低油価環境で新たな関係作りが進展するメジャーと国営石油会社

更新日:2016/7/26
調査部: 高木路子
低油価環境で新たな関係作りが進展するメジャーと国営石油会社
(各種報道より作成)
・2014 年に始まった低油価環境を契機にして、メジャーや国営石油会社(NOC)は新たな戦略的なパー
トナーの関係構築に向けて動く。
・ロシア・中東産油国(あるいはその国営石油会社)は、高い生産目標の達成に向けて資金や技術面で
協力してもらうパートナーを求め、さらに安定した原油輸出先を探している。
・アジア新興経済国の NOC は、国内の石油供給インフラ整備を進める上でこういった産油国との事業提
携や長期的な原油引取り関係を構築しつつ、代わりに産油国への油・ガス田開発の投資機会を窺う。
・欧米メジャーは、上流部門での技術力を梃子に大産油国への上流参画の機会を広げている。
・低油価の長期化見通しは、それぞれのパートナー探しを後押しし、新たな企業間連携が進展。
1. 企業の低油価対応
低油価環境に移行して2年近くが経過した。OPEC 中東諸国は高生産態勢を崩さず、米国のシェール
の高い持久力と経済の先行き不透明感と相まって、NYMEX 原油先物市場における将来価格(フォーワ
ードカーブ)も 2020 年 55 ドル/bbl 水準 1である。
そうした低油価の長期化見通しの中で、財政面で厳しさ増す中東産油国(あるいはその国営石油会社
(NOC))は、高い生産目標の達成 2に向けて資金や技術面で協力してもらえる国外のパートナーを求め
る。加えて、イラン、サウジやロシア等との産油国間での供給先争いにおいて、他に先行して新興国との
間において安定した原油販売先や下流部門でのパートナー関係を構築しようとしている。
他方、新興経済国(消費国 NOC)側は、国内の製油所・貯蔵設備などの建設及びそれらへの安定調
達に向けて外部パートナーを求めている。同時に長期的な視野で、国外での油・ガス田への直接投資
を模索している。長引く原油価格の低迷を受けて、こうしたそれぞれのニーズに沿ったパートナー探しが、
最近、明らかになっている。
産油国 NOC
メジャー
消費国 NOC
(インド、東南アジア、中国)
2016 年 7 月 25 日時点
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/report_pdf.pl?pdf=1605_b02_takehara_takagi_%2epdf&id=7740
「石油市場に関する考察」P30 参照
1
2
1
2. メジャーと産油国(ロシア、中東)との関係
産油国にとっては、技術的に開発が難しい油・ガス田開発は、技術アドバンテージや操業実績を有す
るメジャーを招いて探鉱開発や能力増強を図っていこうする姿勢がみられる。国内には減退する成熟油
田も多く、そうした生産維持の技術的な取り組みも不可欠である。メジャーにとっては、技術力を梃子に
大規模な油田操業や大規模な LNG 開発に参画できるまたとない機会でもある。
具体的には、ロシアの国営ガス会社 Gazpromと国営石油会社 Rosneft が、欧州系メジャーと組んでロ
シア国内外に共同事業の機会を増やしている。欧米制裁によってシェール開発や極地・大水深開発が
制裁対象になっているものの、例えば、2016 年 6 月、Shell は、Gazprom が推進する Baltic LNG 開発に
同社が参画することに基本合意した。また、BP は、既に 20%の資本関係にある Rosneft との間で、既存
関係を深化させてシベリアでの上流開発を共同で実施することに合意した(表1)。
2011 年頃に、ExxonMobil、Total やShellなどのメジャーが、ロシア企業と共同事業を行うために相次い
で戦略的なパートナーシップを構築したが、2014 年のウクライナ問題に端を発した経済制裁で一部(深
海開発やシェール開発)事業がストップした。しかし欧州メジャーは制裁外の部分において双方の関係
を強化している。一方の米系の ExxonMobil は、2014 年の制裁後、Rosneft との共同事業を凍結した。
表1.メジャー(Shell, BP, Eni)-ロシア
NOC・政府
Gazprom
メジャー
Shell
時期
2016 年 6 月
Rosneft
ExxonMobil
2015 年 10 月
Rosneft
BP
*Rosneft の
20%株主
2015年 6 月
Rosneft
BP
*Rosneft の
20%株主
Eni
2016 年 6 月
Rosneft
