
いる。年初来の円高進行を受けて企業業績は悪化、
60
法人企業統計季報によると企業(全産業・規模合
50
計)の経常利益は 2015 年 10~12 月期の前年同期
40
製造業
非製造業
30
比▲1.7%から 2016 年 1~3 月期に▲9.3%へマイ
20
10
ナス幅が拡大した。そのうち、製造業は大幅減益
0
が続き(10~12 月期前年同期比▲21.2%→1~3
▲ 10
月期▲20.4%)、非製造業は減益に転じた(+
▲ 20
12.7%→▲4.5%)。長らく続く景気の停滞に円高
▲ 30
2011
2012
2013
2014
2015
2016
( 出所) 内閣府
進行が追い打ちをかけた格好である。
さらに、こうした企業業績の悪化は、設備投資や賃金の抑制に波及している。設備投資の先行指標で
ある機械受注(船舶・電力を除く民需)は、4 月の前月比▲11.0%に続き 5 月も▲1.4%と下げ止まら
ず、その結果、4~5 月平均の水準は 1~3 月期を 11.4%も下回った。内閣府は 4~6 月の機械受注を
前期比▲3.5%と予想、1~3 月期に+6.7%と比較的大きな増加となった反動減程度にとどまると見込
んでいたが、これを大きく上回る落ち込みは設備投資がピークアウトする可能性を示唆したものと言
える。また、6 月調査の日銀短観では、2016 年度の設備投資計画が前年比+0.4%にとどまり、昨年
度の同じ時期の+3.4%を大きく下回ったばかりでなく、最終的に前年比横ばいに終わった 2011 年度
の 0.0%と概ね同水準となった。企業の設備投資に対する姿勢は明らかに消極化している。
機械受注と設備投資の推移(季節調整値、年率、兆円)
80
日銀短観の設備投資計画(前年比、%)
10
12
名目設備投資
8
機械受注(後方3期移動平均)
75
11
70
10
6
2014
4
2013
2012
2
65
9
60
※機械受注の最新期は4~5月平均
▲6
7
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2015
▲4
55
2006
2016
▲2
8
2005
2011
0
2016
( 出所) 内閣府
3月調査
6月調査
9月調査
12月調査
3月調査
実績
( 出所) 日本銀行
所得環境の悪化により個人消費は停滞
また、連合の最終集計(7 月 1 日)によると、今年の春闘賃上げ率は 2.00%(5,579 円)にとどまり、
比較可能な組合に限ると前年の 2.29%(6,812 円、うち賃上げ 0.56%)から 2.04%(6,057 円、うち
賃上げ 0.32%)へ低下した。
こうした春闘の結果を反映した基本給(所定内賃金)は、全体で 3 月の前年同月比+0.6%から 4 月に
0.0%へ伸びが鈍化、5 月には▲0.2%とマイナスに転じた。パートタイム労働者でマイナスが続き(4
月▲0.9%、5 月▲0.1%)
、フルタイム労働者の伸びも鈍化(4 月+0.5%、5 月+0.2%)したことのほ
8
日本経済情報
伊藤忠経済研究所
か、相対的に賃金水準の低いパートタイム労働者の割合が高まった
10ことが全体平均の賃金水準を押
し下げた。賃上げの抑制に加え、依然としてパートタイム中心の雇用拡大が、家計の所得環境の改善
を遅らせていると言える。
夏のボーナスも、主に上場企業を対象とした日経新聞の調査(7 月 13 日集計)によると前年同期比+
1.03%にとどまり、昨年夏の+2.37%を大幅に下回った。非製造業では建設や小売、運輸を中心に伸
びが高まった(+2.14%→+4.49%)ものの、製造業が大幅に鈍化(昨年+2.52%→今年+0.12%)
し、全体の伸びの低下につながった。
所定内給与(基本給)の推移(前年同月比、%)
小売販売額の推移(前年同期比、%)
1.5
15
1.0
小売業計
コンビニ
スーパー
百貨店
10
0.5
5
0.0
▲ 0.5
0
全体
▲ 1.0
フルタイム
▲ 1.5
▲ 2.0
2013
▲5
パートタイム
