個人の選好

資本市場論
(2) 個人の選好
- 期待効用原理と危険回避 -
三隅隆司
はじめに – 金融取引の特徴 -
経済取引 財貨・サービスと財貨・サービスとの交換
現代の(貨幣)経済においては、財・サービスと貨幣
との交換を意味する.
物々交換 = 財と財との交換取引
金融取引 = 貨幣と貨幣の交換取引
* 通常の交換取引や物々交換取引においては,交
換される財貨・サービスの双方向の動きは、一般的
に「同時点」になされる.
* 金融取引においては,交換される貨幣の動きは
「異時点」のものである.(なぜか?)
1
不確実性
金 融 : 現在と将来という異なる2時点における資源配分.
将来時点に何が起こるかは,現時点では確実にはわからない.


自身の意思決定の結果について,事前には正確な知識を有し
てはいない.
→ 不確実性の存在.

金融に関する意思決定は,不確実性下の意思決定として捉え,
分析(考察)することが必要.
2
期待効用原理 (1)
【質 問 1】
2つのくじがあり,あなたはその中から1つ(それも1つだけ)を選択することがで
きます.
く じ (A): “当たり” (確率0.2)がでた場合には 45 万円の賞金がもらえるが,
“はずれ” の場合には何ももらえない.
く じ (B): “当たり” (確率0.25)の場合には 30万円の賞金がもらえるが,
“はずれ” を引いた場合には何ももらえない.
あなたは,どのような選択をしますか?
- くじ(A) を選択
- くじ(B) を選択
- 2つのくじに対しては無差別
期待賞金額は くじ(A)においては “9万円 ( = 0.2×45)” ,くじ(B)の場合は,
“7.5万円 ( = 0.25×30)”であり,(A)から期待される賞金額の方が(B)よりも
大きい.
3
期待効用原理 (2)
【質 問 2】(St. Petersburg Paradox)
次のようなゲーム(賭)を考えてください.
あなたはサイコロを振ります.そして,偶数がでるとあなたの勝ちで,奇数
がでた場合にはあなたの負けです.
賞金は次のように定められています.
奇数がでた場合には,1銭も受け取りません.
偶数がでた場合には,それが何回目のサイコロ振りで出たかによって賞金
が決まります.1回目であれば200円,2回目であれば400円,3回目であ
れば800円,・・・n回目であれば,2(n-1)×200円です.あなたは,偶数
の目が出るまで,何度でもサイコロを振ることができます.
このゲームの料金として,あなたはいくらまでなら支払いますか?
このゲームの期待獲得金額:
 2
200 * 1
 2
 400 * 1
2
 2      2
 800 * 1
3
n 1
 2    
* 200 * 1
n
 100  100  100      100      
- 公平な掛け金(ゲーム料金)は、無限大!
4
期待効用原理 (3)
【質 問 3】
2つのくじがあり,あなたはその中から1つ(それも1つだけ)を選択することがで
きます.
く じ (A): “当たり” (確率0.5)がでた場合には 100万円の賞金がもらえるが,
“はずれ” の場合には40万円支払わなければならない.
く じ (B): 確実に30万円の賞金がもらえる.
あなたの選択は?
選択肢(A)を選んでも,選択肢(B)を選んでも,期待賞金額は,30万円.
5
期待効用原理 (4)
【質 問 4】
2つのくじがあり,あなたはその中から1つ(それも1つだけ)を選択することがで
きます.
く じ (A): “当たり” (確率0.80)がでた場合には 45万円の賞金がもらえるが,
“はずれ” の場合には何ももらえない.
く じ (B): 確実に35万円もらえる.
あなたの選択は?
くじ(A)の期待象金額は “36万円 ( = 0.8×45)” ,くじ(B)の期待賞金額は,
“35万円 ( = 1.00×35)”であり,(A)から期待される賞金額の方が大きい.
6
期待効用原理 (5)
将来生起する状態に対して不完全な知識しか有していないよう
な(不確実性が存在する)状況においては,利益の期待値の大
小によって選択肢を決定するわけではない.
