3. 復興 支え合い

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(第3種郵便物認可)
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2016年(平成2
8年)7月23日(土曜日)
岩手の震災被災地は熊本からたくさんの
支援を受け、交流も続けてきた。熊本地震
が発生し、「恩返しをしたい」と立ち上がっ
た被災地の住民たち。そして、古里の惨状
を思いながら今も、岩手で復興に携わる応
援職員。遠く離れた岩手と熊本を重ね合わ
せながら互いに心を寄せている。
よねさき
陸前高田市米崎町の米崎地区
コミュニティセンターの和室に
は今も爽やかなイ草の香りが漂
う。2
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年1月に熊本県いぐさ
・畳表活性化連絡協議会から允
枚の畳支援を受けたことで、多
くの市民が快適に過ごせる場所
になった。
震災後は、避難所や被災した
県立高田病院の診察場所とな
り、現在は集会施設として活用
されている同センター。管理す
る同地区コミュニティ推進協議
会の新沼幸男会長(
兗)
は「大切
健康教室で作った減塩料理を囲み、笑顔で会食する参
加者。畳支援を受けた和室を多くの市民が利用する=
陸前高田市米崎町・米崎地区コミュニティセンター
遠野市のNPO法人遠野まご
ころネット(臼沢良一理事長)
は、同市の友好都市の熊本県菊
池市を拠点に支援活動を展開し
ている。5月に結成した「菊池
市災害支援ネットワーク」の運
営をサポート。東日本大震災の
経験を生かし、官民一体で被災
地の復興に取り組む。
活動の拠点となる菊池市の
「まごころベースキャンプ」に
は、7月中旬までに延べ約6
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人のボランティアが訪れた。遠
に使わせてもらっている」と畳
支援に感謝し、熊本地震発生後
には義援金儗万円の寄付と当面
の募金活動を決め、実施してい
る。
この日は栄養・健康教室で参
加者約儫人が減塩料理を作り、
和室で会食していた。3年前に
熊本へ旅行した同市米崎町の佐
藤保子さん(
児)
は「石垣が崩れ
た熊本城を見た時には、震災当
時を思い出して涙が出た。一日
も早い復興を祈っている。また
旅行に行きます」
と力を込める。
野で復興支援活動を経験した人
が多く、家屋の清掃活動などに
汗を流している。
7月からは被災地の小学生を
招いてゲームやバーベキューを
楽しんでもらう「こどもみらい
きゃんぷ」をスタート。さまざ
まな課題を解決するため、息の
長い取り組みが続く。
臼沢理事長(
児)
は「東日本大
震災で受けた支援は忘れない。
岩手からその恩返しを続ける」
と誓う。
今後の熊本支援活動について話し合う臼沢良一理事長(中央)ら遠野まごころネットのメンバー=遠野市早瀬町
儘
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市
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仙
町
・
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寺
鮮やかな緑色の水田が広がり、写真奥では今泉地区土地区画整理事業のかさ
上げ工事が進められている=201
6年7月儘日、陸前高田市気仙町・泉増寺
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土地区画整理事業が進み、防潮堤の内側で田老野球場
などが復旧している宮古市田老地区=2016年7月18
日