特別レポート 高校でのキャリア教育

 青森県立三沢高等学校の実践
社会人になると、
「いかに自らの仕事を振り返り続けるか」を問われる場面が少な
くない。こうした「振り返り」の習慣づけをはじめ、早めの進路意識の育成によって、
難関大学への合格者を増やしてきたのが、青森県立三沢高校である。今回はその実
践をレポートした。
67
格者数がのべ170人、大学進
学力の幅のある生徒たちにど
う将来の進路を展望させ、勉学
学者数は151人で大学進学率
へと向かわせればよいのか 。
%となり、過去最高を記録し
多くの高校が抱えるこの課題に、 た( 資 料 ① )。 短 大 も 含 め た 進
全校あげて取り組むのが、青森
学率は ・9パーセントと平成
県立三沢高等学校(福士順一校
年の ・8%に迫る勢い。進
長 ) で あ る。「 成 績 上 位 層 の 中
学先は東北大や筑波大など難関
学生が100人規模で市外に出
大学とともに、下関市立大や名
る中、どう上を向かせていけば
桜大など幅広い地域に及んだ。
いいのかが、一番苦労している
学部中心で国公立を目指す
ところです」と進路指導部長の
小笠原博樹先生(公民)は語る。 平成 年度卒生が入学した平
成 年から 年間、学年主任を
その三沢高校では今春卒業し
務めたのが、野澤克哉先生(国
た236人のうち、国公立大学
語 科 )。 三 沢 高 校 で は 学 年 団 が
合格者がのべ 人、私立大学合
中心となって、進路に関する行
事を組んできた。転任してきた
ば か り の 野 澤 先 生 は い き な り、
「国公立大学合格者100人」
を掲げた。「『無理じゃないかな』
という表情をされた先生もいま
し た が、『 ま ず は 推 薦 で 歴 代 一
位を!』と訴えたんです。私た
ちが姿勢を崩さず、一人ひとり
の生徒をしっかり見て、個々に
応じたことをやっていけば、自
ずと結果は出ると考えました」
とその意図を語る。
61
1
野澤克哉 先生
小笠原博樹 先生
進路指導部長
70 69
3
あくまでも基本は「学部学科
27
64
20
25
系統を中心にした進路選択」(小
笠 原 先 生 )。 だ が そ の た め に は
まず現実を見据える必要がある。
「 将 来、 人 工 知 能 に よ っ て 今 あ
る多くの仕事が無くなると言わ
れています。その中で『人でな
くてはならない仕事』に生徒を
ちゃんと就かせるためにどうし
たらいいのかを、先生方とずっ
と議論しました」と野澤先生。
生徒たちにも「将来仕事ない
よ、今は取り合えず大学に行っ
た方がいい、でも行ったとして
も 能 力 が 無 い と ダ メ な ん だ よ、
逆算すると今は●●の力が必要
だよ」と事あるごとに訴えた。
そして進路学習の場は「総合
的 な 学 習 の 時 間 」( 以 下、 総 合
学習)である。三沢高校では「早
め早め」の進路学習を心がけて
きた。資料②は平成 年度卒生
の3年間の「総合学習」につい
て、まとめたものである。
例えば特筆すべきは、 年次
に実施した全員での「東北大学
ツアー」。「とにかく広いキャン
パスを経験させたかったのです。
例えば私は筑波大学を見た時の
衝撃は忘れません。聞こえてく
27
1
進学者数
る 言 語 が た く さ ん で、
『生徒は
られない。すかさず「それでは
ことが欠かせません」と野澤先
大 学 訪 問 で 大 切 な 点 は 何 か。
入りたくなるな』と思いました。 まずいんじゃない?」と問いか
生は力を込めて言う。
野澤先生は「何を聞きたいのか
そ う い う 刺 激 を 与 え た か っ た 」 ける。あえて「一回失敗」させ、
をあらかじめ大学側に明確に伝
例えば東北大学工学部に一般
と野澤先生は意図を語る。
いつまでも受け身ではダメだと
入試で合格したA君。高校入試
えておくことが大切です。そう
ただし、先生方は事前のお膳
いうことを自覚させようとした。 の成績は県内トップクラスでは
でないと対応する側も適当に
立ては何もしなかった。狙いは
その後、 年秋には「職業人
ないものの、数学の記述問題の
なってしまう。どういう人に会
訪 問 後 の「 振 り 返 り 」 だ。
「あ
セミナー」を実施。9人に及ぶ
添 削 指 導 を 年 間 3 0 0 枚 行 い、 わせてほしいのかをリクエスト
なたは何を聞いてきたの?」と
職業人からの話を聞く機会を設
大学入試センター試験の数ⅡB
しておくことも大切です」とポ