Bernoulli(1738);
不確実な状況においては,実現する結果に対する意思決定者の主観的評
価(満足度)の期待値の大小によって選択がなされる.
- 結果に対する主観的評価を効用と呼ぶ.
- 期待値計算に用いられるウェイトは,各々の結果が生じる確率.
- このような意思決定基準の規範的妥当性は,von Neuman and
Morgensternによって数学的に厳密に証明され,「期待効用原理
(expected utility hypothesis)」と名付けられた.
-
Von Neuman とMorgensternによる期待効用原理は、人が実際にどのように
意思決定をしているかを描写するものではなく、(彼らが考える)合理性を満
たすためには、どのような行動をすべきかを表すもの.
7
期待効用原理 (6) ; 期待効用の公理 (1)
期待効用原理 (Expected Utility Theory)
von Neuman とMorgenstern によって提示された,不確実性下における(規
範的な)意思決定原理.
合理的な意思決定者が満たすべき基準(公理)として以下のようなものを想定.
優越性
合理的な意思決定者は,他の戦略(選択肢)より低い効用しか得られない
戦略(選択肢)を選択することはない.
選択肢の順序づけ(順序関係としての選好)
合理的な意思決定者は,任意に与えられた2つの選択肢に対して,自ら
の選好という観点から順序づけを行うことができる.
推移性
A, B, Cという3つの選択肢について,AをBよりも好み,BをCよりも好んで
いる場合,その(合理的な)意思決定者は,CよりもAを選好しなければな
らない.
8
期待効用原理 (7); 期待効用の公理 (2)
独立性(相殺,同等な結果の無視)
選択においては,考慮の対象となっている選択肢がもたらす結果の「相
違」が考慮されるべきである.各選択肢に「共通の部分」は相殺され,無
視されるべき.
不 変 性(Invariance)
合理的意思決定者の選択行動は,選択肢の与えられ方(表され方)に影
響されない.
連続性
a, b, c (a<b<c)という3つの結果を考える.
確実に b を得るという選択肢Xと,pの確率でc,(1-p)の確率でaを得ると
いうギャンブルYとを考える.このとき選択肢Xと選択肢(ギャンブル)Yとが
無差別となるようなpの値が一意に存在する.
9
期待効用原理 (8)
2つの確率的なくじ(L,L’) を考える.
これらのくじは,xn ( n=1,2, … N) という結果を,それぞれ確率 pn
(n=1,2, … N) (くじ L の場合), p’n (n=1,2, … N) (くじ L’ の場合)で
もたらすものであるとする.
経済主体の選好が既述の公理を満たすとき,厳密に増加的かつ連
続的な効用関数 u(・)が存在して,以下のような関係が成立する.*
L > L’
if and only if
Σ n u(xn)・pn ≥ Σ n u( xn)・p’n
ここで導出された効用関数 u(・) を,von-Neumann=Morgenstern型
効用関数という.
- 効用水準自体は意味をもたないという意味では,確実性下の
効用関数と同じ.
- 効用水準の変化の比率(限界効用という概念)は意味をもつ.
(基数的効用と呼ばれる)
10
期待効用原理 (9)
von-Neumann=Morgenstern型効用関数が,(自然)対数関数
(u: 効用 ,
u = ln (x)
x : 賞金額)
で与えられるとき,[質問2](St. Petersburg‘s Paradox)における期待効用をもと
める.
 2 ln200  1 2  ln2 * 200  1 2  ln2 * 200    1 2  ln2
 1 ln 200   1  ln 2)  ln(200   1  2 ln 2)  ln(200   
2
2
2
 1  ( n  1) ln 2)  ln(200   
2
 1 ln 2  * 1   1   1     1   
2
2
2
2
2
 ln 200  * 1   1   1     1   
2
2
2
2
2
u 1
3
2
n
2
n 1

