都市農業振興基本法、基本計画と東京都等「地方計画」の課題 伊藤久雄(認定NPO法人まちぽっと理事) 1.都市農業振興基本法の制定経過 2015 年 4月7日 9日 参議院農林水産委員会全会一致で提出を決定 参議院本会議全会一致で可決 15 日 衆議院農林水産委員会全会一致で可決 16 日 衆議院本会議全会一致で可決・成立 22 日 官報公布・施行 2.基本法における都市農業の振興に関する基本理念 ① 都市農業の多様な機能の適切かつ十分な発揮と都市農地の有効な活用及び適正な保 全が図られるべきこと ② 良好な市街地形成における農との共存に資するよう都市農業の振興が図られるべき こと ③ 国民の理解の下に施策の推進が図られるべきこと を明らかにするとともに、政府に対し、必要な法制上、財政上、税制上、金融上の措置 を講じるよう求めている。また、総合的・計画的に施策が推進されるよう、政府による都 市農業振興基本計画の策定が義務付けられた。 3.都市農業振興基本計画 意見募集期間を 2016 年 1 月 30 日(土)から 2 月 28 日(日)までとして、 「都市農業振 興基本計画(案)」についてパブリックコメントが実施された。このパブリックコメント等 を踏まえた都市農業振興基本計画( 案) の主要修正箇所が提示された。(別紙) その後、案の修正を踏まえた都市農業振興基本計画が 5 月 13 日、閣議決定された。 都市農業振興基本計画(概要) http://www.mlit.go.jp/common/001131131.pdf 都市農業振興基本計画 http://www.mlit.go.jp/common/001131132.pdf 当日配布されたプレス・リリースに掲載された、計画の趣旨と概要は次のとおり。 1 1.趣旨 本計画は、都市農業振興基本法第9条に基づき、都市農業の振興に関する施策につい ての基本的な方針、都市農業振興に関し政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策等につ いて定めた計画です。 2.概要 本計画では、都市農地を農業政策、都市政策の双方から再評価し、これまでの「宅地 化すべきもの」とされてきた都市農地を、都市に「あるべきもの」とすることを明確にし ました。この上で、「都市農業の多様な機能の発揮」を中心的な政策課題に据え、都市農業 の振興に関する施策についての基本的な方針について示しました。 この基本的な方針の実現に向け、今後講ずべき施策として、的確な土地利用に関 する計画の策定等について取組むこととしています。 今後、【講ずべき施策】(特徴的なものを中心に記載)として概要版から抜粋すれば以下 のとおり。(下線、伊藤) 1農産物を供給する機能の向上並びに担い手の育成及び確保 ・福祉や教育等に携わる民間企業による都市農業の振興への関与の推進 ・都市住民と共生する農業経営(農薬飛散等対策)への支援策の検討 2防災、良好な景観の形成並びに国土及び環境の保全等の機能の発揮 ・関係団体との協定の締結や地域防災計画への位置付けなど防災協力農地の取組の普及 の推進 ・屋敷林等について、緑地保全制度の活用促進、地域住民による農業景観の保全活動の 展開 3的確な土地利用に関する計画の策定等 ・将来にわたって保全すべき相当規模の農地については、市街化調整区域への編入(逆 線引き)の検討 ・都市計画の市町村マスタープランや緑の基本計画に「都市農地の保全」を位置付け ・生産緑地について、指定対象とならない 500 ㎡未満の農地や「道連れ解除」への対応 ・新たな制度の下で、一定期間にわたる営農計画を地方公共団体が評価する仕組みと必 要な土地利用規制の検討 4税制上の措置 新たな制度の構築に併せて、課税の公平性の観点等も踏まえ、以下の点について検討 2 ・市街化区域内農地(生産緑地を除く)の保有に係る税負担の在り方 ・貸借される生産緑地等に係る相続税納税猶予の在り方 5農産物の地元での消費の促進 ・直売所等で取り扱う農産物等についての効率的な物流体制の構築の推進 ・学校給食における地元産農産物の利用のため、生産者と関係者の連携を強化 6農作業を体験することができる環境の整備等 ・市民農園等の推進に向け、広報活動や体験プログラムの作成等に知見を有する専門家の派 遣 ・都市住民が農業を学ぶ拠点としての都市公園の新たな位置付けを検討 ・福祉事業者等が農業参入時に必要となる技術・知識の習得等を支援 7学校教育における農作業の体験の機会の充実等 ・都市農業者等の学校への派遣の拡大と、統一的な教材の整備等を推進 8国民の理解と関心の増進 ・食と農に関する様々な展示を行うイベントの仕組みの検 4.