2016 年 6 月
概要
経済フォーラム開催にあわせて、Baltic LNG 開発
参画、サハリン LNG 拡張、オホーツク海
Yuzhno-Kirinskoye ガス田の共同開発に関する
MOU 締結
欧米の経済制裁によってロシア向け投資が難しく
なる中、両企業が共同でモザンビーク沖合に応札
し、探鉱鉱区3鉱区を取得
東シベリアの Taas-Yuryakh Neftegazodobycha
(Taas)について新たな JV 組成し、その株式 20%
を BP が取得、東シベリア周辺の開発事業、インフ
ラ事業の実施他。
・シベリアでの探鉱にむけて JV“Yermak Ngtegas”
新設。BP(49%)。西シベリアの Baikolovsky、West
Yarudeisky Kheiginsky、Anomalny のライセンス
上流開発からエネルギー調達まで広範囲に及ぶ
協力関係を締結
各種資料より筆者作成
2
また、収入減に直面する中東諸国においては、欧米メジャーを招いて増産政策を実施していく動きが
みられる。フランスメジャーの Total が、2015 年のアブダビ陸上権益の取得に続き、カタールの最大油田
Al-Shaheen(30 万 b/d)油田権益(30%)を取得することが決まった(表2)。100%権益を現在保有するデ
ンマークの Maersk から操業権を引き継ぐ。本件は、Maersk とカタール(Qatar Petroleum)との間の既契
約が 2017 年に期限を迎えるにあたり、カタール側はメジャーに呼びかけて再入札を実施し、新たな事業
者を選定していた。
クウェートでは、NOC である KPC(Kuwait Petroleum Corporation)は現在の生産水準 300 万 b/d 弱を
2020 年までに 400 万 b/d の生産目標を掲げて生産油田の増強、さらに不足する天然ガスの開発を促進
させたい意向である。これらをメジャーの協力を得て取り組もうとしている。クウェート側からの正式な発
表はないものの、いくつかの情報ソースで BP や Shell との間で 国内の新たな油田開発に係る技術サー
ビス契約締結の可能性を伝えている(表2)。これらのサービス契約は、メジャーにとって自社生産量に寄
与しないものの、大産油国参画への足がかりとして低コストな大油・ガス田開発に関与することになる。ク
ウェートは、7月中旬、サウジアラビアに続き、NOC の IPO(新株発行)による将来的な資金調達の可能
性を財務省高官が示唆した。同国は、低油価に直面して外部の技術や資金を利用して経済安定や生産
増大を推し進める。
表2.中東産油国-メジャー(Total, BP, Shell)
NOC・政府
アブダビ
ADNOC
カタール QP
メジャー 時期
Total
2015 年1月
クウェート
KPC
BP
3
Total
概要
ADCO(アブダビ陸上)権益 10%取
得
2016 年 6 月 同国最大の Al-Shaheen 生産油田
(30万 boe/d)の操業権(30%)
2016 年3月 3 国内外での共同探鉱開発の機会、
世界での石油化学及び中流事業、
さらに LNG を含め将来の石油・ガス
のトレーディング事業における協力
関係の構築。
国内の Burgan 油田の増産・生産維
持について技術サービス契約
(Enhanced Technical Service
agreement:ETSA)。
備考
他メジャーも応札との
情報
入札には
Shell,ConocoPhillips、
Chevronも応札との情
報
Total も応札との情報
IOD 2016/7/5 記事, BP プレスリリース 2016/3/30, Bloomberg 2016/7/12
3
クウェート
KPC
Shell
2016 年3月
-4 月 4
Ratqa 油田(重質油田)増強, 及び
複数油田増産向け水管理事業、
(Jurassic ガス田開発は契約済み)
Total も応札との情報
各種資料より筆者作成
さらに、イランにおいても 2016 年初の制裁解除に伴って外資への上流開放が検討されており、現在、
欧州メジャー等が参画を窺っている。
このような欧州メジャーのロシア・中東での動きをよそに、米系メジャーの ExxonMobil は中東・ロシア大
産油国での資産取得にほとんど関心を示さず、モザンビークやパプアニューギニアで将来の LNG 向け
ガス資産取得にむけて買収攻勢をかけていると伝えられる。もう一つの米系メジャーChevron は、足元、