* 200  
3
n
2
3
n
2
1
 ln 2 

2

 ln 200 
 2
1 1
 2

3
n
ln 2 
 ln 200   
2
St. Petersburg‘s Paradox におけるくじの公正価値(fair value)は
有限となる.
11
期待効用原理 (10)
指数効用関数(U=-exp(-w/100),wは所得)を有する個人を前提として,質問1,3,
4における各くじ(A),(B)の期待効用を求める.
質問1:
( A) 0.2 * ( exp( 45 / 100))  0.8 * ( exp( 0))  0.93
( B) 0.25 * ( exp( 30 / 100))  0.75 * ( exp( 0))  0.94
質問3:
( A) 0.5 * ( exp( 100 / 100))  0.5 * ( exp( 40 / 100))  0.93
( B) 1.0 * ( exp( 30 / 100))  0.74
質問4:
( A) 0.8 * ( exp( 45 / 100))  0.2 * ( exp( 0))  0.71
( B) 1.0 * ( exp( 35 / 100))  0.70
12
危険回避 (1)
Bernoilli は,効用関数(実現する収益の関数)の形状として,(1) 右上がり,
(2) 効用の増加の程度は,収益が大きくなるにつれて小さくなる,と想定.
収益が1万円から2万円にふえたときに感じる満足度の増分にくらべ,
収益が1000万円から1001万円にふえたときの満足度の増加分は
小さい.



数学的には,このような形状の関数を凹関数(concave function)と
呼ぶ.
効用関数が凹関数であることは,意思決定者が危険回避的であるこ
とを表している.
危険回避 (Risk Averse)
ある経済主体が,公正な賭の受け入れを好まないかあるいは無差別であ
る場合,その経済主体は危険回避的であるという.
公正な賭 : 期待獲得金額がゼロであるような賭
13
危険回避 (2)
確率 p で賞金 h1 (> 0),確率(1 – p) で賞金 h2 (< 0) である賭を考える.
この賭は(保険数理的に)公正であるとする.
ph1  1  p h2  0
u(・) なる効用関数を有する危険回避的な経済主体においては,次式が成立し
ている.
uW0   puW0  h1   1  p uW0  h2 
W0 : 経済主体の初期冨
u pW0  h1   1  p W0  h2   puW0  h1   1  p uW0  h2 
- 確実に W0 円獲得するという選択肢(上式左辺に対応)と,期待値として
W0円獲得するという確率的な選択肢(上式右辺に対応)に直面した場合,
危険回避的な経済主体は,確実な選択肢を選好する.
14
危険回避 (3) : リスク・プレミアム
効用
u(.)
X : 確実に100獲得する選択肢
u(X)
Eu(Y)
Y : 等確率で80 または120獲得
する選択肢
リスク・プレミアム
0
80
(-20)
100
(0)
120
(20)
経済主体は現在100保有し
ており,この賭けへの参加
料は100であるとする.
富
確実性等価 (CE)
リスク・プレミアム = (期待受け取り額)- (確実性等価)
リスク・プレミアム(リスクのコスト)は,リスクの負担を完全に回避するために犠牲
にしても良いと意思決定者が考えている富ないしは収益の大きさ を表す.
15
危険回避 (4)
u(.) と v(.) との2つの効用関
数を考える.
効用
v(.)
u(.)
- 冨=100 における効用関
数の傾きは等しいとする.
v(.) のリスク・プレミアム
v(.) のリスク・プレミアム
> u(.) のリスク・プレミアム
u(.) のリスク・プレミアム
危険回避の程度
0
80
(-20)
CE{v}
CE{u}
100
(0)
120
(20)
富
 リスク・プレミアム
効用関数の2次微分の大きさと
経済主体の危険回避の程度と
が関連.
16
危険回避 (5)
危険回避的なvon Neumann=Morgenstern 型効用関数 u(・) と危険な選択肢
に対して,
~

E u (W )  u W 
CE
(2-1)
~
を満たす実数WCE が存在するとき, WCEを W の確実性等価と呼ぶ.
- u(・) が単調増加関数であることより,期待効用を最大化することは,確実性
等価を最大にすることと同じであると考えることができる.
すでに述べたように,期待受取額と確実性等価の差がリスク・プレミアム(π)で
ある.
~
  E[W ]  W CE
(2-2)
~
以下,簡単のため,Wの期待値をμW,分散をσ2W で表す.
17
危険回避 (6)
~
u (W ) を,μWの回りでテーラー展開する.
1
~
~
~
u (W )  u ( W )  u( W )(W  W )  u( W )(W  W ) 2
2
(2-1)における
両辺の期待値をとると
1
~
~
~
E[u (W )]  u ( W )  u ( W ) E (W  W )  u ( W ) E (W  W ) 2
2
1
 u ( W )  u ( W ) W2
2
(2-3)
他方,(2-1)の右辺を同様に, μWの回りでテーラー展開する.
u (W CE )  u ( W )  u( W )(W CE  W )
(2-4)
(2-1), (2-3)および(2-4)より,
u( W )(W CE  W ) 
1
u ( W ) W2
2
(2-5)
18
危険回避 (7)
(2-5)および(2-2)より
1  u( W ) 2