の問いかけに、生徒は何も答え
けた。業種は製造・流通・接客・ で満点を取った。また名桜大学
イントを語っていた。
公務関係など幅
に合格したBさんは「英語とと
宝物になった「手帳」
広い。さらに2
もに国際関係を学びたい」と考
年生では、生徒
え、最初、宇都宮大学の推薦入
平 成 年 度 卒 生 の 年 間 は、
先 生 の 入 れ 替 わ り は 一 人 の み。
たち自身が職業
試に応募するも不合格。一般入
野澤先生は「各先生方はそれぞ
人 人にインタ
試は、気持ちを新たに名桜大学
れ力を発揮してくださり、素晴
ビューした。
に合格した。小笠原先生も「今
らしい学年でした」と振り返る。
年は最後まで気持ちを切らさず
大学訪問や職
業人インタビュ
トライしていった生徒が多かっ
その野澤先生が学年会で語っ
ーで生徒たちの
た「たった一つのことだけはや
たですね」と振り返っていた。
テンションは上
らせてほしい」こと。それが、「能
進路実績に影響したものの一
が る。「 そ れ を
率手帳スコラ)」(㈱NORTY
つが、先生自身による「大学研
勉学へのモチ
プ ラ ン ナ ー ズ ) の 活 用 で あ る。
究 」。 先 生 方 は 平 成 年 以 降 3
ベーションへと
「前任校で最初見たとき、『なん
チームに分かれ、2泊 日で
つ な げ る に は、 校 余 り の「 大 学 訪 問 」 を し た。 だこんなもん』って思ったんで
『●●がやりた
す。でも使ってみたら生徒の変
訪問先は関東周辺の国公立大学
い、そのために
化がすごく大きい。使わない生
と新潟大学、信州大学。先生方
一番いい大学を
徒との差は如実に現れました」。
が大学を知ることは最も強力な
目指す』という、 「 進 路 情 報 」 に な る。 実 際 に こ 「 書 く こ と 」 で 人 は 物 事 を 記 憶
内発的で折れな
し、意識化する。その作業を日
れらの大学に生徒も進学して
い気持を育てる
常の生活に組み入れて、生徒の
いった。
資料① 三沢高校の過去 5 年間の進路状況
国立大学
公立大学
私立大学
国公立短期大学
私立短期大学
専修・各種学校
◆進路状況
4年制大学
65 86 151 60 60 120 61 60 121 70 51 121 63 66 129
短期大学
1 13 14 4 27 31 2 23 25 2 20 22 1 23 24
専修・各種学校等 13 23 36 14 35 49 11 36 47 16 32 48 17 37 54
就 職
8 7 15 12 9 21 19 7 26 15 43 58 12 9 21
その他
13 7 20 9 7 16 8 6 14 10 15 25 2 5 7
◆国公立大学の合格者数(平成27年度)
国立大学
小樽商科大(1) 室蘭工業大(5) 北見工業大(1) 北海道教育大札幌校(1)
北海島教育大釧路校(1) 北海道教育大函館校(2) 弘前大(5) 岩手大(2)
東北大(1) 秋田大(1) 福島大(4) 筑波大(2) 宇都宮大(1) 埼玉大(1)
信州大(4) 豊橋技術科学大(1)
公立大学
名寄市立大(4) 釧路公立大(1) 札幌市立大(1) 公立はこだて未来大(1)
青森県立保健大(3) 青森公立大(8) 岩手県立大(1) 秋田公立美術大(1)
高崎経済大(1) 群馬県立女子大(2) 都留文科大(1) 長岡造形大(1)
下関市立大(1) 名桜大(2)
25
3
10
27
3
2016 / 8 学研・進学情報 -16-
-17- 2016 / 8 学研・進学情報
「書くこと」で自らを振り返り
進路実現へと意識づける
平成23年度
男 女 計
25 20 45
7 11 18
75 67 142
0 10 10
2 33 35
18 41 59
平成24年度
男 女 計
28 14 42
8 14 22
80 45 125
0 2 2
2 19 21
15 29 44
平成25年度
男 女 計
15 12 27
13 18 31
53 52 105
1 2 3
0 25 25
13 45 58
平成26年度
男 女 計
18 6 24
7 17 24
60 62 122
6 2 8
1 30 31
14 38 52
平成27年度
男 女 計
17 16 33
7 21 28
82 88 170
1 3 4
0 14 14
13 23 36
◆合格者のべ数
高校でのキャリア教育⑦
特別
ト
レポー
●特別レポート 高校でのキャリア教育⑦
