社会のオーナー意識が育つ シチズンシップ教育

●視点・インタビュー
大学で教えることもあるので
すか。
川中 複数の大学で授業を担当
しています。例えば、甲南女子
大「社会起業論Ⅰ」では、こん
なことがありました。学生は必
ずしも明確な問題意識を持って
受講しているわけではないので
すが、最近困っていることはな
川中 私たちのプログラムの参
は高まっているのでしょうか。
す が、 高 校 生 の 社 会 に 対 す る 関 心
主権者教育が注目されていま
社会のオーナーである
という意識を持つ
いかと訊ねたところ、ある学生
が「今、 時間もバイトをして
いて、授業に出るには睡眠時間
を削るしかない」と悩みを打ち
明けました。ブラックバイトの
当事者であることが明らかとな
り、その解決策を授業で検討し
ました。当事者へと変化してい
く瞬間でしたね。
か。
川中 人々が自らの社会にオー
地域の環境問題の解決をテーマ
この夏の参院選から選挙年齢
が 歳以上に引き下げられ、主
ナーシップを持ち、社会変革に
とする総合学習にも熱心に参加
権者としての自覚と責任が高校
主体的・能動的に関与する民主
していました。ところが中学校
生 に 求 め ら れ て い る。 し か し、 では、徹底した管理教育が施さ
主義の担い手になっていくこと
高校までの教育では、政治につ
です。そのためには、自らの問
れ、それに反発して、生徒会活
いての基本知識は与えられるが、 動を通じた学校自治への参加に
題意識を明確化し、社会参加の
民主主義の担い手としてどう政
手応えや喜びを実感できること
関心を抱くようになりました。
治に参加するか、政治や政策を
が必要になるでしょう。そうし
高校生になってからは、各国
どのように判断すべきかなどに
た学びの場を創っています。
の生徒会活動や教育改革の動向
具 体 的 に、 ど の よ う な 活 動 を
ついては未知の領域で、高校の
を調べて学校改革の私案をまと
されているのですか。
先生も専門的ノウハウを持って
めて校内で問題提起したりして
川中 例えば、2008年に始
いないのが実情だ。そこで注目
いました。しかし、当時はそう
めたのが「ユースACTプログ
されているのがシチズンシップ
した活動の成果が出ずに無力感
ラム」で、京都地域の高校生世
教育で、学校の内外で主体的に
に襲われていました。
代の若者が、自分の関心のある
政治判断できる若者を育てるこ
その頃に始めたボランティア
地域や社会の問題を解決するプ
とを目的としている。中高生を
活動を通じて、阪神・淡路大震
ロジェクトを自ら企画実践する
対象にシチズンシップ教育を展
災の復興活動などに関わるNP
開している川中大輔さんに、シ
Oのリーダーの方々に感化され、 約半年間のプログラムです。毎
年 名程度の参加者がいます。
チズンシップ教育の現状と課題
市民社会の可能性に気づき、無
をうかがった。
力感を克服していくことになり
参加した高校生には、先輩が
楽しそうにやっているので興味
ました。
目的は市民社会の
を持ったという人が多いですね。
こうした流れの中で、市民が
担い手となるため
そのほかにも、部活動の顧問や
社会の形成者としての自信を持
担任の教員の勧めもあって、参
ち、力量を育むシチズンシップ
川中さんがシチズンシップ教
育に関心を持ち始めたきっかけは
加する高校生もいます。
教育に関心を抱くようになりま
何ですか。
した。
中には、高校3年間、連続し
現在取り組んでいるシチズン
て参加した経験を通じて、まち
シップ教育のねらいは何でしょう
づくりへの関心が高まり、進学
先を決定した若者もいます。こ
川中 小学校のときの私は、自
分で調べて考えをまとめる自由
な学習がとても楽しく、身近な
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うした活動は大学生になってか
ゴミのポイ捨てが多くて困ると
らと考えられることもあります
いう問題に対して、ゴミ箱を設
が、進路判断が大きく分かれ始
置したいというアイデアが出ま
める高校生の頃だからこそ取り
した。しかし、2つ課題が出て
組んでほしいなと思っています。 きました。一つは単純にゴミ箱
を置くだけでは、ポイ捨てをす
尼崎で中高生対象の
る人々はゴミを入れないことが
公的なプログラムを協働実施
多いのではないかという指摘が
なされたのです。これについて
近年は自治体と連携した取り
組みが増えているようですね。
は、学校で習得した技術を用い
て、つい入れたくなるようなゴ
ミ箱を作ることになりました。
二つ目は、公園等でのゴミ箱
を減らす方針が行政にあるとい
うことでした。そこで担当部署
との交渉を経て、期間限定で社
会実験をすることになりました。
この過程で、高校生はゴミ問題
や行政の仕事への理解を深めて
いくこととなりました。
川 中 尼 崎 市 教 育 委 員 会 で は、
自分たちがつながっている身近
な社会である学級や学校、地域
を 自 治 す る 力 を 育 む た め、
「社
会力育成事業」を2012年か
ら始めています。当会も連携し
て、市内の全ての公立中学校
校の生徒会役員約 名を対象に
プロジェクトを立ち上げるワー
クショップを提供しています。
2015年には、尼崎市役所
が「あまらぶジュニア」という
高校生の地域活動を助成などで
支援する取り組みも始まりまし
たが、企画立案の研修を当会は
担当しています。約 名の高校
生が参加しました。
後者の例では、定時制高校の
