グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた ~しがらみを

グーグルで必要なことは、
みんなソニーが教えてくれた
~しがらみを捨てると世界の変化が見える~
アレックス株式会社 代表取締役社長兼CEO
(ALEX)
辻野 晃一郎 氏
4 月 19 日(火)、七十七銀行本店 4 階大会議室において、アレックス株式
会社代表取締役社長兼CEO/グーグル日本法人元代表取締役社長辻野晃一
郎氏をお招きして、「『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれ
た』~しがらみを捨てると世界の変化が見える~」と題してご講演いただき
ました。
今回はその講演内容をダイジェストとしてご紹介いたします。
人生の基本はソニーで覚えた
辻野 晃一郎 氏
私は 1957 年生まれ、84 年に大学院の電気工学科
を修了しソニーに入社、長く勤務しました。人間と
辻野 晃一郎(つじの こういちろう)氏 プロフィール
【略 歴】
1957 年 福岡県生まれ。
1984 年 慶応義塾大学大学院工学研究科を修了し、ソニー入
社。
1988 年 カリフォルニア工科大学大学院電気工学科修了。
VAIO、デジタルTV、ホームビデオ、パーソナ
ルオーディオ等のカンパニープレジデントを歴任。
2006 年 ソニー退社。
2007 年 グーグルに入社。
2009 年 グーグル日本法人代表取締役社長に就任し、グーグ
ルの日本市場における成長に寄与した。
2010 年 グーグルを退社し、アレックス㈱を創業。
現在
同社代表取締役社長兼CEOを務める。
2011 年
2012 年
2013 年
KLab㈱社外取締役。
早稲田大学商学学術院客員教授。AOI Pro社外
取締役。
IT総合戦略本部 規制制度改革分科会構成員も務
める。
グローバル化、クラウド化が進んでいる今日、業務遂行ス
ピードがどんどん加速していっている。世の中の変化スピー
ドについていくには、リスクをとらない事が最大のリスクで
ある事を知らなくてはならない。
講演では、ソニー、グーグルで培ったチャレンジ精神につ
いて語る。
【主な著書】
「リーダーになる勇気」
(日本実業出版社)
「グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた」
(新潮社)
「成功体験はいらない」
(PHPビジネス新書)
週刊文春
「出る杭は伸ばせ!辻野晃一郎のビジネス進化論」連載中
14
七十七ビジネス情報 2016 年夏季号(No.74)2016.7.22
しての基本はソニーで叩き込まれました。2006 年
3月にソニーを退社し、浪人の身になって1年の空
白期間の後にグーグルに入社しました。その背景に
は黒船に乗ってみたい、強さの秘密を知りたいとい
う気持がありました。社長を経験した後、自分の人
生を棚卸して自らのアジェンダで仕事をしてみたい
という思いがつのり、2010 年に ALEX を創設しま
した。
ALEX は東京品川区の天王洲に本社を置いてい
ます。理念が先行した企業といってもよいと思いま
す。日本産業の競争力が低下し、底知れない恐怖感
がただようなか、私は日本人として切実な危機意識
を感じておりました。新しい産業のスタイルをメイ
ド・イン・ジャパンでできないか、その発想をどの
ように得ればよいのか、と考えたときに、成熟国家
として生活文化産業を輸出産業として広めるべきで
ないか、と考えるに至りました。
化学・工業製品以外にも伝統工芸品や食、ファッ
ションなど、全国津々浦々で優れた製品がつくられ
ています、それが衰退産業になっているのが現実で
す。それをインターネットで世界に発信していくの
です。ネットというテクノロジーの恩恵を受けて世
界市場へのアプローチが容易になりました。その
ツールを活かし世界市場を相手にビジネスのプラッ
トフォームを構築し、グローバルスケールのビジネ
スを生み出すのが、ALEX の目的です。
出る杭は打たずに援助しよう
本日のお話のキーワードはイノベーションです。
それはどのようなものでしょうか。とかくリスクを
とって何かにかけて新しい技術を生み出すことと、
とらえられがちです。ソニー創業者の井深大さんは、
すばらしいアイデアだけではイノベーションになら
ないと言っていました。事業化されて、結果的に世
の中に商品やサービスとして広く受け入れられて、
初めてイノベーションになるのだ、と思います。そ
うした意味ではイノベーションはとても泥臭いもの
です。ALEX を起こしたのも、テクノロジーと日
本が大事にしてきたものづくりや伝統素材を組み合
わせて、新しい経済をつくりたかったからです。
泥臭いといえば、グーグルはとても泥臭い企業で
す。ストリートビューや YouTube などはプライバ
シーや著作権の問題と絡み、物議を醸します。波風
を立てながらも、既得権を持っている人にも地道に
その良さを理解してもらわなければなりません。イ
ノベーションを起こすには泥臭く現状を変えようと
いうマインドが必要です。
グーグルに勤めて、カルチャーショックを受けた