※小売業計の直近期は4~5月平均。
百貨店、スーパーは店舗調整済、コンビニは既存店。 小売計のみ消費税含む。
2014
2015
▲ 10
2010
2016
( 出所) 厚生労働省
2011
2012
2013
2014
2015
2016
( 出所) 経済産業省、 各業界団体
所得環境の悪化を背景に、個人消費は停滞状態が続いている。小売販売額は、4 月、5 月とも前月比
▲0.1%となり、4~5 月平均の水準は 1~3 月期に比べ横ばいにとどまった。衣料品小売店(4~5 月
平均の 1~3 月期比+0.9%)や飲食料品小売店(+0.6%)は小幅増ながら、家電などの機械器具小売
店(▲2.9%)は落ち込みが続き、総合小売業(▲1.3%)も不振であった。総合小売業の各業界団体
の集計によると、百貨店売上(店舗数調整済)は免税売上の大幅落ち込みや衣料品の不振により 1~3
月期の前年同期比▲1.6%から 4~6 月期は▲4.1%へマイナス幅が拡大、スーパー売上(店舗数調整済)
は衣料品や家電製品の不振によりマイナスに転じ(1~3 月期+1.8%→4~6 月期▲0.8%)
、コンビニ
売上(既存店)は加工食品の伸び悩みによりプラス幅が小幅縮小した(+0.6%→+0.5%)。
景気対策により底割れは回避
このように日本経済は、企業業績の悪化が設備投資や個人消費の停滞をもたらす悪循環に陥りつつあ
る。こうした状況を憂慮して、安倍首相は 12 日、7 月中を目途に経済対策を取りまとめるよう関係閣
僚に正式に指示した。事業規模は当初 10 兆円程度とみられていたが、最近の報道では 20 兆円を超え
る可能性も指摘されている。いずれにしても、景気を直接的に下支えするという意味では、いわゆる
真水(実際の財政支出)の規模が重要である。真水が 6 兆円規模まで膨らむという報道もあるが、財
源の確保が困難 11なため今年度分に限れば 3 兆円程度にとどまるとみられる。
今回の景気対策は、9 月に召集が見込まれる臨時国会において予算化される見通しであるが、各種報
毎月勤労統計によると、常用雇用者数全体に占めるパートタイムの比率は 2016 年 5 月に 30.3%となり、前年同月(2015
年 5 月)の 30.0%から 0.3%Pt 上昇した。ただし、当研究所試算の季節調整値で見ると、パートタイム比率は 2015 年 11
月、12 月の 30.7%から 2016 年 4 月、5 月は 30.6%へ低下しており、ピークアウトの兆しが見られる。
11 現時点で財源として見込まれるものは、前年度剰余金 2,500 億円のほか、ここ数年、補正予算の財源として活用されてき
た今年度の国債費の余剰分(既定経費の減額)の合計 2 兆円程度しかない。なお、昨年度の国債費の余剰分は約 1.3 兆円。
10
9
日本経済情報
伊藤忠経済研究所
道によると、その中身は①GDP600 兆円実現などを目指した「ニッポン 1 億総活躍プラン」の加速(「待
機児童ゼロ」に向けた保育の受け皿整備、育児休業の期間延長、給付型奨学金の創設など)
、②21 世
紀型のインフラ整備(大型客船が停泊可能な港湾施設の整備、ホテル・旅館の容積率緩和、農産物輸
出促進に向けたインフラ整備、リニア中央新幹線の計画前倒しなど)
、③中小企業・小規模事業者や海
外展開企業の資金繰り支援(Brexit 対策)
、④熊本地震や東日本大震災からの復興・防災対応の強化、
などとなるようである。
仮に真水が 3 兆円となれば、GDP の 0.6%に相当するため、景気を下支えするには十分な規模であろ
う。あとは如何に円高進行を食い止めるかであり、その役割が期待される日銀の追加緩和が次回金融
政策決定会合(7 月 28~29 日)でどのような結果となるのか注目される。市場では相当の確率で追
加緩和を見込んでおり
12、このところ円高進行に歯止めが掛かっている一因ともなっているとみられ
る。そのため、日銀が追加緩和を見送れば、再び円高が進み、デフレ懸念が深まる可能性に留意して
おく必要があろう。
デフレ脱却は 2018 年度以降