生徒のバイト先の近くの公園で
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加者の中には、海外旅行中にス
ラム地域の現実を知って、途上
国の医療問題に取り組みたいと
いう若者もいましたが、このよ
うに社会問題への関心を抱いて
いる高校生が多いとは言えませ
ん。一部で関心の高まりは感じ
られますが、広がりはまだまだ
でしょう。だからこそ、逆説的
に 聞 こ え る か も し れ ま せ ん が、
若者が自らの生活において困っ
て い る こ と や 悩 ん で い る こ と、
憤りを感じていることを表現す
る場を設けることが大事ではな
いかと考えています。その身近
なテーマについて問題の構造を
2016 / 8 学研・進学情報 -2-
-3- 2016 / 8 学研・進学情報
シチズンシップ共育企画 代表
川中大輔
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かわなかだいすけ● 1980 年生まれ。関西学院大学社会学部卒業、立教大学大学
院 21 世紀社会デザイン研究科修士課程修了。2003 年、シチズンシップ共育企
画を設立し、代表に。2013 年より日本シティズンシップ教育フォーラム運営委員、
事務局長。
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●インタビュー 70
社会のオーナー意識が育つ
シチズンシップ教育
●視点・インタビュー
調べたり、解決策を創るうちに、 に印象的なエピソードを聞きま
意識が育まれていくことがあり
し た。 フ ィ ン ラ ン ド で 生 ま れ
ます。先ほどのブラックバイト
育った子どもは、幼いころから
の例もそうです。私たちのシチ 「あなたはどうしたいの?」「あ
ズンシップ教育の起点は「自分
なたの考えは?」と保護者や教
ご と 」 で、 そ の「 世 の 中 ご と 」 員から意志が尊重されて意見を
化を進めていくアプローチを
求められているため、主体性が
採っています。
育まれている。ところが移民の
シチズンシップ教育と学校の
子どもは、大人から「こうしな
教育の違いはどこにあるのでしょ
さ い 」「 こ う し て は い け な い 」
うか。
と管理されて育ってきている傾
川中 違うどころか、教育基本
向があり、主体性が弱い。そう
法の教育の目的を見れば、不可
した分断をいかに統合していく
分の関係です。ただし、シチズ
かが課題だという話です。
ンシップ教育は、フォーマル教
日本ではどうでしょうか。子
育(制度化された学校教育)で
ども・若者は、日常の中で一人
もノンフォーマル教育(制度外
の個人としての意志や意見を求
で目的を有して組織的に展開さ
められているでしょうか。主体
れる教育)でも展開されるもの
性を持って欲しいと願いつつも、
です。また、民主主義の担い手
そのための道筋をつくれている
と し て の 成 長 に 終 わ り は な く、 でしょうか。残念ながら、日本
子ども・若者だけではなく、当
では子ども・若者が未来の担い
然、成人も対象となるものです。 手としてのみ位置づけられ、現
日本の若者は他国と比べて社
在の社会の主役の一員として期
会への参加意識が低いのではない
待されていないことが少なくあ
かという疑問もあるようですが…
りません。参加の機会と影響力
…。
を実感する経験がないのですか
ら、社会参加の意欲も低くなる
でしょう。しかも、多くの大人
川中 フィンランドにシチズン
シップ教育の視察に行ったとき
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川中 3つ考えられます。第1
最 後 に、 シ チ ズ ン シ ッ プ 教 育
川 中 「 今、 ど う 生 き た い か 」
という思いを素直にあらわすこ
とですね。未来から今を規定す
るだけではなく、過去から今の
自 分 を 見 つ め て み る。 す る と、
今をどう生きるかを考える具体
的な材料が見いだせるはずです。
寄り道もしながら、自らの意
志を形づくっていき、その過程
で力量を形成していく。大人は
そうした試行錯誤の日々を否定
的にとらえず、サポートしてい
けるといいですね。
(取材/執筆 木村誠)
何ですか
を通して高校生に訴えたいことは
いかがわしさを感じている。こ
の不信感が三つ目です。地道に
活動して成果を収めた政治家の
報道が少ないことはマスメディ
アの課題でしょう。例えば、前
民主党の故山本孝史議員が自分
の命をかけて成立させた「がん
対策基本法」について知ってい
る人はどれだけいるでしょうか。
こうした事例に触れる中で、政
治への信頼感も回復していくの
ではないでしょうか。
も社会参加の経験が少ないため、 ど も た ち と 議 論 し た そ う で す。
その過程で、教師である自分も
ロールモデルとして機能しにく
い問題もあります。学校の教員 「 あ ま り に も 時 間 の ゆ と り が な
い」という問題の解決のために、
も実際に「やって見せる」のは
校長に働きかけるといった姿を
珍しいのではないでしょうか。
見せたそうです、この行動を見
主体性の回復こそが
て、生徒たちも社会参加につい
大きな課題
て学んだようです。
日本の学校ではシチズンシッ
学校の外に目を向ければ、保
プ教育は難しいということです
護者と教員ではなくても、地域
か?