●特別レポート 高校でのキャリア教育⑦
ため、担任の先生方が クラス
秀賞を受賞したほどだ( 頁)。 格化するのは2年生の秋以降に
変容を促すものである。
人のうち、 日 人の手帳を
手帳効果は抜群だった。推薦・ なる。だが先の「手帳」に加え、
1年生の4月、先生方は生徒
集めて3年間、読み続けた。一
総合的な学習の時間には最後に
AO入試で合格した生徒の約8
に手帳の使い方や日程の書き方
人 の 手 帳 を 週 1 回 読 む 勘 定 だ。 割が「 年間、手帳をきちんと
必ず「振り返り」をさせるなど、
を大まかに説明した。強調した
そして先生方は必ず一言「ホメ
つ け た 人 」。 例 え ば 国 公 立 大 学 「書く機会」を常に設けてきた。
のは「計画を立てること」と「振
ント」する。「『がんばったね』『よ
合格のDさんの手帳には、どの 「『会社の週報にしろ、患者さん
り 返 り 」 を す る こ と。
「何をど
のカルテにしろ、大切なものは
教科を何時間勉強したのかが
のぐらい勉強したか」を週単位、 くやったね』などの激励は、生
全て手書き。だから書くことを
年間、克明に綴られていた。「こ
月単位でメモするよう説明した。 徒にとってとても大きいからで
す」と野澤先生。先生方にとっ
ん な に 頑 張 っ て き た ん だ か ら、 しっかりやりましょうと、話し
生徒に渡しっぱなしにしない
ても手帳は生徒
終われない。だから後期も!と。 てきました」と野澤先生は語る。
との貴重なコ
その中で気づいたのが生徒の
気持が出来上がっていったんで
ミュニケーショ
す」(野澤先生)。手帳を開いて 「語彙の乏しさ」である。「人は
ン の 場 と な り、 常に自分自身を見つめてきたこ
自分の知っている言葉でしか思
年 の「 A O・ とが、勉強への「モチベーショ
考できません。言葉の数をまず
推薦入試の推薦
増 や さ な い と 」。 そ こ で 野 澤 先
ン」維持につながったのだ。
書作成」に活か
生は現代文の授業で、新聞記事
生徒にとって「手帳」は高校
されていった。
を元に時事問題を読ませて「自
時 代 の「 証 」 だ。「 大 学 の 下 宿
生徒は手帳を
分の言葉で話せるようにする」
先に、 年分の手帳と高校時代
思い思いにアレ
ことを試みている。
のジャージを持って行った生徒
ンジ。英語だけ
もいます」(野澤先生)。大人に
さて進路学習として取り組ん
で書く生徒、び
だ、 年生 月の「志望理由書」
なって高校時代から遠ざかるほ
っちりと振り返
ど、 手 帳 に 綴 ら れ た 年 間 は、 を見てみよう。学研アソシエの
り を す る 生 徒。 さらに輝きを増すことだろう。 「 志 望 理 由 書 」 を 活 用 し、 月
その中でイラス
は「粗い」ながらも最後まで書
オープンキャンパスを
トを駆使し、部
か せ、 添 削 指 導 を 受 け た の ち、
最大限に活用
活の内容まで書
3月にリライトするという流れ
いたCさんの手
である。全ての答案はコピーし
次にAO・推薦入試に欠かせ
ない、「文章指導」を見てみよう。 て保存し、二回とも担任の先生、
帳は、一昨年の
手帳甲子園・優
学年主任、進路指導部長が目を
三沢高校では小論文指導が本
40
1
8
3
1
「自分しか言えないものを深め
る」
「 何 を や り た い か、 将 来 へ
のビジョンをはっきりさせる」
ことを生徒には強調するという。
例えば北海道教育大学の函館
校に合格した生徒は、両親と何
度もフェリーで函館に渡り、大
学を訪れた。また宇都宮大学に
合格した生徒も何度も大学を訪
れ、教授と直接コンタクトを取
るまでになり、推薦入試で合格
していった。さらに、「将来の仕
事」が明確な分野の進路は深め
やすい。例えばAO入試で青森
県立保健大学に合格した生徒は、
訪問看護師に実際に会って志望
を決意。青森県内の訪問看護の
現状を徹底的に調べた経験をま
とめて、見事合格できた。
一 方 で、「 将 来、 会 社 員 に な
るために経済学部へ」といった
生徒の志望動機はどうしても漠
然としやすくなるという。
さて、志望理由書とともに力
を入れているのが「小論文」で
ある。三沢高校では3年の9月
から全校の先生が分担して小論
文指導にあたる。添削指導は基
本的に、各先生にゆだねる。
3
3
3
2
1
1
三沢高校では、これまでの進
路指導・学習を発展させるべく
昨年から、「モスプロジェクト」
というキャリア教育(県教委研