W
2 u( W )
(2-6)
- リスク・プレミアムは,富(収益)の分散に比例する.
分散をリスクの尺度考えるとき,リスク1単位に対して危険回避的な投資家が要求するリ
スク・プレミアムは次のように与えられる.
u( W )
RA W   
u( W )
- RA(μW) を,富(収益)水準が μW のときの(局所的)絶対的危険回避度という.
- 効用の非飽和性(u‘>0)により,絶対的危険回避度の符号はu”の符号に依存.
 R=0は危険中立的,R>0は危険回避的,R<0は危険愛好的であることを表す.
19
危険回避 (8) : 確実性等価とリスク・プレミアム (4)
リスク・プレミアムを,富(収益)に対する比率(相対的リスク・プレミアム)として定義する
ため,(2-6)をそれが定義されている富(収益)の大きさで除す.
 W u( W )   W 
 1   u( W )  2
 
 W  
 


W 2  u( W ) W 
 u( W )   W 
2
- 相対的リスク・プレミアムは,富(収益)の変動係数の2乗に比例.
比例係数(変動係数で表してリスク1単位あたりの)相対的リスク・プレミアムの大きさは
次のように与えられる.
W u( W )
RR W   
u( W )
- RW(μW) を,富(収益)水準が μW のときの(局所的)相対的危険回避度という.
20
危険回避 (9)
絶対的リスク回避係数
u" W 
RA (W )  
u ' W 

絶対的危険回避度は,経済主体(投資家)による危険資産の保有額と
関連した概念.
相対的リスク回避係数
Wu" W 
RR (W )  
u ' W 
 投資家による危険資産の保有比率と関連した危険回避の尺度
21
危険回避 (10)
投資家の冨が増大するにつれて,投資家によって需要される危険資産の保有
額は増大するであろう.(危険資産は正常財)
絶対的リスク回避係数 R A(W) は,冨の減少関数.$
dRA (W )
0
dW
投資家の冨が増大するにつれて,投資家によって需要される危険資産の保有
比率は低下するであろう.
相対的リスク回避係数 R R(W) は,冨の増加関数.$
dRR (W )
0
dW
$ 付録2-A
22
効用関数の例 (1)
(1) 2次効用関数
b 2
u (W )  W  W ,
2
b
R A W  
1  bW
RR W  
bW
1  bW
b  0;
dRA W 
b2

0
2
dW
1  bW 
dRR W 
b

0
2
dW
1  bW 
2次効用関数は,危険資産の需要をリターンの期待値と分散
のみの関数として表すために十分なものとなっているという点
では魅力的であるが,増加的な絶対的危険回避係数を有す
るという点で不適切.
23
効用関数の例 (2)
(2) 指数効用関数
u (W )  e
bW
,
b0
u(W)
W
R A W   b
RR W   bW
dRA
0
dW
dRR
b0
dW
u(W)= - e -bW
-1
指数効用関数においては,絶対的危険回避度は一定.



危険資産の需要は,初期冨の大きさには影響を受けない.
所得効果が存在しない.
数学的取り扱いの簡単さゆえ,よく用いられる関数型.
24
効用関数の例 (3)
(3) 巾乗効用関数
W 1
u(W ) 
,
1 
R A W  

W
RR W   
 0
dRA

 2 0
dW
W
dRR
0
dW
巾乗効用関数においては,相対的危険回避度は一定.