既存の LNG 開発(Gorgon, Wheatstone)やカザフスタン Tengis 油田拡張など既存案件が優先されてい
る。
低油価環境において各メジャーの将来に向けた資産増強の動きに開きがみられる。
表3.カザフスタン Kazumnaigas とメジャー (既存事業)
NOC・政府
カザフスタン
Kazumnaigas
メジャー
Chevron
時期
2016 年 7 月
概要
Tengiz 油田(現行生産量 58 万boe/d)拡
張計画を最終投資決定、368 億ドル規模
26 万 boe/d 分を 2022 年までに拡張
権益保有者 Chevron(50%), ExxonMobil
(25%), Kazmunaigas (20%) , ロシア Lukoil
(5%)
備考
価格下落に
伴って最終
投資決定を
延期してい
た
各種資料より筆者作成
3. 産油国と消費国
産油国 NOC のパートナー探しは消費国 NOC との間でもみられる。消費国側にとっては、エネルギー
安全保障の面で長期的な量的確保に狙いがある。産油国及び消費国の NOC は、大半が自国内の精
製・販売部門においても独占操業あるいはほぼ独占している。そのため、産油国側は、消費国NOC との
間の戦略的な関係作りを上下流一体で進めるケースもみられる。
アジアの中でも石油・ガス消費増大が見込まれるインドやインドネシアは、供給争いに伴う主戦場とな
っている。両国は下流部門での政府規制が徐々に緩和されている。インドは、主に国内製油所を独占的
4
IOD 2016/7/5 記事, Bloomberg 2016/7/12, Shell ホームページ
4
に保有している ONGC、Indian Oil、Hindustan や Bharat の国営系企業がロシアの上流資産獲得に動い
た(表4)。その一方でロシア Rosneft はインド国内の民間石油会社 Essar Oil の株式 49 %の取得を行って
長期的な資本関係を構築した。インド市場には、そのほかにも、サウジアラビアの国営石油会社や欧米
のメジャーが精製・販売事業への参入に関心を示す。
インドネシアでも、ロシア、サウジアラビアの NOC が同国の NOC(Pertamina)との製油所建設計画に
名乗りを挙げている(表5)。イランの NOC も、インドネシアに原油を販売する一方でインドネシアの NOC
がイランの上流権益に参画する内容の合意がまもなく行われるとインドネシア側が伝えている。
Pertamina は、原油収入が落ち込む中でも 2016 年の上流事業向け予算を前年比 20%引き上げており、
現在、国内外の資産取得の機会を追求している 5。
また、ベトナムでは、2016 年上半期に国営会社の PetroVietnam が、政治面で繋がりが強いロシアの
Rosneft や Gazprom との間でそれぞれ上流・下流部門での関係強化を図っている。ベトナムでは、ほか
にもクウェートの国営石油会社 KPC が製油所建設に出資し将来の原油供給先を確保しているが、
SaudiAramco は最近、製油所新設計画から撤退することを表明、他国での同様の事業を優先させる。
2010 年前後に世界各地で大型買収を展開した中国は、2013 年の政府による汚職取り締まり以降、国
内 NOC 各社による国外資産の取得は 2015 年の Sinopec によるロシア権益(21億ドル)取得が明らかに
なったほかは、ほとんど合意がないようだ。2016 年 6 月の中ロ首脳会談時でも、CNPC と Gazprom の間
で、また Sinopec と Rosneft との間では下流事業の枠組み合意であった 6。
他方で、欧米メジャーは、成熟化した先進国に保有する下流資産を相次ぎ売却している一方で、以前
より、新興市場である中国(例:BP、Total, ExxonMobil、Shell、Total)やインド(例:BP)において上流投資
を含めて石油・ガス事業での関係強化を進展させようとしている。しかし、前述の通り、多くの新興市場は
政府統制下にあり、また自国の国営石油会社や地元企業が事業主体であって外資の参画余地は限られ
る。Shell の下流部門トップは、PIW 誌のインタビューにて中国では潤滑油の製造販売の拡大, インドで
は LNG 輸入・ガス部門での参入を追及したいと述べている。
5
6
PIW 2016/6/6 記事
参照「中国国有石油企業の対外投資トレンド 2016 ~規模拡大から“一帯一路”や国内供給など政策反映型に~」(竹原)
5
表4.インド NOC-ロシア NOC
消費国
インド ONGC