ことがあります。各人がグローバルにスケールさせ
るという意識を持っていたことです。インターネッ
トの出現と普及によって地球は小さくなりました。
グーグルでは提案を出すと、それはグローバルの規
模に拡大できるのか、つまりスケールすることがで
きるか、と尋ねられるのです。また、リスクのとら
え方も違います。日本ではネガティブ用語のきらい
がありますが、起業家精神の旺盛な人はリスクを
チャンスと捉えているのです。
日本ではリスクをとってチャレンジするような出
る杭は打たれる傾向が強いです。空気を読むばかり
ではイノベーションは起こりません。出る杭を援助
そういえば、ソニーはモルモット企業だと言われ
ました。ソニーは他社にさきがけて未開拓領域に乗
り出しました。成功すると他社が参入してきます。
井深さんは当初、この言葉に憤慨しましたが、後に
なると自ら好んで使うようになりました。
グーグルに入社したときの印象は、昔のソニーみ
たいだ、ということでした。組織はフラットでボト
ムアップ型であり、イノベーションはコミュニケー
ションから生まれるということを地でいっている企
業です。グーグルでは普段から非常にコミュニケー
ションが活発で、若い人は仕事も猛烈にするが、は
めをはずして遊びもします。そうした点も往年のソ
ニーに似ているところです。
目を世界に転じてみましょう。世界の人口は 73
億人。60 億人から 70 億人に増えるのに僅か 10 年。
2050 年には 100 億人と予測されています。人類は食
料問題や環境問題など多くの難問に直面します。世
界の問題の根底には人口爆発問題が横たわっている
のです。ハーバード・ビジネス・スクールの元教授
で経営コンサルタントのラム・チャランは、「グ
ローバル・ティルト」という書物で、文化の中心は
北緯 31 度から南に移行すると言っています。日本
で北緯 31 度といえば鹿児島県の佐田岬に当たり、
全域が 31 度以南にあるのは沖縄県だけです。グ
ローバルなパワーシフトが起きています。発想をダ
イナミックに転換することが必要です。
そう考えると、シャープが台湾の鴻海に買収され
たことは驚くことではありません。北緯 31 度より
南に位置する台湾は、長い時間をかけて技術立国を
目指してきました。グローバルレベルでみれば、起
こるべくして起きたのが今回の買収劇です。
世界の人口は 73 億人。これはリアルの世界です。
一方、バーチャルのネットワークの空間には 30 億
人が住んでいます。2050 年にはリアルとバーチャ
するような基盤をつくっていくことが必要です。
人口爆発がもたらすグローバルシフト
インターネット出現の前と後では社会が変わりま
した。アフター・インターネットの時代にはアジャ
イルという言葉がつかわれるようになり、リーンス
タートアップ、プロトタイピングという用語も用い
られるようになりました。じっくり考えて完成度を
高めてアクションする時代でなくなったのです。思
いついたら行動し、走りながら考えるアプロ―チが
有利な時代になったのです。
七十七ビジネス情報 2016 年夏季号(No.74)2016.7.22
15
ルの人口は、ニアリーイコールになるでしょう。こ
でしょうか。私は航空機の時代につくられた戦艦
れまで北半球では電話線を張り巡らし固定電話から
大和を思い出してしまいます。
順次インフラを整えてきました。一方、途上国は何
実は、グーグルの創業は 1998 年で、それほど隔
もないところに突然にインターネット、低価格スマ
たらない時期に 東京 スカイツリー構想は 持ち 上
ホなどで最先端の知にリーチ出来るようになりまし
がっています。そして現在、グーグルは世界を変
た。これは北半球との大きな違いです。
えました。一方、日本では過去の延長線上に未来
を描いています。もう一度、自らの行動パターン
過去の延長線上に未来を描く日本
世界を駆け巡るインターネットに時間差はありま
を考え直すべきではないでしょうか。
様々なイベントに参加すると、日本勢よりアジ
ア諸国・地域の企業家の方に勢いがあることを痛
せん。基本的にリアルタイムです。アフター・イン
感します。日本の 20 世紀を支えた企業は高齢化し、
ターネットの時代においては、このリアルタイム性
安定期から衰退期に入っています。ビフォー・イ
を活かせるか否かで、ビジネスの勝敗が決まります。
ンターネットの体質を改めて、もう一度成長期の
しかし、日本の社会の仕組を考えると、いまだにビ
勢いを取り戻す必要があります。
フォア・インターネットの時代にあるように思われ
ます。それが日本の競争力をそいでいるのです。日
本の組織はまだ 20 世紀初頭の階層構造にあり、会
社では稟議のスタンプラリーをしていて、ビジネス
チャンスを逃しています。
アフター・インターネットの時代、すべては変化
テクノロジーの進歩は指数関数的に加速します。
コンピュータの処理速度はこの 20 年で 1000 万倍以
上となりました。人工知能は飛躍的に賢くなりま
のプロセスに過ぎなくなりました。垂直統合で世界
した。人工知能の権威レイ・カーツワイル博士は、
最高性能・最高品質を誇った日本の家電産業は、