危険資産への投資比率は,初期冨の大きさには影響を受けない.
25
効用関数の例 (4)
ファイナンスの文献では,次のような効用関数が用いられることが多い.#
1
~
~
U  E (W )  R A  Var (W )
2
~
結果(確率変数)
W
~
E (W ) 結果の期待値
~
Var (W ) 結果の分散
RA
絶対的危険回避係数
- 意思決定者の効用は,結果の期待値と分散によって表される.
- 意思決定者の効用は,結果の期待値の増加関数である.
- 意思決定者の効用は,結果の分散の減少関数である.
平均・分散アプローチ
# 付録2-B
26
無差別曲線 (1)
経済主体(投資家)は合理的かつ危険回避的:
- 他の事情が一定の時,期待値(リターン)の増大は効用を高める.
- 他の事情が一定の時,標準偏差(リスク)の増大は,効用を低める.
右図において,期待値 μA ,
標準偏差 σA なる点Aを考える.
期待収益率
Aを基点として4つの領域
が得られる.
- 領域 (II) は,危険回避的投
資家によって,Aよりも厳密に
選好される
- 危険回避的投資家は,領域
(IV)にある点よりも,Aを厳密
に選好する.
(II)
μA
(I)
・
A
(III)
0
(IV)
σA
収益率の標準偏差
27
無差別曲線 (2)
期待値- 標準偏差平面において,投資家の選好は,無差別
曲線(indifference curve)によって表現.
無差別曲線 : 一定の効用をもたらす期待値と標準偏差の組み合わせ.
危険回避的な投資家の
無差別曲線は,右図の
ように表される.
期待収益率
期待効用増大
 右上がり.
 交わらない
 左上にある無差別曲線
ほど,(期待)効用水準
が高い.
0
収益率の標準偏差
28
無差別曲線 (3)
危険回避の程度と無差別曲線の形状の関係.
危険回避の程度が増す.
期待収益率
一定のリスク(標準偏差)
の増大に対して,より大
きなリターン(期待値)に
よる補償を要求.
危険回避の程度が大
危険回避の程度が小
●
無差別曲線の傾きが急
になる.
0
収益率の標準偏差
29
期待効用原理への反論(1) :アレのパラドックス(1)
アレのパラドックス (The Allais Paradox)
独立性の公理 : 2つの選択肢の評価は、両者の「相違」に依存する。
- 2台の自動車(中古)のいずれを購入しようか考えているとする。
- いずれの自動車も、走行距離が同じであるとすれば、どちらの自動
車を購入するかの意思決定に「走行距離」の要素が影響を持つこと
はない。
- 合理的な意思決定者であれば、両者の違いを比較して、どちらを購
入するか を決めるはずである。
Mourice Allais(フランスの経済学者)は、1953年に発表した論文において、
独立性の公理が成立しない例を提示した。
独立性(相殺,同等な結果の無視)
選択においては、考慮の対象となっている選択肢がもたらす結果の「相違」が考
慮されるべきである。各選択肢に「共通の部分」は相殺され、無視されるべき。
30
期待効用原理への反論(2) :アレのパラドックス(2)
【質問2 – 1】 以下のいずれを選択する?
選択肢 A : 確実に100万円もらえる
選択肢 B : 10%の確率で250万円、89%の確率で100万円、そして1%
の確率で何ももらえない。
多くの人は、 A を選択。
- EV (B) = 0.1*250 + 0.89*100 + 0.01*0 = 114
- 期待獲得金額は B のほうが高い。
- 意思決定者の危険回避性の表れ。
von Neuman-Morgenstern 型効用関数を u(.) とすると、期待効用の観点から
は次式が成立。
u(100)  0.1 u(250)  0.89  u(100)  0.01  u(0)
(2-7)
31
期待効用原理への反論(3) :アレのパラドックス(3)
【質問2– 2】 以下のいずれを選択する?
選択肢 A : 11%の確率で100万円もらえ、89%の確率で何ももらえない。
選択肢 B : 10%の確率で250万円、90%の確率で何ももらえない。
多くの人は、 B を選択。
- 賞金を獲得する可能性として、10%と11%とはほとんど変わりがない。
- 獲得賞金としての100万円と250万円とは大きな違いがある。
- 期待獲得金額も、B(25万円)は、A(11万円)よりはるかに大きい。
von Neuman-Morgenstern 型効用関数を u(.) とすると、期待効用の観点から
は次式が成立。
0.11  u(100)  0.89  u(0)  0.1 u(250)  0.9  u(0)
(2-8)
32
期待効用原理への反論(4) :アレのパラドックス(4)
「質問2-1でAを選択し、質問2-2においてBを選択する」ことは、独立性の公理
と矛盾。
先の選択問題を、次のような状況に置き換えて考えてみる。
壷の中に100個のボールが入っている。
ボールには色が塗られていて、10個が白、89個が赤、1個が青である。
いまあなたは、この中からボールを1個取り出すことができる。取り出されたボールの
色に応じて獲得賞金は変わってくる。
さらに、ゲームのルールは2つあり、あなたはそのうち好きな方を選ぶことができる。
ここで、先の質問は以下のようなルールからの選択であると考えることができる。
【質問2-1】
A : 取り出されたボールの色にかかわらず100万円もらえる。
B : ボールが白ならば250万円、赤ならば100万円もらえるが、青ならば何も
もらえない。
【質問2-2】
A : ボールが白ならば100万円もらえるが、それ以外は何ももらえない。
B : ボールが白ならば250万円もらえるが、それ以外の場合は何ももらえない。
33
期待効用原理への反論(5) :アレのパラドックス(5)
【質問2-1】
A
B
10W
89R
\1M
\1M
10W
89R
\2.5M
1B
\1M
1B
