情報の非対称性と銀行②/③

情報の非対称性と銀行②/③
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貨幣乗数アプローチ(マネービュー)①
 中央銀行(日銀)の供給するハイパワード・マネーHを原資として、
市中銀行が信用創造(Credit creation)することにより,マネーサ
プライMが市中に供給される。したがって、以下のような式が成り立
つ。
 M=mH
 但し,mは貨幣乗数.
 この式から,貨幣を市中に供給したい(つまり、マネーサプライMを
増加させたい)場合には、日銀がハイパワード・マネーHの供給を
増やせば、貨幣乗数mが安定している限り、市中銀行の信用創造
活動(融資行動)により、マネーサプライMは増加することを示して
いる。
2
貨幣乗数アプローチ(マネービュー)②
 ここで「貨幣乗数アプローチ(マネー・ビュー)」では、以下を仮定し
ている。
 ハイパワード・マネーHは日銀が一存で決めることができる。
 貨幣乗数mが安定している。
 このような仮定に立てば、マネーサプライMは日銀が決めたハイ
パワード・マネーHに見合う水準に“結果として決まる”ことになる。
つまり、マネーサプライMは金利に対して独立であるため、縦軸に
金利、横軸に貨幣供給量を取った場合、縦軸に対して平行な直線
になる。
 また、このようにして描かれる貨幣供給曲線(実際には垂直な直
線)と貨幣需要曲線との交点により、貨幣需給が均衡し、この交点
で示された金利が均衡金利として市場金利となる。
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貨幣市場の需給と金融政策
金
利
緩和政策
超過供給
i1
金利が低下することに
より、投機的需要が増
加し、均衡する
i2
M1(=mH1) M2 (=mH2)
H1<H2
貨幣需要
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金融緩和政策による波及経路
(トランスミッション・メカニズム)

マネービューという考えに立てば、金融緩和政策により日本銀行がハイパワード
マネーHを増加させた場合、以下のような波及経路(トランスミッション・メカニズ
ム)が考えられる。


日本銀行ハイパワード・マネー↑
↓
市中銀行当座預金↑(つまり,貸出余力↑)
↓
市中銀行,事業会社等への貸出↑(つまり,信用創造を行う)
↓
マネーサプライ(現金通貨+預金通貨↑)↑


このようにして・・・
M=mH

しかし、現実にはマネーサプライMは、ハイパワードマネーHほど伸びていない。


5
マネーサプライとマネタリーベースの推移
(2000年~)
(前年比,%)
マネーサプライとマネタリーベースの推移
50
(月末値)
マネタリーベース*
40
30
20
10
M2+CD
(季節調整済み)
0
-10
-20
-30
2000
2002
2004
2006
2008
(データ出所)日本銀行『金融経済月報』 *マネタリーベース=現金通貨+日銀当座預金
6
量的金融緩和について①


そもそもこの時期、日銀は何をやってきたのだろうか?
⇒「量的緩和政策」
<政策目標>
 金利水準ではなく、当座預金残高を目標にしていた(2006年3月まで) 。
<金利のゼロ制約>
 名目金利には「ゼロ制約」というものがあり、日銀が懸命に低めに誘導したとして
も金利自体は「0」以下にはならない。
 そのため、市中銀行が「日々必要とする」であろう資金量(ここでは当座預金残高)
を上回るベースで買いオペを行い、常に市中銀行の流動性を高めておくという政
策(量的緩和政策)に踏み切った。
 「量的緩和政策」は2001年3月から始まり、2006年3月に解除された。
 このような「量的緩和政策」は、一時的であれば効果はあまりないと考えられるが、
当時は「消費者物価が持続的に0%以上になるまでこの政策を継続する」と日銀
がコミットメント(つまり、市場に対して「約束」していた)ので、それなりの効果が
あったと考えられている。
7
量的金融緩和について②
<量的緩和政策の意義>
 この政策により、日銀が市中銀行に対して日々必要とする量を超える流動性を供給す
るので、市中銀行の大半は、実際には必要としない当座預金残高を保有することにな
る。
 しかし・・・
 当座預金はいくら多く保有しても「無利子」なので、経営戦略上あまり意味がない(した
がって、この政策を始めた当初は、多くの人々が「無意味な政策」と見ていたのも事実で
ある)。