活動や市民活動、ソーシャルビ
ジネスの実践者など、ロールモ
デルとなりうる大人たちを容易
に発見できます。そうした方々
との協働から、感化を受けるこ
とは多いでしょう。
川中 そのようなことはありま
せん。ある教員は、日本国憲法
条の「幸福追求権」をテーマ
に し て、「 自 分 た ち は ほ ん と う
に幸福なのか」と問いかけ、子
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は社会問題の構造的理解ができ
NPO法人
は、ここでつながるでしょう。
Youth
Create
また、
のように学校での主権者教育を
ていない可能性があります。政
本当の政治意識を
支援している団体があり、そう
策が講じられている問題、例え
定着させるためには
した団体との協働でシチズン
ば「子どもの貧困」というテー
シップ教育も取り組みやすくな
現在、投票権が 歳に下がり、 マであれば、学習支援や子ども
まさにシチズンシップ教育の重要
るでしょう。
食堂などの対策には関心が行き
現在注目されているアクティ
性が高まっているように思えるの
やすいですが、なぜ子どもの貧
ブラーニングともかぶってきます
ですが…。
困が起きるのか、その社会構造
川 中 ア ナ ウ ン ス 効 果 も あ り、 の 問 題 ま で に は 理 解 が 至 ら ず、
ね。
2016年夏の参議院選挙の
なかなか子どもの貧困を防ぐ政
~ 歳の投票率は高くなるで
策要求にはつながりにくいので
しょう。それで主権者教育が成
す。用意された選択肢から選ぶ
功したという評価をしてはいけ
だけではなく、選択肢をつくる
ないとも思います。彼ら・彼女
段階も射程に入れたいものです。
らが 歳を過ぎても投票所に足
そもそも政治や行政への期待
を運び続けるかも大事な視点で
が低いということが二つ目の要
すが、そこには疑問も残ります。 因です。少子高齢社会で財政が
なぜですか。
厳しくなっていくといった情報
川中 高校で取り組まれている
ば か り 受 け と っ て、 政 府 セ ク
模擬投票や模擬議会、模擬請願
ターの取り組み拡充には期待で
に評価すべき点が多いのは確か
きないと感じている傾向がある
です。しかし、それが政策比較
ように思われます。限られた予
などを踏まえた投票の仕方の理
算だからこそ、最適化を巡る政
解 だ け に と ど ま る の で あ れ ば、 治の意味合いが大きくなるので
政治意識が十分に高まらないと
すが、そこまで踏み込めていな
考えるからです。
いことが多いですね。
政治意識が育たないのはどの
また、政治家との対話機会が
ような要因があるのですか。
なく、代弁者としての政治家の
像にリアリティがなく、むしろ、
川中 一方的な講義ではなく参
加型授業であるという点では似
ていますが、アクティブラーニ
ングとシチズンシップ教育とは
目 的 や 背 景、 種 類 が 違 い ま す。
いわゆるアクティブラーニング
の 取 り 組 み で は、 コ ン ピ テ ン
シー(思考・行動特性)の形成
や ス キ ル の 習 得 な ど の た め に、
認知プロセスの外化を伴う各種
の活動にグループで参加するこ
とにとどまりがちですね。私は
国 立 明 石 高 専 で「 ア ク テ ィ ブ
ラーニング入門」という授業を
担当していますが、教員がそう
した場を整えて、そこに参加す
るという他律的な学びから、学
生が自律的に学ぶ「主体性の回
復」まで目指そうと投げかけて
います。シチズンシップ教育と
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2016 / 8 学研・進学情報 -4-
-5- 2016 / 8 学研・進学情報
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