地方計画の策定について 都市農業振興基本計画において、地方計画の策定は次のように明記された。 『都市農業の振興を図る上では、地域の実情に応じて取組が進められることが必要であ り、基本法においては、都道府県及び市町村は、都市農業の振興に関する地方計画を定め るよう努めなければならないとされている。 計画の策定に当たっては、農業部局、都市計画部局のみならず、財政部局等の関係部局 との連携が極めて重要である。このため、国の基本計画や新たな都市農業振興制度も参考 とし、都道府県及び市町村による地方計画が可能な限り早期に作成され、関連する施策と の連携を図りつつ、地域の実情に応じた施策が推進されるよう、国から積極的に働きかけ るとともに、必要な情報の提供等適切な支援を行う。 5.東京都および市区町村計画 (1)東京都 東京都はこれまで、 「東京農業振興プラン」 (2012 年改定)や農業経営基盤強化促進法(昭 和 55 年法律第 65 号)にもとづき、都市農地保全支援プロジェクト実施要領(2014 年 3 月 3 31 日)を策定している。都市農地保全支援プロジェクトは、区市町が策定した「都市農地 保全支援プロジェクト実施計画」(以下、実施計画」という。)に基づき、都市農地の保全 に資する取組を総合的に実施するもの、とされている。 そして、基本法・基本計画を受けて東京都は 2016 年 1 月 19 日、東京都農林・漁業振興 対策審議会(産業労働局所管)において、下記について諮問した。なお、7 月に答申される 予定となっている。 1 諮問事項 都市と共存し、都民生活に貢献する力強い東京農業の新たな展開 2 諮問理由 東京の農業・農地は、都民に新鮮で、安全安心な農産物を提供するとともに、環境保全 や防災などの多面的機能を有しており、都市に潤いと安らぎをもたらす都民の貴重な財産 である。 これまで東京都は、大消費地の特性を活かした農業を推進するとともに、農業・農地に よる豊かな都民生活と快適な都市環境への貢献などを進めてきた。しかしながら、農業の 基盤である農地は、相続などを契機に日々減少を続けている。 このような中、少子高齢化・人口減少社会への対応や、TPP 協定交渉の大筋合意による 農業への影響、東京 2020 オリンピック・パラリンピック競技大会を契機としたレガシーを 見据え、東京農業が持つ可能性や潜在力の更なる発揮が求められている。 さらに昨年、長年要望してきた都市農業振興基本法が制定され、基本理念が定められたこ とにより、都市農業の大きな転機が訪れた。 そこで、新たな視点による力強い農業を振興していくため、多様な担い手の確保・育成 や都市農地の保全、都民生活に貢献する農業・農地の多面的機能の発揮、地産地消の推進 など、都が展開すべき東京農業の振興施策の方向について諮問する。 なお、本諮問に対する答申を受けて作成する新たな「東京農業振興プラン」については、 都市農業振興基本法に基づく都道府県地方計画としての位置付けも兼ねるものとする。 この諮問を審議する農林・漁業振興対策審議会農業部会は、6 月 27 日に第 4 回部会を開 催し、答申案をとりまとめた。答申案は別紙のとおりであり、7 月開催されるであろう審議 会に報告され、答申されるものと思われる。なお、諮問理由の最後に述べられている通り、 答申を受けて作成する新たな「東京農業振興プラン」については、都市農業振興基本法に 基づく「都道府県地方計画」としての位置付けも兼ねるものになる。 【20160627 農業部会資料】 ・都市と共存し、都民生活に貢献する力強い東京農業の新たな展開について(PDF) ・同 概要(PDF) 4 (2)市区町村 都内区市の農業振興計画等は下記資料のとおりである。 ・都内自治体の農業振興計画等(PDF) 上記資料のとおり、23 区については経営農家のある特別区は何らかの取り組みがある。 農業経営戸数は多い順から、下図のように練馬区、世田谷区、江戸川区、足立区、葛飾区、 杉並区、板橋区、中野区、目黒区、大田区であり、練馬区がダントツに多い。 