\0
\1M
【質問2-2】
A
B
10W
89R
\1M
\0
10W
89R
\2.5M
\0
1B
\1M
1B
\0
34
期待効用原理への反論(6) :アレのパラドックス(6)
【質問2-2】
【質問2-1】
10W
A
B
\1M
10W
1B
\1M
10W
1B
\2.5M
\0
A
\1M
10W
B
\2.5M
1B
\1M
1B
\0
2つの質問は、同一の状況における意思決定問題となっている。
独立性の公理が満たされている場合には、2つの質問にお
ける回答は等しくならなければならない。
35
期待効用原理への反論(7):アレのパラドックス(7)
【質問2-1】における期待効用
u(100)  0.1 u(250)  0.89  u(100)  0.01  u(0)
(2-7)
【質問M2B-2】における期待効用
0.11  u(100)  0.89  u(0)  0.1 u(250)  0.9  u(0)
(2-8)
(2-7)を変形すると
0.11  u(100)  0.1 u(250)  0.01  u(0)
(2-8)を変形すると
矛 盾
0.11  u(100)  0.1 u(250)  0.01  u(0)
36
効用原理への反論(8) :エルスバーグのパラドックス(1)
エルスバーグのパラドックス (Ellsberg’s Paradox)
90個のボールがはいった壷がある。
ボールのうち30個は赤であるが、残り60個は黒か黄のいずれかである(その
割合はわからない)。
この壷から1個のボールをとりだす。このとき、以下のうちいずれの賭を選択
するか。
【質問2 – 3】
(1) ボールの色が赤であれば1万円獲得
(2) ボールの色が黒であれば1万円獲得
エルスバーグの実験によれば、ほとんどの人は(1) の賭を選択した。
- 黒と黄の割合が不明であることによる不確実性(確率分布すらわから
ない)を回避したいという人間の性向の表れという解釈。
37
期待効用原理への反論(9) :エルスバーグのパラドックス(2)
エルスバーグはさらに、前と同じ設定において、以下の2つの賭の中からの選択
について尋ねた。
【質問2 – 4】
(3) ボールの色が赤か黄であれば1万円獲得
(4) ボールの色が黒か黄であれば1万円獲得
エルスバーグの実験によれば、ほとんどの人は(4) の賭を選択した。
- 黒と黄の割合が不明であることによる不確実性(確率分布すらわから
ない)を 回避したいという人間の性向の表れという解釈。
人間の選好には、確率分布すらわからないという意味での不確実性は回避
したいという特徴がある。
(注) 「確率分布が不明であるという状況」は、「ナイトの意味での不確実性」 (Knightian
Uncertainty とよばれる。
38
期待効用原理への反論(10) :エルスバーグのパラドックス(3)
「不確実性の回避」は、期待効用原理における「独立性の公理」に反する。
いま、経済主体の フォンノイマン・モルゲンシュテルン型効用関数を U(.)
によって表す。また、黒色のボールの存在比率を p とする。
経済主体が賭(2)ではなく賭(1) を選択するための条件;
1
2
U (10,000)  pU (0)  (  p )U (0)
3
3
1
2
 U (0)  pU (10,000)  (  p )U (0)
3
3
(2  9)
経済主体が賭(3)ではなく賭(4) を選択するための条件;
1
2
U (10,000)  pU (0)  (  p )U (10,000)
3
3
1
2
 U (0)  pU (10,000)  (  p )U (10,000)
3
3
(2  10)
39
期待効用原理への反論(11) :エルスバーグのパラドックス(4)
(2-9) 
(2-10) 
1
1
U (10,000)  pU (0)  U (0)  pU (10,000)
3
3
(2  11)
矛盾
1
1
U (10,000)  pU (0)  U (0)  pU (10,000)
3
3
個
30
赤
60
黒
個
黄
質問
3
賭 (1)
1 万円
0
0
賭 (2)
0
1 万円
0
質問
4
賭 (3)
1 万円
0
1 万円
賭 (4)
0
1 万円
1 万円
(2  12)
「独立性の公理」にしたがえ
ば、同等な結果をもたらす
「黄」は意思決定において無
視されるべき。
↓
2つの質問は同一のもの
となり、選択も同一でなけ
ればならない。
40
期待効用原理への反論(12) :選好の非推移性 (1)
あなたは、人事採用担当者として、3人の候補者の中から1人を選ぶという意
思決定に直面している。各々の候補者についてあなたは、その知的能力(IQ)
と経験(就業年数)とを知っている。
候
補
者
知的能力
(IQ)
経験
A
120
1
B
110
2
C
100
3
あなたは、次のような選好方針をとることとし
た。
IQに15以上の開きがあった場合には、より
IQの高い候補者を採用する。IQの差が15以
下であった場合には、経験年数の長い者を
採用する。
この方針に問題があるだろうか。
A vs. C
↓
A を採用
A vs. B → B を採用
B vs. C → C を採用
矛
推移性
A vs. C → C を採用
盾
41
期待効用原理への反論(13) :選好の非推移性 (2)
Tversky (1969), “The Intransitivity of Perferences,” Psychological Review.
以下の表で示されるような特性を持ったギャンブルを考える。
これらのうち2つをえらび、そのいずれを選好するかを質問。
勝つ確率
賞金
期待賞金
A
7/24
5.00
1.46
B
8/24
4.75
1.58
C
9/24
4.50
1.69
D
10/24
4.25
1.77
E
11/24
4.00
1.83
Tversky の発見 (1) :