究指定)を始めている。モスと
は「もっとすごい自分に出会え
る」と、三沢高校のスクールカ
ラーの「モスグリーン」を重ね
合わせたもの。「社会人基礎力を
身につけさせ、次世代リーダー
に育てる」べく、「学び」「人づ
野澤先生は「私の添削はかな
く り 」「 キ ャ リ ア 」 の 3 つ の 方
り粗いんです。ただいつも言っ
向性を模索している。
て い る の は、『 ち ょ っ と 変 だ け
れども、筋が通っていて「なる
その一つが「授業改善」であ
る。昨年の3年生も後半は、複
ほど」と読める答案を』という
数の先生が「アクティブラーニ
ことです」と語る。生徒はすぐ
ング型授業」に取り組んできた。
に答えを求めたがる。しかし小
論 文 で き れ い な 答 え は 出 な い。 「 私 も 生 徒 に 活 動 し て ほ し い の
で、ずいぶん前からやっていま
そこで筋が通っていると思わせ
す。AL的な授業だと誰も寝な
るためには何を書けばいいの
か? と 問 う。 す る と 生 徒 は、 いし、ぼーっとしている生徒は
明らかに減ります。同じように
面白い答案を書くようになる。
『昔からやっている』先生は少
添削指導は複数回行う。熱心
なくありません」と野澤先生。
な先生は か月で 回、 回も
こなす。一方、「練習不足で不安」 今後は互いに先生同士による
な生徒には学年で調整していく 「互身授業」も予定している。
この他にも、市役所とタイア ということである。
ッ プ し て、 1・2 年 生 が 共 同 し
そして、
モスプロジェクトへ
て三沢市について調べる「探究
型学習」も実践中である。
「 こ の 学 校 の 生 徒 を よ く す る
ために、個々の学年だけではな
く、学校全体が一枚岩になるこ
とが大事だと思っています」と
力 を 籠 め る 野 澤 先 生。「 こ の 学
校に入ってよかったと言える学
校づくり」に向け、三沢高校の
挑戦はこれから本番を迎える。
(取材・文/福永文子)
19
30
2016 / 8 学研・進学情報 -18-
-19- 2016 / 8 学研・進学情報
通す徹底ぶりだ。
3年になり、AO・推薦入試
を受ける生徒はさらに平均3~
4回、多い生徒は 回程度書き
直し内容を完成させる。
志望理由書を深めるために重
視しているのは、「オープンキャ
ンパス」への参加である。「生徒
たちは必ず大学のホームページ
を見ます。しかし『そこに書い
てあるだけではだめだよ。自分
の目で見て聞いたことと、色々
な情報を集めてこよう』と言っ
ています」と野澤先生。そして
8
3
20
1 年
総学オリエンテーション
進路探し・自分を知ろう
2 年
3 年
進路講演会
進路講演会(生徒・保護者)
将来をイメージしよう
自己分析①
4月
進路研究①
(職業・業種調べ)
進路研究②
(役割分担・計画を立てる)
なりたい自分探し
進路研究③
(職種について調べよう)ボランティア清掃
ボランティア清掃
ボランティア清掃
表現トレーニング①
5月
自分史をつくろう
進路講演会
自己分析②
職業取材基礎①
進路研究
(KJ法)
前期
職業取材基礎②
進路研究⑤
(校長講話)
進路講演会
6月 大学体験学習準備
進路研究会⑥
(KJ法)
進路志望研究①
進路講演会(生徒・保護者)
東北大学ツアー
主張大会準備
進路志望研究②
7月
主張大会準備
主張大会準備
職業研究②
(職業人セミナー) 進路研究⑦
(班別振り返り)
社会貢献研究①
9月 職業研究③
(職業人セミナー) 志望理由書トレーニング
社会貢献研究②
職業研究④発表会
面接について
学問研究
進路研究⑧
(プレゼンテーション)表現トレーニング②・③
学部・学科研究
進路研究⑨
(プレゼンテーション)社会貢献研究③④
10月
文理選択研究①ガイダンス
小論文志望理由書講演会
文理選択研究②
志望理由書トレーニング
後期
文理選択研究③
進路講演会
社会貢献研究⑤
11月 自己評価と反省
小論文トレーニング
進路講演会
自己評価と反省
夏期休業中 大学体験学習・レポート作成
進路研究・職業人インタビュー 主張大会
主張大会
まとめ 7月中旬 主張大会
取り 高大連携
(6/8)
大学出張講義
大学出前講義
(6/19)
弘大ドリーム講座
(7月)
表現力研究
(9/5)
▲手帳甲子園・「優秀賞」を受賞したCさんと「手帳」
2
資料② 平成 27 年度卒生の 3 年間の「総合的な学習の時間」案(4 月段階)