23 区内の農業経営戸数(中野区産業プランから) 基本法施行以降の計画は、板橋区が 2016 年 4 月に策定した「板橋区農業振興計画」がる (ただし、「板橋区産業振興構想 2025」と「板橋区産業振興事業計画 2018」をもって板橋 区農業振興計画とするとしている) 。その他の区がどうするかは今後の課題である。 多摩地域の市部は 26 市すべてに振興計画等がある。ただし、基本法施行以降に策定(改 訂)した自治体は、武蔵野市、三鷹市、青梅市、昭島市、国分寺市、福生市、東久留米市、 羽村市がある。また八王子市は素案が提起されている。そこで、武蔵野市と八王子市の計 画および計画素案をみておこう。 ① 武蔵野市 武蔵野市は 2015 年6月、第6次武蔵野市農業振興基本計画策定に向けて計画策定委員 会をスタートさせ、今年1月27日に第 6 回計画策定委員会が開催され、この会議にお いて都市農業振興基本計法、都市農業振興基本計画が報告され、その旨が記述されるこ 5 とになった。ただし、第6次武蔵野市農業振興基本計画は第 5 次までの計画を踏まえた ものになっていると思われる。 武蔵野市農業振興基本計画〔平成 28 年度~平成 37 年度〕の概要 http://www.city.musashino.lg.jp/dbps_data/_material_/_files/000/000/023/787/2803n ougyoukeikakugaiyou.pdf ② 八王子市 八王子市は、計画素案について 2015 年 12 月から 2016 年 1 月にかけてパブリックコ メントを実施した。 「第3次八王子市農業振興計画」素案についての意見の要旨及び市の考え方 http://www.city.hachioji.tokyo.jp/dbps_data/_material_/localhost/soshiki/norinka/ kekka.pdf このパブリックコメントの結果をみると、国の基本計画や都の検討会の議論を踏まえ たものとなっているとは思われない。なぜなら、次のような意見と市の回答があるから である。 ・生産緑地の再指定を認めて欲しい→検討を行なっていきたい。 ・農地保全のために法的・税制上の見直しを行政から国に働きかける→相続税の負担軽 減措置を、関係機関と共に国に働きかけていきます。 以上のように、基本法施行以降の計画等は、都の計画(東京農業振興プラン)の改定が これからということもあって、国の基本計画を踏まえたものになっているとは言い難いが、 府中市へのヒアリングによれば現行計画はすでに基本法・基本計画を先取りしたものであ り、現行計画は次期改定期まで維持することにしているという。これは東京都も了解済み であり、他市も同様だということであった。 6.東京における都市農業の課題 1.4つの柱の提起 農林・漁業振興対策審議会農業部会の答申案(都市と共存し、都民生活に貢献する力強 い東京農業の新たな展開)に沿って「東京農業振興プラン」(東京農業振興計画)が策定さ れるとすれば、その答申案の中に課題もみえてくる。 答申案(都市と共存し、都民生活に貢献する力強い東京農業の新たな展開)は、東京農 業を振興するものとして「4 本の柱」をあげている。以下、項目をあげる。 6 1 担い手の確保・育成と力強い農業経営の展開 (1)多様な担い手の確保・育成 (2)意欲ある認定農業者等の経営力の強化 (3)施設化や基盤整備等による生産性の向上 2 農地保全と多面的機能の発揮 (1)農地保全に向けた新たな取組 (2)農地の防災や環境保全機能による都市への貢献 (3)多様な農作業の体験機会の充実 (4)都内産の花と植木による都市緑化の推進 3 食の安全安心と地産地消の推進 (1)都内産農畜産物の地産地消の拡大 (2)環境保全型農業の実践による安全安心な農産物の提供 (3)植物・家畜防疫対策の強化 4 地域の特色を活かした農業の推進 (1)島しょ、都市、都市周辺・中山間地域の進行方向 (2)農地の流動化による遊休・低利用農地の活用 (3)観光業や商工業との連携による農業振興 2.制度改善の提起 4つの柱は、現在の『東京農業振興プラン』が「都民生活に密着した産業・東京農業の 新たな展開」としていることから推測できるように、「地域の特色を活かした農業の推進」 が加わったくらいで目新しい提起はない。