勝つ確率の差が小さい2つの賭に
対しては、賞金の大きい賭を選好。
A vs. B  A , B vs. C  B,
C vs. D  C , D vs. E  D
推移性
Tversky の発見 (2) :

勝つ確率の差が大きい場合、勝
利の 可能性が大である賭を選好。
A vs. E  A
矛
盾
A vs. E  E
42
付録2-A : 危険回避度と危険資産への投資 (1)
絶対的リスク回避係数 R A(W) が富の減少関数である場合,運用資
産額の増大に伴って危険資産への投資額が増大する.(危険資産
は正常財である)
安全資産と1つの危険資産の保有問題を考える.
W0 :
初期富
~
r :
rf :
安全利子率
a : 安全資産への投資額
危険資産の収益率(確率変数)
資産保有から得られる最終富(確率変数)は,次のようになる.
~
W  (W0  a)(1  rf )  a(1  ~
r )  W0 (1  rf )  a(~
r  rf )
Von Neumann=Morgenstern 型効用関数を u(・) とすると,投資家の資産保有
問題は,以下の期待効用最大化問題として与えられる.


max E u W0 (1  rf )  a(~
r  rf ) 
a
43
付録2-A : 危険回避度と危険資産への投資 (2)
この最大化問題の1階の条件は;
 

~ ~
E u ' W ( r  rf )  0
(2A-1)
1階の条件(M2C-1)を a および W0 で微分して整理すると,次式を得る.
  

  
~ ~


E
u
W
( r  r f ) (1  r f )
da

~ ~
dW0
 E u  W ( r  r f ) 2

(2A-2)
投資家の危険回避性(u”<0) より,(2A-2)の分母は正.したがって,(2A-2)の
符号は,分子によって定まる.
~ ~


sign (da dW0 )  sign{E[u (W )( r  rf )]}
(2A-3)
44
付録2-A : 危険回避度と危険資産への投資 (3)
絶対的リスク回避係数が富の減少関数:
~
~
 ~
r  rf  W  W0 (1  rf )  RA (W )  RA (W0 (1  rf ))
~
~
 ~
r  rf  W  W0 (1  rf )  RA (W )  RA (W0 (1  rf ))
~
r  rf ) を乗ずると,
上式の両辺に  u(W )(~
~
~
 u (W )( ~
r  rf )   RA (W0 (1  rf ))u(W )( ~
r  rf )
~
~
 u (W )( ~
r  r )   R (W (1  r ))u(W )( ~
r r )
f
A
0
f
f
~
~
E[u(W )( ~
r  rf )]   RA (W0 (1  rf )) E[u(W )( ~
r  rf )]
~ ~


