EU 離脱英国国民投票と地域経済・熟議民主主義

新・地方自治ニュース 2016 No.7 (2016 年7月 10 日)
EU 離脱英国国民投票と地域経済・熟議民主主義
英国 EU 離脱問題が世界の経済金融市場に大きな衝撃を与えている。また、英国と EU の離脱交渉
スタートも年内は困難視されており、不安定な状況が長期化することが避けられない状況にある。そ
の中で、日本企業の景況悪化も懸念される。英国離脱問題以前から中小企業景況は悪化を辿っており、
さらに悪化スピードが加速する危険性があり、地域経済に与える影響も注視する必要がある。英国に
対して EU は、離脱の他国への波及を防止するため厳しく対処する方針であり、①関税回避に向けた
英国進出日本企業の製造ラインの移転問題、②ユーロ決済の約 70%を担っていたロンドン金融市場の
機能移転問題等実体経済、金融システム両面に大きな課題が生じている。市場として、足元で大きく
影響を受けているのが為替市場である。金融市場全体での信用収縮や流動性危機には至っていないも
のの、ユーロ、ポンド等の通貨からのリスク回避目的で円を中心とした逃避通貨への資金流入の流れ
が今後も長期化する可能性がある。この結果、円は対ドルでも一気に円高が進む局面が生じている。
避難通貨の基本的な要因は、三つある。第1は、国際通貨としての決済性が相対的に高いこと、第2
は、経常収支が黒字基調であること、第3は、国の対外純資産がプラス基調であることとなる。この
3点から、円はスイス・フランと並んで国際的な安全通貨としての避難対象としての要件を揃えてい
る。日本銀行は一段の金融緩和政策等を展開しているものの、今回の円高基調は異次元の量的緩和政
策以前に為替相場水準を回帰させる可能性がある。ユーロ、ポンドへの投資資金のドル、円資金への
投資換えによって、円高圧力は大きく高まることは、日本経済に対して輸出企業の収益悪化に加えて、
外国人旅行者の減少による国内消費活動の減速など、経済全体にデフレ圧力の拡大をもたらす。リー
マンショック時と比べて株式市場の上値買い残高のボリュームが少ないことから下値幅はこの面か
らは限られるものの、完全離脱までの今後4年間、英国への投資や経済活動は抑制的となり不安定な
市場動向とならざるを得ない。加えて、秋の米国大統領選挙結果も政治リスクとして横たわる中、地
域経済に対するリスク管理の重要性が高まる。
以上の経済面での課題に加え、民主主義のあり方にも課題を投げかけている。現代社会の政策は、
情報共有と開かれた議論に支えられた民主主義の下で展開される。その民主主義は、多数決での意思
決定を基本とする。なぜ、多数決を基本とするのか。本来は、様々な利害関係の中で相互に理解し得
るまで議論を重ね結論づけること、すなわち「熟議」が理想となる。しかし、政策には実効性が求め
られる。変化する経済社会の環境の中で、課題に対して適時・適切に対応していくことである。そこ
で、民主主義は十分な議論を目指しつつも、結論を得るルールとして多数決を採用している。国民投
票も最終的な主権者の多数の意思で国の方向を決定する。但し、あくまでも結論を得るためのルール
であり、結論自体の適否を担保するものではない。また、多数意見による結論の社会的効用が少数意
見の社会的効用を上回るとも言えない。この点から、多数決で決まった結論には民主主義のルールと
して従いつつ、内容については常に少数意見にも耳を傾け、一層良い政策を生み出す努力を重ねる必
要がある。多数決で決まっても最善の政策内容であることを意味しない。多数決の原理が、内容の最
適性を意味しないことを「民主主義の虚偽」という。議会の絶対的・相対的多数や地方自治体の首長
の多選等寡占的政治パワーを得れば得るほど、民主主義の虚偽の視点を重視する姿勢が必要となる。
今回の英国での残留・離脱問題も白黒の二項対立による構造的課題を生じさせており、そこでの議論
が利害調整となってしまい、自国内の新たな公共領域の創造には至らない閉塞状態に陥っている。本
来、熟議民主主義では、不特定多数の対話交流が必要となる。熟議民主主義の議論、すなわち熟議で
は、①利害調整でもない価値観対立でもない社会構造の再構築を目指すこと、②大多数の直接参加が
求められることが前提となる。そこでは、①市民による合理的議論の可能性、②日常熟議との差別化
の可能性、③価値観合意の可能性、④感情と合理性の相克などに常に留意して進める必要がある。
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