世界は近隣窮乏化でも対策不在、危機内包で金利

リサーチ TODAY
2016 年 7 月 13 日
世界は近隣窮乏化でも対策不在、危機内包で金利水没継続に
常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創
みずほ総合研究所が緊急改訂した『内外経済見通し』1では、英国のEU離脱の直接的な影響を受ける
ユーロ地域を下方修正したが、それ以上に下方修正したのは日本であり、まさに「最大の被害者は日本」
であるとした。今回、敢えてこの時期に異例の改訂を行ったのは、実際に改訂した数字以上の下方リスクが
内包されているのではないかという問題意識がある。下記の図表は各国経済のメインシナリオとリスクファク
ター、及びリスクバイアスを示す。ここで注目すべき点は、どの地域もリスクバイアスが下方になっていること
だ。今回の緊急改訂では英国・ユーロ圏と日本についてだけ数字を下方修正し、その他は据え置いた。し
かし、その他地域にも下振れリスクが残存するにもかかわらず、国際的に協調的な対策が講じられる気配
がない「分断」状況にある。結局、危機が顕現化するまでは国際的な協調は生じにくく、その間、近隣窮乏
化の通貨戦争だけが続き、その結果、世界の金利水没は一層進むことになる。
■図表:各国経済のメインシナリオとリスクファクター
国・地域
メインシナリオ
リスクファクター
英国
対EU関係を巡る不透明感から内需を
中心に景気が失速、2016年末~2017年
初にかけてマイナス成長に
・EUへの離脱通告時期の後ずれや、EUとの
離脱交渉の難航
・不動産価格の急落
ユーロ圏
対英関係を巡る不透明感の高まりから
投資が抑制され、2016年後半から2017
年にかけて景気は減速へ
・反EUの拡散による政治リスクの増大
・伊不良債権問題など脆弱な金融セクターを背
景とした信用不安の高まり
日本
円高・株安が成長率を下押しするも、経
済対策などで景気後退は回避
・リスクオフで更に円高、株安が進行すれば、景
気後退の可能性も
・マイナス金利の深堀りは諸刃の剣
米国
更なる市場の混乱がないことを前提と
すれば、貿易などを介したBrexitの影響
は限定的
・リスクオフによるドル高の進行
・米国自体の循環的な景気後退リスクの高まり
新興国
更なる市場の混乱がないことを前提と
すれば、貿易などを介したBrexitの影響
は限定的
・リスクオフによる新興国通貨急落
・外的ショックに伴う中国を中心とした新興国債
務問題の深刻化
バイアス
(注)バイアスは今後の見通し修正の可能性。矢印が上向きなら上方修正、下向きなら下方修正のバイアスがあることを
示す。線の太さはバイアスの強さを示す。
(資料)みずほ総合研究所作成
次ページの図表は世界各地域の金融・財政の政策バランスを示す。Brexitは英国ポンドの究極の安値
誘導策だ。その連れ安でユーロも安値誘導になった。もとより、米国は年初来の通貨安誘導の状況にある。
1
リサーチTODAY
2016 年 7 月 13 日
さらに、中国は人民元をこっそりと5年半振りの水準にまで安くしている。しかも、ドル高懸念に伴う新興国
通貨不安が遠のいたため、中国は人民元安策を続けやすい。Brexitによって、市場ボラティリティが高まり
やすく、先行き不安が強まったが、これらを補う世界的な需要拡大策はとられていない。下記の図表の財
政では、不安の震源地である欧州は頑なに緊縮を続ける近隣窮乏化策を取っている。その他、米国や中
国も財政を本格的に拡大するまでには至っていない。結局、通貨安の近隣窮乏化策を取っている。
■図表:世界各地域の政策バイアスー通貨戦争に逆戻り
英 国
ユーロ圏
米 国
中 国
日 本
金融
金融緩和に転じ、Brexit も含め究
極の通貨安誘導
緩和継続、Brexit でユーロ連れ安
に安堵
金利引き上げ封印でドル安誘導に
人民元安容認状況
金融緩和継続も円高圧力で四面
楚歌
財政
政策バイアス
緊縮財政継続
通貨安の近隣窮乏化策
EU,緊縮財政規定違反でポルト
ガル、スペインに制裁勧告
緊縮はやや緩む方向に
財政拡大に慎重
最大経常収支黒字地域
の近隣窮乏化
自国第一主義に転換
本音は人民元安誘導に
財政拡大を展望
(資料)みずほ総合研究所
今日の世界ではバランスシート調整が残存している。その結果、各国は生き残りをかけて市場や利益を
取り合う新重商主義的な経済戦争のただ中にある。今年5月25~26日の伊勢志摩サミットでは、世界経済
見通しの下方リスクが高まっている中、各国が協力して政策対応を行う姿勢が示されたが、実効性を伴うも
のにならなかった。伊勢志摩サミットで、日本からの財政も含めた拡大策に最も冷淡な姿勢を示したのは、
英国とドイツだった。その英国は究極の通貨戦争で近隣窮乏化を志向し、さらに不確実性の拡大をもたら
した。ドイツは不安が高まっても、依然として緊縮策を志向している。上記の図表のEUの緊縮財政はドイツ
の意向が大きい。金融システム面でもイタリアの金融機関救済への批判はドイツに根強い。今思い返すと
伊勢志摩サミットでの日本の主張は正論だった。しかし、今日でもそれが受け入れられる土壌は世界にな
いなか、世界の成長率は低下し、金利水没も続くのではないか。世界は年後半に向け深刻な不安を内包
する。日本の唯一の救いは図表のように政治がG7で最も安定した状況にあることだ。安倍政権は参院選
では勝利をおさめたが、アベノミクスは正念場になってきた。
■図表:G7各国のトップの支持率比較
米国
カナダ
フランス
英国
民主党
自由党
社会党
保守党
任期
オバマ
大統領
2017年1月
トルドー
首相
2020年11月
オランド
大統領
2017年5月
支持率
50%
62%
12%
政権
トップ
キャメロン
首相
2016年7月
ドイツ
キリスト教
民主同盟
メルケル
首相
2017年12月
34%
45%
イタリア
日本
民主党
自民党
レンツィ
首相
2019年2月
安倍
首相
2018年9月
40%
55%
(注)各国の調査時点は以下の通り。2016 年 4 月:ドイツ・イタリア、5 月:カナダ・日本、6 月:フランス、
7 月:米国・英国。
(資料)米国:Real Clear Politics、カナダ:Ipsos、フランス:TNS Sofres、英国:Yougov、ドイツ:ARD、
イタリア:Le Repubblica、日本:共同通信社より、みずほ総合研究所作成
1
「2016・17 年度 内外経済見通し(2016 年 7 月緊急改訂)」(みずほ総合研究所 『内外経済見通し』 2016 年 7 月 8 日)
当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき
作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。
2