E
[
u
(
W
)( r  rf )]  0
1階の条件(2A-1)より,
(2A-3)より
da
0
dW0
となり,求める結果が得られた.
45
付録2-A : 危険回避度と危険資産への投資 (4)
相対的リスク回避係数 RR(W) が富の増加関数である場合,運用資
産額の増大に伴って危険資産への投資比率が低下する.
この命題は,次のように表現することもできる.
相対的リスク回避係数 RR(W) が富の増加関数である場合,投資家
の危険資産に対する富弾力性は1よりも小となる.
まず,上記2つの命題が同値であることを示す.
危険資産に対する富弾力性をηとすると,

(da dW0 )W0  a
da W0
 1
dW0 a
a
da
 a  (  1)a
dW0
a を W0 の関数と見て,危険資産への投資比率(a/W0)を初期富(W0)で微分すると,
d  a 
a
   (   1) 2
dW0  W0 
W0


d  a  
 
  0   1
dW0  W0   
 
 
 
46
付録2-A : 危険回避度と危険資産への投資 (5)
(2A-2)を用いて,弾力性ηを書き換えると
~ ~ ~


E[u (W )W (r  rf )]
  1
~
 aE[u(W )( ~
r  r )2 ]
f
上式の分母は正であるから,
~ ~
sign (  1)  sign {E[u(W )W (~
r  rf )]}
相対的危険回避度が富の増加関数である場合:
 RR (W0 (1  rf )) when
~
RR (W0 (1  rf )  a (r  rf )) 
 RR (W0 (1  rf )) when
~
r  rf
~
r r
f
~ ~


u
(
W
)(r  rf ) を乗じて整理すると,
両式の両辺にそれぞれ
~ ~
~
E[u(W )W (~
r  rf )]   RR (W0 (1  rf )) E[u(W )( ~
r  rf )]
1階の条件(2A-1)より,
~ ~
E[u(W )W (~
r  rf )]  0
d
 1
dW0
 a

 W0

  0

47
付録 2-B :確実性等価とリスク・プレミアム
(2-5)より
W
CE
1 u ( W ) 2
 W 
W

2 u ( W )
絶対的危険回避係数を用いて書き直すと,
W
CE
1
 W  RA ( W ) W2
2
すなわち,期待効用最大者たる投資家の目的関数(効用関数)を以下
のように設定しても一般性を失うことはない.
1
~
~
U  E (W )  R A  Var (W )
2
48
参考文献
期待効用原理のより詳しい説明については以下のものが参考となる.
[1] Huang, C. and R. H. Litzenberger, 1987, Foundations of Financial Economics, North-Holland. pp.1-14.
[2] Jarrow, R., 1988, Finance Theory, Prentice-Hall. pp.69-82.
期待効用原理は,大学院レベルのミクロ経済学のテキストには必ず紹介されている.
[3] Kreps, D., 1990, A Course in Microeconomic Theory, Princeton Univ. Press. (Chap.3)
[4] Mac-Colell, A., M. D. Whinston, and J. R. Green, 1995, Microeconomic Theory, Oxford (pp.168-182.)
[5] 奥野正寛・鈴村興太郎, 1985, 『ミクロ経済学 I 』 岩波書店. pp.234-245.
効用理論を詳細に解説した文献としては以下のものがある.(専門家,マニア向け)
[6] Fishbernm, P. C., 1970, Utility Theory for Decision Making, John Wiley & Sons.
[7] Kreps, D., 1988, Notes on the Theory of Choice, Westview Press.
危険回避度に関する詳しい説明については [1] (pp.17-34), [4] (pp.183-194), [5] (pp.245-251) が参考となる.
また,日本語の文献としては,以下のようなものがあげられる.
[5] 酒井泰弘, 1982, 『不確実性の経済学』 有斐閣 (期待効用原理については第1章から第
3章まで.危険回避度については第5章)
49