なぜ、消費税引上げ でなければならないのか? 学習院大学経済学部教授 鈴木 亘 1.社会保障と税の一体改革の評価 ①年金、医療、介護、保育、雇用、貧困といった 社会保障分野の非効率、不合理な制度、既得 権益に一切踏み込まずにそれを温存し、 ②さらに機能強化として、焼け太りさせた挙句、 ③そのツケを、相変わらず、現在の現役層や将 来世代が中心に負担する消費税引上げで賄お うとするもの。 ④財政再建につながる程のインパクトもなく、景 気・税収へのマイナス効果が大いに懸念される。 ⑤震災後という状況変化に、全く適合してない。 2.社会保障の給付増と負担増は、 はたして国民の意思(選好)か? • 小さい政府を目指す「新自由主義」と誤解さ れている経済学であるが、「給付増・負担増」 か「給付減・負担減」という選択は、同じ予算 制約上の国民の選好の問題であり、一概に、 どちらが良いというものではない。 • しかし、社会保障の給付増・負担増という今 回の選択肢は、官僚、政治家には都合の良 い「選好」であっても、はたして国民の意思 (選好)と言えるのだろうか? 国民の選好に関する研究 • 少なくとも、国民の意思、選好を確認すべき だが、(愚かな?)国民の意思は、給付増・負 担減を望む矛盾するものとして軽視される。 • しかし、ほぼ全社会保障制度が賦課方式で、 負担する人々と給付を受ける人々が異なって いる現状では、矛盾はむしろ当たり前。財政 赤字の長期間の放置が拍車をかける。 • 本来は、給付増には負担増が伴う財政規律 の下での選好を計測する必要がある。 鈴木・金子(2011)による 高齢者コンジョイント・スタディー • 選考表明法(Conjoint Analysis)を用いた費用便益分 析によれば、給付減のB/C比の方が負担増よりも大 きく、医療保険の給付減に高齢者の選好がある。 単位:億円 医療保険自己負 終末期医療の全額 高額医療費の自己 軽医療の全額自 保険料率1%上 担1割増 自己負担化 負担増加 己負担化 昇** 便益(B)* 3,662 20,917 6,756 19,614 9,261 費用(C) 17,169 13,522 4,300 8,848 3,423 B/C比 0.2 1.5 1.6 2.2 2.7 注)便益は金額ベースのMWTP。保険料率の定義は、年金受給額に対する保険料額。保険料率1%分のMWTPは、医療保険1割の自己負担分をベースに求め たもの。 引用)鈴木亘・金子能宏「第4章 高齢者医療において政府はどこまで責任を持つべきか」八代尚宏・鈴木亘編 『成長産業としての医療と介護』日経新聞出版(現代経済学シリーズ)、近刊 3.給付増は、将来3倍返しの法則 • 高齢者/現役比率は、1:3から約1:1へ 90.0% 80.0% 70.0% 60.0% 50.0% 中位推計 高位推計 40.0% 30.0% 20.0% 10.0% 実績値 予測値 1 95 0 1 95 5 1 96 0 1 96 5 1 97 0 1 97 5 1 98 0 1 98 5 1 99 0 1 99 5 2 00 0 2 00 5 2 01 0 2 01 5 2 02 0 2 02 5 2 03 0 2 03 5 2 04 0 2 04 5 2 05 0 2 05 5 2 06 0 2 06 5 2 07 0 2 07 5 2 08 0 2 08 5 2 09 0 2 09 5 2 10 0 2 10 5 0.0% 注)2009年までは実績値(総務省統計局「国勢調査」および「人口推計」)、それ以降は予測値(国立社会保障・人口問題研究所「わが国の将来推計人口(2006年 (平成18年)12月推計)」)を筆者加工。 • ほぼすべて賦課方式をとっている社会保険制度 は、おおざっぱにいえば、現在の負担が3倍にな る計算。 • つまり、現在の給付増は、将来の3倍の負担増を 生む。現在2倍の給付増ならば、将来負担は6倍 (2×3)となる。おつりは3倍返し。 • 現在の高齢者の選好はともかく、現役世代、将 来世代が給付増・負担増を選好することは、さら にありえないと思われる。 • 逆にいえば、給付減は、将来は3倍楽になるわけ なので、現役・将来世代に優しい選択。公的保険 の給付減でも、フェアな民間保険(企業年金や民 間医療保険、介護保険)で補えば良い。 4.社会保険への多額の消費税投入は、 一種の「麻薬」 • そもそも現在、消費税が充てれており、さらに消 費税引き上げ分を充てる高齢者3経費とは、後期 高齢者医療制度、介護保険、基礎年金の「本体」 ではない。 • 本来、保険料や自己負担で賄うことが筋出る「社 会保険」に、合理的な説明が不可能なほど多額 (全て5割)に投じられている公費である。 • 現役層の社会保険(国保、きょうかい健保、共済) や保育などの分野も同様の構図。 • この状況は、「町内会の夏祭りの屋台」。 • つまり、多額の公費投入で直面価格が安いた めに、大きな超過需要が生じる。 • 特に、高齢者は公費投入率が高く、加えて賦 課方式なので、ますます大きな需要。 • また、直面価格が安いので、供給側のサービ スの質の低さ、非効率などにも消費者の厳しい 目が向かない。業界の既得権、高コスト体質が 温存され、給付削減や効率化が困難。 • たとえ目的税であったとしても、こうした歪みを もたらす公費投入(消費税投入)を放置するこ とは望ましくない。定義上、究極の目的税であ る保険料引き上げこそが、まず、望ましい。 相続資産から財源調達(死後一括清 算方式)と積立制度の導入 • さらに、保険の原則(リスクが高いものは保険 料も高い)からすれば、特に、現在の高齢者 には受益分の高負担を課すべき。 • しかし、約800兆円の家計貯蓄を持つ現在の 高齢者世代であっても、いきなり生前の徴収 は困難であろうから、高所得者以外は、相続 資産からの死後一括清算方式を併用しては どうか。 • 相続資産は毎年85兆円。現在、その中からの 徴収は、相続税の1兆円余りに過ぎない。 • 相続資産は高齢化で増え続けるので、そこか らの徴収は安定財源。 • 社会保険への公費投入分を返却するというク ローバックの考え方を適用しても、十分に「大 義名分」が立つ。 • 現役世代、将来世代は、今から高齢期の負 担増のための「積立」を開始してゆけばよい。 社会保険の公費投入も少なくしてゆくので、相 続資産課税は将来的には必要ない。 • 世代間不公平の改善の為には、「現在」の高 齢者の資産から財源確保することが不可欠。 • 当然、高齢者は生前贈与や消費を増やして、相 続資産を減らす「戦略的行動」をとることが予想さ れる。しかし、現在の高齢者の資産の多くは、予 備的貯蓄や死亡時の不確実性に伴うものであり、 85兆円の一部を徴収することは十分に可能。 • また、生前贈与や消費増はむしろ、現状のような 景気には、プラスの効果があり、望ましい。 • 景気にマイナスで、世代間格差もほとんど変えな い(現在の高齢者からの徴収わずか、税率も将 来増加)消費税を社会保障財源にする意味は?。 • 消費税は社会保障財源ではなく、むしろ震災復 興や将来的な財政再建の財源に充てるべき(恒 常的な増税とは認識されず、消費減少効果も小)。
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