ロシア企業
Rosneft
インド Oil India/
Indian Oil/
Bharat Petroleum
Rosneft
インド Oil India/
Indian Oil/
Bharat Petroleum
Rosneft
時期
2016 年5月
内容
Rosneft 子会社 Vankorneft
株式 15%取得(生産量 7 万
b/d 相当)、追加 11%取得
について交渉中。IOD
7/12
2016 年 6 月 Rosneft 子会社 Vankorneft
株式 23.9%取得。
2016 年6月
Rosneft 子会社
Taas-Yuryakh-Neftegazodo
bycha 株式 29.9%取得
備考
権益26%への拡大が
可能となる他原油供
給他の共同事業を
検討
Suzunskoye、
Tagulskoye、
Lodochnoye 各油ガ
ス田共同開発の可
能性を検討
2015 年、BP が同株
式(20%)を売却
各種資料より筆者作成
(参考)その他:インド企業と産油国側との権益取得関連
インド企業
NOC
時期
Essar Oil(インド)
*
Essar Oil(インド)*
Rosneft
2016 年 5 月
Petronet LNG(イン
ド)
概要
備考
Essar の株式 49%を Rosneft が取
得
SaudiAramco 2016 年 6 月交渉中 Essar の株式 25%を SaudiAramco
が関心
Novatek
2016 年 7 月交渉中 Yamal LNGあるいはArctic-2への
参画協議中
*Essar Oil はインドの Ruia 財閥が株式保有し、現在株式売却中。 各種資料より筆者作成
表5.東南アジア NOC-産油国 NOC
NOC(国)
Pertamina(イン
ドネシア)
NOC
SaudiAramco
(サウジアラビ
ア)
Pertamina(イン
ドネシア)
Rosneft(ロシ
ア)
Pertamina(イン
NIOC(イラン)
時期
2015 年 5 月
(Engineering
契約締結)
概要
備考
Central Java での Cilacap 製油所の 50 億ド
ル規模のアップグレード事業 35 万 b/d
⇒2022 年までに 37 万 b/d を拡張
SaudiAramco が拡張分に原油供給
2022 年完成
別途、SaudiAramco は Dumai 製油所(北部
予定
スマトラ)、Balongan製油所(West Java)の
各建設計画あり
2016 年 5 月
Tuban 製油所(30 万 b/d 能力)建設実施
にむけた JV 企業の設置に関するフレー
ムワークに合意
2016 年 7 月頃 インドネシアへの LPG 供給に関する合
6
ドネシア)
PetroVietnam
(ベトナム)
(インドネシア
側情報)
Rosneft(ロシ
ア)
意。両社は、インドネシアでのイランNIOC
の下流部門の関係構築、及び Pertamiana
のイランでの上流事業参画にて近く合意
するとの情報
2016 年5 月-6 ・Rosneft によるベトナムへの長期原油供
月
給契約(2040 年まで)
・双方による両国での探鉱・開発事業及び
第 3 国での共同実施の可能性協力。
PIW 誌 2016/6/6, 2016/6/27 参照 各種資料より筆者作成
4. まとめ
2014 年に始まった低油価環境及び産油国の高生産政策を契機にして、メジャーや国営石油会社は
新たな関係作りに動き出している。ロシア・中東産油国(あるいはその国営石油会社)は、高い生産目標
の達成に向けて資金や技術面で協力してもらうパートナーを求めているのに加えて、安定した輸出先と
して消費国の下流事業に参画する動きがみられる。
アジアの新興経済国では国営石油会社 NOC が主体となって国内の石油供給インフラ整備を進める
一方で、政府はエネルギーの国外依存度が高まるリスクに直面している。そのため、エネルギーの安全
保障を高める上で、産油国からの資金提供や長期的な原油提供に合意しつつ、産油国の油・ガス田へ
の直接投資をも視野に入れている。
欧米メジャーも、上流部門(LNG、EOR、重質油)での技術力を梃子に大産油国への上流参画の機会
を広げている。
長引く低油価見通しに後押しされて、産油国、消費国、石油会社(メジャー)、それぞれパートナー探
しを行っており、将来に向けた協力関係作りが進展している。
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