ただし「国の制度改善」にたびたび言及してお り、当然ながら基本法、基本計画を踏まえたものになっている。 そこで、答申案第 4 章の「都市農業・農地の係る制度の改善」が重要だと思われる。都 市農業・農地の制度改善は次の 5 点を提起している。以下、制度改善の提起部分のみ取り 上げる。 (1)生産緑地制度の改善 ① 面積要件の緩和 都市農地は緑地機能にとどまらず、小規模であっても農業経営上重要な生産基盤で あり、多様な機能を発揮することが可能である。 このため、生産緑地指定の面積要件は、緑地としての機能の観点からだけでなく、 7 地域の実績や農業経営上の必要性を配慮し、大幅に引き下げるべきである。 ② 生産緑地の買取りの支援 現在の相続などに関する法制度の下では、貴重な都市農地を農業者の努力だけで維 持していくことは困難なため、買取り申出のあった農地のうち、防災や環境保全、教 育などの多面的な機能を発揮する農地については、一部公有化するなどして保存して いかなければ、良好な都市環境の維持は望めない。そこで、区市町が生産緑地の買取 りを行えるようにするため、国は市区町による計画的な生産緑地の買取りに充てる資 金などについて、財政的な支援を実施すべきである。 なお、都においても、財政面を含め幅広い支援を積極的に行うべきである。 (2)「特定貸付け」制度の生産緑地への適用拡大 三大都市圏特定市における相続税納税制度の適用を受けた生産緑地は、終身自作が 義務付けられており、貸し出した場合には借主が耕作者となることから、農地の所有 者が死亡した際に相続人は買取り申出できないことも、貸借を進める上で障害となっ ている。 このため、今後、貸借を進めるためには、相続税納税猶予制度が適用された生産緑 地についても、貸し出したまま所有者が死亡した場合に買取りの申出が行えるよう制 度を改正することが求められている。 (3)相続税納税猶予制度の適用拡大など相続税の負担軽減措置 都市農業の経営承継を円滑にするためには、農地の定義を耕すための土地だけでは なく、もう少し広い範囲の活動も対象として、例えば、直売所や市民農園に付属する 倉庫や休憩所、トイレなどについても、広義の解釈として農地の定義に含めることを 検討すべきである。もしくは、農地に限られていた納税猶予制度の適用を、一定の土 地利用制限の下、農業経営に必要な農業用施設用地等にも拡大するなど、相続税の負 担軽減措置を講ずる必要がある。 (4)新たな物納制度の創設 市街化区域内の緑地確保の観点から、国は、現在の農地の所有者が死亡した際に課 税される相続税について、市街化区域内農地の物納により対応できるよう新たな制度 を創設すべきである。その際、農地の評価額は、一般宅地の公示価格並みとするとと もに、国有化された土地を自治体に貸与し、市民農園やNPO法人等に活用させるな どして、都市農業の保全制度を積極的に講じていくべきである。 8 以上のような制度改善の提起は、基本的には国が行うべきものである。しかし一点東京 都に対する提起がある。すなわち、 (1)②の生産緑地の買取りの支援についての最後のく だり、「都においても、財政面を含め幅広い支援を積極的に行うべきである。」としている 点である。この点については、国に対する要望とともに、先行して都が財政支援の仕組み、 例えば「生産緑地買取り基金」、あるいは「都市農業振興基金」のような基金を創設すべき である。 ▽ ▽ ▽ 都は、現行「東京農業振興プラン」においても、「都市農業・農地に係る制度改善」に係 る国への提案として次の 3 点をあげている。 <制度改善の要点> ○ 生産緑地制度の改善 指定面積要件(500 ㎡)の引き下げ ○「特定貸付け」制度の適用拡大 貸し付けても相続税納税猶予が適用される制度の対象を生産緑地にも拡大 ○ 相続税納税猶予制度の適用拡大など 相続税の負担軽減措置 今回の答申案では、新たに生産緑地の買取りの支援と新たな物納制度の創設を提起して いる。この答申案が改正「東京農業振興プラン」に盛り込まれることを期待するとともに、 先にも触れた「都においても、財政面を含め幅広い支援を積極的に行うべきである。」こと を早急に検討し、実現すべきである。 9
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