当研究所では、今月の金融政策決定会合で日銀が追加の金融緩和に踏み切り、今年の秋には真水 3 兆
円規模の景気対策が予算化され、順次実行に移されると想定している。
その場合、ドル円相場は円安地合いで推移、企業業績の悪化に歯止めが掛かかり、企業の設備投資は
再び拡大に向かい、賃金は減少を回避するとみられる。その結果、日本経済は成長と分配の好循環を
取り戻し、2016 年末にかけて徐々に停滞から脱すると予想する。すなわち、2016 年度の日本経済は、
個人消費こそ持ち直し程度の伸びにとどまるものの、住宅投資は低金利を背景に高まった足元の水準
を維持、設備投資も前年並みの伸びを維持しよ
う。公共投資も景気対策による積み増しにより 3
年ぶりの増加に転じるとみられる。以上より、
2016 年度の実質 GDP 成長率は、前年比+0.9%
日本経済の推移と予測(年度)
前年比,%,%Pt
2017 年度については、耐久財需要の先食いの影
2015
2016
2017
実績
実績
予想
予想
▲0.9
0.8
0.9
1.1
国内需要
2.4
▲1.5
0.7
1.0
0.9
民間需要
2.2
▲1.9
0.7
0.9
0.8
2.3
▲2.9
▲0.2
0.6
0.9
8.8
▲11.7
2.4
3.4
▲5.2
2.0
2.2
0.2
(0.3) (▲0.1)
(0.2)
個人消費
住宅投資
響が徐々に弱まる下で、賃金の上昇が続き個人
2014
実績
2.0
実質GDP
と概ね前年並みの伸びを維持すると予想する。
2013
設備投資
3.0
0.1
(▲0.3)
(0.5)
消費の拡大ペースがやや早まること、景気対策
在庫投資(寄与度)
の効果が本格化し公共投資の伸びが高まること、
政府消費
1.6
0.1
1.5
1.4
公共投資
10.3
▲2.6
▲2.7
1.8
2.1
(▲0.3)
(0.8)
(0.1) (▲0.1)
(0.2)
4.4
7.9
0.4
0.5
3.2
円安地合いと海外景気の改善により輸出が持ち
純輸出(寄与度)
輸 出
直すこと、消費増税による景気停滞という不透
明な状況が回避されることにより設備投資が前
年並みの水準を維持すること、などから実質
GDP 成長率は前年比+1.1%に高まろう。
この場合、2016 年 1~3 月期時点で GDP 比 1.1%
1.0
6.8
3.4
▲0.1
1.0
2.3
名目GDP
1.7
1.5
2.2
0.7
1.2
実質GDP(暦年ベース)
1.4
▲0.0
0.5
0.6
1.1
鉱工業生産
3.3
▲0.5
▲1.0
1.5
3.4
失業率(%、平均)
3.9
3.5
3.3
3.1
3.1
消費者物価(除く生鮮)
0.8
2.8
▲0.0
0.7
1.0
輸 入
(出所)内閣府ほか、予想部分は当研究所による。
ブルームバーグの調査によると、対象としたエコノミスト 41 人中 78%に相当する 32 人が 7 月の追加緩和を予想してい
る(7 月 25 日現在)
。
12
10
日本経済情報
伊藤忠経済研究所
程度とみられる需給ギャップ(内閣府推計)は
需給ギャップと消費者物価上昇率(前年同期比、GDP比、%)
2017 年度終盤に解消し、2018 年度中にも消費者
2
物価上昇率の 2%達成が視野に入ると見込まれる。
除く消費税・食料・エネルギー
1
予想
需給ギャップ(GDP比)
0
▲1
▲2
▲3
▲4
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016
2017
( 出所) 内閣府、 総務省
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊
藤忠経済研究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負い
ません。見通しは予告なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と
整合的であるとは限りません。
11
2018