人類の英知を集めても人工知能の方が賢くなる時
グーグルやアップルなどのシリコンバレー勢を上
期を 2045 年としています。成熟産業である自動車
流、韓国や台湾、中国の EMS 勢を下流とする水平
や家電、住居などもインターネットと人工知能に
分業化のなかで凋落していきました。家電だけでは
よって、もう一度生まれ変わり再定義される流れ
ありません。自動車にも次世代カーが出現し、すで
にあります。一方で人工知能やロボットは雇用に
に人工知能による自動運転が現実化しています。
も大きな影響を与えるでしょう。今後、20 年ほど
グーグルの自動運転の技術は、友人を自動車事故
で雇用の半分は失われるという研究もあります。
で亡くしたセバスチャン・スランが進めてきたもの
明暗ともにありながらも、新しいチャンスが広
です。彼は過去の延長線上でなく、人類が未来に抱
がる時代が到来しています。チャンスをとらえる
える課題を解決するために、今なすべきアクション
には、企業にも個人にもアップデイトが求められ
をとっているのです。目先のビジネスや過去の延長
ます。今までの延長線上で考えていては変化を見
線上の目標設定ではありません。アプローチの大き
逃します。これまでの常識は常識でないと考え、
な違いです。改善が得意な日本ですが、破壊的なイ
スピードを大事にするマインドへの切換えが必要
ノベーションは起きにくい。それは過去の延長線上
です。
で発想する傾向が強いことに大きな要因がありま
す。
一方、時代の先端をいくのは、やはりアメリカの
シリコンバレーです。シリコンバレーにはグーグル
以外にも、お客と空車を結びつける UBER(ウー
バー)、宿泊場所とお客のマッチングをする Airbnb
(エアビーアンドビー)などが急成長しています。
こうしたなかで日本はどのように存在感を発揮し
ていけばよいのでしょう。2012 年、めでたく東京
スカイツリーが竣工しました。東京の新しいランド
マークです。しかし、インターネットの時代に放送
波の電波塔をつくることにどのような意味があるの
16
クラウドが未来を包んでいる
七十七ビジネス情報 2016 年夏季号(No.74)2016.7.22
クラウドコンピューティングは、現在のところ経
は、内需の大きさを示す数字です。しかし、イン
営のスピードアップの最大のツールです。すべての
ターネットのスケールでいえばフェイスブックの月
情報はサーバーにあるので、誰もがリアルタイムで
間ユーザー数は 13 億人。それに比べれば、1億
アクセスが可能となり、情報の共有化が進みます。
2000 万はそれほど大きな数字ではありません。
だから会議でも即断即決でき、日本で往々みられる
ALEX を興すときに考えたことは、中小零細企
この案件は後日決定、というデシジョンの持越しを
業ががんばっている分野である生活文化産業を輸出
解消できます。クラウドの本質は行動の迅速化にあ
産業にするためにバックヤードでお手伝いすること
ります。また、行動が迅速化し、イノベーションが
でした。昨年、日本には 2000 万人を超える外国人
起こるには、空気を読まない人を大事にしなければ
が訪れました。インバウンドでも新しいビジネス
なりません。かつてのソニーが、奇人、変人の大集
チャンスがあると思っています。
合だったみたいにです。
空気を読まないで出ようとする杭が新しい時代を
私は、ラグビー日本代表を指導したエディー・
つくってきたことは、歴史が示すとおりです。全国
ジョーンズさんに学ぶことが沢山あると思っていま
を歩くと、名前は知られていないが、素晴らしい出
す。もともと、日本のラグビーチームの目標は、日
る杭の方々が沢山おられます。これからの日本に必
本一になることでした。しかし、日本代表の目標は
要な人材は、先頭集団で日本を牽引しようという意
世界で戦うことです。エディーさんは、日本が世界
欲に燃えた人たちです。2020 年には東京オリン
で戦うには、単に海外のチームのコピーでは駄目だ
ピック・パラリンピックがやって来ます。復興道半
として、日本の強みを理解したうえで、日本人の弱
ばにある東北地方や新たに地震に見舞われた熊本地
いところは外国人で補い、意思決定が必要なポジ
方は大変な状況にあると思いますが、この年をマイ
ションは日本人に任せました。こうしてストイック
ルストーンに置き、明るい未来を切り拓いていただ
で勤勉な日本人の強みを生かした強いチームができ
きたいと思います。
たのです。
エディー・ジョーンズさんの考えは、企業の布陣
を考えるうえでも参考になるのではないでしょう
か。アメリカのマネをして駄目になった企業の例は
沢山あります。日本的経営は暗黙知や計量化できな
い部分に強みがあります。これからは暗黙知を人工
知能が学習していって、テクノロジーと組み合わせ
た強い日本的経営の新たなスタイルを訴求していく
ことが大事であると思います。
私が常に意識しているのは、日本を世界にスケー
ルすること、つまりビジネスを世界規模で考えるこ
とです。たしかに日本の1億 2000 万人という人口
講演会の模様
七十七ビジネス情報 2016 年夏季号(No.74)2016.7.22
17