けれども・・・
この政策が一時的ではなく、将来も続くということが市場で信じられている限り、長期金
利の上昇は抑えられると考えられる(このような考え方を「純粋期待仮説」といいます)。
なぜならば・・・
長期金利と短期金利はともに裁定が働くため、短期金利が持続的に低い水準で推移す
るのであれば、長期金利が上昇した場合、短期金利でつないだ方がよいことになるから
である。
8
量的金融緩和について③
 このことから、市中銀行は無利子の当座預金をそのまま保有する
よりも、貸出や債券に資金をシフトさせると考えられる。このような
考え方を「ポートフォリオ・リバランス効果」という。
 とはいえ、実際、「長期でないと効果がない」ので、量的金融緩和を
行った当初は、思うような効果がでなかった。
 本来、日本銀行の内部および実務家は「そもそもマネー・ビュー的
な考え方には懐疑的であった」ことが知られている。日銀を含む実
務家達は「マネー・ビュー的な考え方」ではない、別の考え方(金融
政策の波及経路についての考え方)を持っていた。
 それが「クレジットビュー」という考え方である。
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クレジットビュー①
 日本銀行ハイパワード・マネー↑
↓
 市中銀行当座預金↑(つまり、銀行等の貸出余力↑)
 ここまでは金融緩和がなされている
 したがって、「ハイパワード・マネーの増=日銀当座預
金の増」
 しかし・・・
 実際には、マネーサプライ(現金通貨+預金通貨↑)↑が
伸びず、市中にマネーが回らない状態になっている。
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クレジットビュー②
 ここで「資金が市場に流れない」のは・・・
 市中銀行当座預金↑(つまり、銀行等の貸出余力↑)
↓
 市中銀行による事業会社等への貸出↑(つまり、信用創造)
 この部分が機能していない、つまり、「マネー・ビューで考えている
メカニズムが働いていない」という可能性が考えられる。
 この要因は、マネー・ビューおいて、資金調達者と資金提供者の
間に存在する「情報の非対称性」や「利害相反」を無視しているか
らである。
11
金融緩和政策と銀行行動



金融緩和政策により、日本銀行がハイパワード・マネーを増加させた場合には、
銀行の日銀当座預金は増加する。
したがって・・・
預金に対して「現金+日銀当座預金」が増加することになる。

ここで「現金」「日銀当座預金」ともに金利が付かないので、銀行は、金利が付くも
のに転換したいと考えるはずである。


そこで・・・
一定の預金準備率になるように「現金+日銀当座預金」を残し、主に以下の3つの
運用が考えられる。
①
②
③

企業に対して貸し出しを行う。
有価証券である国債を購入する。
有価証券である株式を購入する。
すべてを①で運用すれば、信用創造メカニズムにより「マネービュー」で考えられ
るような信用創造メカニズムが働くことになる。
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信用不安による現金保有と預金準備


しかし・・・
不況期における預金者の行動により、銀行等が貸出を減らさざる得を得ない場
合がある。

銀行及び金融システムが不安であれば、黒字主体(家計等の預金者)は自らの
資産の安全を確保するため、銀行預金を現金(紙幣など…タンス預金)に換えよ
う考えるようになる。

現金が銀行及び金融システムから減少するため、銀行は預金準備として保有す
べき「現金+日銀当座預金」の量を増加しておこうと考える。


したがって・・・
仮に本源的預金が増加しても、預金準備として残す部分が増加するため、貸出
の増加は信用創造メカニズムで想定されているほどには増加しなくなる。

貸出が増加しないと、企業にとっては設備投資が思うように実行できないなど、
景気に対して悪影響を及ぼす可能性が高まることになる。そして、さらに貸出が
減少することになる。
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貸出でない波及経路
 他方・・・
 ②や③の場合にはどうだろうか?
 ②も③も銀行が購入し、売却した主体が資金を得ることになり、そ
れを支出すれば市中に資金が流れる。
 しかし・・・
 ここでは景気が悪く、量的緩和を行わないといけないような状況を
想定しているので、きわめて金利は低い状態にあることから、貨幣
の投機的需要から流動性選好が高まり、そのほとんどが市中に
回らないことになる。
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国債と有価証券
 ここで国債は・・・
 日本国内で一番安全と考えられている金
融商品である(したがって、金利も低い)。
 また,有価証券としての株式は・・・
 それ自体では変動性が高いが、非上場の
企業に比べれば倒産の危険性は少ない企
業の株式であると考えられる。
15
3つの運用先

非上場、特に中小企業に対する融資(つまり、「貸出」を行うこと)は、保有資産も
少なく、営業実績も乏しく、景気に左右されやすいという性格がある。このように変
動性が高いので、銀行が貸出す際の金利はそれなりに高い。

運用の判断として、極めて単純に言ってしまえば・・・
①
②
③
銀行にとって「リスクは高い」が、受取金利が高い中小企業向け貸出を選択する
金利は低いが安全性の国債を購入する
銀行にとってはミドルリスク・ミドルリターンの株式運用を行う

この3つを選択することになる。

金融緩和政策によってハイパワードマネーが増加しているのに、マネーサプライ
が増加しないのは・・・

銀行が本来の運用である①の運用よりも、②または③の運用を行っているからで
ある(実際には②を中心とした運用)。
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波及経路の多様性

では、①の運用を行わないのは・・・




景気が悪化している状態であり、企業業績の先行きが読めないため
以前貸し付けた融資が焦げ付き(不良債権化して)、新規貸出の余裕がなくなってい
るため
バブル期には担保貸出を中心に融資を行っていたため、企業を審査する能力(この
ような能力を「目利き」能力という)が減退してしまったため
もし、融資して焦げ付いてしまった場合(不良債権化した場合)には、貸出損失によ
り資本が毀損するため、積極的に貸付が行えないため

などが考えられる。

マネービュー的な信用創造が起こらないで波及経路が多様化するのは、金融
取引には時間が介在するからと考えられている。

つまり、金融取引は異時点間の取引であり、金融取引のスタート(貸付(借入
れ)がなされた時点)と金融取引のエンド(決済完了)までの間に「時間」が介在
するので、企業に貸付けた場合、そこに「情報の非対称性」が生じるため、銀行
は「貸出」という選択肢を選ばないからである。
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